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刑事・恩赦

死亡したと誤信して証拠隠滅行為に及び,その行為で死亡させた場合―因果関係の錯誤・概括的故意・共同正犯(AI作成)

目次

第1 本記事の範囲
第2 二つの行為を分けて事実を確定する
第3 先行行為と死亡結果の因果関係
第4 因果関係の錯誤と概括的故意
第5 後続行為の主観面
第6 共同正犯者がいる場合
第7 検討の順序
第8 関連記事
第9 出典・確認範囲

第1 本記事の範囲

本記事は,殺害行為をした者が被害者は死亡したと誤信し,死体の隠匿又は証拠隠滅のつもりで行った後続行為によって実際には死亡させた場合を扱う。
検討すべき問題は,先行行為と死亡結果との因果関係,因果関係の錯誤,後続行為に対する故意又は過失,及び複数人が関与した場合の共同正犯の範囲である。

第2 二つの行為を分けて事実を確定する

最初に,診断書・検案書,解剖所見,現場資料等から,先行行為による傷害,後続行為による死亡機序及び両行為の間の生存状態を検討する。死亡時刻や死因に幅が残るときは,その幅を明示して複数の経過を比較する。
次に,後続行為が先行行為から通常想定される一連の過程であったか,それとも独立した新たな危険を作り出したかを検討する。
「最初から殺意があった」又は「最終的に死亡した」という事情だけで,因果関係及び故意の問題を一括してはならない。

第3 先行行為と死亡結果の因果関係
1 危険の現実化

現在の判例実務では,一般に,実行行為が有する危険が結果として現実化したかという観点から因果関係を検討する。
先行する殺害行為が被害者を意識喪失状態にし,行為者がその状態を死亡と誤認して隠匿行為に及んだ場合,後続行為が先行行為に内在する危険の実現過程と評価できるかが中心となる。

2 大審院大正12年4月30日判決

大審院大正12年4月30日判決は,殺人の目的で被害者の頸部を麻縄で絞扼し,被害者が動かなくなったのを見て既に死亡したものと思い,犯行の発覚を防ぐため,縄を解かないまま屋内から砂上に放置したところ,被害者が砂末を吸引して死亡した事案で,殺人の目的で行った頸部絞扼の行為と死亡との間に因果関係があるとし,その行為は殺人罪を構成するとした古典的裁判例である(判決要旨)。
もっとも,同判決から,死亡誤信後のあらゆる行為が当然に先行行為へ帰属するという結論を導くことはできない。
後続行為の目的,態様,場所,時間的間隔,被害者の状態及び新たに作り出された危険を具体的に検討する必要がある。

第4 因果関係の錯誤と概括的故意

行為者が想定した死亡原因と実際の死亡原因が異なっても,実際の因果経過が行為者の認識した因果経過と法的に重要な部分で重なり,故意を認める基礎となる危険の実現と評価できる場合,因果関係の錯誤は故意を阻却しない。
古い説明では「概括的故意」と呼ばれることがあるが,名称だけで結論を出さず,先行行為の殺人故意が実際の死亡結果まで及ぶ理由を示すべきである。
反対に,後続行為が先行行為と質的に異なる独立の危険を作り出し,実際の死亡がその危険だけから生じたときは,先行行為について殺人未遂,後続行為について過失致死その他の成否を別に検討する余地がある。

これに対し,最高裁平成16年3月22日決定(いわゆるクロロホルム事件)は,被害者をクロロホルムで失神させた上で自動車ごと海中に転落させて殺害しようとした事案で,第2行為の前の時点で第1行為により被害者が死亡していたとしても,一連の殺人行為に着手してその目的を遂げた以上,殺人の故意に欠けるところはなく殺人既遂となるとした。
同決定は,予定した行為より前の行為で結果が生じた場合(いわゆる早すぎた結果の発生)を扱うもので,死亡を誤信した後の行為で結果が生じた本記事の場面とは型が逆である。

第5 後続行為の主観面

死亡を確信していた者には,通常,後続行為時の殺人故意は認めにくい。
しかし,生存可能性を認識しながら密閉容器に入れる,水中に投棄する又は焼却するなど,死亡しても構わないと考えていた場合は,後続行為自体について未必の殺意が成立し得る。
生存を確認でき,死亡を回避できたのに確認せず,その過失によって死亡させたといえる場合には過失致死罪(刑法210条)を検討する。重大な過失又は業務上必要な注意義務の違反がある場合に限り,刑法211条の成否を別に検討する。

第6 共同正犯者がいる場合

複数人が後続行為を共同した場合,各人について,先行する殺害の共謀,後続する隠匿行為の共謀,生存可能性の認識及び具体的な寄与を区別する。
先行する殺害を共同した者が後続行為に加わらなかった場合,又は後から隠匿だけに加わった者が先行行為を知らなかった場合には,共同正犯の成立範囲が異なる。
例えば,先行する殺害行為者が死亡を誤信し,搬送中に生存を知った協力者だけがこれを秘して埋却を決意した場合,協力者の認識を殺害行為者へ当然に転嫁してはならない。殺害行為者が埋却を自ら行ったなら,その行為と死亡の因果関係,生存確認義務違反の有無を本人について検討する。両名が埋却を共同しても,殺害の意思連絡がないまま殺人の共同正犯が成立するわけではない。
また,共同正犯による結果帰属と,各人の故意・過失及び責任能力の判断は別問題である。

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実行途中で責任能力が低下した場合―行為と責任の同時存在,行為の一体性及び原因において自由な行為(AI作成)

目次

第1 本記事の範囲
第2 行為と責任の同時存在の原則
第3 まず実行行為の範囲を確定する
第4 大阪地裁昭和58年3月18日判決及び長崎地裁平成4年1月14日判決
第5 原因において自由な行為
第6 共同正犯者ごとの責任能力
第7 検討の順序
第8 関連記事
第9 出典・確認範囲

第1 本記事の範囲

本記事は,一連の暴行その他の実行行為が完全責任能力の状態で始まり,途中から心神耗弱又は心神喪失の状態になった場合を扱う。
中心となる問題は,行為と責任の同時存在の原則,一連の挙動を一個の実行行為として評価できるか,及び原因において自由な行為の理論を適用できるかである。

第2 行為と責任の同時存在の原則
1 意義

犯罪行為について非難するためには,原則として,構成要件に該当する実行行為の時点に故意又は過失と責任能力が存在しなければならない。
これが「行為と責任の同時存在」の原則であり,責任能力のない時点の行為を,その時点とは無関係な過去の正常状態だけを理由に処罰しないことを意味する。

2 根拠

刑法39条は,心神喪失者の行為を罰せず,心神耗弱者の刑を減軽すると定める。
また,責任主義の下では,違法な行為を選択・制御できたことに対する非難可能性が処罰の前提となるため,実行行為と責任能力を時間的に対応させる必要がある。

第3 まず実行行為の範囲を確定する

複数の打撃が時間的・場所的に近接していても,当然に一個の行為になるわけではない。
攻撃の対象,方法,場所,時間的間隔,犯意の継続,途中の中断,新たな意思決定及び結果への寄与を検討し,一個の実行行為として評価できるかを先に確定する。
責任能力が変化した時点を境に全てを機械的に分断する方法も,反対に,結果が一つであることだけから全体を一体とする方法も適切でない。

第4 大阪地裁昭和58年3月18日判決及び長崎地裁平成4年1月14日判決

大阪地裁昭和58年3月18日判決(傷害致死)は,被告人が飲酒の上で被害者に約1時間にわたり暴行を加え,その後半で酒の酔いが深まって錯乱状態に陥った事案である。
同判決は,①暴行に着手した時点と前半の段階では責任能力に疑いがなかったこと,②その段階の暴行は「優に致死の結果をもたらしうる」ものであったこと,③その後の錯乱状態は被告人自らの飲酒及びそれに先立つ暴行等によって招かれたこと,④錯乱状態で行われた暴行は前段階の暴行と「態様を異にするものでもない」ことを挙げて,暴行の全部を一体として評価し,後半に責任能力に影響する精神状態に陥っていたとしても刑法39条1項又は2項は適用されないとした。
具体的事件への適用では,前半の暴行が致命的でない場合や,後半に凶器使用,新たな殺意,中断後の再開等があるときに,②や④の理由がそのまま当てはまるとは限らない。

長崎地裁平成4年1月14日判決(傷害致死)は,被告人が妻に暴行を加えた後,焼酎を飲んで酩酊の度を強めながら暴行を続け,敷居につまずいてガラス戸に頭を強打したことから一層激昂し,肩たたき棒で頭部等を滅多打ちにするなどして妻を死亡させた事案である。
同判決は,被告人が犯行の途中から心神耗弱の状態になったと認めた上で,本件は「同一の機会に同一の意思の発動にでたもので、実行行為は継続的あるいは断続的に行われたもの」であり,犯行開始時には責任能力に問題がなく,犯行を開始した後に自ら飲酒を継続したために実行行為の途中で心神耗弱に陥ったにすぎないから,その事情を量刑上斟酌すべきことは格別,刑を必要的に減軽すべき実質的根拠があるとは言い難いとして,刑法39条2項を適用しなかった。
同判決の事案は,後半に肩たたき棒という凶器が使われ,致命傷も犯行途中から心神耗弱に陥った後に負わせたとされる点で,大阪地裁の判決の事案と異なる。
大阪地裁及び長崎地裁の各判決は,裁判所ウェブサイトに掲載されていないため,判例秘書で判決本文を確認した。

第5 原因において自由な行為
1 基本的な考え方

自ら責任能力を低下させ,その状態で犯罪結果を実現した場合に,責任能力のある原因設定行為と結果行為を結び付けて責任を問うのが,原因において自由な行為の問題である。
適用には,責任能力のある時点での故意又は過失,原因設定行為と結果行為との連続性,及び予定した犯罪の実現過程が必要となる。

2 高松高裁昭和44年11月27日判決

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自動車放火と「公共の危険」―最高裁平成15年4月14日決定・最高裁昭和60年3月28日判決(AI作成)

目次

第1 本記事の範囲
第2 刑法110条1項の構造
第3 最高裁平成15年4月14日決定
第4 公共の危険の認識
第5 共同正犯と認識の違い
第6 事実認定の確認事項
第7 関連記事
第8 出典・確認範囲

第1 本記事の範囲

本記事は,自動車その他の建造物等以外の物に放火した場合に,刑法110条1項の「公共の危険」がいつ発生し,その認識が故意の内容として必要かを整理するものである。
令和8年司法試験の出題の趣旨及び採点実感は令和8年9月28日現在で公表されていないため,本記事は,同年度問題の解答を断定するものではなく,公表済みの法令及び裁判例から一般的な判断枠組みを示す。

第2 刑法110条1項の構造
1 客体と結果

刑法110条1項は,放火して刑法108条又は109条に規定する物以外の物を焼損し,よって公共の危険を生じさせた場合を処罰する。
したがって,自動車を燃やしただけで当然に既遂となるのではなく,自動車の焼損に加えて「公共の危険」が現実に発生したことを要する具体的危険犯である。

2 公共の危険の内容

最高裁平成15年4月14日決定は,刑法110条1項の「公共の危険」は,刑法108条及び109条1項所定の建造物等に延焼する危険に限られず,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含むとした。
このため,周囲の建造物に延焼する危険がなくても,近接する自動車,可燃物又はその場に出入りする人に危険が及んだときは,同項の公共の危険が問題となる。

第3 最高裁平成15年4月14日決定
1 事案の要点

同決定の事案では,被告人が,妻と共謀の上,長女が通う小学校の担任教諭が所有する自動車に放火しようと企て,市街地にある同小学校の教職員用駐車場に無人でとめられていた同車にガソリン約1.45リットルをかけてガスライターで点火し,同車を焼損させた。
同駐車場は,公園及び他の駐車場に隣接し,道路を挟んで同小学校や農業協同組合の建物に隣接する位置にあった。
被害車両から西側へ約3.8メートルの位置と,さらにその西側へ約0.9メートルの位置には他人所有の自動車2台が無人でとめられ,東側へ約3.4メートルの位置には可燃性のゴミ約300キログラムが置かれたゴミ集積場があり,火災によりこれらに延焼の危険が及んだ。
火は,付近に来た者の通報で出動した消防車の消火活動により鎮火した。

2 判断の射程

最高裁は,市街地の駐車場において,被害車両からの出火により,近くの2台の自動車に延焼の危険が及んだ等の事実関係の下では,刑法110条1項の公共の危険の発生を肯定することができるとした。
重要なのは,建造物への延焼危険だけを探すのではなく,火勢,距離,可燃物の量,風向,消火可能性及び人の出入り等を基礎として,不特定又は多数の人の生命・身体及び広く財産への現実的な危険を検討することである。

第4 公共の危険の認識
1 最高裁昭和60年3月28日判決の多数意見

最高裁昭和60年3月28日判決の多数意見は,刑法110条1項の罪の成立について,行為者が公共の危険の発生を認識していることを要しないとした。
同項の故意としては,刑法108条又は109条に規定する物以外の物を焼損する認識が必要であり,公共の危険の発生は客観的結果として認定するという整理である。

2 谷口正孝裁判官の意見

同判決には,谷口正孝裁判官の意見が付されている。
同意見は,被告人に同項の罪の共謀共同正犯の成立を認める結論には賛成しつつ,同項の罪の成立には公共の危険の発生の認識を要するとした。
その理由として,同意見は,認識を不要とすると,単車を燃やすよう指示しただけで公共の危険の発生を認識していなかった共謀者も同項の罪の共同正犯となるが,その者について成立する共謀の内容は器物損壊の限度にとどまるはずであるという仮定の例を挙げている。
同意見は,結論を多数意見と同じくする意見であり,反対意見ではない。
答案又は実務上の意見書では,判例の多数意見を示した上で,認識を必要とする見解があることを区別して記載する必要がある。

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誤振込・誤送金の民事責任と刑事責任―預金払戻し、権利濫用、不当利得及び口座対応(AI作成)

目次

第1 誤振込を三つの法律関係に分ける
第2 受取人と銀行―預金債権は成立する
第3 送金者と受取人―不当利得返還請求
第4 銀行への払戻請求と権利濫用
第5 刑事責任

1 窓口で事実を秘した払戻し
2 オンライン送金等

第6 送金者・受取人の初動対応
第7 証拠保全と弁護士の確認事項
第8 一次資料

誤振込・誤送金では、「口座に入金された以上、受取人が自由に使える」「誤りなので預金自体が成立しない」という両極端な理解はいずれも危険です。預金債権の成立、不当利得返還義務、銀行に対する告知義務、実際の払戻し・送金行為を分けて検討する必要があります。

第1 誤振込を三つの法律関係に分ける

誤振込の検討では、次の三つの関係を区別します。

受取人と被仕向銀行との預金契約関係
振込依頼人と受取人との不当利得関係
受取人が銀行窓口、インターネットバンキング又は決済サービスを利用した行為の民事・刑事上の評価

一つ目の関係で預金債権が成立することと、二つ目の関係で受取人が返還義務を負うことは両立します。また、預金債権が成立するからといって、誤振込を知った後の具体的な払戻し・送金方法まで常に適法になるわけではありません。

第2 受取人と銀行―預金債権は成立する

最高裁第二小法廷平成8年4月26日判決・平成4年(オ)第413号は、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係があるかどうかにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して預金債権を取得するとしました。

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裁量保釈に対する検察官準抗告の審査基準―最高裁令和8年8月31日決定と平成26年・平成27年決定(AI作成)

この記事の要点 最高裁令和8年8月31日第二小法廷決定(令和8年(し)第770号)は,第1回公判期日前で被告人の罪状認否が完了していないことだけを重く見て,裁判官の裁量保釈決定を取り消すことを許しませんでした。検察官の準抗告を認容するには,事案の具体的事情に照らし,実効的な罪証隠滅又は逃亡の危険が高く,保釈条件によっても抑えられず,原々裁判の判断が不合理であることを具体的に示す必要があります。

本記事は,裁判所ウェブサイトで公表された同決定の全文を中心に,最高裁平成26年11月18日決定及び最高裁平成27年4月15日決定と比較し,裁量保釈の請求,検察官準抗告への反論及び特別抗告の実務を整理するものです。個別事件の結論は,証拠関係,公判の進行,被告人の生活基盤及び設定できる保釈条件によって異なります。

第1 決定の結論と実務上の意味
第2 最高裁令和8年8月31日決定の事案
第3 準抗告審が具体的に示すべきこと
第4 平成26年・平成27年・令和8年決定の比較
第5 刑訴法89条と90条の二段階
第6 弁護人の主張立証チェックリスト
第7 検察官準抗告への対応
第8 決定の射程と注意点
第9 判例秘書の確認範囲
第10 出典・関連記事

第1 決定の結論と実務上の意味

最高裁令和8年8月31日第二小法廷決定(令和8年(し)第770号)は,裁量保釈を認めた裁判官の原々裁判を取り消した地方裁判所の準抗告決定について,刑事訴訟法90条及び426条の解釈適用を誤った違法があるとして原決定を取り消し,検察官の準抗告を棄却しました。

重要なのは,「第1回公判前である」「罪状認否が終わっていない」という手続段階が,それだけで原々裁判の不合理性を基礎付けるものではないとした点です。準抗告審は,保釈が相当かを白紙から判断し直すのではなく,原々裁判が裁量の範囲を逸脱した不合理な判断であるかを,具体的事情に即して審査します。

実務上の推論として,保釈請求書と準抗告への意見書は,抽象的な「罪証隠滅のおそれがない」という結論ではなく,①対象証拠,②働き掛けの相手と手段,③既に終了した証拠調べ,④事件経過と時間の経過,⑤身元引受・居住・連絡禁止等の条件,⑥身体上・防御準備上等の不利益を対応させて記載する必要があります。この整理は本決定の事実評価から導く実務上の分析であり,判決文に同一のチェックリストが明記されているわけではありません。

第2 最高裁令和8年8月31日決定の事案

被告人は,共犯者とともに店舗から商品を窃取した窃盗事件で起訴されました。被告人と同じ共犯者による類似の窃盗事件は既に併合され,その事件について被告人は公訴事実を認め,証拠意見も同意とされ,証拠調べも行われていました。本件についても被告人は弁護人に事実関係を争わない旨を述べており,追加の起訴は予定されていませんでした。

被告人に前科前歴はなく,父親が保釈保証金150万円を用意し,保釈後は両親宅に居住させて監督することを約束していました。また,被告人は共犯者らと連絡を取らない旨を誓約していました。裁判官は,住居制限,共犯者その他事件関係者との接触禁止等の条件を付して裁量保釈を許可しました。

これに対し,準抗告審は,第1回公判期日前で罪状認否を終えていないことなどを理由に原々裁判を取り消しました。しかし最高裁は,既に類似事件の証拠調べが進み,本件を争わない意向が示され,監督者と保釈条件も具体化されていたことなどを踏まえ,原々裁判の判断が不合理であるとはいえないと判断しました。

第3 準抗告審が具体的に示すべきこと

最高裁は,準抗告審が原々裁判と異なる結論を採るためには,事案の具体的事情に照らし,罪証隠滅又は逃亡のおそれが高く,保釈条件によってもその危険を防止できないため,原々裁判の判断が不合理であることを示す必要があるとしました。

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飲み込んだ証拠物を体内から取り出す捜査の限界―大腸内視鏡による採取を違法とした東京高裁令和3年10月29日判決(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 事案の概要1 起訴された事実2 マイクロSDカードの嚥下と下剤の服用3 内視鏡による取出し4 第一審の判断第3 昭和55年決定の射程1 強制採尿について示された要件2 強制採尿とは異なる手法の扱い第4 内視鏡による強制採取の侵襲の程度1 偶発症のリスク2 精神的打撃と前処置の負担第5 高度の捜査上の必要性の検討1 被疑事件の重大性2 証拠の重要性と取得の必要性3 代替手段,罪証隠滅及び医療上の必要第6 令状審査の実質1 令状審査で検討すべき事項2 本件の疎明で欠けていた事項第7 証拠能力の判断第8 令状の組合せとの関係1 CT撮影による所在確認との区別第9 刑事弁護で確かめる事項第10 関連記事第11 出典・参考資料1 裁判例2 法令3 調査範囲
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,被疑者が飲み込んだ証拠物を,捜査機関が令状に基づいて体内から強制的に取り出すことがどこまで許されるかを,東京高等裁判所令和3年10月29日判決(令和2年(う)第806号,判例秘書の判例番号 L07620534)を中心に整理するものである。
同判決は,被疑者の肛門から大腸内視鏡を挿入して体腔内からマイクロSDカードを取り出した捜査手続に重大な違法があるとして,マイクロSDカード等の証拠能力を否定した第一審の判断を是認し,検察官の控訴を棄却した。
判決の内容は,判例秘書に収録された判決文を読んで確認した。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。

尿,血液,毛髪又は飲み込んだ物を採取するための令状の組合せと条件の記載例は,強制採尿・強制採血・毛髪採取の令状-令状の組合せ,条件の記載及び最高裁の判断で整理している。
本記事は,令状の組合せがそろっていても,その発付と実施が違法とされた事例を扱う。

2 結論

①最高裁昭和55年10月23日第一小法廷決定は,強制採尿について,犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には,最終的手段として許されるとした。
②東京高裁は,同決定は強制採尿の特質に照らした判示をしたものと解されるとした上で,内視鏡による異物の強制採取は強制採尿よりも相当強度の身体への侵襲であり,強制採尿の場合よりも高度の捜査上の必要性がなければ許されないとした。
③同判決の事案では,マイクロSDカードと強く関連するのが住居侵入の点であり,住居侵入罪は罪名自体から高度の捜査上の必要性が推認される犯罪とはいえないこと,マイクロSDカードに動画が保存されているかが不明であったこと,検察官が他の証拠で既に起訴していたこと,下剤による排せつを待っても大きな変質を来すとはいえないこと等から,高度の捜査上の必要性は認められなかった。
④令状請求の疎明資料には,内視鏡による手技の具体的な内容,偶発症や鎮静剤の投与のリスク,それまでに服用させた下剤の内容等が示されておらず,令状は実質的な審査を欠いたまま発付されたとされた。
⑤その結果,強制処分には重大な違法があるとして,マイクロSDカードとこれと密接に関連する証拠の証拠能力が否定された。

第2 事案の概要
1 起訴された事実

被告人は,4件の住居侵入と1件の傷害の事実で起訴された。
問題となった強制処分の被疑事実は,そのうち平成30年10月18日の住居侵入(第4事件)と傷害(第5事件)であった。
以下,本節の月日は,いずれも平成30年である。

2 マイクロSDカードの嚥下と下剤の服用

被告人は,10月18日,民家の敷地内に侵入し,入浴中の家人に気付かれて逃走し,追跡してきた家人の長男を殴るなどして負傷させ,現行犯逮捕された。
被告人が所持していたビデオカメラは,マイクロSDカードに映像が記録されるように設定されていたが,カードは挿入されておらず,現場や逮捕場所の付近を捜索しても発見できなかったため,警察官は被告人が飲み込んだことを疑った。

警察官は,10月19日,被告人の体腔内の検査及び体腔内の異物の採取をするため,捜索差押許可状,身体検査令状及び鑑定処分許可状の発付を受けた。
翌20日のCT検査では,被告人の大腸の下行結腸にマイクロSDカード様の異物が認められた。

警察官は,10月21日,被告人に下剤を服用させて異物を排せつさせるため,身体検査令状及び鑑定処分許可状の発付を受け,同月22日以降,医師から処方された下剤を被告人に服用させたが,異物は排せつされなかった。
11月2日のCT検査では,異物は盲腸部分に確認された。
検察官は,11月8日,第4事件と第5事件で被告人を起訴した。

3 内視鏡による取出し

医師は,11月2日のCT検査以降19日間,異物がほぼ移動していないことから,肛門から内視鏡を挿入して異物を取り出すことを警察官に示唆した。

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ロッキード事件の嘱託証人尋問と最高裁判所の「不起訴宣明」―昭和51年の裁判官会議から最大判平成7年2月22日まで(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象と基準日2 結論第2 嘱託証人尋問に至る経緯1 刑事訴訟法226条に基づく証人尋問の請求2 検事総長と東京地方検察庁検事正の宣明3 ファーガソン判事の命令第3 最高裁判所の対応1 昭和51年7月14日の裁判官会議と職員の派遣2 検事総長の第二次宣明3 昭和51年7月24日の裁判官会議と宣明書4 米国の裁判所による解除と調書の送付第4 宣明書の法的性格1 最高裁判所刑事局長の答弁2 国会での疑問と法務省の答弁3 控訴審判決の判断第5 最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決1 判決の概要2 宣明の経緯についての判示3 証拠能力を否定した理由4 大野正男裁判官の補足意見5 判決後の国会の質疑第6 平成28年改正による刑事免責制度1 刑事訴訟法157条の2・157条の32 昭和51年の措置との対比第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 国会会議録4 文献5 調査範囲
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象と基準日

本記事は,ロッキード事件の捜査で行われた米国在住の証人に対する嘱託証人尋問について,昭和51年に最高裁判所が裁判官会議の決議に基づいて「最高裁判所宣明書」を出した経緯と,最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決がその嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定するまでを整理する。
経緯は,国会会議録の答弁,同判決及びその控訴審である東京高等裁判所昭和62年7月29日判決の判文,並びに東京高等裁判所平成17年2月9日判決の別紙に掲載された最高裁判所裁判官会議の議事録(開示部分)によって確認した。
山本祐司『最高裁物語(下巻)』の記述は,帰属を明示して補足に用いた。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。

2 結論

①東京地方検察庁の検察官は,昭和51年5月22日,刑事訴訟法226条に基づく証人尋問を東京地方裁判所の裁判官に請求し,その裁判官が米国の裁判所に証人尋問を嘱託した。
②検事総長と東京地方検察庁検事正は,証人らを刑事訴訟法248条により起訴猶予とする旨の宣明書を発したが,米国の連邦地方裁判所の判事は,日本国の最高裁判所のオーダー又はルールが提出されるまで証言調書を伝達してはならないと命じた。
③最高裁判所は,昭和51年7月14日の裁判官会議でこの命令の真意を調査することとし,事務総局刑事局第二課長と刑事局付の2名を米国に出張させた。
④最高裁判所は,同月24日の裁判官会議で,検事総長の確約が将来にわたり検察官によって遵守され,証人らが公訴を提起されることはないことを宣明する書面を米国の連邦地方裁判所に送付することを決定した。
⑤当時の最高裁判所刑事局長は,国会で,この宣明書を裁判所法12条に基づく司法行政上の措置と説明し,受訴裁判所の裁判を拘束するものではないと答弁した。
⑥控訴審の東京高等裁判所昭和62年7月29日判決は,最高裁判所の宣明は事実認識を明らかにしたにすぎないもので,裁判所法12条による司法行政権の行使として許容される範疇の行為であるとした。
⑦最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決は,検事総長らの宣明によっていわゆる刑事免責が付与されたものと解した上で,刑事訴訟法は刑事免責の制度を採用していないとして嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定したが,これを除いても犯罪事実を認定できるとして被告人2名の上告を棄却した。
⑧その後,平成28年法律第54号による刑事訴訟法の改正で,裁判所の決定により証言等を証人に不利益な証拠とすることができないこととする刑事免責の制度(157条の2・157条の3)が設けられた。

第2 嘱託証人尋問に至る経緯
1 刑事訴訟法226条に基づく証人尋問の請求

昭和51年10月15日に衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で行われた法務大臣の中間報告によれば,同年3月24日に法務省と米国司法省との間で,関係資料を捜査,調査及び裁判のみに使用し,秘密保持を厳守すること,相互に司法共助の実現に最善の努力をすること等を内容とする司法取り決めが締結された。
同報告によれば,東京地方検察庁は,米国在住の関係人の任意の取調べを試みたが,関係人がこれを拒否したため,「五月二十二日刑事訴訟法二百二十六条に基づく起訴前の証人尋問を東京地方裁判所裁判官に請求し、同裁判官の嘱託決定を得て、検事二名を米国に派遣するなど右嘱託尋問の実現に鋭意努力をしました。」とされている。
刑事訴訟法226条は,「犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。」と定める。
同法228条1項は,この請求を受けた裁判官は,証人の尋問に関し,「裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。」と定めている。

最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決によれば,この請求は,被告人B外2名に対する贈賄及び氏名不詳者数名に対する収賄等を被疑事実とし,当時米国に在住していた証人らに対する証人尋問を,国際司法共助として同国の管轄司法機関に嘱託するよう求めるものであった。
嘱託先は,同判決では「カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所」,最高裁判所の裁判官会議の議事録では「中部カリフォルニア合衆国連邦地方裁判所」と表記されている。
国会の質疑では,証人はコーチャン,クラッター及びエリオットの3名とされている。

2 検事総長と東京地方検察庁検事正の宣明

東京高等裁判所昭和62年7月29日判決によれば,証人らが嘱託証人尋問の際も自己負罪拒否特権を行使して証言を拒否することが予想されたため,検事総長は昭和51年5月20日に,東京地方検察庁検事正は同月22日に,それぞれ宣明書を発した。
検事総長の宣明書は,「右各証人の証言内容及びこれに基づき将来入手する資料中に、仮に、日本国の法規に抵触するものがあるとしても、証言した事項については、右証人三名を日本国刑事訴訟法二四八条によって起訴を猶予するよう東京地方検察庁検事正に指示している。この意思決定は、当職の後継者を拘束するものである。」という趣旨のものであった。
東京地方検察庁検事正の宣明書も,同じ証人3名を同条によって起訴猶予とし,「この意思決定は、当職の後継者を拘束するものである。」という趣旨のものであった。
同判決によれば,東京地方裁判所の裁判官は,嘱託書に,検察官が起訴を猶予する意思がある旨を証人に告げた上で尋問されたいと希望しているので,「貴国国内法において許容される範囲内で右希望に添う措置をとるよう要請する。」旨を付記した。

(続きを読む...)ロッキード事件の嘱託証人尋問と最高裁判所の「不起訴宣明」―昭和51年の裁判官会議から最大判平成7年2月22日まで(AI作成)

覚醒剤使用罪の訴因―日時・場所に幅のある起訴,最終の1回の使用,求釈明及び公訴事実の同一性(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象と基準日2 結論第2 覚醒剤使用罪で日時・場所に幅が生じる理由1 使用罪の条文2 尿の鑑定と本人の供述第3 訴因の特定(刑事訴訟法256条3項)1 条文と訴因の役割2 幅のある表示が許される場合3 覚醒剤使用罪への当てはめ―最高裁昭和56年決定4 供述調書に日時・場所があっても概括的な訴因のままでよいとされた例第4 幅のある訴因はどの使用行為を起訴したものか1 期間内に複数回使用している可能性2 尿の覚醒剤成分に対応する最終使用が起訴されたと考えること3 どの使用を起訴したのかを明らかにする手段―求釈明第5 訴因変更と公訴事実の同一性1 訴因変更の条文2 最高裁昭和63年決定3 特定された訴因から幅のある訴因へ変更する場合4 防御への配慮第6 弁護人が確認すべき事項第7 関連記事第8 出典・調査範囲1 法令2 裁判例3 調査範囲
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象と基準日

本記事は,覚醒剤を自己使用した罪で起訴された事件について,起訴状の日時や場所に幅がある場合の訴因の特定と,公判の途中で訴因が変更される場合の公訴事実の同一性を整理する。
あわせて,幅のある訴因がどの使用行為を起訴したものかが問題になる場面で,弁護人が確認すべき事項を扱う。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
刑事訴訟規則は,裁判所ウェブサイトに掲載された令和8年5月21日現在のものを確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイト又は判例秘書で判決・決定の本文を確認したものに限って紹介している。

覚醒剤取締法の題名は,令和元年法律第63号による改正で,令和2年4月1日から「覚醒剤取締法」となった。
それより前の題名は「覚せい剤取締法」であり,本記事では判決の引用に限り原文どおり「覚せい剤」と表記する。

2 結論

①訴因は,裁判所に対して審判の対象を限定し,被告人に対して防御の範囲を示すものであり,刑事訴訟法256条3項は,できる限り日時,場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定することを求めている。
②最高裁判所は,犯罪の種類,性質等によって日時等を詳らかにすることができない特殊事情がある場合には,法の目的を害さない限りの幅のある表示も許されるとした(最高裁昭和37年11月28日大法廷判決)。
③覚醒剤の自己使用についても,日時に約8日間,場所に「町内及びその周辺」という幅がある公訴事実が,検察官が起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上,訴因の特定に欠けるところはないとされた(最高裁昭和56年4月25日決定)。
④東京高裁平成24年9月4日判決は,使用者の供述に信を措けない場合に日時・場所を概括的な認定にとどめる実務の運用であっても,使用者の尿から検出された覚醒剤成分に対応する最終使用が起訴されたと考えることにより,被告人側の防御権の行使に支障がないとされていると述べている。
⑤覚醒剤使用罪の訴因の間で,使用の時間,場所及び方法に多少の差異があっても,いずれも被告人の尿中から検出された同一の覚醒剤の使用行為に関するものであって,事実上の共通性があり,両立しない関係にあるとして,公訴事実の同一性を認めた事例がある(最高裁昭和63年10月25日決定)。
⑥どの使用行為を起訴したのかに争いがあるときは,弁護人は,裁判長に対し,釈明のための発問を求めることができる(刑事訴訟規則208条3項)。
⑦被告人又は弁護人は公判手続の停止を請求することができ,裁判所は,訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは,公判手続を停止しなければならない(刑事訴訟法312条7項)。

第2 覚醒剤使用罪で日時・場所に幅が生じる理由
1 使用罪の条文

覚醒剤取締法19条は,同条各号に掲げる場合のほかは,何人も,覚醒剤を使用してはならないと定めている。
同条に違反した者は,10年以下の拘禁刑に処せられる(覚醒剤取締法41条の3第1項1号)。

2 尿の鑑定と本人の供述

覚醒剤の使用は,尿から覚醒剤成分が検出されたことを主な証拠として起訴されることがある(最高裁昭和63年決定の事案も,尿中から覚醒剤が検出されたことと捜査段階の供述に基づいて起訴されている)。
しかし,尿の鑑定からは,いつ,どこで,どのような方法で使用したかまでは分からない。

東京高等裁判所平成24年9月4日判決(平成24年(う)第1266号,判例秘書の判例番号 L06720982)は,この点について,「覚せい剤使用の罪における犯行日時,場所等の特定については,使用者自らの供述に頼らざるを得ない反面,覚せい剤使用の罪の特殊性,すなわち,反復継続性,常習性,使用者の記憶保持の困難性等からすると,その供述を直ちに鵜呑みにするのは危険である」と述べている。
その上で,同判決は,検察官と裁判所が使用者の供述の信用性を慎重に吟味し,信を措けない場合には概括的な認定にとどめているのが現在の実務であり,判例も容認しているとしている。

第3 訴因の特定(刑事訴訟法256条3項)
1 条文と訴因の役割

刑事訴訟法256条3項は,「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と定めている。

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盗品だと後から知ったとき―盗品等に関する罪の成立時期と,中古品の買取り・委託販売の注意点(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 条文と対象となる物1 刑法256条2 「盗品等」の範囲第3 処罰の理由1 被害者の返還請求権の行使を困難にすること2 窃盗等の犯罪を助長し誘発するおそれ第4 盗品等であることを知った時期と各罪1 知っていることが必要な時点2 保管の途中で知った場合(昭和50年決定)3 買い取った後で知った場合4 委託販売の場合第5 有償の処分のあっせん1 売買が成立しなくても成立する2 被害者を処分の相手方とする場合(平成14年決定)3 被害者の家へ運んだ場合の運搬(昭和27年決定)第6 親族等の間の特例(刑法257条)1 条文2 誰と誰との間の関係か(昭和38年決定)第7 古物商の義務1 相手方の確認と不正品の申告2 品触れと保管命令3 盗品・遺失物の無償回復4 民法719条2項の幇助責任との区別第8 司法試験での出題第9 関連記事第10 出典1 法令2 裁判例3 判例秘書による検索4 試験問題
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

中古品の買取りや委託販売をしていると,買い取った物や預かった物が,後になって盗品やだまし取られた物であったと分かることがある。
刑法256条は,盗品等を運搬し,保管し,有償で譲り受け,又はその有償の処分のあっせんをする行為を処罰しているが,いつの時点で盗品等であることを知っていれば処罰されるのかは,条文だけでは分かりにくい。
本記事は,盗品等に関する罪の対象となる物の範囲,処罰の理由,盗品等であることを知った時期と各罪の関係,有償の処分のあっせんが成立する範囲及び古物営業法上の古物商の義務を,最高裁判所の判例と条文に基づいて整理するものである。
調査基準日は令和8年9月27日であり,条文はe-Gov法令検索で,判例は裁判所ウェブサイトの裁判要旨及び全文で確認し,裁判例の検索には判例秘書も用いた。

2 結論

①刑法256条の対象は,窃盗による盗品に限られず,詐欺や横領など「財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」を含む。
②最高裁判所は,盗品等に関する罪の本質を被害者の返還請求権の行使を困難にする点に求める一方で,窃盗等の犯罪を助長し誘発するおそれも処罰の理由に挙げている(昭和23年11月判決,昭和26年判決,平成14年決定)。
③盗品等であることを知らずに保管を始めた者も,知った後になお本犯のために保管を続ければ処罰の対象となる(昭和50年決定)。
④買い受けて物を受け取った時点で盗品等であることを知らなかった者は,後で知っても,有償で譲り受けた罪には当たらないと考えられる(刑法38条1項)。
⑤有償の処分のあっせんは,売買が成立しなくても周旋行為をした時点で成立し(昭和23年11月判決,昭和26年判決),被害者を処分の相手方とする場合にも成立する(平成14年決定)。
⑥配偶者,直系血族等との間で盗品等に関する罪を犯した者は刑が免除されるが(刑法257条1項),最高裁判所は,この親族関係は本犯と盗品等に関する罪の犯人との間に必要であるとしている(昭和38年決定)。
⑦古物商には,取引の相手方の確認,不正品の疑いがあるときの警察官への申告(古物営業法15条),帳簿等への記録(同法16条),品触れを受けた物の届出(同法19条)等の義務がある。

第2 条文と対象となる物
1 刑法256条

刑法256条1項は,「盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を無償で譲り受けた者は、三年以下の拘禁刑に処する。」と定めている。
同条2項は,「前項に規定する物を運搬し、保管し、若しくは有償で譲り受け、又はその有償の処分のあっせんをした者は、十年以下の拘禁刑及び五十万円以下の罰金に処する。」と定めている。
2項の罪の法定刑は,拘禁刑と罰金の両方を科すものである。

2 「盗品等」の範囲

「財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」には,窃盗によって得た物のほか,詐欺や横領によって得た物も含まれる。
古物営業法19条1項も,これらの物を「盗品等」と呼んでいる。
これに対し,民法193条の回復請求の対象は「盗品又は遺失物」であり,刑法256条の「盗品等」よりも狭い。
民法193条の「盗品」の範囲と会社の物品の取戻しについては,社員が会社の物品を買取業者に売ったときの取戻し―民法193条・194条と古物営業法20条,窃盗と業務上横領の区別で整理している。

第3 処罰の理由
1 被害者の返還請求権の行使を困難にすること

最高裁昭和23年11月9日第三小法廷判決(昭和23年(れ)第629号,刑集2巻12号1504頁)は,理由の中で,「贓物に関する罪の本質は、贓物を転々して被害者の返還請求権の行使を困難もしくは不能ならしめる点にある」と述べている。
最高裁昭和34年2月9日第二小法廷決定(昭和31年(あ)第3533号,刑集13巻1号76頁)について,裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨は,「賍物に対する罪は、被害者が民法の規程によりその物の回復を請求する権利を失わない以上、その物につき成立し得る。」というものである(「規程」は同サイトの表記のままである)。
「賍物」「贓物」は,当時の条文や判決で用いられていた用語である。

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違法な目的で預かったお金を使い込むと横領罪になるか―不法原因給付(民法708条)と横領罪・詐欺罪の判例(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 民法708条の不法原因給付1 条文2 返還を請求できないことの反射として所有権が移るとした大法廷判決3 不法性を比べて民法708条を適用しなかった判決第3 横領罪の「他人の物」と不法原因給付1 条文2 贈賄のための資金を預かった者の領得(昭和23年判決)3 盗品の売却代金の着服(昭和36年判決)4 民事の大法廷判決との関係5 委託関係の成立過程に違法がある場合(令和4年判決)第4 違法な取引の相手方をだました場合(詐欺罪)1 条文2 闇取引であったとしても詐欺罪は成立するとした判決(昭和25年判決)第5 判例の整理第6 司法試験での出題第7 関連記事第8 出典1 法令2 裁判例3 判例秘書による検索4 試験問題
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

賄賂に使うために預かったお金や,盗品を売って得た代金のように,違法な目的や取引に関係するお金を預かった人が,そのお金を自分のために使ってしまうことがある。
このような場合,預けた人は,民法708条により,預けたお金の返還を民事上請求できないことがある。
本記事は,預けた人が民事上返還を請求できない場合でも使い込んだ人に横領罪が成立するのか,また,違法な取引の相手方をだまして財物を交付させた場合に詐欺罪が成立するのかについて,最高裁判所の判例を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月27日であり,条文はe-Gov法令検索で,判例は裁判所ウェブサイトの裁判要旨及び全文で確認し,裁判例の検索には判例秘書も用いた。

2 結論

①民法708条本文は,不法な原因のために給付をした者は,その給付したものの返還を請求することができないと定めている。
②最高裁判所は,民事について,不法原因給付に当たる贈与の履行をした贈与者が返還を請求できないことの反射的効果として,目的物の所有権は受贈者に帰属するとした(昭和45年大法廷判決)。
③他方,刑事について,最高裁判所は,横領罪の目的物は犯人の占有する他人の物であれば足り,給付者が民法上返還を請求できることは要件ではないとして,贈賄のために預かった資金を領得した者や,盗品の売却代金を着服した者に横領罪を認めている(昭和23年判決,昭和36年判決)。
④違法な取引の相手方をだました場合について,最高裁判所は,相手方の財物交付が不法の原因に基づくもので民法上返還等を請求できない場合でも,詐欺罪の成立は妨げられないとしている(昭和25年判決)。
⑤昭和45年大法廷判決の後の最高裁判所の判例として,令和4年判決は,農地法に違反する方法で登記名義を預かった者が土地を売却した事案について,委託関係の成立過程に農地法違反があることのみから横領罪の成立を否定すべきではないとした。
⑥令和4年判決は民法708条や不法原因給付の語を用いておらず,昭和45年大法廷判決の後に,不法原因給付に当たる物の横領罪の成否を正面から判断した最高裁判所の判例は,今回の調査の範囲では確認できなかった。

第2 民法708条の不法原因給付
1 条文

民法708条は,「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。」と定めている。
民法90条は,「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」と定めている。
公序良俗に反する契約は無効であるが,その契約に基づいて既に渡した物については,民法708条により返還を請求できないことがある。

2 返還を請求できないことの反射として所有権が移るとした大法廷判決

最高裁昭和45年10月21日大法廷判決(昭和41年(オ)第436号,民集24巻11号1560頁)は,不法の原因により未登記建物を贈与して引き渡した事案である。
同判決は,民法708条について,「みずから反社会的な行為をした者に対しては、その行為の結果の復旧を訴求することを許さない趣旨を規定したもの」とした。
その上で,給付者は,不当利得に基づく返還請求をすることが許されないばかりでなく,目的物の所有権が自己にあることを理由として給付した物の返還を請求することも許されないとした。

裁判所ウェブサイトに掲載された同判決の裁判要旨三は,「建物の所有者のした贈与に基づく履行行為が不法原因給付にあたる場合には、贈与者において給付した物の返還を請求できないことの反射的効果として、右建物の所有権は、受贈者に帰属するに至ると解するのが相当である。」というものである。

3 不法性を比べて民法708条を適用しなかった判決

最高裁昭和29年8月31日第三小法廷判決(昭和27年(オ)第13号,民集8巻8号1557頁)について,裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨は,「消費貸借成立のいきさつにおいて、貸主の側に多少の不法があつたとしても、借主の側にも不法の点があり、前者の不法性が後者のそれに比しきわめて微弱なものに過ぎない場合には、民法第九〇条および第七〇八条は適用がなく、貸主は貸金の返還を請求することができるものと解するのを相当とする。」というものである。
このように,給付した側の不法が相手方の不法に比べてきわめて微弱な場合には,民法708条によって返還請求が否定されないことがある。

第3 横領罪の「他人の物」と不法原因給付
1 条文

刑法252条1項は,「自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。」と定めている。

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正当防衛の反撃が近くにいた人に当たったら―大阪高裁平成14年9月4日判決,誤想防衛の一種,過失犯及び民事上の責任(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 問題となる場面と検討の順序1 反撃の相手と巻き添えになった人を分ける2 巻き添えになった人との関係で考えられる構成第3 大阪高裁平成14年9月4日判決1 事案2 相手方に対する暴行――喧嘩の予期と急迫性3 実兄に対する傷害致死罪――二つの理由4 過失犯についての判断5 判決の位置付け第4 方法の錯誤(打撃の錯誤)との関係1 意図しなかった人に結果が生じた場合の原則2 大阪高裁判決の二つの理由の射程3 人に向けずに威嚇した弾が当たった場合第5 過失犯が残る余地第6 民事上の損害賠償責任第7 侵害を予期して積極的に加害する意思で臨んだ場合1 急迫性が失われる場合2 共犯者の間で事情が異なる場合3 司法試験での出題第8 弁護活動で確認すべき事情第9 関連記事第10 出典1 法令2 裁判例3 試験問題
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

襲ってきた相手に向けた反撃が,そばにいた無関係の人や,一緒に襲われていた家族・仲間に当たって負傷させることがある。
反撃を受けた相手との関係では正当防衛(刑法36条1項)の成否が問題になるが,巻き添えになった人は不正な侵害をしていないから,その人との関係をどう評価するかは別の問題になる。
本記事は,この場面を判断した大阪高裁平成14年9月4日判決を中心に,巻き添えの結果についての故意犯・過失犯の成否,方法の錯誤(打撃の錯誤)との関係,民事上の損害賠償責任及び弁護活動で確認すべき事情を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月27日であり,条文はe-Gov法令検索で,最高裁判所の判例は裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨で,裁判所ウェブサイトに掲載のない判決・決定は判例秘書で全文を,それぞれ確認した。

2 結論

①大阪高裁平成14年9月4日判決は,不正の侵害を全く行っていない実兄に対する侵害を客観的に正当防衛だとするのは妥当でないとした。
②同判決は,意外な人に衝突した行為は避難に向けられたとはいえないとして,緊急避難にも当たらないとした。
③その上で同判決は,防衛者が主観的には正当防衛だと認識して行為している以上,故意非難を向け得る主観的事情は存在しないとして,誤想防衛の一種として故意責任を否定した。
④同判決は,方法の錯誤の観点からも,防衛者にとって実兄は,暴行の故意を向けた相手方グループの者とは法的に人として同価値であるとはいえず,むしろ救助すべき者であるとして,故意の符合を否定した。
⑤故意犯が成立しなくても過失犯が問題となり得るが,同判決は,激しい攻撃を受けて心理的動揺が激しかった事案で,過失責任の根拠となる注意義務を的確に構成することも困難であるなどとして,検察官に対する訴因変更命令ないし釈明義務は発生しないとした上で,被告人を無罪とした。
⑥民法720条1項は,他人の不法行為に対してやむを得ず加害行為をした者は損害賠償の責任を負わないとしつつ,被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げないと定めている。
⑦侵害を予期し,その機会を利用して積極的に加害する意思で臨んだ者については,侵害の急迫性が失われるから(最高裁昭和52年7月21日決定),巻き添えの結果についても,同判決と同じ理由で故意責任が否定されるとは限らないと考えられる。

第2 問題となる場面と検討の順序
1 反撃の相手と巻き添えになった人を分ける

反撃の相手に対する行為と,巻き添えになった人に生じた結果とは,一つの動作から生じたものであっても,分けて検討する必要がある。
反撃の相手については,急迫不正の侵害,防衛の意思及び防衛行為の相当性という正当防衛の要件を検討する。
巻き添えになった人については,その人に対する故意犯の構成要件に当たるか,違法性が阻却されるか,故意責任が否定されるか,過失犯が残るかを順に検討する。

2 巻き添えになった人との関係で考えられる構成

巻き添えになった人との関係では,正当防衛とみる構成,緊急避難とみる構成,及び正当防衛・緊急避難には当たらないが誤想防衛の一種として故意責任を否定する構成が考えられる。
大阪高裁平成14年9月4日判決は,第3の3のとおり,前の二つを採らず,最後の構成によった。
同判決は,これとは別に,方法の錯誤の観点からも故意犯の成立を否定している。

第3 大阪高裁平成14年9月4日判決
1 事案

公訴事実は,被告人が,平成10年7月4日午前0時20分ころ,大阪府堺市内の路上で,実兄ほか4名と共に,相手方ら10名の男女とけんかをすべく対峙したところ,木刀等で攻撃を加えられ,運転席に逃げ込んだ自車を約15.5メートル後退進行させて,相手方の一人の右手に衝突させるとともに,実兄に衝突させて轢過し,死亡させたというものである。
第一審判決(原判決)は,被告人が現場に赴いたのは喧嘩をする意図があったと認定し,相手方の一人に対する暴行罪と,実兄に対する傷害致死罪の成立を認めた。
控訴審である本判決は,被告人の主観は,相手方グループの者から危害を加えられている実兄を助け出して一緒に逃げるため,相手方グループの者の付近に車を急後退させて追い払おうとしたというものであり,暴行の故意に当たると認定した。
その上で,本判決は,原判決を破棄し,被告人を無罪とした。

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暴力団員のゴルフ場利用と詐欺罪―最高裁平成26年3月28日の判決・決定が分かれた理由と反社会的勢力の表明確約(AI作成)

目次第1 本記事の対象と基準日1 対象2 基準日と資料第2 詐欺罪にいう「人を欺く行為」1 交付の判断の基礎となる重要な事項2 平成19年決定と平成22年決定第3 平成26年3月28日の3件の判断1 宮崎県のゴルフ場の事件(平成25年(あ)第3号)2 宮崎県のゴルフ場の別の事件(平成25年(あ)第911号)3 長野県のゴルフ場の事件(平成25年(あ)第725号)4 裁判体第4 結論を分けた事情1 比較2 申込みが何を表しているか第5 反社会的勢力でないことの表明・確約と詐欺罪1 平成26年4月7日決定2 表明・確約と挙動による欺罔との違い第6 実務上の示唆1 事業者の側から2 刑事弁護の側から第7 出典1 裁判例2 法令
第1 本記事の対象と基準日
1 対象

本記事は,暴力団員であることを告げずにゴルフ場の施設利用を申し込んだ行為が詐欺罪に当たるかが争われた最高裁の判断3件(いずれも最高裁第二小法廷平成26年3月28日)と,暴力団員が反社会的勢力でないことを表明・確約して預金口座を開設した事件の最高裁第二小法廷平成26年4月7日決定を,判決文の原文に基づいて整理するものである。
同じ日に同じ小法廷で,ゴルフ場の利用について無罪の判決2件と有罪の決定1件が言い渡されており,結論を分けた事情を知ることは,事業者が反社会的勢力の排除の仕組みを設計する際にも,刑事弁護の場面でも役に立つ。

2 基準日と資料

本記事の調査基準日は令和8年9月26日であり,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判決文の全文を確認した。
判決文を「」で引用する場合,原文の表記をそのまま用いている。
いずれの事件でも,被告人以外の共犯者や関係者,ゴルフ場の名称は判決文で匿名化されているため,本記事でも判決文の表記(B倶楽部,Cクラブ等)に従う。

第2 詐欺罪にいう「人を欺く行為」
1 交付の判断の基礎となる重要な事項

刑法246条は,人を欺いて財物を交付させた者(1項)や,同様の方法により財産上不法の利益を得た者(2項)を詐欺罪として処罰している。
平成26年3月28日判決(後記第3の1)の小貫芳信裁判官の反対意見は,後記の平成19年決定と平成22年決定を参照して,「詐欺罪にいう人を欺く行為とは,財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項を偽ることをいう」と説明している。

料金を支払えば損害がないから詐欺罪にならないのではないか,という点に関連する先例として,最高裁第二小法廷昭和34年9月28日決定(昭和34年(あ)第1156号,刑集13巻11号2993頁)がある。
裁判所ウェブサイトに掲載された同決定の裁判要旨は,「真実を告知するときは相手方が金員を交付しないような場合において、商品の効能などにつき真実に反する誇大な事実を告知してその旨相手方を誤信させ、金員の交付を受けた場合は、たとえ価格相当の商品を提供したとしても詐欺罪が成立する。」というものである。
同決定は,商品の販売に際して虚構の事実を申し向けて相手方を誤信させ,売買,保証金などの名義で現金の交付を受けた事案であり,ゴルフ場の施設利用を申し込んだ本記事の事案とは事実関係が異なる。

2 平成19年決定と平成22年決定
(1) 預金口座の開設

最高裁第三小法廷平成19年7月17日決定(平成18年(あ)第2319号,刑集61巻5号521頁)は,第三者に譲渡する意図を秘して自己名義の預金口座の開設等を申し込んだ事案について,「銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体,申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきであるから」,その意図を秘して申込みを行う行為は詐欺罪にいう人を欺く行為に当たると判断した。
この決定は,申込みという行為自体が一定の意思を表している,という形で,明示的な虚偽の申告がない場合にも欺く行為を認めたものである。

(2) 航空機の搭乗券

最高裁第一小法廷平成22年7月29日決定(平成20年(あ)第720号,刑集64巻5号829頁)は,他の者を搭乗させる意図を秘して自己に対する搭乗券の交付を請求した事案について,「搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは,本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから」,その意図を秘して交付を請求する行為は詐欺罪にいう人を欺く行為に当たると判断した。

第3 平成26年3月28日の3件の判断
1 宮崎県のゴルフ場の事件(平成25年(あ)第3号)
(1) 事案

最高裁第二小法廷平成26年3月28日判決(平成25年(あ)第3号,刑集68巻3号582頁)の事案では,暴力団員である被告人が,宮崎県内の2つのゴルフ場(B倶楽部及びCクラブ)で,暴力団員であることを秘して施設利用を申し込み,利用したことが詐欺罪(刑法246条2項)に当たるとして起訴された。
被告人は,いずれのゴルフ場でも,フロントで「ビジター受付表」又は「ビジター控え」に氏名等を偽りなく記入して提出しており,これらの書面に暴力団関係者であるか否かを確認する欄はなく,暴力団関係者でないことを誓約させる措置も講じられていなかった。
両ゴルフ場は,利用細則又は約款で暴力団関係者の施設利用を拒絶し,出入口に「暴力団関係者の立入りプレーはお断りします」などと記載した立看板を設置していたが,それ以上の確認措置は講じていなかった。
また,判決は,周辺のゴルフ場で暴力団関係者の施設利用を許可,黙認する例が多数あり,「本件当時,警察等の指導を受けて行われていた暴力団排除活動が徹底されていたわけではない。」と認定している。
B倶楽部はビジター利用客のみによる施設利用を認めていたのに対し,Cクラブは原則として会員又はその同伴者,紹介者に限って施設利用を認めており,被告人は会員であるEに誘われてCクラブを訪れていた。

(続きを読む...)暴力団員のゴルフ場利用と詐欺罪―最高裁平成26年3月28日の判決・決定が分かれた理由と反社会的勢力の表明確約(AI作成)

会社の書類や物を持ち出して隠した・捨てたときの不法領得の意思―窃盗・詐欺と横領で判例の定式が違う理由(AI作成)

目次第1 この記事の対象と結論1 この記事の対象2 結論第2 不法領得の意思とは1 条文に書かれていない要件2 窃盗罪の定式―最高裁判所昭和26年7月13日判決3 二つの要素の役割第3 捨てる・隠す目的で持ち去った場合(窃盗罪・詐欺罪)1 最高裁判所昭和28年4月7日判決2 大阪高等裁判所平成13年3月14日判決3 最高裁判所平成16年11月30日決定(詐欺罪)第4 任されて保管していた物の場合(横領罪)1 最高裁判所昭和24年3月8日判決2 「経済的用法」の限定がないこと3 専ら本人のためにした場合―最高裁判所昭和28年12月25日判決4 保管中の現金を隠匿した例―東京高等裁判所昭和56年12月24日判決第5 罪ごとの比較第6 会社の書類を持ち出して自宅に隠した場合の検討順序1 持ち出した時点で誰が占有していたか2 委託の内容3 目的と処分の態様4 公用文書等毀棄罪との関係第7 関連記事第8 出典1 法令2 裁判例3 文献
第1 この記事の対象と結論
1 この記事の対象
(1) 問題となる場面

社員や元社員が,会社の書類,データを記録した媒体その他の物を持ち出して自宅に隠したり,捨てたりすることがある。
このとき,「捨てるつもりで持ち出したのなら窃盗にはならないのではないか」,「隠しただけでも横領になるのか」という問題が生じる。
本記事は,窃盗罪,詐欺罪及び横領罪に共通して必要とされる不法領得の意思について,罪ごとに判例の定式が異なることを,最高裁判所の判例を中心に整理する。

(2) 資料と基準日

法令は,令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに掲載された判決全文により確認した。
学説・実務の整理として,前田雅英編集代表『条解刑法〔第3版〕』(弘文堂,平成25年)を参照した。

2 結論

①窃盗罪の不法領得の意思について,最高裁判所は,権利者を排除し,他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用し又は処分する意思と定義している。
②そのため,他人が占有する物を専ら捨てる又は隠す目的で持ち去った場合には,窃盗罪が成立しないことがあり,詐欺罪でも,だまし取った書類を廃棄するだけの意思であった事案で不法領得の意思が否定されている。
③これに対し,横領罪の不法領得の意思について,最高裁判所は,委託の任務に背いて,権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思と定義しており,「経済的用法に従い」という限定がない。
④したがって,任されて保管していた会社の物を隠した場合に,窃盗罪や詐欺罪の判例をそのまま当てはめて「隠すだけなら犯罪にならない」と判断することはできず,持ち出した時点での占有,委託の内容,目的及び処分の態様を罪ごとに分けて検討する必要がある。

第2 不法領得の意思とは
1 条文に書かれていない要件

刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
刑法252条1項は,「自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。」と定め,刑法253条は,「業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の拘禁刑に処する。」と定める。
いずれの条文にも「不法領得の意思」という文言はないが,判例は,窃盗罪や横領罪などの領得罪が成立するためには,故意のほかに不法領得の意思が必要であるとしている。

2 窃盗罪の定式―最高裁判所昭和26年7月13日判決

最高裁判所第二小法廷昭和26年7月13日判決(昭和26年(れ)第347号,刑集5巻8号1437頁)は,「刑法上窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのであつて、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としない」と判示した。
同判決の事案は,追跡を受けて逃走中の被告人らが,対岸に着けば乗り捨てるつもりで他人の船を漕ぎ出したというものであり,同判決は,乗り捨てる意思であっても不法領得の意思がなかったとはいえないとした。

3 二つの要素の役割

この定式は,権利者を排除する意思という部分と,経済的用法に従って利用し又は処分する意思という部分から成っている。
『条解刑法〔第3版〕』719頁~720頁は,前者が一時的な無断使用(いわゆる使用窃盗)を処罰しない機能を果たし,後者が毀棄・隠匿の罪と区別する基準としての機能を果たすとされていると説明している。
同書720頁は,「経済的用法」は厳密に文字どおりの意味である必要はなく,その物の本来の用途にかなった利用や,財物から生じる何らかの効用を享受することを含む趣旨で理解されていることも紹介している。

権利者を排除する意思は,一時的な使用の場合でも否定されるとは限らない。
最高裁判所第二小法廷昭和55年10月30日決定(昭和55年(あ)第1081号,刑集34巻5号357頁)は,他人所有の普通乗用自動車を,数時間にわたって完全に自己の支配下に置く意図の下に所有者に無断で乗り出し,その後4時間余りの間乗り回していた事案で,使用後に元の場所に戻しておくつもりであったとしても,自動車に対する不正領得の意思があったというべきであるとした。

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不能犯とは何か―未遂犯との区別をめぐる最高裁判例と,行為者の認識・行為時の事情の整理(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論の要旨第2 条文1 未遂犯の規定2 殺人未遂罪の規定第3 最高裁判所が示した不能犯の意義1 最高裁昭和23年9月18日判決2 最高裁昭和25年8月31日判決第4 手段が不足・不完全であった事案1 致死量以下の空気の注射―最高裁昭和37年3月23日判決2 純度の低い青酸カリ―最高裁昭和27年8月5日判決3 黄色く臭う米飯―最高裁昭和24年1月20日判決4 薬品の量の不足―最高裁昭和35年10月18日決定第5 行為者の認識と行為時の現実を分けて整理する1 確認する事項2 最高裁判例で直接判断されていない場面3 刑事手続上の扱い第6 関連記事第7 出典1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
(1) 問題となる場面

人を殺そうとして毒物を飲ませたが量が足りなかった,首を絞めた道具が途中で切れた,薬品の量が不足して覚せい剤ができなかったというように,犯罪を実行しようとしたが結果が生じなかった場合がある。
このような場合に,未遂犯として処罰されるのか,それとも結果が生じる危険がなかったとして処罰されないのか(いわゆる不能犯)が問題となる。
本記事は,この区別について,最高裁判所が実際にどのような表現で判断したかを,事案ごとに整理するものである。

(2) 本記事の資料と基準日

調査基準日は令和8年9月25日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文により,裁判例は裁判所ウェブサイトに全文が掲載された最高裁判所の判決・決定により確認した。
本記事は学説の紹介を目的とせず,最高裁判所の判断の言い回しと事案の事実関係を示すことに重点を置く。
実行の着手の時期(どの段階から未遂になるか)は,特殊詐欺は現金の交付要求前でも詐欺未遂になるか―最高裁平成30年3月22日判決と実行の着手で扱っている。

2 結論の要旨

①刑法43条本文は,犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者の刑を減軽することができるとし,未遂を罰する場合は各本条で定めるとしている(同法44条)。
②最高裁判所は,いわゆる不能犯とは,犯罪行為の性質上結果発生の危険を絶対に不能ならしめるものを指すとしている(最高裁昭和25年8月31日判決)。
③また,刑法43条の未遂とは,その行為をもって犯人の予見する結果を惹起することができる実行行為に着手して遂げなかった場合をいい,その実行行為をもってしては絶対に予見する結果を惹起することができない場合には,未遂罪として論ずることができないことは,弁護人の所論のとおりであるとしている(最高裁昭和23年9月18日判決)。
④本記事で確認した最高裁判例は,紙製の模造革のバンドで首を絞めたがバンドが切れた事案,致死量以下の空気を静脈に注射した事案,純度の低い青酸カリを飲ませた事案,青酸カリを入れて炊いた黄色く臭う米飯の事案,工程で使用した薬品の量が必要量以下で覚せい剤ができなかった事案のいずれについても,不能犯の主張を退けている。
⑤最高裁昭和27年8月5日判決は,青酸カリの純度が低かったため死の結果が生じなかったとしても不能犯ではないとした原判決について,被告人の犯行当時の主観的認識事情を基準として判断したものではないとしている。
同判決は判断の基準を一般的に示したものではないが,本記事では,行為者が何を認識していたかと,行為時の現実の手段・客体に結果発生の危険があったかを,別の事項として確認することが有益であると考える。
⑥無害な物を毒物と誤信して用いた場合や,攻撃の対象となる客体が存在しなかった場合を直接判断した最高裁判例は,本記事の調査範囲では確認できなかった。
⑦不能犯の主張は,罪となるべき事実の否認であって,判決で別個の判断を示すべき事項には当たらないとされている(最高裁昭和24年1月20日判決は旧刑事訴訟法360条2項について,最高裁昭和28年3月24日決定は刑事訴訟法335条2項について判断した)。

第2 条文
1 未遂犯の規定

刑法43条は,「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。」と定めている。
同法44条は,「未遂を罰する場合は、各本条で定める。」と定めている。
不能犯という言葉は条文には無く,判例が43条の解釈として用いてきた概念である。

2 殺人未遂罪の規定

刑法199条は,「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。」と定め,同法203条は,「第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。」と定めている。
本記事で紹介する最高裁判例の多くは殺人未遂の事案である。

第3 最高裁判所が示した不能犯の意義

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公判前整理手続の後に新しい主張や供述ができるか―刑訴法295条1項と最高裁平成27年5月25日決定(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論第2 関係する三つの条文1 主張明示義務―刑事訴訟法316条の172 公判前整理手続終了後の証拠調べ請求の制限―刑事訴訟法316条の323 尋問・陳述の制限―刑事訴訟法295条1項4 主張には失権の規定がない第3 最高裁平成27年5月25日決定1 事案2 判断の枠組み3 本件への当てはめと結論第4 被告人質問が制限され得る場合の判断要素1 二つの要件2 総合考慮される事情3 例示の読み方4 最終弁論の制限に当てはめた例―福岡高裁令和3年8月4日判決第5 同決定の補足意見1 主張と証拠調べ請求の区別2 本件での在るべき審理第6 新たな主張・被告人質問・証拠調べ請求を分けて考える1 新たな主張に沿った証人の請求2 供述の信用性とは別の問題3 訴因変更との違い第7 弁護実務での対応1 予定主張をどこまで具体化するか2 追加・変更が判明したとき3 異議を受けたとき4 公判調書の確認第8 出典・確認範囲
第1 本記事の対象と結論

公判前整理手続に付された刑事事件で,公判前整理手続では明らかにしていなかった主張や,主張の具体的な中身を,公判の被告人質問で述べることができるかが問題となることがある。
典型は,公判前整理手続では「その時刻には自宅付近にいた」とだけ主張していたアリバイについて,公判で被告人が,誰とどこで会っていたかを具体的に述べ始める場面である。

結論として,公判前整理手続の終了後に,被告人又は弁護人の新たな主張そのものを制限する規定はない。
最高裁平成27年5月25日第二小法廷決定は,新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないとした。
他方で,同決定は,主張明示義務に違反し,かつ,質問や供述を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせると認められる場合には,刑事訴訟法295条1項により質問や供述が制限されることがあり得るとした。

これに対し,公判前整理手続の終了後に新たな証拠の取調べを請求することは,刑事訴訟法316条の32により,やむを得ない事由がある場合を除いて制限される。
新たな主張,その主張に沿った被告人質問・供述,新たな証拠調べ請求は,根拠条文も判断基準も異なるので,分けて考える必要がある。

本記事は,令和8年9月25日時点のe-Gov法令検索の現行条文と,裁判所ウェブサイトに掲載された同決定の全文に基づく一般的な整理である。
具体的な事件では,公判前整理手続の経過,予定主張記載書面の内容,裁判所の求釈明の有無及び公判での供述の内容によって結論が異なる。

第2 関係する三つの条文
1 主張明示義務―刑事訴訟法316条の17

刑事訴訟法316条の17第1項は,検察官の証明予定事実を記載した書面の送付と証拠の開示を受けた後,被告人又は弁護人に対し,「その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。」と定めている。
同条2項は,証明予定事実があるときは,これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならないと定めている。

2 公判前整理手続終了後の証拠調べ請求の制限―刑事訴訟法316条の32

刑事訴訟法316条の32第1項は,「公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。」と定めている。
同条2項は,この規定が,裁判所が必要と認めるときに職権で証拠調べをすることを妨げるものではないとしている。

3 尋問・陳述の制限―刑事訴訟法295条1項

刑事訴訟法295条1項は,「裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても同様である。」と定めている。
被告人質問で弁護人がする質問は,同項後段の「訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為」に当たる。

4 主張には失権の規定がない

以上のとおり,公判前整理手続の終了後について,刑事訴訟法は証拠調べ請求を制限する規定(316条の32)を置いているが,主張を制限する規定は置いていない。
公判前整理手続後の新たな主張に沿った被告人質問が問題となるときは,同法316条の32ではなく,同法295条1項の「その他相当でないとき」等に当たるかという形で問題となる。

対象根拠条文判断の中心新たな主張そのもの制限する規定なし主張明示義務(316条の17)の違反は,被告人質問の制限の判断で考慮される新たな主張に沿った被告人質問・供述295条1項主張明示義務違反と,公判前整理手続を行った意味を失わせるか(平成27年決定)新たな証拠調べ請求316条の32第1項やむを得ない事由によって整理手続中に請求できなかったか。裁判所の職権による証拠調べは妨げられない(同条2項)
第3 最高裁平成27年5月25日決定
1 事案

最高裁平成27年5月25日第二小法廷決定(平成25年(あ)第1465号・刑集69巻4号636頁)は,自動車に故意に身体を接触させたのに運転者の過失で負傷したように装って治療費名目で現金を受け取ったという詐欺の事案である。
第1審裁判所は,この事件を公判前整理手続に付した。

公判前整理手続で,弁護人は,犯人性を否認し,公判期日でする予定の主張として,被告人は公訴事実記載の日時に犯行場所にはおらず,大阪市西成区内の自宅ないしその付近に存在したという趣旨のアリバイの主張を明示した。

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職務質問の後「令状が出るまで待て」と留め置かれたら―任意捜査の限界と強制採尿令状の請求準備段階(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論第2 職務質問と任意捜査の根拠1 警察官職務執行法2条2 刑事訴訟法197条1項3 職務質問から犯罪捜査への移行を意識する第3 強制処分か任意処分か―最高裁昭和51年3月16日決定1 判断の枠組み2 事案と結論3 留め置きへの当てはめで問題になること第4 約6時間半の留め置きを違法とした最高裁平成6年9月16日決定1 事案2 エンジンキーの取上げは適法3 約6時間半以上の留め置きは違法4 違法の程度は重大でないとされた理由5 この決定から読み取れること第5 令状請求の準備に取りかかった後の留め置き1 二つの段階に分けて判断する考え方―東京高裁平成21年7月1日判決2 東京高裁平成22年11月8日判決の事案3 令状請求の準備開始を「分水嶺」とする考え方4 純粋に任意捜査として行われている段階5 令状請求の準備開始後の段階6 東京高裁平成22年判決の位置付け7 準備開始後の留め置きが違法とされた事案―最高裁令和3年7月30日判決第6 下級審の裁判例に見る違法と証拠能力1 令状請求の準備開始後の留め置きを適法とした例2 違法としつつ証拠能力を認めた例3 留め置きの違法を理由に証拠が排除された例4 疎明資料の問題を理由に証拠が排除された例5 裁判例から読み取れること第7 留め置きの適否を判断する順序第8 弁護人と本人が確認すべき事実1 時刻を一つの時系列にする2 態様を具体的に記録する3 違法を主張するときの二段階第9 出典・確認範囲
第1 本記事の対象と結論

覚醒剤の使用が疑われる人が職務質問を受け,尿の任意提出や警察署への任意同行を拒んだところ,警察官から「令状を取るまで待っていろ」と言われ,車の周囲を警察官や警察車両に囲まれてその場から離れられなくなることがある。
本記事は,このような職務質問の現場への「留め置き」が,どこまで適法で,どこから違法になるのかを,最高裁判例と高等裁判所・地方裁判所の裁判例から整理するものである。

結論として,留め置きの適否は,時間の長さだけで決まるものではない。
①有形力の行使等が強制処分(強制手段)に当たるか,②強制処分に当たらないとしても,必要性,緊急性などを考慮して具体的状況の下で相当と認められる限度か,という最高裁昭和51年3月16日決定の枠組みで判断される。
さらに,東京高裁平成21年7月1日判決と東京高裁平成22年11月8日判決は,警察官が強制採尿令状の請求手続に取りかかった時点を境に,それ以前の「純粋に任意捜査として行われている段階」と,それ以後の段階とを分けて判断し,平成22年判決は,後者では純粋な任意捜査の場合に比べて相当程度強くその場にとどまるよう求めることも許されるとした。

留め置きが違法とされても,その後に採取された尿の鑑定書が当然に証拠から排除されるわけではない。
最高裁平成6年9月16日決定は,約6時間半以上の留め置きを違法としながら,違法の程度は重大でないとして鑑定書の証拠能力を認めた。

本記事は,令和8年9月25日時点のe-Gov法令検索の現行条文と,裁判所ウェブサイト及び判例秘書で確認した裁判例に基づく一般的な整理である。
具体的な事件では,職務質問の開始から令状の執行までの時刻,警察官の人数と配置,有形力の内容及び本人の言動によって結論が異なる。

第2 職務質問と任意捜査の根拠
1 警察官職務執行法2条

警察官職務執行法2条1項は,「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」と定めている。
同条3項は,同条1項及び2項に規定する者は,「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。」と定めている。

2 刑事訴訟法197条1項

刑事訴訟法197条1項は,「捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。」と定めている。
覚醒剤の使用の嫌疑を前提に尿の提出や警察署への同行を求める活動は,犯罪の捜査としての性質を持つ。
本記事で取り上げる最高裁平成6年9月16日決定と東京高裁平成22年11月8日判決は,いずれも,職務質問の現場への留め置きの適否を,「任意捜査として許容される範囲」かどうかという観点から判断している。

3 職務質問から犯罪捜査への移行を意識する

職務質問は,異常な挙動等から犯罪の疑いがある者を停止させて質問する警察官職務執行法上の手段である。
ところが,覚醒剤事件では,職務質問の途中で注射痕,前科,異常な言動等が判明して嫌疑が強まり,警察官が尿の任意提出を求め,さらに強制採尿令状(捜索差押許可状)の請求に進むことが多い。
留め置きの適否を検討するときは,一連の経過を一括して見るのではなく,いつ,どのような事実によって嫌疑が強まり,警察官の活動の目的が「質問を続けること」から「令状の発付まで所在を確保すること」へ移ったのかを時刻で押さえる必要がある。

強制採尿令状の種類や記載事項,採尿場所への連行については,「強制採尿・強制採血・毛髪採取の令状-令状の組合せ,条件の記載及び最高裁の判断」で扱っている。

第3 強制処分か任意処分か―最高裁昭和51年3月16日決定
1 判断の枠組み

最高裁昭和51年3月16日第三小法廷決定(昭和50年(あ)第146号・刑集30巻2号187頁)は,次のとおり判示した。
「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」

2 事案と結論

同決定の事案は,酒酔い運転の疑いが濃厚な者を同意を得て警察署へ同行し,呼気検査に応じるよう説得を続けていたところ,その者が急に退室しようとしたため,警察官がその左斜め前に立ち,両手でその左手首をつかんだというものである。

(続きを読む...)職務質問の後「令状が出るまで待て」と留め置かれたら―任意捜査の限界と強制採尿令状の請求準備段階(AI作成)

警察に嘘の説明をしたら犯人隠避罪になるか―身代わり出頭,参考人の虚偽供述,犯人自身の依頼及び親族の特例(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 条文1 刑法103条2 刑法104条との違い3 法定刑の改正第3 「罪を犯した者」と「隠避させた」の意味1 罪を犯した者2 身代わり出頭3 逃走を勧めて実際に隠避させた場合第4 参考人の虚偽供述(最高裁平成29年3月27日決定)1 事案2 判断3 小貫芳信裁判官の補足意見4 平成29年決定の射程5 参考人の供述調書と証拠偽造罪第5 犯人自身が他人に頼んだ場合1 犯人蔵匿・隠避罪の教唆犯2 証拠隠滅を頼んだ場合3 偽証を頼んだ場合第6 親族の特例1 条文2 読み方第7 事情聴取を受けるときの注意1 参考人の立場2 かばうつもりの嘘の危険第8 関連記事第9 出典
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,家族,知人,同僚等が事件を起こしたとき,その人をかばって警察に嘘の説明をしたり,身代わりとして出頭したりすると,刑法103条の犯人隠避罪になるのかを,条文と最高裁判例に沿って整理するものである。
犯人自身が他人にかばうよう頼んだ場合,親族がかばった場合及び証拠隠滅罪との違いもあわせて扱う。
条文はe-Gov法令検索で令和8年9月25日時点の刑法及び刑事訴訟法を確認し,最高裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判決・決定の全文を確認した。
同年10月3日,逃走勧告についての大審院判決を追加し,名古屋大学が公開する判決原文を確認した。
同月9日,参考人の供述調書と証拠偽造罪及び偽証の教唆についての最高裁決定を追加し,裁判所ウェブサイトで決定の全文を確認した。

2 結論

①刑法103条は,罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し,又は隠避させた者を,3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処するとしている。
②「罪を犯した者」には,犯罪の嫌疑によって捜査中の者も含まれる。
③犯人が既に逮捕・勾留されていても,現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為は「隠避させた」に当たり,身代わり犯人として出頭させて虚偽の陳述をさせた行為について犯人隠避教唆罪が認められている。
④犯人と口裏合わせをした上,参考人として,犯人の身柄拘束の継続に疑念を生じさせる内容の虚偽供述をした行為も「隠避させた」に当たるとされている。
⑤犯人自身が他人に頼んで自分をかくまわせ,又は隠避させたときは,犯人蔵匿・隠避罪の教唆犯が成立するとするのが最高裁判例である。
⑥親族が犯人の利益のために犯したときは,刑を免除することができるが,犯罪が成立しなくなるわけではない(刑法105条)。
⑦逃走を勧め,その働きかけによって実際に犯人を隠避させた行為について,犯人隠避罪を認めた大審院判決もある(明治44年4月25日判決)。
⑧参考人が虚偽の供述をし,それが供述調書に録取されただけでは証拠偽造罪に当たらないが,捜査官と相談しながら虚偽の供述内容を創作して供述調書の形にした行為には,証拠偽造罪の成立が認められている(最高裁平成28年3月31日決定)。
⑨被告人が自己の被告事件について他人に偽証を教唆したときは,偽証教唆罪の責任を免れないとするのが最高裁判例である(最高裁昭和28年10月19日決定)。

第2 条文
1 刑法103条

刑法103条は,「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」と定める。
対象となるのは,罰金以上の刑に当たる罪を犯した者であり,拘留又は科料だけが定められた罪を犯した者は含まれない。
本記事では,嘘の説明や身代わりが問題となる「隠避させた」を中心に扱う。

2 刑法104条との違い

刑法104条は,「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」と定める。
103条が人(犯人等)を対象とするのに対し,104条は証拠を対象とする。
嘘の説明が捜査を誤らせる場面では,犯人の身柄の拘束との関係が問題なのか,証拠の隠滅・偽造が問題なのかを分けて考える必要がある。

3 法定刑の改正

平成29年3月27日決定(後記第4)は,平成28年法律第54号による改正前の刑法103条を適用している。
e-Gov法令検索の改正履歴では,同法による改正後の平成28年6月23日施行の103条及び104条が「三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金」と定め,その後,令和4年法律第67号により懲役が拘禁刑に改められている。

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一緒に管理していたお金や物を一人が持ち出したとき―窃盗罪か横領罪か,共同占有と親族相盗例(刑法244条)の裁判例(AI作成)

目次第1 この記事の対象と結論1 この記事の対象2 結論第2 窃盗罪と横領罪の分かれ目1 条文2 所有と占有を分けて考える第3 一緒に占有していた物を一人が持ち出した場合1 最高裁判所昭和25年6月6日判決2 共同占有者の一人と共謀した場合3 共有物を親族が共同占有していた場合4 事業者間の共同占有第4 一人が任されて管理していた場合1 最高裁判所昭和30年4月5日判決2 窃盗と横領を分ける事情第5 家族・同居人の場合―親族相盗例1 条文2 親族関係が必要な相手3 内縁の配偶者と同居の友人4 家庭裁判所が選任した後見人5 告訴第6 お金を取り戻すための民事上の手段第7 出典1 法令2 裁判例
第1 この記事の対象と結論
1 この記事の対象
(1) 問題となる場面

家族,同居人,友人,地域の団体又は職場で,複数の者が一緒に積み立てたお金や一緒に管理していた物を,そのうちの一人が無断で持ち出して自分のものにすることがある。
このとき成立し得る犯罪が窃盗罪か横領罪か,家族の間であれば刑が免除されるのかを,条文と裁判例に沿って整理する。

(2) 資料と基準日

法令は令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに掲載されたものはその全文により,掲載されていないものは判例秘書に収録された全文により確認した。
銀行口座で管理していたお金を引き出した場合は,預金の占有という別の問題があるため,本記事では扱わない。

2 結論

①他の者と一緒に占有していた物を,他の者の占有を奪って自分だけの占有に移せば,窃盗罪となる。
②他の者の合意の下で自分が現実に支配・管理していた物を自分のものにすれば,横領罪となり得る。
③どちらに当たるかは,持ち出した時点で誰がその物を現実に支配していたかによって決まり,鍵や暗証番号の管理,出し入れの取決め等の事実関係が重要になる。
④家族の間では刑法244条(横領罪には255条で準用)の特例があるが,犯人と所有者及び占有者の双方との間に親族関係が必要であり,同居の友人や内縁の配偶者には適用されない。

第2 窃盗罪と横領罪の分かれ目
1 条文

刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
刑法252条1項は,「自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。」と定める。
業務上自己の占有する他人の物を横領した場合は,刑法253条の業務上横領罪となる。

2 所有と占有を分けて考える

窃盗罪は他人が占有している物を奪う犯罪であり,横領罪は自分が占有している他人の物を領得する犯罪である。
そのため,その物が誰の所有物かという問題と,持ち出した時点で誰が事実上支配していたか(占有)という問題を分けて検討する必要がある。
一緒に貯めたお金は,拠出した者全員の共有に属することが多いと考えられるが,共有であることから直ちに窃盗罪か横領罪かが決まるわけではない。
持ち出した目的が捨てる又は隠すことにあった場合に,不法領得の意思が窃盗罪と横領罪とでどう扱われるかは,会社の書類や物を持ち出して隠した・捨てたときの不法領得の意思―窃盗・詐欺と横領で判例の定式が違う理由で扱っている。

第3 一緒に占有していた物を一人が持ち出した場合
1 最高裁判所昭和25年6月6日判決

最高裁判所第三小法廷昭和25年6月6日判決(昭和25年(れ)第175号,刑集4巻6号928頁)は,原審の証拠によれば少なくとも係長も占有を有していたと認められるとした上で,「共同占有の場合、共同占有者の占有を奪つて自己単独の占有に移す行為は窃盗を以て目すべきこと大審院以来判例の認める処で其解釈は正当である。」と判示した。
自分もその物を占有していたとしても,他の占有者の占有を排除して自分だけの支配下に移せば,他人の占有を侵害したことになるという考え方と解される。
なお,同判決の本文には,持ち出された物や各人の職務の内容は記載されていない。

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代筆や家族の署名は私文書偽造罪になるか―作成名義人,名義人の承諾及び肩書の冒用をめぐる判例(AI作成)

目次第1 この記事で扱う場面と結論1 この記事の対象2 結論の要旨第2 文書偽造の罪の条文1 私文書偽造罪と偽造私文書等行使罪2 「事実証明に関する文書」の範囲第3 偽造の本質―名義人と作成者の人格の同一性1 長年使ってきた名前でも偽造になる場合―最高裁昭和59年2月17日判決2 偽名・他人の氏名を使った場合第4 肩書・資格の表示と名義人1 同姓同名の弁護士を装った文書―最高裁平成5年10月5日決定2 発給権限のない団体名義の国際運転免許証―最高裁平成15年10月6日決定3 代表者・代理人の資格を表示した文書―最高裁昭和45年9月4日決定第5 名義人の承諾があるとき1 原則―承諾を得て作成した通常の私文書2 例外―名義人本人の作成が予定されている文書3 承諾の時期,範囲及び承諾する権限4 承諾があると誤信した場合第6 家族や職員が本人に代わって書く場合1 家族が代筆する場合2 会社・役所の担当者が作る場合―補助者の作成権限第7 内容が虚偽の文書との違い1 名義を偽る偽造と内容を偽る虚偽作成第8 当事者ごとの確認事項1 他人の名前で書類を書こうとする人2 自分の名前を使われた人3 疑いをかけられた人と弁護人第9 出典1 法令2 裁判例3 司法試験の資料
第1 この記事で扱う場面と結論
1 この記事の対象
(1) 問題となる場面

入院中の親に代わって子が申込書に親の名前を書く,会社の担当者が代表者名義の書類を作る,知人の名前を借りて申請書を出す,長年使ってきた通称で書類に署名するといった場面がある。
他人の名前が書かれた書類を作ったときに問題となるのが,私文書偽造罪(刑法159条)と偽造私文書等行使罪(同法161条)である。
本記事は,文書に表示された名義人は誰か,誰が作れば偽造になるかという問題を,最高裁判所と高等裁判所等の判断に沿って説明し,名義人の承諾を得た代筆が偽造にならない場合と偽造になる場合を分けて整理する。

(2) 本記事の資料と基準日

法令は令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認し,刑法159条の改正前の文言は同サイトの改正履歴に掲載された過去の版により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに全文が掲載されているものはその全文により,掲載されていないものは判例データベース(判例秘書)に収録された全文により確認した。
クレジットカードの売上票への署名は家族や交際相手のクレジットカードを使うと犯罪になるか―名義人の承諾と詐欺罪,承諾の範囲を超えた利用及び名義人の支払責任で,判断能力を欠く相続人の名前で遺産分割協議書に署名する問題は相続人に認知症・精神障害等で判断能力を欠く人がいる場合の遺産分割―協議の無効,代筆の危険,成年後見の申立て及び特別代理人で扱っている。
民事訴訟で文書が本人の意思に基づいて作成されたか(成立の真正)が争われる場面は,二段の推定とは──私文書の成立の真正(民事訴訟法228条4項)と実印・認印,立証の実務で扱っている。

2 結論の要旨

本記事の結論は次のとおりである。
①私文書偽造の本質は,文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるとされている(最高裁昭和59年2月17日判決,最高裁平成5年10月5日決定,最高裁平成11年12月20日決定)。
②名義人は,文書に書かれた氏名だけでなく,文書の性質や,表示された肩書・資格も踏まえて判断される。
自分と同姓同名の弁護士がいることを利用し,弁護士資格を有しない者が「弁護士」の名義で作った文書は,その弁護士の名義を偽ったものとされた(最高裁平成5年10月5日決定)。
③代表者・代理人として文書を作成する権限のない者が,代表・代理の資格を表示して作った文書の名義人は,代表・代理された本人であるとされ,その文書に本人の印章又は署名が使われていなければ,刑法159条1項ではなく同条3項に当たるとされている(最高裁昭和45年9月4日決定)。
④名義人の承諾を得て作成した通常の私文書は,原則として偽造に当たらないと解されていることを,例外に当たる文書かを判断する前提として述べた高等裁判所の判決がある(東京高裁昭和54年8月28日判決,大阪高裁平成2年4月26日判決,東京高裁平成29年6月20日判決)。
このうち東京高裁昭和54年8月28日判決は,内容が名義人において自由に処分できる事項に関する限りという限定を付けており,3件とも結論としては例外に当たるとして私文書偽造罪の成立を認めている。
本記事の調査範囲では,この原則そのものを正面から述べた最高裁判所の判断は確認できなかった。
⑤他方,交通事件原票等の供述書,一般旅券の発給申請書,住民基本台帳カードの交付申請書,入学選抜試験の答案のように,文書の性質上,名義人本人が作成することが予定されている文書については,作成者が名義人になりすました事案で,承諾があっても偽造になるとされている(最高裁昭和56年4月8日決定,最高裁昭和56年4月16日決定,大阪高裁平成2年4月26日判決,東京高裁平成5年4月5日判決,東京高裁平成29年6月20日判決)。
⑥承諾は文書を作成する時点で得ている必要があり,事後の承諾や承諾の見込みでは足りないとされている(東京高裁昭和50年9月10日判決のほか,札幌高裁平成7年10月12日判決が同旨の原判決の説示を是認している)。
仲介業者の担当者や会社の営業担当者が承諾していたとしても,承諾の範囲や押印の権限がないことを理由に,名義人の承諾はなかったとされた例がある(横浜地裁平成24年5月16日判決)。
⑦名義人の承諾があると誤信していた可能性や,本人が記載すべき文書であると認識していなかった可能性が否定できないことから,故意が認められないとして無罪とされた例がある(大阪地裁令和3年10月20日判決)。
⑧名義を偽らずに内容だけを偽った私文書は,私文書偽造罪の偽造とは区別され,刑法は,私文書の内容の虚偽を処罰する規定として医師の虚偽診断書等作成罪(同法160条)を置いている。

第2 文書偽造の罪の条文
1 私文書偽造罪と偽造私文書等行使罪
(1) 刑法159条

刑法159条1項は,「行使の目的で、次の各号に掲げるいずれかの行為をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。」と定め,その1号として「他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造し、又は偽造した他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造する行為」を掲げている。

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強盗・不同意性交等罪はいつ既遂になるか―刑法241条の行為順序,未遂及び改正の経緯(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 条文1 241条1項2 241条2項3 241条3項4 243条5 組み合わされる罪第3 行為の順序と「同一の機会」1 先後を問わない2 先後を問わないことにした理由第4 既遂・未遂の判断1 構成部分ごとの段階と全体の罪2 平成29年改正前の強盗強姦未遂罪との違い3 具体例4 中止犯第5 人を死亡させた場合(3項)1 適用範囲2 殺意がある場合3 負傷させた場合第6 改正の経緯1 平成29年改正前2 平成29年改正3 令和5年改正と拘禁刑第7 関連記事第8 出典1 法令2 国会会議録3 裁判例4 文献・資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,刑法241条(強盗・不同意性交等及び同致死)について,次の点を整理する。
①強盗と不同意性交等のどちらが先に行われた場合に適用されるか。
②強盗と不同意性交等の一方又は両方が未遂にとどまった場合,全体としてどの罪が成立し,刑の減軽はどうなるか。
③人を死亡させた場合の3項はどのような場合に適用されるか。
④平成29年改正と令和5年改正で,罪名と構造はどのように変わったか。

241条は,強盗の罪と不同意性交等の罪という二つの罪を組み合わせて重く処罰する規定である。
構成部分である各罪の既遂・未遂と,241条の罪全体の成否とは別の問題であり,これを混同すると罪名を誤る。

調査基準日は令和8年9月25日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文と改正前の条文を,立案の趣旨は平成29年改正の国会審議における政府参考人の答弁(国会会議録検索システム)を用いた。
不同意性交等罪の法定刑の水準は,不同意性交等罪(刑法177条)の法定刑はなぜ「5年以上」なのか――強盗罪との量刑均衡という立法事実で扱っている。

2 結論

①241条1項は,強盗の罪若しくはその未遂罪を犯した者が不同意性交等の罪(177条)若しくはその未遂罪をも犯したとき,又はその逆の順序のときに,無期又は7年以上の拘禁刑に処するとしている。
行為の先後は問われず,政府参考人は,両者が同一の機会に行われた場合に成立すると答弁している。
②強盗部分と不同意性交等部分のいずれか一方又は両方が未遂にとどまっても,241条1項の罪が成立する。
243条が未遂を処罰するのは241条のうち3項の罪だけであり,1項の罪の未遂を処罰する規定はない。
③刑の減軽ができるのは,強盗と不同意性交等の「いずれも」が未遂にとどまった場合に限られ,人を死傷させたときは除かれる(241条2項本文)。
自己の意思によりいずれかの犯罪を中止したときは,刑を減軽し,又は免除する(同項ただし書)。
④先に強盗が既遂になり,後の不同意性交等が未遂にとどまった場合は,平成29年改正前は強盗強姦未遂罪とされていたが,現行法では2項の減軽の対象にならない(平成29年の政府参考人答弁)。
⑤1項の罪に当たる行為により人を死亡させた者は,死刑又は無期拘禁刑に処される(241条3項)。
政府参考人は,3項は殺意をもって人を死亡させた者も対象に含むと答弁しており,3項の罪の未遂は罰せられる(243条)。
人を負傷させた場合について,改正前の判例は強盗強姦罪のみが成立するとしていたが,現行法の下での裁判例は確認できなかった。
⑥罪名は,平成29年改正前の「強盗強姦」から,同改正で「強盗・強制性交等」に,令和5年改正で「強盗・不同意性交等」に変わった。

第2 条文
1 241条1項

刑法241条1項は,「強盗の罪若しくはその未遂罪を犯した者が第百七十七条の罪若しくはその未遂罪をも犯したとき、又は同条の罪若しくはその未遂罪を犯した者が強盗の罪若しくはその未遂罪をも犯したときは、無期又は七年以上の拘禁刑に処する。」と定める。
前段は強盗が先の場合,後段は不同意性交等が先の場合を定めており,どちらの部分についても「未遂罪」が明記されている。

2 241条2項

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保護責任者遺棄等罪の「遺棄」と「不保護」―置き去り,要保護状況及び死傷結果(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 条文の構造1 遺棄罪(217条)2 保護責任者遺棄等罪(218条)3 遺棄等致死傷罪(219条)第3 「遺棄」と置き去り1 最高裁昭和34年7月24日判決2 東京高裁昭和37年6月21日判決3 自宅に子どもを残して家を出た例4 置き去りでも遺棄に当たらないとされた例5 217条の「遺棄」との違い6 日常語の「置き去り」との違い第4 「不保護」と要保護状況1 最高裁平成30年3月19日判決の判旨2 事案と結論3 要保護状況と保護行為の特定4 故意―要保護状況の認識5 最高裁昭和63年1月19日決定第5 死傷結果と219条1 不作為と死亡の結果との因果関係2 東京高裁昭和37年6月21日判決の因果関係3 死亡について殺意がある場合4 傷害の結果について故意がある場合第6 事実認定で確認すべき資料第7 関連記事第8 出典1 法令2 裁判例3 文献
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,刑法217条から219条までに定める遺棄の罪のうち,保護責任者遺棄等罪(218条)とその死傷結果を扱う遺棄等致死傷罪(219条)を中心に,次の点を整理する。
①218条の二つの行為類型である「遺棄」と「生存に必要な保護をしなかった」こと(以下「不保護」という。)はどう違うか。
②けが人や病人をその場に残して立ち去る「置き去り」は,「遺棄」に当たるか。
③不保護罪が成立するには,どのような状況で,どのような保護行為をしなかったことが必要か。
④死傷の結果が生じたとき,219条はどのように適用されるか。

「置き去り」は,日常の言葉では「何もしないこと」のように聞こえるため,何かを積極的にする「遺棄」ではなく,不保護の問題だと考えてしまいやすい。
しかし,最高裁判例は,218条の「遺棄」には置き去りも含まれるとしている。
日常語の印象ではなく,条文の行為類型と判例の事案に即して考える必要がある。

初回の調査基準日は令和8年9月25日であり,不作為による殺人の成立要件と救護記録の検討事項は,同年10月3日に補充した。
条文はe-Gov法令検索の現行条文を,裁判例は裁判所HPの裁判例検索で全文を確認したものを用いた。
病院での虐待と相談・通報先は,病院での虐待と高齢者虐待防止法-病院が「養介護施設」に含まれないことの意味と相談・通報先で扱っている。

2 結論

①217条(遺棄罪)は,保護責任の有無を問わず「扶助を必要とする者を遺棄した者」を処罰し,218条(保護責任者遺棄等罪)は,保護する責任のある者が「遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったとき」を処罰する。
不保護を処罰するのは218条だけである。
②最高裁昭和34年7月24日判決は,「刑法二一八条にいう遺棄には単なる置去りをも包含す」とした。
東京高裁昭和37年6月21日判決は,要保護者を必ずしも場所的に移転することや,置き去りにした場所が他人の救助を期待できない地点であることを要しないとした。
もっとも,大阪高裁平成27年8月6日判決は,遺棄は対象者の生命・身体に具体的な危険を生じさせるに足りる行為であることを要するとして,軽傷の児童をすぐに保護され得る場所に置き去りにした行為を遺棄に当たらないとした。
217条の「遺棄」については,場所的な移転(移置)に限り,置き去りを含まないとするのが通説である。
③最高裁平成30年3月19日判決は,不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為を,要保護状況が存在することを前提として,その者の生存に必要な保護行為として行うことが刑法上期待される特定の行為をしなかったことと定義した。
218条は,親が当然に行っている監護,育児,介護行為等全般を刑法上の義務として求めているものではない。
④不保護罪の故意として,本人が特定の保護行為を必要とする状態にあることを行為者が認識していたかが問題となる(同判決)。
⑤219条は,217条又は218条の罪を犯し,よって人を死傷させた者を,傷害の罪と比較して重い刑により処断する。
注釈書は,これを上限・下限とも重い方によって処断する意味と説明している。
不作為と死亡の結果との因果関係について,最高裁平成元年12月15日決定は,救命が合理的な疑いを超える程度に確実であった事案で因果関係を認めた。
⑥死亡の結果について殺意があり,不作為による殺人の客観的な成立要件も満たすときは,219条ではなく殺人罪が成立する(大審院大正4年2月10日判決,最高裁平成17年7月4日決定)。
保護責任と殺意の存在だけで,直ちに殺人罪の成立が決まるわけではない。
傷害の結果について故意がある場合を直接判示した最高裁判例は確認できなかったが,注釈書は,死傷について認識がある場合には殺人罪又は傷害罪のみが成立すると説明している。

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家族や交際相手のクレジットカードを使うと犯罪になるか―名義人の承諾と詐欺罪,承諾の範囲を超えた利用及び名義人の支払責任(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 問題となる場面2 結論の要旨第2 店頭で他人名義のカードを使う行為と詐欺罪1 最高裁平成16年2月9日決定2 名義人の承諾があっても詐欺罪になる理由3 1項詐欺か2項詐欺か4 承諾の範囲を超えて買った場合5 名義人自身の責任第3 インターネットでカード番号を入力した場合第4 売上票の署名と私文書偽造罪1 問題の所在2 最高裁昭和56年4月8日決定3 売上票の文書性―高松高裁平成25年9月3日判決第5 名義人との関係―背任罪・横領罪の考え方1 二つの構成2 注意点第6 家族間の場合と親族間の犯罪に関する特例1 条文2 加盟店をだました詐欺罪との関係3 カード自体を持ち出した場合第7 名義人の支払責任1 会員規約の定め2 家族等が使った場合3 カード会社への連絡第8 当事者ごとの確認事項1 カードを貸した人・使われた人2 カードを使った人と弁護人第9 関連する山中弁護士ブログの記事第10 出典・確認範囲
第1 本記事の対象と結論
1 問題となる場面
(1) よくある相談

「親のクレジットカードを借りて買い物をした」,「交際相手にカードを貸したら,約束より高い物を買われた」,「家族が自分のカード番号をネットショッピングで使っていた」という相談は少なくない。
このような場面では,カードを使った人に犯罪が成立するかという刑事の問題と,名義人がカード会社に代金を支払わなければならないかという民事の問題が同時に生じる。
本記事は,名義人本人以外の人がクレジットカードを使った場合について,両方の問題を整理する。

(2) 本記事の資料と基準日

本記事は,令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている法令の条文,裁判所ウェブサイト又は判例データベース(判例秘書)に全文が収録されている裁判例及びカード会社等が公表している会員規約等に基づく一般的な整理である。
会員規約はカード会社ごとに異なるので,実際の事件では,そのカードの規約を確認する必要がある。
法務省の平成29年司法試験論文式試験の出題の趣旨及び採点実感は,名義人の承諾を得て借りたカードを承諾の範囲を超えて使った事例を扱っており,論点の整理の参考にとどめて用いる。

2 結論の要旨

①名義人本人に成り済まして店頭でクレジットカードを使い,商品を受け取る行為は,名義人から使用を許されていたとしても,詐欺罪に当たるとした最高裁決定がある。
②この場合の詐欺罪の被害者は,基本的に商品を交付した加盟店である。
③インターネットで他人名義のカード番号等を入力して財産上の利益を得る行為は,電子計算機使用詐欺罪が問題となる。
④売上票に名義人の氏名を署名する行為は,名義人の承諾があっても私文書偽造罪が問題となり得る。
⑤承諾の範囲を超えて使った場合,名義人との関係でも背任罪や横領罪を検討する考え方があるが,確立した判例は確認できなかった。
⑥名義人は,会員規約上,カードを他人に使わせることが禁止されており,本記事で確認した主要なカード会社等の規約では,家族や同居人が使った代金は補償又は免除の対象外とされている。

第2 店頭で他人名義のカードを使う行為と詐欺罪
1 最高裁平成16年2月9日決定
(1) 事案

最高裁平成16年2月9日第二小法廷決定(平成14年(あ)第1647号・刑集58巻2号89頁)の事案では,被告人が他人名義のクレジットカードを入手し,ガソリンスタンドでそのカードを示して名義人に成り済まし,給油を受けた。
そのカードの会員規約では,カードは会員である名義人だけが利用でき,他人に譲渡,貸与等をすることが禁じられていた。
加盟店規約では,加盟店は,カードの利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認するとされていた。
ガソリンスタンドでは,名義人以外の者によるカードの利用には応じないこととなっていた。

(2) 判断

最高裁は,被告人は,名義人本人に成り済まし,カードの正当な利用権限がないのにこれがあるように装い,その旨従業員を誤信させてガソリンの交付を受けたとして,詐欺罪の成立を認めた。
さらに,「仮に,被告人が,本件クレジットカードの名義人から同カードの使用を許されており,かつ,自らの使用に係る同カードの利用代金が会員規約に従い名義人において決済されるものと誤信していたという事情があったとしても,本件詐欺罪の成立は左右されない。」とした。

2 名義人の承諾があっても詐欺罪になる理由

同決定の考え方によれば,だまされるのは,カードの利用者が名義人本人であり,正当な利用権限があると信じて商品を渡す加盟店の従業員である。

(続きを読む...)家族や交際相手のクレジットカードを使うと犯罪になるか―名義人の承諾と詐欺罪,承諾の範囲を超えた利用及び名義人の支払責任(AI作成)

家宅捜索で同居家族のバッグや来訪者のポケットまで調べられるか―場所に対する捜索差押許可状の効力と最高裁平成6年9月8日決定(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 問題となる場面2 結論の要旨第2 捜索差押許可状と「場所・身体・物」の区別1 令状に書かれる対象2 被疑者以外の者の身体・物・場所第3 同居家族が持っているバッグ1 最高裁平成6年9月8日決定2 管理権から考える3 捜索中に届いた荷物―最高裁平成19年2月8日決定第4 居合わせた人の身体・着衣のポケット1 場所に対する令状は身体に当然には及ばない2 東京高裁平成6年5月11日判決3 身体の捜索を違法とした例―京都地裁昭和48年12月11日決定4 来訪者の場合に注意すること5 ポケットから手を引き抜く行為第5 立入り,令状の呈示及び立会い1 令状の呈示と立入りの方法2 住居主等の立会い第6 捜索を受けた家族・来訪者と弁護人が確認すること1 捜索の現場で2 捜索の後で第7 関連する山中弁護士ブログの記事第8 出典・確認範囲
第1 本記事の対象と結論
1 問題となる場面
(1) 家族や来訪者の持ち物が問題になる理由

警察が捜索差押許可状(いわゆる家宅捜索の令状)を持って自宅に来たとき,令状に書かれている被疑者は家族の一人だけであることが多い。
そのとき,同居している配偶者や子が手に持っているバッグ,たまたま来ていた知人の上着やズボンのポケットまで調べられるのかが問題になる。
刑事訴訟法は,捜索の対象を「身体」,「物」及び「住居その他の場所」に分けており,令状にもその区別に従って対象が書かれる。
「甲方」という場所の令状で,その場所にいる人の持ち物や身体まで捜索できるかは,この区別から出発して考える必要がある。

(2) 本記事の資料と基準日

本記事は,令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている刑事訴訟法の条文と,裁判所ウェブサイト又は判例データベース(判例秘書)に全文が収録されている裁判例に基づく一般的な整理である。
法務省の平成29年司法試験論文式試験の出題の趣旨及び採点実感は,同じ場面を試験問題として扱った資料であり,考え方の整理の参考にとどめ,裁判例と同じ根拠としては扱っていない。
逮捕の現場で令状なしに行う捜索は,「逮捕に伴う無令状捜索・差押え―逮捕の現場・第三者の身体・連行後の捜索」で扱っている。

2 結論の要旨

①場所に対する捜索差押許可状の効力は,その場所の管理権に服している物には及ぶと考えられている。
②最高裁平成6年9月8日決定は,居室を捜索場所とする令状で,そこに同居する人がその場で携帯していたボストンバッグも捜索できるとした。
③同決定は理由を示していないため,同居家族の持ち物でも,誰の管理下にある物かを事案ごとに確かめる必要がある。
④場所に対する令状の効力は,人の身体には当然には及ばない。
⑤東京高裁平成6年5月11日判決は,捜索場所にいた人が差し押さえるべき物を着衣・身体に隠していると疑うに足りる相当な理由があり,身体を捜索する必要がある具体的な状況では,令状の効力がその人の着衣・身体にも及ぶとした。
⑥京都地裁昭和48年12月11日決定は,そのような特段の事情がないのに,居合わせた人の承諾なくポケットの上から手を触れるなどした行為を,令状に基づかない身体の捜索として違法とした。

第2 捜索差押許可状と「場所・身体・物」の区別
1 令状に書かれる対象

刑事訴訟法219条1項は,捜査機関の令状に,差し押さえるべき物,捜索すべき場所,身体若しくは物等を記載しなければならないと定める。
同法222条1項が準用する同法102条1項は,捜索の対象を「身体,物又は住居その他の場所」と定めている。
裁判官は,令状を発付するときに,どの場所,どの身体又はどの物を捜索してよいかを審査している。
したがって,「甲方居室」とだけ書かれた令状は,原則として,その場所を捜索することを許すものであり,その場所にいる人の身体を捜索することまで当然に許すものではない。

2 被疑者以外の者の身体・物・場所

刑事訴訟法102条2項は,被告人以外の者の身体,物又は住居その他の場所については,押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り,捜索をすることができると定め,同法222条1項により捜査にも準用される。
この規定は,被疑者以外の人の身体や物を捜索するときに,押収すべき物がそこにあるといえる状況を求めるものである。
もっとも,この規定があるからといって,場所に対する令状で被疑者以外の人の身体や持ち物を当然に捜索できることにはならない。
先に,その令状の効力がその身体や持ち物に及ぶかを確かめ,及ぶ場合に,さらに同項の状況があるかを確かめる順序で考える必要がある。

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置き引きは窃盗罪か占有離脱物横領罪か―置き忘れた物の占有が続いているかの判断と裁判例(AI作成)

目次第1 この記事で扱う場面と結論1 この記事の対象2 結論の要旨第2 窃盗罪と遺失物等横領罪の条文1 二つの罪の条文2 罪名によって変わる法定刑と公訴時効第3 刑法上の占有の意味―最高裁昭和32年11月8日判決1 占有の意義2 バスの行列で置き忘れた写真機第4 公園のベンチに置き忘れたポシェット―最高裁平成16年8月25日決定1 事実関係2 判断第5 持ち主がその場を離れた後の占有―否定した例と肯定した例1 持ち主の占有を否定した例2 持ち主の占有を肯定した例第6 施設の管理者の占有と遺失物法1 施設の管理者の占有を認めた例2 列車内の遺留品―大審院大正15年11月2日判決3 遺失物法の定めとの関係第7 占有が続いているかを判断するときの事情1 裁判例の比較2 確認する事情第8 拾った物を届け出る義務と届け出た人の権利1 拾得者の返還・提出の義務2 報労金と所有権の取得3 届出をしなかった場合に失う権利第9 当事者ごとの確認事項1 置き忘れた物を持ち去られた人2 持ち帰ってしまった人と弁護人第10 出典1 法令2 裁判例3 行政資料
第1 この記事で扱う場面と結論
1 この記事の対象
(1) 問題となる場面

公園のベンチ,バス乗り場の行列,駅の窓口,店舗のレジ等に置き忘れられた財布,かばん又はカメラを,通りがかった人が持ち去ることがある。
他人が置いた物や置き忘れた物を持ち去る行為は,一般に「置き引き」と呼ばれる。
このとき成立する犯罪が,他人の財物を窃取する窃盗罪(刑法235条)か,占有を離れた他人の物を横領する遺失物等横領罪(同法254条)かは,持ち去った時点で持ち主の占有がなお続いていたか,又は施設の管理者等の占有が及んでいたかによって分かれる。
本記事は,この区別を,刑法の条文と,占有の有無を判断した最高裁判所,大審院及び下級審の裁判例に沿って整理し,拾った物を届け出る義務を定める遺失物法の規定にも触れる。

(2) 本記事の資料と基準日

法令は令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに全文が掲載されているものはその全文により,掲載されていないものは判例データベース(判例秘書)に収録された全文により確認し,大審院の判決は同データベースに収録された判例集の紙面により確認した。
遺失物法の運用は,警察庁の「遺失物法等の解釈運用基準について(通達)」(令和5年12月22日警察庁丙会発第110号。以下「解釈運用基準」という。)により確認した。
だまして物を渡させた場合(詐欺罪)との区別は,キャッシュカード入り封筒のすり替えは詐欺か窃盗か―処分行為,占有移転及び実行の着手で扱っている。
人が死亡した後にその所持品を持ち去った場合も,占有の有無が問題になるが,死亡という別の事情を伴うので本記事では扱わない。

2 結論の要旨

本記事の結論は次のとおりである。
①刑法上の占有は,物を手に持っていることや見張っていることを必ずしも必要とせず,物が持ち主の支配力の及ぶ場所にあれば足りるとされている(最高裁昭和32年11月8日判決)。
②持ち主が置き忘れに気付かないままその場を離れつつあっても,時間と距離が近い段階では占有はなお失われていないとされ,その時点の持ち去りが窃盗罪とされた例が,最高裁判所にも下級審にもある(同判決,最高裁平成16年8月25日決定,東京高裁昭和54年4月12日判決,千葉地裁平成29年6月29日判決)。
もっとも,持ち主の占有が続いていても,持ち去った者が遺失物だと思っていたと認められるときは,窃盗罪では処断されず,遺失物等横領罪の限度で処断すべきであるとした例がある(東京高裁昭和35年7月15日判決)。
③他方で,開店中の大規模スーパーマーケットのベンチに置き忘れた札入れを,持ち主が地下1階まで移動した約10分後に持ち去った行為について,持ち主の占有を否定し,遺失物等横領罪とした高等裁判所の判決がある(東京高裁平成3年4月1日判決)。
置き忘れた物の占有を否定した最高裁判所の判断は,本記事の調査範囲では確認できなかった。
④持ち主の占有が失われていても,ゴルフ場,店舗のセルフレジ,バスの営業所等の管理者の占有が認められ,窃盗罪とされた例がある(最高裁昭和62年4月10日決定,東京高裁令和4年7月12日判決等)。
他方,大審院は,列車内に乗客が遺留した毛布について,乗務する鉄道係員の占有を否定し,遺失物横領罪とした(大審院大正15年11月2日判決)。
⑤酩酊して路上に放置し,その所在も分からなくなった自転車や,盗まれて放置された自転車の持ち去りは,占有を離れた他人の物の横領とされた(仙台高裁昭和30年4月26日判決,千葉地裁平成25年3月6日判決)。
⑥窃盗罪と遺失物等横領罪とでは,法定刑と公訴時効の期間が大きく異なる。
⑦拾ったスマートフォンは,解釈運用基準上,遺失者等の連絡先が記録された物として,拾得者が所有権を取得することができない物に当たるとされている(遺失物法35条4号)。

第2 窃盗罪と遺失物等横領罪の条文
1 二つの罪の条文
(1) 窃盗罪

刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。

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別件逮捕・勾留はいつ違法になるか―事件単位の原則,余罪取調べ及び弁護人の救済(AI作成)

別件逮捕・勾留の問題は、「別件があるから直ちに違法」「別件について令状があるから当然に適法」という二択ではありません。逮捕・勾留は事件ごとに司法審査を受けるという出発点から、別件自体の嫌疑・必要性、捜査機関の目的、実際の取調べの重点、期間潜脱の有無を時系列で検討する必要があります。本記事は、弁護人が初動で集める資料と救済手段まで整理します。

目次

別件逮捕・勾留とは何か
条文の出発点
三つの判断層
裁判例からみる判断要素
余罪取調べとの区別
弁護人の初動と救済
一次資料と確認範囲

1 別件逮捕・勾留とは何か

一般に「別件逮捕・勾留」とは、捜査機関が本来取り調べたい事件とは別の被疑事実を令状の基礎として被疑者の身柄を拘束し、その拘束を本来の事件の捜査に利用する場面をいいます。ただし、用語の使われ方には幅があり、別件の逮捕・勾留中に本件又は余罪を取り調べたというだけで、当然に違法となるわけではありません。

最初に分ける事項:①別件を理由とする逮捕・勾留そのもの、②拘束中にされた本件・余罪の取調べ、③その後の本件による逮捕・勾留、④得られた供述等の証拠能力は、同じ問題ではありません。

2 条文の出発点

通常逮捕は刑事訴訟法199条、勾留は同法207条が準用する60条、勾留期間は208条が中心です。逮捕状・勾留状は被疑事実を特定して発付され、身体拘束の理由と必要性は、その事件について司法審査を受けます。

この事件単位の司法審査と、逮捕から勾留満期までの厳格な時間制限が、別件逮捕・勾留を検討する出発点です。

3 三つの判断層

判断層主な確認事項

第1層:別件自体別件について嫌疑があり、逮捕・勾留の必要性があるか。軽重だけでなく、証拠関係、逃亡・罪証隠滅のおそれ、別件捜査の実体を見る。
第2層:利用目的と実態当初から本件取調べのためだけに別件名義を借りたのか。取調べ時間、調書の数・内容、捜査の重点、捜査官の内部記録等を時系列で見る。

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キャッシュカード入り封筒のすり替えは詐欺か窃盗か―処分行為,占有移転及び実行の着手(AI作成)

キャッシュカードを封筒に入れさせ、印鑑を取りに行かせた隙に別の封筒とすり替える手口は、外形上は「だましてカードを取る」ものです。しかし、刑法上の中心は、被害者がカードを行為者に交付したのか、それとも行為者が被害者の意思に反して占有を移したのかにあります。本記事は、詐欺罪の処分行為と窃盗罪の占有侵害を分け、最高裁令和4年2月14日第三小法廷決定を軸に、窃盗未遂の実行の着手までを時系列で整理します。

目次

結論の見取り図
詐欺罪と窃盗罪を分ける基準
封筒すり替え型の時間軸
最高裁令和4年2月14日決定
実務で確認する事実
関連する特殊詐欺判例との違い
一次資料と確認範囲

1 結論の見取り図

問題確認する中心事実典型的な評価

詐欺罪か被害者が、錯誤に基づき、カードの占有を相手方へ移す意思で交付したか処分行為があれば詐欺罪が問題となる
窃盗罪か被害者がカードの占有を維持する意思であったのに、行為者が隙を作ってすり替えたか意思に反する占有移転として窃盗罪が問題となる
未遂の着手時期電話のうそ、訪問役の接近、対面での指示が、占有侵害の現実的危険へどこまで直結したか計画全体、うその内容、役割分担、場所的・時間的接近を総合する

要点:「だました」という一事だけで詐欺罪になるわけではありません。カードを渡す意思が被害者にあったのか、それとも封筒の中のカードを保持したまま確認手続に協力しただけなのかを、占有移転の場面で判定します。

2 詐欺罪と窃盗罪を分ける基準
(1)詐欺罪では処分行為が必要である

詐欺罪(刑法246条)では、欺罔行為によって相手方を錯誤に陥らせ、その錯誤に基づく処分行為によって財物又は財産上の利益を移転させるという連鎖が問題となります。したがって、被害者がカードを封筒に入れたとしても、それだけで行為者にカードを交付したとは限りません。

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捜査機関による写真・動画撮影はどこまで許されるか-公道・店舗内・私道・私的領域(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論
第2 検討の出発点-撮影行為を分解する
第3 強制処分か任意処分か
第4 主要判例が示す判断の軸

1 最高裁昭和44年12月24日大法廷判決
2 最高裁平成20年4月15日第二小法廷決定
3 最高裁平成29年3月15日大法廷判決
4 令和6年4月26日高裁判決
5 定点カメラによる継続撮影の下級審裁判例

第5 場所別の検討
第6 撮影の必要性・方法・範囲を分ける
第7 保存・分析・別事件利用は別段階の問題である
第8 違法と判断された場合の証拠能力
第9 刑事弁護で確認する証拠
第10 出典・確認範囲

第1 本記事の対象と結論

捜査機関が本人の承諾なく写真又は動画を撮影する場合,公道上の顔を一度撮影した場合と,私的領域を望遠撮影し,又は長期間にわたり行動を網羅的に記録した場合とでは,制約される利益も捜査手法の性質も異なる。

検討では,①誰を対象に,②どこからどこを,③いつからいつまで,④どの機器・倍率・設置方法で,⑤何の捜査目的のために撮影したかを,一つの「撮影行為」ごとに確定する。その上で,まず強制処分に当たるかを検討し,任意処分である場合は,嫌疑,捜査目的,撮影の必要性,対象者が通常受忍すべき観察の程度及び方法・範囲の相当性を具体的に比較する。

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共謀共同正犯か幇助犯か-実行行為をしない関与者の正犯性,順次共謀及び共犯の錯誤(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論
第2 条文と最高裁大法廷判決の出発点
第3 共謀共同正犯か幇助犯かの判断順序

1 対象犯罪と合意内容を先に固定する
2 正犯としての共同実行か,他人の犯罪への援助か
3 規範と事実評価を対応させる

第4 正犯性を判断する主な事情
第5 見張り,逃走車両及び道具の調達1 犯罪を知って取引した相手方
第6 順次共謀-全員の直接連絡は必要か
第7 共犯の錯誤は二段階で検討する
第8 刑事弁護で収集する証拠
第9 共同正犯者ごとに責任能力が異なる場合
第10 令和3年司法試験問題から得られる学び
第11 出典・確認範囲

第1 本記事の対象と結論

犯罪現場で直接の実行行為をしていない者でも,計画,見張り,逃走車両の運転,道具の調達又は利益分配への関与の仕方によって,共謀共同正犯となる場合がある。他方,他人の犯罪を容易にしたにとどまると評価されれば幇助犯となり,従犯として刑が必要的に減軽される。

判断の中心は,役割の名称ではない。①どの犯罪について意思を通じたか,②その犯罪を自分たちの犯罪として相互に利用し合って実現しようとしたか,③意思決定,計画,実行及び利益にどの程度関与したか,④実行者との情報共有又は遮断がどうであったかを,犯罪の前後を含む具体的事実から認定する。

本記事は,令和8年9月24日現在の刑法,裁判所ウェブサイトに掲載された裁判例及び法務省の令和3年司法試験資料に基づく一般的な整理である。法務省資料は試験問題の分析対象を示す資料であり,裁判例と同じ拘束力を持つものとして扱っていない。

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共犯関係が途中で変わった場合の傷害責任-共謀の射程,共犯からの離脱及び刑法207条(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論
第2 最初に三つの時間軸を分ける
第3 共謀の射程を判断する事情
第4 共犯関係からの離脱
第5 刑法207条の同時傷害の特例

1 条文が解決する問題
2 最高裁平成28年3月24日決定
3 最高裁令和2年9月30日決定
4 一部に共犯関係があり,明白な結果責任者もいる場合

第6 途中参加・途中離脱と刑法207条を混同しない
第7 刑事弁護で集めるべき証拠
第8 令和3年司法試験問題から得られる実務上の学び
第9 出典・確認範囲

第1 本記事の対象と結論

複数人が一人の被害者に暴行し,途中で一人が加わり,又は一人が制止・離脱した後も別の者が暴行を続けた事件では,最終的な傷害結果だけを見て全員の責任を一括して判断してはならない。

検討の順序は,①各人の暴行と個別の傷害結果との因果関係,②共同正犯又は幇助犯として帰責できる時間的・内容的な範囲,③因果関係を個別に証明できない傷害について刑法207条を適用できるか,である。
共謀が続いているかという問題と,刑法207条によって原因不明の傷害を帰責できるかという問題は,別の層として検討する必要がある。

本記事は,令和8年9月24日現在の法令及び裁判所ウェブサイトに掲載された裁判例に基づく一般的な整理である。具体的な事件では,暴行の時刻,部位,凶器,強度,各人の認識,制止行為,現場からの離脱及び傷害の医学的所見によって結論が異なる。

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USBメモリを内容確認せず差し押さえられるか-関連性,現場選別,情報毀損及び還付(AI作成)

目次

第1 本記事の対象と結論
第2 五つの処分を区別する
第3 媒体の差押えと捜索のための一時的占有取得

1 媒体自体の差押え
2 捜索のための一時的占有取得

第4 内容確認を現場で省略できる場合

1 最高裁平成10年5月1日決定
2 大阪高裁平成30年9月11日判決
3 岐阜地裁判決の使用中媒体と未開封新品の区別
4 最高裁令和3年2月1日決定の射程

第5 執行時に確認する六つの事情
第6 持ち帰った後の選別,複写及び還付
第7 捜索を受ける側の対応
第8 令和3年司法試験問題から得られる実務上の学び
第9 出典・確認範囲

第1 本記事の対象と結論

捜索差押えの現場でUSBメモリ,外付けディスクその他の記録媒体が見つかった場合,捜査機関がその場で全ファイルを開いてからでなければ差し押さえられないわけではない。

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強盗後に被害者が転倒・負傷した場合の強盗致傷罪―手段たる暴行,因果関係及び「強盗の機会」(AI作成)

目次第1 問題の所在と結論第2 刑法240条と基本的な検討順序第3 手段たる暴行と介在行為の因果関係第4 「強盗の機会」を検討する場合第5 被害者の行動が介在した場合第6 裁判例からみる境界第7 共犯者への結果帰属第8 刑事弁護で確認すべき証拠第9 判例資料の到達範囲と留保第10 出典

第1 問題の所在と結論

強盗犯人の暴行を受けた被害者が,逃げようとして転倒し,犯人を追って転倒し,又は犯人の指示後に立ち上がって負傷した場合,刑法240条の強盗致傷罪が成立するかが問題となる。

検討の出発点は,傷害の直接原因となった行為を特定することである。強盗の手段である暴行そのものから傷害が生じたのであれば,通常の因果関係を検討すれば足りる。基本ルートで説明できるのに,最初から広い「強盗の機会」という言葉に頼ると,どの危険が現実化したのかが不明確になる。

被害者の回避・離脱行動や第三者の行為が介在していても,手段たる暴行の危険が傷害として現実化したかを,まず因果関係の問題として検討する。介在行為があるという理由だけで「強盗の機会」の問題に移るのではない。傷害の原因を強盗の手段以外の行為に求める場合に,その原因行為と強盗との密接な関連性を検討する。

第2 刑法240条と基本的な検討順序

刑法240条前段は,強盗が人を負傷させたときに強盗致傷罪が成立すると定める。財物を奪われた本人に限らず,強盗行為と密接に関連して第三者が負傷する場合も対象となり得る。

① 負傷の部位,機序及び発生時刻を特定する。
② 強盗の手段たる暴行・脅迫の内容を特定する。
③ その暴行自体が負傷を生じさせたかを,通常の因果関係により検討する。
④ 手段たる暴行を原因とする因果関係の検討と,手段以外の別の行為を原因とする「強盗の機会」の検討を分ける。後者でも,原因行為と傷害との因果関係は必要である。
⑤ 共犯事件では,傷害原因となった行為と,各共犯者の共謀内容・寄与を分けて検討する。

なお,刑法240条は「強盗が」人を負傷させたときと定めているから,強盗に着手する前の暴行で生じた傷害は,強盗致傷罪の結果には当たらない。
例えば,最初は財物を奪うつもりがなく暴行を加えて傷害を負わせ,その後に財物を奪う意思が生じて強盗に及んだ場合,先行する傷害は傷害罪として評価される(東京高裁昭和48年3月26日判決は,傷害罪と強盗罪を併合罪とした。)。
この場面で強盗罪が成立するために必要な新たな暴行・脅迫については,「暴行・脅迫の後に財物を奪う意思が生じたときの強盗罪―新たな暴行・脅迫の要否と程度,緊縛状態の継続,強盗致傷との区別」で整理している。

第3 手段たる暴行と介在行為の因果関係

拘束その他の暴行を受けた後に被害者が動いて負傷した場合は,暴行による身体的影響,拘束の解除状況及び動作と負傷の関係を確認する。身体への接触と同時に傷害が生じたことだけが,因果関係を認める条件ではない。

判断資料は,暴行の強さ,姿勢,床面の状況,負傷までの時間,被害者の身体状態,医師の所見,防犯カメラ映像等である。被害者が自ら動いたことは,直ちに因果関係を切断しない。暴行によって作り出された危険に対する自然な回避・離脱行動であれば,その行動を介して傷害が生じても因果関係を認め得る。

他方,被害者の行動が暴行終了後の独立した判断に基づき,強盗が作り出した危険と性質上結び付かないときは,因果関係を慎重に検討する必要がある。

第4 「強盗の機会」を検討する場合

裁判例は,刑法240条の傷害を,強盗の手段たる暴行・脅迫から直接生じた場合だけに限定していない。しかし,「強盗の機会」という時間的な近接性だけで,その間に生じたすべての負傷が強盗致傷になるわけでもない。

事情強盗との結び付きを強める方向弱める方向

時間・場所暴行・奪取の直後,同じ現場又は連続した逃走経路相当時間経過後,別の場所で独立した出来事
被害者の行動暴行から逃れる,財物を守る,直後に助けを求める自然な行動犯人との接触が切れた後の新たな危険行動

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特殊詐欺の受取役が強盗へ変更した場合の指示役の責任―共謀の射程,共犯と錯誤及び刑法38条2項(AI作成)

目次第1 問題の所在と結論第2 刑法上の出発点第3 最初に共謀の射程を確定する第4 射程を判断する具体的事情第5 共犯と錯誤及び刑法38条2項第6 共謀の射程を否定した場合第7 刑事弁護で確認すべき証拠第8 判例資料の到達範囲と留保第9 関連記事第10 出典

第1 問題の所在と結論

特殊詐欺の指示役が,被害者から現金をだまし取る計画を立て,受取役を被害者宅へ向かわせたところ,受取役が現場で暴行・脅迫を用いて現金を奪った場合,指示役も強盗の共同正犯になるのかが問題となる。

この問題は,直ちに「詐欺と強盗のどちらが重いか」又は刑法38条2項の錯誤論から始めるべきではない。検討順序は,次のとおりである。

① 当初の共謀が,誰から,どの財物を,どの目的・方法で取得する内容だったかを確定する。
② 受取役による方法変更が,当初共謀の射程内か,共謀からの逸脱かを判断する。
③ 射程内と認められる場合に,指示役が認識した犯罪事実と実現した犯罪事実のずれを,刑法38条2項と構成要件の重なり合いの観点から処理する。
④ 射程外であれば,強盗の結果を当然には帰属させず,それ以前に成立した詐欺未遂,窃盗その他の犯罪を,認識時点ごとに別に検討する。

「同じ被害者から同じ現金を取る計画だった」という事情は重要であるが,それだけで強盗まで共謀したことにはならない。まず,当初の共謀内容を確定し,現実の犯行が共同目的の実現として行われ,先行する寄与や利益分配の合意がその犯行にも引き続き機能したかを検討する。その上で,指示役が暴行・脅迫への移行を認識・容認していたかという故意の問題を分けて検討する。重い手段を知らなかったことだけで,客観的な共謀の射程も当然に否定されたと処理しない。

第2 刑法上の出発点

刑法60条は,2人以上が共同して犯罪を実行した場合に,すべて正犯とする。共同正犯の成立には,単に結果が客観的に役立ったことだけでなく,特定の犯罪を共同して実行する意思と,それに基づく重要な関与を認定する必要がある。

詐欺罪は人を欺いて財物を交付させる犯罪であり,強盗罪は暴行又は脅迫によって財物を強取する犯罪である。対象財物が同じでも,財物取得の手段・態様が異なる。そのため,電話やメッセージで確認された計画が,欺罔による任意の交付に限定されていたのか,抵抗時には暴力を用いることまで含んでいたのかが中心となる。

第3 最初に共謀の射程を確定する

共謀の射程とは,共犯者間で意思を通じた犯罪計画が,実行者の現実の行為のどこまでを含むかという問題である。結果発生後の一般的な予見可能性だけで決めるのではなく,共謀の内容と形成過程を証拠により確定する。

別の犯罪類型に関する下級審裁判例であるが,福岡地裁令和2年1月8日判決(平成31年(わ)第219号)は,冷水に入れる暴行の共謀があっても,抵抗する被害者の手首を結束バンドで縛る暴行については,方法・程度の違い等を具体的に検討している。この裁判例は特殊詐欺から強盗への変更を直接判断したものではないが,「暴行一般」という抽象語で射程を広げず,合意された方法と現実の方法を比較する必要があることを示す参考になる。

第4 射程を判断する具体的事情

判断事項射程を肯定する方向射程を否定する方向

対象同一被害者,同一場所,同一財物別の被害者・財物へ独自に対象を変更
共同目的指示役の利益を実現するための取得実行者が自己のために独自犯行へ移行
方法の合意抵抗時の威迫・実力行使を予定又は容認詐欺に限定し,暴力を禁止する具体的指示
先行寄与被害者選定,現金準備,住所共有,役割指示が強盗にも利用された方法変更後,従前の寄与との結び付きが切断
現場との連絡抵抗や変更の報告を受け,続行・回収を指示変更を知らず,知った後は中止・離脱を明確にした
利益分配強盗で得た財物を予定どおり分配・回収実行者が隠匿し,指示役に分配しない
変更の程度計画実現のための手段調整の範囲生命・身体への危険を質的に高める独断の変更

(続きを読む...)特殊詐欺の受取役が強盗へ変更した場合の指示役の責任―共謀の射程,共犯と錯誤及び刑法38条2項(AI作成)

おとり捜査の適法性―犯意誘発,犯罪規模の増幅及び協力者への指示を検討する方法(AI作成)

目次

第1 おとり捜査の意味と最高裁の基準

1 定義と最高裁平成16年決定
2 任意捜査であっても制約を受ける理由

第2 「犯意があったか」だけでは足りない
第3 犯罪規模を増幅した場合

1 令和4年司法試験の事案を例にした確認順序

第4 協力者への指示と証拠保全
第5 仮装身分捜査との関係
第6 弁護実務の確認表
第7 裁判例の射程と確認状況
出典

おとり捜査では、対象者に一般的な犯罪意思があったかだけでなく、捜査機関又は捜査協力者の働き掛けによって、犯罪の時期、数量、価格、実行可能性及び刑責の重さがどのように変化したかを時系列で比較する必要がある。
本記事は、最高裁平成16年7月12日決定を出発点として、犯意誘発、犯罪規模の増幅及び協力者への指示を検討する実務上の方法を整理する。

第1 おとり捜査の意味と最高裁の基準
1 定義と最高裁平成16年決定

最高裁平成16年7月12日決定は、おとり捜査を、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するよう働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものと定義した。

同決定は、少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査で、通常の捜査方法だけでは摘発が困難な場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象としておとり捜査を行うことは、刑事訴訟法197条1項に基づく任意捜査として許容されるとした。

ここで「少なくとも」と判示されていることに注意が必要である。判示された事情を、あらゆる犯罪についての閉じた必要十分条件に置き換えることはできない。犯罪類型、被害法益、代替捜査、働き掛けの強度及び対象者の既存の犯意を具体的に検討する。

2 任意捜査であっても制約を受ける理由

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警察への虚偽通報はなぜ偽計業務妨害罪になるのか―公務執行妨害罪との境界(AI作成)

目次
第1 問題の所在
第2 偽計業務妨害罪と公務執行妨害罪
第3 公務が業務妨害罪の「業務」に当たる範囲
第4 東京高裁平成21年3月12日判決
第5 虚偽通報をめぐる判断手順
第6 刑事弁護で確認すべき証拠
第7 軽犯罪法との関係
第8 限界と留意点
第9 出典

第1 問題の所在

警察に虚偽の110番通報をし,警察官を徒労の出動や警戒に従事させた場合,刑法233条の偽計業務妨害罪が問題となる。
警察の仕事は公務であるため,公務執行妨害罪だけが成立し,業務妨害罪の対象にはならないのではないかという疑問が生じる。

結論として,公務であるというだけで業務妨害罪の「業務」から除外されるわけではない。
妨害された公務が,その妨害を強制力によって排除できる性質のものかを,妨害行為との関係で具体的に検討する必要がある。

第2 偽計業務妨害罪と公務執行妨害罪

刑法233条は,虚偽の風説の流布又は偽計を用いて人の信用を毀損し,又はその業務を妨害した者を処罰する。
刑法234条は,威力を用いた業務妨害を処罰する。

これに対し,刑法95条1項の公務執行妨害罪は,公務員が職務を執行するに当たり,これに対して暴行又は脅迫を加えた場合に成立する。
偽計業務妨害罪は偽計という方法を対象とし,公務執行妨害罪は公務員への暴行・脅迫を対象とするため,妨害方法も構成要件も異なる。

第3 公務が業務妨害罪の「業務」に当たる範囲

公務のうち,強制力を行使する権力的公務について業務妨害罪の成立が否定されるのは,暴行・脅迫に至らない程度の威力や偽計による妨害を,その公務に付与された強制力で排除できる場合があるからである。

したがって,警察官の職務に逮捕その他の強制力を行使する公務が含まれるという抽象的な理由だけでは決まらない。

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刑事裁判における訴因変更と不意打ち防止―「何らかの方法」の認定,共謀日時の変更及び防御機会(AI作成)

目次

第1 結論―訴因変更を5段階で検討する
第2 訴因の特定と訴因変更
第3 実行行為の方法が変わる場合1 最高裁平成13年4月11日決定2 最高裁平成24年2月29日決定
第4 共謀の日時が変わる場合

1 検察官の釈明が訴因内容になるか
2 訴因内容になる場合
3 訴因内容にならない場合

第5 不意打ちを防ぐための弁護活動
第6 公判調書に残すべき事項
第7 裁判例の射程と確認状況
出典

刑事裁判で、起訴状又は検察官の釈明と異なる事実を裁判所が認定しようとするときは、「訴因変更が形式上必要か」だけでなく、「認定候補が争点として示され、被告人側に実質的な防御機会が与えられたか」を別に検討する必要がある。
本記事は、実行方法を「何らかの方法」と抽象化する場合、実行行為者を変える場合及び共謀日時を変える場合を素材に、訴因変更と不意打ち防止の実務を整理する。

第1 結論―訴因変更を5段階で検討する

訴因変更の問題は、「不意打ちか」という一語だけで処理せず、次の5段階に分けると見落としを防げる。

特定性:変更前後の訴因が刑訴法256条3項の要求を満たすか。
変更の要否:審判対象の画定に必要不可欠な事実が変わるか。そうでない場合も、訴因に明示された一般に防御上重要な事項について異なる認定をするため、原則として変更を要するか。例外を検討するときは、具体的な審理経過に照らし不意打ちがなく、より不利益な認定でないかを確認する。
変更の可否:変更前後の公訴事実に同一性があり,刑訴法312条1項の範囲内か。同一性がなければ,後の事実は別罪として追起訴を要する。
変更の許否:公判前整理手続後の請求である場合、整理済みの争点・証拠と審理経過に照らして許されるか。
防御措置:告知、釈明、反論・反証の機会、期日変更等によって不意打ちを解消できるか。

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捨てたごみ・紙コップを警察が押収してDNA型鑑定できるか―領置,任意提出及び令状主義(AI作成)

目次
第1 問題の所在と四つの類型
第2 刑事訴訟法221条の領置
第3 公道上のごみ集積所へ排出したごみ
第4 マンションのごみと任意提出
第5 警察が錯誤を利用して回収した紙コップ
第6 四つの類型の比較
第7 刑事弁護で確認すべき事項
第8 関連記事
第9 出典

第1 問題の所在と四つの類型

警察が,捨てられたごみや使用済みの紙コップを令状なしで取得し,そこからDNA型を鑑定することがある。
しかし,「本人の手を離れた物」であれば常に令状が不要になるわけではない。少なくとも次の四つを区別する必要がある。

本人が不要物として公道上のごみ集積所に排出した物
マンションのごみ処理担当者が占有する物について,その所持者から任意提出を受ける場合
警察が識別印付きの容器を渡したものの,対象者が警察から離れた後,自ら公道上に投棄した場合
警察が身分や目的を秘し,そのまま廃棄すると誤信させて紙コップを回収する場合

最高裁平成20年4月15日決定,東京高裁平成30年9月5日判決及び東京高裁平成28年8月23日判決は,それぞれ異なる取得経過を扱っている。
弁護実務では,物の名目よりも,誰がいつ占有を失い,誰が任意提出し,警察がどのようにDNA資料を取得したかを再構成することが重要である。

第2 刑事訴訟法221条の領置

刑事訴訟法221条は,検察官,検察事務官又は司法警察職員が,被疑者その他の者が遺留した物又は所有者,所持者若しくは保管者が任意に提出した物を領置できると定める。

領置は,差押許可状による差押えとは異なり,遺留物又は任意提出物を対象とする。

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特殊詐欺は現金の交付要求前でも詐欺未遂になるか―最高裁平成30年3月22日判決と実行の着手(AI作成)

目次第1 問題の所在と結論第2 最高裁平成30年3月22日判決の事案第3 最高裁が実行の着手を認めた理由第4 法廷意見と補足意見の読み分け第5 時系列で確認すべき事実第6 刑事弁護での検討項目第7 本判決の射程と限界第8 関連記事第9 出典

第1 問題の所在と結論

特殊詐欺では,犯人が被害者に電話をかけたものの,まだ「現金を渡してください」と明示的には求めていない段階で検挙されることがある。
この場合,詐欺の準備にとどまるのか,詐欺未遂として処罰できる実行の着手があるのかが問題となる。

最高裁平成30年3月22日第一小法廷判決は,被害者に現金の交付を求める文言がまだ述べられていなくても,一連の嘘が,後の交付要求に直接つながり,現金を交付する危険性を著しく高めた事案で,詐欺罪の実行の着手を認めた。

したがって,判断の中心は,電話をかけたかどうかや「現金を渡せ」と言ったかどうかだけではない。
犯行計画,嘘の内容,現金の移動,訪問予告,受取役の接近などを時系列に並べ,財物交付に向けた密接性と客観的危険性を具体的に検討する必要がある。

第2 最高裁平成30年3月22日判決の事案

被害者は,前日に甥になりすました者から電話を受け,系列会社の社員を装う者に現金100万円を交付していた。
翌日,氏名不詳者らは警察官を装い,次のような電話をした。

1回目の電話では,前日の詐欺被害について尋ね,預金残高を確認し,銀行で預金を全額下ろすように求めた。同じ電話で,前日の被害金を取り戻すために警察への協力が必要である旨を述べた。2回目の電話では,警察官が間もなく被害者宅を訪問する旨を告げた。

被告人は,詐取金の受取役であると認識して長野市内へ移動し,被害者宅の住所を告げられ,「刑事役」として現金を受け取るよう指示された。
しかし,被害者宅に到着する前に警察官から職務質問を受けて逮捕されたため,現金の交付要求そのものは行われなかった。

第1審は詐欺未遂罪の成立を認めたが,控訴審は,現金の交付に向けた欺罔行為や現実的,具体的危険がないとして無罪を言い渡した。
最高裁は控訴審判決を破棄し,第1審の有罪判断を維持した。

第3 最高裁が実行の着手を認めた理由

最高裁は,1回目と2回目の電話で述べられた嘘を,ばらばらにではなく一連のものとして評価した。重要な事情は次のとおりである。

嘘は,被害者宅に現金を移動させた上で,警察官を装う受取役に交付させる犯行計画の一環であった。預金を下ろす必要があること,警察に協力する必要があること,警察官が間もなく訪問することは,現金を交付するかどうかの判断の前提となる重要事項であった。預金を現金化して自宅へ移すよう求める文言と,受取役の訪問を予告する文言は,現金の交付要求に直接つながっていた。被害者は前日にすでに詐欺被害に遭っており,一連の嘘を信じると,訪問する受取役に即座に現金を渡す危険性が著しく高まる状況であった。

この事実関係の下では,現金の交付を求める文言がまだ述べられていなくても,一連の嘘を述べた段階で詐欺罪の実行の着手があるとされた。

第4 法廷意見と補足意見の読み分け

法廷意見は,犯行計画と一連の嘘の内容を具体的に認定し,交付要求に直接つながることと,現金交付の危険性が著しく高まったことを重視した。

本判決の補足意見(公開PDF5頁~6頁)は,未遂罪の一般的な考え方をより明示している。
実行行為そのものへの着手がなくても,実行行為に密接であり,被害を生じさせる客観的危険性が認められる行為への着手があれば,未遂罪は成立し得るとする。
ただし,処罰範囲が無限定に広がらないよう,特に密接性を慎重に判断すべきことも指摘している。

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刑訴法328条の弾劾証拠と公判前整理手続終了後の証拠請求(AI作成)

目次第1 刑訴法328条の位置付け1 伝聞例外ではなく証明力を争うための規定2 要証事実を先に固定する第2 自己矛盾供述に限られるという最高裁判例1 最高裁平成18年11月7日判決2 第三者の供述で他人の供述を弾劾できない3 厳格な証明が必要である4 一致供述による証明力の回復と単なる増強第3 公判前整理手続終了後の証拠請求1 刑事訴訟法316条の322 弾劾対象となる公判供述が出た後に必要性が生じる場合3 公判供述を予測できた場合の反対方向の検討第4 両条文を組み合わせた検討手順1 刑事訴訟法328条の要件2 刑事訴訟法316条の32の要件第5 弁護実務での準備1 公判前整理手続中2 公判で供述が現れた後第6 証拠等関係カードの読み方第7 関連する山中弁護士ブログの記事第8 出典
第1 刑訴法328条の位置付け
1 伝聞例外ではなく証明力を争うための規定

刑事訴訟法328条は、同法321条から324条までにより証拠とすることができない書面又は供述でも、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには証拠とすることができると定める。
弾劾証拠は、その内容が真実であることを主要事実の証明に用いるものではなく、公判供述の信用性を争う限度で用いる。

2 要証事実を先に固定する

同じ書面でも、記載内容どおりの事実があったことを証明するために用いるのか、供述者が以前は異なる供述をしていたことを示すために用いるのかで、証拠能力の検討が変わる。
証拠請求書、立証趣旨、証拠等関係カード及び尋問内容を照合し、実質的に内容の真実性を証明しようとしていないかを確認する。

第2 自己矛盾供述に限られるという最高裁判例
1 最高裁平成18年11月7日判決

最高裁平成18年11月7日第三小法廷判決(平成17年(あ)第378号、刑集60巻9号561頁)は、刑事訴訟法328条により許容される証拠を、信用性を争われている供述者自身の矛盾供述、すなわち自己矛盾供述を内容とするものに限るとした。
その証明方法も、法が定める要件を満たす供述書、供述録取書、以前の供述を聞いた者の公判供述又はこれらと同視できる証拠による必要がある。

2 第三者の供述で他人の供述を弾劾できない

A証人の公判供述とBの供述が食い違うというだけでは、Bの供述を刑事訴訟法328条によってA証人の弾劾に用いることはできない。
それを許すと、伝聞法則の要件を満たさない第三者供述を内容の真実性に近い形で利用することになり、伝聞法則を潜脱するおそれがある。

3 厳格な証明が必要である

以前の自己矛盾供述が存在したことは証拠によって認定すべき事実であり、自由な証明で足りるという扱いではない。
最高裁平成18年判決の事案では、弁護人が、証人の証言を弾劾するため、消防司令補がその証人から火災発見時の状況を聴き取って記載した「聞込み状況書」の取調べを請求した。
この書面は、聴き取りの相手に読み聞かせて署名押印を求める形式ではなく、実際にも署名押印がなかった。
最高裁は、この書面は供述を録取した書面に当たらず、これと同視し得る事情もないとして、刑事訴訟法328条が許容する証拠に当たらないとした。
弁護人が請求する場合にも、同じ限定がかかることに注意を要する。

4 一致供述による証明力の回復と単なる増強

弾劾された公判供述と一致する以前の供述を、刑事訴訟法328条の「証明力を争う」ための証拠として、証明力の回復に用いることができるかについて、最高裁判所の判例はない(法務省「平成29年司法試験論文式試験出題の趣旨」刑事系科目第2問)。
公判供述が弾劾される前に、一致供述を示して信用性を高めるだけの使い方(いわゆる増強)は、同条の「争う」という文言から離れる。

弾劾された後の回復についても、一致供述が一つ増えれば当然に証明力が回復するわけではない。
矛盾供述の方が例外であり、基本的には一致した供述をしていたことが明らかになるのであれば、証明力の回復を認める方向の理由になり得る。
反対に、公判外の供述の間でも食い違いがあり、その時々で供述を変える者であることがかえって明らかになるのであれば、証明力は回復しないという評価もあり得る。
平成29年司法試験の採点実感も、回復証拠と増強証拠を区別した上で、文言解釈にとどまらず、証明力を回復する証拠となり得るか否かの実質的な理由を示すことを求めている。

一致供述の調書が回復のための証拠として請求された場合、弁護人は、①どの弾劾に対応する証拠か、②その弾劾の理由を具体的に弱めるものか、③作成の時期と経緯、④内容の真実性を証明する証拠として実質的に使われるおそれがないかを確認して、意見を述べることになる。

下級審の裁判例では、東京高裁昭和54年2月7日判決(昭和53年(う)第1322号・判例時報940号138頁、判例タイムズ391号144頁)が、刑事訴訟法328条の弾劾証拠には、弾劾証拠により減殺された供述証拠の証明力を回復するためのものも含まれるとした。

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逮捕に伴う無令状捜索・差押え―逮捕の現場・第三者の身体・連行後の捜索(AI作成)

目次第1 逮捕に伴う無令状捜索・差押えの枠組み1 刑事訴訟法220条2 制度趣旨からの二つの説明第2 第三者の身体・所持品を捜索する場合1 刑事訴訟法102条2項の準用2 身体捜索の方法と相当性3 居合わせた第三者の身体と「必要な処分」第3 逮捕地点から移動して捜索する場合1 最高裁平成8年1月29日決定2 近い場所なら常に適法というわけではない第4 適法性を判断するチェックポイント1 時間的接着性2 場所的接着性と移動の必要性3 対象物との関連性4 別罪の証拠を発見した場合第5 弁護活動で確保すべき資料1 初回接見で確認する事項2 客観資料第6 関連する山中弁護士ブログの記事第7 出典
第1 逮捕に伴う無令状捜索・差押えの枠組み
1 刑事訴訟法220条

刑事訴訟法220条1項2号は、通常逮捕、現行犯逮捕又は緊急逮捕をする場合に必要があるとき、逮捕の現場で差押え、捜索又は検証をすることを認め、同条3項は令状を不要としている。
もっとも、逮捕があれば場所・人・物を無限定に捜索できるわけではない。
逮捕との時間的・場所的な結び付き、対象と押収すべき物との関連性、処分の必要性及び方法の相当性を分けて検討する必要がある。

2 制度趣旨からの二つの説明

逮捕の現場には証拠物が存在する蓋然性が一般に高いとする説明と、逮捕者の安全確保や逃亡・証拠隠滅の防止という緊急の必要性を重視する説明がある。
具体的事案では、いずれかの標語だけで結論を出さず、捜索対象、距離、時間、移動理由、代替手段及び危険性を事実に即して評価する。

第2 第三者の身体・所持品を捜索する場合
1 刑事訴訟法102条2項の準用

刑事訴訟法222条1項は、逮捕に伴う捜索について同法102条を準用する。
同法102条2項は、被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所について、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がある場合に限って捜索できると定める。
被疑者の隣にいただけ、同じ車に乗っていただけという抽象的な関係では足りず、対象者が証拠物を受け取った、隠した、保持していると疑わせる具体的状況を検討する必要がある。

2 身体捜索の方法と相当性

衣服の外側からの確認、ポケット内の確認、衣服を脱がせる処分では、権利侵害の程度が異なる。
押収すべき物の種類・大きさ、対象者の行動、場所の公開性、同性の捜査官の有無、遮蔽の有無、より侵害の小さい方法で目的を達成できたかを記録する。

3 居合わせた第三者の身体と「必要な処分」

逮捕に伴う無令状の捜索が許される根拠を、逮捕の現場や被逮捕者の身体・所持品に証拠が存在する蓋然性が類型的に高いことに求めると、たまたま現場に居合わせた第三者が逮捕事実に関連する証拠を持っている蓋然性は、類型的に高いとはいえない。
そこで、居合わせた第三者の身体は逮捕に伴う捜索の対象にならないとする考え方(消極説)がある。
この考え方でも、場所の捜索の実施中又はその開始の直前に、居合わせた者が捜索・差押えの目的物を身体や衣服に隠した疑いが十分に認められるときは、場所に対する捜索に付随する「必要な処分」(刑事訴訟法222条1項が準用する同法111条1項前段)として、その妨害を排除し、目的物を取り戻す限度で身体に有形力を加えることができるかが問題となる。

他方、刑事訴訟法220条1項2号は捜索の対象を文言上限定しておらず、同法222条1項は被疑者以外の者の身体を除外することなく同法102条2項を準用しているとして、居合わせた第三者の身体の捜索も許され得るとする考え方(積極説)もある。
この考え方では、前記1の「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」が要件となる。
令和7年司法試験刑事系科目第2問では、逮捕の現場に居合わせた被疑者の交際相手の上着のポケットに捜査官が手を入れて中の物を取り出した事実が置かれ、法務省の出題の趣旨及び採点実感は、いずれの考え方を採るにしても、逮捕に伴う捜索が認められる趣旨と矛盾しない論述を求めている。

第3 逮捕地点から移動して捜索する場合
1 最高裁平成8年1月29日決定

最高裁平成8年1月29日第三小法廷決定(平成5年(あ)第518号、刑集50巻1号1頁)は、逮捕現場で直ちに身体を捜索することが、被逮捕者の名誉を害し、抵抗による混乱を生じ、又は交通を妨げるおそれがあるなど不適当な場合に、速やかに、その場から最も近い適当な場所へ連行して実施する捜索を「逮捕の現場」での捜索と同視できる場合があるとした。
同決定の事案では、警察署までの距離、移動時間、被逮捕者の抵抗、現場の交通上の危険等が具体的に考慮された。

2 近い場所なら常に適法というわけではない

重要なのは移動距離だけではなく、現場で実施しなかった理由、途中により近く適切な場所がなかったか、移動後直ちに捜索したかである。

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宅配便荷物のX線検査と令状主義―最高裁平成21年9月28日決定(AI作成)

第1 結論
第2 最高裁平成21年9月28日決定の事案
第3 X線検査が強制処分とされた理由
第4 令状を欠く検査の違法性
第5 証拠能力が否定されなかった理由
第6 裁判所入口のX線手荷物検査との違い
第7 人体のCT検査との違い
第8 実務上の確認事項
第9 関連記事
第10 出典

第1 結論

警察官が犯罪捜査のため,宅配便業者から荷物を借り受け,荷送人又は荷受人の承諾を得ずにX線検査を行うことは,荷物の内容を外部から明らかにする強制処分に当たり,原則として検証許可状が必要である。

最高裁判所第三小法廷平成21年9月28日決定(平成19年(あ)第798号)は,このような無令状のX線検査を違法とした。
ただし,同決定は,その後に発見・押収された覚醒剤等の証拠能力までは否定していない。

第2 最高裁平成21年9月28日決定の事案

警察官は,宅配便業者の承諾を得て,同社の営業所から被告人ら宛ての荷物5個を借り受け,病院でX線検査を行った。
荷送人又は荷受人の承諾はなく,検証許可状も取得していなかった。

X線検査によって荷物内部の状況が確認され,その後の捜査及び令状による捜索・差押えを経て,覚醒剤等が証拠として提出された。

第3 X線検査が強制処分とされた理由

刑事訴訟法197条1項ただし書は,強制処分は法律に特別の定めがある場合でなければ行えないと定める。
同法218条1項は,検察官,検察事務官又は司法警察職員が,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,裁判官の発する令状により,差押え,捜索,電磁的記録提供命令又は検証をすることができると定める(令和8年5月21日施行の改正前は「差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証」であった。)。

最高裁決定は,X線検査により,荷物を開披しなくても内部の物品の形状や材質を知ることができ,内容物によってはその品名まで相当程度具体的に判別できると指摘した。
この方法は,荷送人又は荷受人の内容物に対するプライバシーを大きく侵害するため,検証としての性質を持つ強制処分に当たる。

第4 令状を欠く検査の違法性

宅配便業者が荷物の占有者として警察への貸出しに応じたとしても,荷物の内容についてプライバシー上の利益を持つ荷送人又は荷受人が承諾したことにはならない。

したがって,荷送人又は荷受人の承諾がなく,検証許可状もないまま行われた本件X線検査は,令状主義に反する違法な捜査であるとされた。

第5 証拠能力が否定されなかった理由

(続きを読む...)宅配便荷物のX線検査と令状主義―最高裁平成21年9月28日決定(AI作成)

職務質問に伴う所持品検査はどこまで許されるか―承諾・必要性・相当性(AI作成)

第1 問題の所在
第2 職務質問と所持品検査の法的な位置付け
第3 承諾のない所持品検査が許される限界
第4 最高裁昭和53年9月7日判決
第5 違法な検査と証拠能力は別に判断される
第6 裁判所の入庁検査・宅配便のX線検査との違い
第7 確認の順序
第8 関連記事
第9 出典

第1 問題の所在

警察官が職務質問の際にバッグ,衣服のポケット又は携行品を確認する行為は,一律に適法又は違法となるものではない。
確認すべき中心は,本人の承諾があるか,承諾がない場合に検査の必要性・緊急性がどの程度あるか,検査方法が強制にわたらず相当な範囲にとどまるかである。

また,所持品検査そのものが違法であっても,発見された物の証拠能力が直ちに否定されるとは限らない。
検査の適法性と,刑事裁判で証拠を排除するかどうかは,分けて検討する必要がある。

第2 職務質問と所持品検査の法的な位置付け
1 警察官職務執行法2条

警察官職務執行法2条1項は,異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して,犯罪を犯したか,犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある者等を停止させて質問できると定める。

同条3項は,刑事訴訟に関する法律によらない限り,身柄を拘束され,又は意思に反して連行され,若しくは答弁を強要されることはないと定める。
所持品検査を明文で定めた条項ではないため,その限界は職務質問の目的と任意手段の性質から判断される。

2 承諾がある場合

最高裁判所は,所持品検査は職務質問に付随して行われる場合があり,所持人の承諾を得て行うのが原則であるとした。
もっとも,外形上バッグを差し出した事実だけで,開披,手入れ又は内容物の取出しのすべてに承諾したとは限らない。承諾の対象と範囲を区別する必要がある。

第3 承諾のない所持品検査が許される限界

最高裁判所は,承諾がない所持品検査を常に禁止したわけではない。
強制にわたらない限り,所持品検査の必要性・緊急性と,これによって害される個人の法益との権衡を考慮し,具体的状況の下で相当と認められる限度では許容される場合があるとした。

この基準は,最高裁判所第三小法廷昭和53年6月20日判決(昭和52年(あ)第1435号)が示したものであり,同判決は,施錠されていないバッグのチャックを開けて内部を一べつした行為を,相当と認め得る行為として適法とした。
後記の最高裁昭和53年9月7日判決も,同判決を参照して同じ基準を述べている。

したがって,次の事情を総合して判断することになる。

職務質問をする合理的な理由の強さ

(続きを読む...)職務質問に伴う所持品検査はどこまで許されるか―承諾・必要性・相当性(AI作成)

共同正犯・幇助犯と正当防衛―急迫性・防衛意思を関与者ごとに判断する方法

目次第1 正当防衛と共犯を分けて考える第2 最高裁平成4年6月5日決定1 共同正犯者ごとの個別判断2 事件記録の整理方法3 相当性の判断単位と過剰性を知らなかった共同正犯者4 侵害が終わった後に一部の者だけが暴行を続けた場合第3 侵害を予期していた場合の急迫性1 予期だけでは直ちに否定されない2 関与者ごとに総合事情が異なる3 第三者防衛の判断主体と誤想過剰防衛4 防衛行為の結果が侵害者以外の人に生じた場合5 先行暴行で反撃を招いた場合第4 声援・見張り・逃走支援と幇助1 悪質な意思だけでなく促進効果を確認する2 援助対象となる正犯行為の違法性を確認する3 二つの理論構成と人物別整合性第5 弁護実務の人物別チェック表1 実行者2 指示者・背後者3 後発関与者4 事情を知らない第三者防衛者第6 確保すべき証拠と記事の限界

複数人が関与する暴行事件では、現場全体を一つの正当防衛又は一つの違法行為として一括して結論付けてはならない。
侵害を利用して相手を攻撃させようとした者と、突然の侵害に直面して反撃した者とでは、急迫性、防衛の意思及び相当性の評価が異なり得る。
共同正犯、指示役、後発的な声援者又は逃走支援者について、各人が何を知り、何を意図し、どの行為を促進したかを個別に整理する必要がある。

第1 正当防衛と共犯を分けて考える

刑法36条は、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為を罰しないと定める。
複数人が関与した場合には、まず現に行われた反撃行為が正当防衛又は過剰防衛となるかを検討し、次に、各関与者について共謀、実行、指示又は援助の内容を検討する。

同じ現場にいたというだけで、全員について急迫性や防衛意思を共通に扱うことはできない。
関与者別の認識と目的が異なる場合、違法性又は責任の評価も異なり得る。

第2 最高裁平成4年6月5日決定
1 共同正犯者ごとの個別判断

最高裁平成4年6月5日決定(平成2年(あ)第788号・刑集46巻4号245頁、裁判所ウェブサイト)は、共同正犯者について過剰防衛の成否を個別に判断した。
侵害を予期し、その機会を利用して他の共同正犯者に反撃させようとした者については急迫性を否定する一方、積極的な加害意思のなかった実行者については過剰防衛が成立し得るとした。

この決定は、共同して反撃したという外形だけで、全員の正当防衛又は過剰防衛を一括して決められないことを示す。
背後者が侵害を利用しようとしたことと、実行者が現場で認識した侵害状況を分けて評価する必要がある。

2 事件記録の整理方法

関与者ごとに、①侵害をいつ、どの程度予期したか、②現場へ行く必要があったか、③凶器を準備したか、④相手の侵害を利用する意思があったか、⑤実際の侵害をどのように認識したか、⑥反撃を誰が決めたかを整理する。

同じ会話又は映像でも、ある者には先行事情を示し、別の者には突然の侵害を示すことがある。
供述調書を人物別に読むだけでなく、同一時刻の認識を横に並べた供述対応表を作ることが有用である。

3 相当性の判断単位と過剰性を知らなかった共同正犯者

最高裁平成4年6月5日決定は、共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであるとした。
もっとも、同決定の事案で結論を分けたのは急迫性であり、防衛行為の相当性をどの単位で判断するかを直接示したものではない。

共同して防衛行為をしている途中で、一人だけが他の者に知らせずに危険な手段に出ることがある。
例えば、二人で相手を押さえ付けている最中に、一人が落ちていた石で相手の顔面を殴り、もう一人はそれを見ていなかったという場面である。
このとき、防衛行為の相当性を共同正犯者全員の一連の行為を対象として判断するか、共同正犯者ごとに個別に判断するかが問題となる。

全員の一連の行為を対象として判断し、全体として相当性を超えたとする立場では、石で殴っていない者も客観的には過剰防衛と評価される。
その者は、過剰性を基礎付ける事実を認識していなかったのであるから、違法性阻却事由の錯誤として傷害罪の故意が否定され得る。
その場合には、過剰な行為を認識しなかったことに過失があるかを検討し、過失傷害罪(刑法209条)の成否と、刑法36条2項の準用による刑の減免を検討することになる。

共同正犯者ごとに個別に判断する立場では、石で殴っていない者の行為だけを見て相当性を判断し、正当防衛が成立する余地がある。
いずれの立場でも、石で殴った者には過剰防衛の成否が問題となる。

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キャッシュカードの暗証番号は財産上の利益か―正しい番号・誤暗証番号と二項強盗

目次第1 財産上の利益として問題になるもの第2 東京高裁平成21年11月16日判決1 判決が認めた財産上の利益2 判決の射程3 脅迫の程度―二項強盗か二項恐喝か第3 誤暗証番号を告げられた場合1 既遂利益は原則として生じない方向で検討する2 二項強盗未遂を別に検討する第4 ATM操作と別罪の検討第5 認証情報事件の実務チェック1 媒体と情報を対応させる2 現実の処分可能性を確認する3 ログを保全する第6 パスワード等への応用と限界第7 出典

キャッシュカードの暗証番号は、単なる数字列としてではなく、特定のカードと結び付いて預金払戻しを可能にする機能から評価される。
正しい暗証番号とカードを併有し、ATMで払戻しを受け得る具体的・現実的な地位を得た場合、刑法236条2項の「財産上不法の利益」が問題となる。
これに対し、被害者が虚偽の番号を告げたため払戻しができない場合には、既遂利益の取得と、正しい番号を得ようとした行為の未遂を区別する必要がある。

第1 財産上の利益として問題になるもの

刑法236条2項は、暴行又は脅迫を用いて財産上不法の利益を得、又は他人に得させた者を処罰する。
暗証番号の事案で問われるのは、四桁の数字という情報そのものの市場価値ではない。
特定口座に対応するキャッシュカードと正しい暗証番号を併有することで、預金者の意思によらずATMから払戻しを受け得る地位を取得したかである。

この評価では、行為者側の処分可能性と、被害者側の預金支配の低下を対応させる必要がある。
情報を知ったというだけでなく、その情報によって現実に何ができるようになったかを確認する。

第2 東京高裁平成21年11月16日判決
1 判決が認めた財産上の利益

東京高裁平成21年11月16日判決(平成21年(う)第1215号、判例秘書の判例番号 L06420849)は、キャッシュカードと正しい暗証番号を併有する者が、ATMを通じて預金払戻しを受け得る具体的・現実的な地位を得ることを、刑法236条2項の財産上の利益と評価した。

同判決は、利益が被害者から行為者へ同じ形のまま移転することを必要としていない。
行為者が払戻し可能な地位を得た反面で、預金者による預金支配が弱まるという関係を重視した。

2 判決の射程

この判決が扱ったのは、特定カードに対応する正しい暗証番号を得た事案である。
したがって、「暗証番号と称する数字を聞いた」全ての場合に二項強盗既遂が成立することまで判示したものではない。

カードがない場合、番号が誤っている場合、口座が凍結されている場合、追加認証が必要な場合又は利用限度額に達している場合には、払戻しを受け得る具体的・現実的地位が生じたかを別に確認する必要がある。

なお、同判決の事案では、被告人がキャッシュカードの入った財布を被害者宅の中で移動させただけで、暗証番号を聞き出した時点ではカードの窃取はまだ完了していなかった。
同判決は、カードをいつでも容易に取得できる状態に置いた上で暗証番号を聞き出した以上、既にカードの占有を確立している場合と異ならないとして、二項強盗の成立を妨げないとした。
また、第1審は財産上の利益の取得を否定して強要罪の成立にとどめていたが、同判決はこれを破棄し、二項強盗の成立を認めた。

3 脅迫の程度―二項強盗か二項恐喝か

暗証番号を聞き出す手段が刑法236条2項の「暴行又は脅迫」に当たるかは、利益性とは別に検討する。
最高裁昭和24年2月8日判決(昭和23年(れ)第948号・刑集3巻2号75頁)は、財物の奪取が恐喝罪となるか強盗罪となるかは、暴行又は脅迫が社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものかという客観的基準によって決まり、具体的な被害者の主観を基準とするものではないとした。

凶器を示さずに強い口調で番号を言わせた場合でも、被害者が既に負傷して動けないなど、その場の状況によっては反抗を抑圧するに足りる脅迫と評価される余地がある。
他方、その程度に達しない脅迫で番号を告げさせたときは、刑法249条2項の恐喝による利益取得(二項恐喝)が問題となる。
暗証番号の利益性を肯定する場合も、脅迫文言、被害者の身体状態、時刻・場所及び行為者と被害者の関係から、どちらの手段要件を満たすかを認定する必要がある。

第3 誤暗証番号を告げられた場合
1 既遂利益は原則として生じない方向で検討する

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捜査報告書や令状請求資料に虚偽記載・重要事実の省略がある場合―違法収集証拠と後続令状

目次第1 最初に確認すべき結論第2 虚偽記載等が重大とされた最高裁判例1 最高裁平成15年2月14日判決2 令状請求資料を正確に記載した事案との対照3 疎明資料の記載の真偽を確定させた最高裁令和3年7月30日判決第3 後続令状があっても自動的には治癒されない1 無令状X線検査の最高裁判例2 司法審査の実質を見る第4 分析補助としての「補正後仮想審査」1 報告書を補正する2 資料ごとの出典表を作る3 違法性承継と派生証拠を分ける第5 弁護人が確保すべき資料第6 一次資料と本記事の限界

令状が発付されているというだけで、その前段階の違法が当然に治癒されるわけではない。
令状請求に用いられた捜査報告書等に虚偽記載又は重要事実の省略がある場合、裁判官による司法審査が実質的に機能したかを検討する必要がある。
他方、報告書に誤りがあれば直ちに押収物その他の後続証拠が排除されるわけでもない。
原捜査の違法性、その重大性、虚偽又は省略の内容、令状発付との関係及び後続証拠との関連性を分けて検討することになる。

第1 最初に確認すべき結論

刑事弁護では、次の①ないし④を一続きの手続として確認する必要がある。
①原捜査で実際に何が行われたか、②その内容が捜査報告書等にどう記載されたか、③裁判官にどの資料が示されて令状が発付されたか、④その令状からどの証拠が派生したか、である。

違法収集証拠排除の検討は、まず原手続が違法かを判断し、その上で、違法が令状主義の精神を没却するほど重大であり、証拠を許容することが将来の違法捜査抑制の見地から相当でないかを検討する二段階の作業である。
「違法があること」と「証拠能力が否定されること」を同じ問題として扱ってはならない。

最高裁昭和53年9月7日判決は、警察官が上衣内ポケットへ手を差し入れてちり紙の包み等(包みの中に覚醒剤ようの粉末が入っていた)を取り出した所持品検査を違法としつつ、違法の程度その他の事情から証拠能力を肯定した。
違法収集証拠排除は、個別事件の救済だけでなく、適正な司法作用を維持し、将来の違法捜査を抑止するという手続的価値を含む。したがって、違法の有無と排除の要否を分けて論証する必要がある。

第2 虚偽記載等が重大とされた最高裁判例
1 最高裁平成15年2月14日判決

最高裁平成15年2月14日判決は、逮捕状の不呈示に加え、違法を糊塗するために逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、公判でも虚偽の証言をした事案である。
最高裁は、これらを総合し、手続の違法を令状主義の精神を没却する重大なものと評価した。

もっとも、同判決は全ての後続証拠を一律に排除したものではない。
違法な逮捕と密接に関連する尿については証拠能力を否定した一方、後日の捜索で押収された覚醒剤については、適法に発付済みの別件令状との併合執行その他の事情を踏まえ、違法との関連性が密接ではないとして証拠能力を認めた。

この判決からは、虚偽記載等が違法の重大性を強く基礎付けることと、個々の派生証拠について関連性を別に検討することの双方が分かる。
「おはよう逮捕とは何か―早朝の自宅で逮捕状を執行する理由と手続」でも、逮捕状の呈示と同判決の位置付けを説明している。

2 令状請求資料を正確に記載した事案との対照

最高裁令和4年4月28日判決(令和3年(あ)第711号・刑集76巻4号380頁)は、令状を発付するに足りる嫌疑があったとは認められないとした原判断が不合理とはいえず、任意の採尿の説得もしていなかったことから、強制採尿が「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合とは認められないのに強制採尿令状が発付されたとして、その発付と強制採尿を違法としたが、尿に関する鑑定書等の証拠能力を肯定した。
警察官が、嫌疑があり強制採尿が必要不可欠であると判断した根拠等についてありのままを記載した疎明資料を提出したこと、裁判官の審査を経て令状を得たこと、令状の執行手続自体に違法がなかったこと、執行の前に任意の提出を繰り返し促したこと及び令状主義に関する諸規定を潜脱する意図がなかったこと等が重視された。

したがって、「令状に要件上の問題があった事案」と「違法な経過を隠して令状を得た事案」は区別しなければならない。
裁判官に正確な資料を提示したかは、違法の重大性及び抑止の必要性を判断する重要な事情である。
「強制採尿,強制採血及び毛髪の採取のために必要となる令状」では、強制採尿令状の種類、条件及び令和4年判決を整理している。

3 疎明資料の記載の真偽を確定させた最高裁令和3年7月30日判決

最高裁令和3年7月30日判決(令和2年(あ)第1763号・刑集75巻7号930頁)は、車内にはなかったチャック付きビニール袋が車内にあることを確認した旨の取扱状況報告書や写真撮影報告書を疎明資料として、警察官が車両の捜索差押許可状と強制採尿令状を得たのではないかが争われた事案である。
第1審は、そのような事実があったというべきであるとして、押収された薬物及びその鑑定書並びに尿の鑑定書の証拠能力を否定したが、控訴審は、その疑いはそれほど濃厚ではないなどとして、証拠能力を否定すべきではないとした。

最高裁は、その事実経過の下においては、証拠能力を判断するには、虚偽の疎明資料を作成して令状を請求した事実の存否を確定し、これを前提に証拠の収集手続に重大な違法があるかどうかを判断する必要があるとした。

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意思疎通に困難がある被疑者・被告人との刑事弁護―説明,合理的配慮,接見記録及び支援者との連携(AI作成)

目次

第1 結論
第2 診断名ではなく意思疎通の機能を確認すること
第3 初回接見で確認する事項
第4 説明と質問の具体的方法
第5 取調べへの対応
第6 公判・裁判所で求める配慮
第7 家族・支援者・福祉職との連携
第8 接見記録と申入書の作り方
第9 避けるべき対応
第10 実務チェックリスト
第11 出典・参考資料

第1 結論

被疑者・被告人との意思疎通に困難がある場合,弁護人は,診断名の有無だけで対応を決めてはならない。
本人がどのような情報を,どの方法・速度・分量で理解できるか,自分の経験と意思をどのように表現できるか,誘導や迎合の影響を受けやすいかを個別に確認する必要がある。

重要なのは,①接見で意思疎通の方法を確認すること,②短く具体的に説明して本人の言葉で理解を確かめること,③取調べの録音・録画その他の配慮を具体的に申し入れること,④家族・支援者・福祉職から情報を得ること,⑤弁護人自身が観察した事実と本人の反応を記録することである。

聴覚・言語障害,日本語力,知的・発達・精神・高次脳機能・認知機能等の事情は,同じ診断名でも現れ方が異なる。本人を一つの属性で決め付けず,事件ごと,場面ごとに必要な手続上の配慮を組み立てる。

第2 診断名ではなく意思疎通の機能を確認すること

意思疎通の困難は,次の異なる問題に分けて確認する。

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公判前整理手続はなぜ長引くのか―裁判員裁判の統計,長期化要因及び弁護人の対応(令和6年)(AI作成)

目次第1 この記事の対象と資料1 使用する資料2 公判前整理手続の法的枠組み第2 統計で見る長期化1 刑事通常第一審全体2 裁判員裁判対象事件第3 報告書が挙げる長期化要因1 事件内容の変化2 証拠開示と主張の明示3 裁判所の訴訟指揮と審理計画第4 裁判員裁判非対象の否認事件第5 検証検討会の議論と報告書の結論1 主張明示義務をめぐる議論2 報告書の結論第6 第12クールの検証で取り上げられる論点第7 弁護人の実務上の対応第8 関連記事第9 出典1 法令2 統計・データ及び裁判所の資料
第1 この記事の対象と資料
1 使用する資料

本記事は,最高裁判所事務総局「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第11回)」(令和7年7月)の第4章「地方裁判所における刑事通常第一審事件の概況及び実情」(118頁~141頁)を基に,公判前整理手続が長期化している実情と,その要因として挙げられている事項を整理するものである。
統計は令和6年に終局した事件の数値であり,報告書の本文が「前回」と書くときは第10回報告書,すなわち令和4年の数値を指す。

同報告書の実情調査は,令和6年5月及び同年10月に,中規模庁及び小規模庁の地方裁判所本庁各1庁と,これに対応する検察庁及び単位弁護士会に対して行われた(報告書135頁)。
庁名は公表されておらず,2庁の聴取結果が全国の実情をそのまま表すものではない。
実情調査で紹介された意見は,法曹三者それぞれの立場からの意見であり,裁判所又は報告書の結論として示されたものとは区別して読む必要がある。

2 公判前整理手続の法的枠組み

公判前整理手続は,刑事訴訟法316条の2第1項により,裁判所が「充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるとき」に,第1回公判期日前に事件の争点及び証拠を整理するために付する手続である。
裁判員裁判の対象事件については,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律49条により,第1回の公判期日前に必ず公判前整理手続に付される。

刑事訴訟法316条の3第2項は,訴訟関係人は,公判前整理手続において「相互に協力するとともに、その実施に関し、裁判所に進んで協力しなければならない」と定めている。
同条1項は,裁判所に対し,十分な準備が行われるようにするとともに,できる限り早期に公判前整理手続を終結させるよう努めることを求めている。

手続は,検察官の証明予定事実記載書面の提出と検察官請求証拠の開示(316条の13・316条の14),類型証拠の開示(316条の15),被告人又は弁護人の主張の明示(316条の17),主張関連証拠の開示(316条の20)の順に進む。
316条の17第1項は,被告人又は弁護人は,検察官請求証拠及び類型証拠の開示を受けた場合において,公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは,裁判所及び検察官に対し,これを明らかにしなければならないと定めている。
同条3項により,裁判所は,主張を明らかにすべき期限を定めることができる。

第2 統計で見る長期化
1 刑事通常第一審全体

令和6年の刑事通常第一審事件の平均審理期間は3.9月であり,自白事件は3.3月,否認事件は11.4月であった(報告書119頁,124頁)。
公判前整理手続に付された被告人は990人で,平均審理期間は14.9月,そのうち否認事件は17.8月であった(報告書125頁【表12】【表13】)。

公判前整理手続に付された否認事件を審理体制別に見ると,裁判員裁判対象事件は16.9月,裁定合議事件は25.3月(51人),単独事件は18.0月(69人)であった(報告書125頁【表13】)。
裁判員裁判の対象ではない否認事件でも,公判前整理手続に付されれば1年半前後以上かかっていることになる。

2 裁判員裁判対象事件

裁判員裁判対象事件の平均審理期間は14.0月(前回13.8月)であり,審理期間が2年を超える事件の割合は7.2%(前回8.2%)であった(報告書121頁,129頁)。

公判前整理手続の期間の平均は,令和5年に11.1月へ減少したものの,令和6年は11.8月に増加した(報告書130頁~131頁【図23】)。
否認事件に限ると平均14.4月であり,総数の平均が平成22年には5.4月であったことと比べると,大きく延びている。
報告書は,公判前整理手続の期間が審理期間の大半を占め,公判前整理手続の期間が長くなると審理期間も長くなる関係にあるとしている(報告書130頁)。

段階別の平均日数では,公判前整理手続中の期間が356.5日を占める(報告書132頁【図24】)。
否認事件の平均評議時間は1,060.9分,鑑定の実施率は6.9%であった(報告書134頁)。

第3 報告書が挙げる長期化要因

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少年事件で弁護士が取材を受けるときの確認事項―少年法61条・特定少年・被害者情報(AI作成)

目次

第1 結論第2 参照資料とその位置付け第3 少年事件の報道対応で検討される六つの要素第4 少年法61条と特定少年第5 弁護士が報道対応前に確認する事項第6 被害者及び家族の情報への配慮第7 一次資料及び関連記事
第1 結論
1 本記事が扱うのは,少年本人,保護者,被害者その他の関係者から依頼を受けた弁護士が報道機関の取材に対応する場面です。裁判所職員側の取材対応は,「裁判所の取材対応」及び「裁判所の報道対応の基礎」で扱います。
2 少年審判は非公開であり,弁護士は,依頼者の意思,守秘義務,少年本人の推知可能性,被害者その他の関係者のプライバシー及び手続への影響を分けて確認する必要があります。報道やSNSですでに流通している情報であっても,弁護士が確認又は提供してよい情報であるとは限りません。
3 少年法61条は,少年本人を推知できる記事又は写真の掲載を原則として禁止しています。ただし,18歳又は19歳の「特定少年」がその時に犯した罪について逆送後に起訴された場合は,略式手続を除き,その段階から同条の適用除外となります。
4 この適用除外は,少年審判の記録やそれまでの非公開手続が公開に変わることを意味せず,被害者,家族その他の第三者のプライバシーまで失わせるものでもありません。

第2 参照資料とその位置付け
1 広報ハンドブック(少年事件編)(令和2年3月版)は,最高裁判所事務総局広報課が,家庭裁判所の広報担当者向けに報道対応の考慮要素を整理した司法行政実務上の参考資料です。法令ではなく,個々の取材に対する回答義務や情報提供請求権を定めるものではありません。
2 同ハンドブックは,令和4年4月1日に施行された特定少年の制度より前の資料です。そのため,現在の報道対応では,同ハンドブックに加えて,改正後の少年法及び公式Q&Aを確認する必要があります。
3 本文でいう「ハンドブックの説明」は資料の記載内容であり,「現行法」はe-Gov法令検索等で確認した条文です。両者を区別します。

第3 少年事件の報道対応で検討される六つの要素
・ 広報ハンドブック(少年事件編)は,裁判所側が回答するか,どこまで回答するか,いつ回答するかを決める際の主な考慮要素として,次の六つを挙げています。弁護士に直接適用される規則ではありませんが,取材対応のリスクを点検するための逆向きのチェック項目として参照できます。
1 正確な報道のために回答する必要性
2 少年及びその家族等に与える影響
3 被害者その他の関係者に与える影響
4 事件の調査及び審判に与える影響
5 護送,鑑別その他の関係機関に与える影響
6 模倣性による非行の伝搬,周辺住民の安全確保等の事件固有の事情
・ これは機械的な点数表ではありません。同ハンドブックも,事件,周囲の状況及び取材事項が毎回異なるため,個別に総合考量すべきであるとしています。

第4 少年法61条と特定少年
1 少年法61条は,家庭裁判所の審判に付された少年又は少年の時に犯した罪により公訴を提起された者について,氏名,年齢,職業,住居,容貌等により事件本人であることを推知できる記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載することを禁止しています。
2 裁判所の少年事件Q&A及び法務省の少年法改正Q&Aによれば,18歳又は19歳の特定少年がその時に犯した罪について逆送後に起訴された場合,略式手続を除き,その段階から推知報道禁止の適用が外れます。
3 したがって,年齢を確認する基準は報道時ではなく行為時であり,適用除外の基準時は逮捕時,家裁送致時又は逆送決定時ではなく,公訴提起時です。また,略式命令の請求がされた場合は適用除外から除かれます。ただし,その後に刑事訴訟法463条1項・2項又は468条2項により通常の規定に従い審判することとなった場合には,少年法68条ただし書の例外があります。
4 特定少年の例外は少年法61条の適用範囲の問題です。名誉毀損,プライバシー,個人情報,証拠や記録の目的外使用及び依頼者との守秘義務など,別の法的・倫理的問題は残ります。
5 少年法61条が禁止するのは,推知報道を新聞紙その他の出版物に掲載することです。既に出版された雑誌を公立図書館が閲覧に供するときの扱いについては,公立図書館は少年の推知報道を載せた雑誌の閲覧を制限できるかで扱っています。

第5 弁護士が報道対応前に確認する事項

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刑事控訴の記録完全性チェックリスト―控訴申立書・公判調書・証拠等関係カード・身柄・記録媒体(AI作成)

刑事控訴では、控訴趣意の検討に入る前に、控訴申立て自体の有効性と、第一審記録の完全性を確認する必要があります。本記事は、控訴申立書、公判調書、証拠等関係カード、身柄関係書類、判決及び記録媒体を、弁護人側で相互照合するための実務チェックリストです。

基準日:令和8年9月16日。現行法令、裁判所の公式資料及び確認済み判例を優先し、大阪高裁刑事部の内部実務資料は「不備を発見するための補助資料」として用いています。

目次

控訴記録の完全性を確認する意味
控訴申立ての入口確認
期限・送達台帳
身柄台帳
証拠・証拠能力台帳
記録・判決整合台帳
控訴申立後の実行順序
資料の位置付けと一次資料の裏付け
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出典

第1 控訴記録の完全性を確認する意味

刑事記録の誤記や欠落は、単なる事務上の問題ではありません。控訴申立ての有効性、期間の起算、身柄拘束の終期、証拠能力、重要主張の存否、判決の根拠及び被害者情報の秘匿に影響し得ます。

点検は、個々の書類を孤立して読むのではなく、出来事→通知・決定→公判調書・証拠等関係カード→記録位置→判決・控訴という連鎖で行います。記録が存在することと、記載が正確で相互に一致することを区別します。

第2 控訴申立ての入口確認
1 確認項目

対象裁判、事件番号、被告人、罪名及び提出先
申立人と申立権、弁護人選任・主任弁護人指定の状態
判決宣告日、送達日、期間起算日及び最終日

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証拠等関係カードの読み方―同意・不同意・採否・撤回・取調べの結審前確認(AI作成)

目次第1 証拠等関係カードの役割第2 最初に確認する基本欄第3 立証趣旨と要証事実第4 同意・不同意・一部同意の読み方1 一部同意は同意部分を特定する2 意見変更の履歴を残す3 証拠能力・必要性に関する意見第5 刑訴法328条の弾劾証拠1 採用の意味を立証趣旨とともに読む2 同一供述者の自己矛盾供述か3 公判前整理手続終了後の請求第6 採用・却下・撤回・取消し第7 取調べの有無・方法・順序第8 公判調書・判決との照合第9 結審前の未処理ゼロ確認第10 資料の位置付けと一次資料第11 関連記事第12 出典
第1 証拠等関係カードの役割

証拠等関係カードは、証拠請求の一覧表にとどまらない。
誰が何をどの立証趣旨で請求し、相手方がどの範囲で同意又は不同意とし、裁判所がどのように判断し、実際に何をどの方法で取り調べたかをつなぐ証拠手続の地図である。
カードに載っていることは、採用され、適法に取り調べられ、判決の基礎にできることと同じではない。

弁護人は、カードを証拠意見書、期日調書、証拠決定書、実際の書証・証拠物・供述調書及び判決書と照合する。
カードの誤記が、一部同意の範囲や判決が引用できる証拠範囲の誤認につながることがある。

第2 最初に確認する基本欄

事件・被告人欄では、併合・分離、複数被告人及び追起訴との対応を確認する。
請求者・証拠番号欄では、検察官請求、弁護人請求又は職権の別と欠番理由を確認する。
標目欄では、書類、証人、被告人供述又は証拠物の特定、作成者及び作成日を確認する。
原本等の別では、原本、謄本、抄本又は写しのどれが請求・提出されたかを確認する。
期日欄では、公判回数、期日外手続及び公判前整理手続を区別する。

同じ表題の書証が複数ある場合は、作成者、作成日、頁及び対象者等で一意に特定する。
証拠番号だけで同一性を推測してはならない。

第3 立証趣旨と要証事実

立証趣旨は、原則としてカード自体から対象が分かるように確認する。
単に「意見書のとおり」又は「同上」とする記載では、後に証拠が何のために取り調べられたか確認できないことがある。
立証趣旨が変更又は拡張された場合は、請求、相手方の意見及び裁判所の判断まで追う。

公訴事実が複数ある事件では、各証拠がどの事実に関するものかを確認する。
示談書等も、特定の公訴事実に関する情状証拠であれば対象事実との対応が問題になる。
判決の認定事実とカード上の対象事実を突き合わせる。

第4 同意・不同意・一部同意の読み方
1 一部同意は同意部分を特定する

一部同意では、不同意部分だけでなく、採用決定の対象となる同意部分を特定する。
抄本が提出されたときは、同意範囲と抄本の内容が一致するか、不同意部分が過不足なく除かれているかを実物で確認する。

2 意見変更の履歴を残す

期日を異にして不同意から同意へ変更したときは、最終結果だけでなく、不同意撤回・同意という経過が分かる必要がある。
期日外で証拠意見を伝えた場合は、証拠意見書又は電話聴取書等が記録に編てつされているかも確認する。

3 証拠能力・必要性に関する意見

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刑事公判調書の確認と異議申立て―整理時期・記載漏れ・控訴記録送付(AI作成)

目次

公判調書の意味
整理時期と閲覧のタイミング
異議申立てができる者と期間
確認すべき記載事項
異議申立書の作り方
異議期間と控訴記録送付
令和9年までの電子化改正との区別
資料の位置付けと未確認裁判例
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出典

公判調書は、公判期日に行われた訴訟手続を証明する中心的な記録です。重要な主張、異議、証拠決定、訴因変更又は最終陳述が実際に行われていても、調書に正確に残っていなければ、控訴審でその手続を主張・立証する際に重大な支障が生じます。本記事は、公判調書の整理時期、閲覧、異議申立て及び控訴記録送付との関係を整理します。

基準日:令和8年9月16日。令和9年3月31日までの間に政令で定める日に施行される電子化関係の改正後条文とは区別して、現在施行されている刑事訴訟法及び刑事訴訟規則に基づいて説明します。

第1 公判調書の意味

刑事訴訟法52条は、公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによって証明できると定めています。そのため、公判調書の正確性は、控訴理由として訴訟手続の法令違反を主張する場合の前提になります。

供述内容そのものだけでなく、誰が出頭し、誰がどの訴訟行為をし、裁判所がどの決定をし、証拠をどのように取り調べたかも重要です。弁護人は期日メモ、提出書面、証拠意見書及び証拠等関係カードを、公判調書と相互照合します。

第2 整理時期と閲覧のタイミング

刑事訴訟法48条3項は、公判調書を各公判期日後速やかに、遅くとも判決宣告までに整理することを原則とし、判決宣告期日の調書等について例外的な整理期限を設けています。刑事訴訟規則52条は、この例外により整理された調書について、異議申立期間との関係では、法定の最終日に整理されたものとみなします。

実務上は、重要な期日の後に調書の整理状況を確認し、整理済みになったら早期に閲覧します。特に、判決宣告期日の調書が後日整理される場合は、整理日と閲覧日を記録し、異議期間を独立して管理します。裁判所からの口頭説明だけでなく、いつ整理されたかを後に確認できる証跡を残すのが安全です。

第3 異議申立てができる者と期間
1 申立権者

刑事訴訟法51条1項により、検察官、被告人又は弁護人は、公判調書の記載の正確性について異議を申し立てることができます。異議が申し立てられたときは、その旨を調書に記載しなければなりません。

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