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前科抹消があった場合の取扱い(AIリライト)

第1 「前科抹消」の意味

1 結論

「前科抹消」は,法律上の一つの制度を示す用語ではない。刑の言渡しの効力が失われること,資格制限がなくなること,犯罪経歴証明書に「犯罪経歴なし」と記載されること,検察庁・警察・市区町村が保有する情報が消除されること及び就職・海外渡航の質問に対する回答は,それぞれ根拠と効果が異なる。

したがって,「前科が抹消されたか」という一問だけでは結論を出せない。①どの刑事処分を受けたか,②いつ確定し,いつ刑の執行又は猶予期間が終わったか,③何の制度について判断するのか,④その制度の基準時にどの法令・通達・外国法が適用されるかを順に確認する必要がある。

2 主な制度の違い

制度・場面主な効果それだけでは意味しないこと
刑の全部の執行猶予原則として猶予期間の経過により刑の言渡しが効力を失う有罪判決を受けたという過去の事実や全ての行政記録の消去
刑の一部の執行猶予猶予期間の経過により刑が減軽され,実刑部分の終了日に刑の執行を終えたものとされる刑の言渡し全体の直ちの効力喪失
刑法34条の2所定の期間に罰金以上の刑に処せられなければ刑の言渡し等が将来に向かって効力を失う判決歴そのものの消滅や全ての保有情報の消去
大赦・特赦・復権大赦・特赦は刑の言渡しの効力に,復権は資格回復に作用する既に生じた法律効果の当然の巻戻し
犯罪経歴証明書警察庁通達所定の場合に「犯罪経歴なし」として証明される検察庁・警察・市区町村の保有情報の消去
少年法60条少年時の罪に関する刑について資格法令上の特則が働く前歴・判決歴の一般的な消滅

第2 刑の言渡しの効力が失われる場合

1 刑の全部の執行猶予

刑法27条1項は,刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過したときは,刑の言渡しが効力を失うと定めている。これは旧記事が引用していた刑法27条の2ではなく,刑法27条の問題である。

もっとも,猶予期間内に更に犯した罰金以上の刑に当たる罪について公訴が提起されている場合には,猶予期間経過後も刑の言渡しの効力が継続することがある。他方で,刑法27条3項は,その効力継続期間でも,刑法34条の2や人の資格に関する法令等の適用について刑の言渡しが効力を失っているものとみなすため,令和7年6月1日施行の改正後の同条を適用場面ごとに確認する必要がある。

2 刑の一部の執行猶予

刑法27条の71項によれば,刑の一部の執行猶予を取り消されることなく猶予期間を経過したときは,拘禁刑は執行が猶予されなかった部分を刑期とする刑に減軽される。その上で,実刑部分の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日に,刑の執行を受け終わったものとされる。

したがって,一部執行猶予では,猶予期間の経過だけで刑の言渡し全体が直ちに効力を失うわけではない。刑法27条の7によって定まる刑の執行終了日を起点として,刑法34条の2の要件を別に検討することになるが,猶予期間中に犯した罪について公訴が提起された場合には同条2項以下の特則にも注意を要する。

この場合も,刑法27条の7第3項は,効力継続期間における刑法34条の2や人の資格に関する法令等の適用について,刑が減軽され,実刑部分の終了日に執行を受け終わったものとみなす。全部・一部執行猶予のいずれについても,「効力が継続するか」という抽象的な問いだけでなく,どの条文・資格に適用するための判定かを特定しなければならない。

3 刑法34条の2による刑の消滅

刑法34条の21項によれば,拘禁刑以上の刑は,刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た後,罰金以上の刑に処せられないで10年を経過したときに効力を失う。罰金以下の刑は,刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た後,罰金以上の刑に処せられないで5年を経過したときに効力を失う。

同条2項は,刑の免除の言渡しが確定した後,罰金以上の刑に処せられないで2年を経過したときに,その言渡しが効力を失うと定めている。ここでいう「刑の免除の言渡し」と,1項の期間の起点となり得る「刑の執行の免除」は別の概念であり,10年・5年・2年の三つの期間を区別する必要がある。

4 大赦・特赦・復権

恩赦法上,大赦及び特赦は刑の言渡しの効力を失わせる制度であるのに対し,復権は刑の言渡しによって喪失又は停止された資格を回復する制度である。個別恩赦については,中央更生保護審査会の審査等を経るため,本人の一方的な申立てだけで当然に効果が生ずるものではない。

また,恩赦法11条は,刑の言渡しの効力が失われ又は復権が行われても,刑の言渡しに基づいて既に生じた効果は変更されないと定めている。刑事裁判の効果と,既に終了した行政処分,懲戒処分又は私法上の法律関係とは分けて検討すべきである。

5 少年時の罪に関する特則

少年法60条は,少年のときに犯した罪について刑の執行を終わり又は執行の免除を得た場合に,人の資格に関する法令の適用上,刑の言渡しを受けなかったものとみなす特則を置いている。これは資格法令の適用に関する特則であり,有罪判決の歴史的事実又は全ての記録を一般的に消滅させる規定ではない。

第3 刑の効力喪失後も区別して考えるべき記録

1 有罪判決を受けたという過去の事実

最高裁昭和29年3月11日第一小法廷判決(昭和27年(あ)第3419号,刑集8巻3号270頁)は,刑の言渡しが効力を失うとは,その言渡しに基づく法的効果が将来に向かって失われる趣旨であることを示している。刑の言渡しの効力が失われても,有罪判決を受けたという過去の事実まで存在しなかったことになるわけではない。

同判決の多数意見は,効力を失った罰金刑の事実を,被告人の経歴,性格,年齢,境遇等とともに量刑上参酌することも許されるとした。刑の言渡しに基づく法定の効果と,残る歴史的事実を一般情状として考慮することを区別した判断であり,この点については反対意見が付されている。

この区別は,前科情報のプライバシー保護と両立する。過去の事実が残ることは,誰でも自由に収集,照会又は公表できることを意味せず,利用目的,必要性及び情報主体の不利益を別に検討しなければならない。

2 犯罪経歴証明書

海外の官公庁等へ提出する犯罪経歴証明書の現在の取扱いは,警察庁の「犯罪経歴証明書発給要綱の制定について(通達)」(令和8年4月1日)による。同通達は,国内申請者について原則として関係する都道府県警察本部を申請先・発給機関とし,特別の場合に警察庁長官が発給すると定めている。

同通達は「犯罪経歴」を罰金以上の刑の言渡しを受けた経歴と定義した上で,証明書上「犯罪経歴なし」と扱う場合を定めている。その場合には,①全部執行猶予の期間を取消しなく経過した場合,②拘禁刑以上の刑の執行終了又は免除後10年間,罰金以上の刑に処せられなかった場合,③罰金以下の刑について同様に5年間を経過した場合,④大赦・特赦又は復権を受けた場合,⑤所定の交通反則関係,⑥少年法60条の適用がある場合,⑦刑の言渡しを受けた後にその刑が廃止された場合が含まれる。

刑の一部の執行猶予の期間満了は,それ自体では独立した「犯罪経歴なし」の事由に掲げられていない。また,刑法34条の2第2項の刑の免除の言渡しは同通達に独立の事由として転記されていないため,刑法上の効力喪失と証明書の判定基準を同じものとして扱うべきではない。

なお,現在の申請書様式は,大赦・特赦又は復権を受けた場合に特赦状又は復権状を添付するよう注記している。証明書に「犯罪経歴なし」と記載されることは,検察庁,警察又は市区町村が保有する全ての情報が消去されたことを意味しない。

3 検察庁・警察が保有する情報

法務省の「犯歴事務規程」は,検察庁における犯歴情報の把握,訂正及び管理を定めるものである。同規程は死亡を知った場合の犯歴票及び犯歴データの抹消を定めており,刑法34条の2によって刑の言渡しが効力を失ったことだけを理由として直ちに全ての情報を消去する制度にはしていない。

警察が保有する指紋,顔画像等についても,刑の言渡しの効力喪失とは別の法的問題がある。日弁連の「犯罪捜査における個人識別情報等の取扱いに関する意見書」(令和7年6月19日)は,保存・消去の要件及び消去請求権を法律で定めるよう提言しているが,これは現行法の内容そのものではなく立法提言である。

犯罪経歴証明書の発給時に採取した指紋については,前記警察庁通達が,証明書交付後にその指紋記録等を消去・廃棄することを定めている。これは申請のため新たに採取した指紋資料の取扱いであり,捜査等により既に保有されている指紋・顔画像等の一括消去を意味しない。

4 市区町村の犯罪人名簿

市区町村の犯罪人名簿は,選挙資格等に関する通知を処理するため,各自治体の規程等に基づいて調製・管理される行政内部の資料である。記載事項を閉鎖,削除又は消除する時期と方法は自治体の規程・運用によって表現を含めて異なり得るため,全国一律の方法で消えると断定することはできない。

山中利明『前科登録と犯歴事務〔五訂版〕』(日本加除出版,2016年)26頁~28頁は,当時の市区町村実務を紹介している。もっとも,現在の具体的な取扱いは,当該自治体の現行規程と法務省・検察庁からの通知関係を個別に確認する必要がある。

第4 資格制限への影響

刑の言渡しによる欠格事由や登録拒否事由は,それぞれの資格・許認可に関する法律が個別に定めている。刑法27条,刑法34条の2,恩赦法又は少年法60条の効果を確認した上で,基準日現在の個別法における刑の種類,罪名,経過期間及び裁量的拒否事由を照合しなければならない。

刑の言渡しの効力が将来に向かって失われても,その前に既に確定した処分や法律関係が当然に遡って覆るとは限らない。また,欠格事由がなくなることと,適格性審査で過去の事実を考慮できるかどうかも同じ問題ではない。

第5 前科情報の照会とプライバシー

1 最高裁判例

最高裁昭和56年4月14日第三小法廷判決(昭和52年(オ)第323号,民集35巻3号620頁)は,前科及び犯罪経歴が人の名誉・信用に直接関わる事項であり,みだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を認めた。同判決は,京都市中京区長が照会の必要性を具体的に審査せず,前科等の全てを一括回答した事案について違法と判断している。

同判決は,前科等に関する弁護士会照会への回答が常に許されないとしたものではない。照会目的,必要性,対象となる情報の範囲,経過期間及び本人の不利益を具体的に衡量し,漫然と包括回答しないことを求めたものと理解すべきである。

2 弁護士会照会

日弁連「弁護士会照会制度に関する会長声明」(平成30年12月21日)は,照会を受けた公務所又は公私の団体には,正当な理由がない限り報告すべき義務があるとの一般論を示している。もっとも,前科情報については前記最高裁判決が示す高度のプライバシー保護が働くため,一般的な報告義務だけから回答の可否を決めることはできない。

前科情報を対象とする照会では,請求や防御のために必要な罪名・時期等へ範囲を限定できるかを検討する必要がある。刑の言渡しの効力が失われた後も歴史的事実が残ることと,第三者への提供が許されることとは別である。

第6 採用・就労における取扱い

1 応募者・労働者の側

仙台地裁昭和60年9月19日判決(昭和55年(ワ)第378号,労働判例459号40頁,裁判所HP未掲載)は,履歴書の「賞罰」欄が通常は確定した有罪判決を意味するとした上で,刑の言渡しの効力が失われた前科について,特段の事情がない限り告知すべき「賞罰」に当たらないと判断した。もっとも,特定の資格,職種又は安全上の必要性に結び付く質問まで一律に回答不要とする判例ではない。

採用時の回答義務は,質問の文言,業務との関連性,法令上の欠格事由,刑の効力喪失の有無及び採否への影響を個別に検討すべきである。「前科が抹消されたからどのような質問にも過去を否定してよい」と一般化することはできない。

2 使用者の側

個人情報保護法は,犯罪の経歴を要配慮個人情報として扱っている。逮捕,捜索,勾留,公訴提起その他の刑事手続を受けた事実も,個人情報保護委員会の通則編Q&Aに照らして慎重な取扱いを要する。

また,厚生労働省の「公正な採用選考の基本」及び「採用選考時に配慮すべき事項」は,応募者の適性・能力に関係しない事項を把握しない採用選考を求めている。企業は,前科等の情報を広く収集するのではなく,法令上の必要性と職務との合理的関連性を先に確認すべきである。

第7 旅券及び外国への入国

1 日本の旅券

旅券法13条は,一定の刑事事件関係者等について旅券を発給しないことができる場合を定めている。過去に前科があるというだけで一律に旅券が発給されない制度ではなく,外務大臣は同条の要件に従って個別に判断する。

外務省の「こんな時,パスポートQ&A」も,申請書の刑罰等関係欄に該当する可能性がある場合の手続を案内している。「拘禁刑終了後8か月で必ず旅券を取得できる」といった全国一律の公表基準は確認できないため,申請時の事実を正確に申告して個別審査を受ける必要がある。

2 外国への入国

外国への入国可否は,日本法上の刑の効力喪失や犯罪経歴証明書の記載だけで決まらず,渡航先の移民法令と申請書の質問文によって決まる。日本の証明書が「犯罪経歴なし」であっても,外国の申請書が過去の有罪判決,逮捕又は薬物犯罪等を尋ねている場合には,その質問の定義と期間に従って回答する必要がある。

米国のESTA申請は,全ての有罪判決を一律に尋ねる形式ではなく,重大な財産損害・人身被害等に関わる犯罪や薬物法違反等について個別の質問を置いている。ESTAを利用できない場合でも直ちに入国が永久に不可能になるとは限らず,米国国務省の不許可事由の案内を踏まえて査証申請等を検討することになる。

カナダには刑事上の入国不許可と更生認定に関する公式案内があり,オーストラリアには人物要件に関する公式案内がある。いずれも罪名,刑,経過期間等によって取扱いが変わるため,日本の「前科抹消」という表現だけで回答を決めてはならない。

第8 確認の手順

前科の取扱いを判断するときは,①判決書,略式命令,処分通知書,釈放証明書等により処分と日付を特定し,②全部・一部執行猶予,刑法34条の2,恩赦又は少年法60条のどれが問題となるかを整理し,③資格,証明書,保有記録,就職,照会又は渡航のどの制度について回答が必要かを特定する。その上で,④基準日現在の法令,通達,自治体規程又は外国の公式設問を確認し,⑤必要な範囲で原本資料を添えて申請先又は専門家に照会するのが安全である。

刑の一部の執行猶予と刑法34条の2の期間計算については,「前科がなくなる時期」も参照されたい。ただし,個別事件では猶予期間中の再犯・公訴提起,刑の執行の免除,複数刑及び法改正の経過措置が関係し得るため,日付だけの簡易計算で結論を出さないことが重要である。

第9 出典・参考資料

1 法令・通達

刑法(27条,27条の7,34条の2)を参照した。②恩赦法(3条,5条,9条,10条,11条)及び少年法(60条)を参照した。

旅券法(13条)及び個人情報の保護に関する法律(2条3項)を参照した。④警察庁「犯罪経歴証明書発給要綱の制定について(通達)」(令和8年4月1日)及び法務省「犯歴事務規程」(令和7年5月29日最終改正)を参照した。

2 裁判例

最高裁昭和29年3月11日第一小法廷判決(昭和27年(あ)第3419号,刑集8巻3号270頁)を参照した。②最高裁昭和56年4月14日第三小法廷判決(昭和52年(オ)第323号,民集35巻3号620頁)を参照した。

③仙台地裁昭和60年9月19日判決(昭和55年(ワ)第378号,労働判例459号40頁)は,裁判所HP未掲載である。同判決は,掲載誌及び後掲文献によって内容を確認した。

3 公的資料

①日弁連「犯罪捜査における個人識別情報等の取扱いに関する意見書」(令和7年6月19日)及び「弁護士会照会制度に関する会長声明」(平成30年12月21日)を参照した。②個人情報保護委員会「個人情報保護法に関するQ&A」,厚生労働省「公正な採用選考の基本」及び「採用選考時に配慮すべき事項」を参照した。

③外務省「こんな時,パスポートQ&A」,米国国土安全保障省「ESTA申請」,米国国務省「Visa Denials」を参照した。④カナダ移民・難民・市民権省「Overcome criminal convictions」及びオーストラリア内務省「Character requirements」を参照した。

4 文献

①山中利明『前科登録と犯歴事務〔五訂版〕』(日本加除出版,2016年)26頁~28頁を参照した。②山中利明『犯歴事務解説〔五訂版〕』(日本加除出版,2016年)118頁~129頁を参照した。

③菊田幸一編『前科登録と犯歴事務』(日本加除出版)及び刑事実務・労働実務の関連文献は,制度史と裁判例の探索に用いた。本文の現行制度に関する記述は,法令,通達及び公的資料で改めて確認した。

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