交通事故

物損に関する示談

目次
第1 総論
第2 損害保険の調査会社
第3 車両修理費又は買換差額費
1 総論
2 車両時価額の算定方法
3 レッドブック
4 板金又は部品交換
5 塗装
6 買換諸費用
第4 評価損(格落ち損)及び修復歴車(事故車)
1 評価損
2 修復歴車(事故車)
第5 代車使用料又は休車損害及び保管料
1 代車使用料
2 休車損害
3 保管料
4 代車使用時の交通事故の取扱い
第6 積荷,着衣,携行品等の損害
第7 レッカー代
第8 慰謝料
第9 対物賠償責任保険との関係
第10 車両保険との関係
第11 関連記事その他

* 弁護士費用特約を使える場合を除き,物損単独のご依頼は一切,引き受けていません。

第1 総論
1 物損に関して示談をする場合,任意保険会社に対し,損害を受けた物品の購入金額,購入時期等を申告したり,損害を受けた物品の写真を提出したりして,物損の損害額を確定する必要があります。
   そして,任意保険会社と合意した過失割合に基づいて示談を成立させることとなります。
2 損害を受けた携行品の写真を撮る場合,①携行品全体の写真及び②品番・型番等が分かる部分の写真の両方を撮ってください。
3(1) 車両につき損害を受けた箇所の写真だけしか撮らなかった場合,車両全体のどの場所の写真であるかが分かりません。
   そのため,損害を受けた車両の写真を撮る場合,車両全体の写真及び損害を受けた箇所の写真の両方を取って下さい。
(2) 加害者側の損害保険会社との間で車の修理費に関する合意が成立する前に廃車手続をする場合,事前に自動車検査証,軽自動車届出済証又は標識交付証明書のコピーをとっておいてください。
4 物損の示談が成立するまでの間,損害を受けた物品の現物のほか,保証書等の書類を残しておいた方がいいです。
5 任意保険会社における物損担当者及び人損担当者は通常,異なります。
6 実際に修理の依頼をせずに自動車又はバイクの修理見積書だけを作成してもらった場合,修理見積書の作成手数料を請求されることがありますから,事前に作成手数料を確認しておいた方がいいです。

第2 損害保険の調査会社
1(1) 損害保険の調査会社には損保系と独立系が存在します。
(2) 損害保険の調査会社にとって損害保険会社は顧客であり,調査委託契約を介して取引関係が発生しています。
そのため,損害保険会社は損害保険の調査会社に対して調査料を支払う立場にありますから,絶対的に優位な立場にあるそうです(交通事故被害者を2度泣かせないHP「「第三者機関」としての損害保険調査会社」参照)。
(3)   クルマ対クルマのような過失割合事案以外のもの,すなわち,クルマ対人などのばあいは,バックで保険会社が拮抗する関係がそもそも成立しないのだから,調査はあくまで保険会社のための調査であって,保険契約者のためでもないし,事故被害者のためではもちろんないそうです(交通事故被害者を2度泣かせないHP「「第三者機関」としての損害保険調査会社」参照)。
2 保険調査員は,交通事故の現場,交通事故の当事者及び警察を訪問して調査をするそうです(交通事故被害者を2度泣かせないHP「交通事故の被害者は一方的に不利な立場にある」参照)。
3   保険調査員は会話を録音することはまずないみたいです。
    また,事故調査に必要な七つ道具は,①ロードメジャー,②巻き尺,③傾斜計測器,④ストップウォッチ,⑤ビデオ,⑥デジカメ及び⑦録音機であるそうです(交通事故被害者を2度泣かせないHP「事故調査に必要な道具」参照)。
4 保険調査上の「べからず」として,①遅刻をするべからず,②女性宅に入るべからず,及び③利益を受け取るべからずがあるそうです(交通事故被害者を2度泣かせないHP「保険調査を行う上で,決してやってはいけないこと」参照)。
5 交通事故被害者を2度泣かせないHP「事故車の傷の見方」には,「破損部の見方・10か条」として以下のことが書いてあります。
① 傷は相対的に見よ。
② 破損部は、互いに相手側に証拠を残す。
③ 損傷部位、部品の移動方向に注意せよ。
④ 整合性は、傷の高さで見よ。
⑤ 時には、一次衝突損傷と二次衝突損傷とが重なっていることがある。
⑥ 衝突変形により車輪は拘束されたかに注意せよ。
⑦ 傷には、押し込み変形と引きずり変形とがある。
⑧ 押しつぶされ痕と押し上げられ痕に注意。
⑨ 車室内の乗員の二次衝突痕に注意。
⑩ 古傷は錆で見分けよ。


第3 車両修理費又は買換差額費
1 総論

(1)ア ①車両を物理的に修理できない物理的全損の場合,又は②修理費が事故時の時価額及び買換諸費用(事故車両の時価相当額に対する消費税は常に含まれます。)を上回る経済的全損の場合,修理費ではなく,交通事故直前の車両時価額に買換諸費用を含めた額から,事故車両の下取り価格を差し引いた金額である買換差額費が損害額となります。
イ   全損ではない場合,相当な額の車両修理費が損害額となります。
(2) 修理費については通常,修理工場の見積り又はアジャスター(物損事故調査員)の査定のとおりの金額が認められます。
(3) 交通事故とは無関係の修理部分に関する費用を請求したり,破損していない部品の交換費用を請求したりして,そのことが後で発覚した場合,人損部分の損害賠償も含めて任意保険会社の態度が非常に厳しくなりますから,絶対に止めて下さい。
(4) 自動車のそれぞれの部品が自動車のどの部分にあるかについては,JFEスチール株式会社HPの「自動車」を見れば分かります。
    損傷箇所として良く出てくるパネルの名称については,同社HPの「外板・内板パネル」を見れば分かります。
(5) 所有者は,車両の価値の下落による損害を現実に被っていますから,修理をする予定がなくても修理費相当額の損害賠償を請求できると解されています(大阪地裁平成10年2月24日判決)。
(6) 洗車機については,GAZOO HP「こんなに進化!最新の洗車機がすごいことになっている。」(平成29年9月9日付)が参考になります。
2 車両時価額の算定方法
(1)ア いわゆる中古車が損傷を受けた場合,当該自動車の事故当時における取引価格は,原則として,これと同一の車種・年式・型,同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額によって定めるべきであり,右価格を課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法によって定めることは,加害者及び被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情のないかぎり,許されません(最高裁昭和49年4月15日判決)。イ  具体的には,メーカー,グレード,走行距離,車検残期間,修復歴の有無といった基準に基づき以下のHPで中古車販売価格を調べることが多いです。
① ズバット車買取比較HP「中古車の査定相場」
② カーセンサーnet「メーカー・車名一覧から中古車検索:メーカー一覧」
③ Goo-net(グーネット)
④ GooBike(グーバイク)ウ ココカラハジメル.com(中古車オークション参加事業者のための便利サイト)「グレード検索」を使えば,車検証の型式指定及び類型区分からグレードを調査できます。
(2) ①事故車両と近似する車両が中古車市場に流通していない場合,又は②車両の年式が相当古い場合等で,中古車市場での取得価格を算定することができない場合,減価償却の一手法である定率法を用いて車両の時価を算定することがあります(減価償却率につき,車査定マニアHP「自動車の耐用年数とそれに対する減価償却率」参照)。
    この場合,使用年数が5年を超える車両については,形式的に購入価格の10%が時価として査定されることがあります。
(3) 中古車の毎年の値下がり率は約30%であるといわれています(外部HPの「中古車価格の下がり方・推移の仕方」参照)。
(4)ア 自動車ファン.com「中古自動車のクラス分け 特C・特B・特A・Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・軽が産んだもの」にあるとおり,JAAI(日本自動車査定協会)は,中古車を査定するために「中古自動車査定基準」を作成しており,その中で車をクラス分けしています。
イ ハウモbyモーターマガジン「こんなクルマは減額される!査定額が低くなる9つの原因とリセールバリューを保つ方法を紹介」によれば,「1年1万kmより多く走行している車は、平均より消耗しているとクルマ業界では判断し、車の値下げの目安としています!」とのことです。
(5) 中古車価格を査定する際の注目点については,一般財団法人日本自動車査定協会東京都支所HP「査定道場」に一通り書いてあります。
3 レッドブック
(1)ア   損保会社は通常,オートガイド自動車価格月報(通称:レッドブック)に基づく価格を主張してきます。
レッドブックには,初度登録年月ごとに,メーカー・車名・仕様・認定型式・通称型式ごとに,中古車価格(下取),中古車価格(卸売),新車発売当時の価格及び中古車小売価格が載っています(レッドブックHPの「国産乗用車Sample」参照)。
イ レッドブックは,①国産乗用車,②トラック・バス,③二輪車・軽四輪車及び④輸入自動車の4冊シリーズとなっています。
ウ レッドブック記載の中古車小売価格に消費税は含まれていません。
(2)ア CARHACK「車のリアル査定額が筒抜け!レッドブックの閲覧・見方・利用法の全て」が載っています。
イ 車わかーるHP「「レッドブック」の見方と使い方!これだけは知っておきたい知識まとめ 」(平成30年11月26日付)が載っています。
(3) 大阪弁護士会館5階の図書室には,レッドブックの4冊シリーズのバックナンバーが置いてあります。
(4)ア レッドブック記載の中古車小売価格は,カーセンサーnetGoo-net(グーネット)GooBike(グーバイク)といったインターネットでの中古車販売価格を下回ることが多いです(菅藤法律事務所HP「経済的全損におけるレッドブックの重みは?」参照)。
イ 東京地裁平成16年4月22日判決(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
     車両の時価額は,同種車両であっても,車歴・使用月数・走行距離・整備状態等によって異なるところ,乙4は,市場情報を参考に平均的な中古車価格を予想したもので(乙4の「まえがき」参照。),通常の走行距離を前提とする価格であると考えられるが,原告車両は初度登録こそ平成2年10月であるものの,走行距離は3万km前後と,初度登録から12年以上経過している車両としては極めて短い走行距離であると評価すべきことからすれば,乙4をもって原告車両の価格を認定することは相当ではない。
ウ 旭川地裁平成27年9月29日判決(判例秘書掲載)は中古車業者6社への照会結果,中古車販売情報サイトの販売情報をもとにして車両時価額が認定された事例です。
4 板金又は部品交換
(1) 車両に発生したへこみについては,板金(専門の工具を使ってたたいたり,引いたりすることによって修理すること)で対応できない場合に限り,バンパー又はパネルといった部品の交換の費用が認められます(作業内容につき,外部HPの「板金工程」及び「板金ができない修理(パネル交換)」参照)。
(2) パネル交換であっても,外板の取付状態によって過去に脱着した痕跡があるかどうかを確認すること等によって,パネル交換があったことが分かるみたいです(外部HPの「ボディ外板」参照)。
5 塗装
(1) 塗装とは,板金による修復作業や部品交換後,車を元通りの色に復元するために塗料原色を調合し,スプレーガンで車体や部品に塗料を吹きつけ,仕上げることをいいます(作業内容につき,外部HPの「塗装工程」参照)。
破損部分に関する部分塗装だけでは他の部分との差が明確で著しく美観を害するような場合を除き,部分塗装の費用しか認められません。
(2) 全塗装であっても,マスキング跡,隠れた部分への塗料の飛沫のほか,エンジンルーム内や各パネルの裏の部分と外側が異色であるかどうかによって,全塗装があったかどうかが分かるみたいです(外部HPの「ボディ外板」参照)。
6 買換諸費用
(1)ア 全損における買換諸費用として以下のものが認められます。
① 事故車両の時価相当額に対する消費税(常に問題となります。)
② 買換のため必要になった登録,車庫証明及び廃車に関する法定の手数料相当分
③ ディーラー報酬部分(登録手数料,車庫証明手数料,納車手数料,廃車手数料)のうちの相当額
④ 自動車取得税(事故車両と同程度の中古車両に関するもの)
イ 「クルマ購入時の費用及び税金等」も参照してください。
(2) 全損した車両について前納していた自動車税(還付されない軽自動車税は除く。),自動車重量税及び自賠責保険料は,事故車両を廃車にすることによって還付を受けることができます(ただし,自動車重量税及び自賠責保険料を還付してもらうためには,そのための申請が必要です。)。
    そのため,事故車両の自動車税,自動車重量税及び自賠責保険料の未経過分は,損害としては認められません。


第4 評価損(格落ち損)及び修復歴車(事故車)
1 評価損
(1) 評価損とは,事故車両を修理に出したにもかかわらず,機能的・美観的な欠陥の残存,又は事故歴の存在自体により減少した市場価値のことです。
前者を理由とする評価損は認められやすいものの,後者を理由とする評価損はなかなか認めてもらえません。
(2) 評価損の有無及びその額については,損傷の内容・程度,修理の内容,修理費の額,初年度登録からの経過期間,走行距離,車種(いわゆる高級車であるか)等を考慮して判断します。
(3) 日本自動車査定協会の事故減価額証明書(同協会東京支所の「評価損(事故落ち)」参照)の証拠価値は概ね認められているようですが,必ずしもその数値がそのまま評価損と認められるものではなく,それより低めに算定されている裁判例が多いそうです(外部HPの「修理費用について」参照)。
2 修復歴車(事故車)
(1) 交通事故等で損傷を受けた車両のすべてが「修復歴車」(いわゆる「事故車」)に該当するわけではないのであって,交通事故等で自動車の骨格等に修復歴のあるものだけが「修復歴車」となります。
    つまり,交通事故等により,自動車の骨格等に欠陥を生じたもの,又はその修復歴のあるものは,商品価値の下落が見込まれるので,「修復歴車」となるわけです(日本自動車査定協会(日査協,JAAI)HPの「修復歴の考え方」参照)。
イ ハウモbyモーターマガジン「こんなクルマは減額される!査定額が低くなる9つの原因とリセールバリューを保つ方法を紹介」によれば,フレーム(サイドメンバー),クロスメンバー,インサイドパネル,ピラー,ダッシュパネル,ルーフパネル,フロア又はトランクフロアが損傷を受けた場合に修復歴ありとされるみたいです。
(2) 外部HPの「修復歴車でも安全性のレベルは3つのランクに分けられる」によれば,①車の正面部の損傷は三つのレベルに分けることができる, ②車両後方の損傷については,トランクルーム内部まで損傷が及んでいる場合は購入は控えるべき,③車両側面の損傷については,車全体に衝撃が伝わっており,安全面にかなり問題があるため,購入は控えるべきとのことです。
(3) 車両前方(=フロント)の損傷は,エンジンの他,ハンドルを司るタイヤ操作等に影響が出るため,車両後方の損傷よりもリスクが上がります(外部HPの「修復歴あり(事故歴あり)の車を購入する,買う場合の注意事項」参照)。


第5 代車使用料又は休車損害及び保管料
1 代車使用料
(1) 代車使用料は,①普段の通勤,幼稚園・保育園の送迎,病院への通院等に使っていて,②電車等の代替の交通手段がないために代車を使用する必要があり,③他に車を持っていないため実際にレンタカー等を利用していた場合に限り,④相当な修理期間又は買換期間を限度として,⑤事故車両と同種の車両又は同等のグレードの車両の代車料を基準として認められるに過ぎません。

(2) 対物賠償保険に加入している場合,事故車の修理業者と保険会社との間で,修理方法・内容等について協議し,協定を結んだ上で修理をするのが一般的であるため,この交渉期間も含めて相当な修理期間が判断されますところ,通常は1週間から2週間ぐらいです。
(3) 物理的全損の場合,物損の示談成立に数ヶ月かかったとしても,物損の示談成立までの代車使用料の全額が損害として認められることはあり得ないのであって,被害車両と同等の車両を買い換えるのに必要な期間(2週間が目安と思われます。)が相当な買換期間とされることが多いです。
(4) 経済的全損の場合,経済的全損であることが判明するまでの期間,及びそれから被害車両と同等の車両を買い換えるのに必要な期間(2週間が目安と思われます。)が,相当な買換期間とされることが多いです。
(5) 東京地裁平成18年4月18日判決(判例秘書に掲載)には,「一般に,保険会社は,当初は,代車使用の必要性等が明確ではないことから,内払の形で,一応代車使用の必要性を認めて代車料の支払等に応じるものの,その後,裁判等において,代車使用の必要性を争い,代車使用の必要性が否定された場合には,既に代車料として支払った金額について,別損害への填補を主張することは少なくない。そして,保険会社が,通常,代車使用の必要性の有無にかかわらず,代車料の支払又は代車の提供を認め,後に代車使用の必要性が否定された場合であっても, これを一切争わないとする趣旨の合意をするとは考え難い。したがって,そのような趣旨の合意の存在が認められない以上,当初は代車使用の必要性を認めていた保険会社が代車使用の必要性を争う主張をすることは禁反言に反し許されないと解することはできない。」と書いてあります。
2 休車損害
(1) 事業用自動車(=緑ナンバーの車)については,車両の修理,買い替え等のためこれを使用できなかった場合,修理相当期間又は買替相当期間につき,営業を継続していたであれば得られたであろう利益が損害として認められます。
ただし,代車使用料が認められる場合,休車損害は認められません。
(2) 事業用自動車については,営業主において,事故車以外の代替可能な有休車を有しており,それを利用することが可能であった場合には,それを利用することによって営業損害の発生を回避できますから,休車損害は認められないことが多いです。
(3) 休車損害は,一般に,以下のとおり算定されます。
(被害車両の1日当たりの売上高-変動経費(燃料費等))×必要な休車期間
(4) 交通事故被害者を2度泣かせないブログに「休車損害の算定」が載っています。
(5) 名古屋地裁令和5年6月28日判決(判例タイムズ1517号(2024年4月号))は,いわゆる休車損害について民事訴訟法248条を適用して損害額を認定した事例です。
3 保管料
   経済的全損であることが判明するまでの期間の保管料を請求できることがあります。
4 代車使用時の交通事故の取扱い
車なんでも.com「代車で事故を起こしてしまったら?代車は保険に入っているの?」には以下の記載があります。
① 多くの車屋はお客様に貸した代車での事故の場合、代車に保険が掛かっていたとしてもお客様の保険で対応するようにお願いしています。
  理由としては、保険を使ったことにより保険等級が下がり翌年から保険料が上がることを避けるためです。
② 代車を貸すお客様以外の人(車を所有していない人)が乗ることも考えなくてはいけないので、代車には自動車保険を掛けている車屋が多いです。
③ 正直、車屋や修理屋の代車はサービス(無償)がほとんどなので、店ごとに代車に関しての損害の考え方が大きく違ってきますね。
   なので、代車を借りる時に事故やトラブルを起こした時の不安があれば、一般的にどのような対応(お客様の金銭面での負担)なのかを基準にするのではなく、その店がどのような対応(対処)をするのかを直接聞くってことが大事ですね。

第6 積荷,着衣,携行品等の損害
1   ①事故車両に積んでいた荷物(カーナビ等を含む。),②事故時の着衣,及び③事故時に身に付けていたヘルメット,時計,携帯電話等の携行品については,購入価格を基準として,一定の減価償却をした金額が損害額となります。
2 減価償却に当たっては,個々の携行品の耐用年数を設定した上で,定額法により計算されることが通常です。
   ただし,個々の携行品の耐用年数については明確な基準がありません。
3(1) 義肢,歯科補てつ,義眼,眼鏡(コンタクトレンズを含む。),補聴器,松葉杖等は身体の機能を補完するために必要なものである点で,眼鏡等の損傷は人損です。
(2)   交通事故時と同じ眼鏡等を再調達するのに必要な費用が損害となる点で減価償却は不要ですところ,例えば,行政書士うえだ事務所HPの「治療関係費」には「通常交通事故で破損したものの修理等を請求する場合には、減価償却等を加味した価格の時価を基準にして取扱われるものですが、眼鏡の場合にはそういった価格ではなく新品の眼鏡購入代金が認められています。」と書いてあります。
4 Local Works HP「携帯電話 スマートフォン修理の費用相場」が載っています。
5 東京地裁平成24年9月28日判決(判例体系に掲載)は以下の判示をしています(改行を追加してます。)。
   前記1で認定した事故態様によれば、本件事故により、原告の着衣等が損傷したことが推認され、これによる損害は、着衣等の本件事故当時の時価であると認められる。
   そして、原告は、本件事故により、Tシャツ、ズボン、靴、時計を損傷し、その購入価格は合計2万8,400円であったとする自動車事故物件損害自認書を提出するが、これらの購入時期及び購入価格を客観的に把握することができる証拠は提出されていない。
   しかしながら、日常身につけている着衣等について、領収証等を保管していないことはままあることであり、購入時期及び購入価格を立証することは通常困難であることから、民訴法248条により、上記着衣等の損害として1万円を認めるのが相当である。

第7 レッカー代
1(1) 自分の車のレッカー移動について自分が加入している保険会社のロードサービスを利用した場合,保険会社において加害者側の対物賠償責任保険に対して損害賠償請求をすることが多いです。
    ただし,訴訟外で物損に関する示談ができなかった場合,レッカー代も含めて物損に関する損害賠償請求をした上で,加害者から回収したレッカー代相当額を保険会社に返金することになります。
(2) レッカー移動をした修理工場が直接,加害者側の対物賠償責任保険に請求することもあります。
2(1) レッカー代は基本料,作業料及び牽引料からなりますところ,JAF非会員がJAFを利用した場合,牽引料については1kmにつき720円です(チューリッヒ保険会社「車をレッカー移動した時の料金(費用)は?」参照)。
(2)ア ウィンチ引き出し,クレーン吊り,重機使用,ドーリー使用といった特殊作業があった場合,その分,レッカー代が高くなります(カーサポート水戸HP「ロードサービス」参照)ところ,事故車がFR車(フロントエンジン・リアドライブの車。前にエンジンがあって後ろに駆動輪がある車)である場合,ドーリー(補助輪)に駆動輪を載せてレッカー移動することが多いみたいです。
イ 自動車の駆動方式としては,FF(エンジン及び駆動輪がフロント(前)にあるタイプ),FR(エンジンがフロント(前),駆動輪がリア(後ろ))といった種類があります(MOBY HP「駆動方式まとめ|FF・FR・MR・RR・4WD(AWD)の構造の違いとメリット・デメリット比較!」参照)。
3 レッカー作業については,レッカージョブHP「クルマの積み込み~レッカー車~」が参考になります。
    また,同HPの「動画でみるロードサービス」にレッカー作業の動画が載っています。
4(1) ロードサービスが必要となる事例としては,バッテリー上がり,故障搬送,事故,スペアタイヤの交換及び脱輪があります(サービスネットHP「ロードサービス」参照)。
(2) ロードサービスの内容としては,バッテリー上がり時のエンジン始動,スペアタイヤ交換,落輪・脱輪時の引き上げ,故障又は事故時の指定工場までの搬送(レッカー移動),クレーン車両での引き上げ,ガス欠時の給油があります。
(3) レッカーサービスの対象となる「自力走行不能」には,トラブルで車両が動けない場合のほか,道路交通法上運転してはいけない場合が含まれます(保険の窓口インスウェブHP「自動車保険のロードサービスも確認しておこう」参照)。


第8 慰謝料
(1) 物的損害に関する慰謝料は,原則として認められません。
(2) 最高裁昭和42年4月27日判決の裁判要旨は,「商取引に関する契約上の金員の支払を求める訴訟において、偽証等の不法行為があつたため敗訴したとしても、それによつて蒙る損害は、一般には財産上の損害だけであり、そのほかになお慰籍を要する精神上の損害もあわせて生じたといい得るためには、侵害された利益に対し、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値をも認めていたような特別の事情が存在しなければならない。」というものです。

第9 対物賠償責任保険との関係
1 ノンフリート等級が下がるのを避けるために対物賠償責任保険を使わない場合,相手方の物損については自腹で支払う必要があります。
    ただし,事故車けん引のためのレッカー代といったロードサービスを利用しただけの場合,ノンフリート等級は下がりませんし,示談交渉をしてもらっただけの場合,保険金の支払がありませんから,ノンフリート等級は下がりません。
2 対物賠償責任保険の保険金を使用して損害賠償金を支払った場合,ノンフリート等級が3等級下がりますところ,この場合の保険料差額については,よくわかる!自動車保険を選ぶ際の注意点HP「保険料差額シミュレーション」を使用すれば,大体の保険料差額が分かります。
3(1)   物損に関する示談において対物賠償責任保険を使わない場合,こちらが有する損害賠償請求権と,相手方が有する損害賠償請求権とを合意により相殺した上で,相手方から差額だけを支払ってもらうことになります(相殺払い)。
(2)   物損に関する示談において対物賠償責任保険を使う場合,こちらが有する損害賠償請求権と,相手方が有する損害賠償請求権をそれぞれ支払ってもらうことになります(クロス払い)。
4 追突事故のように被害者に全く過失がない場合,被害者の対物賠償責任保険は問題とならないのであって,被害者が加害者側の任意保険会社に対して「免責証書」を提出することによって示談を成立させることが多いです。
    免責証書とは,被害者が一方的に加害者及び任意保険会社宛に金○○円を受領することにより,加害者に対する損害賠償請求権を放棄することを宣言して署名押印する書面をいい,加害者の署名押印,及び任意保険会社の記名押印はなされません。

第10 車両保険との関係
1 車両保険に加入している場合,物損事故について自分の車両保険を使用できます。
2(1) 全損の場合,協定保険価額と修理代のどちらか低い方が車両保険の保険金として支払われるのであって,免責金額が差し引かれることはありません。
(2) 分損の場合,修理代から免責金額を差し引いた金額が車両保険の保険金として支払われます。
3 車両保険を使用した場合,ノンフリート等級が3等級下がって翌年度からの任意保険の保険料が上がります。
    また,保険会社によっては,次に車両保険を使うときの免責金額が上がります(例えば,損保ジャパン日本興亜の「車両保険とは」参照)。
    そのため,車両保険の保険金(全損時に支払われる車両全損時諸費用特約を含む。)と,任意保険の保険料の値上がり分を比較して,車両保険を使うかどうかを判断すべきこととなります。
4 車両保険を使った方がいいかどうかにつき,外部HPの「3等級ダウン事故~こんな場合,保険を使った方が良い?~」 が参考になります。
5 相手方自動車の追突,センターラインオーバー,赤信号無視又は駐停車中の契約自動車への衝突・接触による事故において,契約自動車の運転者及び所有者に過失がなかったと保険会社が判断したような場合,車両保険を使ってもノンフリート等級が下がりませんから,自分の保険会社に問い合わせてください(例えば,損保ジャパンの「車両保険とは」参照)。

第11 関連記事その他
1(1) 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)に426頁ないし434頁に「物的損害に関する諸問題1(車両損害等)」が載っていて,435頁ないし446頁に「物的損害に関する諸問題2(その他)」が載っています。
(2) コグニビジョン株式会社「コグニオンデマンド」に,コグニセブン(国産車向けの事故車修理費見積システム)の操作説明動画が載っています。
2(1) 交通事故に関する赤い本講演録2017年81頁ないし102頁に,「自動車の構造と修理技法」が載っています。
(2) 交通事故に関する赤い本講演録2019年11頁ないし24頁に,「全損事故における損害概念及び賠償者代位との関係」が載っています。
3(1) 市況かぶ全力2階建ブログ「自動車保険会社のイメージ、被害者側の弁護士目線でみるとこうなる 」が載っています。
(2) 元示談担当者が教える交通事故の示談術HP「交通事故で車が全損になった場合に、請求できる保険金のまとめ」が載っています。
4 モノキーケースの最大積載量は10kgであるのに対し,モノロックケースの最大積載量は3kgです(楽天HPの「「モノキー」と「モノロック」の違い」参照)。
5 ビッグモーターHPに「2023.07.18 当社板金部門における不適切な請求問題に関するお詫びとご報告」が載っています。
6(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 登録事項等証明書の交付請求にあたっての具体的な事務処理について(平成26年11月28日付の国土交通省自動車局自動車情報課長の文書)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 任意保険の示談代行
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 交通事故でも健康保険を利用できること
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

整骨院等に関するメモ書き

第1 総論
第2 整骨院の施術費は争われやすいこと
第3 整形外科への通院を優先すべきであること
第4 整骨院等における公的医療保険の取扱い
第5 柔道整復師の人数及び整骨院の数の推移
第6 柔道整復師が急増するようになったこと
第7 整骨院の広告は大幅に制限されていること
第8 柔道整復師が放射線を人体に照射することを業とした場合の罪責
第9 あんま,マッサージ,はり・きゅう,並びに整体院及びカイロプラクティック
第10 医業類似行為に対する取扱いについて
第11 柔道整復師の施術に係る療養費の受領委任の取扱いに関する協定書
第12 関連記事その他

第1 総論
1 整骨院の法令上の名称は施術所です(柔道整復師法2条2項)。
2 整骨院は,柔道整復師国家試験に合格し,厚生労働大臣の免許を受けた柔道整復師(柔道整復師法2条1項,3条参照)が経営しています。
    しかし,柔道整復師は医師ではありませんから,整形外科の医師と異なり,外科手術,レントゲン検査,薬品の投与等の医療行為を行うことはできません(柔道整復師法16条及び医師法17条参照)。
3(1) 柔道整復師は,骨折又は脱臼の患部については,①応急手当を行う場合,又は②医師の同意がある場合を除き,施術を行うことはできません(柔道整復師法17条)。
(2)   柔道整復師が,施術につき同意を求める医師は,必ずしも,整形外科,外科等を標榜する医師に限られませんし,医師の同意は施術録に記載していれば足ります(「柔道整復師の施術について」(昭和31年7月11日医発第627号各都道府県知事あて厚生省医務・保険局長連名通知))。
(3) 保険医療機関及び保険医療養担当規則17条は,「保険医は、患者の疾病又は負傷が自己の専門外にわたるものであるという理由によつて、みだりに、施術業者の施術を受けさせることに同意を与えてはならない。」と定めています。
4 柔道整復師の「判断書」とは,柔道整復師が患者に危害を及ぼすおそれのない範囲で疾病又は負傷の状態を把握し自らが施術できる疾病又は負傷であるか否か等を判断した結果を記載する書面をいい,医師が患者を診察し疾病又は負傷の状態を診断した結果を記載する診断書とは異なります。
5 「柔道整復師の施術について」(昭和31年7月11日医発第627号各都道府県知事あて厚生省医務・保険局長連名通知)の本文は以下のとおりです(1,2を①,②に変えました。)。
① 地方医師会等の申し合わせ等により、医師が柔道整復師から、脱臼又は骨折の患部に施術するにつき同意を求められた場合、故なくこれを拒否することのないよう指導すること。
② 社会保険関係療養費の請求の場合には、実際に医師から施術につき同意を得たむねが施術録に記載してあることが認められれば、必ずしも医師の同意書の添附を要しないものであること。
③ 応急手当の場合は、医師の同意は必要としないものであること。
④ 柔道整復師が、施術につき同意を求める医師は、必ずしも、整形外科、外科等を標榜する医師に限らないものであること。
⑤ 以上の諸点について留意するとともに従前から柔道整復師団体と都道府県知事、健康保険組合等との料金協定等を行っている都道府県については諸般の行政運営について特に円滑に行われるよう指導すること。
6 柔道整復師が施術した事実に関する証明書として発行する施術証明書は,医師又は歯科医師が発行する診断書と同様の法的性格を有するものではないものの,柔道整復師の業務の範囲内において後療日数の予定を記載することはさしつかえありません(昭和45年7月23日付の厚生省医務局長通達)。

第2 整骨院の施術費は争われやすいこと
1(1)ア 整骨院の施術費は整形外科の治療費と比べて割高であることが普通です(1回当たり平均で6500円ぐらいかかります。)。
    また,マッサージ等により症状が楽になることもあって整形外科よりも通院頻度が多くなることが普通です。
その結果,任意保険会社から整骨院の施術費と交通事故との因果関係を争われることが多いです。
    そのため,①病院が遠方にあるとか,②仕事をしていて病院の診療時間内に通院することができないとか,③病院の整形外科では鎮痛薬,湿布薬等の処方しかしてもらえないといった事情により,近所の整骨院に通院する場合,病院の整形外科医等に事前に相談した上で,整骨院への通院が必要である旨を診療録に記載してもらえることが望ましいです。
イ 整骨院の施術を受けることに反対しないといった消極的な医師の同意であっても,医師に無断で整骨院に行くことと比べれば,はるかにましです。
    例えば,「交通事故における整骨院通院の大きなリスク」には,「医師が整骨院通院を明確に否定しておらず,整形外科にも一定の通院(週1~月1)をしていれば,示談交渉で大きく争われることは少ないですが」と書いてあります。
(2) 交通事故に関する赤い本講演録2018年・27頁ないし36頁に「整骨院における施術費について」が載っています。
2 整形外科への通院回数と比べて整骨院への通院回数が極端に多い場合,任意保険会社において,整骨院への通院回数又は施術内容の水増しがあるのではないかといった疑念を抱いてくることがあります。
    実際,任意保険会社に通院回数又は施術内容の水増しがばれた結果,整骨院が施術費の返還を強いられたり,交通事故の被害者も通院回数又は施術内容の水増しを疑われたりすることがあります。
    そのため,整形外科への通院回数と比べて整骨院への通院回数が極端に多い場合,メモ書きで結構ですから,通院した日を記録しておいた方がいいです。
3(1) 同じ日に整形外科と整骨院の両方に行くことは許されません(グレーススポーツ整骨院HP「交通事故治療」参照)。
(2) 昭和産業健康保険組合HP「接骨院・整骨院にかかるとき」には以下の記載があります。
    同一の負傷について、同期間に医師の治療と柔道整復師の施術を重複並行的に受けた場合、原則として柔道整復師の施術料は全額自己負担になります。ただし、負傷の状態の確認のために医師の検査を受ける場合や、投薬のために病院にいくことは可能ですので、このような場合は医師の指示を得てその旨を柔道整復師に申し出てください。
4 国民健康保険を利用して整骨院に通院する場合,整骨院の施術費は1回当たり2000円から3000円ぐらいであり,3割の自己負担分は600円から900円ぐらいです。
5 健康保険等の場合,①打撲・捻挫の施術が3ヶ月を超えて継続するときは,長期施術継続理由書の上欄部分に,3月を超えて施術が必要となる理由等(「長期施術継続理由等」といいます。)を記載し,②打撲・捻挫の施術が3ヶ月を超えて継続し,かつ,1月間の施術回数の頻度が高いとき(1月当たり10~15回以上)は,長期施術継続理由書の下欄部分に,3月を超えて頻度の高い施術を行う理由等(「長期頻回施術理由等」といいます。)を,整骨院において記載する必要があります(「柔道整復施術療養費に係る疑義解釈資料の送付について(平成25年4月24日付の厚生労働省保険局医療課の事務連絡)」参照)。

第3 整形外科への通院を優先すべきであること
1 一般的に,外傷に起因する捻挫や挫傷等による症状は,追突や衝突等による衝撃で筋肉や靱帯等の軟部組織が損傷を受けた際に発症するものであることから,受傷直後が最も重篤であり,その後,時間の経過に伴い損傷を受けた部位の修復が得られることにより,症状は徐々に軽減をたどるとされています。
    その関係で,通院慰謝料を計算する場合,整骨院は整形外科と同様の取扱いを受けますものの,後遺障害が残ってしまった場合に後遺障害の有無を判断する場合,整骨院は医療機関ではありませんから,整形外科への通院歴が非常に重視されます。
    そのため,事故態様等に照らして後遺障害が残る可能性がある事案の場合,同じリハビリ治療を行うのであれば,整骨院ではなく,交通事故のリハビリ治療も行っている整形外科に通院することが非常に望ましいです。
2 「交通事故」+「整形外科」+「リハビリ」+「(地名)」でネット検索をすれば,リハビリ治療をしている整形外科を探すことができます。
    例えば,「交通事故 整形外科 リハビリ 大阪市北区」という風に検索すればいいです。
3 交通事故のリハビリ治療をしていない整形外科の場合,治療のために1週間に2回通院することが難しいものの,既に通院している整形外科から通院先を変更することは望ましくありません。
    そのため,代替手段として,1週間に1回は整形外科に通院し,整形外科医の指示に基づき,1週間に1回以上,整骨院でリハビリ治療を受ければいいです。
4 日本整形外科学会HP「整形外科と整骨院(接骨院)-「整体」なども整形外科の一分野なのでしょうか?」には以下の記載があります。
    整形外科では医師(整形外科医)が骨・関節・筋腱(運動器)・手足の神経(末梢神経)・脊椎脊髄の治療を行います。診察による理学所見とX線(レントゲン)やMRI等の検査をもとに診断し、症状や病態にあわせて投薬、注射、手術、リハビリテーション等で治療します。
    整骨院(接骨院)では柔道整復師が捻挫や打撲に冷罨法、温罨法、マッサージや物理療法等の施術を行います。柔道整復師は医師ではなく、あん摩・マッサージ、はり・灸師と同じ医業類似行為の資格です。外傷による捻挫や打撲に対する施術と骨折・脱臼の応急処置が業務範囲で、変形性関節症や五十肩のような慢性疾患は取り扱えません。
    整(接)骨院に健康保険を使って外傷以外の疾患で通うことは違法です。
5 交通事故に基づく損害賠償請求訴訟において,整骨院の施術費が損害として認められるかどうかにつき,「令和3年度大阪地方裁判所第15民事部と大阪弁護士会交通事故委員会との懇談会」には以下の記載があります(月刊大阪弁護士会2022年5月号23頁及び24頁)。
    整骨院の施術は、一般に、医師が医学的判断に基づいて治療方法の一つとして選択した場合には必要性・相当性が認められやすいから、裁判所もまず医師の指示の有無を確認する。ただし、医師の指示書が提出されていれば直ちに施術費を認めるというものではなく、患者側から整骨院施術を希望して医師がそれを追認したにすぎないかどうかなどといった整骨院施術に至った経過や治療経過等も見て判断する。
    整骨院の施術の必要性や相当性を判断するに当たっては、医師の指示の有無のほか、次の各点を考慮することになると考えられる。①受傷の結果。整骨院施術に適応がある受傷結果か。捻挫などであれば整骨院施術による症状の緩和がある程度見込まれると考えられるが、骨折であれば整骨院施術は禁忌であり[報告者注:柔道整復師法17条]、相当性が否定されるであろう。②受傷の程度。整骨院施術は主として寛解までの間の症状(痛み等)の緩和を目的とするものであり、事故態様等から緩和を必要とする程度の症状が出現するような受傷であったかを検討することになる。③整形外科の治療内容・頻度。整形外科で濃密な治療を受けながら整骨院でも重ねて治療を受けることは、必要性に疑いがあり施術費を否定する方向に働くと考えられる。④整骨院施術の効果の有無。施術により症状の緩和が現れているか。整形外科の診療録上の自覚症状の推移を見て改善が見られるか、通院の頻度がどのように推移しているのかなどを考慮することがある。
    整骨院施術費を割合的に認める場合は、前述の観点から見た整骨院施術の必要性の程度と、施術の頻度とが釣り合っているかを検討し、余りに頻回ということであれば、その頻度などを考慮して割合的に施術費を認めるというのは実情であろうと考えられる。

第4 整骨院等における公的医療保険の取扱い
1 療養費制度
(1) 公的医療保険(例えば,国民健康保険)の保険給付は,保険医療機関又は保険薬局において現物給付としての「療養の給付」を行うのが原則です(国民健康保険法54条等参照)。
    この場合,被保険者である患者は,保険医療機関又は保険薬局の窓口において,一部負担金を支払います(70歳未満の被保険者の場合,一部負担金は医療費の3割です。)。
(2)ア   現金給付としての療養費制度が適用されるのは以下のような場合です(協会けんぽHPの「療養費」参照)。
① 事業主が資格取得届の手続き中で被保険者証が未交付のため,保険診療が受けられなかったとき
② 感染症予防法により,隔離収容された場合で薬価を徴収されたとき
③ 療養のため,医師の指示により義手・義足・義眼・コルセットを装着したとき
④ 生血液の輸血を受けたとき
⑤ 柔道整復師等から施術を受けたとき
イ 生血(せいけつ)とは,病院内で採血したばかりの,処理をしていない血液をいいます。
(3)ア 国民健康保険法54条1項本文(健康保険法87条1項もほぼ同じです。)は以下のとおりです
    市町村及び組合は、療養の給付若しくは入院時食事療養費、入院時生活療養費若しくは保険外併用療養費の支給(以下この項及び次項において「療養の給付等」という。)を行うことが困難であると認めるとき、又は被保険者が保険医療機関等以外の病院、診療所若しくは薬局その他の者について診療、薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において、市町村又は組合がやむを得ないものと認めるときは、療養の給付等に代えて、療養費を支給することができる。
イ 衆議院議員斉藤鉄夫君提出鍼・灸・マッサージ・柔道整復施術と同療養費に関する質問に対する答弁書(平成15年9月2日付)の「二の⑥について」には以下の記載があります。
    健康保険法においては、保険医療機関が被保険者に対して療養の給付を行うことが原則とされる一方、第八十七条第一項により、保険者は、療養の給付を行うことが困難であると認めるとき等は、その費用の一部を療養費として支給できることとされているが、現に医師が治療を継続している疾患に対してはり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師又は柔道整復師が施術を行ったとしても、療養費を支給することは認められていない。
(4) 大阪市の取扱いにつき,大阪市HPの「療養費・移送費・海外療養費」を参照してください。
2 療養費の受領委任制度
(1) 総論

ア 療養費制度が適用される場合,原則として,かかった費用の全額を被保険者又は被扶養者がいったん自分で支払い,その後,自己負担額を除いた費用を保険者(例えば,協会けんぽ)に請求するという「償還払い」が原則です。
    しかし,柔道整復師の施術に係る療養費(=柔道整復施術療養費)の場合,被保険者又は被扶養者が自己負担額だけを柔道整復師に支払い,残りの費用は柔道整復師から保険者に請求してもらうという,療養費の受領委任制度を採用している整骨院が大多数です。
    そして,療養費の受領委任制度を採用している整骨院の場合,保険医療機関で治療を受ける場合と同じように,保険証を持参して受診できます。
イ 療養費の受領委任制度は昭和11年度から実施されています(厚生労働省HPの「柔道整復に係る療養費の概要」(平成26年3月18日付)参照)。
ウ 衆議院議員斉藤鉄夫君提出鍼・灸・マッサージ・柔道整復施術と同療養費に関する質問に対する答弁書(平成15年9月2日付)の「二の③について」には以下の記載があります(改行を追加しました。)。
   健康保険法においては、保険医療機関が被保険者に対して療養の給付を行うことが原則とされる一方、第八十七条第一項により、保険者は、療養の給付を行うことが困難であると認めるとき又は保険医療機関以外の者から診療、手当等を受けたことがやむを得ないと認めるときは、その費用の一部を療養費として支給できることとされている。
   柔道整復に係る療養費については、かつて整形外科を担う医師が少なかったこと、柔道整復師は脱臼又は骨折に対する応急手当をすることがあり、その場合には柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)第十七条により医師の同意を要しないこととされていること等を踏まえ、被保険者がその傷病に対する手当等を迅速に利用することを可能とする観点から、例外的に、受領委任払い(保険者と柔道整復師により構成される団体又は柔道整復師との間で契約を締結するとともに、被保険者が療養費の受領を当該契約に係る柔道整復師に委任することにより、保険者が療養費を被保険者ではなく柔道整復師に支払うことをいう。)の実施が認められているところである。
(2) 具体的な手続
ア  「柔道整復施術療養費支給申請書」(様式第5号)(山形県後期高齢者医療広域連合HPの「各種手続きの様式がほしいとき」に掲載されているもの)の「受取代理人の欄」に患者が自ら署名押印をする必要があります(療養費の受領を柔道整復師に委任する委任状の意味を有します。)。
イ 柔道整復施術療養費支給申請書については,療養費は一か月を単位として請求されるものであり,当月の最後の施術の際に患者が一か月分の施術内容を確認した上で署名を行い,これを作成することが原則です。
    しかし,整骨院への来所が患者により一方的に中止される場合があること等から,患者が来所した月の初めに署名を行い,当該申請書を作成する場合もあることは,厚生労働省としても承知しています(平成19年10月9日付の内閣答弁書の「十について」)。
ウ 療養費の受領委任制度の具体的な手続は,公益社団法人日本柔道整復師会の会員であるかどうかによって異なりますものの,基本的には同じです。
エ 療養費の受領委任制度の詳細については,厚生労働省HPの「療養費の改定等について」に掲載されている「柔道整復師の施術に係る療養費について」(平成22年5月24日付の厚生労働省保険局長通知)等で定められています。
3 整骨院で公的医療保険を使える場合と使えない場合
   以下の記載は,全国健康保険協会愛知支部HPの「柔道整復師(整骨院・接骨院)のかかり方」からほぼ抜粋したものです。
(1) 整骨院で公的医療保険を使える場合
① 外傷性の捻挫、打撲、挫傷(肉離れ)
② 医師の同意がある場合の骨折・脱臼の施術
③ 応急処置で行う骨折・脱臼の施術
→ 応急処置後の施術には医師の同意が必要です。
(2) 整骨院で公的医療保険を使えない場合
① 肩こり、筋肉疲労(日常の疲労、肩こり、体調不良や筋肉疲労、筋肉痛など)
② 慰安目的によるあんま(指圧及びマッサージを含む)代わりの利用
③ 外傷性でない疾患(神経痛、リウマチ、五十肩、ヘルニアなど)からくる痛みやコリ
④ 脳疾患後遺症などの慢性病
⑤ 仕事中や通勤途上におきた負傷
→ 業務災害又は通勤災害として労災保険の対象となります。
⑥ 症状の改善がみられない長期の施術
4 はり・きゅうの施術の取扱い
(1) はり・きゅうの施術を受けるときに公的医療保険を使えるのは,予め医師の発行した同意書又は診断書がある場合に限られます。
(2) 整形外科等で保険医療機関で同じ負傷等の治療を受けている場合,はり・きゅうの施術を受けても公的医療保険を使えません。
5 療養費に関する国会答弁
(1) 平成12年11月16日の参議院国民福祉委員会における関本匡邦会計検査院事務総局第二局長の答弁(ナンバリング及び改行を追加しました。)

① 柔道整復師の施術に係る療養費につきましては、その支給が適正に行われているかということなどにつきまして平成五年に検査を実施しております。そして、三十六都道府県に所在いたします療養費の支給額が多い九十四の施術所の柔道整復師について検査いたしましたところ、療養費の請求が適切に行われたとは認められない事態が見受けられたわけでございます。
   まず、柔道整復師に係る施術料は、医療機関の治療を受けている負傷部位については支給対象とはならず、また神経痛等の内因性疾患については施術対象とはならないとされておりますが、医療機関の治療を受けている患者や神経痛等の患者に施術を行っている施術所が多数見受けられたわけでございます。
   それから次に、施術は療養上必要な範囲及び限度で行うものとし、特に長期または濃厚な施術とはならないよう努めなければならないとされておりますが、通常一部位あるいは二部位であります負傷部位数が三部位以上となっておりましたり、あるいは患者に対してほとんど毎日施術を行っていたり、あるいは三カ月を超える長期施術を行っていたりしておりまして、療養上必要な範囲及び限度を超えて施術を行っている施術所が多数見受けられたということがございます。
   それからまた、施術に係る療養費は、患者からの受領委任を受けた柔道整復師に支給することになっております。そして、受領委任は、請求金額等が記載された申請書に、患者の自筆で住所、氏名等を記入いたしまして押印することになっておりますが、大部分の施術所では、療養費額等について、患者自身による確認がないまま受領委任状が作成されておりましたり、あるいは施術所が署名及び押印を行っていたりしておりました。
   また、申請書に負傷原因を具体的に記載されていないために、療養費の支給の適否を確認できない施術所もあったということでございます。
   そして、調査いたしました九十四の施術所におきましては、これらの事態のいずれかに該当しておったということでございます。
②   こうしたことから、厚生大臣に対しまして、柔道整復師の施術に係る療養費についてその適正な支給を期するために、柔道整復師あるいは保険者等に対しまして療養費制度及び受領委任制度の趣旨を周知徹底させることはもとよりのことでございますが、算定基準等を適正なものにしたり、あるいは審査基準を明確にするなど審査体制の整備を図ること、あるいは施術所に対する指導、監査の体制の整備を図ることにつきまして是正改善の処置を要求したところでございます。
   これに対しまして、厚生省では、本院の指摘の趣旨に沿いまして十一年、昨年の十月までに所要の処置を講じたということでございます。
(2) 平成15年6月13日の衆議院厚生労働委員会における真野章厚生労働省保険局長の答弁(ナンバリング及び改行を追加しました。)
①   健康保険法によります給付は、保険医療機関または保険薬局によります医療の現物サービスの提供、現物給付を原則といたしておりまして、それが困難である場合などに限りまして、療養の給付にかえまして療養費払いという現金給付が認められております。
   したがいまして、鍼灸、あんま、マッサージにつきましては、対象疾患や医師の同意書等一定の要件を満たす場合に、療養費払いといたしまして保険給付の対象といたしております。
②   ただ、柔道整復師に係ります療養費につきましては、原則はそういうことなんでございますけれども、施術を行うことのできる疾患が外傷性のもので、発生原因が明確であることから、他疾患との関連が問題となることが少ないこと、それから、柔道整復師は、捻挫、打撲につきましては医師の同意なく施術を行うことが認められておりまして、骨折、脱臼等につきましても応急手当ての場合には医師の同意なく施術ができるなど、医師のいわば代替的な機能も有している、
   それから、整形外科医が不足をしていた時代におきまして、被保険者が緊急に治療を受ける機会を確保することができたという歴史的な沿革があるということから、受領委任払いを認めてきているというところでございます。
(3)   平成18年3月24日の参議院予算委員会における水田邦雄厚生労働省保険局長の答弁(ナンバリング及び改行を追加しました。)
① 健康保険法等に基づきます保険給付は、保険医療機関等からの現物給付ということで療養の給付を行うことが原則とされてございます。
   それが困難である場合で、保険者がやむを得ないと認める場合に、療養の給付に代えて現金給付として療養費払いを行うことが認められているところでございます。
② お話のありました柔道整復師が行った施術に係る療養費についてでございますけれども、これは特例的に受領委任払いが認められてございますけれども、その理由といたしましては、整形外科医が不足していた時代に患者さんが治療を受ける機会の確保を図る必要があったというまず経緯がございます。
   それからもう一つ、法律上応急手当ての場合には、医師の同意なく、柔道整復師さんの場合には医師の同意なく施術ができるということが定められておりまして、言ってみますと医師の代替機能というものを有しているという特性がございます。
   このようなことから特例的な扱いが認められているわけであります。
③   一方、マッサージ及びはり、きゅうに係る療養費の対象疾患についてでございますけれども、これは外傷性の疾患でございませんで、発生原因が不明確で治療と疲労回復等の境界が不明確であるということから、受領委任払いは認めていないと、こういう現状でございます。

第5 柔道整復師の人数及び整骨院の数の推移
1 厚生労働省HPの「平成28年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(平成29年7月13日付)にある「就業あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師及び施術所」によれば,以下のとおりです。
(1) 柔道整復師の人数の推移
平成16年:3万5077人
平成18年:3万8693人
平成20年:4万3946人
平成22年:5万 428人
平成24年:5万8573人
平成26年:6万3873人
平成28年:6万8120人
(2) 柔道整復の施術所(=整骨院)の数の推移
平成16年:2万7771件
平成18年:3万 787件
平成20年:3万4839件
平成22年:3万7997件
平成24年:4万2431件
平成26年:4万5572件
平成28年:4万8024件
2(1) 衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況は2年に1回,実施される調査です。
(2) 直近のものは以下のとおりです。
① 「平成26年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(平成27年7月16日付)
② 「平成28年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(平成29年7月13日付)

第6 柔道整復師が急増するようになったこと
1 福岡地裁平成10年8月27日判決の裁判要旨
    厚生大臣が,柔道整復師養成施設指定申請に対し,柔道整復師の従事者数は相当増加している状況にあり,養成力の増加を伴う施設を新たに設置する必要性が見いだし難いこと等を理由としてした,同指定を行わない旨の処分につき,当該申請は所定の指定基準を満たしているところ,柔道整復師法の制定経緯,柔道整復師とその免許等において類似するあん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師等に関する法律19条1項があん摩マッサージ指圧師等の養成施設の認定,承認をしないことができる例外を設けているのに対し,柔道整復師法にはこのような規定がないことからすると,申請について所定の指定基準が満たされている以上,処分庁において裁量の余地はなく,厚生大臣は前記申請に対し指定を行わなければならなかったものであり,また,仮に,裁量の余地があるとしても,前記処分の理由では,厚生大臣の裁量権の行使には逸脱があったというべきであるから,前記処分は違法である。
2 柔道整復師の急増状況
(1) 平成10年当時,柔道整復師養成施設は14校しかありませんでしたが,福岡地裁平成10年8月27日判決に基づき,厚生省が,柔道整復師学校養成施設指定規則さえ満たせば柔道整復師養成施設の設置を認めるようになりました。
その結果,平成25年4月現在で柔道整復師養成施設が107校となり,柔道整復師国家試験の合格者も第10回試験(平成14年)までは1000人前後であったのに対し,第11回試験(平成15年)以降急増し,第16回試験(平成20年)以降,5000人前後が合格するようになりました(外部HPの「柔道整復師専門学校の規制緩和について確認する」参照)。
(2) 最近の柔道整復師国家試験の合格者数等は以下のとおりです。
① 第22回試験(平成26年3月27日合格発表)
受験者数が7102人,合格者数が5349人,合格率は75.3%
② 第23回試験(平成27年3月27日合格発表)
受験者数が6858人,合格者数が4503人,合格率は65.7%
③ 第24回試験(平成28年3月28日合格発表)
受験者数が7122人,合格者数が4583人,合格率は64.3%
④ 第25回試験(平成29年3月28日合格発表)
受験者数が6727人,合格者数が4274人,合格率は63.5%
(3) 柔道整復師国家試験等の最新の合格発表データは,厚生労働省HPの国家試験合格発表に掲載されています。

第7 整骨院の広告は大幅に制限されていること
1  整骨院は,以下の事項についてしか広告を出すことができません。
(1) 柔道整復師法24条1項1号ないし3号に基づく事項
① 柔道整復師である旨並びにその氏名及び住所
② 施術所の名称,電話番号及び所在の場所を表示する事項
③ 施術日又は施術時間
(2) 柔道整復師法24条1項4号に基づき厚生労働大臣が指定する事項
① ほねつぎ又は接骨
② 医療保険療養費支給申請ができる旨(脱臼又は骨折の患部の施術に係る申請については医師の同意が必要な旨を明示する場合に限る。)
③ 予約に基づく施術の実施
④ 休日又は夜間における施術の実施
⑤ 出張による施術の実施
⑥ 駐車設備に関する事項
2 柔道整復師の技能,施術方法又は経歴に関する事項を広告に記載することはできません(柔道整復師法24条2項)。

第8 柔道整復師が放射線を人体に照射することを業とした場合の罪責
1 昭和26年8月10日施行の診療放射線技師法24条,31条1号は,それぞれ医師法17条,31条1項1号の特別規定として,医師,歯科医師,診療放射線技師及び診療エックス線技師(診療放射線技師法附則5条4項参照)以外の者に対し,放射線を人体に照射することを業とすることを禁止し,これに違反した者を処罰する規定であり,憲法22条1項及び憲法25条には違反しません(最高裁昭和58年7月14日判決参照)。
2   柔道整復師が放射線を人体に照射することを業とした場合,診療放射線技師法24条に違反し,31条1号の罪が成立するにとどまり,医師法17条に違反した者を処罰する同法31条1項1号の罪は成立しません(最高裁平成3年2月15日決定)。

第9 あんま,マッサージ,はり・きゅう,並びに整体院及びカイロプラクティック
1 あん摩・マッサージ,はり・きゅう
(1) あん摩・マッサージ,はり・きゅうの場合,医師の同意がない限り国民健康保険を使えません(協会けんぽHPの「はり・きゅうのかかり方」及び「あん摩・マッサージのかかり方」)。
(2)ア 医師以外の者で,あん摩,マッサージ若しくは指圧,はり又はきゆうを業としようとする者は,それぞれ,あん摩マッサージ指圧師免許,はり師免許又はきゆう師免許を受けなければなりません(あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(略称は「あはき法」です。)1条)。
イ 厚生労働省HPに「無資格者によるあん摩マッサージ指圧業等の防止について 」が載っています。
(3)ア 最高裁大法廷昭和35年1月27日判決は以下のとおり判示しています(改行を追加しました。)。
   憲法二二条は、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを保障している。
   されば、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条が何人も同法一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならないと規定し、同条に違反した者を同一四条が処罰するのは、これらの医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するものと認めたが故にほかならない。
   ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。
イ 理容師又は美容師によるマッサージは,人の健康に害を及ぼすおそれがない限り,あはき法に基づく禁止対象にはならないのかもしれません。
(4)ア 平成31年1月1日,はり師、きゅう師及びあん摩マッサージ指圧師の施術に係る療養費に関する受領委任の取扱いが開始しました(厚生労働省HPの「はり、きゅう及びあん摩マッサージ指圧の施術所を開設する皆様、はり師、きゅう師及びあん摩マッサージ指圧師の皆様へ(重要なお知らせ)」参照)。
イ 厚生労働省HPに「はり師、きゅう師及びあん摩マッサージ指圧師の施術に係る療養費に関する受領委任の取扱いについて」(平成30年6月12日付の厚生労働省保険局長書簡)が載っています。
2 整体院及びカイロプラクティック
(1)ア 整体院又はカイロプラクティックは,整骨院とは異なります。
    整体院又はカイロプラクティックの場合,施術者は国家資格を持っていませんし,公的医療保険を利用することもできませんから,整骨院への通院以上に治療の必要性及び相当性が争われます。
イ ヘルシー・ラボRYJU HP「頸椎をボキボキする整体・カイロプラクティックにご注意を!!」が載っています。
(2) 小松亀一法律事務所HP「鍼灸・マッサージ費用等医師治療費以外の治療費」には,「民間療法である整体費用について損害と認められた判例は見つけることが出来ず、逆に理容師による整体術を受けたことが被害者側の損害拡大の過失と評価された例があり要注意です。」と書いてあります。
(3) 日本整形外科学会HP「整形外科とカイロプラクティック―カイロプラクティックとはどのような治療法でしょうか?」に以下の記載があります。
    カイロプラクティックは19世紀の終わりにアメリカで考案された脊椎矯正手技療法です。
    内臓をはじめとして身体のさまざまな不調が脊椎骨の配列の乱れによる神経圧迫に起因するとの考えから、この乱れを矯正して身体機能を回復させようとするものです。一部の国では資格試験もありますが、日本ではカイロプラクティックの公的な資格はなく、国に認められた学校もありません。つまり、誰もがカイロプラクターを名乗ることが可能です。
法に基づいた資格である柔道整復師やあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師(あはき師)と異なり、整体などと同様に法的な根拠のない医業類似行為に分類されます。米国の公的な資格を取得した施術者もあれば、数日の講習を受けて開業する施術者もあり、そのレベルは様々で、健康被害を生じた報告もあります。
    日本国内でこれを行おうとするなら、まず医師免許を取得して行うべきと思われます。

第10 医業類似行為に対する取扱いについて
・ 厚生労働省HPに載ってある「医業類似行為に対する取扱いについて」(平成3年6月28日付の厚生省健康政策局医事課長通知)は以下のとおりです。

医業類似行為に対する取扱いについて(平成三年六月二八日)(医事第五八号)
(各都道府県衛生担当部(局)長あて厚生省健康政策局医事課長通知)
近時、多様な形態の医業類似行為又はこれと紛らわしい行為が見られるが、これらの行為に対する取扱いについては左記のとおりとするので、御了知いただくとともに、関係方面に対する周知・指導方よろしくお願いする。
1 医業類似行為に対する取扱いについて
(1) あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう及び柔道整復について
   医業類似行為のうち、あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう及び柔道整復については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(昭和二十二年法律第二百十七号)第十二条及び柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)第十五条により、それぞれあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復師の免許を有する者でなければこれを行ってはならないものであるので、無免許で業としてこれらの行為を行ったものは、それぞれあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律第十三条の五及び柔道整復師法第二十六条により処罰の対象になるものであること。
(2) あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう及び柔道整復以外の医業類似行為について
   あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう及び柔道整復以外の医業類似行為については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律第十二条の二により同法公布の際引き続き三か月以上医業類似行為を業としていた者で、届出をした者でなければこれを行ってはならないものであること。したがって、これらの届出をしていない者については、昭和三十五年三月三十日付け医発第二四七号の一厚生省医務局長通知で示したとおり、当該医業類似行為の施術が医学的観点から人体に危害を及ぼすおそれがあれば禁止処罰の対象となるものであること。
2 いわゆるカイロプラクティック療法に対する取扱いについて
   近時、カイロプラクティックと称して多様な療法を行う者が増加してきているが、カイロプラクティック療法については、従来よりその有効性や危険性が明らかでなかったため、当省に「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」のための研究会を設けて検討を行ってきたところである。今般、同研究会より別添のとおり報告書がとりまとめられたが、同報告においては、カイロプラクティック療法の医学的効果についての科学的評価は未だ定まっておらず、今後とも検討が必要であるとの認識を示す一方で、同療法による事故を未然に防止するために必要な事項を指摘している。
   こうした報告内容を踏まえ、今後のカイロプラクティック療法に対する取扱いについては、以下のとおりとする。
(1) 禁忌対象疾患の認識
   カイロプラクティック療法の対象とすることが適当でない疾患としては、一般には腫瘍性、出血性、感染性疾患、リュウマチ、筋萎縮性疾患、心疾患等とされているが、このほか徒手調整の手技によって症状を悪化しうる頻度の高い疾患、例えば、椎間板ヘルニア、後縦靭帯骨化症、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、骨粗しょう症、環軸椎亜脱臼、不安定脊椎、側彎症、二分脊椎症、脊椎すべり症などと明確な診断がなされているものについては、カイロプラクティック療法の対象とすることは適当ではないこと。
(2) 一部の危険な手技の禁止
   カイロプラクティック療法の手技には様々なものがあり、中には危険な手技が含まれているが、とりわけ頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法は、患者の身体に損傷を加える危険が大きいため、こうした危険の高い行為は禁止する必要があること。
(3) 適切な医療受療の遅延防止
   長期間あるいは頻回のカイロプラクティック療法による施術によっても症状が増悪する場合はもとより、腰痛等の症状が軽減、消失しない場合には、滞在的に器質的疾患を有している可能性があるので、施術を中止して速やかに医療機関において精査を受けること。
(4) 誇大広告の規制
   カイロプラクティック療法に関して行われている誇大広告、とりわけがんの治癒等医学的有効性をうたった広告については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律第十二条の二第二項において準用する第七条第一項又は医療法(昭和二十三年法律第二百五号)第六十九条第一項に基づく規制の対象となるものであること。

別添 略

第11 保険施術及び療養費の請求に関する定め
・ 日本柔道整復師会の会員について適用される,柔道整復師の施術に係る療養費の受領委任の取扱いに関する協定書(「柔道整復師の施術に係る療養費について」(平成22年5月24日付の厚生労働省保険局長書簡)別添1)のうち,保険施術及び療養費の請求に関する定めは以下のとおりです(文中の「丁」は,都道府県知事等から登録された,日本柔道整復師会の会員のことです(協定書9項参照)。)。

第3章 保険施術の取扱い

(施術の担当方針)
14 丁及び勤務する柔道整復師は、関係法令及び通達を遵守し、懇切丁寧に柔道整復に係る施術(以下「施術」という。)を行うこと。
   また、施術は、被保険者又は被扶養者である患者(以下「患者」という。)の療養上妥当適切なものとすること。
(受給資格の確認等)
15 丁は、患者から施術を求められた場合は、その者の提出する被保険者証(健康保険被保険者受給資格者票、健康保険被保険者特別療養費受給票、船員保険被扶養者証を含む。以下同じ。)によって療養費を受領する資格があることを確認すること。
   ただし、緊急やむを得ない事由によって被保険者証を提出することができない患者であって、療養費を受領する資格が明らかなものについてはこの限りでないが、この場合には、その事由がなくなった後、遅滞なく被保険者証を確認すること。
(療養費の算定、一部負担金の受領等)
16 丁は、施術に要する費用について、別に厚生労働省保険局長が定める「柔道整復師の施術に係る療養費の算定基準」(以下「算定基準」という。)により算定した額を保険者等に請求するとともに、患者から健康保険法、船員保険法、国民健康保険法及び高齢者医療確保法に定める一部負担金に相当する金額の支払いを受けるものとすること。
   なお、患者から支払いを受ける一部負担金については、これを減免又は超過して徴収しないこと。
   ただし、算定基準の備考5.により算定する場合は、当該施術に要する費用の範囲内に限り、算定基準により算定した費用の額を超える金額の支払いを受けることができること。
   また、請求に当たって他の療法に係る費用を請求しないこと。
(領収証の交付)
17 丁は、患者から一部負担金の支払を受けるときは、正当な理由がない限り、領収証を無償で交付するとともに、患者から求められたときは、正当な理由がない限り、当該一部負担金の計算の基礎となった項目ごとに記載した明細書を交付すること。
(意見書の交付)
18 丁は、患者から傷病手当金を受けるために必要な傷病手当金意見書の交付を求められたときは、無償で交付すること。
(施術録の記載)
19 開設者及び丁は、受領委任に係る施術に関する施術録をその他の施術録と区別して作成し、必要な事項を記載した上で、施術が完結した日から5年間保存すること。
(医師の同意の記載)
20 丁及び勤務する柔道整復師は、骨折及び脱臼に対する施術を医師の同意を得て行った場合は、施術録にその旨を記載するとともに、第4章23の申請書に記載すること。
(保険者への通知)
21 丁は、患者が次の事項に該当する場合は、遅滞なく意見を附してその旨を保険者等に通知すること。
⑴ 闘争、泥酔又は著しい不行跡によって事故を起こしたと認められたとき。
⑵ 正当な理由がなくて、施術に関する指揮に従わないとき。
⑶ 詐欺その他不正な行為により、施術を受け、又は受けようとしたとき。
(施術の方針)
22 丁及び勤務する柔道柔整師は、施術の必要があると認められる負傷に対して、的確な判断のもとに患者の健康の保持増進上妥当適切に施術を行うほか、以下の方針によること。
⑴ 施術に当たっては、懇切丁寧を旨とし、患者の治療上必要な事項は理解しやすいように指導すること。
⑵ 施術は療養上必要な範囲及び限度で行うものとし、とりわけ、長期又は濃厚な施術とならないよう努めること。
⑶ 現に医師が診療中の骨折又は脱臼については、当該医師の同意が得られている場合のほかは、施術を行わないこと。ただし、応急手当をする場合はこの限りでないこと。
   この場合、同意を求めることとしている医師は、原則として当該負傷について診療を担当している医師とするが、当該医師の同意を求めることができないやむを得ない事由がある場合には、この限りではないこと。

⑷ 柔道整復師法等関係法令に照らして医師の診療を受けさせることが適当であると判断される場合は、医師の診療を受けさせること。

第4章 療養費の請求
(申請書の作成)
23 丁は、保険者等に療養費を請求する場合は、次に掲げる方式により柔道整復施術療養費支給申請書(以下「申請書」という。)を作成し、速やかな請求に努めること。
⑴ 申請書の様式は、様式第5号又はそれに準ずる様式とすること。
⑵ 申請書を月単位で作成すること。
⑶ 同一月内の施術については、施術を受けた施術所が変わらない限り、申請書を分けず、一の申請書において作成すること。(同一月内に治癒又は中止した後に、新たな負傷が発生した場合を含む。)
⑷ 申請書の「受取代理人」欄は、患者の自筆により被保険者の住所、氏名、委任年月日の記入を受けること。患者が記入することができない場合には、柔道整復師が自筆により代理記入し患者から押印を受けること。
⑸ 3部位目を所定料金の100分の70に相当する金額により算定することとなる場合は、すべての負傷名にかかる具体的な負傷の原因を申請書の「負傷の原因」欄に記載すること。
⑹ 施術日がわかるよう申請書に記載すること。
(申請書の送付)
24 丁は、申請書を保険者等毎に取りまとめ、丙に送付すること。
   丙は、様式第6号及び様式第7号又はそれに準ずる様式の総括票を記入の上、それぞれを添付し、原則として、毎月10日までに、保険者等へ送付すること。ただし、26により国民健康保険等柔道整復療養費審査委員会が設置されている場合は国民健康保険団体連合会(以下「国保連合会」という。)へ送付すること。
(申請書の返戻)

25 保険者等又は国保連合会は、申請書の事前点検を行い、申請書に不備がある場合は、丁が所属する各都道府県社団法人柔道整復師会長を経由して丁に返戻すること。

第12 関連記事その他
1 健康保険との関係については,全国健康保険協会(協会けんぽ)HPの「柔道整復師(整骨院・接骨院)のかかり方」が参考になります。
2 はり・きゅう,あん摩・マッサージの場合,医師の同意がない限り国民健康保険を使えません(協会けんぽHPの「はり・きゅうのかかり方」及び「あん摩・マッサージのかかり方」)。
3 NHKクローズアップ現代HP「”肩こり解消”で思わぬ被害!?~癒やしブームの陰で何が~」(平成28年2月10日付)が載っています。
4(1) 厚生労働省HPの「療養費について」に,柔道整復師,はり・きゅう,あん摩・マッサージの療養費に関する資料が載っています。
(2) サンペル法律事務所HP「整骨院、接骨院の個別指導と監査」が載っています。
5 厚生労働省の第8回社会保障審議会医療保険部会 柔道整復療養費検討専門委員会(平成28年11月2日開催)の配布資料として,「柔道整復師に対する指導・監査等について」が載っています。
6(1) 以下の資料を掲載しています。
① 柔道整復師の施術に係る算定基準の実施上の留意事項(平成30年5月24日付の厚生労働省保険局医療課長書簡からの抜粋)
② 柔道整復師の施術に係る療養費について(通知)(平成30年5月24日付の厚生労働省保険局医療課長書簡からの抜粋)
③ 自賠責保険施術証明書・施術費明細書(柔道整復師用)
④ 柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いに関する指導監査業務等実施要領(指導編)(令和元年5月当時のもの)
⑤ 柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いに関する指導監査業務等実施要領(監査編)(令和元年5月当時のもの)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)

車両保険

目次
第1 車両保険の概要
第2 車両保険が適用される場合
第3 車両保険が適用されない場合
第4 車両保険における全損及び分損
第5 盗難自動車と車両保険
第6 車両全損時諸費用特約等
第7 関連記事その他

第1 車両保険の概要
1 車両保険は,自分の車の修理代等を補償する保険です。
2 車両保険の保険金の上限は,保険に入っている自分の車の時価(=市場価格)となっていますから,対人賠償責任保険又は対物賠償責任保険のように何千万円ものお金が問題となることはありません。
また,車両保険は保険金と比べて保険料が高額です。
3(1) 車両保険には免責金額があり,免責金額までの損害については,保険金は支払われません。
そのため,例えば,免責金額が5万円である場合,車の修理代に50万円かかったときに車両保険から支払われる保険金は45万円となります。
(2) 全損の場合,免責金額を設定している場合であっても,全額を補償してもらえます(保険の窓口インズウェブHP「車両保険の免責金額とは?いくらに設定する?」参照)。
4 車両保険に加入している場合,以下の費用も支払われます。
① 修理費の一環として,事故により被保険自動車が自力で動けなくなった場合の,最寄りの修理工場等に運搬するために要したレッカー代等の費用
② 盗難にあった被保険自動車を引き取るために必要であった費用
5 物損事故における修理費用は示談成立後に支払われますところ,過失割合に争いがあるなどして示談交渉が進まない場合,車両の修理を先に進めてしまうことがあります。
その際,加害者からの賠償に先行して,被害者自身が加入している車両保険を使用して修理費用を支払うことを,車両保険金先行払(=車両先行)といいます。
この場合,被害者の保険会社は,先行払いした保険金の範囲で,加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します(保険法25条)から,加害者からいくら回収できるかという点について,被害者は当事者ではなくなります。
6 通常の自動車保険の場合,故障が発生した場合のレッカー費用や代車・宿泊・移動費用について保険金を支払われることはあっても,故障車両自体の修理費について保険金を支払われることはありません(損保ジャパン日本興亜HPの「【自動車保険】「故障運搬時車両損害特約」の新設~走行不能時の故障損害を補償~」参照)。

第2 車両保険が適用される場合
1(1)   一般型の車両保険は通常,以下の場合に適用されます。
① 車同士の衝突,二輪自動車・原動機付自転車との衝突,火災・爆発,いたずら・落書き・窓硝子破損,飛来中・落下中の他物との衝突,台風・竜巻・洪水・高潮
② 盗難
③ 電柱・ガードレールに衝突,当て逃げ,車庫入れに失敗,転覆・墜落
(2) エコノミー型の車両保険の場合,一般型の車両保険と比べて保険料が安くなる代わりに,③の場合に車両保険が適用されなくなります。
そのため,他の自動車に衝突したものの,その運転者又は所有者が確認できない場合,当て逃げに該当するため,車両保険が適用されません。
(3) ソニー損保HPの「車両保険は必要なの?」によれば,平成25年3月末時点で,ソニー損保契約者のうち,車両保険の加入率は53.2%(うち,一般型が42.0%,エコノミー型が11.1%)となっています。
(4)ア 「衝突,接触…その他偶然な事故」を保険事故とする自家用自動車総合保険契約の約款に基づき,車両の水没が保険事故に該当するとして,車両保険金の支払を請求する者は,事故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることについて主張,立証すべき責任を負いません(最高裁平成18年6月1日判決最高裁平成18年6月6日判決)。
イ  保険金の支払事由を火災によって損害が生じたこととする火災保険契約の約款に基づき,保険者に対して火災保険金の支払を請求する者は,火災発生が偶然のものであることを主張,立証すべき責任を負いません(最高裁平成16年12月13日判決)。
2(1) 被保険自動車には通常,自動車の付属品として以下のものが含まれます。
そのため,例えば,車上荒らしにあってカーナビだけが盗まれたような場合にも車両保険は適用されます。
① 自動車又は原動機付き自転車に定着又は装備されている物
→ 例えば,カーステレオ,装備されているスペアタイヤ,標準工具,チャイルドシート,フロアマット,定着又は装備されている消火器・座席ベルト
② カーナビゲーションシステム及びETC搭載器
(2) 損害額が車両保険の自己負担額を下回る場合,車両保険からの支払はありません。
3 車がガードレールに衝突し,キャリアに固定していたスノーボードが壊れたとか,車が電信中に衝突し,トランク内のゴルフクラブが破損したといった場合,自動車の付属品以外のものが破損していますから,車両保険は適用されません。
そのため,これらの破損について保険金を支払ってもらいたい場合,車両身の回り品補償に加入する必要があります(おとなの自動車保険HPの「車両身の回り品補償」参照)。

第3 車両保険が適用されない場合
1 車両保険が適用されない場合の例としては,以下のものがあります。
① 保険契約者,所有権留保付売買の買主等の故意又は重大な過失によって発生した損害
② 戦争,外国の武力行使等又は暴動
③ 地震若しくは噴火又はこれらによる津波
→ 東日本大震災による津波については,車両保険は適用されませんでした。
④ 原発事故
→ 福島第一原発事故については,車両保険は適用されませんでした。
⑤ 詐欺又は横領
→ 車をだまし取られた場合,車両保険は使えません。
⑥ 競技又は曲技
→ 競技の例としては,ロードレース(山岳ラリー,タイムラリー)及びサーキットレースがあります。
曲技の例としては,サーカス,スタントカーがあります。
⑦ 無免許運転,免許停止中の運転,免許外運転
⑧ 酒酔い運転,酒気帯び運転
⑨ 偶然の外来の事故に由来しない故障損害
2 地震若しくは噴火又はこれらによる津波については,特約が付いている場合,車両保険が適用されます。
特約の例としては,一時金として50万円が支払われる損保ジャパン日本興亜の「地震・噴火・津波車両全損時一時金特約」があります。

第4 車両保険における全損及び分損
1 全損及び分損の意義
(1) 車両保険における全損は以下の場合です。
① 物理的全損
被保険自動車を物理的に修理できない場合をいいます。
② 経済的全損
被保険自動車の修理費が協定保険価額を超える場合をいいます。
③ 盗難
被保険自動車が盗難されて発見されなかった場合をいいます。
(2) 車両保険における分損とは,被保険自動車の修理費が協定保険価額を超えない場合をいいます。
2 協定保険価額
(1)ア 協定保険価額とは,契約締結時における被保険自動車と同一の用途車種,車名,型式,仕様,初度登録年月等で,損耗度が同一の自動車の市場販売価格相当額を参考に,車両保険加入時に決定する,全損時の支払上限額のことです。
また,自動車の市場販売価格相当額は,原則としてオートガイド社が毎月発行している「オートガイド自動車価格月報」(通称はレッドブック)を参考に決定していることが多いです。
イ   任意保険の契約期間中,協定保険価額は下がらないのに対し,車の時価は日々下がりますから,協定保険価額は保険契約者にとっては有利な価額となります。
ただし,任意保険の契約を更新する際,協定保険価額は下がることとなります。
(2) 新車の場合,設定できる協定保険価額の範囲は狭いのに対し,中古車の場合,設定できる協定保険価額の範囲は広くなります。
(3) 車両保険には通常,車両価額協定保険特約が自動的にセットされていますから,協定保険価額が車両保険の保険金額となります。
3 全損時の車両保険の保険金
(1) 全損の場合,協定保険価額と修理代のどちらか低い方が車両保険の保険金として支払われるのであって,免責金額が差し引かれることはありません。
(2)   追突事故のように相手方に100%の過失がある場合であっても,相手方の任意保険会社は車両の時価額しか提示してきません。
そのため,この場合,協定保険価額と時価額との差額について車両保険からの支払を受けることができます。
4 分損時の車両保険の保険金
(1)   分損の場合,修理代から免責金額を差し引いた金額が車両保険の保険金として支払われます。
(2) 物損事故について自分にも過失がある場合,過失割合部分について車両保険を使用できますものの,車両保険を使用した場合,ノンフリート等級が3等級下がって翌年度からの任意保険の保険料が上がります。
また,保険会社によっては,次に車両保険を使うときの免責金額が上がることがあります(例えば,損保ジャパン日本興亜の「車両保険とは」参照)。
そのため,車両保険の保険金(=修理代から免責金額を差し引いた金額)と,車両保険の保険料の値上がり分を比較して,車両保険を使うかどうかを判断すべきこととなります。
(3) 車両保険を使った方がいいかどうかにつき,外部HPの「3等級ダウン事故~こんな場合,保険を使った方が良い?~」 が参考になります。
ただし,車対車の事故の場合,相手の車に対する賠償について対物賠償責任保険を使うのであれば,それだけでノンフリート等級が3等級下がるわけですから,次に事故を起こした際の自己負担額が上がる場合であっても,自分の車について車両保険を使った方がいいです。
(4) 以前は,車両保険を使っても保険期間中の1回目の保険事故に限り次年度の等級を下げないという等級プロテクト特約が存在しましたが,平成24年10月の自動車保険改定により廃止しされました。
等級が下がらずに車両保険を利用できる関係で,保険会社の想定以上に車両保険が利用された結果,保険会社にとって儲からない特約だったことが原因であるといわれています。
5 車両新価保険特約(新車特約)
(1) 新車特約とは,購入した新車が購入後一定の期間内に一定以上の損害を受けた場合に,新たに代わりの自動車(新車)を購入するための費用を支払ってくれる特約をいいます。
(2) 新車特約をセットするためには,自動車の初度登録から37ヶ月以内に保険期間の末日があることといった条件が付いていることがあります。
また,盗難による全損の場合,新車特約は適用されないことがあります。
(3) 東京海上日動HPの「お車の補償に関するその他の特約」に,車両新価保険特約,地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約及び車両無過失事故に関する特約の説明が載っています。
6 車両保険を使用してもノンフリート等級が下がらない場合
相手方自動車の追突,センターラインオーバー,赤信号無視又は駐停車中の契約自動車への衝突・接触による事故において,契約自動車の運転者及び所有者に過失がなかったと保険会社が判断したような場合,車両保険を使ってもノンフリート等級が下がりませんから,自分の保険会社に問い合わせてください(例えば,損保ジャパンの「車両保険とは」の「無過失車対車事故の特則」参照)。

第5 盗難自動車と車両保険
1 車両保険では,盗難に遭った場合には車両保険金が支払われます。
この場合,盗難に遭った自動車の所有権は保険会社に移転しますものの,保険金の支払を受けてから60日以内に被保険自動車が発見された場合,保険金を返して発見された自動車の返還を求めることもできます。
2 ①詐欺又は横領により生じた損害,及び②詐欺又は横領にあった後,被保険自動車の占有を回復するまでの間に被保険自動車に発生した破損等の損害は免責となり,保険金は支払われません。
これらの損害の発生原因には被保険者の意思が介在する点で盗難と異なり,これを担保するためには新たな危険(信用リスク)の測定も必要となり,保険料率にも影響するために免責とされていますから,詐欺又は横領を行った者が誰であるか,又は誰に対して行われたのかを問いません。
そのため,保険金を請求するに当たり,損害発生原因をこれらと区別するために,盗難による損害が発生した旨を証明する必要があります。
3 一般に盗難とは,占有者の意に反する第三者による財物の占有の移転をいいますところ,車両保険の場合,被保険自動車の盗難という保険事故が保険契約者又は被保険者の意思に基づいて発生したことは,保険者が免責事由として主張,立証すべき事項です。
そのため,被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして車両保険金の支払を請求する者は,被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張、立証すべき責任を負うものではありません。
しかし,上記主張立証責任の分配によっても,上記保険金請求者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張、立証する責任を免れるものではありません。
そして,その外形的な事実は,「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」という事実から構成されるとされています(最高裁平成19年4月23日判決参照)。
4 STOP THE 自動車盗難HP「自動車盗難の現状」によれば,自動車盗難の認知件数(車両本体の盗難であり,部品盗及び車上ねらいは除く。)は以下のとおり推移しています。
平成15年:6万4223件,平成16年:5万8737件
平成17年:4万6728件,平成18年:3万6058件
平成19年:3万1790件,平成20年:2万7668件
平成21年:2万5960件,平成22年:2万3970件
平成23年:2万5238件,平成24年:2万1319件
平成25年:2万1529件,平成26年:1万6104件
平成27年:1万3821件,平成28年:1万1655件
平成29年:1万 213件

第6 車両全損時諸費用特約
1 車両保険に自動セットされていることがある車両全損時諸費用特約に加入している場合,車両保険の保険金額の10%(上限20万円)が支払われます。
そのため,それによって,廃車時にかかる費用及び新車購入時にかかる費用をある程度まかなうことができます。
2 東京海上日動HPの「車両保険」に,車両全損時諸費用補償特約に関する説明が載っています。

第7 関連記事その他
1 ほけんの窓口インズウェブHP「各社のロードサービス比較」が載っています。
2 判例タイムズ1382号(2013年1月号)に「車両保険に基づく保険金請求事件について」が載っています。
3 小島法律事務所HPの「入力方向について(物損事故)」には「入力方向とは、どこから相手の車が衝突してきたかを示すのではなく、両当事車両の衝突によって発生した合力が矢印で表現されたものなのです。」と書いてあります。
4 以下の記事も参照してください。
・ 任意保険の示談代行
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

人身傷害補償保険

目次
第1 総論
第2 人身傷害補償保険が適用される場合等
1 人身傷害補償保険が適用される場合
2 人身傷害補償保険の適用範囲には差があること
3 具体例
第3 人身傷害補償保険の請求時期(人傷先行型及び賠償先行型)と,最終的な回収額との関係
1 前提となる事例等
2 被害者が先に人身傷害補償保険の保険金の支払を受けた場合(人傷先行型)
3 被害者が先に加害者から損害賠償金を回収した場合(賠償先行型)
4 被害者の最終的な回収額の上限
5 弁護士費用特約との関係
第4 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険の場合
1 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険等の約款
2 人傷先行型及び賠償先行型ごとの,被害者の最終的な回収額
3 その他の損害保険会社の取扱い
第5 人身傷害補償保険金を支払った損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効
第6 関連記事その他

第1 総論
1(1) 人身傷害補償保険は,交通事故により記名被保険者及びその同居の家族等が損害を被った場合に保険金を支払うものです。
被害者の過失部分の損害を補償するということで,被保険者らの過失であると,加害者の過失であるとを問わず,一括して保険金が支払われます。
(2) 人身傷害補償保険の保険金は,実際の損害額を基準としているものの,自動車保険約款の基準に基づく金額であって,訴訟基準に基づく金額よりも少ないです。
    ただし,人身傷害補償保険の場合,被保険者の現実収入が少なくても,年齢別平均賃金によって休業損害や逸失利益を算定することが認められている場合がありますから,場合によっては,人身傷害補償保険の保険金が実際の損害額を上回ることがあります。
(3) 人身傷害補償保険は,損害保険市場の自由化を受けて,当時の東京海上火災保険株式会社が平成10年10月1日に発売を始めた保険商品です。
2 人身傷害補償保険は,人身損害の「被害者側が」契約しておき,被害者側に保険金が支払われるものであるという点で,人身損害の「加害者側が」契約しておき,加害者側の損害賠償責任を填補するために保険金が支払われる「賠償責任保険」とは異なります。
3 搭乗者傷害保険(定額払い)にも加入している場合,人身傷害補償保険(実損払い)とは別枠で搭乗者傷害保険が適用されます。
4(1) 被害者の過失が0%であり,加害者が対人賠償責任保険に加入している場合,被害者が受領できる損害賠償金は,被害者が人身傷害補償保険に入っている場合と入っていない場合とで異なりません。
    これに対して被害者の過失がわずかでもあったり,加害者が対人賠償責任保険に加入していなかったりした場合,被害者が受領できる損害賠償金は,被害者が人身傷害補償保険に張っている場合の方が多くなります。
(2) はじめて自動車保険HPの「全国・都道府県別の自動車保険の加入率」によれば,平成27年3月末時点において,対人賠償責任保険の加入率は73.8%であり,自動車共済を含めても加入率は約85%とのことです。
    そのため,約15%の自動車は自賠責保険にしか入っていないこととなりますから,人身傷害補償保険に入っておいた方が安心です。
    実際,「全国・都道府県別の自動車保険の加入率」によれば,平成27年3月末時点において,人身傷害補償保険の加入率は67.0%となっています。
5 人身傷害補償保険だけを利用した場合,ノンフリート等級が下がることはありません(「ノンフリート等級」参照)。
6(1) 人身傷害補償保険は,自分の側に100%の過失がある場合であっても使えます。
(2) 飲酒運転で交通事故を起こした場合,運転者本人について人身傷害補償保険は適用されません。
    しかし,飲酒運転で交通事故を起こした自動車に同乗者がいた場合,同乗者が受けた損害については,原則として,対人賠償責任保険のほか,人身傷害補償保険が適用されます(自動車保険完全マニュアルHP「飲酒運転で事故を起こしてしまった!事故の相手方が飲酒運転だった!保険金は支払われる?」参照)。
7 人身傷害補償保険の保険金は,保険約款上,同一の損害について労災保険給付が受けられる場合には,その給付される額(労働福祉事業の特別支給金を除く。)を差し引いて支払うものとされています。
    そのため,労災保険として損害の二重てん補を未然に防止し円滑な事務処理を行う目的から,人身傷害補償保険からも保険金を受けとることができる被災者等が労災保険給付の請求を行った場合には,人身傷害補償保険取扱保険会社に対して,労災保険給付の請求があった旨を通知する取り扱いを行っています(大分労働局HP「特に注意すべき事項について」参照)。

第2 人身傷害補償保険が適用される場合等
1 人身傷害補償保険が適用される場合
(1) 人身傷害補償保険は以下の場合に適用されます。
① 被保険自動車に乗車中に交通事故が発生した場合
・  搭乗者全員に適用されます。
② 「他の」自動車に乗車中に交通事故が発生した場合
・   記名被保険者及びその家族に適用されます。
例えば,友人の車に乗っているときに交通事故にあってケガをした場合に適用されます。
③ 歩行中や自転車運転中に交通事故が発生した場合 
・   記名被保険者及びその家族に適用されます。
例えば,子供が通学途中に交通事故にあってケガをした場合に適用されます。
(2)  ②及び③の家族の範囲は,記名被保険者(=保険証券に記載されている被保険者),記名被保険者の配偶者,同居の親族及び別居の未婚の子(=婚姻歴がない子)です。
(3)ア ②の「他の自動車」には,自分所有の別の自動車,及び家族所有の自動車は含まれません。
    そのため,例えば,人身障害補償保険に入っていない配偶者の車に乗車中に交通事故が発生した場合,人身障害補償保険が適用されることはありません。
イ 社用車など勤務先の自動車に業務のために搭乗している場合,②の例外として人身障害補償保険は適用されません。
ただし,この場合,業務災害として労災保険の対象となります。
(3) 二輪自動車又は原動機付自転車に乗車中に交通事故が発生した場合,自動車に関する人身傷害補償保険は通常,適用されません。
2 人身傷害補償保険の適用範囲には差があること
(1) 人身傷害補償保険によっては,適用される場合が①の場合に限定されていることがあります。
    例えば,東京海上日動及び損保ジャパン日本興亜の自動車保険の場合,人身傷害補償保険が適用されるのは①の場合に限られるのであって,特約を付けた場合に限り,②及び③の場合にも適用されることとなります(東京海上日動HPの「人身傷害保険」,及び損保ジャパン日本興亜HPの「人身傷害保険」参照)。
(2) セゾン自動車火災の「おとなの自動車保険」の場合,2016年3月末時点でいえば,97.3%が人身傷害補償保険に加入し,そのうちの86.1%が「車内・車外ともに補償」(=①ないし③の場合すべての補償)を選んでいるとのことです(おとなの自動車保険HPの「人身傷害」参照)。
3 具体例
(1) 搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方に入っていた場合において,運転手に過失があるとき,当該運転手に対し,自分の自動車保険から,搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方から保険金が支払われます。
(2)   友人の自動車に同乗しているときに交通事故にあった場合において,その友人が搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方に入っていたとき,当該同乗者に対し,友人の自動車保険から,対人賠償責任保険に加えて搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方から保険金が支払われます。
    この場合において,当該同乗者の同居の父親が,車外事故も対象とする人身傷害補償保険に加入していた場合,当該同乗者は,父親の人身傷害補償保険からも保険金が支払われますものの,友人及び父親の人身傷害補償保険から二重に保険金が支払われるわけではありません。

第3 人身傷害補償保険の請求時期(人傷先行型及び賠償先行型)と,最終的な回収額との関係
1 前提となる事例等
(1)   訴訟基準に基づく被害額が1000万円であり,人身傷害補償保険の基準に基づく被害額が800万円であり,自賠責保険基準に基づく損害額が500万円であり,過失割合が50%の交通事故の被害者(過失相殺後の損害賠償請求権の額は500万円です。)が,加害者の対人賠償責任保険及び自分の人身傷害補償保険の両方を利用できる。
(2) 訴訟基準に基づく被害額というのは,民法上認められるべき過失相殺前の損害額のことです(最高裁平成24年2月20日判決)。
(3) 加害者が被保険者となっている対人賠償責任保険の保険会社を対人社といい,人身傷害補償保険の保険会社を人傷社といいます。
2 被害者が先に人身傷害補償保険の保険金の支払を受けた場合(人傷先行型)
(1)ア 被害者は,自分の過失割合に関係なく,人傷社から800万円を支払ってもらえます。
    その後,加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起した場合,差額の200万円を支払ってもらえます(最高裁平成24年2月20日判決)。
そのため,被害者の最終的な回収額は1000万円となります。
イ 加害者が被保険者となっている対人社は,自賠責保険に対し,200万円を限度として加害者請求をします。
    そのため,人傷社が自賠責保険金を回収している場合,自賠責保険を通じて,対人社に200万円を限度とする返金の問題が発生します。
ウ 対人社が自賠責保険に請求する金額は加害者の過失割合に比例しますところ,加害者の過失割合が65%以下である限り,自賠責保険の重過失減額(傷害部分は2割減額,後遺障害部分は2割,3割又は5割減額)がありません。
    そのため,後遺障害事案でない場合,人傷社が自賠責保険金を回収している場合における返金額は,加害者の過失割合が65%であるときに最大となります。
(2) 最高裁平成24年2月20日判決は,①人身傷害補償保険金の額と②被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が③民法上認められるべき過失相殺前の損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると判示しています。
    そのため,前提となる事例では,①人身傷害補償保険金の額800万円+②被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額500万円-③民法上認められる過失相殺前の損害額1000万円=300万円についてだけ,人傷社が対人社に対して求償できることとなります。
    その結果,加害者の対人賠償責任保険の最終的な負担額は,(a)被害者に対する支払分200万円及び(b)人身傷害補償保険の求償に対する支払分300万円の合計500万円となります。
(3)ア 人傷先行型の場合,人傷社が対人社に対して加害者の過失部分500万円について求償することとなります。
    その関係で人傷社の手間が増えますから,加害者の過失割合が大きい場合,被害者にとっての必要性が小さいことと相まって,手続を嫌がられることがあります。
    また,損害賠償請求訴訟を提起した場合,訴訟上の和解をするにしても5%の遅延損害金を考慮してもらえますから,先に人身傷害補償保険の保険金を受領した場合,その分,遅延損害金が減ることとなります。
イ 人傷先行型の場合,人傷社が自賠責保険に対する被害者請求権を優先的に行使することを主張する結果,訴訟をしない限り,自賠責保険相当額が事実上,被害者の自己負担となることがあります。
   例えば,前提となる事例において自賠責保険相当額が500万円である場合,被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額500万円から500万円を控除される結果,訴訟をしない限り,被害者は加害者に対し,全く損害賠償請求ができない反面,前提となる事例において被害者の過失割合が10%である場合,被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額900万円から500万円を控除されるにすぎませんから,被害者は加害者に対し,200万円の損害賠償請求をできます。
    つまり,被害者の過失割合が大きいほど,自賠責保険相当額が事実上,被害者の自己負担となることの弊害が大きいということです。
(3) 被害者が人身傷害補償保険に基づく傷害保険金を受領した場合,保険会社の代位の成否及びその範囲を確定するため,裁判所としては,人身傷害補償保険の約款の具体的内容を必ず確認する必要があります(最高裁平成20年10月7日判決参照)。
3 被害者が先に加害者から損害賠償金を回収した場合(賠償先行型)
(1)   被害者は,加害者から500万円(=1000万円×加害者の過失割合50%)の損害賠償金を支払ってもらえます。
その後,被害者が人身傷害補償保険に保険金を請求した場合,以下の二つの取扱いがあります。
① 人傷基準差額説に基づく取扱い(大阪高裁平成24年6月7日判決
    この場合,人身傷害補償保険の基準に基づく被害額は800万円であり,既に500万円の損害賠償金が支払われているから,差額の300万円しか支払ってもらえません。
そのため,被害者の最終的な回収額は800万円となります。
② 訴訟基準差額説に基づく取扱い(最高裁平成24年5月29日判決の裁判官田原睦夫の補足意見)
この場合,訴訟基準に基づく被害額は1000万円であり,既に支払われた500万円との差額500万円を支払ってもらえます。
    そのため,被害者の最終的な回収額は1000万円となります。
(2)ア 自分が被保険者となっている保険会社が賠償先行型において人傷基準差額説と訴訟基準差額説のどちらを採用しているかを知るためには,弁護士に自動車保険約款を確認してもらった方がいいです。
    特に,加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起した上で損害賠償金を回収した場合,賠償先行型でも訴訟基準差額説で人身傷害補償保険の対応をしてくれる保険会社が増えてます。
イ 「交通事故事件21のメソッド」94頁には,平成28年9月時点の主要な保険約款では,「判決又は訴訟上の和解において賠償義務者が負担すべきとされた損害賠償額」(いわゆる訴訟基準損害額)が人傷基準損害額と異なる場合,訴訟基準損害額を人傷基準損害額とみなす旨の条項が設けられていると書いてあります。
    これによれば,主要な保険会社では,賠償先行型でも訴訟基準差額説で人身傷害補償保険の対応をしてくれることとなります。
ウ 賠償先行型でも訴訟基準差額説で人身傷害補償保険の対応をしてもらえる場合,訴訟上の和解をするのであれば,過失割合よりも損害認定額にこだわった方がいいです。
(3) 賠償先行型で人身傷害補償保険金を請求する場合,以下の資料が必要となります。
① 交通事故証明書
② 診断書及び診療報酬明細書
③ 休業損害関連資料
④ 訴状
⑤ 判決書,又は和解調書及び和解金の内訳が分かる文書
⑥ その他認定された損害の立証資料
(4) 賠償先行型において,対人社との間で,訴訟外で示談をしたり,交通事故紛争処理センターで解決したりした場合,通常は人傷基準差額説での対応しかしてもらえません。
4 被害者の最終的な回収額の上限
(1) 賠償先行型であると,人傷先行型であるとを問わず,①「過失相殺なしの訴訟基準の損害賠償請求権」と,②「人身傷害補償保険の保険金及び被害者の過失相殺後の損害賠償請求権の合計額」の小さい方が,被害者の最終的な回収額の上限となります。
    そのため,被害者の過失が大きい場合,被害者の最終的な回収額は,訴訟基準損害額に満たないことがあります。
(2)   例えば,被害者の過失割合が100%である場合,被害者は人身傷害補償保険しか受領できませんから,訴訟基準損害額の全額を回収することはできません。
5 弁護士費用特約との関係
(1) 人傷先行型の場合
ア(ア)   訴訟基準の損害額が自賠責保険基準の損害額より大きい場合,加害者に過失がある限り,人身傷害補償保険を受領した被保険者は損害賠償請求訴訟を提起することで追加の損害賠償金を受領できます。
    そのため,被害者の過失が大きい場合であっても,将来の訴訟提起を前提とすれば,理論上は常に弁護士費用特約を使えます。
(イ)   加害者の過失が100%でない限り,将来の訴訟の結果として,人傷社は,自賠責保険金を返金する必要が出てきます。
そのため,人傷先行型の場合,人傷社としては,弁護士費用特約の利用を嫌がることがあります。
イ(ア) 2日に1回以上のペースで整形外科又は整骨院に通院し,かつ,現実の休業日数が長いなどの理由で休業損害が大きかった場合,自賠責保険基準の損害額が訴訟基準の損害額を上回ることがあります。
    ただし,180日間,2日に1回以上のペースで通院した場合,訴訟基準の通院慰謝料は80万円であるのに対し,自賠責保険基準の通院慰謝料は4200円✕180日=75万6000円ですから,休業損害を伴わない限り,理論上は,訴訟基準の損害額が自賠責保険基準の損害額を下回ることはありません。
(イ) 整形外科に月に1,2回しか通わず,それ以外は2日に1回ぐらいのペースで6ヶ月間,整骨院に通院していた場合,訴訟基準では治療期間を制限される可能性が極めて高いのに対し,自賠責保険基準では治療期間を制限されないことがあります。
    この場合,例えば,訴訟基準の治療期間が3ヶ月であり,自賠責保険基準の治療期間が6ヶ月の場合,訴訟基準の通院慰謝料は48万円となり,自賠責保険基準の通院慰謝料は75万6000円となりますから,前者が後者を下回ることとなります。
(2) 賠償先行型の場合
ア  自賠責保険に対する被害者請求をしない場合
全く問題なく弁護士費用保険を使えます。
イ 自賠責保険に対する被害者請求をする場合
(ア) 過失相殺「後の」訴訟基準の損害額が自賠責保険からの支払額より多いと見込まれる場合,全く問題なく弁護士費用特約を使えます。
(イ) 自賠責保険は加害者の過失部分に充当されるため,訴訟提起前に自賠責保険に対する被害者請求をした場合,過失相殺「後の」訴訟基準の損害額が自賠責保険からの支払額より多くない限り,請求棄却判決となります。
    そのため,賠償先行型としたい場合において,過失相殺「後の」訴訟基準の損害額が自賠責保険からの支払額より少ないと見込まれる場合,自賠責保険の被害者請求をしないまま訴訟提起する必要があると思います。

第4 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険の場合
1 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険等の約款
 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険は,東京海上日動HPの「自動車保険Web約款のご案内」に載っていますところ,東京海上日動のトータルアシスト自動車保険の約款のうち,「2017年4月1日~始期契約」分91頁には,人身傷害補償保険の代位に関して以下の条文があります。
第2条(代位)
(1) 損害が生じたことにより被保険者または保険金請求権者が損害賠償請求権その他の債権(*1)を取得した場合において、当会社がその損害に対して保険金を支払ったときは、その債権は当会社に移転します。ただし、移転するのは、下表の額を限度とします。
① 当会社が損害の額(*2)の全額を保険金として支払った場合は、被保険者または保険金請求権者が取得した債権の全額
② ①以外の場合は、被保険者または保険金請求権者が取得した債権の額から、保険金が支払われていない損害の額(*2)を差し引いた額
(2) (1)の表の②の場合において、当会社に移転せずに被保険者または保険金請求権者が引き続き有する債権は、当会社に移転した債権よりも優先して弁済されるものとします。
(中略)
(*1) 共同不法行為等の場合における連帯債務者相互間の求償権を含みます。
(*2) 人身傷害条項においては、同条項第4項(お支払する保険金)(2)の規定により算定された額を損害の額とします(*4)。ただし、賠償義務者(*5)があり、かつ、判決または裁判上の和解(*6)において、賠償義務者(*5)が負担すべき損害賠償額が算定された場合であって、その算定された額(*7)が社会通念上妥当であると認められるときは、その算定された額(*7)を損害の額とみなします。
(中略)
(*4) この場合において、当会社に移転する債権の額は、(1)の表の額または当会社が支払った保険金の額のいずれか低い額を限度とします。 
(*5) 自動車または原動機付自転車の所有、使用または管理に起因して被保険者の生命または身体を害することにより、被保険者またはその父母、配偶者(*8)もしくは子が被る損害に対して、法律上の損害賠償責任を負担する者をいいます。
(*6) 民事訴訟法に定める訴え提起前の和解を含みません。
(*7) 訴訟費用、弁護士報酬、その他権利の保全または行使に必要な手続をするために必要とした費用及び遅延損害金は含みません。
(*8) 婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者および戸籍上の性別が同一であるが婚姻関係と異ならない程度の実質を備える状態にある者を含みます。
2 人傷先行型及び賠償先行型ごとの,被害者の最終的な回収額
(1) 人傷先行型の場合の取扱い
ア   東京海上日動の約款を前提とすると,2条(1)①に基づき,東京海上日動が人身傷害補償保険の基準に基づく保険金を支払った時点で,被保険者である被害者が有する損害賠償請求権の全額が東京海上日動に移転するように読めます。
    私の経験では,東京海上日動は,被害者が有する自賠責保険に対する被害者請求権を行使する結果,訴訟提起しなかった被害者の最終的な回収額は,第3で述べた人傷基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,800万円となります。
イ 加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起して判決を取得し,又は訴訟上の和解を成立させた場合,2条(1)②及び2条(2)が適用される結果,被害者の最終的な回収額は,第3で述べた訴訟基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,1000万円となります。
(2) 賠償先行型の場合の取扱い
ア 加害者から訴訟外で示談を成立させた場合,2条(1)①に基づき,人身傷害補償保険の基準に基づく保険金から示談金を控除した後の額が人身傷害補償保険金として支払われます。
    そのため,この場合,被害者の最終的な回収額は,第3で述べた人傷基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,800万円となります。
イ 加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起して判決を取得し,又は訴訟上の和解を成立させた場合,被害者の最終的な回収額は,第3で述べた訴訟基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,1000万円となります。
    第3の事例を2条(1)②及び2条(2)にあてはめた場合,被保険者が取得した債権600万円から,保険金が支払われていない損害の額200万円(訴訟基準での損害の額1000万円-人身傷害補償保険金800万円)を差し引いた400万円についてだけ,東京海上日動が被保険者に代位して加害者に請求できることとなります。
3 その他の損害保険会社の取扱い
・ 個別に確認したわけではありませんが,東京海上日動と同じような取扱いであると思われます。

第5 人身傷害補償保険金を支払った損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効
1 損害保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得は,保険法25条1項に基づくものであるところ,これは,法律上当然の移転であり,保険金支払の時に移転の効力が生じ,代位によって権利が移転しても,権利の同一性には影響がないと解されます。
2 人身傷害補償保険も,保険事故の発生により被保険者に生じた人身損害を填補することを目的とするものであって,損害保険の性質を有するものと解されるから,人身傷害補償保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得についても,人身傷害補償保険金支払の時に,権利の同一性を保つたまま,上記損害賠償請求権が保険会社に移転するのであり,代位が生じたことによって,上記損害賠償請求権の消滅時効の起算点が左右されるものではないと解されます。
3 そのため,人身傷害補償保険金を支払った損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,被保険者(被害者)の症状固定日となると解されています(東京地裁平成23年9月20日判決(第一審)及び東京高裁平成24年3月14日判決(控訴審)参照)。

第6 関連記事その他
1 125CC以下のバイクに乗車中に交通事故にあった場合,ファミリーバイク特約に基づく人身傷害補償保険を利用できることがあります(原付2種バイク最強説HPの「本当に激安?ファミリーバイク特約の料金について」参照)。
2 菅藤法律事務所HPの「交通事故被害者は人身傷害保険の利用順序にご注意ください」が参考になります。
3 国税庁HP「人身傷害補償保険金に係る所得税、相続税及び贈与税の取り扱い等について」(平成11年10月4日付の文書回答事例)が載っています。
4 保険市場HP「人身傷害保険(人身傷害補償保険)とは 」が載っています。
交通事故に関する赤い本講演録2012年53頁ないし66頁に「人身傷害補償保険金の支払による保険代位を巡る諸問題」が載っています。
    また,交通事故に関する赤い本講演録2017年123頁ないし132頁に「人身傷害保険金請求を行う場合の訴状作成のチェックポイント(訴訟手続研究部会)」が載っています。
6 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)に410頁ないし425頁に「人身傷害補償保険の諸問題」(例えば,人傷保険金の支払により損害賠償請求権を代位取得した保険会社による自賠責保険からの回収と損益相殺)が載っています。
7 以下の記事も参照してください。
・ 政府保障事業及び無保険車傷害特約
・ 自賠責保険の支払基準
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)

労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談

目次
1 総論
2 示談の文言
3 労災保険の支給決定前の示談の取扱い
4 自賠責保険の被害者請求と労災保険等の求償との関係
5 関連記事その他

1 総論
(1) 交通事故が労働災害に該当する場合,被災者は,使用者とは別の第三者の加害行為によってケガをしたこととなりますから,第三者行為災害となります(「第三者行為災害としての交通事故」参照)。
(2) 第三者行為災害の場合,労災保険は,被災者である交通事故被害者に支払った障害補償給付等を,被災者の過失割合に応じて損害保険会社に請求します。

2 示談の文言
(1)   示談が真正に成立し,かつ,その示談内容が,受給権者の第三者に対する損害賠償請求権(保険給付と同一の事由に基づくものに限る。)の全部の填補を目的とするものである場合,放棄した損害賠償請求権について,労災保険からの支給を受けることができなくなります(最高裁昭和38年6月4日判決参照)。
    また,慰謝料「以外の」名目で加害者から損害賠償金を支払ってもらった場合,その分,労災保険からの支給が減ります(労災保険法12条の4第2項)。
    そのため,労災保険からの支給がある場合,労基署に相談した上で示談する必要があります。
(2)ア 実務上は,以下の文言にしておけば特に問題はないです。
    乙は,甲に対し,本件事故に関して,労働者災害補償保険法,厚生年金保険法及び国民年金法に基づく過去及び将来の給付金並びに乙の甲に対する既払金とは別に,解決金として,金○○万円の支払義務があることを認める。
イ 「相手方は、請求人に対し、一切の損害の賠償として既払金のほか○万円の支払義務のあることを認めるとともに、請求人と相手方との間には当該示談金の支払のほかは、何らの債権債務のないことを確認する」という示談書を作成した事案では,労基署長から既払いの労災保険給付を取り消され,労働保険審査官に対する審査請求も棄却されましたが,労働保険審査会に対する再審査請求の結果,労災保険給付が再び支給されることになりました(労働保険審査会の平成30年労第42号の裁決参照)。
(3) 高額療養費をまだ支給されていない場合,「国民健康保険からの高額療養費とは別に」といった文言を追加すればいいです。

3 労災保険の支給決定前の示談の取扱い
・ 第三者行為災害事務取扱手引61頁及び62頁によれば,労災保険の支給決定前に示談が成立している場合の取扱いは以下のとおりです。
(1) 真正な全部示談が成立している場合の取扱い
    第一当事者等と第二当事者等の間で真正な労災保険給付を含む全損害の填補を目的とする示談(以下「全部示談」という。)が行われたと判断された場合には,それ以後の労災保険給付を行わないこと。
    労災保険給付を行わない場合の要件は,次の2点である。
ア 当該示談が真正に成立していること
    なお,次のような場合には真正に成立した示談とは認められないこと。
① 当該示談の成立が錯誤,心裡留保(その真意を知り,又は知り得べかりし場合に限る。)に基づく場合
② 当該示談の成立が詐欺又は強迫に基づく場合
イ 当該示談の内容が,第一当事者等の第二当事者等に対して有する損害賠償請求権(労災保険給付と同一の事由に基づくものに限る。)の全部の填補を目的としていること
    次のような場合には,損害の全部の填補を目的としているものとは認められないものとして取り扱うこと。
① 損害の一部について労災保険給付を受けることを前提として示談している場合
② 示談書の文面上,全損害の填補を目的とすることが明確になっていない場合
③ 示談書の文面上,全損害の填補を目的とする旨の記述がある場合であっても,示談の内容及び当事者の供述等から判断し,全損害の填補を目的としているとは認められなかった場合
    また,示談が真正な全部示談と認められるかどうかの判断を行うに当たっては,示談書の存在及び示談書の記載内容のみにとらわれることなく,当事者の真意の把握に努める必要があること。
(2) 真正な全部示談とは認められない場合の取扱い
    当該示談が真正な全部示談とは認められない場合には,労災保険給付を行う必要性が認められる限りにおいて労災保険を給付することとなるが,示談の成立に伴い,第一当事者等が第二当事者等又は保険会社等より損害賠償又は保険金を受領している場合には,受領済みの金額を控除して労災保険給付を行うこと。
    また,示談書は存在するが,調査の結果真正な全部示談とは認められなかったため労災保険給付を行うこととした場合には,示談締結時の状況や真正な全部示談とは認められないと主張する理由を,第一当事者等から書面によりあらかじめ徴しておくこと。
    なお,第一当事者等から書面を徴する目的は,真正な全部示談ではないことを第一当事者等が主張したという事実を文書で確認し保管しておくことにあるため,その趣旨が十分に記載されていれば書面は任意の様式で差し支えないこと。

4 自賠責保険の被害者請求と労災保険等の求償との関係
(1) 国民健康保険法による保険者は,被保険者に保険給付を行なったときは,同法64条1項に基づき,その給付の価額の限度において被保険者の第三者に対して有する損害賠償請求権を当然に取得します(最高裁昭和42年10月31日判決)。
(2) 被害者請求は,国民健康保険の求償及び労災保険の求償に優先して行使できると解されています(老人保健法に関する最高裁平成20年2月19日判決,及び労災保険法に関する最高裁平成30年9月27日判決)。
(3)ア  被害者の有する自賠法16条1項に基づく請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した上記請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても自賠責保険会社が国に対してした損害賠償額の支払は有効な弁済に当たります(最高裁令和4年7月14日判決)。
イ 自由と正義2023年12月号25頁には,「平成30年最判(山中注:最高裁平成30年9月27日判決)が示した被保険者の権利が優先すべきとする判例法理は、国と被保険者との間の優先劣後関係にすぎない相対的な関係であり、自賠責損害額について弁済をした自賠社の弁済の効力には影響を与えず、有効な弁済と解する。」と書いてあります。
(4) 国民健康保険法及び労災保険法には,請求権代位においては被保険者の権利が優先すると定める保険法25条2項に相当する条文がありませんから,被害者請求権と求償権の優先関係は法令の解釈に基づくものとなります。

5 関連記事その他

(1) 32期の都築民枝 元裁判官は,自由と正義2023年12月号15頁ないし21頁に「民事損害賠償請求における示談(和解)と労災保険給付請求」を寄稿しています。
(2) 保険会社との間で休業損害の単価及び期間並びに総額に関する争いがある事案において,示談成立後に労災保険に対して休業特別支給金を請求する予定である場合,示談書において,休業損害の単価及び期間を確認しておいた方がいいです。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 任意保険の示談代行制度

任意保険の示談代行

目次
第1 総論
第2 自賠責保険の支払基準を下回ることはないこと
第3 示談金における主な項目

第3 任意保険の示談代行を利用できない場合
第4 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の初期対応等
第5 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の一括払い
第6 任意保険会社との示談の形式(示談書及び免責証書)
1 総論
2 示談書
3 免責証書
第7 自動車保険約款における被害者の直接請求権
第8 裁判所に訴訟を提起した場合,事前交渉提示額より下がる場合があること
第9 任意保険とは別に人身傷害補償保険からの給付があるかもしれないこと
第10 自賠責保険の被害者請求をすることを前提として,加害者との間で示談をする場合の取扱い
第11 自動車保険約款における被害者の直接請求権

第12 保険会社のインターネット上の苦情窓口
第13 関連記事その他

第1 総論
1 示談代行制度とは,任意保険会社が被保険者に対して保険金の支払責任を応限度において,任意保険会社の費用により,被保険者の同意を得て,被保険者のために折衝,示談又は調停若しくは訴訟の手続(弁護士の選任を含む。)を行う制度をいいます。
    示談代行制度は,昭和49年に発売されたFAP保険(Family Automobile Policy)の対人賠償に初めて導入されました。
2 判決等により損害賠償額が確定した場合,被害者は,加害者の任意保険会社に対して直接,損害賠償請求をすることができます。
    そのため,保険会社の社員が行う示談交渉は保険会社自身の損害賠償債務についての交渉となる点で弁護士法72条に定める「他人の法律事務」ではないという理屈により,示談代行は,非弁護士による法律事務の取扱いを禁止する弁護士法72条には違反しないとされています。
3 任意保険の示談代行制度を利用した場合であっても,対物賠償責任保険又は対人賠償責任保険を使用せずに自分で損害賠償額を支払った場合,ノンフリート等級は下がりません。
4 交通事故・損害賠償請求ネット相談室HP(LSC総合法律事務所)「任意保険における示談代行サービスとは?」には,「通常保険会社が提示してくる損害賠償の金額は,裁判で認められる損害賠償の金額はかなり低額で,だいたい裁判基準の6割から7割程度であるといわれています。」と書いてあります。
5 最初の交通事故(第1事故)の治療中に再び交通事故(第2事故)にあった場合,第1事故の保険会社は対応を中断し、第2事故の保険会社が対応を引き継ぐことになっており、全損害額が確定した後、第2事故の保険会社が第1事故の保険会社と協議の上、寄与度割合を決定して求償していくようです(弁護士ブログの「また事故に遭っちゃったよ」参照)。

第2 自賠責保険の支払基準を下回ることはないこと
1 平成14年3月11日付の国土交通省自動車交通局保障課長通知「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」(国土交通省HPの告示・通達検索参照)に基づき,任意保険会社は,被害者と初期に接触した時点で,一括払の金額は自賠責保険支払限度額内では自賠責保険の「支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示)(自動車損害賠償保障法16条の3)による積算額を下回らないことを記載した書面を交付することにより,任意保険会社の支払額は自賠責保険の「支払基準」を下回らないことが義務づけられています。
    これは,任意保険会社が過失相殺なり損害算定なりについて厳しい主張をする場合がありますところ,被害者が自賠責保険会社に自分で請求手続をとれば,「支払基準の水準で損害賠償額の支払を受けられるのに,任意保険会社から直接,賠償金を受け取ることにより,「支払基準」に達しない賠償しか受けられなくなるという事態を回避するためのものです。
    つまり,任意保険会社が示談をする場合,自賠責保険の「支払基準」(自動車損害賠償保障法16条の3)を下回る金額で被害者と示談することはできません。
2 例えば,むち打ちで90日間,2日に1回のペースで通院した場合,裁判基準の通院慰謝料は48万円である(3.5日に1回のペースで通院した場合と同じです。)のに対し,自賠責保険基準の通院慰謝料は4200円×90日=37万8000円です。
    そのため,この場合,被害者の過失割合が25%とすれば,過失相殺後の裁判基準の通院慰謝料は48万円×0.75=36万円となりますから,自賠責保険基準の通院慰謝料の方が高いこととなります。
3 一般のHPとしては,「自賠責保険金の支払基準」の記載が分かりやすいです。

第3 示談金における主な項目
1 任意保険会社が示談交渉で示す示談金のうち,金額の大きな項目は通常,以下のとおりです(重次法律事務所HP「交通事故」参照)。
    ただし,自賠責保険の後遺障害等級認定がない場合,④後遺障害逸失利益及び⑤後遺障害慰謝料を支払ってもらうことはできません。
① 治療費
② 休業損害
③ 入院慰謝料及び通院慰謝料
④ 後遺障害逸失利益
→ 基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間によって計算します。
⑤ 後遺障害慰謝料
2(1) 義肢,歯科補てつ,義眼,眼鏡(コンタクトレンズを含む。),補聴器,松葉杖等の買換費用は治療関係費に含まれますから,物損に関する示談が成立している場合であっても請求できます。
    自賠責保険の場合,眼鏡(コンタクトレンズを含む。)は5万円が上限とされていますが,任意保険の場合,こうした上限はありません。
(2) 眼鏡等は身体の機能を補完するために必要なものである点で眼鏡等の損傷は人損ですし,交通事故時と同じ眼鏡等を再調達するのに必要な費用が損害となる点で減価償却は不要です。
3 痛み,しびれ等の後遺障害が14級に該当する場合,労働能力喪失期間は2年から5年であり,12級に該当する場合,労働能力喪失期間は5年から10年です。
4 弁護士に依頼して訴訟を提起して判決をもらった場合,遅延損害金(年5%)及び弁護士費用(損害額の10%)を追加で支払ってもらえます。
    ただし,訴訟を提起した後に和解をした場合,遅延損害金の半分ぐらいがプラスされますものの,弁護士費用(損害額の10%)を加害者から支払ってもらうことはできません。


第4 任意保険の示談代行を利用できない場合
1(1) 任意保険会社は加害者に対して保険金の支払責任を負う限度において示談代行するものですから,以下の事故については,任意保険会社に法律上の関係がないことから,弁護士法72条との関係で,示談代行してくれません。
① 無責事故
→ 被保険者に責任がない場合をいいます。
② 免責事故
→ 保険約款所定の免責事由に該当し,保険会社に保険金支払義務がない場合をいいます。
③ 自賠内事故
→ 被保険者の負担する賠償額が自賠責保険の支払額の範囲内の場合をいいます。
④ 保険金額超過事故
→ 被保険者が負担する法律上の損害賠償額が,任意保険の保険限度額と自賠責保険によって支払われる額の合計額を超えることが明らかな場合をいいます。
    例えば,対人・対物の限度額が無制限でない場合,死亡又は重度の後遺障害事故であれば保険金額超過事故となる結果,示談代行をしてもらえなくなる場合があります。
(2) ソニー損保のコミュニケーションサイト「保険会社が示談代行できない事故~もらい事故には弁護士特約で備える~」が載っています。
2 示談代行は,以下の場合もできないこととなっています。
① 損害賠償請求権者(被害者)が保険会社の示談代行に同意しない場合
→ この場合,被保険者は保険会社の協力,援助を受けながら交渉することとなりますものの,通常は,保険会社の顧問弁護士が加害者の代理人に就任して示談交渉をしてくれます。
② 被保険自動車に自賠責保険契約が締結されていない場合
③ 被保険者が正当な理由なく保険会社の求める協力要請を拒否した場合

第5 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の初期対応等
・ 一般社団法人日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」(平成24年4月作成)8頁及び9頁には,「自動車保険等において、会員会社が示談交渉を行う場合の被害者に対する初期対応」として,以下の記載があります(会員会社とは,一般社団法人日本損害保険協会に加盟する損害保険会社のことです。

ア.会員会社の担当者の案内
   被害者に担当者の所属部署名、氏名、連絡先を案内するとともに、会員会社が交渉の窓口になる場合は、被害者にその旨を説明する。
イ.請求可能項目の適切な算出のために必要となる損害調査に関する説明
   会員会社は損害賠償の観点から、被害者に対して請求可能な項目と内容を案内する。また、適切な損害調査と保険金支払の観点から、事故の状況、被害物件の損傷程度、被害者の傷害の内容・程度等、保険金の適切な算出のために必要となる各種損害調査を行う必要がある旨を被害者に説明し、損害調査への協力を求める。
ウ.事故状況等の事実関係の確認
   会員会社は被害者に対し、契約者等より確認している事故状況・事故原因等と、被害者が認識している事故状況・事故原因等に相違がないかどうか、丁寧に確認を行うとともに、双方の認識に相違がある場合は、事故現場の実地調査を行うなど、必要な確認調査を行う。
エ.お客さま情報の取扱いに関する丁寧な説明
   会員会社は被害者に対し、被害者の治療の内容・症状の程度等を確認するために必要となる診断書・診療報酬明細書等の医療情報を取得・利用することを説明し、被害者の同意の有無を確認する。被害者が同意する場合は、速やかに同意書への署名・捺印を依頼する。
オ.今後の進め方に関する打合せ
   会員会社は被害者に対し、加害者等が被害者に対して負うべき法律上の賠償責任の範囲について、具体的かつわかりやすく説明を行う。事故の最終的な解決にあたり、承諾書や示談書等の書類が必要となる旨を案内する。
   また、対人賠償事故においては、被害者より治療費・通院交通費・休業損害等の保険金内払いの必要性・要望等を十分確認し、連絡方法等、今後の進め方について丁寧な打合せを行う等、被害者保護に欠けることのないよう、適切な対応を心がける。

第6 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の一括払い
1 被害者の過失が概ね3割以下の交通事故の場合,加害者側の任意保険会社による一括払いを受けることができます。
2 一般社団法人日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」(平成24年4月作成)9頁には,「一括払いに関する丁寧な説明」として,以下の記載があります(会員会社とは,一般社団法人日本損害保険協会に加盟する損害保険会社のことです。)。
   契約者等・被害者が自動車事故で受傷している場合、会員会社は契約者等・被害者に対し、人身傷害保険や対人賠償保険では自賠責保険部分を含めて保険金を支払う「一括払い」を行うことについて親切・丁寧に説明し、同意の有無を確認する。

   契約者等・被害者が「一括払い」に同意しない、もしくは任意保険引受会社において「一括払い」を行うことができない場合は、会員会社は、自賠法15条に基づく請求手続(加害者請求)や自賠法16条に基づく請求手続(被害者の直接請求)、自賠責保険の仮渡金の請求手続を案内するとともに、親切・丁寧な説明と対応を行う。



第7 任意保険会社との示談の形式(示談書及び免責証書)
1 総論
(1)   加害者(=被保険者)側の任意保険会社と示談をする場合,被害者にも過失があるときは示談書を作成し,被害者に全く過失がないときは免責証書を作成します。
(2) 過失割合に争いがない場合,まずは物損について示談をし,症状固定となった後に人損について示談することとなります。
(3) 示談書及び免責証書は通常,3枚複写となっており,示談金の振込口座となる被害者又はその代理人弁護士の預貯金口座は2枚目及び3枚目にだけ記載されるのであって,加害者側の控えとなる1枚目には記載されません。
2 示談書
(1) 示談書とは,加害者及び被害者がお互いに対していくら支払うことで交通事故を解決するかを記載した書面であり,加害者及び被害者の両方の署名押印がなされます。
つまり,示談書の場合,加害者及び被害者の両方の署名押印が必要となる点で作成に手間が掛かります。
(2)   被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、書面による合意が成立した場合,被害者は,加害者側の任意保険会社に対し,自動車保険約款に基づき,損害賠償金の直接請求権を取得します。
そして,被害者が加害者との間で示談書を作成した場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できることとなります。
3 免責証書
(1) 免責証書とは,被害者が一方的に加害者及び任意保険会社宛に金○○円を受領することにより,加害者に対する損害賠償請求権を放棄することを宣言して署名押印する書面をいい,加害者の署名押印,及び任意保険会社の記名押印はなされません。
つまり,免責証書の場合,被害者の署名押印だけで足りますから,示談書の作成ほどは手間が掛かりません。
(2)   損害賠償請求権者が被保険者に対する損害賠償請求権を行使しないことを被保険者に対して書面で承諾した場合,被害者は,加害者側の任意保険会社に対し,自動車保険約款に基づき,損害賠償金の直接請求権を取得します。
そして,被害者が免責証書を作成した場合, 加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
(3)ア 東京海上日動火災保険株式会社と示談をする場合,免責証書の本文は以下のような文面になっています。
「上記事故によって乙の被った一切の損害に対する賠償金として,乙は「甲・丙」の保険契約に基づき丁より既払額○○万円の他に○○万円を受領後には,その余の請求を放棄するとともに,上記金額以外に何ら権利・義務関係の無いことを確認し,甲・丙および丁に対し今後裁判上・裁判外を問わず何ら異議の申立て,請求および訴えの提起等をいたしません。」
イ   甲及び丙は加害者であり,乙は被害者であり,丁は甲及び丙が被保険者となっている任意保険会社のことです。
ただし,加害者が1人だけの場合,丙はいません。


第8 裁判所に訴訟を提起した場合,事前交渉提示額より下がる場合があること
・ 以下のような事情があるため,裁判所に訴訟を提起した場合,訴訟上の和解又は判決での認容額が事前交渉提示額より下がることがあります。
① 訴訟提起後に実況見分調書,被害者のカルテ等を確認した結果,被害者に不利な事実が訴訟提起後に判明する場合があること。
→ 例えば,(a)交通事故の時に被害者がシートベルトをしていなかった事実,(b)治療中に事故の負傷部位にさらに別の事故での負傷が加わった事実,(c)後縦靱帯骨化症(OPLL)が治療の長期化・後遺障害の程度に大きく影響している事実があります。
② 早期解決ができることを条件として,訴訟では認められない可能性のある損害を任意保険会社が争っていない場合があること。
→ 例えば,介護のための家族の高額なホテル代があります。
③ 最終的に決裂した事前交渉中に,タクシー代支払の合意,休業損害額の合意といった,一部の事項だけの合意が成立していた場合
→ 訴訟提起後に合意の事実を被告が争った場合,決裂した合意の中の一部の中間的な合意については「法的に」成立していたという主張は非常に認められにくいです。

第9 任意保険とは別に人身傷害補償保険からの給付があるかもしれないこと
1 被害者に過失がある事故であっても,被害者について人身傷害補償保険が適用される場合,示談の前後を問わず,過失部分について人身傷害補償保険からの給付があります。
具体的にどのような場合に適用されるかについては,「人身傷害補償保険」を参照して下さい。
2 加害者に対する損害賠償請求訴訟をした上で,判決又は訴訟上の和解により損害賠償金を回収した場合,自分の過失部分について,金額が少ない人身傷害基準ではなく,金額が多くなる訴訟基準に基づく保険金を支払ってもらえます。
そのため,自分の過失割合が少ない場合,実質的に自分に過失がなかった場合と同額の損害賠償金を受領できることとなります(「人身傷害補償保険」参照)。
3 人身傷害補償保険の内容によっては,自分又は家族について,他の自動車に乗車中に交通事故が発生したり,歩行中や自転車運転中に交通事故が発生したりした場合であっても,過失部分について人身傷害補償保険から給付されることがあります(「人身傷害補償保険」参照)。


第10 自賠責保険の被害者請求をすることを前提として,加害者との間で示談をする場合の取扱い
1 被害者請求権の成立には,自賠法3条による被害者の保有者に対する損害賠償債権が成立していることが要件となっており,また,当該損害賠償債権が消滅すれば,被害者請求権も消滅します最高裁平成12年3月9日判決(先例として,最高裁平成元年4月20日判決)参照)。
   そのため,自賠責保険の被害者請求をすることを前提として,加害者との間で示談をする場合,自賠法3条に基づく損害賠償請求権を放棄したり,加害者との間での清算条項を入れたりすることはできませんから,「原告は,本件事故に関して,被告が被保険者となっている自賠責保険に対する被害者請求により損害賠償金の支払を受けることができた場合,被告に対し,人損部分に関する損害賠償請求はしないものとする。」といった条項を入れるにとどめた方がいいです。
2(1) 加害者に対しては,訴訟基準の損害額×加害者の過失割合-自賠責保険からの支払額しか請求できませんから,例えば,加害者に35%の過失がある場合において,傷害部分の訴訟基準の損害額が300万円,傷害部分の自賠責保険基準の損害額が200万円の場合,300万円×0.35-120万円(自賠責保険の限度額)=-25万円となる結果,和解条項にかかわりなく,傷害部分に関する損害賠償請求をすることはできません。
  また,14級の後遺障害があるときにおいて,後遺障害部分の訴訟基準の損害額が224万5000円(慰謝料が110万円,逸失利益が114万5000円(年収500万円×労働能力喪失率5%×労働能力喪失期間5年に対応するライプニッツ係数4.58=500万円×0.229))であるとした場合,224万5000円×0.35-75万円=3万5750円となる結果,和解条項がなかったとしても,後遺障害部分に関する損害賠償請求は3万5750円しかできません。
(2) 12級以上の後遺障害が残る可能性がある場合,「訴訟基準の損害額×加害者の過失割合」と「自賠責保険からの支払額」をちゃんと比較してから,人損部分に関する損害賠償請求はしないということを表明するかどうかを決める必要があります。

第10 自動車保険約款における被害者の直接請求権
1 以下の場合,損害賠償請求権者である被害者は,加害者(=被保険者)側の任意保険会社に対し,自動車保険約款に基づき,損害賠償金の直接請求権を取得します。
① 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定した場合または裁判上の和解もしくは調停が成立した場合
② 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、書面による合意が成立した場合
③ 損害賠償請求権者が被保険者に対する損害賠償請求権を行使しないことを被保険者に対して書面で承諾した場合
④ (3)に定める損害賠償額が保険証券記載の保険金額を超えることが明らかになった場合
⑤ 法律上の損害賠償責任を負担すべきすべての被保険者について、次のいずれかに該当する事由があった場合
ア.被保険者またはその法定相続人の破産または生死不明
イ.被保険者が死亡し、かつ、その法定相続人がいないこと。
2(1) ①につき,被害者が加害者に対して訴訟を提起し,訴訟上の和解が成立するなどした場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
②につき,加害者及び被害者の両方に過失がある場合に用いられる裁判外の解決方法であって,被害者が加害者との間で示談書を作成した場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
③につき,被害者に全く過失がない場合に用いられる裁判外の解決方法であって,被害者が免責証書を作成した場合, 加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
④につき,保険金額超過事故のことであり,加害者側の任意保険会社が限度額まで保険金を支払った後,示談交渉から手を引くことになります。ただし,対人・対物無制限の自動車保険の場合,④が問題となることはありません。
⑤につき,加害者が破産したような場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです(被害者の先取特権につき保険法22条参照)。
(2) 対人・対物無制限の場合,④が問題となることはありません。


第11 保険会社のインターネット上の苦情窓口
1 保険会社のインターネット上の苦情窓口は以下のとおりです(保険契約者が苦情を伝える場合,証券番号を入力する必要があります。)。
① 東京海上日動HP「お問い合わせ」
→ 問い合わせフォームがあります。
② 三井住友海上HP「お問い合わせ」
→ 問い合わせフォームがあります。
③ あいおいニッセイ同和損保HP「「お客さまの声」にお応えするために」
→ 問い合わせフォームがあります。
④ 損保ジャパン日本興亜HP「お客さま相談室(保険金支払ご相談窓口)」
→ 電話対応だけみたいです。
⑤ AIG損保HP「事故・病気・ケガ・災害時のご連絡」
→ 電話のほか,メールによる問い合わせに対応しているみたいです。
2(1) 1番安い自動車保険教えますHP「自動車保険19社の苦情窓口とクレームの入れ方|そんぽADRセンターとは? 」が載っています。
(2) 共済相談所HP「共済相談所のご案内」に載ってある共済相談所活動報告(平成29年度)3頁によれば,1789件の苦情のうち,1240件(69.3%)が共済金関係です。

第12 関連記事その他
1 チューリッヒ保険会社HP「交通事故の示談交渉とは」が載っています。
2(1) The Goal ブログ「自動車事故の示談における,損保の恐ろしい実態」には,「自動車保険の落とし穴(朝日新書)」からの引用として,「損保会社がやっている示談交渉サービスには,真実追及とか原因究明なんて高尚な理念はありません。一言で言うなら,いかに会社側の損害を抑えられるかってことですね。」などと書いてあります。
(2) 市況かぶ全力2階建ブログ「自動車保険会社のイメージ、被害者側の弁護士目線でみるとこうなる 」が載っています。
(3) 交通事故弁護士相談Cafe「トラック事故被害に遭うと想像以上に面倒な理由について」が載っています。
3(1) 誰でも分かる交通事故示談HP「交通事故示談とは?知らなきゃ損する!示談の流れや交渉時期、時効、弁護士へ依頼のタイミング等を一挙解説!」が載っています。
(2) 元示談担当者が教える交通事故の示談術HP「事故後、相手の保険会社からの電話で言ってはいけない3つの言葉」が載っています。
4 令和2年3月31日以前に発生した交通事故の損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければなりません(最高裁平成17年6月14日判決)。
5 「自動車保険の解説 2017」56頁には,賠償責任条項11条(損害賠償請求権者の直接請求権-対人賠償)において,保険会社が支払う損害賠償額に関して「同一事故につき既に当会社が支払った保険金または損害賠償額がある場合は、その全額を差し引いた額とします。」という注記があります。
    そのため,対人賠償責任保険の場合,内払によって支払われた損害賠償金の全額が加害者に対する損害賠償請求権の金額から控除されることとなりますから,事実上,費目拘束性はないと思います。
6 以下の記事も参照してください。
・ 物損に関する示談
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 交通事故でも健康保険を利用できること
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

任意保険が適用されない場合

目次
第1 任意保険一般が適用されない場合
第2 一定の任意保険が適用されない場合
第3 対人賠償責任保険が適用されない場合
1 総論
2 記名被保険者が被害者となる場合
3 自分の配偶者等が被害者となる場合
4 同僚災害の場合
第4 関連記事その他

第1 任意保険一般が適用されない場合
1 保険約款所定の免責事由によって損害が発生した場合,任意保険金は支払われません(保険法17条1項後段参照)。
2    以下のいずれかに該当する事由によって生じた損害については通常,保険約款所定の免責事由となっています。
① 戦争,外国の武力行使,革命,政権奪取,内乱,武装反乱その他これらに類似の事変又は暴動
② 地震若しくは噴火又はこれらによる津波
③ 核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物の放射性,爆発性その他有害な特性の作用又はこれらの特性に起因する事故
④ ③に規定した以外の放射線照射又は放射能汚染
⑤ ①から④までの事由に随伴して生じた事故又はこれらに伴う秩序の混乱に基づいて生じた事故(=随伴事故)
⑥ 被保険自動車を競技若しくは曲技のために使用すること,又は被保険自動車を競技若しくは曲技を行うことを目的とする場所において使用すること。

第2 一定の任意保険が適用されない場合
1 被保険者が免許取消期間中に運転をしたり,免許停止期間中に運転をしたり,酒気帯び運転をしたりしている時に交通事故が発生した場合,被害者保護のため,対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険は適用されます。
しかし,人身傷害補償保険,搭乗者傷害保険,車両保険,弁護士費用特約といった自分のための保険は一切適用されません。
2 大阪府民共済の死亡共済金についていえば,酒気帯び運転中に交通事故にあった場合,事故による死亡共済金ではなく,病気による死亡共済金が出るにすぎません(大阪府民共済HPの「死亡共済金のお支払いについて」参照)。
3 台風,洪水又は高潮の場合の任意保険の適用は以下のとおりです。
① 対人賠償責任保険,対物賠償責任保険及び無保険車傷害保険
→ 随伴事故も含めて任意保険の適用がありません。
② 車両保険
→ 任意保険の適用があります。
③ 人身傷害補償保険,搭乗者傷害保険及び自損事故保険
→ 運行に起因しているといった条件が満たされている限り,任意保険の適用があります。

第3 対人賠償責任保険が適用されない場合
1 総論
・ 対人賠償保険は自賠責保険の場合ほど被害者保護が徹底されていません(保険法17条2項参照)。
そのため,対人賠償保険の保険契約者又は被保険者が傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させた場合,対人賠償保険が適用される(最高裁平成5年3月30日)ものの,殺人の故意に基づく行為により被害者を死亡させた場合,対人賠償保険は適用されません。
2 記名被保険者が被害者となる場合
(1) 対人賠償責任保険は,記名被保険者が加害者になった場合に保険金を支払うことを目的としていますから,記名被保険者が被害者になった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,友人とドライブ中に運転を変わってもらった直後に,友人がセンターラインをオーバーして対向車と正面衝突した場合,自分の対人賠償責任保険も,対向車の自賠責保険も適用されません。
(2)   この場合,自分の人身傷害補償保険等が適用されるぐらいです。
3 自分の配偶者等が被害者となる場合
(1) 対人賠償責任保険の場合,被保険自動車を運転中の者又はその父母,配偶者若しくは子が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,自分の妻が家族を乗せて被保険自動車を運転していたときに交通事故が発生した結果,自分及び家族が怪我をした場合,自分の対人賠償責任保険は,自分及び家族との関係で対人賠償責任保険は適用されません。
(2) 対人賠償責任保険の場合,被保険者の父母,配偶者又は子が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,自分の車で自分の子をはねてしまった場合,対人賠償責任保険は適用されません。
(3) 配偶者が被害者となった場合を免責事由としている趣旨は,被保険者である夫婦の一方の過失に基づく交通事故により他の配偶者が損害を被った場合にも原則として被保険者の損害賠償責任は発生するが,一般に家庭生活を営んでいる夫婦間においては損害賠償請求権が行使されないのが通例であると考えられることなどに照らし,被保険者がその配偶者に対して右の損害賠償責任を負担したことに基づく保険金の支払については,保険会社が一律にその支払義務を免れるものとする取扱いをすることにあります。
そして,この点について法律上の配偶者と内縁の配偶者を区別する理由はありませんから,「配偶者」には内縁の配偶者が含まれます(最高裁平成7年11月10日判決)。
4 同僚災害の場合
(1) 対人賠償責任保険の場合,被保険者の業務に従事中の使用人が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,保険に入っている会社名義の車が同じ会社の従業員をはねてしまった場合,対人賠償責任保険は適用されません。
(2) 対人賠償責任保険の場合,被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,保険に入っている自分の車を会社の業務に使用しているときに同じ会社の従業員をはねてしまった場合,対人賠償責任保険は適用されません。
(3)ア 同僚災害については労災保険は適用されます。
ただし,労災保険では補償されない慰謝料部分については自賠責保険に請求するほか,休業損害,慰謝料及び逸失利益の不足額については運転者本人又は会社に対して損害賠償請求をする必要があります。
イ   会社が労災上乗せ保険に加入している場合,労災上乗せ保険から休業損害,慰謝料及び逸失利益の不足額を支払ってもらえます。
ウ 保険の知りたい!HP「企業と従業員の両方のために!労災上乗せ保険に加入しよう」が参考になります。

第4 関連記事
・ 搭乗者傷害保険
・ 政府保障事業及び無保険車傷害特約
・ 自賠責保険の支払基準

交通事故でも健康保険を利用できること

目次
第1 交通事故でも健康保険を利用できること
第2 関連記事その他

第1 交通事故でも健康保険を利用できること
1 交通事故でも健康保険を利用できますし,加害者の署名が入った損害賠償誓約書等は不要です。
2 第2次犯罪被害者等基本計画(平成23年3月25日閣議決定)(リンク先の22頁(PDF7頁))には以下の記載があります。
Ⅴ 重点課題に係る具体的施策
(中略)
2 給付金の支給に係る制度の充実等(基本法第13条関係)
(中略)
⑻ 医療保険の円滑な利用の確保厚生労働省において、犯罪による被害を受けた被保険者が保険診療を求めた場合については、現行制度上加害者の署名が入った損害賠償誓約書等の有無にかかわらず保険給付が行われることになっている旨、保険者に周知する。また、医療機関に対して、犯罪による被害を受けた者であっても医療保険を利用することが可能であることや、誓約書等の提出がなくても保険者は保険給付を行う義務がある旨保険者あてに通知していることについて、地方厚生局を通じて周知する。【厚生労働省】
3 犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについて(平成23年8月9日付の厚生労働省保健局保険課長等の通知)には以下の記載があります。
    今般、第2次犯罪被害者等基本計画(平成23年3月25日閣議決定)に、犯罪による被害を受けた者でも医療保険を利用することが可能である旨や、加害者の署名が入った損害賠償誓約書等の有無にかかわらず医療保険給付が行われる旨を、保険者や医療機関に周知すること等が盛り込まれたことを踏まえ(別添)、上記の取扱いについて改めて周知をしますので、その趣旨を踏まえて適切に対応いただくとともに、都道府県国民健康保険主管課(部)におかれましては、管内の保険者等に対して、都道府県後期高齢者医療主管課(部)におかれましては、管内の後期高齢者医療広域連合及び市町村後期高齢者医療主管課(部)に対して、周知をお願いします。
    自動車事故による被害を受けた場合の医療保険の給付と自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)に基づく自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)による給付の関係については、自動車事故による被害の賠償は自動車損害賠償保障法では自動車の運行供用者がその責任を負うこととしており、被害者は加害者が加入する自賠責保険によってその保険金額の限度額までの保障を受けることになっています。その際、何らかの理由により、加害者の加入する自賠責保険の保険者が保険金の支払いを行う前に、被害者の加入する医療保険の保険者から保険給付が行われた場合、医療保険の保険者はその行った給付の価額の限度において、被保険者が有する損害賠償請求権を代位取得し、加害者(又は加害者の加入する自賠責保険の保険者)に対して求償することになります(健康保険法第57条第1項、船員保険法第45条第1項、国民健康保険法第64条第1項及び高齢者の医療の確保に関する法律第58条第1項)。
    一方で、加害者が不明のひき逃げ等の場合や自賠責保険の補償の範囲を超える賠償義務が発生した場合には、被害者の加入する医療保険の保険者が給付を行ったとしても、その保険者は求償する相手先がないケースや結果的に求償が困難なケースが生じ得ます。このような場合であっても、偶発的に発生する予測不能な傷病に備え、被保険者等の保護を図るという医療保険制度の目的に照らし、医療保険の保険者は、求償する相手先がないことや結果的に求償が困難であること等を理由として医療保険の給付を行わないということはできません。
    さらに、加害者が自賠責保険に加入していても、速やかに保険金の支払いが行われない場合等、被害者である被保険者に一時的に重い医療費の負担が生じる場合も考えられるため、このような場合も上記と同様の趣旨から、医療保険の保険者は、被保険者が医療保険を利用することが妨げられないようにする必要があります。これらの取扱いは、その他の犯罪の被害による傷病についての医療保険の給付でも同様です。

第2 関連記事その他
1 国民健康保険の被保険者である交通事故の被害者が,保険者から療養の給付を受けるのに先立って、自動車損害賠償保障法16条1項の規定に基づき損害賠償額の支払を受けた場合には,保険会社が支払に当たって算定した損害の内訳のいかんにかかわらず,右被保険者の第三者に対する損害賠償請求権は右支払に応じて消滅し,右保険者は,国民健康保険法64条1項の規定に基づき,療養の給付の時に残存する額を限度として損害賠償請求権を代位取得します(最高裁平成10年9月10日判決)。
2 療養の給付とは,保険証を持って医療機関等にかかった際に,現物給付(窓口負担分以外のお金を窓口で支払わなくても受けられる医療)を受けることをいいます(東京都後期高齢者医療広域連合HP「療養の給付と療養費の違いはなんですか?」参照)。 
3 にわ法律事務所HPの「健康保険利用の際の自賠責様式の診断書及び診療報酬明細書の作成について」には「診療報酬明細書(レセプト)については、病院から健保請求用の診療報酬明細書の写しをいただくか、領収証及び診療明細書を添付すれば自賠責保険も被害者請求を受け付ける取り扱いをしています。」と書いてあります。
4 以下の記事も参照してください。
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)

交通死亡事故の損害額に関するメモ書き

目次
1 葬式費用
2 年金の逸失利益性
3 家事労働者の逸失利益
4 不法行為後の事情変更
5 扶養利益
6 死亡慰謝料
7 定期金賠償
8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
9 過失相殺に関するメモ書き
10 関連記事その他

1 葬式費用
(1) 被害者の遺族が支出した葬式費用は,社会通念上特に不相当なものでないかぎり,加害者側の賠償すべき損害となります(最高裁昭和43年10月3日判決)。
(2) 不法行為により死亡した者のため,祭祀を主宰すべき立場にある遺族が,墓碑を建設し,仏壇を購入したときは,そのために支出した費用は,社会通念上相当と認められる限度において,不法行為により通常生ずべき損害と認めるべきとされています(最高裁昭和44年2月28日判決)。

2 年金の逸失利益性

(1) 退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には,相続人は,加害者に対し,退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができます(最高裁大法廷平成5年3月24日判決)。
(2) 障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,被害者の得べかりし右各障害年金額を逸失利益として請求することができます(最高裁平成11年10月22日判決)。
(3) 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう遺族厚生年金は,不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁平成12年11月14日判決)。
(4)  不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろういわゆる軍人恩給としての扶助料は、不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁平成12年11月14日判決)。

3 家事労働者の逸失利益
(1) 事故により死亡した女子の妻として専ら家事に従事する期間における逸失利益については,その算定が困難であるときは,平均的労働不能年令に達するまで女子雇用労働者の平均的賃金に相当する収益を挙げるものとして算定されます(最高裁昭和49年7月19日判決)。
(2) 就労前の年少女子の得べかりし利益の喪失による損害賠償額をいわゆる賃金センサスの女子労働者の平均給与額を基準として算定する場合には,賃金センサスの平均給与額に男女間の格差があるからといって,家事労働分を加算すべきものではありません(最高裁昭和62年1月19日判決)。
(3)ア 判例タイムズ927号(1997年3月15日発行)に「交通事故賠償の諸問題 主婦の逸失利益」が載っています(寄稿者は14期の塩崎勤裁判官)。
イ 交通事故相談NEWS50号(2023年3月1日発行)の「家事労働の評価について」には,「標準となる家事労働」として以下の記載があります。
    裁判所は、裁判例においてほとんど家事労働の内容を明示していないが、一件のみ、基礎収入算出の検討要素として「被害者の年齢、家族構成、家事労働の内容(子の養育の有無を含む。)等の具体的事情」を挙げ、これらを踏まえて適宜の修正を加えて(基礎収入を)算出するのが相当であるとする裁判例がある。この考え方から、裁判所は、核家族(親及び子のみで構成される世帯)において、未成年の子を養育している専業主婦を標準としていると思われる。

4 不法行為後の事情変更

(1) 交通事故の被害者がその後に第二の交通事故により死亡した場合,最初の事故の後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たっては,死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではありません(最高裁平成8年5月31日判決)。
(2)  交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することはできません(最高裁平成11年12月20日判決)。

 扶養利益
(1) 自動車損害賠償保障法72条1項により死亡者の相続人に損害をてん補すべき場合において,既に死亡者の内縁の配偶者が同条項により扶養利益の喪失に相当する額のてん補を受けているときは,右てん補額は,相続人にてん補すべき死亡者の逸失利益の額からこれを控除すべきとされています(最高裁平成5年4月6日判決)。
(2)  不法行為によって扶養者が死亡した場合における被扶養者の将来の扶養利益喪失による損害額は、扶養者の生前の収入、そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続すべき期間などの具体的事情に応じて算定すべきです(最高裁平成12年9月7日判決)。

 死亡慰謝料
(1) 不法行為にもとづく慰謝料の請求権は,被害者本人が慰謝料を請求する旨の意思表示をしなくても,当然に発生し,これを放棄し,免除する等の特別の事情のないかぎり,その被害者の相続人においてこれを相続することができます(最高裁昭和44年10月31日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和42年11月1日判決参照)。
(2)  母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは,同一性がなく,前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には,特別の事情のないかぎり,その調停が後者をも含むと解することはできません(最高裁昭和43年4月11日判決)。
(3) 不法行為による生命侵害があった場合,民法711条所定以外の者であっても,被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求できます(最高裁昭和49年12月17日判決)。

7 定期金賠償

・ 交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となります(最高裁令和2年7月9日判決)。

8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
(1) 大阪地裁令和4年11月25日判決(裁判長は49期の中尾彰)は以下の判示をしています。
我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
(2) 大阪地裁令和4年11月25日判決は, 国有地売却に関する決裁文書等の改ざんを指示したことを理由とする民法709条に基づく損害賠償請求について,原告の主張する行為は国家賠償法1条1項が適用されるものであるとして,公務員である被告の責任を否定した事例です。

9 過失相殺に関するメモ書き
(1) 自動車運転者が業務上過失致死被告事件の判決で過失を否定された場合でも,不法行為に関する民事判決ではその過失を否定しなければならぬものではありません(最高裁昭和34年11月26日判決)。
(2)ア 被害者の過失を斟酌すると否とは裁判所の自由裁量に属します(最高裁昭和34年11月26日判決)。
イ 不法行為における過失相殺については、裁判所は、具体的な事案につき公平の観念に基づき諸般の事情を考慮し、自由なる裁量によつて被害者の過失をしんしゃやくして損害額を定めればよく、しんしやくすべき過失の度合につき一々その理由を記載する必要はありません(最高裁昭和39年9月25日判決)。
(3) 千里みなみ法律事務所HPの「【交通事故】過失割合の修正要素の立証責任はどちらにある?」には以下の記載があります。
判例によると、「民法四一八条による過失相殺は、債務者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができるが、債権者に過失があつた事実は、債務者において立証責任を負うものと解すべきである。」としています(最高裁昭和43年12月24日判決)。
そして、不法行為における過失相殺についても、被害者の過失の立証責任が原則的に加害者側(被告)にあることに異論はないとされています(『交通関係訴訟の実務』306頁)。

10 関連記事その他
(1)ア 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権および訴訟物は,一個です(最高裁昭和48年4月5日判決)。
イ 不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に,過失相殺をするにあたっては,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し,残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができます(最高裁昭和48年4月5日判決)。
(2)  故意によつて生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款の条項は,傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合には,適用されません(最高裁平成5年3月30日判決)。
(3)  被告人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には,その後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても,被告人の暴行と被害者の死亡との間には因果関係があります(最高裁平成2年11月20日判決)。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 叙位の対象となった裁判官(平成31年1月以降の分)
→ 相続税における葬式費用の範囲,及び葬儀費用の取扱いについても記載しています。
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)

搭乗者傷害保険

目次
1 総論
2 自賠責保険金等とは別枠の支払であること
3 人身傷害補償保険との違い
4 搭乗者傷害保険の内容
5 搭乗者傷害保険の医療保険金
6 関連記事

1 総論
(1) 搭乗者傷害保険に加入しているクルマに乗っている人(運転手及び同乗者)が交通事故でケガをしたり,死亡したりした場合,過失に関係なく定額の保険金が支給されます。
    そのため,例えば,運転手の過失割合が100%の場合であっても,わざと交通事故を起こしたような場合でない限り,運転手及び同乗者に対して保険金が支払われます。
(2) 搭乗者傷害保険を利用したとしても,ノンフリート等級が下がることはありません(「ノンフリート等級」参照)。

2 自賠責保険金等とは別枠の支払であること
    搭乗者傷害保険は,加害者からの損害賠償金,自賠責保険金等とは別枠で支払いを受けることができます(最高裁平成7年1月30日判決参照)。
    そのため,例えば,加害者の過失割合が100%の交通事故のため,加害者の任意保険で治療費等を全部まかなえる場合であっても,それとは別枠で被害者に対して保険金が支払われます。

3 人身傷害補償保険との違い
(1) 被保険自動車に乗車中に交通事故にあった場合において何らかの過失がある場合,搭乗者傷害保険に加えて,過失部分について人身傷害補償保険が適用されます(「人身傷害補償保険」参照)。
    そのため,搭乗者傷害保険は,人身傷害補償保険の上乗せ保険みたいな位置づけになっています。
(2) 搭乗者傷害保険の場合,定額の保険金が支払われるのに対し,人身傷害補償保険の場合,実際の損害額を基準とした保険金が支払われます。
(3) おとなの自動車保険HPの「人身傷害と搭乗者傷害の選び方」に,加入パターン別お支払い例が掲載されています。

4 搭乗者傷害保険の内容
・ 搭乗者傷害保険では,被保険自動車の事故により運転手や同乗者が死傷したときに定額の保険金が支払われますところ,その内容は以下のとおりです。
① 死亡保険金
→ 事故発生日から180日以内に死亡した場合に,保険金額100%の保険金が支払われます。
② 後遺傷害保険金
→ 事故発生日から180日以内に後遺障害が発生した場合に,後遺障害等級に応じて保険金額の4%から100%の保険金が支払われます。
③ 医療保険金
→ 日数払い及び部位・症状別払いの2種類があります。

5 搭乗者傷害保険の医療保険金
(1)   日数払いの場合
ア 事故発生の日から180日までの入院又は通院に対して,保険証券記載の入院保険金日額×入院日数,及び通院保険金日額×通院日数という計算で保険金が支払われます。
イ 重傷のケースでは保険金額が多くなる反面,通院日数の認定基準に曖昧なところがあるため,保険金額が不明確になることがあります。
(2) 部位・症状別払いの場合
ア   傷害の部位・症状に応じてあらかじめ定められた保険金が支払われます。
イ   認定基準が明確なので保険金額が明確である反面,治療期間が長引いた場合,日数払いと比べて保険金額が少なくなります。
ウ 骨折等がない場合において5日以上入通院した場合,医学的他覚所見(理学的検査,神経学的検査,臨床検査及び画像検査等により認められる異常所見)があることを条件に,10万円の入通院一時金が支払われることが多いです。

6 関連記事
・ 政府保障事業及び無保険車傷害特約
・ 自賠責保険の支払基準
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

弁護士費用特約

目次
第1 総論
第2 弁護士費用特約を利用できる人
第3 弁護士費用特約の適用範囲
第4 自分で選んだ弁護士の弁護士費用でも支払ってもらえること等
第5 日弁連LACが関与した委任契約書を作成する場合があること
第6 弁護士費用特約を利用できない手続
1 人身傷害補償保険に請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
2 相手方及び労働基準監督署からの請求に対応するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
3 労災保険給付を請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
第7 訴訟上の和解の方が判決よりも望ましい場合が多くなること
第8 交通事故以外に適用される弁護士費用保険
第9 保険金を支払わない場合における保険会社の説明等
第10 関連記事その他


第1 総論
1 弁護士費用特約は任意保険の特約のことであり,交通事故にあった被害者が,①弁護士に対して法律相談をする際の法律相談費用,及び②弁護士に依頼して損害賠償請求をする際の弁護士報酬及び実費を保険会社が負担してくれるという特約です。
2(1)   弁護士費用特約に基づく保険金の額は,1回の被害事故について,被保険者1名当たり300万円を限度としています。
    また,これとは別に,法律相談費用保険金の額は,1回の被害事故について,被保険者1名当たり10万円を限度としています。
(2) 弁護士費用特約を利用できる場合,弁護士費用が300万円以下である限り,被害者が加害者に対して損害賠償請求をするとき,自らの費用負担なしで弁護士に依頼できることとなります。
(3)ア 例えば,以下の費用は弁護士費用特約の支払対象となります。
① 弁護士の着手金及び成功報酬金
② 訴訟を提起する際の印紙代及び切手代
③ 加害者側の任意保険会社なり依頼者なりに郵便物を送るときの切手代
④ 文書送付嘱託の申立てにより医療機関のカルテを取り寄せる際の手数料
⑤ 控訴を提起する際の印紙代及び切手代
イ 最高裁で高裁判決が破棄されることはまずないため,上告のための弁護士費用については弁護士費用特約で出ないことがあります(「高裁の各種事件数,及び最高裁における民事・行政事件の概況」参照)。
(4) 損保ジャパンの場合,刑事弁護士費用保険金は,相手方が死亡した場合,又は被保険者が逮捕若しくは起訴された場合に限り支払われるものです(損保ジャパンHPの「一般自動車保険『SGP』 補償内容:主な特約一覧(特約の概要)」参照)。
3 おとなの自動車保険HP「弁護士費用特約」によれば,セゾン自動車火災の場合,平成28年3月末時点で,71.0%の人が弁護士費用特約を選んでいます。
4  プリベント少額短期保険株式会社の弁護士費用保険「Mikata」が他社の弁護士費用特約と競合する場合において,既に他社の弁護士費用特約を使用している場合,それを差し引いた金額しか保険金が支払われません(外部ブログの「弁護士保険MIKATAの普通保険約款を眺めてみた」参照)。
5 交通事故の赤い本講演録2018年2頁には,東京地裁27民の部総括裁判官の発言として,「自動車保険における弁護士費用補償特約の普及により,訴訟経済的には見合わないように思われる事件を含め,少額の訴訟の提起及び控訴も増加している」と書いてあります。
6 自動車保険ガイドHP「弁護士費用特約の補償金額や範囲~交通事故以外でも補償してくれる会社も有り。 」には以下の記載があります。
    チューリッヒ共栄火災なんかは、日常生活の事故まで対象にしています。また、三井住友海上なら「自動車事故弁護士費用特約」と「弁護士費用特約」のどちらか好きな方を選択できます。


第2 弁護士費用特約を利用できる人
1 弁護士費用特約を利用できる人は以下のとおりです。
① 記名被保険者(保険証券記載の被保険者のことです。)
② 記名被保険者の配偶者
③ 記名被保険者又はその配偶者の同居の親族
④ 記名被保険者又はその配偶者の別居の未婚の子
⑤ ①ないし④以外の者で,契約自動車に搭乗中の者
⑥ 記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用・管理中の者
⑦ 記名被保険者の使用者
2(1) ③の人が利用できる結果,例えば,父親の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,同居の息子が歩行中等に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
(2)   ④の人が利用できる結果,例えば,父親の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,親元を離れて一人暮らしをしている息子が歩行中等に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
(3) ⑤の人が利用できる結果,例えば,友人の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,その友人の自動車に乗車中に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
    この場合,仮に相手の自動車に過失がないとき,友人の自動車の任意保険に対してだけ損害賠償請求をすることとなりますところ,そのための弁護士費用も友人の自動車の任意保険から支払われることとなります。
(4)ア ⑥の人が利用できる結果,例えば,友人の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,その友人の自動車を運転中に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
イ 例えば,バイク便の会社がレンタカー会社から借りたバイクをレンタカー会社に無断でバイク便ライダーに又貸ししていた場合において,当該バイクを運転中に交通事故が発生した場合,記名被保険者であるレンタカー会社が又貸しについて明示の反対をしていない限り,当該バイクの運転者は許諾被保険者となります(損害保険Q&A HP「問7 対人賠償保険は,どのような保険ですか。」参照)。


第3 弁護士費用特約の適用範囲
1 以下の火災保険又は医療保険に加入している場合,交通事故に基づく損害賠償請求について弁護士費用特約を利用できることがあります。
(1) 火災保険の例
① あいおいニッセイ同和損保の「タフ 住まいの保険」
② エース損保の「リビングプロテクト総合保険」(賃貸住宅入居者専用の火災保険です。)
③ 東京海上日動火災の「超保険」
(2) 医療保険の例
① エース保険の「まかせて安心医療保険」
2(1) 弁護士費用特約を利用できる交通事故は,損害保険会社によって違いがあります。
    例えば,ソニー損保の弁護士費用特約(自動車事故弁護士費用等補償特約)は,交通事故が業務災害又は通勤災害に該当する場合は使用することができません(ソニー損保の自動車保険の重要事項説明書(2012年11月以降始期用)6頁の「オプションの補償」参照)。
(2) 大阪地裁平成30年9月21日判決(判例秘書に掲載)によれば,人損部分で弁護士費用特約を使えない場合であっても,物損部分で弁護士費用特約を使えます。
    ただし,同判決は,弁護士費用のうち,「被害事故にかかわる法律上の損害賠償責任の額/被害事故にかかわる法律上の損害賠償責任の額および被害事故以外にかかわる法律上の損害賠償責任の額の合計額」(つまり物損の請求額/(物損の請求額及び人損の請求額の合計額))だけが保険金支払義務の対象となるということで,弁護士費用全体の約2.43%の支払を保険会社に命じただけです。
3(1) 被保険者が免許取消中に運転をしたり,免許停止期間中に運転をしたり,酒気帯び運転をしたりしている時に交通事故が発生した場合,弁護士費用特約を使用することはできません。
(2) 例えば,東京海上日動火災保険株式会社の弁護士費用特約の場合,「被保険者が,酒気を帯びて自動車または原動機付自転車を運転している場合に生じた対象事故」については,弁護士費用特約が使えません。
    そして,約款の注釈によれば,「酒気を帯びて」とは,道路交通法第65条第1項違反またはこれに相当する状態をいうとされていますから,呼気1リットル当たりのアルコール量が0.15mg以下である場合であっても,弁護士費用特約が使えないこととなります。
(3) 治療のために採血した血液を病院が警察に任意提出した結果,飲酒運転が発覚して捜査が実施されたとしても,違法な捜査であるとはいえません(大阪高裁平成15年9月12日判決参照)。
4 少しでも弁護士費用特約が適用される可能性がある場合,損害保険代理店(例えば,自動車販売店)に問い合わせた方がいいです。
5 共済相談所HP「共済相談所のご案内」に載ってある共済相談所活動報告(平成29年度)6頁に「自動車共済に弁護士費用補償特約を付帯している。現在の契約で同特約を使うと、次回更新する契約に付帯できなくなると聞いた。そのような規定はどこにあるのか教えてほしい。」という相談が載っています。
    そのため,共済事業の場合,弁護士費用補償特約の利用を嫌がることがあるのかも知れません。


第4 自分で選んだ弁護士の弁護士費用でも支払ってもらえること等
1(1) 交通事故の被害者は,自分が被保険者となっている保険会社に対して弁護士の紹介を依頼することができます。
    しかし,自分で直接,気に入った弁護士に依頼した上で,その弁護士に支払う弁護士費用を保険会社に負担してもらうこともできます。
(2) 日弁連のLAC制度(日弁連HPの「権利保護保険(日弁連リーガル・アクセス・センター)」参照」)に基づき,保険会社が紹介した弁護士であっても,日常的に交通事故案件を取り扱っているとは限りません。
    例えば,大阪弁護士会所属の弁護士であれば,弁護士会が指定している研修を受けていれば,交通事故に関する実務経験がない場合であっても,日弁連のLAC制度に基づき,交通事故事件の紹介を受けることができます。
2 弁護士費用特約を利用できる場合,保険会社が直接,自分が依頼した弁護士に対して弁護士費用を支払いますから,自分で立て替える必要はありません。
3 弁護士費用特約を利用して弁護士に依頼した場合であっても,一定の金額の範囲内であれば,依頼する弁護士を途中で変更することはできます。
    ただし,次の弁護士について着手金が再び発生する結果,弁護士費用の総額が増えてしまいますから,弁護士を変更する前に自分が被保険者となっている保険会社に確認した方がいいです。


第5 日弁連LACが関与した委任契約書を作成する場合があること
1(1)  あいおいニッセイ同和損害保険株式会社,損害保険ジャパン日本興亜株式会社,三井住友海上火災保険株式会社等の損害保険会社は,日本弁護士連合会リーガル・アクセス・センター(=日弁連LAC)と弁護士費用保険に関する協定を結んでいます。
そのため,これらの損害保険会社の弁護士費用特約を利用する場合,日弁連LACが関与した委任契約書を作成することとなります。
(2) 日弁連LACが関与する場合,LAC基準に基づいて弁護士費用が計算されることとなりますところ,その中身は大体,旧日弁連報酬等基準規程と同じです。
2 大阪弁護士会所属の弁護士は,日弁連が関与した委任契約書を作成する場合,弁護士費用の7%を,負担金会費として大阪弁護士会に対して支払う必要があります。
3(1) 東京海上日動火災保険株式会社は,弁護士費用特約に基づく保険金の金払いがいいですから,弁護士費用特約を利用する弁護士にとっては大変ありがたい損害保険会社です。
(2)   平成27年10月1日以降の自動車保険約款が適用される場合(平成27年10月1日以降に自動車保険を更新した場合を含む。),日弁連LACと異なり,自賠責保険に対する被害者請求だけを依頼することについて弁護士費用特約を使用することはできなくなりました。
    また,着手金及び成功報酬金のそれぞれについて,経済的利益を基準とした明確な上限が設定されるようになりましたから,例えば,完全成功報酬制を採用した場合であっても,回収した金額の16%(300万円以下の部分)又は10%(300万円を超え3000万円以下の部分)(税抜き)が成功報酬金の上限となります。


第6 弁護士費用特約を利用できない手続
1 人身傷害補償保険に請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
(1) 自分が被保険者となっている人身傷害補償保険に請求する場合,加害者に対する損害賠償請求に該当しないために弁護士費用保険を使えませんから,請求手続を弁護士に依頼する場合,そのための手数料を自己負担する必要があります。
(2)   人身傷害補償保険を利用した場合,加害者に対する損害賠償金が減少する結果,その分,成功報酬金が減少しますから,加害者に対する損害賠償請求が終わった後に,自分の過失部分についてだけ人身傷害補償保険を利用してもらえる方がありがたいです。
    また,人身傷害補償保険を先に利用した場合,訴訟をして判決をもらったとしてもその分の遅延損害金(年5%)及び弁護士費用(損害額の10%)を回収できなくなりますから,最終的な回収額は少なくなることが多いです。
2 相手方及び労働基準監督署からの請求に対応するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
(1) 交通事故について依頼者に少しでも過失がある場合,相手方からも損害賠償請求をされる可能性がありますし,相手方について労災保険の適用がある場合,労働基準監督署からも立替金の支払を求められる可能性があります(「第三者行為災害としての交通事故」参照)。
    この場合,対物賠償責任保険又は対人賠償責任保険を使用しない限り,弁護士費用が保険で支払われることはありません。
(2) 相手方からの請求が物損に限られる場合において対物賠償責任保険を使用しない,又は使用できない場合,原則として弁護士費用は請求しません。
ただし,当然ですが,損害賠償債務は依頼者の自己負担です。
(3)ア 相手方からの請求に人損が含まれる場合において対人賠償責任保険を使用しない,又は使用したくない場合,弁護士費用については,相手方に対する請求分とは別の見積もりとなります。
    この場合,原則として10万8000円の着手金と,相手方の請求額からの減額分の10.8%の弁護士費用をいただきます。
    また,労働基準監督署からの立替金の請求もある場合,第三者行為災害報告書を提出する時点で5万4000円の着手金をいただきますし,労働基準監督署の具体的な請求額からの減額分の10.8%の弁護士費用を頂きます。
イ 相手方に対する請求分が大きい場合,適宜,弁護士費用は減額します。
3 労災保険給付を請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
   労働基準監督署に対して療養補償給付,休業補償給付,障害補償給付等の労災保険給付を請求することは,加害者に対する損害賠償請求に該当しないために弁護士費用保険を使えませんから,請求手続を弁護士に依頼する場合,そのための手数料を自己負担する必要があります。


第7 訴訟上の和解の方が判決よりも望ましい場合が多くなること
   損害賠償請求訴訟を提起して判決をもらった場合,既払金控除後の損害額の約10%の金額が弁護士費用として認めてもらえます(最高裁昭和44年2月27日判決参照)。
しかし,判決で弁護士費用を認めてもらった場合,弁護士費用特約から支払われる保険金がその分減少します(東京高裁平成25年12月25日判決参照)から,依頼者の手取額が増えるわけではありません。
つまり,弁護士費用特約を利用している場合,弁護士費用を認めてもらうために判決を取得する実益がありませんから,紛争を早期かつ終局的に解決できるものの,弁護士費用までは認めてくれない訴訟上の和解の方が判決よりも望ましい場合が多くなります。


第8 交通事故以外に適用される弁護士費用保険
・ 交通事故以外に適用される弁護士費用保険として,プリベント少額短期保険株式会社の「Mikata」,及び損害保険ジャパン日本興亜株式会社の「弁護のちから」があります(二弁フロンティア2017年6月号「権利保護保険(弁護士保険)の新たな展開」参照)。


第9 保険金を支払わない場合における保険会社の説明等
1 一般社団法人日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」(平成24年4月作成)末尾11頁及び12頁には,「7.お支払いできない場合等の留意事項」というタイトルで以下の記載があります。

(1)保険金を支払わない事由に該当するか否かの判断
   会員会社は、保険約款に規定する保険事故、または法令や保険約款に定める保険金を支払わない事由(免責、解除等)に該当するか否かを、調査の結果確認できた事実等に基づいて判断を行う。
   特に慎重な判断を要する事案については、保険金支払担当部門の判断に加え、弁護士・医師・鑑定人等の専門家の見解を確認する等、公平・公正な対応を行う。
   契約締結時に故意または重大な過失により、危険に関する重要な事項のうち、保険会社が告知を求めたもの(告知事項)について知っている事実を記載(または告知)しなかった場合に該当するか否かは、別紙1(告知義務と支払責任)記載の内容に基づき判断を行う。
   事実関係等に不詳・不明な点がある場合は、事実関係等の確認を行い、問題点を明確にしたうえで判断を行う。
(2)保険金をお支払いできない理由の説明
   保険金支払に関する損害調査や事実確認等の結果、会員会社において、保険金の支払ができないと判断される場合は、契約者等および被害者に対してその旨を通知するとともに、根拠となる具体的な保険約款の条項や損害調査結果等を丁寧に説明し、契約者等および被害者のご理解が得られるよう努める。
   なお、保険金をお支払いできない旨の通知に時間を要する場合は、その理由等についてわかりやすく説明する。
   説明にあたっては、その根拠となる保険約款の条項と調査の結果確認できた事実等を丁寧かつわかりやすく説明する。また、再調査が必要な事案については、速やかに再調査を行い、その結果を契約者等および被害者に説明する。
(3)各種相談機関の案内
   契約者等または被害者から、保険金をお支払いできないことについてご了解いただけない場合、会員会社はお申し出の内容に基づき、日本損害保険協会そんぽADRセンター、交通事故紛争処理センター、日弁連交通事故相談センター等の各種相談機関を案内するなど、契約者等および被害者保護に欠けることのないように、適切な対応を行う。
(4)重大事由による解除を行う場合の通知
   保険金支払に関する損害調査や事実確認等の結果、会員会社において、重大事由による解除を行う場合には、その重大事由を知り、または知り得るに至った後、合理的な期間内に契約者に通知する。
2(1) 定型約款(民法548条の2第1項)としては,①鉄道・バスの運送約款,②電気・ガスの供給約款,③保険約款及び④インターネットサイトの利用規約があるものの,例えば,⑤一般的な事業者間取引で用いられる一方当事者の準備した契約書のひな型及び⑥労働契約のひな形は定型約款ではありません(法務省HPの「約款(定型約款)に関する規定の新設」参照)。
(2) 全銀協HPに「第4章 定型約款に関する規定(548 条の2、および、548 条の 3 に限る)について」が載っています。
(3) 最高裁平成26年12月19日判決は「共同企業体を請負人とする請負契約における請負人「乙」に対する公正取引委員会の排除措置命令等が確定した場合「乙」は注文者「甲」に約定の賠償金を支払うとの約款の条項の解釈」が問題となった事例です。


第10 関連記事その他
1(1) 弁護士費用特約に基づき,弁護士費用保険金の支払を受けた場合であっても,弁護士費用保険金は保険契約者が払い込んだ保険料の対価であり,保険金支払義務と損害賠償義務とはその発生原因ないし根拠において無関係でありますから,保険契約者には,弁護士費用相当額の損害が発生すると解されています(大阪地裁平成21年3月24日判決,東京地裁平成21年4月24日判決参照)。
    つまり,弁護士費用特約を利用した場合であっても,相手方に対して弁護士費用相当額を損害金として請求できるということです。
(2) 東京海上日動の弁護士費用特約において法人が記名被保険者の場合,被保険者は以下のとおりです(東京海上日動HPの「TAP(一般自動車保険)」参照)。
① 記名被保険者
② 契約中の車に乗車中の人
③ 契約中の車の所有者
2 大阪市HPに「訴訟代理人弁護士の報酬の支払に関する指針」が載っています。
3 以下の記事も参照してください。
・ 大阪弁護士会の負担金会費

政府保障事業及び無保険車傷害特約

目次
1 政府保障事業
2 無保険車傷害保険
3 関連記事その他

1 政府保障事業
(1) 政府保障事業は,以下のような事故により,自賠責保険又は自賠責共済からの保険金の支払を受けられない被害者を救済するための制度です。
① ひき逃げ事故
② 泥棒運転(盗難車)による事故
③ 自賠責保険,自賠責共済が付保されていない自動車による事故
(2) 平成19年4月1日以降に発生した交通事故については,自賠責と同じ基準で重過失減額が行われています。
(3)ア 政府保障事業を利用した場合,①健康保険や労災保険等の社会保険から給付を受けるべきときは,それらの社会保険から実際には給付を受けていなくともその金額を控除した分しか支払を受けることができませんし,②自賠責保険の被害者請求よりも時間がかかります(弁護士法人心名古屋法律事務所HPの「政府保障事業について」参照)。
イ おとなの自動車保険HPの「ひき逃げされたら、私はどうなるの?」によれば,ひき逃げ事故で平均4カ月程度,無保険事故で7カ月前後の期間がかかるとのことです。
(4) 自動車損害賠償保障法72条1項後段の規定による損害のてん補額の算定に当たり,被害者の過失をしんしゃくすべき場合であって,国民健康保険法58条1項の規定による葬祭費の支給額を控除すべきときは,被害者に生じた現実の損害の額から過失割合による減額をし,その残額からこれを控除します(最高裁平成17年6月2日判決)。
(5) 令和2年度(行個)答申第49号(令和2年7月14日答申)には以下の記載があります。
ア 政府保障事業とは,交通事故において,ひき逃げされて相手の車が不明の場合や,自賠責保険(共済)をつけていない自動車(無保険車)が加害車両となった場合,負傷したり死亡したりした被害者は,基本的に自賠責保険(共済)では救済されないことから,政府に保障を請求することができる制度のことである。
イ 被害者は受付事務を行う損害保険会社に保障を請求する。被害者が受けた損害を国(国土交通省)が加害者に代わっててん補するが,請求できるのは被害者のみであり,加害者から請求はできない。
ウ 事故状況や損害額については自動車損害賠償保障法77条1項の規定に基づき交通事故の損害額調査に係る業務を保険会社等へ委託しており,保険会社等はさらに損害保険料率算出機構(本件事故当時は自動車保険料率算定会)へ調査委託している。
エ 損害保険料率算出機構にて調査を行った後,調査結果と調査書類が国土交通省に送付され,同省において,支払額の審査,決定を行う。この決定をもって,損害保険会社を通じて請求者にてん補金が支払われる。国はてん補金を被害者に支払った後,加害者に求償することとなる。
オ 実況見分調書等の事件記録は,調査の必要性に応じて損害保険料率算出機構が事故を処理した警察署,検察庁等へ照会し,事件記録の閲覧が可能であるとの回答があったものについては,検察庁等に赴き閲覧謄写することにより入手し,これを処分庁が業務上入手しているものである。本件実況見分調書の写しについては,当時における入手手続に係る規程等は確認できないが,当時の自動車保険料率算定会職員が事件を担当する検察庁において閲覧謄写し,それを処分庁が業務上入手したものであると確認している。 
(6) 以下の資料を掲載しています。
・ 自動車損害賠償保障事業委託業務実施の手引き(平成27年10月)
→ ひき逃げ事故及び無保険事故に対する政府保障事業に関する業務委託(自動車損害賠償保障法施行令22条参照)及び自動車損害賠償保障事業業務委託契約準則のマニュアルです。


2 無保険車傷害特約
(1)ア 無保険車傷害特約に加入していた場合において後遺障害が残ったときは,政府保障事業とは別に保険金を支払ってもらうことができます。
イ 無保険車傷害特約から入通院の治療費,慰謝料及び休業損害を支払ってもらうことはできません。
(2)ア 被保険者及びその家族は,他の車に搭乗中又は歩行中に無保険車との交通事故又はひき逃げ事故にあったときでも無保険車傷害特約の支払対象となります(保険スクエア バン!HP「無保険車傷害保険(特約)とは|補償対象や人身傷害補償保険との違いを解説」参照)
    そのため,以下のいずれかの場合,無保険車傷害特約から保険金を支払ってもらえます(そんぽ協会HPの「問13 無保険車傷害保険は、どのような保険ですか。」参照)。
① 人身傷害保険から保険金の支払いを受けることができない場合
② 自賠責保険と無保険車傷害保険の保険金額の合計額が、人身傷害保険の保険金額より多い場合
イ 人身傷害保険の支払条件を満たしている場合(例えば,歩行中も支払対象になっている場合),ひき逃げ事故についても人身傷害補償保険からの支払があります(三井ダイレクト損保HPの「ひき逃げにあった場合の自動車保険の補償」参照)。
(3) 令和3年版 犯罪白書「3 ひき逃げ事件」には,「全検挙率は,平成16年には25.9%を記録したが,翌年から上昇し続けており,令和2年は70.2%であった。死亡事故に限ると,検挙率は,おおむね90%を超える高水準で推移している。」と書いてあります。
(4) 自家用自動車総合保険契約の記名被保険者の子が,胎児であった時に発生した交通事故により出生後に傷害を生じ,その結果,後遺障害が残存した場合には,当該子又はその父母は,当該傷害及び後遺障害によってそれぞれが被った損害について,同契約の無保険車傷害条項が被保険者として定める「記名被保険者の同居の親族」に生じた傷害及び後遺障害による損害に準ずるものとして,同条項に基づく保険金の請求をすることができます(最高裁平成18年3月28日判決)。

3 関連記事その他
(1) 損害の元本に対する遅延損害金を支払う旨の定めがない自動車保険契約の無保険車傷害条項に基づき支払われるべき保険金の額は,損害の「元本の」額から,自動車損害賠償責任保険等からの支払額の全額を差し引くことにより算定されます(最高裁平成24年4月27日判決)。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 自賠責保険の支払基準
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)

目次
第1部 自賠責保険の支払基準
第2部 支払基準の改正経緯等
第3部 関連記事その他

第1部 自賠責保険の支払基準
・ 令和元年12月12日金融庁告示・国土交通省告示第3号による改正後の,自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)は以下のとおりです(改正部分は赤文字表記です。また,自賠責保険の支払基準の根拠は自賠法16条の3です。)。
・ 平成14年4月から令和2年3月までに発生した交通事故の場合,休業損害は1日につき5700円であり,通院慰謝料は1日につき4200円となります。

第1 総則
1 自動車損害賠償責任保険の保険金等の支払は、自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)第2条並びに別表第1及び別表第2に定める保険金額を限度としてこの基準によるものとする。
2 保険金額は、死亡した者又は傷害を受けた者1人につき、自動車損害賠償保障法施行令第2条並びに別表第1及び別表第2に定める額とする。ただし、複数の自動車による事故について保険金等を支払う場合は、それぞれの保険契約に係る保険金額を合算した額を限度とする。

第2 傷害による損害
   傷害による損害は、積極損害(治療関係費、文書料その他の費用)、休業損害及び慰謝料とする。
1 積極損害
(1) 治療関係費
① 応急手当費
    応急手当に直接かかる必要かつ妥当な実費とする。
② 診察料
    初診料、再診料又は往診料にかかる必要かつ妥当な実費とする。
③ 入院料
    入院料は、原則としてその地域における普通病室への入院に必要かつ妥当な実費とする。ただし、被害者の傷害の態様等から医師が必要と認めた場合は、上記以外の病室への入院に必要かつ妥当な実費とする。
④ 投薬料、手術料、処置料等
    治療のために必要かつ妥当な実費とする。
⑤ 通院費、転院費、入院費又は退院費
    通院、転院、入院又は退院に要する交通費として必要かつ妥当な実費とする。
⑥ 看護料
ア  入院中の看護料
     原則として12歳以下の子供に近親者等が付き添った場合に1日につき4,200円とする。
イ 自宅看護料又は通院看護料
     医師が看護の必要性を認めた場合に次のとおりとする。ただし、12歳以下の子供の通院等に近親者等が付き添った場合には医師の証明は要しない。
(ア) 厚生労働大臣の許可を受けた有料職業紹介所の紹介による者
    立証資料等により必要かつ妥当な実費とする。
(イ) 近親者等
    1日につき2,100円とする。
ウ 近親者等に休業損害が発生し、立証資料等により、ア又はイ(イ)の額を超えることが明らかな場合は、必要かつ妥当な実費とする。
⑦ 諸雑費
     療養に直接必要のある諸物品の購入費又は使用料、医師の指示により摂取した栄養物の購入費、通信費等とし、次のとおりとする。
ア  入院中の諸雑費
   入院1日につき1,100円とする。立証資料等により1日につき1,100円を超えることが明らかな場合は、必要かつ妥当な実費とする。
イ 通院又は自宅療養中の諸雑費
   必要かつ妥当な実費とする。
⑧ 柔道整復等の費用
   免許を有する柔道整復師、あんま・マッサージ・指圧師、はり師、きゅう師が行う施術費用は、必要かつ妥当な実費とする。
(山中注)整骨院の保険外施術費は支払対象外です。

⑨ 義肢等の費用
ア 傷害を被った結果、医師が身体の機能を補完するために必要と認めた義肢、歯科補てつ、義眼、眼鏡(コンタクトレンズを含む。)、補聴器、松葉杖等の用具の制作等に必要かつ妥当な実費とする。
イ アに掲げる用具を使用していた者が、傷害に伴い当該用具の修繕又は再調達を必要とするに至った場合は、必要かつ妥当な実費とする。
ウ ア及びイの場合の眼鏡(コンタクトレンズを含む。)の費用については、50,000円を限度とする。
⑩ 診断書等の費用
   診断書、診療報酬明細書等の発行に必要かつ妥当な実費とする。
(山中注)警察用の診断書作成にかかった費用は支払対象外です。

(2) 文書料
   交通事故証明書、被害者側の印鑑証明書、住民票等の発行に必要かつ妥当な実費とする。
(3) その他の費用
(1) 治療関係費及び(2)文書料以外の損害であって事故発生場所から医療機関まで被害者を搬送するための費用等については、必要かつ妥当な実費とする。


2 休業損害
(1) 休業損害は、休業による収入の減少があった場合又は有給休暇を使用した場合に1日につき原則として6,100円とする。ただし、家事従事者については、休業による収入の減少があったものとみなす。
(2) 休業損害の対象となる日数は、実休業日数を基準とし、被害者の傷害の態様、実治療日数その他を勘案して治療期間の範囲内とする。
(3) 立証資料等により1日につき6,100円を超えることが明らかな場合は、自動車損害賠償保障法施行令第3条の2に定める金額を限度として、その実額とする。
3 慰謝料
(1) 慰謝料は、1日につき4,300円とする。
(2) 慰謝料の対象となる日数は、被害者の傷害の態様、実治療日数その他を勘案して、治療期間の範囲内とする。
(山中注)「慰謝料の対象となる日数」につき,治療期間(事故から完治日又は症状固定日まで)の全日数と,実通院日数(入院日数+実際に通院した日数)の二倍のいずれか少ない方の数値が対象となります(交通事故サポートセンターHP「自賠責保険のしくみと慰謝料計算方法」参照)から,2日に1回以下の通院ペースの場合,1回につき8600円が自賠責保険基準の通院慰謝料となります。
(3) 妊婦が胎児を死産又は流産した場合は、上記のほかに慰謝料を認める。


第3 後遺障害による損害
    後遺障害による損害は、逸失利益及び慰謝料等とし、自動車損害賠償保障法施行令第2条並びに別表第1及び別表第2に定める等級に該当する場合に認める。
    等級の認定は、原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行う。
1 逸失利益
    逸失利益は、次のそれぞれに掲げる年間収入額又は年相当額に該当等級の労働能力喪失率(別表Ⅰ)と後遺障害確定時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数(別表Ⅱ-1)を乗じて算出した額とする。ただし、生涯を通じて全年齢平均給与額(別表Ⅲ)の年相当額を得られる蓋然性が認められない場合は、この限りでない。
(1) 有職者
    事故前1年間の収入額と後遺障害確定時の年齢に対応する年齢別平均給与額(別表Ⅳ)の年相当額のいずれか高い額を収入額とする。ただし、次の者については、それぞれに掲げる額を収入額とする。
① 35歳未満であって事故前1年間の収入額を立証することが可能な者
    事故前1年間の収入額、全年齢平均給与額の年相当額及び年齢別平均給与額の
年相当額のいずれか高い額。
② 事故前1年間の収入額を立証することが困難な者
ア 35歳未満の者
    全年齢平均給与額の年相当額又は年齢別平均給与額の年相当額のいずれか高い額。
イ 35歳以上の者
    年齢別平均給与額の年相当額。
③ 退職後1年を経過していない失業者(定年退職者等を除く。)
    以上の基準を準用する。この場合において、「事故前1年間の収入額」とあるのは、「退職前1年間の収入額」と読み替えるものとする。
(2) 幼児・児童・生徒・学生・家事従事者
    全年齢平均給与額の年相当額とする。ただし、59歳以上の者で年齢別平均給与額が全年齢平均給与額を下回る場合は、年齢別平均給与額の年相当額とする。
(3) その他働く意思と能力を有する者
    年齢別平均給与額の年相当額とする。ただし、全年齢平均給与額の年相当額を上限とする。


2 慰謝料等
(1) 後遺障害に対する慰謝料等の額は、該当等級ごとに次に掲げる表の金額とする。
① 自動車損害賠償保障法施行令別表第1の場合
第1級      第2級
1,650万円 1,203万円
② 自動車損害賠償保障法施行令別表第2の場合
第1級       第2級     第3級      第4級      第5級
1,150万円 998万円 861万円 737万円 618万円
第6級             第7級         第8級         第9級          第10級
512万円    419万円 331万円 249万円 190万円
第11級        第12級    第13級    第14級
136万円   94万円    57万円    32万円
(2)① 自動車損害賠償保障法施行令別表第1の該当者であって被扶養者がいるときは、第1級については1,850万円とし、第2級については1,373万円とする。
② 自動車損害賠償保障法施行令別表第2第1級、第2級又は第3級の該当者であって被扶養者がいるときは、第1級については1,350万円とし、第2級については1,168万円とし、第3級については1,005万円とする。
(3) 自動車損害賠償保障法施行令別表第1に該当する場合は、初期費用等として、第1級には500万円を、第2級には205万円を加算する。


第4 死亡による損害
    死亡による損害は、葬儀費、逸失利益、死亡本人の慰謝料及び遺族の慰謝料とする。
    後遺障害による損害に対する保険金等の支払の後、被害者が死亡した場合の死亡による損害について、事故と死亡との間に因果関係が認められるときには、その差額を認める。
1 葬儀費
   葬儀費は、100万円とする。
2 逸失利益
(1) 逸失利益は、次のそれぞれに掲げる年間収入額又は年相当額から本人の生活費を控除した額に死亡時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数(別表Ⅱ-1)を乗じて算出する。ただし、生涯を通じて全年齢平均給与額(別表Ⅲ)の年相当額を得られる蓋然性が認められない場合は、この限りでない。
① 有職者
    事故前1年間の収入額と死亡時の年齢に対応する年齢別平均給与額(別表Ⅳ)の年相当額のいずれか高い額を収入額とする。ただし、次に掲げる者については、それぞれに掲げる額を収入額とする。
ア 35歳未満であって事故前1年間の収入額を立証することが可能な者
    事故前1年間の収入額、全年齢平均給与額の年相当額及び年齢別平均給与額の年相当額のいずれか高い額。
イ 事故前1年間の収入額を立証することが困難な者
(ア) 35歳未満の者
    全年齢平均給与額の年相当額又は年齢別平均給与額の年相当額のいずれか高い額。
(イ) 35歳以上の者
    年齢別平均給与額の年相当額。
ウ 退職後1年を経過していない失業者(定年退職者等を除く。)
    以上の基準を準用する。この場合において、「事故前1年間の収入額」とあるのは、「退職前1年間の収入額」と読み替えるものとする。
②  幼児・児童・生徒・学生・家事従事者
    全年齢平均給与額の年相当額とする。ただし、59歳以上の者で年齢別平均給与額が全年齢平均給与額を下回る場合は、年齢別平均給与額の年相当額とする。
③  の他働く意思と能力を有する者
    年齢別平均給与額の年相当額とする。ただし、全年齢平均給与額の年相当額を上限とする。
(2) (1)にかかわらず、年金等の受給者の逸失利益は、次のそれぞれに掲げる年間収入額又は年相当額から本人の生活費を控除した額に死亡時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数(別表Ⅱ-1)を乗じて得られた額と、年金等から本人の生活費を控除した額に死亡時の年齢における平均余命年数のライプニッツ係数(別表Ⅱ-2)から死亡時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数を差し引いた係数を乗じて得られた額とを合算して得られた額とする。ただし、生涯を通じて全年齢平均給与額(別表Ⅲ)の年相当額を得られる蓋然性が認められない場合は、この限りでない。
    年金等の受給者とは、各種年金及び恩給制度のうち原則として受給権者本人による拠出性のある年金等を現に受給していた者とし、無拠出性の福祉年金や遺族年金は含まない。
① 有職者
    事故前1年間の収入額と年金等の額を合算した額と、死亡時の年齢に対応する年齢別平均給与額(別表Ⅳ)の年相当額のいずれか高い額とする。ただし、35歳未満の者については、これらの比較のほか、全年齢平均給与額の年相当額とも比較して、いずれか高い額とする。
② 幼児・児童・生徒・学生・家事従事者
    年金等の額と全年齢平均給与額の年相当額のいずれか高い額とする。ただし、59歳以上の者で年齢別平均給与額が全年齢平均給与額を下回る場合は、年齢別平均給与額の年相当額と年金等の額のいずれか高い額とする。
③ その他働く意思と能力を有する者
    年金等の額と年齢別平均給与額の年相当額のいずれか高い額とする。ただし、年齢別平均給与額が全年齢平均給与額を上回る場合は、全年齢平均給与額の年相当額と年金等の額のいずれか高い額とする。
(3) 生活費の立証が困難な場合、被扶養者がいるときは年間収入額又は年相当額から35%を、被扶養者がいないときは年間収入額又は年相当額から50%を生活費として控除する。
3 死亡本人の慰謝料
    死亡本人の慰謝料は、400万円とする。
4 遺族の慰謝料
    慰謝料の請求権者は、被害者の父母(養父母を含む。)、配偶者及び子(養子、認知した子及び胎児を含む。)とし、その額は、請求権者1人の場合には550万円とし、2人の場合には650万円とし、3人以上の場合には750万円とする。
    なお、被害者に被扶養者がいるときは、上記金額に200万円を加算する。

第5 死亡に至るまでの傷害による損害
    死亡に至るまでの傷害による損害は、積極損害〔治療関係費(死体検案書料及び死亡後の処置料等の実費を含む。)、文書料その他の費用〕、休業損害及び慰謝料とし、「第2 傷害による損害」の基準を準用する。ただし、事故当日又は事故翌日死亡の場合は、積極損害のみとする。

第6 減額
1 重大な過失による減額
    被害者に重大な過失がある場合は、次に掲げる表のとおり、積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から、保険金額以上となる場合には保険金額から減額を行う。ただし、傷害による損害額(後遺障害及び死亡に至る場合を除く。)が20万円未満の場合はその額とし、減額により20万円以下となる場合は20万円とする。
減額適用上の 減 額 割 合
被害者の過失割合    後遺障害又は死亡に係るもの   傷害に係るもの
7割未満                      減額なし                                         減額なし
7割以上8割未満              2割減額             2割減額
8割以上9割未満        3割減額                                   2割減額
9割以上10割未満           5割減額            2割減額
2 受傷と死亡又は後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合の減額被害者が既往症等を有していたため、死因又は後遺障害発生原因が明らかでない場合等受傷と死亡との間及び受傷と後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合は、死亡による損害及び後遺障害による損害について、積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から、保険金額以上となる場合には保険金額から5割の減額を行う。

附 則
    この告示は、平成十四年四月一日から施行し、同日以後に発生する自動車の運行による事故に係る自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払から適用する。
附 則 (平成二十二年金融庁・国土交通省告示第一号)
    この告示は、平成二十二年四月一日から施行し、同日以後に発生する自動車の運行による事故に係る自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払から適用する。
附 則 (令和元年金融庁・国土交通省告示第三号)
    この告示は、令和二年四月一日から施行し、同日以後に発生する自動車の運行による事故に係る自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払から適用する。


第2部 支払基準の改正経緯
1 改正内容の概要については,令和元年11月2日締切のパブリックコメントに際して掲載された,「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準の一部を改正する告示案について」のとおりであって,リンク先によれば,改正の背景は以下のとおりです(年3%の法定利率は民法404条2項で定められています。)。
    自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成 13 年金融庁・国土交通省告示第1号。以下「支払基準」という。)は、自動車損害賠償保障法(昭和 30 年法律第 97 号)第 16 条の3第1項(第 23 条の3第1項において準用する場合を含む。)の規定に基づき、定められている。
    民法の一部を改正する法律(平成 29 年法律第 44 号)の施行(令和2年4月1日)により、法定利率が年5パーセントから年3パーセントとなる。支払基準においては、現行の法定利率(年5パーセント)を前提としたライプニッツ係数(※)を用いているところ、法定利率の変更に合わせて、同係数を変更する必要がある。
   また、平均余命年数、物価水準及び賃金水準の変動や近年の保険金等の支払の実態を支払基準に反映させる必要がある。
※ ライプニッツ係数:逸失利益の現在価額を算定するため中間利息を控除する係数。
2(1) 自賠責保険の支払基準の改正案につき,令和元年11月2日締切のパブリックコメントで提出された意見は1件だけでしたから,改正案に対する修正はありませんでした(「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準の一部を改正する告示案に係る意見募集の結果について」参照)。
(2) 重次法律事務所HP「自賠責保険の支払基準改正の告示(2019.10.4)」では,自賠責保険の支払基準の改正案の内容について詳しく説明されています。


第3部 関連記事その他
1(1) 国土交通省HPの「統計情報」に,自賠責保険(共済)の損害別支払保険金(共済金)の推移(会計年度)等が載っています。
(2) 金融庁HPの「自動車損害賠償責任保険審議会」に,自賠責保険審議会の議事録・資料等が載っています。
(3) 日本損害保険協会HPに「自動車損害賠償責任保険約款」が載っています。
(4) 交通事故トラブル解決ガイド「ライプニッツ係数・ホフマン係数(年2%~5%の利率別)」が載っています。
2 損害保険料率算出機構HP「刊行物」に,自賠責保険(共済)損害調査のしくみ,自動車保険の概況,火災保険・地震保険の概況,傷害保険の概況とかが載っています。
3(1) 国民健康保険の被保険者である交通事故の被害者が,保険者から療養の給付を受けるのに先立って、自動車損害賠償保障法16条1項の規定に基づき損害賠償額の支払を受けた場合には,保険会社が支払に当たって算定した損害の内訳のいかんにかかわらず,右被保険者の第三者に対する損害賠償請求権は右支払に応じて消滅し,右保険者は,国民健康保険法64条1項の規定に基づき,療養の給付の時に残存する額を限度として損害賠償請求権を代位取得します(最高裁平成10年9月10日判決)。
(2) 療養の給付とは,保険証を持って医療機関等にかかった際に,現物給付(窓口負担分以外のお金を窓口で支払わなくても受けられる医療)を受けることをいいます(東京都後期高齢者医療広域連合HP「療養の給付と療養費の違いはなんですか?」参照)。
5 不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に,過失相殺をするにあたっては,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し,残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができます(最高裁昭和48年4月5日判決)。
6 交通事故による後遺症のために身体的機能の一部を喪失した場合においても,後遺症の程度が比較的軽微であって,しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないときは,特段の事情のない限り,労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められません(最高裁昭和56年12月22日判決)。
7 車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは,これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても,被侵害利益を異にするものであり,車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権です(最高裁令和3年11月2日判決)。
7 あん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師等に関する法律19条1項は,憲法22条1項に違反しません(最高裁令和4年2月7日判決 )。
8 国土交通省HPの「「自動運転における損害賠償責任に関する研究会」の報告書を公表します!」(平成30年3月20日付)に,研究会報告書(概要版全体版)が載っています。
9 以下の記事も参照してください。
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 交通事故でも健康保険を利用できること
 損益相殺
 東京地裁民事第27部(交通部)
 弁護士費用特約

略式手続における過失運転致傷罪(従前の自動車過失運転致傷罪を含む。)の量刑分布

目次
第1 略式手続における過失運転致傷罪(従前の自動車過失運転致傷罪を含む。)の量刑分布
第2 関連記事その他

・ 平成30年
罰金4万1214人(うち,100万円は41人,50万円以上は6979人,30万円以上は1万5245人,20万円以上は8659人,10万円以上は1万264人,5万円以上は16人,3万円以上は0人,1万円以上は1人),略式不能等は9人
・ 平成29年
罰金4万3480人(うち,100万円は54人,50万円以上は7140人,30万円以上は1万5958人,20万円以上は9326人,10万円以上は1万966人,5万円以上は35人,3万円以上は1人),略式不能等は13人
・ 平成28年
罰金4万5019人(うち,100万円は43人,50万円以上は7034人,30万円以上は1万6365人,20万円以上は9642人,10万円以上は1万1910人,5万円以上は23人,3万円以上は2人),略式不能等は10人
・ 平成27年
罰金4万6224人(うち,100万円は56人,50万円以上は7057人,30万円以上は1万6658人,20万円以上は1万123人,10万円以上は1万2305人,5万円以上は24人,3万円以上は1人,1万円以上は0人,1万円未満は0人),略式不能等は15人
・ 平成26年
罰金4万7913人(うち,100万円は61人,50万円以上は7119人,30万円以上は1万6959人,20万円以上は1万584人,10万円以上は1万3178人,5万円以上は11人,3万円以上は0人,1万円以上は1人,1万円未満は0人),略式不能等は11人
・ 平成25年
罰金5万392人(うち,100万円は54人,50万円以上は7531人,30万円以上は1万7717人,20万円以上は1万969人,10万円以上は1万4104人,5万円以上は16人,3万年以上は0人,1万円以上は0人,1万円未満は1人),略式不能等は11人
・ 平成24年
罰金5万2248人(うち,100万円は60人,50万円以上は7575人,30万円以上は1万8359人,20万円以上は1万1494人,10万円以上は1万4742人,5万円以上は14人,3万円以上は2人,1万円以上は2人,1万円未満は0人),略式不能等は9人
・ 平成23年
罰金5万3485人(うち,100万円は54人,50万円以上は7607人,30万円以上は1万8468人,20万円以上は1万1964人,10万円以上は1万5363人,5万円以上は24人,3万円以上は2人,1万円以上は3人,1万円未満は0人),略式不能等は16人

第2 関連記事その他
1 毎年2月1日発行の法曹時報の図表145→図表140がデータの出典です。
2 本記事を含む量刑分布データは以下のとおりです。
① 通常第一審における危険運転致死罪の量刑分布(地裁)
② 通常第一審における危険運転致傷罪の量刑分布(地裁)
③ 通常第一審における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布(地裁及び簡裁)
④ 通常第一審における過失運転致傷罪(従前の自動車過失運転致傷罪を含む。)の量刑分布(地裁及び簡裁)
⑤ 略式手続における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布
⑥ 略式手続における過失運転致傷罪(従前の自動車過失運転致傷罪を含む。)の量刑分布

略式手続における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布

目次
第1 略式手続における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布
第2 関連記事その他

第1 略式手続における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布
・ 平成30年
罰金844人(うち,100万円は59人,50万円以上は476人,30万円以上は171人,20万円以上は110人,10万円以上は28人),略式不能等は3人
・ 平成29年
罰金932人(うち,100万円は58人,50万円以上は550人,30万円以上は185人,20万円以上は109人,10万円以上は30人),略式不能等は2人
・ 平成28年
罰金920人(うち,100万円は71人,50万円以上は511人,30万円以上は183人,20万円以上は120人,10万円以上は35人),略式不能等は3人
・ 平成27年
罰金1055人(うち,100万円は52人,50万円以上は596人,30万円以上は229人,20万円以上は144人,10万円以上は28人,5万円以上は1人),略式不能等は5人
・ 平成26年
罰金1080人(うち,100万円は74人,50万円以上は599人,30万円以上は232人,20万円以上は135人,10万円以上は38人),略式不能等は2人
・ 平成25年
罰金1204人(うち,100万円は92人,50万円以上は668人,30万円以上は255人,20万円以上は151人,10万円以上は35人),略式不能等は1人
・ 平成24年
罰金1192人(うち,100万円は76人,50万円以上は632人,30万円以上は302人,20万円以上は151人,10万円以上は31人),略式不能等は3人
・ 平成23年
罰金1357人(うち,100万円は97人,50万円以上は738人,30万円以上は326人,20万円以上は167人,10万円以上は29人),略式不能等は4人

第2 関連記事その他
1 毎年2月1日発行の法曹時報の図表145→図表140がデータの出典です。
2(1) 過失運転致死罪につき,平成30年の場合,正式裁判(通常第一審と同じです。)の対象人員が1359人であり,略式手続の対象人員が847人です(合計で2206人)から,約38%が略式手続の対象人員となっています。
(2) 裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断49頁及び50頁には「致死事件においては、示談成立・遺族の宥恕が公判請求・略式処理の分水嶺となる、かなり重要な考慮事情となっていると思われ、その意味で積極的に宥恕等を得るとの起訴前弁護活動が重要であることが指摘できよう。」と書いてあります。
3 本記事を含む量刑分布データは以下のとおりです。
① 通常第一審における危険運転致死罪の量刑分布(地裁)
② 通常第一審における危険運転致傷罪の量刑分布(地裁)
③ 通常第一審における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布(地裁及び簡裁)
④ 通常第一審における過失運転致傷罪(従前の自動車過失運転致傷罪を含む。)の量刑分布(地裁及び簡裁)
⑤ 略式手続における過失運転致死罪(従前の自動車過失運転致死罪を含む。)の量刑分布
⑥ 略式手続における過失運転致傷罪(従前の自動車過失運転致傷罪を含む。)の量刑分布