目次
第1 この記事の結論第2 本書と第53期司法修習の位置付け1 本書が作られた経緯2 第53期当時と現在の司法修習の違い第3 裁判修習で見たもの1 裁判官室に出入りする検察官2 勾留・保釈と「人質司法」3 迅速な事件処理と充実した審理4 合議,心証形成及び裁判官の組織5 裁判官によるハラスメントと申告6 裁判官の市民的自由第4 検察修習で見たもの1 司法修習生による取調べ2 供述調書は誰の言葉か3 勾留請求とえん罪への問題意識4 検察官との人間関係と組織第5 弁護修習で見たもの第6 検事任官選考と「女性枠」問題第7 座談会で繰り返された問題1 「事件の筋」と事実認定2 指導と評価による萎縮3 組織の論理と個人の判断第8 現在の司法修習生が本書から学べること1 「実務はこうしている」で検討を終えない2 観察した事実と自分の評価を分ける3 守秘義務と制度批判を両立させる4 現在の制度は現在の資料で確認する第9 まとめ第10 参考資料
第1 この記事の結論
司法修習生は,裁判官,検察官及び弁護士の仕事を外から見学するだけでなく,指導を受けながら実際の事件を素材とする修習を行う。そのため,法曹三者の仕事の進め方,組織の慣行及び当事者との接し方を,同じ時期に比較して見ることができる立場にある。
『司法修習生が見た裁判のウラ側―修習生もびっくり!司法の現場から―』(司法の現実に驚いた53期修習生の会編,現代人文社,2001年)は,第53期司法修習生が実務修習で見聞きした出来事を集めた体験記である。本書は,裁判官室と検察官の関係,勾留・保釈,刑事裁判の進行,合議,取調べと供述調書,国選弁護,検事任官選考等について,公式の制度説明だけでは分からない疑問を具体的に記録している。
ただし,本書が扱うのは主として1999年から2000年頃の実務であり,匿名の体験記を中心とする。個々の記述を現在の裁判所,検察庁又は弁護士会の一般的運用として扱うことはできない。本記事では,本書が記録した当時の体験,本書の編者らによる評価及び現在の公式制度を区別する。
第2 本書と第53期司法修習の位置付け
1 本書が作られた経緯
本書の編者らは,司法試験の学習で理解していた憲法・刑事訴訟法上の原則と,実務修習中に目にした運用との間に隔たりがあるのではないかという疑問から,体験談を集めたと説明している(同書2頁から5頁)。
その一方で,あとがきでは,掲載した事例が全ての実務庁又は全ての実務家に共通するものではなく,多くの優れた実務家から指導を受けたことも明記している。また,個別事件の当事者のプライバシー及び法曹との信頼関係を守りながら,一般化して検討できる制度上の問題を取り上げたとしている(同書206頁及び207頁)。
したがって,本書の価値は,個々の経験だけから司法実務全体を断定できることではない。法曹になる前の司法修習生が何に違和感を持ち,法曹組織の内側と市民から見える姿との間にどのような隔たりを感じたかを記録した点にある。
2 第53期当時と現在の司法修習の違い
第53期の司法修習は,1999年4月から2000年10月までの1年6か月であった。司法研修所での前期修習3か月,実務修習12か月及び後期修習3か月からなり,実務修習では民事裁判,刑事裁判,検察及び弁護の各分野を3か月ずつ修習した(同書8頁から10頁)。
これに対し,裁判所の現在の説明では,司法修習の期間は少なくとも1年間であり,導入修習の後,民事裁判,刑事裁判,検察及び弁護について各2か月,合計約8か月の分野別実務修習を行い,さらに選択型実務修習及び集合修習をそれぞれ約2か月行う。裁判所「司法修習生」及び司法研修所「司法修習の概要」で現行制度を確認できる。
項目第53期当時現在の公式説明修習期間1年6か月少なくとも1年間司法研修所での修習前期3か月・後期3か月導入約1か月・集合約2か月分野別実務修習4分野を各3か月4分野を各2か月その他の課程現在の選択型実務修習はなかった選択型実務修習を約2か月
本書を読む場合は,この制度上の違いを前提とする必要がある。
第3 裁判修習で見たもの
1 裁判官室に出入りする検察官
本書は,刑事部の裁判官室に検察官が出入りし,係属事件,被告人の前科又は暴力団との関係等について話す場面があったとする複数の体験を掲載している(同書13頁から25頁)。修習生らは,起訴状だけを見て予断なく審理を始めるという起訴状一本主義や,裁判所の公平な外観との関係に疑問を示した。
裁判官と検察官が同じ庁舎又は近接する職場で仕事をし,日常的な接点を持つこと自体から,個別事件について不適切な情報交換があったとはいえない。本書の記述が示す重要な点は,裁判の当事者から見えない場所での接触が,公正さに対する信頼へどのような影響を与えるかという問題である。
2 勾留・保釈と「人質司法」
令状担当裁判官の下で修習した執筆者は,勾留請求が多数認められ,否定された事件でも準抗告による取消しを裁判官が意識しているように見えたと記録している。また,証拠隠滅又は逃亡のおそれを個別具体的に検討せず,罪名や事件類型から広く認めているのではないかという疑問を述べている(同書26頁から35頁)。
これは匿名の観察と評価であり,当時の全ての勾留判断を示す統計ではない。しかし,身体拘束による自白への圧力,裁判官の責任回避及び事件処理上の負担が,勾留・保釈の判断に影響していないかという問題は,本書の中心的な問題提起の一つである。
3 迅速な事件処理と充実した審理
本書は,刑事裁判の冒頭手続で,裁判官が被告人又は弁護人に書証への同意を促したように見えた場面や,情状証人を調べるために続行を求める弁護人と,一回で審理を終えようとする裁判所との緊張を記録している(同書36頁から48頁)。
迅速な裁判は被告人の利益にもなるが,審理の速度を優先するために必要な主張・立証が制限されるのであれば問題となる。本書の修習生らは,事件処理件数だけでなく,個々の被告人に必要な審理が行われたかを検討すべきであると考えた。
4 合議,心証形成及び裁判官の組織
合議事件について,本書には,若い裁判官が判決案を作成し,裁判長の意見が結論又は量刑に強く影響したように見えたとの記述がある。他方,配属部によっては自由に意見を述べることができたとの体験もあり,修習生の見方は一様ではない(同書49頁から51頁及び189頁から195頁)。
また,審理前又は審理の早い段階で結論が固まっているように見えた事件,経験則という言葉によって別の見方が退けられたと感じた場面及び裁判官が組織内の評価を意識しているように見えた場面も記録されている(同書52頁から59頁)。
修習生が合議や裁判官の内心を完全に知ることはできない。しかし,理由を明確にし,異なる見方を検討し,組織内の序列から独立して判断することが,裁判への信頼に不可欠であるとの問題提起として読むことができる。
5 裁判官によるハラスメントと申告