目次第1 この記事の対象と結論第2 民法634条の条文と要件1 条文2 二つの場面3 要件4 委任の成果報酬への準用第3 改正前の判例―既施工部分は解除できない1 最高裁判所第三小法廷昭和56年2月17日判決2 現行法との関係第4 報酬額の計算1 「注文者が受ける利益の割合」2 既払金の扱い第5 注文者の損害賠償1 根拠2 損害の算定第6 報酬債権と損害賠償債権の相殺1 相殺の可否2 同時履行と履行遅滞3 相殺後の金額第7 元請負人と下請負人がいる場合1 出来形の所有権2 下請負人の報酬の確保第8 令和8年司法試験民事系第1問〔設問2〕との関係第9 実務で確認する事項第10 出典1 法令2 裁判例3 公式資料4 関連記事第1 この記事の対象と結論
本記事は,建物の建築工事などの請負契約が,仕事の完成前に解除された場合に,請負人の報酬,注文者の損害賠償及びその清算がどうなるかを整理するものである。
結論を先に示すと,次のとおりである。
①仕事の完成前に請負が解除されても,請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは,その部分は仕事の完成とみなされ,請負人は,注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる(民法634条2号)。
②解除が請負人の債務不履行を理由とするものであっても,同号の文言上,その適用は妨げられない。
③注文者は,請負人の債務不履行により生じた損害,典型的には,残工事を別の業者に発注するのに要した費用のうち,本来の報酬を超える部分の賠償を請求することができる(民法415条1項・2項3号,545条4項)。
④請負人の報酬債権と注文者の損害賠償債権は,相殺によって清算するのが通常である。
平成29年の民法改正の前から,最高裁判所は,建物等の工事の途中で注文者が請負人の債務不履行を理由に請負契約を解除する場合でも,工事内容が可分であり,当事者が既施工部分の給付について利益を有するときは,特段の事情のない限り,既施工部分については契約を解除することができないとしていた(最高裁判所第三小法廷昭和56年2月17日判決)。現行の634条2号は,同じ場面で,既にした仕事の結果を「仕事の完成とみなす」ことにより報酬請求の根拠を条文上明らかにしている。
令和8年司法試験論文式試験の民事系科目第1問〔設問2〕は,まさにこの清算を金額で問う問題であった。本記事の第4から第6で,その数値を用いた計算例を示す。
第2 民法634条の条文と要件1 条文
民法634条は,次のとおり定めている(e-Gov法令検索で令和8年1月1日現在の条文を確認した)。
「次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。」
同条は,平成29年法律第44号による改正で設けられた規定である。改正前の634条は請負人の瑕疵担保責任の規定であったから,改正前の判例を読むときは,条文番号が指すものが異なる点に注意を要する。
2 二つの場面
1号は,注文者の責めに帰することができない事由によって仕事の完成が不能になった場合である。注文者の責めに帰すべき事由によって完成が不能になった場合は,同号ではなく,民法536条2項により,注文者は反対給付(報酬)の履行を拒むことができず,請負人は自己の債務を免れたことによって得た利益を注文者に償還することになる。
2号は,仕事の完成前に請負が解除された場合であり,解除の原因を限定していない。請負人の債務不履行を理由とする注文者の解除(民法541条・542条)のほか,注文者が仕事の完成前にいつでも損害を賠償してする解除(民法641条)も含まれる。
3 要件要件意味確認する事実既にした仕事の結果のうち可分な部分があること工事全体のうち,切り離して評価できる出来形があること出来高の範囲,独立した建物になっているか,工程表・出来高報告書その部分の給付があること注文者が既施工部分を受け取り,又は利用できる状態にあること引渡し,注文者による占有,続行工事への利用注文者が利益を受けること既施工部分が注文者にとって価値を持つこと残工事を別業者に引き継がせて完成させたか,取り壊して最初からやり直したか
最高裁判所第三小法廷昭和56年2月17日判決の事案では,注文者は,解除時の出来高が工事全体の49.4パーセントであると主張していたほか,既施工部分を引き取って工事を続行し,完成させたとの事情があり,最高裁判所は,そのとおりであれば工事は可分であり,注文者は既施工部分の給付について利益を有していたというべきであるとした。
4 委任の成果報酬への準用
委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合には,634条が準用される(民法648条の2第2項)。成功報酬型の業務委託契約が途中で終了した場合にも,同じ考え方で報酬の割合を検討することになる。
第3 改正前の判例―既施工部分は解除できない1 最高裁判所第三小法廷昭和56年2月17日判決
同判決は,建築請負契約の解除によって,差し押さえられた既存の工事代金債権も消滅したとした原判決を破棄し,事件を差し戻したものである。
同判決は,「建物その他土地の工作物の工事請負契約につき、工事全体が未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に右契約を解除する場合において、工事内容が可分であり、しかも当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは、特段の事情のない限り、既施工部分については契約を解除することができず、ただ未施工部分について契約の一部解除をすることができるにすぎないものと解するのが相当である」と述べ,参照判例として大審院昭和7年4月30日判決(民集11巻8号780頁)を挙げている。
裁判所ウェブサイトの裁判要旨は,この判断を「注文者が請負人の債務不履行を理由に請負契約を解除する場合」に限って示している。
2 現行法との関係
現行の634条2号は,解除の原因を限定せずに,既にした仕事の結果のうち可分な部分を「仕事の完成とみなす」としている。既施工部分について報酬請求権が残るという結果は,昭和56年判決の考え方と同じ方向にある。
したがって,現行法の下では,注文者が請負契約全体を解除した場合でも,要件を満たす既施工部分については,請負人は利益の割合に応じた報酬を請求することができ,注文者は既施工部分について支払済みの報酬の返還(原状回復)を求めることはできないと考えられる(本記事の整理)。
第4 報酬額の計算1 「注文者が受ける利益の割合」
報酬額は,約定の報酬総額に,注文者が受ける利益の割合を乗じて算定するのが基本である。工事が完成していれば注文者が受けたであろう利益を基準として,既施工部分の給付によって注文者が受ける利益がその何割に当たるかを評価する。
条文が基準としているのは「注文者が受ける利益」であり,請負人が支出した費用の割合や工程上の出来高の割合と必ず一致するとは限らない。既施工部分に不具合があり,手直しが必要な場合などは,その分だけ注文者の利益が小さく評価されることがあり得る(本記事の整理)。
2 既払金の扱い
注文者が契約締結時の着手金などを既に支払っている場合,その支払は,634条による報酬債務に充てられる。請負人がさらに請求できるのは,割合的報酬から既払金を控除した残額である。
項目金額計算約定の報酬総額1000万円―注文者が受ける利益の割合6割事実認定による割合的報酬(634条2号)600万円1000万円×6割既払金400万円契約締結時に支払済み報酬の残額200万円600万円-400万円第5 注文者の損害賠償1 根拠
請負人が約定の期日までに仕事を完成せず,相当の期間を定めた催告にも応じない場合,注文者は契約を解除することができる(民法541条)。解除は損害賠償の請求を妨げず(民法545条4項),債務の不履行による契約の解除権が発生したときは,債務の履行に代わる損害賠償を請求することができる(民法415条2項3号)。
もっとも,債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,損害賠償を請求することはできない(民法415条1項ただし書)。請負人の資金繰りの悪化や下請負人への代金不払が原因であれば,免責は認められにくい。
2 損害の算定
履行に代わる損害賠償は,契約が履行されていれば注文者が置かれたであろう状態と,現実の状態との差額を基本とする。完成前に解除された請負では,残工事を別の業者に発注するのに要した費用(代替工事費用)が中心となる。
代替工事費用が市場の適正価格であれば,債務不履行によって通常生ずべき損害(民法416条1項)といえる。ただし,未完成部分についてはもともと請負人に報酬を支払う予定であったから,損害となるのは,代替工事費用のうち,未完成部分に対応する約定報酬を超える部分である。
項目金額計算代替工事費用(別業者への報酬)650万円市場の適正価格未完成部分に対応する約定報酬400万円1000万円×(1-6割)損害額250万円650万円-400万円(検算)注文者の総負担1250万円割合的報酬600万円+代替工事費用650万円(検算)履行されていれば1000万円約定の報酬総額
遅延損害(完成が遅れたことによる損害)は,これとは別に問題となる。
第6 報酬債権と損害賠償債権の相殺1 相殺の可否
請負人の報酬債権と注文者の損害賠償債権は,いずれも金銭債権であり,民法505条1項の要件を満たせば相殺することができる。
最高裁判所第一小法廷昭和53年9月21日判決は,平成29年改正前の民法の下で,請負人の報酬債権と注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償債権について,「右両債権は同時履行の関係にある(民法六三四条二項)とはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとは認められず、両債権のあいだで相殺を認めても、相手方に対し抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならないものと解される」と述べ,両債権の額が異なる場合であっても相殺が許されるとした。
同判決は瑕疵修補に代わる損害賠償債権に関するものであり,解除後の履行に代わる損害賠償債権と634条の割合的報酬債権との相殺を直接判断したものではない。もっとも,両債権がともに同一の請負契約から生じた金銭債権であり,相殺によって清算するのが当事者双方の便宜と公平にかなうという同判決の理由は,この場面にも当てはまると考えられる(本記事の整理)。
2 同時履行と履行遅滞
最高裁判所第三小法廷平成9年2月14日判決は,請負契約の目的物に瑕疵がある場合,注文者は,瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ信義則に反すると認められるときを除き,請負人から瑕疵の修補に代わる損害の賠償を受けるまでは,報酬全額の支払を拒むことができ,これについて履行遅滞の責任も負わないとした。
最高裁判所第三小法廷平成9年7月15日判決は,注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権として報酬債権と相殺する旨の意思表示をした場合,相殺前に適法に支払を拒絶し遅滞責任を負わなかった効果は,相殺の遡及効によって失われないとした。
その上で,既に弁済期の到来した相殺後の報酬残債務について,相殺の意思表示をした日の翌日から遅滞責任を認めた。
例えば,弁済期の到来した残代金1000万円に対し,修補費用相当の損害賠償債権100万円の全額を相殺する意思表示が6月10日に到達した場合,相殺前の全額留保が適法で他の支払拒絶事由もなければ,残代金900万円の遅滞責任は6月11日から問題となる。
相殺適状時に遡って,相殺前の適法な支払拒絶まで遅滞へ変わるわけではない。
また,相殺に使い切った損害賠償債権を理由に,残代金の支払を留保し続けることはできない。
支払期日が未到来の場合や,別の修補義務等が残る場合は,この例をそのまま適用できない。
これらの判例は改正前の瑕疵担保責任(改正前の634条2項)に関するものである。
司法研修所『4訂 紛争類型別の要件事実』202頁~205頁は,現行法の契約不適合による修補に代わる損害賠償について,同時履行,相殺及び相殺後の報酬残債務の遅滞責任を説明している。
ただし,完成・引渡し後の瑕疵修補に関する判例を,解除後の履行に代わる損害賠償と現行634条の割合的報酬との清算を直接判断した判例として扱うべきではない。
現行法の具体的な支払対応は,雨漏り・施工不良がある場合の支払拒絶,報酬減額,相殺と残代金の遅延損害金を参照されたい。
3 相殺後の金額
第4及び第5の例では,注文者の損害賠償債権250万円と請負人の報酬残額200万円を対当額で相殺すると,注文者が請負人に請求できるのは50万円となる。
この50万円は,注文者が実際に支出した額(既払金400万円+代替工事費用650万円=1050万円)と約定の報酬総額1000万円との差額と一致する。もっとも,訴訟で請求額を示すときは,損害額,相殺に供された報酬残額及び相殺後の額を,それぞれの法的根拠とともに分けて示すことになる。
第7 元請負人と下請負人がいる場合1 出来形の所有権
工事を一括して下請負人が施工していた場合でも,元請契約に,契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定があれば,注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り,出来形部分の所有権は注文者に帰属する(最高裁判所第三小法廷平成5年10月19日判決)。
同判決は,その理由として,一括下請負の下請契約は元請契約の存在及び内容を前提とし,元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから,下請負人は,注文者との関係では,元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎないことを挙げている。
同判決の事案では,注文者は,契約解除前に,出来形部分の価格の2倍以上に相当する金員を元請負人に支払っており,最高裁判所はこれを,注文者への所有権の帰属を肯定すべき事情として付け加えている。
2 下請負人の報酬の確保
出来形の所有権が注文者に帰属する場合,下請負人は,元請負人に対して下請代金を請求することになる。同判決の可部恒雄裁判官の補足意見は,注文者が元請負人に代金を支払っていないか支払額が少ない場合について,元請負人の注文者に対する代金債権を下請負人が代位行使する構成(民法423条)の方が実情に合う旨を述べている。
ただし,元請負人の注文者に対する報酬債権が,注文者の損害賠償債権との相殺によって消滅すれば,代位行使できる債権もその分だけ減る。下請負人としては,元請負人の資金繰りが悪化した段階で,早期に権利行使の方法を検討する必要がある。
出来形の所有権の帰属については,建築請負で完成・未完成建物の所有権は誰に帰属するか―材料提供・出来高払い・引渡し・中途解除で詳しく整理している。
第8 令和8年司法試験民事系第1問〔設問2〕との関係
令和8年司法試験論文式試験の民事系科目第1問〔設問2〕は,注文者Aが元請負人Bに報酬1000万円で自宅の建築を請け負わせ(着手時に400万円支払済み),Bが工事の全部を下請負人Cに一括して請け負わせたが,工事が停止したためAが契約を解除し,その後Aが別業者Dに残工事を650万円(市場の適正価格)で請け負わせて完成させたという事案であった。本件出来形の引渡しによってAが受けるべき利益は,完成時の6割とされていた。
設問2(1)は出来形の所有権の帰属(第7の1),設問2(2)はAのBに対する損害賠償請求の範囲と,一部完成を理由とする報酬請求権による相殺の反論(第4~第6)を問うものであった。本記事の計算例は,この問題の数値を用いている。
令和8年9月29日現在,法務省から同年の出題の趣旨及び採点実感は公表されていない。問題の参考答案と予想される評価項目は,令和8年度司法試験民事系第1問の参考答案と予想される評価項目―出題の趣旨・採点実感の公表前に問題文と判例から予想した50項目と5段階の重み付けで示している。
第9 実務で確認する事項
請負契約が途中で終了した場合,清算の前提として次の事項を確認する。
①請負契約書・約款の解除条項,出来形の所有権・出来高精算に関する条項
②解除の原因(請負人の債務不履行か,注文者の任意解除か,合意解除か)と解除の意思表示の時期
③解除時の出来高,独立した建物になっているか,出来形の引渡しの有無
④既施工部分を利用して工事を続行したか(注文者が受ける利益の評価)
⑤既払金の額と支払時期
⑥代替工事の見積書・契約書・支払記録と,その金額が適正価格であることの資料
⑦下請負人の有無,下請契約の内容,下請代金の支払状況
第10 出典1 法令
①民法(e-Gov法令検索)415条,416条,423条,505条,533条,536条,541条,545条,559条,562条~564条,632条~634条,641条,648条の2
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷昭和56年2月17日判決(昭和52年(オ)第630号,集民132号129頁)
②最高裁判所第一小法廷昭和53年9月21日判決(昭和52年(オ)第1306号,集民125号85頁)
③最高裁判所第三小法廷平成9年2月14日判決(平成5年(オ)第1924号,民集51巻2号337頁)
④最高裁判所第三小法廷平成9年7月15日判決(平成5年(オ)第2187号,民集51巻6号2581頁)
⑤最高裁判所第三小法廷平成5年10月19日判決(平成元年(オ)第274号,民集47巻8号5061頁)
3 公式資料
①法務省「令和8年司法試験論文式試験問題(民事系科目)」
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①令和8年度司法試験民事系第1問の参考答案と予想される評価項目―出題の趣旨・採点実感の公表前に問題文と判例から予想した50項目と5段階の重み付け
②建築請負で完成・未完成建物の所有権は誰に帰属するか―材料提供・出来高払い・引渡し・中途解除
③相殺の抗弁に関するメモ書き―既判力,二重起訴の禁止及び相殺の担保的機能
④建築訴訟の審理モデル―東京地裁民事第22部が示した6類型の主張立証と一覧表・付調停による2年審理
⑤契約不適合責任の期間制限―1年以内の通知,5年・10年の消滅時効及び旧瑕疵担保責任の判例