目次
第1 この記事の対象と結論1 対象2 調査の基準日及び適用時点3 結論第2 公正証書作成手続のデジタル化1 施行日及び指定公証人2 電磁的記録による作成が原則である3 インターネットによる嘱託4 正本及び謄本に相当するもの第3 遺言公正証書をウェブ会議で作成できるか1 法令上の根拠(1) 口述の聴取(2) 読み聞かせ及び承認(3) 証人の立会い2 施行規則が遺言公正証書を名指しで想定している3 適用が除外されるのは保証意思宣明公正証書だけである4 成年被後見人の遺言は対象外である第4 リモート方式の要件及び手続1 三つの要件2 相当性の判断3 申込み及び本人確認4 必要な機材5 場所の要件第5 証人及び操作を補助する者の取扱い1 証人の欠格事由は民法974条による2 欠格者はパソコンの操作のためにも出席できない3 証人が同席する場合の記載第6 電子データ等による新たな遺言制度との区別第7 参考-遺言公正証書の作成件数第8 出典・参考資料1 法令2 所管行政機関の資料3 日本公証人連合会の資料4 参考文献
第1 この記事の対象と結論
1 対象
この記事は,令和7年10月1日に施行された公正証書の作成手続のデジタル化を扱う。
中心に置くのは,遺言公正証書をウェブ会議(リモート方式)によって作成することができるか,できるとして,どのような要件,手続及び制約があるかである。
公正証書の作成手数料の改定については,別稿の令和7年10月1日施行の公証人手数料令改正で扱っているため,この記事では触れない。
公正証書遺言の「口授」の要件については,公正証書遺言の「口授」とは-要件・判例・無効訴訟の実務を参照されたい。
2 調査の基準日及び適用時点
この記事の調査の基準日は,令和8年9月2日である。
法令は,同日現在のe-Gov法令検索で確認した現行条文による。
公証人法施行規則については,令和8年3月10日施行の現行版のほか,令和7年10月1日施行版も確認した。
法務省が公表する指定公証人一覧は令和8年8月3日現在のものである。
3 結論
遺言公正証書は,ウェブ会議によって作成することができる。
遺言であることを理由に一律に排除されているわけではない。
公証人法上,ウェブ会議による作成が明文で排除されているのは保証意思宣明公正証書だけである(公証人法37条3項)。
これに加えて,公証人法施行規則24条10号は,ウェブ会議の方法によって遺言公正証書を作成する場合に証書へ記載すべき事項を定めている。
すなわち,法令は遺言公正証書をこの方法で作成することを正面から予定している。
もっとも,実際に利用できるかどうかは公証人の個別の判断による。
日本公証人連合会は,遺言のように本人の意思の確認が重要なものについては慎重に判断されるとしている。
また,成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時にする遺言は,書面での作成が前提となるため,デジタル化及びリモート方式の対象外である。
第2 公正証書作成手続のデジタル化
1 施行日及び指定公証人
令和7年10月1日,公正証書の作成手続のデジタル化に関する改正公証人法が施行された。
公証人法及び他の法令により公証人が行うこととされた電磁的記録に関する事務は,法務大臣の指定した公証人(指定公証人)が取り扱い,その指定は告示によって行われる(公証人法7条ノ2)。
したがって,デジタル化された手続を利用できるのは指定公証人の役場に限られる。
法務省が公表する指定公証人の一覧は,「電磁的記録の認証等」に係る指定と「公正証書の作成」に係る指定とを別の欄で表示している。
このうち「公正証書の作成」に係る指定の効力発生日は,東京法務局管内で令和7年10月1日から同年11月28日まで,横浜地方法務局及びさいたま地方法務局管内で同年11月10日,札幌法務局,高松法務局,徳島地方法務局,高知地方法務局及び松山地方法務局管内で同年12月15日というように,役場ごとに定められている。
全国一斉に始まったものではない。
2 電磁的記録による作成が原則である
公証人は,嘱託があった場合には,電磁的記録をもって公正証書を作成することにつき困難な事情がある場合を除き,電磁的記録によって公正証書を作成する(公証人法36条)。
嘱託人が紙と電磁的記録のいずれかを選択できる制度ではない。
日本公証人連合会は,電磁的記録による作成が困難な事情の例として,①法律上書面で作成することが前提となっている場合(列席者の署名押印が義務づけられている保証意思宣明公正証書及び成年被後見人の遺言公正証書,券面又は付箋への記載が必要な手形・小切手の拒絶証書など),②技術的・物理的に困難な場合(PDF化することが困難な大きな図面を添付する必要があるとき,機材の故障により電磁的記録としての作成ができないときなど)を挙げている。
列席者は,パソコン上でタッチペンを用いて氏名を手書きする電子サインを行い,押印は不要である。
身体の障害等により電子サインができない列席者については,公証人がその旨を記録する(公証人法40条5項,公証人法施行規則27条)。
公証人は,電子サインに加えて,官職証明書に係る電子証明書による電子署名を行う。
3 インターネットによる嘱託
嘱託人は,公正証書の作成を嘱託する場合には,官公署の作成した印鑑に関する証明書又は署名用電子証明書等を提供する方法その他の法務省令で定める方法により,嘱託人が本人であることを明らかにしなければならない(公証人法28条)。
従来の来所及び印鑑証明書による本人確認に加えて,嘱託に係る情報に電子署名をし電子証明書を付してインターネットから送信する方法を利用できるようになった。
4 正本及び謄本に相当するもの
嘱託人,その承継人又は利害関係を有する第三者は,電磁的記録で作成された公正証書について,記録されている事項の全部又は一部を出力した書面の交付の請求又は当該事項を記録した電磁的記録の提供の請求をすることができる(公証人法43条1項2号・3号)。
嘱託人又はその承継人は,公正証書に記録されている事項を記載した書面又は記録した電磁的記録であって,その内容が公正証書の記録事項と同一であることを公証人が法務省令で定める方法により証明したものの交付又は提供の請求をすることができる(公証人法44条1項2号・3号)。
令和7年の法改正により,従来の「正本」及び「謄本」は,書面で作成される公正証書について用いる用語となった。
電磁的記録で作成される公正証書については,従来の正本に相当するものが「公正証書正本情報」(電磁的記録の場合)又は「同一事項証明書面」(書面の場合),従来の謄本に相当するものが「公正証書証明情報」(電磁的記録の場合)又は「全部事項出力書面」(書面の場合)と呼ばれる。
交付を受けた書面の表題がこれらの用語になっている場合,それは当該公正証書が電磁的記録によって作成されたことを意味するのであって,ウェブ会議によって作成されたことを意味するものではない。
第3 遺言公正証書をウェブ会議で作成できるか
1 法令上の根拠
遺言公正証書をウェブ会議で作成できることは,次の三つの規定の組合せから導かれる。
(1) 口述の聴取
公証人は,嘱託人からの申出があり,かつ,当該申出を相当と認めるときは,法務省令で定めるところにより,公証人及び列席者が映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって,聴取した陳述その他の自己の実験した事実の実験を行うことができる(公証人法37条2項)。
公正証書によって遺言をするには,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することを要するところ(民法969条1項2号),この口述の聴取は同項にいう事実の実験に当たる。
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