目次
第1 筋力が弱いことと,筋肉がやせていることは同じではない第2 関節原性筋抑制(AMI)とは何か第3 筋力が戻らないときに分けて確認する原因第4 MRI,MMT,大腿周径だけで原因や回復見込みを決めない第5 主治医・リハビリ担当者へ確認する事項第6 回復の見通し,症状固定及び後遺障害を分ける第7 関連記事・出典1 関連記事2 資料の読み方
膝のけがの後に「太ももが細くなった」「リハビリをしているのに力が入らない」「膝が伸ばし切れない」と感じても,その原因がすべて同じとは限らない。筋肉の量が減っている場合と,筋肉を十分に働かせられない場合を分け,痛み,腫れ,可動域,靱帯の安定性及び神経所見も併せて確認することが出発点となる。
本記事は筋力低下の原因と診察での確認点を扱う。MMT等の測り方・証拠としての限界は,別記事「交通事故後の筋力低下と後遺障害」で整理している。
第1 筋力が弱いことと,筋肉がやせていることは同じではない
筋萎縮とは筋肉がやせることである。日本神経学会の「(症状編)筋肉のやせ」は,筋肉を使わないことによる廃用性の筋萎縮のほか,神経の障害による筋萎縮等を説明し,原因の診断が重要であるとしている。
これに対し,「力が入らない」という訴えは,筋肉の量だけでは説明できないことがある。膝の痛みや腫れ,動かしにくさ,筋肉を十分に活動させられない状態なども,診察で検討すべき問題となる。筋萎縮と筋活動の低下は併存し得るため,どちらか一方と決め付けない。
太ももが細く見えることだけで神経損傷を断定したり,左右の周径が近いことだけで筋力が回復したと判断したりすることは避けたい。周径,筋力,感覚,反射,関節の動き等を対応させる必要がある。
出典:日本神経学会「(症状編)筋肉のやせ」
https://www.neurology-jp.org/public/disease/kinniku_01.html
第2 関節原性筋抑制(AMI)とは何か
関節原性筋抑制(arthrogenic muscle inhibition:AMI)は,関節の損傷や病態に関連して,関節周囲の筋肉を十分に活動させにくくなる現象を説明する用語である。膝では大腿四頭筋の活動低下が研究されている。
Palmieri-Smithらの2013年の研究は,健常者14人について,膝に実験的に痛み又は関節水腫を生じさせた条件等を比較し,筋力と筋活動の指標の低下を報告した。これは痛みや腫れが筋肉の働きに影響し得ることを示すが,交通事故後の患者を長期間追跡した研究ではない。個人の症状の原因や,数年後まで筋力が戻らないかどうかを,この研究だけで判定することはできない。
また,ACL損傷後の患者を調べたLynchらの研究では,関節水腫の程度だけでは大腿四頭筋の筋活動低下を予測できなかった。したがって,「腫れがあるからAMIである」「腫れが引いたから筋活動も正常になった」という単純な整理は適切ではない。
「筋力が低い」「筋活動が低い」「AMIである」は,同じ意味の診断名として扱わない。2026年のMaffiulettiによる論考も,筋活動低下を表す記述と,その原因となる機序の説明を区別することを提案している。この資料は臨床試験ではなく,用語と臨床的な捉え方に関する論考である。
出典:Palmieri-Smithら「Pain and Effusion and Quadriceps Activation and Strength」
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3600920/
Lynchら「Quadriceps Activation Failure After Anterior Cruciate Ligament Rupture Is Not Mediated by Knee Joint Effusion」
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3597089/
Maffiuletti「Arthrogenic muscle inhibition and quadriceps activation failure: Reconciling terminology and clinical perspectives across recovery phases」
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42735029/
第3 筋力が戻らないときに分けて確認する原因
次の表は,自分で診断を付けるためではなく,診察で説明を受ける事項を整理するためのものである。同じ人に複数の問題が重なることもある。
確認する問題診察で確認したいこと単独では決められないこと筋萎縮・活動量の低下固定・免荷の期間,歩行量,周径の推移,筋力の変化周径差だけから原因・等級・回復限界を決めること痛み・腫れと筋活動の低下力を出すときの痛み,関節水腫,筋収縮の状態,経時的な変化痛みや腫れの有無だけでAMIを診断すること関節の動かしにくさ自分で動かす角度と,他動的に動かした角度,伸展制限の原因曲がらない・伸びない原因を筋力不足だけに求めること靱帯損傷後の不安定性徒手検査,必要に応じた画像,膝崩れの場面,装具の目的膝崩れという訴えだけで機械的な動揺性を断定すること神経等の障害筋力低下の分布,しびれ,感覚・反射所見,必要に応じた検査筋萎縮又はMMTの低下だけで神経損傷を断定すること
表の診察事項は,上記の学会解説と膝の筋活動に関する研究を踏まえた確認項目の整理であり,特定の検査を全員に受けることを勧めるものではない。すでにある診療録やリハビリ記録で,どの問題が評価されているかを先に確認するとよい。
第4 MRI,MMT,大腿周径だけで原因や回復見込みを決めない
MRIは靱帯や周囲組織の状態を確認する資料であり,筋力そのものを測る検査ではない。画像上の靱帯の連続性と,筋力,関節の安定性,痛み,日常動作は,分けて評価する必要がある。
MMTは徒手的な筋力の評価,大腿周径は同じ位置で測った太ももの太さの記録であり,測っている対象が異なる。ハンドヘルドダイナモメーターや等速性筋力測定装置による数値も,測定角度,固定,速度,痛み,試行回数等の条件と併せて読む必要がある。詳しくは,筋力検査の記事の第2「4種類の評価方法が測るもの」及び第8「検査報告書に残したい事項」を参照されたい。
左右差にも注意が必要である。McPhersonらの2023年のACL損傷・再建に関する研究では,受傷側だけでなく反対側の筋活動にも対照群との差がみられた。対象は若年の活動的な人を中心とする研究であり,すべての交通事故のけがに当てはまるとは限らないが,反対側を無条件に正常な基準とすることには限界がある。
したがって,左右差が小さい場合も,絶対的な測定値,過去からの推移,両脚の症状及び生活動作と対応させることが大切である。筋力の左右比だけから回復又は永続性を決めない。
出典:McPhersonら「Arthrogenic muscle inhibition after anterior cruciate ligament injury: Injured and uninjured limb recovery over time」