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第1 この記事の対象と結論
1 膝蓋骨脱臼とは区別する必要があること
この記事でいう膝関節脱臼は,主として大腿骨と脛骨の位置関係が外傷によって破綻する脛骨大腿関節脱臼を指す。膝蓋骨が大腿骨の溝から外れる膝蓋骨脱臼とは,損傷する組織,治療上の緊急性及び後遺障害の立証課題が異なる。
脛骨大腿関節脱臼では,前十字靱帯,後十字靱帯,内側側副靱帯,外側側副靱帯及び後外側支持機構の複数が損傷することが多い。このため,整復後の傷病名は「膝複合靱帯損傷」と記載され,診療録に「膝関節脱臼」という記載が残らないこともある。
2 認定の核心は症状固定時の残存機能であること
膝関節脱臼という診断名だけで後遺障害等級は決まらない。等級認定で問題となるのは,症状固定時に残った動揺性,可動域制限,疼痛,神経麻痺等の内容と程度である。
特に動揺関節では,①靱帯又は骨性支持機構の器質的損傷,②健側と比較した不安定性の方向及び程度,③硬性補装具を必要とする頻度,④実際の歩行及び就労上の支障を相互に対応させる必要がある。ストレスX線の健患差だけで8級,10級又は12級が自動的に決まるものではない。
本記事では,診断の実在,交通事故との因果関係,症状固定時の機能,行政上の等級及び民事上の損害という五つの判断を分けて検討する。この区別は,医学的に重い傷病であっても高い等級が直ちに認められるわけではなく,反対に自賠責で非該当とされても裁判上の損害が当然に否定されるわけではないことを理解するために重要である。
第2 膝関節脱臼及び複合靱帯損傷の医学的特徴
1 搬送時には自然整復していることがあること
外傷性膝関節脱臼は,受傷現場から医療機関へ到着するまでに自然整復することがある。その場合,初診時の単純X線で大腿骨と脛骨の明らかな脱臼が写っていなくても,膝周囲の高度腫脹,著しい不安定性,複数靱帯の断裂,血管損傷又は神経損傷から,受傷時に脱臼が生じたと判断される余地がある。
したがって,救急隊記録,事故直後の患肢変形を記録した写真,整復操作の記録,初診時の神経血管所見,MRI及び手術記録を時系列で突き合わせる必要がある。初診X線に脱臼像がないという一点だけで,膝関節脱臼又は複合靱帯損傷を否定することはできない。
2 損傷靱帯と不安定性の方向を対応させること
前十字靱帯は脛骨の前方移動,後十字靱帯は後方移動,内側側副靱帯は外反方向,外側側副靱帯及び後外側支持機構は内反又は回旋方向の不安定性と関係する。もっとも,実際の複合損傷では相互作用があり,一つの徒手検査又は一方向のストレスX線だけで全体像を評価できるとは限らない。
後遺障害の資料では,単に「膝がぐらつく」と記載するだけでは足りない。前方,後方,内反,外反又は回旋のどの方向に不安定性があり,それがACL,PCL,MCL,LCL又は後外側支持機構のどの損傷と整合するかを示す必要がある。
3 膝窩動脈損傷及び総腓骨神経損傷を見落とさないこと
膝関節脱臼では,膝窩動脈損傷及び総腓骨神経損傷が重大な合併損傷となる。近年の多数例を集積した医学研究では,血管損傷は約10.7%,神経損傷は約19.6%と報告されているが,研究間の症例定義及び診断方法には差があるため,この数値を個別患者の発生確率として機械的に用いることはできない。
足背動脈等の脈拍が触知できても,血管損傷を完全には除外できない。医学的には,足関節上腕血圧比,反復する神経血管診察,造影CT又は血管外科への相談が重要となる。後遺障害申請の段階でも,事故直後の足関節上腕血圧比,造影画像,血行再建手術記録,腓骨神経領域の感覚及び足関節背屈筋力を保存しておく必要がある。
4 慢性期MRIの限界を踏まえること
MRIは靱帯損傷の部位及び形態を確認する重要な検査である。ただし,慢性期の後十字靱帯損傷は連続性があるように見えることがあり,内側側副靱帯の瘢痕治癒像も機能的な弛緩を正確に表さないことがある。また,MRIの静止画像は荷重時又は応力を加えたときの動揺性そのものを直接測る検査ではない。
このため,慢性期MRIで明瞭な断裂像が乏しい場合には,事故直後のMRI,手術所見,徒手不安定性検査,ストレスX線及び歩行時の膝崩れを総合する必要がある。画像所見は診断,受傷時期又は損傷形態を支える資料であるが,画像だけから事故因果関係又は後遺障害等級まで推論してはならない。
第3 自賠責保険における後遺障害等級
1 法令と認定基準の関係
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は,膝を含む一下肢の三大関節の機能障害について,8級7号を「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」,10級11号を「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」,12級7号を「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」と定める。
もっとも,動揺関節は別表第二に独立した項目として書かれていない。国土交通省・自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準は,後遺障害の等級について,原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて判断する構造を採る。このため,膝の動揺性は,厚生労働省の障害等級認定基準を参照して相当等級を判断する。
2 動揺関節の8級,10級及び12級
厚生労働省の障害等級認定基準によれば,下肢の動揺関節は,それが他動的なものであるか自動的なものであるかにかかわらず,硬性補装具の必要性により次のように扱われる。
①常に硬性補装具を必要とするものは,8級に準ずる。
②時々硬性補装具を必要とするものは,10級に準ずる。
③重激な労働等の際以外には硬性補装具を必要としないものは,12級に準ずる。
ここで重要なのは,被害者が実際に装具を着けていた時間だけではなく,器質的損傷及び不安定性の程度から医学的にどの頻度で硬性補装具を必要とするかである。反対に,患者が希望して常時サポーターを使っているという事実だけでは,常時硬性補装具を必要とする8級の根拠にはならない。
3 硬性補装具と軟性装具を区別すること
硬性補装具に該当するかは,商品名又は「支柱入り」という表示だけでは決まらない。膝関節を硬く固定して異常運動を制御する構造,関節角度を制限する機構,使用目的及び実際の拘束度を確認する必要がある。
後遺障害申請では,装具処方箋,義肢装具士の仕様書,装具の写真,関節継手の可動範囲,医師が必要と判断した使用場面及び頻度を提出することが望ましい。弾性スリーブ又は簡易サポーターを常時使用していることと,硬性補装具を常に医学的に必要とすることは別の事実である。
4 習慣性脱臼及び弾発膝
厚生労働省の認定基準は,習慣性脱臼及び弾発膝を残すものを12級に準ずるものとして扱う。ただし,外傷性膝関節脱臼後に複合靱帯損傷による動揺性が残った事案と,膝蓋骨の反復性又は習慣性脱臼とは,病態及び立証資料を区別すべきである。
「事故後に何度も外れそうになった」という主訴だけで習慣性脱臼となるわけではない。再脱臼の診療記録,画像,整復記録及び原因となる器質的損傷を確認する必要がある。
5 可動域制限による8級7号,10級11号及び12級7号
膝関節脱臼後には,靱帯再建術,関節拘縮,関節面損傷又は長期固定のため,可動域制限が残ることがある。可動域による機能障害では,原則として健側の膝関節可動域と患側を比較し,用廃又はこれに近い状態は8級7号,主要運動が健側の2分の1以下に制限されたものは10級11号,4分の3以下に制限されたものは12級7号となる。
膝の主要運動は屈曲及び伸展であり,同一面の運動として両者の可動域角度を合計して評価する。日本リハビリテーション医学会の2022年改訂測定法では,膝屈曲の参考可動域は130度,伸展は0度である。もっとも,参考可動域は正常値そのものではなく,原則は健側比較である。健側にも障害がある場合には,認定基準に従って参考可動域を用いる。
測定は原則として他動運動によって5度刻みで行い,自動運動値を用いる場合にはその旨を明記する。股関節の肢位,基本軸及び移動軸,疼痛の有無並びに測定日を統一しなければ,再現性のある比較にならない。詳細は膝関節の可動域制限で12級7号が認定される基準を参照されたい。
6 疼痛,神経障害及び等級の重複
動揺性又は可動域制限が数値基準に達しなくても,靱帯損傷,関節面損傷,半月板損傷又は神経損傷による疼痛及びしびれが残ることがある。この場合には,局部の神経症状として12級13号又は14級9号が問題となる。
もっとも,同一の膝関節損傷から通常派生する疼痛は,関節機能障害の等級に含まれ,独立して重ねて評価されないことがある。他方,総腓骨神経麻痺による足関節背屈障害等が別個の機能障害を生じる場合には,その障害を別に検討する必要がある。障害名の数ではなく,異なる機能を別個に失ったかという観点が必要である。
第4 動揺関節を証明する検査と資料
1 徒手検査,ストレスX線及び器械計測
徒手検査には,Lachmanテスト,前方引出しテスト,後方引出しテスト,内反ストレステスト及び外反ストレステスト等がある。検者依存性があるため,陽性又は陰性だけでなく,左右差,終末感,膝屈曲角度及び麻酔下所見を記録することが重要である。
ストレスX線は,一定方向の応力を加えた状態で骨の位置関係を撮影し,健側と患側の移動量を比較する検査である。専用機器を用いる方法,徒手で応力を加える方法及び重力を利用する方法があり,撮影肢位,応力の方向及び負荷方法が異なれば数値を単純比較できない。詳細は動揺関節の立証手段としてのストレスレントゲン撮影を参照されたい。
KT-1000又はKT-2000等の器械計測も前後方向の動揺性を数量化する資料となる。ただし,側方及び回旋不安定性を十分に表さないことがあり,多方向不安定性の評価を一つの数値に還元すべきではない。
2 何ミリなら何級という固定基準はないこと
公表されている自賠責紛争処理事例には,後方不安定性が7mmで10級相当とされた事例,9mmないし10mmで10級相当とされた事例,前後20mmでも側副靱帯及び後外側支持機構の損傷がないこと等から8級を否定して10級相当とした事例がある。また,器械計測の健患差4mmで硬性補装具の必要性を裏付ける客観的根拠がないとして12級相当とされた事例もある。
したがって,「5mm以上なら12級,8mm以上なら10級,12mm以上なら8級」というような数値は,法令又は現行行政基準の拘束的な閾値ではない。不安定性の方向数,骨性支持機構の欠損,手術後の安定性,硬性補装具の医学的必要性及び日常生活状況を総合して評価する必要がある。
3 静的画像と動的機能を混同しないこと
単純X線,CT及びMRIは,骨折,関節面の陥没,靱帯付着部剥離,靱帯断裂及び術後状態を示す。ストレスX線及び徒手検査は,応力を加えた際の動揺性を示す。歩行動画,装具使用記録及び診療録上の膝崩れは,生活場面における動的な支障を示す。
これらは同じ事実を重複して証明する資料ではない。器質的損傷,機械的不安定性,装具の必要性及び現実の支障という別々の問いに対応するため,各資料が何を証明するのかを明示する必要がある。
4 撮影条件及び原画像を保存すること
画像を提出する際は,報告書の結論だけでなく,可能な限りDICOM原画像,撮影日,左右表示,撮影肢位及び負荷条件を確保する。ストレスX線では,応力の方向,負荷方法,膝屈曲角度,患側と健側の撮影条件及び計測点が分からなければ,数値の再検証が困難となる。
また,症状固定後に初めて精密検査を行うより,事故直後,治療中及び症状固定時の各段階に対応する資料がある方が,事故因果関係と残存機能を区別して説明しやすい。検査の追加は侵襲,費用及び治療上の必要性を踏まえ,主治医と相談して行うべきである。
第5 等級認定を五段階で検討する方法
1 第1段階は損傷の実在であること
まず,骨折,関節面陥没,靱帯断裂,半月板損傷,腓骨神経損傷又は血管損傷が実在するかを確認する。救急記録,初診時画像,MRI,手術記録及び診断書が中心となる。
膝関節脱臼が自然整復していた場合には,複数靱帯損傷の組合せ,整復前後の記録及び神経血管所見から受傷時の病態を再構成する。診断名の表記だけに依存しないことが重要である。
2 第2段階は交通事故との因果関係であること
次に,確認された損傷が本件事故によるものかを検討する。受傷機転,事故直後からの症状,初診までの時間,既往症,陳旧性損傷を示す画像所見及び事故前の診療記録が問題となる。
変形性膝関節症又は過去の靱帯損傷がある場合でも,直ちに事故因果関係が否定されるわけではない。事故前の無症状性,事故による新たな断裂又は不安定性の増悪及び治療経過を区別し,必要に応じて素因減額とは別の論点として整理する。
3 第3段階は症状固定時の残存機能であること
症状固定時に,どの方向の動揺性がどの程度残り,どの場面で膝崩れが起き,硬性補装具をどの頻度で医学的に必要とするかを確定する。可動域,疼痛,筋力及び神経所見も同じ時点で記録する。
手術前に高度不安定性があっても,靱帯再建術によって症状固定時に安定性が回復していれば,手術前の数値だけから等級を判断することはできない。反対に,静的なMRIが改善していても,ストレス下の不安定性又は装具の必要性が残っていることがある。
4 第4段階は適用する等級経路であること
症状固定時の障害を,①動揺関節,②可動域制限,③疼痛又は神経症状,④総腓骨神経麻痺等による別関節の機能障害,⑤下肢短縮又は変形等に振り分ける。その上で,同一機能の重複評価を避け,異なる機能障害について併合又は派生関係を検討する。
動揺関節の経路では硬性補装具の必要頻度,可動域の経路では健側との角度比,神経症状の経路では器質的損傷と症状の医学的整合性が中心となる。異なる基準を混在させないことが重要である。
5 第5段階は民事上の損害であること
自賠責の後遺障害等級は損害算定の重要な資料であるが,裁判所を法的に拘束しない。裁判では,職種,装具の使用状況,配置転換,減収,家事労働への影響及び将来の再手術可能性等を踏まえ,労働能力喪失率及び喪失期間を個別に判断する。
したがって,等級が認められたことと,等級表に対応する標準的な労働能力喪失率がそのまま全期間認められることは別問題である。反対に,自賠責で非該当であっても,裁判上,医学的証拠に基づく後遺障害及び損害が認められる余地はある。
第6 症状固定前後に収集すべき資料
1 事故直後の資料
事故直後には,①事故状況及び受傷機転,②救急隊による患肢変形及び神経血管所見,③整復の時刻及び方法,④整復前後のX線,⑤造影CT又は足関節上腕血圧比,⑥初診時の足背動脈触知,感覚及び筋力を確保する。
自然整復例では,この時期の記録が膝関節脱臼の実在と緊急合併損傷を裏付ける。後日の聴取だけに依存せず,作成時期の早い客観資料を優先する。
2 治療及び手術の資料
治療中には,MRI報告書及び原画像,手術記録,靱帯再建又は修復の部位,術中ストレス所見,神経剥離又は血行再建記録,装具処方箋及びリハビリ記録を収集する。手術記録は,画像で判然としない靱帯及び支持機構の損傷を直接確認した資料となり得る。
また,感染,関節拘縮,再建靱帯の弛緩,関節面損傷及び二次性変形性膝関節症等の経過を時系列で整理する。治療経過の中断がある場合には,その理由も診療録又は本人の説明で確認する。
3 症状固定時の資料
症状固定時には,①他動及び必要に応じた自動可動域,②前後及び側方の徒手検査,③健患同一条件のストレスX線,④器械計測,⑤筋力及び筋萎縮,⑥神経学的所見,⑦硬性補装具の仕様及び医学的必要頻度,⑧膝崩れの具体的場面を記録する。
後遺障害診断書の「自覚症状」欄には,「不安定感」とだけ書くのではなく,階段下降時,方向転換時,不整地歩行時又は荷物運搬時等の場面と頻度を記載する。「他覚症状及び検査結果」欄には,損傷靱帯,検査名,左右差,撮影条件及び装具の必要性を対応させる。
4 医師照会で確認すべき事項
医師照会では,①症状固定時に残る器質的損傷,②不安定性の方向及び原因,③ストレスX線等の左右差,④装具が硬性か,⑤装具を必要とする医学的理由及び頻度,⑥可動域制限の原因,⑦疼痛又は神経症状との派生関係を具体的に尋ねる。
「後遺障害は何級か」という法的評価だけを医師に求めるより,等級基準に対応する医学的事実を回答してもらう方が有用である。医師の回答と画像,診療録及び実際の装具仕様が矛盾しないかも確認する。
5 低負担の確認から段階的に進めること
最初に,既存の診療録,画像報告書,装具処方箋及び後遺障害診断書を一覧化し,欠けている判断要素を特定する。次に,既存原画像の読影,主治医への具体的照会及び同一条件の既存検査の比較を行う。
それでも8級と10級又は10級と12級の境界が解けない場合に,医学的必要性と安全性を確認して追加のストレス撮影又は専門医評価を検討する。新たな検査を重ねても判断を変えない論点が明らかになったときは,費用,侵襲及び紛争の見通しを踏まえて調査を終了することも必要である。
第7 典型的な反論と検討方法
1 初診X線に脱臼像がないという反論
この反論に対しては,自然整復の可能性を抽象的に述べるだけでは足りない。事故直後の変形,整復操作,複数靱帯損傷の組合せ,高エネルギーの受傷機転及び神経血管所見を示し,本件で自然整復した脱臼と評価できる根拠を具体化する。
他方,軽微な受傷機転で初診時から安定し,急性損傷を示す画像及び症状がない場合には,陳旧性損傷又は変性の可能性を慎重に検討する必要がある。
2 慢性期MRIで靱帯が連続しているという反論
慢性期MRI上の連続性は,機能的に十分な緊張及び安定性が回復したことと同義ではない。事故直後のMRI,手術所見,ストレスX線及び徒手検査と対比し,形態と機能を分けて説明する。
もっとも,MRIの限界を理由にあらゆる不安定性を肯定できるわけではない。客観的な動揺性検査,診療録上の一貫した膝崩れ及び装具の医学的必要性が必要である。
3 装具は本人の希望によるものにすぎないという反論
装具の購入及び使用実績だけでは,等級基準上の必要性を証明できない。処方医の意見,装具の構造,使用目的,装着しない場合の膝崩れ,使用場面及び再建後の安定性を示す必要がある。
また,軟性サポーターを常時使用している事実を,硬性補装具の常時必要性に置き換えてはならない。8級を主張する場合には,なぜ通常の歩行を含めて硬い固定が常に必要なのかを医学的に説明する必要がある。
4 既往症又は変形性膝関節症によるという反論
事故前画像及び診療録があれば,事故前の関節裂隙,靱帯状態,疼痛及び通院状況を確認する。事故前に変性があっても,事故後に新たな脱臼,靱帯断裂又は関節面損傷が生じたのであれば,事故による障害部分を評価する必要がある。
因果関係の有無,事故による増悪の範囲及び民法722条2項の類推適用による素因減額は別の判断である。既往所見があるという一事で,事故後の全症状を排除しないようにする。
第8 公表された審査事例及び裁判例
1 厚生労働省が公表した準用10級の審査事例
厚生労働省が公表する労災保険審査請求事案には,脛骨近位端粉砕骨折後の右膝について,関節面の陥没,後十字靱帯付着部の粉砕骨折及び側方・後方動揺を認め,「時々硬性補装具を必要とするもの」として準用10級とした事例がある。
同事例では,可動域は健側の4分の3以下に制限されていなかったが,立位X線,CT,MRI及び装具必要性を検討して動揺関節を認定した。また,右膝の疼痛は機能障害に通常派生するものとして準用10級に含めた。可動域,動揺性及び疼痛を別々に検討した上で,最後に重複関係を処理した点が参考になる。
2 常時硬性補装具の必要性から8級相当とした裁判例
大阪地方裁判所平成27年2月10日判決(平成25年(ワ)第6910号,自保ジャーナル1947号55頁)は,膝関節脱臼骨折,前十字靱帯,後十字靱帯及び後外側支持機構の損傷等が残った事案について,症状固定時に常に硬性補装具を必要とするものとして8級7号相当を認めたとされる。
この事案では,自賠責の12級及び労災の10級より高い評価が裁判上採用された。行政認定が裁判所を拘束しないことに加え,複数靱帯損傷という名称だけではなく,多方向の不安定性,症状固定時の装具必要性及び生活状況を具体的に立証する必要があることを示す。判決は裁判所HP未掲載であり,書誌及び判旨は後掲の令和8年実務書433頁~434頁で確認した。
3 常時必要ではないとして10級相当とした裁判例
大阪地方裁判所平成12年1月12日判決(交通事故民事裁判例集33巻1号11頁)は,膝の外側動揺性があり,歩行に杖及び装具を要するものの,常に硬性補装具を必要とする程度ではないとして10級11号相当を認めたとされる。
8級と10級の境界では,装具を使用しているか否かではなく,常時の硬性固定が医学的に必要かが争点となる。判決は裁判所HP未掲載であり,書誌及び判旨は後掲の令和8年実務書433頁~434頁で確認した。
4 可動域が基準未達でも神経症状を認めた裁判例
福岡地方裁判所平成31年4月23日判決(平成30年(ワ)第578号)は,膝の可動域が健側の4分の3以下に制限されていないとして12級7号相当を否定した一方,大腿部の筋損傷及び神経損傷による疼痛・しびれを12級13号相当と判断した。
この判決は,可動域基準に達しないことと,別の器質的損傷による神経症状まで否定されることは同じではないことを示す。他方,痛みの存在だけで12級13号となるのではなく,筋損傷及び神経損傷との医学的対応が判断の基礎となっている。
5 機能障害と疼痛の重複評価を否定した裁判例
福岡高等裁判所昭和53年8月17日判決(昭和51年(行コ)第6号)は,労災の障害等級決定をめぐる行政事件において,同一の膝関節損傷から生じる機能障害と疼痛を独立して重ねて評価しないという考え方を示した。
自賠責の交通事故損害賠償判決ではないが,自賠責が労災の障害等級認定基準に準じる構造を理解する上で参考となる。ただし,総腓骨神経麻痺等によって膝とは別の機能が失われた場合まで,常に一つの等級へ含まれるという射程ではない。
第9 申請前の確認事項
申請前には,次の事項を相互に矛盾なく説明できるかを確認する。
①傷病名は,脛骨大腿関節脱臼,膝蓋骨脱臼,単独靱帯損傷又は複合靱帯損傷のいずれか。
②事故直後の画像に脱臼像がない場合,自然整復を裏付ける救急記録,整復記録又は複数靱帯損傷があるか。
③器質的損傷の部位と,前後,内外反又は回旋の不安定性が医学的に対応しているか。
④ストレスX線及び器械計測は,健患で撮影肢位,応力及び計測方法が同一か。
⑤装具は硬性か軟性か。医師はどの場面でどの頻度の使用を必要と判断しているか。
⑥症状固定時の他動可動域は,健側の2分の1又は4分の3という基準に達するか。
⑦疼痛,しびれ,足関節背屈障害及び筋力低下は,関節機能障害に通常派生するものか,別個の神経損傷によるものか。
⑧事故前の膝症状,変形性膝関節症又は陳旧性靱帯損傷を示す資料があるか。
⑨後遺障害診断書,画像,診療録,装具仕様及び本人の生活状況に矛盾がないか。
⑩自賠責等級の主張と,職種別の労働能力喪失及び現実の減収の主張を区別しているか。
第10 まとめ
交通事故による膝関節脱臼の後遺障害等級は,脱臼又は複合靱帯損傷という診断名ではなく,症状固定時に残る動揺性,可動域制限,疼痛及び神経障害によって決まる。動揺関節では,常に硬性補装具を要するものが8級,時々要するものが10級,重激な労働等の際以外には要しないものが12級に準じるが,その必要性は器質的損傷,動揺性の方向及び生活状況から医学的に裏付ける必要がある。
立証の中心は,事故直後の受傷記録,MRI及び手術所見,健患同一条件のストレスX線,症状固定時の可動域,装具の具体的仕様並びに医師の必要性判断である。静的画像,動的機能,装具の必要性及び現実の就労支障は別の事実であるため,一つの検査結果だけで全てを説明しないことが重要である。
また,血管損傷及び総腓骨神経損傷は救急期から後遺障害期まで連続して確認すべき重大な論点である。自賠責の等級認定と民事上の労働能力喪失も区別し,各段階に対応する証拠を収集する必要がある。
第11 出典・参考資料
1 法令・行政資料・学会資料
①自動車損害賠償保障法施行令別表第二8級7号,10級11号及び12級7号(e-Gov法令検索,令和8年8月1日確認)。
②国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」3頁(令和8年8月1日確認)。
③厚生労働省平成16年6月4日基発第0604003号「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(令和8年8月1日確認)。
④厚生労働省「労災保険審査請求事案・障害等級第12級の12とした原処分を取り消し準用第10級とした事例」1頁~2頁。
⑤日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法改訂に関する告知(2022年4月改訂)」及び同「関節可動域表示ならびに測定法」(令和8年8月1日確認)。
2 裁判例及び実務書
①大阪地方裁判所平成27年2月10日判決・平成25年(ワ)第6910号・自保ジャーナル1947号55頁(裁判所HP未掲載)。
②大阪地方裁判所平成12年1月12日判決・交通事故民事裁判例集33巻1号11頁(裁判所HP未掲載)。
③福岡地方裁判所平成31年4月23日判決・平成30年(ワ)第578号(裁判所HP原文確認済)。
④福岡高等裁判所昭和53年8月17日判決・昭和51年(行コ)第6号(裁判所HP原文確認済)。
⑤榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断-傾向を踏まえた交通事故事件処理-』新日本法規出版,令和8年3月11日,398頁,412頁~415頁及び433頁~437頁。
⑥新津守『膝MRI 第3版』医学書院,平成30年,87頁,97頁,102頁,124頁及び128頁。
3 医学文献
①Murray IR et al., Management of multiligament knee injuries: an expert consensus statement, British Journal of Sports Medicine, 2024;58:1385-1400, PMID 39237264, DOI 10.1136/bjsports-2024-108089. PubMed
②Constantinescu DS et al., Vascular and Nerve Injury After Knee Dislocation: A Systematic Review and Meta-Analysis, Orthopedics, 2023;46:e126-e134, PMID 36730697. PubMed
③Weinberg DS et al., Can Vascular Injury be Appropriately Assessed With Physical Examination After Knee Dislocation?, Clinical Orthopaedics and Related Research, 2016;474:1453-1458, PMCID PMC4868171. PMC
④Woodmass JM et al., A systematic review of peroneal nerve palsy and recovery following traumatic knee dislocation, Knee Surgery Sports Traumatology Arthroscopy, 2015;23:2992-3002, PMID 26115847. PubMed
⑤Klasan A et al., Long-term outcomes following multiligament knee injuries: a systematic review and meta-analysis, Knee Surgery Sports Traumatology Arthroscopy, 2025, PMCID PMC11948183. PMC