目次
第1 支払拒絶を受けたときに確認すること1 「事故の過失が大きい」だけでは結論は出ない2 対人・対物賠償と車両・人身傷害を分ける第2 重過失の判断方法と裁判例の読み方1 失火責任法の最高裁判決をそのまま当てはめない2 事故の重大さと事故前の注意欠如を区別する第3 本文を確認できる5件の裁判例1 大阪地裁平成24年5月30日―高速道路上の短時間の停車2 横浜地裁平成27年10月1日―飲酒運転者を制止する行動3 大阪地裁令和元年12月2日―踏み間違いと短時間の混乱4 神戸地裁令和5年3月30日―脳梗塞の既往歴と医師への確認5 千葉地裁令和6年7月18日―処方薬の過量服用第4 病気・服薬では免責条項を一つずつ検討する1 重過失を否定できても別の免責が残ることがある2 病歴と事故原因を直結させない第5 相談・交渉で集める資料1 保険契約と拒絶理由の資料2 事故経過と事故前の判断の資料第6 関連記事第7 参照資料
第1 支払拒絶を受けたときに確認すること
1 「事故の過失が大きい」だけでは結論は出ない
自動車保険や共済から「重大な過失による事故なので支払わない」と通知された場合,まず支払を求める補償と,免責の根拠となる約款を特定する必要がある。交通事故の損害賠償における過失割合と,保険・共済の重過失免責は別の問題である。自分の過失が100%の事故であっても,そのことだけで重過失免責が成立するわけではない。
保険者には,適用する約款・特約の条項,誰の行為を問題としているか,重大な過失と評価する具体的事実,事故との因果関係及び根拠資料を,書面で説明するよう求める。その回答に応じて,事故前の判断,事故発生までの経過,回避の可能性及び他の原因を資料化することが重要である。
2 対人・対物賠償と車両・人身傷害を分ける
保険法17条1項は,損害保険契約について,保険契約者又は被保険者の故意・重大な過失による損害を免責の対象としている。他方,同条2項は,責任保険契約について,故意による損害を免責の対象とする。対人・対物賠償の補償と,自己の車両や身体の損害を補償する契約を,同じ条項で処理してはならない。
人身傷害保険など傷害疾病損害保険に当たる契約では,同法35条及び約款を確認する。定額の傷害疾病保険については同法80条,生命保険については同法51条があり,免責の対象となる行為者や受取人に関する扱いも異なる。商品名に「死亡保険金」とあることだけで,生命保険と同じ結論を出すことはできない。
本記事で扱う裁判例にも,傷害保険と車両共済という違いがある。各判決の考慮要素は参考になるが,別の商品にそのまま適用できると決めつけず,事故時に適用された約款と特約を取り寄せるべきである。
第2 重過失の判断方法と裁判例の読み方
1 失火責任法の最高裁判決をそのまま当てはめない
最高裁昭和32年7月9日判決(民集11巻7号1203頁)は,失火責任法における重大な過失について,わずかな注意で結果を予見できたのに漫然と見過ごしたような,ほとんど故意に近い著しい注意欠如という趣旨の判断を示した。
ただし,これは自動車保険の約款を直接解釈した判決ではない。重過失免責の検討では,重大な過失という文言だけを取り出すのではなく,保険の目的,免責の趣旨,事故の予見・回避可能性及び具体的な行為を確認する必要がある。横浜地裁平成27年10月1日判決も,重過失を故意に準ずる場合だけに限定することには慎重な立場を示している。
2 事故の重大さと事故前の注意欠如を区別する
死亡事故や車両の大破という結果は深刻である。しかし,結果が重大であることと,事故を招いた注意欠如が免責に足りるほど著しかったことは同じではない。
判断のためには,危険を具体的に認識していたか,警告や助言があったか,それでも危険な行為を選んだか,判断や操作を修正できる時間があったかという,事故前から事故時までの経過を整理する。次の5件は,その違いを検討するうえで参考になる。
第3 本文を確認できる5件の裁判例
1 大阪地裁平成24年5月30日―高速道路上の短時間の停車
高速道路の追越車線で,伝票を拾うため車両を停車させ,後続車との事故により死亡した事案である。裁判所は行為の危険性や過失の大きさを認めつつ,交通状況,停車が短時間であったこと,後続車による回避を期待した事情などを考慮し,傷害保険の重過失免責を否定した(平成23年(ワ)第5986号,判例秘書文献番号L06751370)。
この判決から「高速道路上の停車は免責にならない」という一般則は導けない。停車位置・時間,前後車との距離,交通量,見通し及び停車理由を具体的に立証する必要がある。
2 横浜地裁平成27年10月1日―飲酒運転者を制止する行動
飲酒した運転者を制止しようとして車両の前方に移動し,ひかれて死亡した事案である。裁判所は,運転者が停止するとの期待や当時の状況を考慮し,傷害保険の重過失免責を否定した(平成26年(ワ)第3385号,判例秘書文献番号L07051599)。
飲酒した者が運転していたという事実だけで,制止する側の重大な過失を認めることはできない。ただし,飲酒運転車両への同乗や,危険が具体化してからの進路上への立入りなど,別の行動に同じ結論が当然に及ぶわけではない。
3 大阪地裁令和元年12月2日―踏み間違いと短時間の混乱
駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違え,混乱したまま事故に至った事案である。約26.5メートルの走行中に制動や操舵をしなかったことなどが問題となったが,裁判所は短時間の経過や混乱の状況を考慮し,重大な過失を否定した(平成30年(ワ)第3916号,自保ジャーナル2064号134頁,判例秘書文献番号L07451254)。
踏み間違い,その後の操作の欠如,シートベルト不着用を列挙するだけでは十分でない。映像・車両記録・走行距離や速度から,危険を認識して修正する時間がどれほどあったかを確認することが実務上の要点となる。走行距離を免責成立・不成立の固定的な基準にしてはならない。
4 神戸地裁令和5年3月30日―脳梗塞の既往歴と医師への確認
脳梗塞の既往歴があり,かつて運転を控えるよう指示された運転者について,その後に医師の許可を得た経緯などが検討された事案である。裁判所は,病状について医師に説明して確認したこと,その後約3か月間通常の運転をしていたことなどを考慮し,重大な過失を否定した。また,事故が疾病によって発生したとする証明についても,濡れた路面やタイヤなど別の原因との関係を検討した(令和2年(ワ)第896号,判例秘書文献番号L07851605)。
医師の許可があれば常に免責を免れるという判決ではない。医師に何を伝え,どの病状・服薬を前提に,いつ,どのような助言を受けたかが重要である。事故後に作成された一般的な診断書だけでなく,事故前の診療録や説明内容を保存する必要がある。
5 千葉地裁令和6年7月18日―処方薬の過量服用