第1 本記事の対象と要点第2 傷病手当金の位置付けと対象者1 健康保険法99条の給付2 対象とならない者第3 支給要件1 業務外の傷病の療養のためであること2 労務不能3 待期3日間4 報酬を受けないこと第4 支給額の計算1 原則の計算式2 加入期間が12か月に満たない場合第5 支給期間(通算1年6か月)1 令和4年1月1日からの通算化2 支給日数の数え方3 支給日数が減らない場合第6 退職後の継続給付1 要件2 退職日に出勤した場合と待期が完成していない場合3 いったん働けるようになった場合4 老齢年金との調整5 退職後の健康保険との関係第7 他の給付との調整1 障害厚生年金・障害手当金2 出産手当金3 労災保険4 雇用保険(基本手当・受給期間の延長・傷病手当)5 交通事故等の損害賠償第8 申請手続と時効1 申請書と添付書類2 時効第9 税・社会保険料・扶養1 税金2 休職中の社会保険料3 被扶養者の認定第10 不正受給と給付制限第11 統計に見る傷病手当金第12 実務上の留意点第13 関連記事第14 出典1 法令2 裁判例3 社会保険審査会の裁決4 通知・事務連絡5 公的な解説・統計
第1 本記事の対象と要点
本記事は,健康保険(全国健康保険協会(協会けんぽ)及び健康保険組合)の被保険者に支給される傷病手当金について,令和8年9月11日現在の法令,厚生労働省の通知・事務連絡,社会保険審査会の裁決,裁判例及び協会けんぽの公表資料に基づき,支給要件,金額,支給期間,退職後の継続給付並びに他の給付との調整を整理するものである。
休職中の社員について会社が確認すべき事項(会社の休職期間と支給期間の違い,会社が就業させない期間の扱い,事業主の証明,休職期間満了による退職)は,休職中の傷病手当金――待期,通算1年6か月,退職後の継続給付及び2年の時効で整理しており,本記事では,傷病手当金の制度そのものの要件,金額,期間及び他の給付との調整を扱う。
国民健康保険,共済組合,船員保険及び日雇特例被保険者の傷病手当金の細部は,本記事の対象外である。
要点は次のとおりである。
①業務外の傷病の療養のため本来の仕事に就けない日が3日連続した後,4日目以降の仕事に就けない日について支給される。
②日額は,原則として,直近12か月の標準報酬月額の平均の30分の1の3分の2である。
③支給期間は,同一の傷病について,支給を始めた日から通算して1年6か月である。
④退職後も受け取るには,退職日まで継続して1年以上被保険者であったことと,退職日の時点で受給中又は受給できる状態にあることが必要であり,退職日に出勤すると継続給付は受けられない。
⑤同一の傷病による障害厚生年金,出産手当金及び労災保険の給付等とは調整され,雇用保険の基本手当とは同じ日について重ねて受けることは通常できない。
⑥請求権は,労務不能であった日ごとに,その翌日から2年で時効により消滅する。
第2 傷病手当金の位置付けと対象者
1 健康保険法99条の給付
健康保険法99条1項は,次のとおり定めている。
「被保険者(任意継続被保険者を除く。第百二条第一項において同じ。)が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して三日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。」
最高裁は,この給付について,療養のための就労不能により報酬を受けることができない被保険者に,一定の限度でその生活を保障して療養に専念できる状態を与えようとするものであると述べている(最高裁昭和49年5月30日判決・昭和42年(行ツ)第98号・民集28巻4号551頁)。
同判決は,受給要件を厳格に解しすぎると,療養中の被保険者が可能な限度を超えて働かざるを得なくなり,制度の目的に反するとも述べている。
2 対象とならない者
任意継続被保険者は健康保険法99条1項の括弧書により除かれているため,任意継続被保険者である間に発生した傷病については傷病手当金は支給されない。
これに対し,在職中に受給していた者が退職後に任意継続被保険者となった場合については,同法104条が任意継続被保険者の資格を喪失した者の被保険者期間の数え方まで定めており,継続給付の要件(第6)により判断される。
国民健康保険法58条2項は,「市町村及び組合は、前項の保険給付のほか、条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる。」と定めるにとどまる。
したがって,国民健康保険の傷病手当金は任意給付であり,自営業者等の国民健康保険の被保険者が受けられるかどうかは,加入先の市町村又は国民健康保険組合の条例・規約による。
共済組合(公務員,私立学校教職員等)の傷病手当金は各共済組合法に基づく給付であり,本記事の説明がそのまま当てはまるとは限らない。
役員であっても,健康保険の被保険者であれば対象となり得る。
常勤の取締役として実際に労務を提供し,報酬を受け,会社の人事・労務の管理下で勤務していた者について,少なくとも事実上の使用関係があったとし,健康保険組合が被保険者資格の確認を取り消した上でした傷病手当金の不支給決定を違法として取り消した裁判例がある(大阪高裁昭和55年11月21日判決・昭和54年(行コ)第51号)。
第3 支給要件
1 業務外の傷病の療養のためであること
健康保険法55条1項により,同一の傷病について労働者災害補償保険法等による相当の給付を受けることができる場合には,傷病手当金は支給されない。
業務上の傷病及び通勤災害は,原則として労災保険の対象である。
協会けんぽの案内によれば,健康保険で受ける療養に限らず,自費で診療を受けた場合でも仕事に就くことができないことの証明があれば対象となり,自宅療養の期間も対象となる。
他方で,美容整形のように病気とみなされないものは対象外とされている。
2 労務不能
労務不能の判断について,平成26年9月1日付けの厚生労働省保険局保険課事務連絡「傷病手当金の支給に係る産業医の意見の取扱いについて」は,昭和31年1月19日保文発第340号が示した考え方として,保険者が「必ずしも医学的基準によらず、その被保険者の従事する業務の種別を考え、その本来の業務に堪えうるか否かを標準として社会通念に基づき認定する」ことを引用している。
つまり,日常生活ができるかどうかではなく,その人の本来の業務に堪えられるかどうかが基準である。
最高裁昭和49年5月30日判決は,「被保険者がたとえその本来の職場における労務に就くことが不可能な場合であつても、現に職場転換その他の措置により就労可能な程度の他の比較的軽微な労務に服し、これによつて相当額の報酬を得ているような場合は、同条所定の受給要件には該当しないものというべきである」とした。
他方で,同判決は,生計の補いとして副業又は内職のような本来の業務の代わりにならない労務に従事したり,傷病手当金の支給があるまでの一時的なつなぎとして軽微な労務に服したりして賃金を得ても,受給権を失うことはないとした原判決を正当とした。
平成15年2月25日保保発第0225007号・庁保険発第4号の通知も同じ基準を示し,報酬を得ていることだけを理由に直ちに労務不能でないと認定せず,労務の内容と報酬額を十分に検討するよう求めている。
主治医と産業医の意見が分かれる場合について,前記の平成26年事務連絡は,主治医から労務不能の意見が得られなかったときに,産業医が任意に作成した書類を保険者に提出することは差し支えないとし,主治医が就労可能と判断し産業医が休業を要すると判断した場合も,保険者は双方の意見を参酌して判断するよう求めている。
社会保険審査会は,労務不能は本来の業務に耐えられるかを標準として社会通念に基づき認定すべきであり,医学的見地のみから判断すべきではないとしつつ,「特段の事情の存しない限り、まずは、その傷病の診療に当たった医師が、その傷病の性質、病状及び治療の経過等を踏まえた結果として、労務不能か否かについてどのような医学的判断をしているかが重視されなければならない」としている(社会保険審査会令和4年1月31日裁決・令和3年(健)第249号)。
同裁決は,自覚症状があることや通院して投薬等を受ける必要があることだけで直ちに労務不能とするものではなく,症状,治療内容及び予後の見通し等を総合的に検討して保険者が判断するとも述べている。
その上で,同裁決は,初診日より前の期間であること等を理由とする一部不支給について,入院と自宅療養の経過及び複数の医師の判断から同様の病態が継続していたとして,原処分を取り消した。
医師の意見が一見消極的でも,本来の業務との関係で読むと労務不能と評価されることがある。
社会保険審査会令和2年1月31日裁決(令和元年(健)第304号)は,保険者の照会に対して医師が「療養の為労務不能ではないが患者の訴えにより労務不能とした」と回答していた事案で,回答全体からは一切の作業ができないわけではないが立位で行う本来の作業には堪えられない趣旨と読めるとして,不支給処分を取り消した。
実務上は,医師に本来の業務の内容(立ち仕事か,重量物を扱うか,対人業務か等)を具体的に伝えた上で,意見書の「労務不能と認めた期間」を記載してもらうことが重要である。
3 待期3日間
健康保険法99条1項の「起算して三日を経過した日から」の意味について,昭和32年1月31日保発第2号の2は,療養のため労務に服することができない状態が同一の傷病につき3日間連続すれば待期は完成し,それで足りるとしている。
同通知の設例では,「休休休出休」の場合は待期が既に完成しており,5日目から支給され,「休出休休」の場合は待期がまだ完成していない。
一度待期が完成すれば,その後に出勤した日を挟んでも,同じ傷病について待期をやり直す必要はない。
令和3年11月10日付け厚生労働省保険局保険課事務連絡問2の例でも,復職を挟んで再び労務不能となった期間には,改めて待期は置かれていない。
協会けんぽは,「待期には、有給休暇、土日・祝日等の公休日も含まれるため、給与の支払いがあったかどうかは関係ありません。」と案内している。
また,就労時間中に業務外の事由で発生した傷病により仕事に就くことができない状態となった場合は,その日を待期の初日として数える扱いである。
4 報酬を受けないこと
健康保険法108条1項は,傷病について報酬の全部又は一部を受けることができる者には,その期間は傷病手当金を支給しないとしつつ,報酬の額が傷病手当金の額より少ないときは差額を支給するとしている。
協会けんぽのQ&Aによれば,出勤していない日に支払われる報酬として,有給休暇の賃金,出勤の有無にかかわらず支給される通勤手当・扶養手当・住宅手当等の手当,食事・住居等の現物支給が調整の対象となり,残業手当等の出勤した日の報酬や見舞金等の一時的に支給されるものは記入が不要とされている。
したがって,年次有給休暇は待期の3日間に充てても待期は完成するが,4日目以降に年次有給休暇を使った日は,その賃金が傷病手当金の日額以上であれば傷病手当金は支給されない。
年次有給休暇との関係は,年次有給休暇の付与日数,取得方法,年5日義務及び時季変更権も参照されたい。
なお,事業主から受けることができるはずであった報酬を受けられなかった場合には,保険者が傷病手当金を支給し,その額を事業主から徴収する(健康保険法109条)。
(続きを読む...)傷病手当金とは―支給要件,金額の計算,退職後の継続給付及び障害年金・失業保険との関係(AI作成)