私傷病により労務を提供できず,契約上も有給とする定めがない場合,原則として賃金は発生しない。もっとも,会社の側が就労を拒んでいる場面を,これと同じ無給扱いにすることはできない。以下では,休職を命じた場合と労務の受領を拒む場合との違い,及び就業規則の就業禁止条項の限界を整理する。
第1 無給扱いと休業手当を区別する
私傷病のため労務を提供できず,契約上も有給とする定めがない場合,原則として賃金は発生しない。
この原則は欠勤中にも当てはまるが,療養の必要性と発令要件を確認して適法な無給休職を命じ,合理的な復職手続を明確にしておけば,欠勤扱いのまま復帰の申出に対して労務の受領を拒否する場合に比べ,賃金紛争のリスクを低減し得ると考えられる。
休職中の取扱いの契約上の根拠を明らかにし,休職事由の消滅を確認する手順と医学的資料を整えられるためである。
ただし,この差が現れるのは,本人が療養期間中に就業を申し出た場合である。
会社の判断による号の休職を先に命じることには,長期欠勤を要件とする号との接続の問題が伴うため,発令の時期は,休職事由の号の選び方で整理した点と併せて検討する。
もっとも,民法536条2項の帰責性の問題があるため,会社が就労を拒否している場面を,当然に同じ無給扱いにすることはできない。
休職命令が有効であっても,復職可能な状態となった社員の受入れを正当な理由なく拒む場合や,必要な確認を超えて判断を引き延ばす場合には,賃金請求の問題が残る。
復職の申出を受けたときは,他の業務への配置可能性も含めて速やかに検討し,確認中の期間を当然に無給としないことが必要である。
欠勤中の社員との面談で,会社が「無理して働く必要はない」「療養に専念した方がよい」と勧めることにも注意を要する。本人が就業を希望していた場合,会社が就労を控えさせたと評価される材料になり得るからである。就業の可否は主治医と産業医等の意見を聴いて判断するという形をとり,本人が「軽い仕事ならできる」等と述べたときは,その場で可否を答えず,発言をそのまま記録して検討する。
労働基準法26条は,使用者の責に帰すべき事由による休業について,平均賃金の60%以上の休業手当を定めている。
最高裁昭和62年7月17日判決(昭和57年(オ)第1189号,民集41巻5号1283頁)は,同条の「使用者の責に帰すべき事由」は,民法536条2項の債権者の責めに帰すべき事由よりも広く,使用者側に起因する経営,管理上の障害を含むとした。
したがって,会社による就労の拒否が民法536条2項の帰責事由に当たれば賃金全額の支払が問題となり,同項の帰責事由に当たらない場合でも,労働基準法26条の休業手当の支払義務が残ることがある。
もっとも,この判決と,同日の最高裁昭和62年7月17日判決(昭和57年(オ)第1190号,民集41巻5号1350頁)は,いずれも労働組合の部分ストライキによってスト不参加者の労働が無価値となった事案であり,1350頁の判決は不参加者の賃金請求権を,1283頁の判決は休業手当請求権を,当該事案ではいずれも否定している。私傷病による就労の拒否に,その結論をそのまま移すことはできない。
なお,民法536条2項は,平成29年法律第44号による改正(令和2年4月1日施行)で,「反対給付を受ける権利を失わない」から「反対給付の履行を拒むことができない」へ文言が改められており,上記の判決はいずれも改正前の規定についてのものである。
会社が休職を命じたという形式だけで支給の有無は決まらず,休業の実質的な理由を確認する必要があり,民法上の賃金請求が成立する場合の額を当然に60%へ減らす規定でもない。
就業規則に「傷病者に対する就業禁止」等の条項が置かれていることがある。この種の条項は,労働安全衛生規則61条1項の内容をそのまま採り入れた項,会社が心身の状況を判断して就業を禁止できるとする項,及びその期間を無給とする項の組合せになっていることがある。
このうち法令の内容を採り入れた部分の対象は,同項が定める疾病等に限られる。会社の判断による就業禁止を定める部分は,これに対応する法令上の根拠がなく,就業可能であると主張する労働者の労務の受領を会社の判断で拒む場面となるため,前記の民法536条2項及び労働基準法26条の問題が正面から生じる。
無給とする定めがあっても,就業を禁止する措置自体が正当と認められなければ,賃金支払義務は残る。また,労働基準法26条の定める基準は同法13条により労働契約をもって下回ることができないから,規則に無給と定めたことだけを理由に休業手当の支払を免れることもできない。
第2 関連記事
休職の開始時に確認すべき事項の全体像は,社員が私傷病休職を開始する際に使用者が注意すべき事項(AI作成)で整理している。
復職の申出を受けた場合の配置可能性の検討は,元の仕事ができない社員の配置可能性――片山組事件と職種限定合意(AI作成)で整理している。
無給期間の生活を支える傷病手当金は,休職中の傷病手当金――待期,通算1年6か月,退職後の継続給付及び2年の時効(AI作成)で整理している。
傷病手当金の支給要件,金額の計算及び退職後の継続給付を含む制度全体は,傷病手当金とは―支給要件,金額の計算,退職後の継続給付及び障害年金・失業保険との関係で整理している。
第3 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」536条
②e-Gov法令検索「労働基準法」13条,26条
③e-Gov法令検索「労働安全衛生法」及び同規則61条
2 実務書
①野口大『全訂版 労務管理における労働法上のグレーゾーンとその対応』(日本法令,令和5年)108頁~133頁,208頁,213頁~220頁,262頁~263頁。
休職時の情報確認,規程・合意及び説明の実務を検討するために参照し,刊行後の法令・指針・裁判例と照合した。
著者の実務上の提案を一律の法的義務とせず,本記事が提案する手順は公開の法令・判決・行政資料を踏まえて記載した。
3 裁判例
①最高裁第二小法廷昭和62年7月17日判決(昭和57年(オ)第1189号,民集41巻5号1283頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁第二小法廷昭和62年7月17日判決(昭和57年(オ)第1190号,民集41巻5号1350頁,裁判所ウェブサイト)