目次
第1 日ソ共同宣言で決まったことと残ったこと1 戦争状態は終了したが,平和条約交渉は残された2 「共同宣言」という名称でも法的拘束力がある第2 全10項の内容を読む1 第1項から第5項――正常化と日本人の帰還2 第6項から第8項――賠償・請求権と経済関係3 第9項・第10項――領土交渉と効力発生第3 二島引渡しの合意と平和条約の関係1 引渡しへの同意と,現実に引き渡す時期2 四島の帰属と後続文書3 ソ連・ロシア側の説明も,条文との対応を確かめる第4 請求権放棄とシベリア抑留訴訟1 国家の請求,外交的保護,個人の権利を分ける2 最高裁平成9年3月13日判決の射程第5 イルクーツク声明,2018年合意と交渉停止1 共同宣言を出発点とする後続の確認2 交渉の停止と宣言の失効は同じではない第6 日ソ中立条約・平和条約と混同しないために第7 出典
第1 日ソ共同宣言で決まったことと残ったこと
1 戦争状態は終了したが,平和条約交渉は残された
日ソ共同宣言は,昭和31年(1956年)10月19日にモスクワで署名され,同年12月12日に東京で批准書が交換されて発効した,日本とソ連との国際約束である。
第1項は発効日に戦争状態が終了することを,第2項は外交関係及び領事関係を回復することを定めた。
したがって,平和条約が未締結であることを理由に,日露間の戦争状態が今も続いていると理解するのは誤りである。
一方,第9項は外交関係の回復後に平和条約締結交渉を続けると定め,歯舞群島及び色丹島の日本への引渡しにソ連が同意した上で,現実の引渡しを平和条約の締結後とした。
国交正常化を先行させ,平和条約と領土問題の処理を残した構造を区別して読む必要がある。
原文は外務省掲載の「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」で確認できる。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1957/s32-shiryou-001.htm
2 「共同宣言」という名称でも法的拘束力がある
第10項は批准を必要とし,批准書交換の日に効力を生ずると定める。
外務省の北方領土問題に関するQ&Aも,両国の立法府の承認を経て批准された法的拘束力のある条約と説明している。
文書の名称だけから,政治的な意向表明にすぎないと判断することはできない。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/mondai_qa.html
本記事は令和8年10月19日を調査基準日とし,宣言原文,後続の日露文書,関係政府の説明及び国内裁判例を扱う。
各政府の主張を示す文書と,国家間の争いを中立的に裁定した判断とは区別する。
現在の個別の渡航・漁業手続,国際制裁の適用及び四島の領有権の最終的な判定は対象としない。
第2 全10項の内容を読む
1 第1項から第5項――正常化と日本人の帰還
①第1項は,宣言の発効日に戦争状態を終了させ,平和,友好及び善隣関係を回復する。
②第2項は,外交関係及び領事関係を回復し,大使級の外交使節を交換する。
③第3項は,国連憲章の原則,紛争の平和的解決,武力による威嚇又は行使の抑制,自衛権及び内政不干渉を扱う。
④第4項は,ソ連が日本の国連加盟申請を支持するという約束であり,宣言それ自体によって日本の加盟を実現する規定ではない。
⑤第5項は,ソ連で有罪の判決を受けたすべての日本人を,宣言の効力発生とともに釈放して日本へ送還することを定め,消息不明の日本人について,日本国の要請に基づき引き続き調査することも定める。
送還の規定と,過去の抑留に対する損害賠償の問題は,同じものではない。
2 第6項から第8項――賠償・請求権と経済関係
⑥第6項の前段は,ソ連が日本に対するすべての賠償請求権を放棄することを定める。
後段は,両国,その団体及び国民の相手国・団体・国民に対する請求権の相互放棄を定めるが,対象は昭和20年(1945年)8月9日以来の戦争の結果として生じた請求権である。
将来の取引を含むあらゆる請求権を,永久に無条件で放棄したという条項ではない。