第1 災害関連死と災害弔慰金の基本
1 災害直後の死亡だけが対象ではない
災害弔慰金の支給等に関する法律3条1項は,市町村が条例の定めるところにより,「災害により死亡した者」の遺族へ災害弔慰金を支給すると定める。
建物倒壊等による直接死だけでなく,負傷の悪化,避難生活の身体的・精神的負担又は医療中断等を経て死亡した場合も,災害と死亡との因果関係が認められれば対象になり得る。
もっとも,被災後に死亡したという時間的順序だけで認定されるものではない。
2 判断の中心は災害と死亡との相当因果関係である
実務上の中心的な争点は,災害と死亡との間に相当因果関係があるかである。
医学的な死因だけで完結する問題ではないが,被災前の健康状態,被災後の症状・生活環境,治療経過,死亡時期及び他の原因を,連続した時間軸で検討する必要がある。
「災害がなければ同じ時期に死亡していたか」という反事実の観点も重要になる。
3 申請先と手続は市町村の条例等を確認する
災害弔慰金は,市町村が条例に基づいて支給する。
申請書式,必要資料,審査会の取扱い,遺族の範囲及び不支給決定後の手続は市町村の案内と条例を確認する必要がある。
国の事例集は判断材料を整理する参考資料であるが,個別申請を一律に拘束する認定基準そのものではない。
第2 相当因果関係を検討する時間軸
1 被災前の健康状態
被災前の診療録,介護認定,服薬,生活状況,日常生活動作及び既往症を確認する。
既往症があることだけで災害との因果関係が否定されるわけではない。
問題は,既往症の自然経過と,被災による負傷,環境変化,治療中断又は心身の負担が死亡に与えた影響を区別できるかである。
2 被災直後の出来事
被災時の負傷,避難経路,救助,寒冷・暑熱,断水・停電,食事,睡眠,服薬中断及び受診不能を時刻順に整理する。
避難所,自宅,車中泊,病院又は施設の環境を,「避難生活が大変だった」という評価語だけでなく,温度,移動回数,食事摂取量,酸素・透析・服薬の状況など確認可能な事実で記録する。
救急搬送記録,避難所名簿,保健師記録及び家族のメモが時間軸を裏付けることがある。
3 症状の発生から死亡まで
症状がいつ始まり,どの診断がされ,どのような治療を受け,状態がどう変化したかを整理する。
入退院,転院,施設移動及び生活機能の変化を含め,災害による負担と最終死因との間の医学的な橋渡しが必要である。
被災から死亡まで長期間が経過した場合は,その間に状態が安定した時期があったか,新たな疾病又は出来事が介在したかを検討する。
第3 必要資料の集め方
1 医療資料
死亡診断書又は死体検案書だけでなく,被災前後の診療録,看護記録,検査結果,画像,処方歴,救急搬送記録及び退院時要約を検討する。
主治医の意見書を求める場合は,「災害が影響したか」という抽象的な質問だけでなく,症状の悪化時期,機序,他原因との比較及び反事実を具体的に尋ねる。
医師が確認した事実と,家族から聞いた事実と,医学的評価を区別して記載してもらう。
2 避難生活及び介護の資料
避難所名簿,ホテル・旅館の宿泊記録,罹災証明,住宅被害の写真,介護記録,ケアマネジャー記録,施設記録,保健師の訪問記録及び福祉サービス利用記録を確認する。
転居又は転院を繰り返した場合は,各場所の滞在期間,移動理由及び移動後の状態を一つの表にする。
食事,水分,睡眠,排泄,移動及び服薬の変化は,抽象的なストレスという説明を具体化する資料となる。
3 家族その他の関係者の記録
家族の説明は重要であるが,申請後にまとめて作った文章だけに依存しない方がよい。
被災当時のメモ,メール,写真,通話履歴,日記及び相談記録があれば,作成日時と作成者を保ったまま保存する。
複数の関係者から聴取するときは,共通する事実と食い違う事実を分け,推測を事実として統合しない。
4 行政資料と災害状況
避難指示,断水・停電,医療提供体制,道路寸断,気象及び地域の被害状況は,国・自治体の公表資料で裏付ける。
地域全体の状況だけでは個人への影響を示せないので,本人がその環境にいつ,どの程度置かれたかを結び付ける。
第4 認定・不認定の分岐点
1 時間的近接性だけでは決まらない
被災後短期間で死亡したことは因果関係を検討する重要な事情であるが,それだけで認定されるわけではない。
反対に,死亡までの期間が長いことだけで直ちに否定されるわけでもない。
症状の連続性,状態の安定,介在原因及び医学的機序を併せて検討する必要がある。
2 既往症がある場合
令和6年能登半島地震の事例集は,認定された286件のうち270件について既往症等があったと整理している。
これは同事例集の収集対象に関する割合であり,すべての災害又は申請の一般的な認定率を示すものではない。
既往症の存在ではなく,被災が既往症の悪化又は死亡時期へどのように作用したかを検討する必要がある。
3 他の原因又は状態の安定
被災後に状態が長く安定していた場合,死亡直前に別の疾病が発症した場合又は重篤な既往症の自然経過が強く疑われる場合は,災害との因果関係が争われやすい。
申請側は,不利な事情を伏せるのではなく,それを含めても災害の影響が死亡へつながったといえる理由を資料で示す必要がある。
行政側も,既往症や期間だけで結論を出さず,個別の経過を検討する必要がある。
4 統計やキーワードの限界
同事例集では,認定例286件,不認定例122件が整理され,認定例のうち188件が発災から3か月以内の死亡とされている。
しかし,事例集自体が,キーワードの出現頻度だけでは各要因と災害関連死との因果関係を示せないと注意している。
個別申請で,特定の語が事例集に多い又は少ないことを,因果関係の証明に置き換えてはならない。
第5 判例秘書で確認した裁判例
1 熊本地裁令和8年5月15日判決
熊本地裁令和8年5月15日判決(令和6年(行ウ)第8号,判例秘書登載番号L08150367)は,災害弔慰金不支給決定の取消請求を棄却した。
同判決は,地震によるストレスや生活環境の変化が状態低下に影響したこと自体を否定しなかったが,被災前から進行した食道がんとリンパ節転移があり,地震がなければ再発又は死亡が生じなかったと認めることはできないと判断した。
この裁判例からは,災害の影響が認められることと,死亡との法的な因果関係が認められることは別の段階であると分かる。
2 仙台地裁平成29年12月26日判決
仙台地裁平成29年12月26日判決(平成28年(行ウ)第18号,判例秘書登載番号L07251433)も,災害弔慰金不支給決定の取消請求を棄却した。
同判決は,震災によるストレスを認めつつ,死亡直前に肺炎を発症し,被災後5か月以上にわたり施設で状態が安定していたことなどから,相当因果関係を認めなかった。
被災後の安定期間と,死亡直前の直接死因が重要な検討要素になった例である。
3 裁判例の確認範囲
前記2件は,判例秘書で判決全文を確認したものである。
令和8年9月20日の確認時点で,裁判所ウェブサイトに両判決の本文掲載を確認できなかった。
判例秘書で「災害弔慰金」を検索すると28件が表示されたが,この件数は同データベースの収録・検索結果であり,裁判例の全件数又は不存在を証明するものではない。
第6 申請書面を作るときの実務
1 一本の因果経過表を作る
申請書面では,被災前,発災時,避難,症状発生,受診,入退院,状態変化及び死亡を一つの時間軸に並べる。
各行に,出来事,情報源,資料名,作成日及び争いの有無を記載する。
医学資料と生活資料を別冊にする場合も,本文の時間軸から参照できるようにする。
2 事実,医学的意見及び法的評価を分ける
「避難所で食事量が半分になった」は事実,「低栄養が肺炎を発症しやすくした」は医学的意見,「災害と死亡に相当因果関係がある」は法的評価である。
三者を一文で断定せず,それぞれの根拠を示す。
資料から確認できない箇所は,推測で埋めず,未確認として追加調査の対象にする。
3 不利な事情への説明を用意する
重篤な既往症,被災後の安定期間,長い時間経過,新たな疾病又は医師の消極的意見は,審査でも訴訟でも検討される。
これらを除外した経過表は説得力を失う。
不利な事情を示した上で,災害が死亡時期又は病状悪化に寄与したと評価できる具体的根拠を整理する。
第7 不支給決定を受けた場合
1 理由と審査資料を確認する
不支給通知の結論だけでなく,理由,認定された事実,考慮された医学資料及び審査会の取扱いを確認する。
自治体の情報公開制度又は保有個人情報開示制度の対象となる資料があるかを検討する。
申請時に提出した資料と,審査側が参照した資料の差を一覧化する。
2 不服申立て又は取消訴訟は期限を先に確認する
不支給決定に対する手続は,処分性,審査請求の可否,教示内容及び出訴期間を確認する。
追加資料を集め終わるまで期限確認を後回しにしてはならない。
自治体の条例,決定通知及び行政不服審査法・行政事件訴訟法を,個別決定に即して確認する必要がある。
第8 出典・確認範囲
1 法令及び内閣府資料
①e-Gov法令検索「災害弔慰金の支給等に関する法律」3条(令和8年9月20日確認)。
②内閣府「被災者支援」(令和8年9月20日確認)。
③内閣府「災害関連死事例集」所収「令和6年能登半島地震において災害関連死として認定された事例及び認定されなかった事例(災害関連死事例集)」(令和8年1月,一部修正版)及び「災害関連死事例集(増補版)」(令和5年5月増補)。
2 裁判例の裏付け
熊本地裁令和8年5月15日判決及び仙台地裁平成29年12月26日判決は,判例秘書で判決全文を確認した。
内閣府の事例集にも災害関連死に関する裁判例が収録されているが,収録範囲には限界がある。
データベース又は裁判所ウェブサイトの検索で見つからないことを,裁判例が存在しないことの証明として扱っていない。