第1 本記事の対象と令和6年民法改正による前提の変化
1 対象及び射程
2 民法768条の改正――寄与の程度の推定と請求期間
3 民法754条の削除
第2 自社株式は財産分与の対象となるか
1 名義と特有財産――民法762条の構造
2 会社の設立時期による区別
第3 会社名義の財産に及ぶ場合――裁判例が示す三つの段階
1 原則――法人格が別である以上,会社財産は対象とならない
2 資産収益関係を考慮に入れる
3 個人営業と同視する
4 資産及び負債を通算する
第1 本記事の対象と令和6年民法改正による前提の変化
1 対象及び射程
2 民法768条の改正――寄与の程度の推定と請求期間
3 民法754条の削除
第2 自社株式は財産分与の対象となるか
1 名義と特有財産――民法762条の構造
2 会社の設立時期による区別
第3 会社名義の財産に及ぶ場合――裁判例が示す三つの段階
1 原則――法人格が別である以上,会社財産は対象とならない
2 資産収益関係を考慮に入れる
3 個人営業と同視する
4 資産及び負債を通算する
第1 この記事が扱う範囲1 対象と,法人を設立している場合との違い2 令和6年民法改正による前提の変化第2 分与の対象となる財産の画定1 名義が個人に集中することの帰結2 家計と事業の区分3 事業用の負債第3 得意先及び営業権1 得意先名簿を現物で分与した例2 営業権を計上する場合の考え方第4 基準時及び評価第5 分与の方法と事業の継続1 現物共有を避けるべき理由2 代償金による清算と分割払い第6 課税上の取扱い1 分与した側に譲渡所得課税が生ずること2 譲渡所得税を分与の相当性の判断で考慮した例3 棚卸資産及び事業用固定資産第7 年金及び共済1 個人事業主本人には分割すべき厚生年金がないこと2 小規模企業共済等の取扱い第8 婚姻費用及び養育費における収入の認定第9 資料の収集,保全及び手続上の留意点1 情報開示命令2 財産分与請求権に基づく債権者代位3 分与を求める財産の一部について裁判をしないことは許されないこと第10 出典・参考資料1 法令・通達2 裁判例3 公的資料4 文献
第1 この記事が扱う範囲
1 対象と,法人を設立している場合との違い
本記事は,法人を設立せずに事業を営む個人事業主が離婚する場合の財産分与を扱う。商店,飲食店,工務店,農業,個人開業の医院,士業の事務所その他,業種や規模を問わず,事業の主体が個人であることに共通する問題を対象とする。
会社を経営している場合との最も大きな違いは,法人格による遮断がないことである。会社の財産は法人に帰属するから原則として分与の対象とならず,実務の標準的な処理は配偶者が保有する株式を評価して算入することで足りる。これに対して個人事業では,店舗,機械,車両,在庫及び売掛金のいずれも名義が個人に属するから,出発点において事業用の財産が分与の対象に含まれることになる。したがって争点は,事業用の財産が対象となるかどうかではなく,どこまでを事業として切り分けられるか,事業を継続させながらどのように清算するか,及び得意先のような無形の価値を計上するかに移る。
会社を設立している場合の対象性,評価及び会社法上の制約は経営者の離婚と自社株式の財産分与で,役員報酬の認定や債権者との関係は経営者の離婚をめぐる四つの局面で,それぞれ扱っている。住宅ローンを夫婦で分担する「ペアローン」に固有の論点はペアローンを組んだ夫婦の離婚と財産分与で扱っている。本記事の作成にはAIを用いており,引用する法令はe-Gov法令検索により,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書により,それぞれ内容を確認している。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,個別の事案に対する法的助言ではない。
2 令和6年民法改正による前提の変化
民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)は令和8年4月1日から施行されている。改正後の民法768条2項ただし書は,家庭裁判所に対する協議に代わる処分の請求について「離婚の時から五年を経過したとき」を限界とし,同条3項は考慮すべき事情を列挙した上で,「この場合において,婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは,相等しいものとする」と定める。
個人事業の事案でこの後段が持つ意味は,会社を経営している場合と同じではない。事業主の側は,事業用の資産は自らの才覚と労働によって形成したものであると主張することが多いが,改正によって寄与の程度を等しいとする推定が条文上置かれた結果,その主張は「異なることが明らかである」といえる事情を示す立場からのものになる。他方で,配偶者が青色事業専従者として現に稼働してきた事案では,推定を維持する側が有利になる。
経過措置は請求期間だけが例外とされている。同法附則2条が改正後の民法の規定を施行前に生じた事項にも適用する旨を定める一方,同法附則4条は,施行日前に離婚した場合の財産の分与に関する処分を請求することができる期間の制限について,なお従前の例によるものとしている。施行日前に成立した離婚では請求期間は従前どおり2年である一方,寄与の程度に関する推定は及ぶという非対称が生ずる。なお,離婚時の年金分割の請求期限も,令和7年年金制度改正法(令和7年法律第74号)により同じ令和8年4月1日から2年ではなく5年とされているから,離婚の時期を確認した上で二つの期限を併せて把握することになる。
第2 分与の対象となる財産の画定
1 名義が個人に集中することの帰結
民法762条1項は,夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産を特有財産とし,同条2項は,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産を共有に属するものと推定する。個人事業では事業用の口座も事業用の不動産も事業主個人の名義であるから,名義だけを手掛かりにして特有財産と共有財産を仕分けることはできない。婚姻期間中に事業から得た収益によって取得した資産は,名義が事業主個人であっても婚姻中に取得した財産として分与の対象となるのが原則であり,これを対象から外そうとする側が,取得の時期及び原資を示して特有財産であることを主張立証することになる。
婚姻前から営んでいた事業を婚姻後も継続している場合には,婚姻時点で存在していた事業用資産と,婚姻後に事業の収益で取得した資産とを区別する必要がある。もっとも,機械や車両のように更新を繰り返す資産や,日々出入りのある事業用預金については,婚姻時点の残高がそのまま特有財産として残存していると認定できる場面は限られる。開業時の帳簿,確定申告書及び固定資産台帳をさかのぼって取得の経緯を示せるかどうかが,実際上の分かれ目になる。
2 家計と事業の区分
目次
第1 離婚に伴う財産分与と税金の全体像
1 財産分与を「する側」と「受ける側」で課される税金は異なる
2 財産分与の3つの性質(清算的・扶養的・慰謝料的)
3 財産分与に関係する税金の一覧
第2 過大な財産分与を受けた場合の贈与税
1 財産分与に贈与税は原則として課されない
(1) 分与義務の消滅という経済的利益
(2) 過大な財産分与と詐害行為取消し
2 例外的に贈与税が課される場合
(1) 分与が過大な場合(過当部分)
(2) 租税回避を目的とする離婚(偽装離婚)
3 税務当局の説明
(1) 相続税基本通達9-8
(2) 国税不服審判所の裁決と裁判例
第1 この記事が扱う対象1 検討の対象と時点2 この記事が扱わない範囲第2 ペアローンという住宅ローンの仕組み1 契約構造――二本の契約と相互連帯保証2 連帯債務型・収入合算型との違い3 団体信用生命保険の加入形態第3 財産分与の対象となる範囲及び基準1 夫婦共有財産の推定2 負担割合・持分割合・返済実態の食い違い3 基準時及び評価時点第4 不動産の評価とオーバーローンの処理1 評価の方法2 オーバーローンの場合の清算第5 分与の実行と債務関係の帰趨1 財産分与の合意・判決だけでは債務関係は解消しない2 免責的債務引受による整理と金融機関の審査第6 事前の合意・誓約書による定めの効力1 婚姻中の夫婦間契約の取消権の廃止2 財産分与に関する事前合意と家庭裁判所の裁量3 不貞等を条件とする合意の公序良俗適合性4 財産分与と慰謝料の関係第7 課税上の取扱い1 財産分与による資産移転と譲渡所得課税2 オーバーローンの場合の課税3 居住用財産の3000万円特別控除4 財産分与と贈与税5 住宅ローン控除の承継第8 手続上の留意点及び除斥期間1 財産分与請求権の期間制限2 裁判例の乏しさと和解による解決の実情3 事前に確認すべき事項出典・参考資料1 法令・通達2 裁判例3 公的資料4 ウェブ資料
第1 この記事が扱う対象
1 検討の対象と時点
住宅価格の高騰を背景に,夫婦のそれぞれが住宅ローンを組んで一つの不動産を取得する「ペアローン」の利用が広がっている。共同通信は,令和8年8月17日,ペアローンで購入したマンションについて夫婦が離婚し,財産分与の内容をめぐって訴訟に至った事案を伝えている(もっとも,同記事には裁判所名及び事件番号が示されておらず,本記事はこの事案を裁判例として扱うものではない。あくまで,ペアローンを組んだ夫婦の離婚がどのような法律問題を伴うかを考える手掛かりとして紹介するにとどめる)。本記事は,令和8年8月21日現在の法令及び公表資料に基づき,ペアローンを組んだ夫婦が離婚する場合に生じる財産分与上の論点を整理するものである。生成AIを用いて住宅金融支援機構及び金融機関の公表資料,国税庁の公表資料並びに裁判所ウェブサイト掲載の裁判例を通読し,条文及び内容を原典と照合した上で構成した。
財産分与をめぐる紛争は,令和6年法律33号による民法改正(令和8年4月1日施行)によって請求期間及び分与割合の考え方が変わったところであり,ペアローン特有の論点を検討する前提として,この改正の内容を踏まえておく必要がある。改正の詳細は第8で述べる。
2 この記事が扱わない範囲
財産分与の基準時,評価時点及び清算割合という一般的な枠組みは,離婚時の財産分与と税金で既に整理している。自社株式や事業用財産という他の財産類型に固有の論点は,それぞれ経営者の離婚と自社株式の財産分与及び個人事業主の離婚と財産分与で扱っている。本記事は,これらと重複する一般論を繰り返さず,ペアローンという住宅ローンの契約構造に固有の論点――住宅ローンの負担割合と財産分与の関係,離婚後の債務者・連帯保証人の処理,及びこれに伴う課税上の取扱い――に絞って検討する。
第2 ペアローンという住宅ローンの仕組み
1 契約構造――二本の契約と相互連帯保証
「ペアローン」とは,一つの物件について,夫婦などの二人がそれぞれ単独の債務者として別個の住宅ローン契約を結び,互いに相手方の連帯保証人になる仕組みをいう。住宅金融支援機構「【フラット35】ペアローン」は,「1つの物件に対し,ご夫婦,親子,パートナーなどがそれぞれ単独で借入申込みを行い,2つの【フラット35】を併せて利用することができる制度」と説明する。三井住友銀行の商品説明も,「1つの住宅に対して,夫婦などの2人が住宅ローンの債務者(主債務者)となり相互に連帯保証人になる仕組み」とする。すなわち,法的には二本の金銭消費貸借契約と,相互の連帯保証契約が組み合わさったものである。
2 連帯債務型・収入合算型との違い
住宅金融支援機構は,ペアローンと「連帯債務型」を明確に区別している。連帯債務型は,夫婦などが一本のローン契約について連帯して債務を負担する仕組みであり,契約が一本である点でペアローン(契約が二本)と異なる。このほか,主債務者を一人に絞り,他方は連帯保証人にとどまる「収入合算(連帯保証型)」もある。
この違いは,住宅ローン控除(租税特別措置法41条)の適用範囲にも表れる。ペアローンでは各契約者がそれぞれ独立して控除の対象となるのに対し,連帯債務型では一本のローンを各人の負担割合に応じて按分した額が各人の控除対象となる(国税庁質疑応答事例「共有の家屋を連帯債務により取得した場合の借入金の額の計算」)。収入合算型では,連帯保証人にとどまる者は自ら債務者として控除を受ける立場にない。この差異は,離婚時に「誰が何を負っているか」を確認する出発点になる。
3 団体信用生命保険の加入形態
団体信用生命保険(団信)についても,ペアローンでは契約者それぞれが個別に加入するため,一方が死亡等した場合にはその者の残高のみが保険金で弁済され,他方の債務は残る。住宅金融支援機構の説明も,「一方のお客さまに万が一のことがあった場合でも,もう一方のお客さまはご自身の債務について返済を継続する必要があります」とする。この点は,連帯債務型の一部商品で夫婦連生の団信が用意されている場合があるのとは異なり,ペアローンでは各人の債務が独立して存続することを意味する。