第1 この記事が扱う対象1 検討の対象と時点2 この記事が扱わない範囲第2 ペアローンという住宅ローンの仕組み1 契約構造――二本の契約と相互連帯保証2 連帯債務型・収入合算型との違い3 団体信用生命保険の加入形態第3 財産分与の対象となる範囲及び基準1 夫婦共有財産の推定2 負担割合・持分割合・返済実態の食い違い3 基準時及び評価時点第4 不動産の評価とオーバーローンの処理1 評価の方法2 オーバーローンの場合の清算第5 分与の実行と債務関係の帰趨1 財産分与の合意・判決だけでは債務関係は解消しない2 免責的債務引受による整理と金融機関の審査第6 事前の合意・誓約書による定めの効力1 婚姻中の夫婦間契約の取消権の廃止2 財産分与に関する事前合意と家庭裁判所の裁量3 不貞等を条件とする合意の公序良俗適合性4 財産分与と慰謝料の関係第7 課税上の取扱い1 財産分与による資産移転と譲渡所得課税2 オーバーローンの場合の課税3 居住用財産の3000万円特別控除4 財産分与と贈与税5 住宅ローン控除の承継第8 手続上の留意点及び除斥期間1 財産分与請求権の期間制限2 裁判例の乏しさと和解による解決の実情3 事前に確認すべき事項出典・参考資料1 法令・通達2 裁判例3 公的資料4 ウェブ資料
第1 この記事が扱う対象
1 検討の対象と時点
住宅価格の高騰を背景に,夫婦のそれぞれが住宅ローンを組んで一つの不動産を取得する「ペアローン」の利用が広がっている。共同通信は,令和8年8月17日,ペアローンで購入したマンションについて夫婦が離婚し,財産分与の内容をめぐって訴訟に至った事案を伝えている(もっとも,同記事には裁判所名及び事件番号が示されておらず,本記事はこの事案を裁判例として扱うものではない。あくまで,ペアローンを組んだ夫婦の離婚がどのような法律問題を伴うかを考える手掛かりとして紹介するにとどめる)。本記事は,令和8年8月21日現在の法令及び公表資料に基づき,ペアローンを組んだ夫婦が離婚する場合に生じる財産分与上の論点を整理するものである。生成AIを用いて住宅金融支援機構及び金融機関の公表資料,国税庁の公表資料並びに裁判所ウェブサイト掲載の裁判例を通読し,条文及び内容を原典と照合した上で構成した。
財産分与をめぐる紛争は,令和6年法律33号による民法改正(令和8年4月1日施行)によって請求期間及び分与割合の考え方が変わったところであり,ペアローン特有の論点を検討する前提として,この改正の内容を踏まえておく必要がある。改正の詳細は第8で述べる。
2 この記事が扱わない範囲
財産分与の基準時,評価時点及び清算割合という一般的な枠組みは,離婚時の財産分与と税金で既に整理している。自社株式や事業用財産という他の財産類型に固有の論点は,それぞれ経営者の離婚と自社株式の財産分与及び個人事業主の離婚と財産分与で扱っている。本記事は,これらと重複する一般論を繰り返さず,ペアローンという住宅ローンの契約構造に固有の論点――住宅ローンの負担割合と財産分与の関係,離婚後の債務者・連帯保証人の処理,及びこれに伴う課税上の取扱い――に絞って検討する。
第2 ペアローンという住宅ローンの仕組み
1 契約構造――二本の契約と相互連帯保証
「ペアローン」とは,一つの物件について,夫婦などの二人がそれぞれ単独の債務者として別個の住宅ローン契約を結び,互いに相手方の連帯保証人になる仕組みをいう。住宅金融支援機構「【フラット35】ペアローン」は,「1つの物件に対し,ご夫婦,親子,パートナーなどがそれぞれ単独で借入申込みを行い,2つの【フラット35】を併せて利用することができる制度」と説明する。三井住友銀行の商品説明も,「1つの住宅に対して,夫婦などの2人が住宅ローンの債務者(主債務者)となり相互に連帯保証人になる仕組み」とする。すなわち,法的には二本の金銭消費貸借契約と,相互の連帯保証契約が組み合わさったものである。
2 連帯債務型・収入合算型との違い
住宅金融支援機構は,ペアローンと「連帯債務型」を明確に区別している。連帯債務型は,夫婦などが一本のローン契約について連帯して債務を負担する仕組みであり,契約が一本である点でペアローン(契約が二本)と異なる。このほか,主債務者を一人に絞り,他方は連帯保証人にとどまる「収入合算(連帯保証型)」もある。
この違いは,住宅ローン控除(租税特別措置法41条)の適用範囲にも表れる。ペアローンでは各契約者がそれぞれ独立して控除の対象となるのに対し,連帯債務型では一本のローンを各人の負担割合に応じて按分した額が各人の控除対象となる(国税庁質疑応答事例「共有の家屋を連帯債務により取得した場合の借入金の額の計算」)。収入合算型では,連帯保証人にとどまる者は自ら債務者として控除を受ける立場にない。この差異は,離婚時に「誰が何を負っているか」を確認する出発点になる。
3 団体信用生命保険の加入形態
団体信用生命保険(団信)についても,ペアローンでは契約者それぞれが個別に加入するため,一方が死亡等した場合にはその者の残高のみが保険金で弁済され,他方の債務は残る。住宅金融支援機構の説明も,「一方のお客さまに万が一のことがあった場合でも,もう一方のお客さまはご自身の債務について返済を継続する必要があります」とする。この点は,連帯債務型の一部商品で夫婦連生の団信が用意されている場合があるのとは異なり,ペアローンでは各人の債務が独立して存続することを意味する。