第1 同じ調書でも対象被告人によって判断が変わる
1 本記事の対象
共犯事件で,乙が検察官に「甲と一緒に犯行をした」と供述した調書が提出された場合,最初に確認すべきことは,誰の事件の,どの事実を証明するために使うのかという点である。
乙自身に対する証拠能力と,甲に対する証拠能力は別に判断する。
乙の事件で採用されたというだけで,甲の有罪認定にも使えるとはいえない。
本記事は,裁判所が公開する最高裁第三小法廷昭和36年12月12日判決,最高裁第三小法廷昭和35年7月26日決定及び最高裁第一小法廷昭和54年11月12日決定の原文を中心に,証拠意見と記録確認の手順を説明する。
手順や記録様式については,これらの判断を踏まえた本記事の実務上の提案であり,裁判所が特定の様式を義務づけたという意味ではない。
2 供述者・対象被告人・立証趣旨を特定する
供述者を乙,対象被告人を甲とした場合,供述内容の真実性を立証するために乙の捜査段階の供述録取書を用いる場面では,伝聞法則と伝聞例外の検討が必要になる。
伝聞性は,単に供述者が法廷にいるかどうかで決まるものではない。
発言があったこと自体を立証する場合と,発言内容が真実であることを立証する場合を区別する必要がある。
証拠意見を作成する際は,①供述者,②対象被告人,③調書の作成日と該当頁,④立証趣旨,⑤同意・不同意の範囲,⑥採用の法的根拠をひとまとまりに記録する。
同じ証拠番号でも,対象被告人や使用目的が違う場合には判断欄を分けるのが適切である。
第2 刑訴法322条と321条を使い分ける
1 乙本人との関係
最高裁第三小法廷昭和36年12月12日判決の原文1頁~2頁は,被告人本人の検察官に対する供述を録取した書面と,他の被告人に対するその書面とを区別している。
本人については刑訴法322条1項の問題となり,不利益な事実の承認を内容とする供述について,特信情況を別途必要とするわけではない。
もっとも,任意にされたものでない疑いがある承認は,自白でない場合も証拠として使用できないという制限がある。
したがって,「検面調書だから,公判供述との矛盾と相対的特信情況が必要である」と一律に説明することはできない。
任意性に対する具体的な疑いと,供述内容の信用性に対する疑いも区別して主張する必要がある。
2 甲との関係
同判決は,共同被告人の検察官に対する供述調書が,他の被告人との関係では刑訴法321条1項2号の書面に当たることを説明している。
乙が甲と共犯で起訴されていても,甲にとっては他人の供述である。
乙の不利益承認として刑訴法322条で採用できることを,そのまま甲との関係に持ち込んではならない。
同意書面の扱いを検討する場合も,対象被告人と同意の範囲を確定する必要がある。
刑訴法326条による同意と,刑訴法321条1項2号の要件判断とを混同せず,どの根拠で採用されたのかを採否決定及び証拠等関係カードから確認する。
不同意は,供述内容が虚偽であるという認定そのものではない。
第3 冒頭否認だけで検面調書を採用できるか
1 昭和35年決定が判断した条件
最高裁第三小法廷昭和35年7月26日決定の原文3頁~4頁は,冒頭手続の陳述でも,事実に関する供述を含み,検察官に対する従前の供述と相反し又は実質的に異なり,その後も維持されている場合を検討している。
同決定の事案では,全面否認が最後まで維持され,証拠調べの段階で刑訴法311条3項に基づき供述を求める機会が十分に与えられ,裁判所がこれを制限した形跡はなく,弁護側が自ら行使しなかったという経過があった。
同決定は,供述が相反するというだけで採用を認めたものではない。
相対的特信情況についても判断している。
このため,冒頭の否認を一文抜き出して「これで検面調書を採用できる」と処理するのは,同決定の条件を落とした説明である。
2 質問の機会と実際の質問を区別する
共同被告人に供述を求める機会が与えられたかという問題と,弁護側が実際に質問したかという問題は異なる。
昭和35年決定は,機会が十分与えられていたのに行使しなかった経過を認定している。
他方,質問を申し出たが裁判所から制限された事案に,この経過をそのまま当てはめることはできない。
弁護側は,調書の採用判断と証拠調べの進行を踏まえ,裁判長に対する申出,予定する質問事項及び必要性を具体化する。
質問が制限された場合には,制限の範囲,理由,弁護側の異議及び裁判所の対応を記録し,公判調書との一致を確認する。
3 途中で供述が変わった場合
冒頭で否認した共同被告人が,その後の被告人質問で犯行を認めた場合は,冒頭の否認だけを固定して比較対象にしてはならない。
採用判断時点までの供述経過を確認し,どの具体的事実について,どの公判供述とどの調書記載が相反し又は実質的に異なるのかを特定する必要がある。
公判供述が短く,調書が詳細であるという外形だけで,常に実質的相違があるとはいえない。
詳細な記載が公判供述と両立する補足なのか,共犯関係,役割,実行行為などの判断を左右する別の事実なのかを分けて比較する。
詳細さの評価について個別の裁判例を援用する場合には,原文でその事案と判断理由を確認する必要がある。
第4 黙秘,弁論分離及び証言拒絶
1 黙秘を否認と読み替えない
共同被告人は,公判に出席しているからといって,必ず供述する義務を負うわけではない。
質問の機会が与えられたこと,質問に回答したこと,否認供述を維持したこと,黙秘したことはそれぞれ別の事実である。
黙秘を当然に検面調書と矛盾する供述と読み替えることは適切でない。
供述拒否が刑訴法321条1項2号の供述不能に当たるかという問題を主張する場合には,適用を求める条文の前段・後段を明らかにする必要がある。
本記事では,供述拒否に関する最高裁判例の原文を今回直接確認していないため,あらゆる拒否の場面で検面調書が当然に使えるという結論は示さない。
2 弁論分離は証言拒絶権を消さない
最高裁第一小法廷昭和54年11月12日決定の原文1頁は,弁論を分離して共同被告人を証人として尋問することと,その者の証言拒絶権の保障を区別している。
分離して証人になっても,刑訴法146条に基づく自己負罪に関する証言拒絶権は保障される。
したがって,「分離すれば,甲の弁護人は乙から必ず回答を得られる」という手段として説明してはならない。
分離の必要性を検討する場合は,尋問する事実と乙自身の刑事責任との関係,証言拒絶の可能性及びその後に予定される証拠請求まで見通す必要がある。
第5 特信情況と供述の信用性を別々に争う
1 比較対象と取調べ状況を具体化する
刑訴法321条1項2号後段を問題にする場合,弁護側は,公判供述と検面調書の対照だけでなく,相対的特信情況を裏付けるとされる事情を確認する。
検察官が作成したという肩書や,調書が整然としていることだけで検討を終えず,取調べの経過,供述の変遷,情報を知った時期,誘導の有無及び共犯者への責任転嫁の可能性を具体的に整理する。
録音録画記録その他の資料がある場合には,調書の文言が形成された過程を確認する。
資料が未開示である場合には,未確認のまま特信情況の不存在を断定せず,必要な資料とその確認目的を明らかにする。
2 採用後も証明力は争える
証拠能力が認められたことは,供述内容が真実であることの確定ではない。
他の供述と一致するという理由で信用性を評価する場合にも,各供述が独立して形成されたのか,共通の情報源又は誘導によって一致した可能性があるのかを確認する。
物証,通信履歴,位置関係,時系列及び供述の変遷と対照し,どの事実をどの証拠が支えるのかを整理する。
具体的な信用性の検証については,草加事件から作る検証チェックリストも参照されたい。
第6 証拠意見と公判記録に残す事項
1 証拠意見の記載例
架空の例では,「乙の令和8年9月1日付検察官調書について,甲との関係で不同意。甲が実行行為をしたとの立証に使用する部分が対象である。乙の冒頭否認がその後も維持されているか,刑訴法311条3項による質問機会が保障されたか及び相対的特信情況の根拠を確認されたい」というように,対象と争点を具体化する。
これは記載事項を示す例であり,実際の意見は事件記録,請求の法的根拠及び審理経過に即して作成する。
乙自身についての同意又は採用と,甲についての不同意又は採用を一つの欄で処理しない。
一部同意の場合は該当頁・行・事実を特定し,採用決定の対象も同じ範囲かを確認する。
2 結審前に照合する
結審前には,①対象被告人別の証拠意見,②採否決定の根拠と範囲,③質問申出と裁判所の対応,④供述の維持・変更・黙秘,⑤証拠調べの実施時点と方法,⑥判決で使用された証拠を照合する。
証拠等関係カードに採用と記載されていても,誰に対して何を証明するための採用なのかが不明なら,公判調書等と合わせて確認する。
証拠等関係カードの読み方及び刑事公判調書の確認と異議申立ては,この照合作業に関連する。
一般的な伝聞例外の判断順序は,刑事裁判の書証の証拠能力を参照されたい。
第7 資料確認の範囲と出典
1 確認済み資料と未確認事項
上記3件の最高裁裁判例については,裁判所公開の原文を確認した。
今回の作業では判例秘書での照合を行っておらず,各裁判例の事件番号及び掲載誌について未確認の情報を補って記載していない。
令和8年10月2日の確認時,e-Gov法令検索はメンテナンス表示となり,公式APIからも条文を取得できなかったため,現行条文の逐語引用は行っていない。
刑事手続の電子化に関する施行日や経過措置を網羅した記事ではなく,実際の手続で使用する場合は適用時点の法令を確認する必要がある。
供述拒否の供述不能該当性及び「詳細な供述」の実質的相違に関する個別判例の原文照合は,別途調査すべき事項として残る。
2 出典
① 最高裁第三小法廷昭和36年12月12日判決・原文1頁~2頁(本人と他の被告人に対する証拠能力の区別)。
② 最高裁第三小法廷昭和35年7月26日決定・原文3頁~4頁(冒頭否認の維持,質問機会及び特信情況)。
③ 最高裁第一小法廷昭和54年11月12日決定・原文1頁(弁論分離後の証人尋問と証言拒絶権)。
④ 刑事訴訟法・e-Gov法令検索(今回の閲覧時はメンテナンス表示。現行条文本文は未確認)。