第1 この記事が扱う未支給年金1 結論と対象2 未支給年金と遺族年金の違い第2 未支給年金が遺産分割の対象にならない理由1 相続ではなく法定遺族の固有の権利であること2 最高裁平成7年11月7日判決3 遺産分割協議書での扱い第3 誰が未支給年金を請求できるか1 親族の範囲と順位2 同順位者が複数いる場合3 法定の遺族がいない場合第4 生計同一をどのように判断するか1 同居だけで決まる要件ではないこと2 立証に用いる資料3 裁判例が示す判断の分かれ目(1) 別居していても生計同一が認められた例(2) 長期別居で生計同一が否定された例(3) 法律婚と事実婚が競合した例第5 死亡前入金,死亡後入金及び過払の区別1 死亡月分までの未払額2 口座への入金時点で結論が変わること第6 相続放棄及び請求者死亡1 通常の未支給年金と相続放棄2 先順位者が請求前に死亡した場合第7 請求手続,時効及び税務1 請求書及び基本資料2 本人が生前に年金請求をしていなかった場合3 消滅時効4 相続税と所得税第8 制度名によって結論が変わる例外1 旧共済年金の一部2 企業年金,確定拠出年金及び個人年金保険第9 実務上の確認順序第10 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 行政資料4 文献第1 この記事が扱う未支給年金
1 結論と対象
通常の国民年金及び厚生年金保険について,受給権者が死亡した時点で未払となっている死亡月分までの年金は,遺産分割の対象となる相続財産ではない。国民年金法19条及び厚生年金保険法37条が,死亡時に受給権者と生計を同じくしていた一定範囲の遺族に,自己の名で請求する固有の権利を与えているためである。
したがって,法定相続人であることだけでは請求できず,反対に,相続人でなくても法定の親族範囲,生計同一及び順位を満たせば請求できることがある。遺産分割協議によって,日本年金機構に対する受給順位を入れ替えたり,生計同一でなかった相続人を請求者にしたりすることはできない。
本記事は,令和8年8月9日現在の国民年金及び厚生年金保険を中心に扱う。旧共済年金,企業年金,確定拠出年金及び個人年金保険は制度ごとに結論が異なるため,第8で別に説明する。
本記事は一般的な法制度及び手続の情報を提供するものであり,個別案件についての法律相談又は税務相談ではない。具体的な事情に即した相談は,「遺言・相続のお問い合わせ」から可能である。
2 未支給年金と遺族年金の違い
未支給年金は,死亡した受給権者に死亡月分まで支給されるべきであった年金について,支払時期又は手続の関係で未払となっている部分である。これに対し,遺族基礎年金及び遺族厚生年金は,被保険者等の死亡を支給事由として遺族に発生する別の給付であり,受給者の範囲,年齢要件,生計維持要件及び失権事由も異なる。
特に,未支給年金で必要なのは原則として「生計同一」であり,遺族年金で問題となる「生計維持」と同じではない。生計維持に関する年収850万円未満等の収入要件を,未支給年金の生計同一要件へそのまま当てはめることはできない。
第2 未支給年金が遺産分割の対象にならない理由
1 相続ではなく法定遺族の固有の権利であること
民法896条は,被相続人の一身に専属するものを除き,相続人が被相続人の権利義務を承継すると定める。しかし,国民年金法19条及び厚生年金保険法37条は,この相続の一般原則とは別に,法定の遺族が自己の名で未支給年金を請求する仕組みを設けている。
この違いは,誰が受け取るかを決定する基準に表れる。遺産であれば相続人,遺言,法定相続分及び遺産分割が問題となるのに対し,未支給年金では親族範囲,死亡時の生計同一及び政令上の順位が問題となる。
2 最高裁平成7年11月7日判決
最高裁平成7年11月7日第三小法廷判決(平成3年(行ツ)第212号,民集49巻9号2829頁)は,国民年金法19条1項が一定の遺族に未支給年金の支給を請求する固有の権利を与えたものであり,死亡した受給権者の未支給年金請求権が相続の対象になるものではないと判示した。本判決は,未支給年金を遺産分割から外す現在の実務の出発点である。
また,本判決は,法定遺族が行政庁への請求及び支給決定を経て具体的な支給を受ける仕組みを重視し,死亡した受給権者本人が提起していた年金支給請求訴訟を遺族が当然に承継することも否定した。受給権者に未払分があったという事実だけから,相続人が当然に金銭債権を承継するわけではない。
3 遺産分割協議書での扱い
遺産分割協議書では,通常の未支給年金を遺産目録に計上し,特定の相続人が相続するという書き方を避けるのが法的構造に合う。記載が必要であれば,「未支給年金は法令上の受給権者が別途請求する」旨を確認事項として置き,遺産そのものの分配条項と区別する方法が考えられる。
もっとも,受領者が家族関係への配慮から他の親族へ金銭を渡すことや,遺産全体の合意解決の中で別の財産配分を調整することまで禁止されるわけではない。ただし,それは未支給年金の受給権を遺産分割した結果ではなく,別個の合意又は金銭移転であるため,合意内容及び税務上の扱いを分けて検討する必要がある。
第3 誰が未支給年金を請求できるか
1 親族の範囲と順位
平成26年4月1日以後に受給権者が死亡した場合,請求できるのは,死亡時に受給権者と生計を同じくしていた①配偶者,②子,③父母,④孫,⑤祖父母,⑥兄弟姉妹,⑦これら以外の三親等内の親族である。順位もこの順であり,先順位者がいるときは後順位者に請求権は生じない。
平成26年3月31日以前の死亡では,その他の三親等内の親族への拡張前の規定が適用される。古い判例又は実務書に「兄弟姉妹まで」と記載されていても,現在の死亡事案へそのまま用いることはできない。
配偶者には,法律上の婚姻届がある者だけでなく,社会通念上夫婦としての共同生活が認められる事実婚の配偶者が含まれ得る。ただし,法律婚配偶者と事実婚の配偶者が競合する場合は,法律婚の実体,経済的援助,接触状況及び共同生活の実態を具体的に確認する必要がある。
2 同順位者が複数いる場合
同順位者が2人以上いる場合,その1人による請求は全員のために全額についてしたものとみなされ,その1人への支給は全員に対してしたものとみなされる。日本年金機構への請求及び支払は代表者1人にまとめられるが,早く請求した者が全額を終局的に取得するという意味ではない。
法令は,同順位者間の最終的な内部取得割合を明記していない。堀勝洋『年金保険法〔第5版〕』355頁~356頁は頭数による均等を説くが,この点を直接判断した公開裁判例は確認できないため,代表受領者は他の同順位者を確認し,分配方法を記録しておくことが安全である。
3 法定の遺族がいない場合
親族範囲,生計同一及び順位を満たす者がいない通常の国民年金・厚生年金では,未支給年金が相続人一般へ回る仕組みはない。相続人が存在しても,法定の未支給年金受給者に該当しなければ,その相続人は請求できない。
この結論は,旧共済年金の一部又は確定拠出年金の死亡後5年経過時の扱いとは異なる。年金証書,年金コード及び支給元を確認し,単に「年金」という名称だけで判断しないことが重要である。
(続きを読む...)遺産分割と未支給年金――相続財産性,受給順位及び手続(AI作成)