第1 結論と本記事の対象
1 結論
遺言執行者が民法1011条1項に基づいて作成・交付する目録の対象は「相続財産」であり,相続人等が保険契約や支給規程に基づいて自己固有の権利として取得するものは,同条の目録に記載すべき財産ではない。
結論を先にまとめると,次のとおりである。
①特定の相続人を受取人とする生命保険の死亡保険金請求権は,受取人の固有の権利であり,相続財産の目録に載せる義務はない。
②被保険者本人が受け取るはずだった入院給付金・手術給付金の請求権は,本人が生前に取得していた権利として相続財産に属し,目録に載せる対象となる。
③死亡退職金,未支給年金,遺族年金及び確定拠出年金(iDeCoを含む)の死亡一時金は,支給規程又は法律が受給者の範囲を定めている限り,相続とは別に受給者が取得するものであり,相続財産の目録に載せる義務はない。
④遺言が相続財産のうち特定の財産に関するものである場合,目録を作成する義務はその財産についてだけ生じる(民法1014条1項)。
⑤相続財産に属しないものでも,相続税申告,特別受益及び遺留分の検討のため,「参考(相続財産に属しないもの)」として区分して記載しておくことは,実務上の工夫として考えられる。
2 本記事の対象と基準日
本記事は,遺言執行者に就いた弁護士,遺言執行者から目録を受け取る相続人及び受遺者を読者として,目録に何を載せ,何を載せないかを条文と最高裁判例に即して説明するものであり,AIを用いて作成した。
法令は令和8年9月17日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行条文により,裁判例は裁判所ウェブサイトで個別ページ及び全文を確認したものに限って用いる。
遺言執行者が指定されている場合に相続人が受ける制約や解任手続の全体像は,遺言執行者が指定されている場合の相続人の注意点で扱っているため,本記事では目録に関係する範囲に絞る。
第2 遺言執行者の目録作成義務と他の義務との区別
1 民法1011条の目録作成・交付義務
(1) 遅滞なく作成して相続人に交付する義務
民法1011条1項は,「遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。」と定めている。
条文は「遅滞なく」とするだけで,何日以内という期限を定めていない。
交付の相手方は条文上「相続人」であるが,包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)ため,包括受遺者にも交付しておくことが考えられる。
(2) 相続人の請求による立会い又は公証人による作成
民法1011条2項は,「遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。」と定めている。
遺言執行者が単独で作った目録の正確性に相続人が疑問を持つ場合,相続人は,この規定により,立会いの下での作成又は公証人による作成を求めることができる。
東京地裁平成25年2月27日判決(平成23年(ワ)第23673号)は,公証人に調製させた相続財産目録に記載のなかった特許権の共有持分について,遺言執行者がその後これを相続財産と認識した事案で,当初の目録作成時点での義務違反は否定しつつ,公正証書に新たな目録作成を予定する旨の陳述があったことにも照らして,「本件特許権を記載した相続財産目録を新たに作成する義務があったというべき」とした。
ただし,同判決は,遺言執行者としての一般的な義務違反から直ちに不法行為上の義務違反が導かれるものではないとして,遺言執行者に対する損害賠償請求を棄却している。
2 遺言内容の通知義務及び報告義務との違い
目録の交付は,遺言内容の通知や事務処理状況の報告とは根拠条文も内容も異なる。
| 義務 | 根拠 | 内容 | 時期 |
|---|---|---|---|
| 遺言内容の通知 | 民法1007条2項 | 遺言の内容を相続人に知らせる | 任務開始後,遅滞なく |
| 相続財産の目録の作成・交付 | 民法1011条 | 相続財産の目録を作成して相続人に交付する | 遅滞なく |
| 事務処理状況の報告 | 民法1012条3項・645条 | 請求があれば事務処理の状況を報告し,任務終了後は経過及び結果を報告する | 請求時及び任務終了後 |
民法1012条3項は,受任者の善管注意義務(同法644条),報告義務(同法645条),受取物の引渡し等(同法646条),金銭の消費についての責任(同法647条)及び費用償還請求等(同法650条)の規定を遺言執行者に準用している。
目録は執行開始時点の財産の全体を示す書面であるのに対し,報告は執行の途中経過や結果を示すものであるから,目録を交付した後も,払戻しや名義変更の進み具合は報告として別に伝えることになる。
第3 目録に載せる範囲―相続財産と特定財産に関する遺言
1 目録の対象は「相続財産」である
民法1011条1項が作成を求めているのは「相続財産の目録」である。
相続人は,相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(民法896条本文)から,目録の対象は,被相続人が死亡時に有していた権利義務であり,死亡を契機に第三者が契約や法律に基づいて自己の権利として取得するものは含まれない。
この区別が,死亡保険金,死亡退職金,未支給年金等を目録に載せるかどうかを決める基準になる。
2 特定財産に関する遺言では,その財産に限られる
(1) 包括遺贈又は全部の財産に関する遺言の場合
遺言が「全財産を長男に相続させる」「遺産の3分の1を包括して遺贈する」のように相続財産の全部に関するものである場合,遺言執行者は相続財産の全体について目録を作成する。
遺言に記載されていない財産が後から見つかった場合も,全部の財産に関する遺言であればその財産も目録の対象となる。
(2) 特定財産に関する遺言の場合
民法1014条1項は,「前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。」と定めている。
「前三条」には目録作成義務を定める同法1011条が含まれるから,「A銀行の預金を長女に相続させる」という遺言だけを執行する遺言執行者は,その預金についての目録を作成すれば足りる。
この場合,遺言の対象外の財産は遺産分割の対象として相続人が自ら調べることになるため,相続人の立場からは,被相続人の財産を調べる方法で説明した調査を並行して進める必要がある。
特定財産承継遺言と遺言執行者の権限の関係は,相続させる遺言と特定財産承継遺言で扱っている。
第4 相続財産に当たるもの・当たらないもの
1 一覧表
目録に載せるかどうかを判断する基準をまとめると,次のとおりである。
| 権利・給付 | 相続財産か | 根拠 |
|---|---|---|
| 特定の相続人等を受取人とする死亡保険金 | 当たらない(受取人の固有の権利) | 保険法42条,最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定 |
| 受取人を「相続人」とだけ指定した死亡保険金 | 当たらない(相続人たるべき者の固有財産) | 最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決 |
| 被相続人が契約者で,被保険者が別人の保険契約(契約者の地位) | 当たる | 民法896条 |
| 被保険者本人の入院給付金・手術給付金 | 当たる | 民法896条,相続税法基本通達3-7(注) |
| 規程で受給者の範囲・順位を定めた死亡退職金 | 当たらない(遺族固有の権利) | 最高裁昭和55年11月27日第一小法廷判決 |
| 未支給の国民年金・厚生年金 | 当たらない(法定の遺族が自己の名で請求) | 国民年金法19条,厚生年金保険法37条,最高裁平成7年11月7日第三小法廷判決 |
| 遺族基礎年金等の遺族給付 | 当たらない(遺族に支給される給付) | 国民年金法37条 |
| 確定拠出年金(iDeCoを含む)の死亡一時金 | 原則当たらない(受け取る遺族がいないときは相続財産とみなされる) | 確定拠出年金法41条,73条 |
2 死亡保険金
(1) 特定の相続人等が受取人である場合
保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは,当該保険金受取人は当然に当該生命保険契約の利益を享受する(保険法42条)。
最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定(平成16年(許)第11号,民集58巻7号1979頁)は,被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の一人又は一部の者を保険金受取人と指定した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権について,保険金受取人が「自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではない」とした。
したがって,特定の相続人を受取人とする死亡保険金は,民法1011条の目録に記載すべき財産ではなく,遺言執行者が相続財産の管理として請求・受領するものでもない。
(2) 受取人を「相続人」と指定した場合
最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決(昭和36年(オ)第1028号,民集19巻1号1頁)は,養老保険契約で被保険者死亡の場合の保険金受取人を単に「被保険者死亡の場合はその相続人」と指定した場合について,特段の事情のない限り,被保険者死亡時の相続人たるべき者を受取人として指定した他人のための保険契約と解し,保険金請求権は「右相続人たるべき者の固有財産となり、被保険者の遺産より離脱している」とした。
受取人欄が「相続人」となっているだけで相続財産になるわけではない。
他方で,同判決は「特段の事情のないかぎり」としているから,約款や契約時の意思表示に別段の定めがないかは確認することになる。
(3) 受取人が被相続人本人である場合と,契約者の地位が残る場合
死亡保険金の受取人が被保険者である被相続人本人と定められている場合や,受取人が保険事故の発生前に死亡して変更されていない場合は,前記(1)及び(2)の枠組みがそのまま当てはまるとは限らない。
受取人が保険事故の発生前に死亡したときは,その相続人の全員が保険金受取人となる(保険法46条)ため,まずこの規定と約款の請求権者条項を確認し,被相続人本人に帰属する請求権と扱われる場合に限って目録に載せることになると考えられる。
これと区別すべきなのが,被相続人が保険契約者で,被保険者が配偶者や子など別人である保険契約である。
この場合,被相続人の死亡によっては保険事故が発生しておらず,契約は存続しているから,解約返戻金を含む保険契約者の地位は被相続人の財産に属した権利として相続財産となり(民法896条),目録に載せる対象となる。
なお,相続税法3条1項3号は,被相続人が保険料を負担し,被相続人以外の者が契約者である生命保険契約に関する権利を相続又は遺贈により取得したものとみなす規定であり,被相続人自身が契約者である場合とは税務上の扱いの根拠も異なる。
3 入院給付金・手術給付金
被保険者本人を受取人とする入院給付金や手術給付金は,被保険者が生前に入院や手術をしたことによって本人に発生する権利であり,本人が請求しないまま死亡しても,その請求権は相続財産に属する(民法896条)。
税務上も,相続税法基本通達3-7(注)は,被保険者の傷害,疾病等を保険事故として被保険者に支払われる保険金又は給付金が被保険者の死亡後に支払われた場合には,「当該被保険者たる被相続人の本来の相続財産になる」としている。
死亡保険金と一括して振り込まれても内訳は別であるから,遺言執行者は,支払明細で入院給付金部分を確認し,相続財産として目録に載せることになる。
入院給付金の請求手続や受取人が先に死亡した場合の扱いは,入院給付金を受け取らないまま死亡した場合の扱いで詳しく扱う。
4 死亡退職金
最高裁昭和55年11月27日第一小法廷判決(昭和54年(オ)第1298号,民集34巻6号815頁)は,特殊法人の職員の退職手当規程が,受給権者の範囲及び順位について民法の相続人の順位決定の原則とは著しく異なる定め方をしていた事案で,受給権者たる遺族は「相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するもの」であり,死亡退職金の受給権は相続財産に属さないとした。
同判決は,規程の定め方を理由に固有の権利と判断したものであるから,遺言執行者は,勤務先の退職金規程で受給者の範囲と順位が定められているかを確認してから目録への記載を判断することになる。
規程に受給者の定めがない場合や,被相続人が生前に退職して既に発生していた退職金が未払のまま残っている場合は,同判決の枠組みがそのまま当てはまらないため,相続財産として扱うかを個別に検討する必要がある。
5 未支給年金と遺族年金
(1) 未支給の国民年金・厚生年金
国民年金法19条1項は,年金給付の受給権者が死亡した場合に,その者の配偶者,子,父母,孫,祖父母,兄弟姉妹又はこれらの者以外の3親等内の親族であって死亡当時生計を同じくしていたものは,「自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができる。」と定めており,厚生年金保険法37条1項も同様の規定を置いている。
最高裁平成7年11月7日第三小法廷判決(平成3年(行ツ)第212号,民集49巻9号1829頁)は,昭和60年改正前の国民年金法19条について,「相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたもの」であり,受給権者が有していた年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかであるとした。
同判決の主題は,未支給年金の支払を求める訴訟の係属中に原告が死亡した場合の訴訟承継であり,訴訟は終了し遺族が承継するものではないとした点にあるが,右の説示は現行の同条を読む上でも参考になる。
遺言執行者は,未支給年金を相続財産として目録に載せたり,自ら請求したりする立場にはなく,請求は受給資格のある遺族が自己の名で行う。
未支給年金の受給順位や手続は,遺産分割と未支給年金で扱っている。
(2) 遺族基礎年金等の遺族給付
遺族基礎年金は,被保険者等が死亡した場合に「その者の配偶者又は子に支給する」給付である(国民年金法37条)。
被相続人が生前に有していた権利ではなく,法定の要件を満たす遺族に発生する受給権であるから,相続財産の目録には載せない。
6 確定拠出年金(iDeCoを含む)の死亡一時金
確定拠出年金の死亡一時金は,加入者等が死亡したときに「その者の遺族に」支給され(確定拠出年金法40条),受け取ることができる遺族の範囲と順位は同法41条1項及び2項が定めており,個人型年金にも同法73条により準用される。
他方で,同法41条4項は,死亡一時金を受けることができる遺族がないときは,「死亡した者の個人別管理資産額に相当する金銭は、死亡した者の相続財産とみなす。」と定め,同条5項は,遺族による裁定の請求が死亡後5年間ないときも遺族がないものとみなしている。
したがって,遺言執行者は,受け取ることができる遺族の有無を確認し,遺族がいる場合は目録の本体に載せず,遺族がいない場合に限り相続財産として目録に載せることになる。
iDeCo死亡一時金の民法上・税法上の扱いは,iDeCo死亡一時金の民法上・税法上の取扱いで扱っている。
第5 相続財産に属しないものを「参考」として記載する理由と記載例
1 参考欄を設ける理由
民法1011条は相続財産に属しないものの記載を求めていないが,次の理由から,目録の末尾に「参考(相続財産に属しないもの)」の欄を設けて記載しておくことが実務上考えられる。
(1) 相続税の申告
相続税法3条1項1号は,被相続人の死亡により相続人その他の者が取得した生命保険契約の保険金のうち被相続人が負担した保険料に対応する部分を,同項2号は,被相続人の死亡後3年以内に支給が確定した退職手当金等を,それぞれ相続又は遺贈により取得したものとみなしている。
相続人が取得したこれらの保険金及び退職手当金等には,それぞれ非課税限度額の定めがある(相続税法12条1項6号・7号)。
相続税の申告が必要な場合,申告書は相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出しなければならない(相続税法27条1項)から,民法上は相続財産でない死亡保険金や死亡退職金の金額も,申告の準備のため早い段階で相続人間に共有しておくことが考えられる。
(2) 特別受益と遺留分
最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定は,前記の死亡保険金請求権は民法903条1項の遺贈又は贈与に係る財産には当たらないとしつつ,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,不公平が同条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいと評価すべき特段の事情がある場合には,同条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象となるとした。
この特段の事情の有無は保険金の額と遺産総額との比率を考慮要素とするから,相続人が判断するには,遺産の目録と保険金額を並べて見られることが役に立つ。
一方,最高裁平成14年11月5日第一小法廷判決(平成11年(受)第1136号,民集56巻8号2069頁)は,自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,平成30年改正前の民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできないとしている。
特別受益の主張立証は特別受益を効率よく主張・立証する方法で,遺留分の計算は遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応で扱っている。
(3) 相続人間の紛争予防
遺言執行者が死亡保険金の存在を知りながら目録に一切触れないと,受取人でない相続人から,財産を隠したのではないかとの疑いを受けることがある。
目録の本体とは区別した参考欄に記載しておけば,遺言執行者が把握した情報を開示した記録にもなる。
2 管理処分権が及ぶと誤解させない書き方
参考欄に載せる際は,その給付が相続財産に属せず,遺言執行者の管理処分の対象でないことを明記する。
遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法1012条1項)が,相続財産に属しない保険金や年金はこの権限の外にあり,遺言執行者が請求・受領するものではない。
記載の方法としては,本体の財産目録とは見出しを分け,「本欄は相続財産に属しないものを参考として記載したもので,遺言執行者は請求及び受領を行いません」などの注記を置くことが考えられる。
受取人や受給者の氏名を記載する場合は,保険会社や勤務先から示された資料に基づき,資料の日付を付しておくと,後に金額や受取人が異なった場合にも経緯を説明しやすい。
3 記載例
参考欄の記載例は,次のとおりである。
| 区分 | 内容 | 受取人・受給者 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 死亡保険金 | A生命保険・証券番号***・保険金額1000万円 | 長男(受取人指定) | 受取人固有の権利 |
| 死亡退職金 | B株式会社・退職金規程に基づく死亡退職金 | 配偶者(規程上の第1順位) | 遺族固有の権利,金額は支給決定前 |
| 未支給年金 | 老齢基礎年金・老齢厚生年金の未支給分 | 生計を同じくしていた配偶者 | 遺族が自己の名で請求 |
| 確定拠出年金 | 個人型年金の死亡一時金 | 配偶者(法定の第1順位) | 遺族がいるため相続財産に属しない |
他方,同じ保険会社からの支払であっても,入院給付金や,被相続人が契約者である保険契約の権利は,参考欄ではなく目録の本体に記載する。
第6 目録の作り方の実務
1 基準日と記載事項
(1) 基準日
民法1011条は目録の基準日を定めていないが,相続人は相続開始の時から被相続人の権利義務を承継する(民法896条本文)ことから,本記事では相続開始時を基準日とし,作成日現在までに判明した変動を備考に書き添える方法を基本形とする。
預金の利息や相続開始後に入金された賃料など,相続開始後に生じたものは,相続開始時の財産と区別して記載しておくと,遺産分割や相続税申告の資料としても使いやすい。
(2) 評価額の要否
民法1011条の文言は,目録に財産の価額を記載することまでは求めていない。
もっとも,預貯金の残高や上場株式の銘柄・数量のように資料から確定できる数値は,財産の特定のために記載しておくことが考えられる。
不動産や非上場株式の評価額は評価方法によって大きく異なるから,記載する場合は固定資産税評価額などの依拠した資料と時点を明記し,目録が評価を確定するものでないことを注記しておくことが考えられる。
2 金額未確定の債権と債務の記載
(1) 金額未確定の債権
入院給付金,過払金,還付金など,権利はあるが金額が未確定のものは,「金額未確定(令和◯年◯月◯日,保険会社に請求中)」のように,権利の存在と確認状況を記載する。
後から金額が確定したり新たな財産が判明したりした場合は,追加の目録を作成して交付することが考えられ,前記の東京地裁平成25年2月27日判決も,判明後に新たな目録を作成する義務があったと判断している。
(2) 債務の記載
民法1011条は,目録に債務を記載するかどうかを明示していない。
もっとも,遺留分を算定するための財産の価額は債務の全額を控除して算定され(民法1043条1項),相続税の申告書には被相続人の死亡の時における財産及び債務の明細書を添付する(相続税法27条4項)から,判明している借入金,未払の税金,医療費等も記載しておくことが考えられる。
3 交付の方法と記録
民法1011条1項は交付の方法を定めていないから,書面の手渡しのほか郵送による交付も考えられる。
後に交付の有無や時期が争われることに備えて,配達記録が残る方法で送付するか,受領書を受け取っておくことが考えられる。
遺言内容の通知(民法1007条2項)と同時に目録を送付することもできるが,財産調査に時間を要する場合は,先に通知を行い,目録は調査が進んだ段階で交付することになる。
第7 目録が交付されない・内容が不十分な場合の相続人の手段
1 報告請求と目録の作成方法の指定
(1) 報告の請求
遺言執行者には民法645条が準用される(民法1012条3項)から,相続人は,遺言執行者に対して事務処理の状況の報告を求めることができる。
目録が届かない場合は,まず書面で目録の交付と財産調査の進み具合の報告を求めることになる。
(2) 立会い又は公証人による作成の請求
交付された目録の内容に疑問がある場合,相続人は,民法1011条2項に基づき,自らの立会いの下での作成又は公証人による作成を請求することができる。
2 善管注意義務と解任請求
(1) 善管注意義務
遺言執行者には民法644条が準用され(民法1012条3項),善良な管理者の注意をもって事務を処理する義務を負う。
目録を交付しないまま放置したり,判明した財産を記載しなかったりすることは,この義務との関係で問題となり得る。
(2) 解任請求
遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは,利害関係人は,その解任を家庭裁判所に請求することができる(民法1019条1項)。
解任請求の管轄や手続の進み方,保全処分については,遺言執行者が指定されている場合の相続人の注意点で扱っている。
第8 遺言で保険金受取人を変更している場合
保険金受取人の変更は遺言によってもすることができる(保険法44条1項,73条1項)。
ただし,遺言による保険金受取人の変更は,その遺言が効力を生じた後,保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ,これをもって保険者に対抗することができない(同法44条2項,73条2項)。
遺言に受取人変更の条項がある場合も,変更後の受取人が取得する死亡保険金は目録の本体に載せるものではない。
もっとも,保険者への通知がされる前に変更前の受取人へ保険金が支払われると,変更を保険者に対抗できないから,遺言執行者としては,目録の作成と並行して,保険契約者の相続人による通知が済んでいるかを確認しておくことが考えられる。
通知を誰がするか,遺言執行者が関与できるかといった論点は,遺言による保険金受取人の変更で扱う。
第9 出典
1 法令
民法(明治29年法律第89号)896条,903条,990条,1007条,1011条,1012条,1014条,1019条,1043条,644条~647条,650条
保険法(平成20年法律第56号)42条,44条,46条,73条
相続税法(昭和25年法律第73号)3条,12条,27条
国民年金法(昭和34年法律第141号)19条,37条
厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)37条
確定拠出年金法(平成13年法律第88号)40条,41条,73条
2 裁判例
最高裁昭和40年2月2日第三小法廷判決(昭和36年(オ)第1028号,民集19巻1号1頁)
最高裁昭和55年11月27日第一小法廷判決(昭和54年(オ)第1298号,民集34巻6号815頁)
最高裁平成7年11月7日第三小法廷判決(平成3年(行ツ)第212号,民集49巻9号1829頁)
最高裁平成14年11月5日第一小法廷判決(平成11年(受)第1136号,民集56巻8号2069頁)
最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定(平成16年(許)第11号,民集58巻7号1979頁)
東京地裁平成25年2月27日判決(平成23年(ワ)第23673号)
3 行政機関の通達
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