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会社役員・個人事業主・開業医の交通事故の損害賠償-役員報酬の労務対価部分,企業損害及び基礎収入の立証(AI作成)

第1 誰の損害として何を請求するかを先に分ける

会社役員,個人事業主又は開業医が交通事故で負傷し,又は死亡したときは,被害者本人の損害と,被害者が経営する会社や事業の損害が一つの事故から同時に生じる。
役員報酬のうち労務の対価といえる部分,会社の利益の減少,会社が負担した外注費,休業中も支払い続けた報酬は,請求する主体も立証資料も異なる。

これらを「事業の損害」として一括して示談案や訴状に並べると,同じ労務の価値を二度数えたり,逆に会社の請求を落としたりしやすい。
本記事では,役員本人の休業損害・逸失利益,会社自体の損害(企業損害),会社が現実に負担した費用及び報酬の継続支払を別の請求として扱い,最後に整理表で重なりを点検する方法を基本とする。

本記事は,令和8年9月16日現在の法令,裁判所ウェブサイト掲載の最高裁判決,国税庁の公表資料及び日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』上巻(基準編)2026年版(以下「赤い本」という)に基づき,AIを用いて整理したものである。
会社員・家事従事者・自営業者に共通する後遺障害逸失利益の計算は,交通事故の後遺障害逸失利益-減収のない会社員・家事従事者・自営業者の立証と計算で扱っており,本記事はそこで対象外とした役員報酬と法人自体の損害を中心に説明する。

第2 会社役員の基礎収入は労務対価部分に限られる

1 役員報酬には労務対価部分と利益配当的部分がある

(1) 赤い本の基準

赤い本96頁は,休業損害について,「会社役員の報酬については、労務提供の対価部分は休業損害として認容されるが、利益配当の実質をもつ部分は消極的である」としている。
後遺障害による逸失利益(同書121頁)と死亡による逸失利益(同書187頁)でも,同じ趣旨の基準が示されている。
これは実務書の算定基準であり法令ではないが,役員報酬の全額が当然に基礎収入になるわけではないという出発点は,相手方保険会社の提示でもほぼ共通して問題になる。

(2) 労務対価部分を示す事情と資料

労務対価部分の割合は,法律や通達で一律に決まっていない。
赤い本96頁~98頁・121頁に紹介された裁判例では,会社の規模,被害者の実際の業務内容,他の役員や従業員の報酬との比較,事故後の売上・利益の推移,報酬額の決め方等を考慮して,報酬の全額を労務対価とした例も,一定割合に限った例もある。

被害者側では,次の資料を対応させて,報酬が何の対価として支払われていたかを具体的に示すことが考えられる。
①役員報酬を決めた株主総会・取締役会の議事録と,報酬額の推移。
②法人税申告書に添付する勘定科目内訳明細書のうち役員給与等の内訳書,源泉徴収票。
③事故前の業務日報,現場の出面表,受注・納品の記録,取引先とのやり取り等,本人が担っていた作業を示す資料。
④他の役員・従業員の報酬と職務内容,同業同規模の会社の水準を示す資料。
⑤決算書による事故前数期の売上・利益の推移と,配当の有無。

一人会社や家族経営の会社では,本人が現場作業から営業・経理まで担っていることが多い一方,会社の利益を報酬の形で受け取っているとの反論も出やすい。
帳簿上の区分だけで結論を出さず,事故前の一日の業務を具体的に再現できる資料を優先して集める方法が考えられる。

2 代表取締役は税務上の使用人兼務役員になれない

(1) 法人税法の定義

法人税法34条6項は,使用人としての職務を有する役員(使用人兼務役員)を,役員のうち「部長、課長その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事するもの」と定める。
ただし,社長,理事長その他政令で定める者は除かれ,法人税法施行令71条1項1号は「代表取締役、代表執行役、代表理事及び清算人」を挙げている。
同項は,副社長・専務・常務等(2号),監査役等(4号)及び一定の持株要件を満たす同族会社の役員(5号)も除いており,国税庁タックスアンサー「No.5205 役員のうち使用人兼務役員になれない人」も同じ範囲を説明している。

(2) 損害算定での意味

使用人兼務役員に支払う使用人分の給与は,役員給与の損金不算入の対象から除かれているため(法人税法34条1項柱書),中小企業では報酬を使用人分と役員分に分けて処理することがある。
使用人分の給与が計上されていれば,その部分は労務の対価であると説明しやすい。

他方,代表取締役は税務上そもそも使用人兼務役員になれないから,代表者の報酬に使用人分の区分がないことは,労務対価部分がないことを意味しない。
相手方から「全額が役員報酬であり,給与部分がない」との指摘を受けたときは,税務上の区分と損害算定上の労務対価性が別の問題であることを示した上で,前記1で挙げた業務実態の資料で反論することになる。

3 後遺障害と死亡の逸失利益でも同じ区別をする

(1) 後遺障害の逸失利益

後遺障害の逸失利益では,労務対価部分の年額を基礎収入とし,労働能力喪失率と喪失期間に応じたライプニッツ係数を乗じる。
等級と喪失率の基本的な考え方は第1で挙げた後遺障害逸失利益の記事,自賠責の等級表の号数の読み方は後遺障害等級の号数対照で扱っている。
役員の場合,事故後も報酬額が維持されていることが減収なしとの反論につながりやすいため,第3で述べる税務上の事情と業務実態の変化を併せて示す必要がある。

(2) 死亡逸失利益と将来の報酬

死亡事故でも,基礎収入は労務対価部分であり,生活費控除等の一般的な計算は交通死亡事故の損害額で扱っている。
将来の昇給について,最高裁判所第三小法廷昭和43年8月27日判決(昭和41年(オ)第781号,民集22巻8号1704頁)は,昇給等による収入の増加が「証拠に基づいて相当の確かさをもつて推定できる場合」には,控え目に見積もって算定することも許されるとした。
同判決は同じ会社の同程度の学歴・能力の従業員の昇給率を基礎にした事案であり,役員報酬の増額を主張するときも,事業計画だけでなく,報酬規程や過去の改定実績など客観的な裏付けが問われる。

第3 「事故後も役員報酬が減っていない」という反論への対応

1 定期同額給与と期中の改定事由

(1) 定期同額給与の原則

法人税法34条1項は,役員に支給する給与のうち,定期同額給与(1号),所定の時期に確定した額の金銭等を支給する旨の定めに基づく給与(2号)及び一定の業績連動給与(3号)のいずれにも該当しないものを損金に算入しないと定める。
定期同額給与は,支給時期が1か月以下の一定の期間ごとである給与で,その事業年度の各支給時期の支給額が同額であるもの等である(同項1号)。
そのため,中小企業の役員報酬は,事業年度の初めに決めた月額を年度中は変えないことが多い。

(2) 臨時改定事由と業績悪化改定事由

法人税法施行令69条1項1号は,会計期間開始の日から原則として3か月を経過する日までの改定(イ)のほか,年度の途中でも次の改定を定期同額給与の範囲に含めている。
①「役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情」による改定(ロ,臨時改定事由)。
②「経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由」による減額改定(ハ,業績悪化改定事由)。
法人税基本通達9-2-13は,業績悪化改定事由について,「法人の一時的な資金繰りの都合や単に業績目標値に達しなかったことなどはこれに含まれない」としている。

2 役員の入院による減額は臨時改定事由になり得る

(1) 国税庁の役員給与に関するQ&A

国税庁「役員給与に関するQ&A」(平成20年12月,平成24年4月改訂,Q5)は,代表取締役が病気で2か月入院し,取締役会決議で入院期間中の月額を減額し,退院後に元の額へ戻した例について,いずれも臨時改定事由による改定として定期同額給与に該当すると回答している。
その解説では,役員が病気で入院したことその他の事由により当初予定されていた職務の一部又は全部を執行できなくなった場合,「役員給与の額を減額して支給する又は支給をしないことは、臨時改定事由による改定と認められます」とされている。
このQ&Aは平成24年4月1日現在の法令・通達に基づくと明記された行政庁の解説資料であり,個別の税務判断を拘束するものではないが,臨時改定事由の規定の文言は現行の施行令69条1項1号ロと同じである。

(2) 「税務上減額できなかった」という説明の限界

この解説からすると,事故による入院や就労不能を理由に役員報酬を減額することは,税務上も想定されている。
したがって,報酬を減らさなかった理由を「定期同額給与だから減額できなかった」とだけ説明するのは,相手方から反論を受けやすい。

もっとも,減額しなかったことが,役員が従前どおり労務を提供していたことを意味するわけでもない。
会社が役員の生活や事業の継続を考えて報酬を払い続けることはあり得るから,減額しなかった経緯を取締役会の議事録,顧問税理士との協議記録,当時の資金繰りの資料で具体的に示し,その上で第5の会社の損害として構成するかを検討することになる。
事故後に減収の外形を作る目的で報酬を減額することは,実際の職務の変化と対応しなければ,損害の立証でも税務上の説明でも不利に働くおそれがある。

3 報酬が減っていないときに確認する事実

(1) 実際の労務の変化

報酬額が同じでも,入院・通院で出社できなかった日数,現場に出られなくなった作業,他の役員や従業員に移った業務,外注に切り替えた仕事は,業務記録と帳簿から具体的に示せることが多い。
後遺障害が残った場合は,事故前後で担当できる業務がどう変わったかを,後遺障害診断書の所見と対応させて説明する。

(2) 払い続けた報酬の性質

報酬が減らなかった理由が,役員本人の労務ではなく会社の負担によるものであれば,役員本人の減収はなくても,会社に労務の対価のない支出が生じている。
この場合に役員本人と会社のどちらが請求するかは,第5で述べるように,二重に請求しない形で選ぶ必要がある。

第4 会社自体の損害(企業損害)

1 最高裁昭和43年11月15日判決

(1) 事案

最高裁判所第二小法廷昭和43年11月15日判決(昭和40年(オ)第679号,民集22巻12号2614頁)は,薬局を営む有限会社の代表者がスクーターとの事故で負傷し,会社が利益を失ったとして加害者に損害賠償を求めた事案である。
原審の認定によれば,被害者は個人で薬種業を営んでいたが納税上の理由で有限会社を設立し,社員は被害者と妻だけで,取締役は被害者一人,被害者以外に薬剤師はいなかった。

(2) 判示

同判決は,この会社を「法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社」であり,代表者には会社の「機関としての代替性がなく」,経済的に代表者と会社とが「一体をなす関係にある」と認められるとした。
その上で,「かかる原審認定の事実関係のもとにおいては」,代表者に対する加害行為と会社の利益の逸失との間に相当因果関係を認め,形式上間接の被害者である会社の請求を認容した原審の判断を正当とした。

2 判決の射程と立証すべき事実

(1) 三つの事情を具体的な事実で示す

同判決は,原審が認定した具体的な事実関係を前提に会社の請求を認めたものであり,会社の規模や業種を問わず代表者の負傷による会社の減益を広く認める一般論を述べたものではない。
本記事では,同判決が挙げた個人会社であること,代表者に機関としての代替性がないこと,経済的一体性があることを,次のような事実に分解して立証する方法を提案する。
①株主構成,役員構成,従業員数及び資格者の数。
②代表者だけが行える業務(資格を要する業務,特定の取引先との関係,技術等)と,その業務が売上に占める割合。
③会社と代表者個人の資金・財産の区分の実態。
④代表者の休業期間と売上・利益の減少時期の対応。

一人会社・同族会社であることは①の一要素にすぎず,それだけで企業損害が認められるわけではない。
他方,赤い本108頁~109頁には,代表者と会社が完全な経済的一体とまではいえない会社について,代表者に依拠していた業務の外注費を会社の損害と認めた裁判例も紹介されており,請求の内容によって求められる一体性の程度が異なり得ることがうかがわれる。

(2) 死亡事故と医療法人の場合

昭和43年11月15日判決は代表者の負傷の事案であり,代表者の死亡によって会社が廃業・減益した場合の会社の請求を判断したものではない。
死亡事故では,代表者本人の死亡逸失利益が相続人に承継されるため,会社の逸失利益を別に認めると同じ労務の価値を重ねることにならないかが,より強く問題になる。

医療法人の理事長が被害者となった場合も,医療法人が剰余金の配当を禁止されていることなど(第7の2),株式会社とは異なる事情を踏まえて,同判決の事実関係との違いを検討する必要がある。

3 会社が現実に負担した費用と逸失利益を分ける

(1) 代替人件費・外注費

赤い本108頁~109頁は,間接被害者に関する事例の項目で,役員が受傷した場合に会社が支払った報酬や外注費等を会社の損害として認めた裁判例を紹介している。
本記事では,会社の利益の減少(逸失利益)と区別するため,代表者の不就労によって会社が現実に支出した代替人員の人件費,外注費,派遣料等を,会社が現実に負担した費用として逸失利益とは別に整理する。
この費用は,事故がなければ支出しなかったこと,代表者の業務を代替するために必要かつ相当な範囲であることを,契約書・請求書と,事故前の外注比率や人員配置との比較で示すことになる。

(2) 売上減少との二重計上

代替人員や外注で売上の減少を防いだのであれば,防いだ売上について逸失利益を請求することはできない。
また,会社の逸失利益は売上の減少額そのものではなく,売上の減少によって支出しなくて済んだ仕入や変動費を差し引いた利益の減少で考えるのが通常であり,実績の損益計算書に既に外注費が含まれているときは,外注費を別に加算すると重複する。
このため,事故前数期の月次試算表から事故がなかった場合の利益を推計し,実際の利益との差を示した上で,外注費等をどちらに含めたかを明記する方法が考えられる。

第5 会社が休業中も報酬を払い続けた場合

1 役員本人の休業損害として請求しにくい理由

休業損害は,事故による休業で現実に収入が減ったことを損害とするものである。
会社が休業期間中も役員報酬を全額支払っていれば,役員本人には減収がなく,相手方保険会社は本人の休業損害を否定するのが通常である。
赤い本97頁には,税務処理の都合上,事故年度は役員報酬を減額せず,翌年度に休業損害に相当する減額がされた場合に,その減額分を認めた裁判例が紹介されており,減額の時期と理由の説明が結論を左右することがうかがわれる。

2 会社の損害として組み立てる方法

(1) 支払った報酬のうち労務対価部分

赤い本108頁は,「会社役員が傷害を受け、不就労の間も会社が役員報酬を支払った場合に、支払った報酬のうち労務対価部分につき、不就労の割合に応じた分を会社の損害として認めた」裁判例を複数紹介している。
この構成では,会社が請求主体となり,①支払った報酬額,②そのうち労務対価部分の割合,③不就労の期間と割合を立証することになる。
労務対価部分の割合は第2の1と同じ資料で示すから,役員本人の逸失利益の請求と基礎収入の考え方を揃えておくと,主張が矛盾しにくい。

(2) 請求主体を一つに決める

同じ期間の同じ報酬について,役員本人の休業損害と会社の損害を重ねて請求することはできない。
本記事では,報酬を払い続けた期間は会社の請求,減額又は不支給の期間は役員本人の請求として,期間ごとに請求主体を分ける方法を基本とする。
会社が役員に対する貸付けとして支払い,役員本人が休業損害を請求して返済する形をとることも考えられるが,事故当時の取締役会決議や契約書でその性質を示せなければ,後から名目を付け替えたとみられるおそれがある。

交渉が長引いて会社の資金繰りや役員の生活費が逼迫するときは,本案の請求とは別に,交通事故の仮払い仮処分の要件を満たすかを検討することもある。

第6 個人事業主の基礎収入

1 確定申告書を出発点に実収入と本人の寄与を示す

(1) 最高裁昭和43年8月2日判決

最高裁判所第二小法廷昭和43年8月2日判決(昭和37年(オ)第611号,民集22巻8号1525頁)は,企業主が生命又は身体を侵害されて企業に従事できなくなったことによる財産上の損害額は,原則として「企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべき」とした。
同判決は,企業主の死亡後も事業が継続し収益をあげているときは,従前の収益の全部が企業主の労務等によって取得されたものではないと推定するのが相当であるとして,従前の収益全額を基礎とした原判決を破棄した。

(2) 申告所得と実収入

赤い本118頁は,自営業者等について申告所得を参考にし,申告額と実収入額が異なる場合には立証があれば実収入額を基礎とし,所得が資本利得や家族の労働などの総体で形成されている場合には本人の寄与部分の割合で算定するとしている。
申告していない収入を後から主張する場合は,預金の入金記録,請求書,取引先の支払記録と帳簿を対応させる必要があり,説明だけで実収入が認められるわけではない。

2 青色申告特別控除と青色事業専従者給与の扱い

(1) 青色申告特別控除

青色申告特別控除は,所得税法の規定により計算した事業所得の金額等から,要件に応じて55万円,65万円又は10万円を控除する租税特別措置である(租税特別措置法25条の2第1項・3項・4項,国税庁タックスアンサー「No.2072 青色申告特別控除」)。
これは現実に支出した経費ではないから,確定申告書の所得金額から基礎収入を拾うときは,控除前の金額を出発点に検討することが考えられる。
赤い本120頁にも,青色申告特別控除前の所得に減価償却費を加えた額を基礎とした裁判例が紹介されている。

(2) 青色事業専従者給与

青色事業専従者給与は,生計を一にする親族で専ら事業に従事する者に支払った給与のうち,労務の対価として相当と認められる金額を必要経費に算入するものである(所得税法57条1項)。
専従者が実際に事業に従事して給与に見合う労務を提供していたのであれば,その給与は他人を雇った場合の人件費と同じく事業主本人の収入ではない。
他方,専従者給与が実質的には事業主本人の働きによる収入を家族に分けたものであれば,基礎収入に加えることを主張する余地があり,赤い本120頁・187頁には専従者給与の全部又は一部を加えた裁判例も紹介されている。
どちらに当たるかは,専従者の勤務実態,資格,事故後の稼働の変化で判断されるため,家族の業務内容の記録が必要になる。

3 休業中の固定費と代替労働力

(1) 固定費

赤い本90頁は,「自営業者、自由業者などの休業中の固定費(家賃、従業員給料など)の支出は、事業の維持・存続のために必要やむをえないものは損害として認められる」としている。
休業損害の計算では,事業所得に固定費を加算した額を基礎とすることが多いが,事業を廃止した後の家賃や,休業中に支出する必要のない広告費まで当然に含まれるわけではない。

(2) 代替労働力

赤い本96頁は,代替労働力に関する事例として,開業医が代診の医師に支払った費用や,事業主が代わりの人員に支払った費用を認めた裁判例を紹介している。
代替費用を請求する場合は,その費用で維持できた売上について休業損害を重ねていないかを,第8の3の整理表で点検する。

第7 開業医と医療法人の理事長

1 租税特別措置法26条の概算経費

(1) 要件と率

租税特別措置法26条1項は,医業又は歯科医業を営む個人について,社会保険診療につき支払を受けるべき金額が5,000万円以下で,かつ,医業等から生ずる事業所得の総収入金額が7,000万円以下であるときは,社会保険診療に係る必要経費を実額ではなく一定の率で計算できると定める。
率は,社会保険診療報酬を区分して,2,500万円以下の部分は72%,2,500万円超3,000万円以下の部分は70%,3,000万円超4,000万円以下の部分は62%,4,000万円超5,000万円以下の部分は57%とし,それぞれの金額を合計する。
この特例は,確定申告書にこの規定により計算した旨の記載がなければ適用されない(同条3項)。

(2) 基礎収入への影響

この特例を使った確定申告書の事業所得は,社会保険診療の部分について実際に支出した経費ではなく概算の経費を差し引いた金額である。
そのため,実際の経費が概算経費より少なければ,申告所得は実収入より低く表れる。
被害者側では,帳簿と領収書で実額の経費を集計し,実額で計算した所得を示すことが考えられるが,特例との差額を機械的に上乗せできるわけではなく,自由診療部分を含めて実額計算の全体を示す必要がある。
なお,開業医の場合も,勤務医や看護師等の働きによる収益部分を本人の寄与と区別することは,第6の1の最高裁昭和43年8月2日判決と同じ問題である。

2 医療法人は剰余金の配当をしてはならない

(1) 医療法54条

医療法54条は,「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」と定める。
株式会社の役員報酬について問題になる「利益配当の実質をもつ部分」は,会社が利益を配当に回す代わりに報酬として支払っているという見方を前提にしている。

(2) 理事長の報酬の労務対価部分

医療法人は配当ができないから,理事長の報酬に利益配当の実質があるという反論は,株式会社の場合と同じ形では成り立ちにくいと考えられる。
もっとも,配当が禁止されていることから,理事長報酬の全額が当然に労務対価になるわけではなく,診療に従事する時間,管理業務の内容,勤務医の給与水準との比較等で労務対価性を示す点は株式会社の役員と変わらない。
医療法人の減益を法人自身の損害として請求する場合は,第4の最高裁昭和43年11月15日判決の事実関係と,医療法人が複数の医師・職員によって運営されているかどうかの違いを検討する必要がある。

第8 税金,損害額の立証困難及び請求の整理

1 逸失利益から税金を控除しない

(1) 最高裁昭和45年7月24日判決

最高裁判所第二小法廷昭和45年7月24日判決(昭和44年(オ)第882号,民集24巻7号1177頁)は,負傷のためたばこ小売業を廃業した被害者の営業上の逸失利益について,「営業収益に対して課せられるべき所得税その他の租税額を控除すべきではない」とした原審の判断を正当とした。
同判決は,「税法上損害賠償金が非課税所得とされているからといつて、損害額の算定にあたり租税額を控除すべきものと解するのは相当でない」としている。
赤い本203頁も,死亡逸失利益の税金の控除について「原則として控除しない。」としている。

(2) 高額所得者の反論と賠償金の課税関係

役員や開業医は所得税の税率が高いため,相手方から手取り額を基礎にすべきとの反論が出ることがあるが,同判決に照らすと,税額を差し引く計算に応じる理由は乏しい。
賠償金を受け取った後の所得税の扱いは別の問題であり,個人の被害者については,交通事故の慰謝料に税金はかかるかで,事業の損害に対する補償が非課税にならない場合を説明している。

2 損害額の立証が難しいときの民事訴訟法248条

(1) 条文

民事訴訟法248条は,「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」と定める。
企業損害や労務対価部分の割合は,将来の利益や報酬の内訳を正確に証明することが難しく,この規定の適用が問題になりやすい。

(2) 使える場面と限界

同条が対象とするのは,損害が生じたことが認められる場合の損害額であり,損害の発生そのものや事故との因果関係の立証を軽くするものではない。
また,同条は「認定することができる」と定めているにとどまるから,資料を出さないまま同条による認定を当てにすることは適当でない。
被害者側では,決算書や業務記録から損害の発生と概算を示せるところまで示した上で,それでも額を確定できない部分について同条による認定を求める方法が考えられる。

3 二重計上を避ける整理表

(1) 整理表

次の表は,本記事で扱った請求を,請求主体と重なりやすい項目ごとに整理したものである。

請求項目請求主体中心となる資料重なりやすい項目点検すること
①役員本人の休業損害役員本人報酬の決議,源泉徴収票,業務記録報酬が支払われた期間は本人に減収がない
②役員本人の後遺障害・死亡逸失利益役員本人(死亡時は相続人)労務対価部分の資料,等級認定同じ労務の価値を会社の逸失利益と重ねない
③会社が払い続けた報酬会社支払記録,不就労期間の記録同じ期間は①と③のどちらか一方にする
④代替人件費・外注費会社(個人事業主は本人)契約書,請求書,事故前の外注比率⑤・⑥代替で防いだ売上減少を⑤に入れない
⑤会社の逸失利益会社月次試算表,決算書,受注記録②・④最高裁昭和43年11月15日判決の事実関係と,支出を免れた経費の控除
⑥個人事業主の休業損害・固定費本人確定申告書,帳簿,賃貸借契約固定費と代替費用を基礎収入へ重ねて加算しない

(2) 示談案で確認すること

相手方保険会社の示談案では,①労務対価部分の割合とその根拠,②会社の請求を認めない場合の理由,③外注費や固定費をどの項目に含めたか,④税額や社会保険料を差し引いていないか,⑤既払金をどの請求主体の損害に充てたかを確認する。
示談案全体の読み方は,保険会社から届いた交通事故の示談案の見方を参照されたい。
会社の請求と役員本人の請求を別々に示談する場合は,清算条項が他方の請求まで放棄する文言になっていないかも確認が必要である。

4 期間制限を請求主体ごとに管理する

(1) 役員本人・個人事業主の請求

民法724条・724条の2により,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間,不法行為の時から20年間行使しないときは,時効によって消滅する。
役員本人や個人事業主本人の休業損害・逸失利益の請求は,この規定の対象になる。

(2) 会社の請求

会社の請求は,会社自身の生命・身体が害されたものではないため,民法724条の2の「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権」に当たるかが条文上明らかではない。
本記事では,会社の請求については同法724条1号の3年間を前提に期限を管理する方法を基本とする。
役員本人の示談交渉が続いている間に会社の請求の時効が先に問題になることもあるため,本人と会社の請求をそろえて進行を管理することが考えられる。

第9 出典・参考資料

1 法令

①e-Gov法令検索「法人税法」34条1項・6項。
②e-Gov法令検索「法人税法施行令」69条1項,71条1項。
③e-Gov法令検索「租税特別措置法」25条の2第1項・3項・4項,26条1項・3項。
④e-Gov法令検索「所得税法」57条1項。
⑤e-Gov法令検索「医療法」54条。
⑥e-Gov法令検索「民事訴訟法」248条。
⑦e-Gov法令検索「民法」724条・724条の2。

2 裁判例

最高裁判所第二小法廷昭和43年11月15日判決(昭和40年(オ)第679号,民集22巻12号2614頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第二小法廷昭和45年7月24日判決(昭和44年(オ)第882号,民集24巻7号1177頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第二小法廷昭和43年8月2日判決(昭和37年(オ)第611号,民集22巻8号1525頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第三小法廷昭和43年8月27日判決(昭和41年(オ)第781号,民集22巻8号1704頁,裁判所ウェブサイト)。

3 国税庁の通達・解説資料

①国税庁・法人税基本通達「第3款 定期同額給与」9-2-13。
②国税庁「役員給与に関するQ&A」(平成20年12月,平成24年4月改訂)Q5(PDF17頁~18頁)。
③国税庁タックスアンサー「No.5205 役員のうち使用人兼務役員になれない人」。
④国税庁タックスアンサー「No.2072 青色申告特別控除」。

4 文献

①日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』上巻(基準編)2026年版,90頁・96頁~98頁・108頁~109頁・118頁・120頁~121頁・187頁・203頁。
損害算定の実務解説書であり,法令ではない。