第1 この記事の対象
1 重い後遺障害が残った場合に問題となる費目
交通事故で遷延性意識障害,高次脳機能障害又は脊髄損傷などの重い後遺障害が残り,常時又は随時の介護が必要になった場合,症状固定後の介護に要する費用は将来介護費として加害者に請求することになる。
本記事は,将来介護費の日額,算定期間,中間利息の控除,余命短縮の主張,被害者が別の原因で死亡した場合,定期金による賠償,及び障害年金・労災保険・介護保険・障害福祉サービス・NASVA(独立行政法人自動車事故対策機構)の介護料を損害額から差し引くかどうかについて,法令,裁判例及び公的機関の資料をAIで調査して整理したものである。
調査の基準日は令和8年9月16日であり,法令は同日にe-Gov法令検索で確認できた条文による。
2 関連記事との役割分担
装具や車椅子などの将来の買替費用は交通事故で装具が必要になったときの費用で,示談書に労災保険給付や障害年金との関係をどう書くかは労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談で,死亡事故の損害項目全般は交通死亡事故の損害額で,それぞれ扱っている。
本記事は,これらと重ならない範囲で,将来介護費そのものの算定と,公的給付を差し引くかどうかの判断に重心を置く。
後遺障害等級の号数の読み方は後遺障害等級の号数対照で扱っている。
第2 近親者介護と職業介護の日額
1 日額は介護の内容と担い手から個別に認定される
(1) 実務書の目安の位置付け
交通事故の損害賠償実務では,いわゆる赤い本や大阪地裁の算定基準などの実務書が,近親者による介護について日額の目安を掲げ,職業付添人については必要かつ相当な実費を基本としている。
これらの実務書は裁判所を拘束する法令ではなく,版によって改訂されるから,本記事では具体的な目安額の引用を控え,裁判所ウェブサイトで判決全文を確認できる裁判例の認定額を示す。
大阪地裁の算定基準の全体像は医療関係者から見た大阪地裁の交通損害賠償の算定基準で扱っている。
(2) 裁判例に現れた日額
千葉地方裁判所佐倉支部平成18年9月27日判決は,症状固定時38歳で遷延性意識障害等(後遺障害等級1級3号)の被害者について,病院での家族による介護の補助を日額6500円,自宅での家族介護を日額1万円とし,母が67歳になった後の期間は,職業介護人と家族による介護を併せて日額2万7000円と認定した。
名古屋地方裁判所平成14年1月28日判決は,事故当時18歳で遷延性意識障害等(同じく1級3号)の被害者について,寝返りや車椅子への移乗を独力でできることなどを考慮し,家族介護を日額5500円,職業付添人による介護を日額1万円と認定した。
最高裁判所第一小法廷平成11年12月20日判決の原審は,寝たきりの被害者について,入院費を含む職業付添人の介護費用を日額1万7260円として算定していた。
佐倉支部判決と名古屋地裁判決はいずれも改正前民法の下で年5%の中間利息を控除した事案であり,同じ1級の後遺障害でも,残された動作能力,医療的ケアの有無及び介護の担い手によって日額が大きく異なることが分かる。
2 家族介護から職業介護への切替え
(1) 介護者の年齢で期間を区切る算定
佐倉支部判決は,症状固定時61歳であった母が67歳になるまでを家族介護の期間とし,その後を職業介護人を中心とする期間として,期間ごとにライプニッツ係数を分けて計算した。
名古屋地裁判決も,母が68歳になるまでは家族による介護が可能であるとし,その後被害者の平均余命までを職業付添人等による介護の期間とした。
家族の就労状況や健康状態から,より早い時期に職業介護が必要になるという主張は,名古屋地裁判決では,母が仕事をしていない時間に介護を行っていることや住宅改造による負担軽減を理由に採用されなかった。
(2) 家族の就労を前提とする職業介護の認定
佐倉支部判決は,介護の中心となる予定の妹について「Iが就労して収入を得る道を奪われるべき理由はないから」と述べて,母が67歳になった後は職業介護人による介護を前提とすべきであるとした。
他方で,同判決は,家族の自宅介護に対する熱意から家族が相当の役割を果たすことが見込まれるとして,「24時間365日にわたって職業介護人による介護が必要であるとみることは,損害の公平な分担の観点からいって相当でない。」とし,請求日額の約7割を認めた。
職業介護の日額を請求するときは,家政婦紹介所等の見積りだけでなく,家族がどの時間帯を担い,どの部分を外部に委ねるのかという介護計画を示すことが,認定額に直結すると考えられる。
3 自宅介護か施設介護か
(1) 自宅介護を前提とした判断
加害者側からは,病院や施設で生活するほうが費用が低く済むとして,施設介護を前提に算定すべきであるという主張がされることがある。
佐倉支部判決は,「ノーマライゼーションの理念からすれば,障害を有する者ないしその家族が病院等の施設を脱して自宅での生活を希望している場合には,可能な限りこれを尊重すべきであるというべきである」とした上で,主治医が気道・栄養・排泄の管理や感染・褥創の予防がされれば自宅介護が可能であると述べていること,家族が自宅を改造し病院から介護の指導を受けていることなどから,自宅介護を前提にした。
(2) 施設介護を前提とする主張が退けられた理由
同判決は,長期入院が可能な病院のうち家族の居住地から遠いものは家族が介護の補助をできないこと,県内の施設には入院期間の上限があり申込みをしても入所できなかったこと,複数の病院から転院を促されてきたことを挙げ,病院での入院生活が継続できる保証はないとして,施設介護を前提とする算定を退けた。
被害者側としては,希望するだけでなく,自宅介護を可能とする医師の意見と,実際に整えた介護環境を具体的に示すことが必要になる。
第3 算定期間と中間利息の控除
1 終期は平均余命による
(1) 簡易生命表の使い方
将来介護費は被害者が生存している間に生じる費用であるから,その終期は就労可能年数ではなく平均余命を基準とするのが通常である。
佐倉支部判決は「簡易生命表を用いて症状固定時38歳であった同原告の余命を41年間とみるのが相当である」とし,名古屋地裁判決も平均余命を58年として算定した。
厚生労働省の令和7年簡易生命表によれば,30歳の平均余命は男51.98年,女57.85年であり,50歳の平均余命は男32.82年,女38.41年である。
(2) 平均寿命と平均余命の違い
平均寿命は0歳の平均余命のことであり,令和7年簡易生命表では男81.35年,女87.33年である。
症状固定時の年齢に応じた平均余命は平均寿命から年齢を差し引いた数とは一致しないから,算定では症状固定時の年齢の平均余命を生命表から直接引く必要がある。
2 中間利息の控除の根拠と法定利率
(1) 民法417条の2第2項と722条1項
将来介護費は一時金で先に受け取るため,支出の時までの利息相当額が差し引かれる。
その根拠は,逸失利益に関する民法417条の2第1項ではなく,同条2項の「将来において負担すべき費用についての損害賠償の額を定める場合において、その費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも、前項と同様とする。」という規定であり,同法722条1項は「第四百十七条及び第四百十七条の二の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。」と定める。
同法417条の2第1項は,控除を「その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率により、これをする。」としており,不法行為による損害賠償請求権は事故の時に生じるから,事故日の法定利率が基準となる。
(2) 事故日による利率の違い
法務省の公表によれば,法定利率は令和2年3月31日までが年5%,令和2年4月1日から令和11年3月31日までが年3%であり,令和11年4月1日以降は未確定である。
平成29年法律第44号の附則17条2項は「新法第四百十七条の二(新法第七百二十二条第一項において準用する場合を含む。)の規定は、施行日前に生じた将来において取得すべき利益又は負担すべき費用についての損害賠償請求権については、適用しない。」と定めている。
したがって,施行日である令和2年4月1日より前の事故には同条が適用されず,改正前の民法の下での事案である佐倉支部判決及び名古屋地裁判決は,いずれも年5%のライプニッツ係数を用いている。
3 計算例
(1) 利率による係数の差
毎年同じ額を支出する場合のライプニッツ係数は,利率をr,年数をnとして,1から(1+r)のマイナスn乗を差し引いた数をrで割って求められ,本記事で計算した主な係数は次のとおりである。
| 期間 | 年3% | 年5% |
|---|---|---|
| 10年 | 8.5302 | 7.7217 |
| 20年 | 14.8775 | 12.4622 |
| 30年 | 19.6004 | 15.3725 |
| 40年 | 23.1148 | 17.1591 |
| 50年 | 25.7298 | 18.2559 |
例えば日額1万円の介護が40年間続くと仮定すると,年3%では1万円×365日×23.1148=8436万9020円,年5%では1万円×365日×17.1591=6263万0715円となり,同じ日額と期間でも2000万円余りの差が生じる。
(2) 期間を区切るときの係数
家族介護と職業介護のように期間の途中で日額が変わる場合は,後の期間の係数を,全期間の係数から前の期間の係数を差し引いて求める。
佐倉支部判決は,病院での家族介護4年間を6500円×365日×3.5459,自宅での家族介護2年間を1万円×365日×(5.0756-3.5459),その後の35年間を2万7000円×365日×(17.2943-5.0756)として計算し,将来の付添介護料を合計1億3441万1340円と認定した。
第4 余命短縮の主張
1 加害者側が余命短縮を主張する根拠
遷延性意識障害のように重い後遺障害が残った事案では,加害者側から,感染症や褥創が起こりやすく平均余命まで生存する見込みは低いとして,介護期間を平均余命より短く算定すべきであるという主張がされることがある。
佐倉支部判決の事案でも,被告は,被害者の余命は症状固定日から約10年間と推定するのが相当であると主張し,医師の意見書,自動車事故対策センターの寝たきり者のデータに基づく論文,及び外傷性植物症患者の生命予後に関する医療施設の資料を提出した。
2 千葉地方裁判所佐倉支部平成18年9月27日判決の判断
(1) 意見書と論文の限界
同判決は,意見書が余命短縮の根拠の一つとする感染症や褥創について,十分な介護によりその危険性を低減させることが可能であるから,十分な介護が実施された場合の余命にまで及ぶかは疑問であるとした。
寝たきり者1898例を基に生存余命を推定する論文については,寝たきり状態を脱却した者の脱却以後の生存期間が計算に入っていないとして,これを根拠に寝たきり者の生存余命が短いとすることには疑問があるとした。
被告側の別の医師の意見書についても,被害者を実際に診察しての意見ではなく,余命が療養場所によって変わる可能性や植物状態から脱却する可能性を認めている点を指摘した。
(2) 介護環境と生命予後
同判決は,医療施設の資料が,脳損傷により植物状態にある介護料受給者の平均死亡率15.2%に対し同施設での年間死亡率を1.2%としていることから,適切な環境設定により死亡率を低くすることができることがうかがえるとした。
その上で,感染症や褥創を防止する措置が採られて病状が安定しており,自宅介護に移行した後も同程度の環境が計画されていることから,「原告Aが平均余命まで生存することができないと認めることはできないというべきである」とし,平均余命を用いて将来介護費を算定した。
3 余命をめぐる立証の視点
佐倉支部判決の判断からは,統計的な生存率だけで個別の被害者の余命を短く認定することには慎重な姿勢がうかがえる一方,余命を左右するのは介護と医療の環境であるという視点も示されている。
本記事では,被害者側は現在の病状の安定と今後の介護体制の具体的な計画を,加害者側は当該被害者を診察した医師の所見など個別の具体的事情を,それぞれ立証の中心に置くべきであると整理する。
ただし,これは一つの地裁判決の判断であり,余命短縮の主張の当否は事案ごとの証拠によって決まる。
第5 被害者が別の原因で死亡した場合と定期金による賠償
1 死亡後の介護費は請求できない
(1) 最高裁判所第一小法廷平成11年12月20日判決
交通事故で寝たきりとなった被害者が,訴訟の控訴審係属中に胃がんで死亡した事案で,最高裁は,逸失利益については死亡の事実を就労可能期間の認定上考慮しないとしつつ,介護費用については別個の考慮を必要とするとした。
その理由として,同判決は「介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。」と述べた。
そして,「交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。」と判断した。
死亡後の逸失利益との違いは,前記第1の2で挙げた死亡事故の記事でも整理している。
(2) 口頭弁論終結後に死亡した場合
平成11年判決は事実審の口頭弁論終結前に被害者が死亡した事案についての判断である。
判決確定後に被害者が死亡した場合について,同判決の補足意見は,請求異議の訴えや不当利得返還の訴えによる解決の可能性に触れつつ,「もとより、この点は、本判決の解決するところではなく、別途検討されるべき問題である。」としている。
2 定期金による賠償
(1) 最高裁判所第一小法廷令和2年7月9日判決が判断したこと
同判決は,4歳で高次脳機能障害(後遺障害等級3級3号)が残った被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めた事案で,「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となるものと解される。」と判断した。
同判決は,定期金による賠償を命ずる場合も,特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金の終期とすることを要しないとしている。
同判決が判断の対象としたのは後遺障害による逸失利益であり,将来介護費について定期金による賠償の可否や終期を判断したものではない。
(2) 将来介護費を定期金とするときの視点
民事訴訟法117条1項は,定期金による賠償を命じた確定判決について,口頭弁論終結後に「後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合」に,判決の変更を求める訴えを提起できるとしている。
将来介護費は,平成11年判決が述べるとおり現実に支出すべき費用を補てんするものであるから,介護の必要がなくなれば以後の賠償を命ずる理由がなくなるという点で,逸失利益とは性質が異なる。
本記事では,将来介護費を定期金で求める場合には,余命の不確実性や介護費用の水準の変動を実態に合わせて反映できる利点がある一方,被害者の死亡により支払が終わることを前提に考えるべきであると整理する。
なお,令和2年判決は,被害者が定期金による賠償を求めている場合についての判断である。
第6 公的給付を差し引くかどうか
1 判断の枠組み
(1) 現実の履行又はこれと同視できる確実性
最高裁判所大法廷平成5年3月24日判決は,被害者又はその相続人が不法行為と同一の原因によって第三者に対する債権を取得した場合に損益相殺的な調整を図ることが許されるのは,「当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるものというべきである。」とした。
同判決は,遺族年金について,既に支給を受けることが確定したものは控除すべきであるが,いまだ支給を受けることが確定していないものまで控除することを要しないと判断している。
したがって,将来支給される見込みにとどまる公的給付は,原則として将来介護費から差し引かれない。
(2) 給付と同じ性質の損害とだけ調整する
最高裁判所第一小法廷平成22年9月13日判決は,労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付について,「てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。」とした。
最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決も,労災保険法に基づく遺族補償年金について,同性質であり相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で調整を行うべきであるとしている。
損益相殺の一般的な考え方と計算順序は損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序で整理している。
2 障害年金
(1) 代位と免責の規定
国民年金法22条1項は,障害の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合に政府が給付をしたときは,その給付の価額の限度で受給権者の損害賠償請求権を取得すると定め,同条2項は「前項の場合において、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で、給付を行う責を免かれる。」と定める。
厚生年金保険法40条も,1項で政府等による損害賠償請求権の取得を,2項で同一の事由について損害賠償を受けたときは「政府等は、その価額の限度で、保険給付をしないことができる。」ことを定めている。
(2) 将来介護費からは差し引かない
平成22年判決は,障害基礎年金及び障害厚生年金を含む年金給付について,労働能力を喪失し又は制限されることによる逸失利益をてん補するために支給されるものであるとして,後遺障害による逸失利益の元本との間で調整を行うべきであるとした。
障害年金は介護費用をてん補する給付ではないから,本記事では,障害年金の支給を理由に将来介護費を減額することはできないと整理する。
示談の提示書で障害年金が将来介護費の欄から差し引かれていないかは,確認すべき点である。
3 労災保険の介護(補償)等給付
(1) 代位と支給調整の規定
業務中又は通勤中の事故で障害(補償)年金又は傷病(補償)年金を受ける被害者が常時又は随時介護を受けているときは,労働者災害補償保険法12条の8第4項又は24条により,介護補償給付又は介護給付が支給される。
同法12条の4第1項は政府による損害賠償請求権の取得を定め,同条2項は「前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。」と定める。
労災保険の給付全体の内容は労災保険の給付内容で扱っている。
(2) 将来介護費との調整
介護(補償)等給付は常時又は随時介護を受ける場合に通常要する費用を考慮して額が定められる給付であるから(同法19条の2),平成22年判決の枠組みに従えば,支給を受け又は支給を受けることが確定した分は,将来介護費と同性質の損害として調整の対象になると考えられる。
他方,いまだ支給が確定していない将来分は,平成5年大法廷判決の基準に照らし,差し引く対象にならない。
介護(補償)等給付を受ける権利は,同法42条1項により,行使することができる時から2年で時効によって消滅するから,請求の遅れにも注意を要する。
4 介護保険
(1) 40歳から64歳までの交通外傷は原則として対象外
介護保険の被保険者は65歳以上の者と40歳以上65歳未満の医療保険加入者であり(介護保険法9条),40歳以上65歳未満の者が要介護者となるのは,要介護状態の原因である障害が「加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病であって政令で定めるもの」,すなわち特定疾病によって生じた場合に限られる(同法7条3項2号)。
介護保険法施行令2条が掲げる特定疾病は,がん,関節リウマチ,脳血管疾患など16の疾病であり,交通事故による外傷そのものは掲げられていないから,40歳から64歳までの被害者が事故による障害を理由に介護保険を使うことは原則として想定されていない。
40歳未満の被害者はそもそも介護保険の被保険者ではないから,若い重度後遺障害の被害者では,障害者総合支援法の障害福祉サービスが介護の中心になる。
(2) 65歳以上の被害者が介護保険を使った場合
介護保険法21条1項は,給付事由が第三者の行為によって生じた場合に市町村が保険給付を行ったときは,その給付の価額の限度で被保険者の損害賠償請求権を取得すると定め,同条2項は「前項に規定する場合において、保険給付を受けるべき者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、市町村は、その価額の限度において、保険給付を行う責めを免れる。」と定める。
給付の価額の限度で損害賠償請求権が市町村に移る以上,既に介護保険から給付を受けた分を被害者が重ねて請求することはできない。
将来の介護保険給付については,要介護認定の更新や制度改正があり得るから,平成5年大法廷判決の基準に照らし,将来介護費から当然に差し引くことにはならないと考えられる。
5 障害者総合支援法の障害福祉サービス
(1) 代位や賠償との調整の規定がないこと
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)7条は,自立支援給付と介護保険法等の他の法令による給付との調整を定めるにとどまり,同法には,第三者の行為による場合に市町村が損害賠償請求権を取得する規定や,損害賠償を受けたときに給付をしない旨の規定は置かれていない。
e-Gov法令検索で取得した同法の本文には「損害賠償」及び「第三者」という語が1か所もない。
このため,年金,労災保険及び介護保険とは異なり,障害福祉サービスについては法令上の代位や支給調整を手掛かりに損害額との関係を決めることができない。
(2) 公的扶助を理由とする減額を否定した裁判例
名古屋地裁判決は,将来の器具等の購入費用について公的扶助による負担軽減を考慮すべきであるという被告の主張に対し,「原告らに対する公的扶助を被告の賠償すべき損害から控除すべき根拠が明らかでないこと,将来も公的扶助が確定的に受けられるか否か明らかでないことからすれば,原告らの将来の器具等の購入費用を算出するに当たり現行の公的扶助制度の存在を考慮するのは相当ではない。」とした。
この判断は器具等の購入費用についてのものであるが,控除の根拠が明らかでないことと将来の給付の不確実性という理由は,将来の障害福祉サービスと将来介護費の関係にも同じように当てはまると考えられる。
既に障害福祉サービスを利用した過去の期間について,公費で負担された部分を損害額からどう扱うかを正面から判断した最高裁判例は,本記事の調査の範囲では確認できなかった。
障害福祉サービスの内容と支給量の決定については高次脳機能障害者を支援するための諸制度で扱っている。
6 NASVAの介護料
(1) 受給資格と月額
独立行政法人自動車事故対策機構法13条4号は,自動車事故により介護を必要とする後遺障害をもたらす傷害を受けた者で国土交通省令で定める基準に適合するものに介護料を支給することをNASVAの業務としている。
独立行政法人自動車事故対策機構に関する省令31条1項は,その基準を自動車損害賠償保障法施行令別表第一の第1級又は第2級に該当する後遺障害をもたらす傷害を受けた者等とし,NASVAの設置する療護施設等に収容されている者と,労災保険の介護補償給付又は介護給付その他の介護料に相当する給付を受けている者を除いている。
同条2項は,受給資格者,その配偶者又は生計を維持する扶養義務者の所得が「千万円を超えると認められる年にあっては、その年の九月から翌年の八月までは、支給しない。」と定める。
NASVAの案内によれば,月額は最重度の特Ⅰ種が99,810円~226,330円,常時要介護のⅠ種が85,390円~177,950円,随時要介護のⅡ種が42,700円~88,980円であり,介護保険法の規定による介護給付を受けたときも支給対象とならないとされている。
(2) 家族だけで介護している場合と損害賠償との関係
NASVAの案内は,介護料の支給対象となるサービスについて「ただし、親族によるサービス提供は介護料の支給対象とはなりません。」とする一方,「なお、介護に要した費用として自己負担した額が下限額に満たない場合には、下限額を支給します。」としている。
この二つの記載からは,家族だけで介護していて外部のサービスに自己負担がない月は,受給資格の種別に応じた下限額の支給にとどまると読める。
独立行政法人自動車事故対策機構法及び同省令には,介護料を支給したことにより被害者の損害賠償請求権を取得する規定や,損害賠償を受けたときに支給をしない旨の規定は見当たらない。
将来の介護料は所得による支給停止や施設への入所等で支給されなくなることがあるから,平成5年大法廷判決の基準に照らし,将来分を将来介護費から差し引く根拠は乏しいと考えられる。
7 給付ごとの整理
本記事で確認した法令と裁判例に基づく整理は,次のとおりである。
| 給付 | 根拠条文 | 代位・支給調整の規定 | 将来介護費との関係 |
|---|---|---|---|
| 障害基礎年金・障害厚生年金 | 国民年金法22条,厚生年金保険法40条 | あり | 逸失利益の元本と調整し,将来介護費からは差し引かない |
| 労災保険の介護(補償)等給付 | 労働者災害補償保険法12条の4,12条の8第4項,24条 | あり | 支給済み又は支給確定分は介護費との調整の対象になり得る |
| 介護保険の給付 | 介護保険法7条3項,21条 | あり | 給付済みの分は請求権が市町村に移る,40歳から64歳の交通外傷は原則対象外 |
| 障害福祉サービス | 障害者総合支援法7条 | なし | 将来分を差し引く法令上の根拠は見当たらない |
| NASVAの介護料 | 独立行政法人自動車事故対策機構法13条4号,同省令31条 | なし | 将来分を差し引く法令上の根拠は見当たらない |
第7 示談書で将来介護費を扱うときの注意
1 費目と算定の前提を特定する
(1) 日額,期間及び利率を別紙に残す
将来介護費は日額,介護の担い手の切替時期,平均余命の年数及び中間利息の利率の組合せで金額が大きく変わるから,示談書では総額だけでなく,これらの前提を損害計算書として別紙に残すことが考えられる。
労災保険や障害年金の支給調整は同一の事由について損害賠償を受けたかどうかで判断されるため,費目の内訳が不明な示談は被害者に不利に働くことがあり,この点は前記第1の2で挙げた示談の記事で詳しく扱っている。
(2) 公的給付を差し引いた場合はその旨を明記する
保険会社の示談案で公的給付が差し引かれている場合は,どの給付を,支給済み分と将来分のいずれとして,どの費目から差し引いたのかを特定させる必要がある。
将来分の障害福祉サービスやNASVAの介護料を将来介護費から差し引く提示は,前記第6の5及び6のとおり法令上の根拠を欠く可能性が高い。
示談案全体の読み方は保険会社から届いた交通事故の示談案の見方で扱っている。
2 賠償を先に受けることによる給付への影響
(1) 労災保険と介護保険
被害者が同一の事由について損害賠償を受けると,その価額の限度で,政府は労災保険の給付をしないことができ(労働者災害補償保険法12条の4第2項),市町村は介護保険の給付を行う責めを免れる(介護保険法21条2項)。
将来介護費を含めて一時金の示談をすると,示談額に含まれる介護費の限度で将来の介護(補償)等給付や介護保険の給付に影響が生じ得るから,示談の前に給付の見込額と比較しておくことが考えられる。
(2) NASVAの介護料と障害福祉サービス
NASVAの介護料と障害福祉サービスには,損害賠償を受けたことを理由に支給しない旨の法令上の規定は見当たらない。
ただし,NASVAの介護料は労災保険の介護補償給付等や介護保険の介護給付を受けると支給されないから,どの制度で介護費用を賄うかという組合せは示談の前に整理しておく必要がある。
3 被害者本人に意思能力がない場合
遷延性意識障害や重い高次脳機能障害のため被害者本人に意思能力がない場合,民法3条の2は「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。」と定めており,成年の被害者について,家族であることだけから本人を代理する権限が法律上与えられているわけでもない。
民法859条1項は「後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。」と定めており,佐倉支部判決の事案でも母が成年後見人に選任されていたように,成年後見人の選任を受けてから示談や訴訟を進めることになる。
4 期間制限
(1) 損害賠償請求権の消滅時効
不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年で時効によって消滅するが(民法724条1号),人の生命又は身体を害する不法行為については5年とされている(同法724条の2)。
令和2年4月1日の改正法施行の際に既に3年の時効が完成していた場合には,同条は適用されない(平成29年法律第44号附則35条2項)。
最高裁判所第二小法廷平成16年12月24日判決は,後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,後遺障害等級の認定が後の異議申立てで変わった事情があっても,遅くとも症状固定の診断を受けた時から進行するとしている。
(2) 公的給付の請求期限
労災保険の介護(補償)等給付を受ける権利は,前記第6の3のとおり2年で時効によって消滅する。
NASVAの案内によれば介護料の支給を受けるには受給資格の認定申請が必要であり,示談交渉の長期化を理由に公的給付の申請を後回しにしないことが実務上の注意点となる。
第8 出典
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)3条の2・404条・417条の2・722条・724条・724条の2・859条,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則17条2項・35条2項(e-Gov法令検索)
②国民年金法(昭和34年法律第141号)22条(e-Gov法令検索)
③厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)40条(e-Gov法令検索)
④労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)12条の4・12条の8・19条の2・24条・42条(e-Gov法令検索)
⑤介護保険法(平成9年法律第123号)7条・9条・21条(e-Gov法令検索)
⑥介護保険法施行令(平成10年政令第412号)2条(e-Gov法令検索)
⑦障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)7条(e-Gov法令検索)
⑧独立行政法人自動車事故対策機構法(平成14年法律第183号)13条(e-Gov法令検索)
⑨独立行政法人自動車事故対策機構に関する省令(平成15年国土交通省令第106号)31条(e-Gov法令検索)
⑩民事訴訟法(平成8年法律第109号)117条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所大法廷平成5年3月24日判決(昭和63年(オ)第1749号,民集47巻4号3039頁)
②最高裁判所第一小法廷平成11年12月20日判決(平成10年(オ)第583号,民集53巻9号2038頁)
③最高裁判所第二小法廷平成16年12月24日判決(平成14年(受)第1355号,集民215号1109頁)
④最高裁判所第一小法廷平成22年9月13日判決(平成20年(受)第494号,民集64巻6号1626頁)
⑤最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決(平成24年(受)第1478号,民集69巻2号178頁)
⑥最高裁判所第一小法廷令和2年7月9日判決(平成30年(受)第1856号,民集74巻4号1204頁)
⑦名古屋地方裁判所平成14年1月28日判決(平成12年(ワ)第2335号)
⑧千葉地方裁判所佐倉支部平成18年9月27日判決(平成16年(ワ)第31号)
3 公的機関の資料
①令和8年4月1日以降の法定利率について(法務省,令和7年3月31日)
②令和7(2025)年簡易生命表の概況(厚生労働省)表1
③介護料のご案内 受取り対象となる方(独立行政法人自動車事故対策機構)
④介護料のご案内 受取り金額(独立行政法人自動車事故対策機構)
⑤介護料のご案内 申請手続き(独立行政法人自動車事故対策機構)