第1 はじめに――本記事の対象と全体像
1 本記事が対象とする算定基準
本記事は,交通事故の損害賠償実務において大阪地方裁判所の交通部が用いる算定の指針,すなわち大阪地裁民事交通訴訟研究会編『大阪地裁における交通損害賠償の算定基準〈第4版〉』(判例タイムズ社,2022年)を対象として,医療の現場に立つ専門職の視点から,その内容に対する感想と意見を述べるものである。
同基準は,第1編に算定基準(積極損害・消極損害・慰謝料等)を,第2編に基準の解説と裁判例を,第3編に賃金構造基本統計調査・各種係数表・平均余命表等の資料を収める。損害賠償という,本来は金銭に換算しがたいものを扱う司法の場において,このように明確な基準が存在することは,迅速かつ公平な紛争解決に不可欠である。
2 医療専門職の視点から論じる意義
交通事故の被害者は,受傷から治療,症状固定,後遺障害の残存,そして生活の再建に至るまで,数多くの医療専門職と関わる。医師,看護師,薬剤師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,柔道整復師,診療放射線技師,臨床検査技師,医療ソーシャルワーカー,義肢装具士――それぞれが被害者の回復と社会復帰に固有の役割を担っている。
これらの専門職が,日々の臨床で得た知見と客観的データを司法の場に提供することは,算定基準を個々の事案の実態に即して適用するための重要な一助となる。本記事は,各専門職の立場から,算定基準の合理性を評価しつつ,臨床の実態と法的判断の接点で留意すべき点を整理するものである。
3 全体を貫く前提――「症状固定」という概念
(1) 症状固定の医学的意味
各専門職の議論に共通する最も重要な概念が「症状固定」である。これは,医学的にこれ以上の改善が見込めず,症状が一進一退の安定した状態に至ったことを指し,損害賠償額算定の起点となる極めて重要なメルクマールである。この概念により賠償の範囲が確定し,訴訟の長期化を防ぐ効果があることは論を俟たない。もっとも,医学的に「治癒」していなくても算定上は症状固定として扱われるため,法的概念と臨床実態との間には,しばしば乖離が生じる。なお,「症状固定」は医学用語でも法令用語でもなく,労災補償の障害等級認定基準が,傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても,その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で,かつ,残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときを,負傷が治ったときとしていることに由来する実務上の用語である(小松初男・小林覚・西本邦男編『後遺障害入門 認定から訴訟まで』(青林書院,平成30年)5頁)。
(2) 症状固定後の治療費の原則と例外
交通事故による損害の賠償は,民法709条の不法行為責任に基づき,事故と相当因果関係のある損害に限られる。症状固定後の治療は,一般に「症状の維持・悪化防止」を目的とするものと評価され,事故と相当因果関係のある「治療」とは見なされないため,その費用は原則として賠償の対象外となる。
もっとも算定基準は,「症状の内容・程度に照らし,必要かつ相当なものは認める」との留保を置いている。将来にわたり症状の悪化を防ぐために不可欠な処置など,その必要性・相当性が立証された場合には,症状固定後の費用も損害として認められる余地がある。この留保の柔軟な運用こそ,以下で各専門職が繰り返し論じる論点である。
(3) 損害項目の全体像
交通事故の損害は,治療費や付添費等の積極損害,休業損害や逸失利益等の消極損害,そして精神的損害である慰謝料に大別される。後遺障害が残った場合には,これらに加えて,将来の治療・介護費用,装具・器具購入費,家屋改造費,後遺障害逸失利益,後遺障害慰謝料等が問題となる。なお,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は,民法724条の2により,損害及び加害者を知った時から5年間である。
第2 医師の立場から
交通事故医療の最前線に立つ医師として,本基準は多くの事案に対応するための客観的かつ合理的な指針であると理解している。その上で,臨床現場の視点からいくつかの感想を述べたい。
1 「症状固定」の概念と臨床的実態
(1) 症状固定の意義
本基準全体を貫く重要な概念が症状固定である。これは医学的にこれ以上の治療効果が期待できなくなった状態を指し,賠償額算定の起点となる。この概念により賠償の範囲を確定し,訴訟の長期化を防ぐ効果があることは疑いない。
(2) 慢性疼痛・高次脳機能障害と維持的医療
しかし臨床現場における症状固定の判断は,時に非常に難しい。慢性的な疼痛や高次脳機能障害などは,急性期の劇的な改善は見込めなくとも,継続的なリハビリテーションや薬物療法によって,症状の悪化を防ぎ,生活の質(QOL)を維持・向上させることが可能である。医師の立場からは,これ以上の「治癒」は望めなくとも,QOL維持のための医療的介入は必要であると判断する場面が少なくない。
「症状の内容・程度に照らし,必要かつ相当なものは認める」との留保が置かれていることは,こうした臨床的実態への配慮の表れであり,大変意義深い。個々の事案において,症状固定後も生活の質を維持するために不可欠な医療が被害者の負担とならないよう,この規定が柔軟に適用されることを願う。
(3) 症状固定を裏付ける組織学的事実
症状固定という概念の医学的合理性は,組織の修復能力の限界からも説明できる。関節軟骨は血管・神経・リンパ管を持たず,軟骨下骨に達しない部分損傷は自然には修復されない。全層に達する損傷も,骨髄由来の組織による線維軟骨で修復されるにとどまり,本来の硝子軟骨には戻らない。骨折治癒についても,一定期間で癒合しない遷延癒合や骨癒合不全(偽関節)が生じ得る。
つまり,一定の段階で改善が頭打ちとなること自体が医学的に予定されている一方で,その状態を維持するための医療が必要となる場面は現に存在する。症状固定を機械的に賠償の打切りと結び付けるのではなく,個別の医学的必要性に即した判断が望まれる所以である。
2 治療の「必要性・相当性」の判断
(1) 治療関係費の原則
治療関係費については,「必要かつ相当な実費を認める」とされる。この基準は妥当であるが,その判断は個々の事例で難しい問題を含む。特に入院中の特別室使用料,整骨院・接骨院での施術費,鍼灸,温泉治療費などについては,医師の指示の有無が参考にされる。
(2) 特別室使用料
特別室使用料については,「症状が重篤であった場合」や「大部屋に空室がなかった場合」といった基準が示されている。これらの基準は明確であるが,例えば術後のせん妄リスクが高い高齢者や,精神的な安静が特に必要と判断される患者など,個別の事情に応じた柔軟な判断が求められる場面もある。せん妄は,高齢,認知機能の低下,手術侵襲などを危険因子として生じることが知られている。
(3) 補完代替医療
臨床医として,患者の苦痛を和らげ円滑な社会復帰を促すために,西洋医学的治療のみならず補完代替医療が有効な場合も経験する。もっとも,これらの有効性を客観的データで示すことは現時点では困難な場合も多く,「医師の指示」という形式が重視される傾向にあるのは理解できる。形式的な要件だけでなく,個々の患者の具体的な状況や治療効果の実態が,より一層重視されることを期待する。
3 将来の介護費と後遺障害の評価
(1) 将来介護費の区分
重篤な後遺障害を残した被害者にとって,将来の介護費は生命線ともいえる重要な項目である。「常時介護」と「随時介護」という区分を設け,それぞれに基準額が示されていることは,算定の明確化に寄与する。特に,高次脳機能障害などによる「看視的付添」に言及されている点は,近年の医療・福祉の実態を反映したものであり,重要である。
(2) 労働能力喪失率――等級表準拠を原則とする視点
後遺障害の評価においては,自賠責保険や労災保険の等級が参考にされる。同じ後遺障害であっても,例えば手指の機能障害がピアニストと事務職に与える職業上の影響は大きく異なるため,被害者の年齢・職業・生活状況などを総合的に考慮することには合理性がある。
もっとも,実務上,労働能力喪失率は後遺障害等級に応じた労働能力喪失率表を出発点とし,これに大幅な修正を加えることはむしろ例外である。職業の特殊性を理由に喪失率を高める主張は,それを基礎づける具体的な立証があって初めて説得力を持つ。医師としては,後遺障害診断書の作成において,こうした個別事情が正確に伝わるよう,より詳細かつ丁寧な記述を心がけなければならない。
(3) 後遺障害診断書の役割
後遺障害診断書は,症状固定時に残存した後遺障害の内容・程度を医師が専門的見地から記載するものであり,等級認定の最も重要な資料となる。診療録・画像所見・神経学的所見と整合した,具体的で丁寧な記載が求められる。
第3 看護師の立場から
看護師は,保健師助産師看護師法5条により,傷病者等に対する療養上の世話又は診療の補助を業とする専門職である。患者の最も身近な存在として,24時間体制で療養生活を支えている。
1 付添看護費における「完全看護」の実態
入院付添費は,病院が完全看護の体制を採っていることだけで当然に否定されるものではない。他方,家族が入院中に滞在したことだけで当然に認められるものでもない。傷害の部位・程度,被害者の年齢,意識障害,行動障害,意思疎通の困難等から,病院の看護に加えて近親者の付添いが必要であり,かつ,実際に相当な付添いが行われたことを区別して検討する必要がある。
医師の明示的な指示は必要性を裏付ける重要な証拠であるが,指示がなければ必ず否定されるわけではない。反対に,診断書の抽象的な記載だけで全入院期間・終日・複数人の付添いが認められるわけでもない。主治医及び看護師への照会,看護記録,病院の付添許可又は依頼,家族の付添日誌,交通系IC履歴,駐車券,休暇簿等を,期間及び具体的行為ごとに照合すべきである。
見舞い,医師からの説明聴取又は診療計画書への署名は重要であるものの,それだけでは損害賠償上の付添看護と評価されないことがある。付添費の請求では,食事・排泄・移動の介助,見守り,意思伝達,夜間対応その他の労務を具体化し,病院側の看護との役割分担を示す必要がある。詳しくは,交通事故の入院付添費―完全看護・医師の指示・近親者の実際の付添いと立証方法で整理している。
2 入院雑費と将来介護費の基準額
(1) 入院雑費
入院雑費が1日当たり一定額(実務上は1,500円が広く用いられる)として基準化されている点は,煩雑な立証を省略し,迅速な賠償を実現する上で合理的である。寝具・衣類・通信費・新聞代など細かな出費を一定額で認める考え方は実態に即している。
(2) 将来介護費(常時・随時・看視)
将来の介護費について,近親者による常時介護の場合に1日当たり一定額(実務上は8,000円が一つの目安)が示されている。在宅での常時介護は,食事・排泄の介助,体位交換,入浴介助,服薬管理,そして精神的サポートなど多岐にわたり,介護者の負担は極めて大きい。この基準額は,介護を担う家族の労苦に報いる正当な評価の一つの形である。
もっともこの額は標準的な目安であり,症状の重篤度や介護内容に応じて増減され得るものであって,上限でも下限でもない。「随時介護」や「看視的付添」についても,必要性の程度・内容に応じて相当額を認めるとされている点は,多様な介護ニーズに柔軟に対応しようとする姿勢の表れとして高く評価できる。裁判例に現れた将来介護費の日額と余命短縮の主張については,交通事故の将来介護費と公的給付で扱っている。
3 看護記録による立証
看護師は,患者の日々の状態,必要なケアの内容と量,精神的な状況,家族の介護力を最も具体的に把握している職種の一つである。将来必要な介護の具体的内容(体位交換の頻度,食事介助に要する時間,排泄ケアの頻度と内容など)について,看護記録や意見書を通じて詳細な情報を提供することで,裁判所が個々の事案に応じた適切な判断を下すための一助となり得る。
第4 薬剤師の立場から
薬剤師は,薬剤師法1条により,調剤・医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることを任務とする。交通事故医療において医薬品が「治療関係費」の中でどのように位置づけられるかは,薬学的に重要な論点である。
1 症状固定後の薬物療法と「必要性」
(1) 神経障害性疼痛の機序
交通事故外傷後,神経の損傷によって引き起こされる神経障害性疼痛は,治療が長期化することが少なくない。この痛みは,通常の炎症性疼痛とは発生機序が異なり,NMDA受容体を介した中枢性感作が慢性化の鍵となるため,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は原則として無効である。
(2) 支持療法としての位置づけ
このような場合の薬物療法は,「治癒」を目指すものではなく,症状を管理し生活の質を維持するための「支持療法」と位置づけられる。法的に症状固定と判断された後でも,これらの薬剤を中断すれば耐え難い痛みが再燃し,就労や日常生活に大きな支障をきたすことは明らかである。この支持療法が「必要かつ相当な治療」として認められるかは,被害者のその後の人生に直結する。
(3) 使用薬剤と適応
神経障害性疼痛の薬物療法では,抗痙攣薬であるプレガバリン(神経障害性疼痛・線維筋痛症に適応を有する)や,抗うつ薬であるデュロキセチンなどが用いられる。もっとも,デュロキセチンの本邦における疼痛関連の承認適応は,糖尿病性神経障害・線維筋痛症・慢性腰痛症・変形性関節症に伴う疼痛に限られており,神経障害性疼痛一般が承認適応とされているわけではない点には留意を要する。薬剤師は,薬理作用・有効性・代替薬の有無といった専門的知見から,なぜその薬剤が必要なのかを具体的に説明し,司法判断の一助となる情報を提供できる。
2 医薬品選択の「相当性」
交通事故医療では,鎮痛薬・筋弛緩薬・湿布薬・精神安定薬・睡眠薬など多岐にわたる医薬品が使用される。同じ効果でも先発医薬品と後発医薬品(ジェネリック医薬品)では薬価が大きく異なり,患者の体質や合併症によっては副作用回避のためにあえて特定の薬剤を選択せざるを得ない場合もある。副作用の少ない薬剤の選択が結果的に早期の就労復帰につながり休業損害を減少させることもあり,薬剤師は有効性・安全性・経済性を総合的に勘案して最適な薬剤選択を支援している。こうした薬学的管理の観点が「相当性」の判断において考慮されることが望ましい。
3 柔道整復師等の施術と医薬品
臨床現場では,医師の処方する医薬品と柔道整復師などによる施術を併用する患者も多い。薬剤師としても,患者が受けている医薬品以外の治療を把握し,相互作用や重複がないかを確認することは,安全かつ効果的な治療の提供に重要である。司法の場においても,医薬品とその他の治療法が全体としてどのように症状改善に寄与しているかという包括的な視点からの評価が期待される。
第5 理学療法士の立場から
理学療法士及び作業療法士法2条1項は,理学療法を「身体に障害のある者に対し,主としてその基本的動作能力の回復を図るため,治療体操その他の運動を行なわせ,及び電気刺激,マツサージ,温熱その他の物理的手段を加えること」と定義する。理学療法士は,同条3項により,医師の指示の下にこれを業とする者である。
1 症状固定とリハビリテーションの継続性
(1) 理学療法の定義
上記の定義が「基本的動作能力の回復」を掲げていることからすれば,理学療法は本来,機能の改善を目的とする。しかし,重度の麻痺や関節拘縮が残った患者にとっては,症状固定はゴールではなく,生活を維持するための新たな出発点となる。
(2) 治療的リハと維持期リハ
例えば,脳卒中後の片麻痺の患者が集中的なリハビリを経て杖歩行が自立したとしても,その後リハビリを完全に中止すれば,筋力は低下し関節は硬くなり,再び歩けなくなる可能性がある。改善を目指す「治療的リハビリ」から,現在の能力を維持し廃用症候群を防ぐ「維持期リハビリ」へと移行する必要がある。本基準が症状固定後の費用について「必要かつ相当なもの」を認める余地を残していることは,維持期リハビリの重要性への理解の表れと受け止めている。
2 労働能力喪失率と身体機能評価
(1) むち打ちの喪失率と喪失期間
後遺障害による逸失利益の算定に用いられる労働能力喪失率表は,多くの事案を公平に扱う有用な指標である。いわゆるむち打ち症で第14級が認定された場合,労働能力喪失率は5%とされる。もっとも実務上,むち打ち症などの局部の神経症状については,喪失率そのものは概ね喪失率表に従って認定される一方,労働能力の喪失が続く「期間」の方で調整が図られる傾向にある。すなわち,他覚的所見のある第12級では10年程度,他覚的所見のない第14級では5年程度の労働能力喪失期間を認めた例が多い。職業の特殊性による支障を主張する場合も,この率と期間の枠組みを踏まえた立証が求められる。
(2) 客観的評価の手法
理学療法士は,関節可動域(ROM)測定,徒手筋力テスト(MMT),歩行分析,バランス能力評価など,標準化された客観的手法により身体機能を詳細に評価する。関節可動域は,日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会が定める測定法により,中間位を基準(neutral zero法)として他動運動で5度刻みに測定するのが原則である。筋力は0から5の6段階で判定される。また,脊髄神経の支配領域(デルマトーム)や深部腱反射(第5頚神経根の上腕二頭筋腱反射,第4腰神経根の膝蓋腱反射,第1仙骨神経根のアキレス腱反射など)を用いて障害高位を推定する。こうした客観的評価を裁判所に提供することで,個別具体的な労働能力喪失の程度を判断するための一助となり得る。
標準化された測定法であっても,被検者の努力や疼痛の影響を受けないとは限らない。
握力,徒手筋力検査及び可動域は,測定日,左右,対象筋,自動・他動の別,姿勢,疼痛及び反復測定の結果を併記し,反射・画像等との整合性を確認する必要がある。
検査値の低下と,事故による神経損傷の確定は別の判断である。
詳しくは,入通院慰謝料に影響する他覚所見参照。
3 家屋改造費・装具費と生活環境整備
車椅子での生活を余儀なくされた被害者に対して家屋改造費や装具・器具購入費が認められることは,生活の質の確保に極めて重要である。理学療法士は,残存機能を最大限に活かすという視点から,手すりの設置位置や段差の解消方法といった住宅改修,車椅子の種類や補装具の仕様といった福祉用具について,最適な選択を評価・提案する。こうした専門的評価に基づく計画は,「必要かつ相当な範囲」を判断する上で説得力のある資料となる。なお,家屋改造費は,改造が家族の生活の便益にもなる場合には一定の減額がされることがあり,千葉地裁佐倉支部平成18年9月27日判決(判例時報1967号108頁)は,家族が便益を受けることは否定できないとして,家屋改造費を被害者の主張額の9割の限度で認めた(小松初男・小林覚・西本邦男編『後遺障害入門 認定から訴訟まで』(青林書院,平成30年)86頁)。改造の内容が被害者の介護にどう必要かを,家族の利用と区別して説明することが重要である。判断要素,裁判例,公的給付及び立証資料は,交通事故の家屋改造費・住宅改修費で整理している。
第6 作業療法士の立場から
理学療法士及び作業療法士法2条2項は,作業療法を「身体又は精神に障害のある者に対し,主としてその応用的動作能力又は社会的適応能力の回復を図るため,手芸,工作その他の作業を行なわせること」と定義する。作業療法士は,生活の中で行うあらゆる活動(作業)に焦点を当て,その人らしい生活の再建を支援する。
1 家事従事者の労働価値の評価
家事従事者の休業損害や逸失利益が,賃金構造基本統計調査(賃金センサス)を用いて金銭的に評価される点は,作業療法士として画期的である。実務では,女性労働者・学歴計・全年齢平均の賃金額などを基礎として家事労働の価値が評価される。家事は,炊事・洗濯・掃除・育児・介護といった複数の要素から成る高度で複合的な活動である。作業療法士は,具体的な家事動作の分析を通じて,事故によってどの程度の家事労働能力が失われたのか,それを補うためにどのような支援(家事代行サービス,福祉用具など)が必要かを具体的に示すことで,損害額の算定に貢献できる。
2 高次脳機能障害と生活への影響
将来の介護費で「看視的付添」が認められているように,高次脳機能障害は,麻痺などの身体障害とは異なり外見からは分かりにくい困難を伴う。記憶障害・注意障害・感情のコントロールの困難などは,家族の精神的負担を増大させ,社会生活からの孤立を招きかねない。作業療法士は,スケジュール帳やアラームを活用した記憶の代償手段の指導,一度に一つの作業に集中できる環境の調整,感情への対処法の検討など,具体的な生活場面に即した支援を行う。本基準が「看視」や生活上の助言の必要性を認めていることは,高次脳機能障害の実態への深い理解の表れである。
3 装具・器具・家屋改造の選定
装具や福祉用具の選定,家屋改造は,作業療法士にとっても重要な専門領域である。作業療法士は,身体機能だけでなく,被害者の価値観・生活スタイル・趣味・将来の希望を考慮し,その人にとって真に意味のある道具や環境を提案する。車椅子の選択においても,本人の「したい作業」を実現する視点が不可欠であり,家屋改造でも身長・動線・力の入れやすい角度を計算して最適な位置を決定する。こうした専門的アセスメントは,「必要かつ相当な」損害の範囲を具体化する上で有用な情報となる。
第7 言語聴覚士の立場から
言語聴覚士法2条は,言語聴覚士を「音声機能,言語機能又は聴覚に障害のある者についてその機能の維持向上を図るため,言語訓練その他の訓練,これに必要な検査及び助言,指導その他の援助を行うことを業とする者」と定義する。交通事故,特に頭部外傷では,これらの機能が深刻な影響を受けることが少なくない。
1 言語機能障害(失語症)の深刻さ
後遺障害等級表において「咀嚼及び言語の機能を廃したもの」が重度の等級として評価されていることは,これらの機能が人間らしい生活の根幹をなすことを示している。頭部外傷によって脳の言語中枢が損傷されると,失語症が生じることがある。これは,単に発音が困難になる構音障害とは異なり,言いたい言葉が思い出せない,相手の言うことが理解できない,文字が読めない・書けないといった,言語システムそのものの障害である。
家族との会話,電話,買い物,友人との交流といった当たり前のコミュニケーションが,ある日突然困難になる。その社会的孤立感と喪失感は計り知れない。言語聴覚士は,残された能力を最大限に引き出す訓練や,コミュニケーションノート・描画といった代替手段の活用を通じて社会との再接続を支援するが,回復には長い時間を要し,多くの場合,何らかの障害が生涯残存する。失語症による逸失利益や慰謝料の算定に当たっては,「話せない」という現象だけでなく,それによって失われた社会的役割や人生の喜びといった損害の大きさが十分に考慮されるべきである。
2 摂食嚥下障害がもたらす影響
頭部外傷や頸部の損傷は,摂食嚥下障害を引き起こすことがある。これは食べ物が気管に入る誤嚥を招き,誤嚥性肺炎の原因となるため,生命に直結する深刻な問題である。安全に食事ができなくなると,経管栄養や胃ろうといった手段が必要となり,「口から食べる」という基本的な喜びが失われ,生活の質は著しく低下する。家族にとっても,経管栄養の管理や痰の吸引といった介護負担が重くのしかかる。
言語聴覚士は,安全に食べられる食物の形態を評価し,嚥下機能を改善する訓練(嚥下リハビリテーション)を行う。摂食嚥下障害が後遺障害として残った場合の慰謝料の算定においては,栄養摂取の方法が変わったというだけでなく,食事という文化的・社会的な楽しみを喪失したことによる精神的苦痛や介護負担の増大が,十分に評価されることを願う。
第8 柔道整復師の立場から
柔道整復師は,主に整骨院・接骨院で,むち打ち症(頚椎捻挫)をはじめとする筋骨格系の傷害の施術に携わる。なお柔道整復師法17条は,柔道整復師が脱臼又は骨折の患部に施術するには,応急手当の場合を除き,医師の同意を得なければならないと定めている。本基準において施術費が「治療関係費」として認められる可能性が明記されていることは,地域医療の一翼を担う専門職として心強い。
1 施術費の「必要性・相当性」
(1) 施術費が認められる枠組み
裁判実務上,整骨院・接骨院の施術費が損害として認められるかは,おおむね次の要素で判断される。まず【必要性】として,①施術の必要性(施術を行うことが必要な身体状況にあったこと),②施術の有効性(施術の効果として具体的な症状の緩和が見られること)が問われる。次に【相当性】として,③施術内容の合理性(受傷内容・症状に照らし過剰・濃厚でなく,症状と一致した部位に適正な内容として行われていること),④施術期間の相当性,⑤施術費の相当性(報酬金額が社会一般の水準と比較して妥当であること)が検討される。
(2) 医師の指示の位置づけ
本基準では,施術費が認められる要件として「医師の指示の有無などを参考にしつつ,症状により有効かつ相当な場合は,相当額を認めることがある」とされる。もっとも,医師の指示は,必要条件でも十分条件でもない。医師が整骨院での施術を指示している場合には,上記①必要性・②有効性を強くうかがわせる事情になるが,指示があっても当然に全額が認められるわけではなく,③合理性・④期間相当性・⑤費用相当性が別途検討される。逆に,医師の指示がなくても,①必要性・②有効性が具体的に主張・立証されれば認められ得る。
臨床の実態として,交通事故直後にまず整形外科を受診し,診断を受けた後,通院しやすさから整骨院・接骨院での施術を選択する被害者は多い。医師と連携を取り,定期的に状態を報告し,必要に応じて再診を促すなど,適切な医療連携を心がけることが重要である。手技療法・物理療法・運動療法を組み合わせた施術は,特に急性期の疼痛緩和や関節可動域の改善において効果を発揮する。医師の診断を前提に,症状改善への実際の寄与という有効性が正当に評価される運用を期待する。
(3) 施術料の相当性
施術料の相当性については,社会保険の診療報酬算定基準額の2倍から2.5倍程度を超える部分は認められない傾向にある。この枠組みは,施術者側にとっても,過剰・濃厚な施術や不相当な期間の施術を避け,症状に即した適正な施術を行うことの重要性を示している。
2 むち打ち症の慰謝料と施術の実態
本基準では,むち打ち症で他覚所見のない場合などの軽度の神経症状の入通院慰謝料は,通常の3分の2程度とされる。これは,客観的な証明が難しい症状に対する司法判断の難しさを反映したものと推察される。現場では,画像上の異常が見つからなくても,首の痛み・頭痛・めまい・吐き気・手足のしびれなど多様な症状に苦しむ被害者が数多くいる。柔道整復師は,徒手検査によって筋緊張や関節の動きの異常をとらえ,被害者の訴えに真摯に耳を傾けて苦痛を和らげるよう努めている。他覚的所見の有無のみで慰謝料に大きな差を設けるのではなく,症状の強さや持続期間,日常生活上の具体的な支障の程度といった被害者個々の実態が丁寧に評価されることを願う。
3分の2の目安は,「骨折がない全ての傷害」への一律減額ではなく,軽度の神経症状という類型についての説明である。
他覚所見がある場合も一つの検査名だけで適用基準は決まらず,所見の内容,事故との因果関係及び傷害の程度を確認する。
自転車利用を理由に症状が軽いと推論する場合は,姿勢で症状が変わる腰部脊柱管狭窄症等にも留意する必要がある(自転車通院と生活動作の評価)。
第9 診療放射線技師の立場から
診療放射線技師法2条2項は,診療放射線技師を,医師又は歯科医師の指示の下に放射線の人体に対する照射をすることを業とする者と定める。同条1項は「放射線」にガンマ線・エックス線等を含める。損害賠償の認定において,画像という客観的証拠は重要な役割を果たす。
1 「他覚所見のないむち打ち症」と画像診断の限界
単純エックス線は骨折や配列の評価に役立つが,軟部組織や脊髄・神経の評価には限界がある。骨折等が確認されなかったことだけで,痛み又は傷害を否定することはできない。他方,画像が陰性であることから,特定の筋線維や靱帯の微細損傷が存在するとまで断定することもできない。検査方法,撮像時期,撮像範囲及び診察所見を対応させる必要がある。
MRIは軟部組織や脊髄等の評価に役立つが,痛みや機能障害の全てを画像化するものではない。「非骨傷性脊髄損傷」は骨折・脱臼を伴わないことを意味し,MRIを含む全画像に異常がないことを意味しない。画像が正常でも症状を否定できないことと,事故による具体的な損傷が証明されたことは区別すべきである。画像所見,神経学的所見,事故前状態及び診療経過から,傷害と治療必要性を総合評価する。
2 経時的変化の記録としての画像
画像診断は,初診時だけでなく治療の経過を追って複数回行われる。当初は明らかでなかった骨折が数週間後に明らかになったり(不顕性骨折),時間の経過とともに椎間板ヘルニアが自然に縮小したりと,病態は変化する。これらの経時的な画像記録は,治療効果の判定や症状固定の時期を判断する上で,極めて客観的で重要な情報となる。診療放射線技師は,常に同じ条件で撮影を行い,比較読影しやすい高品質な画像を提供することで診断の精度を高めている。
3 被ばくへの配慮と検査の必要性
エックス線やCT検査には放射線被ばくが伴う。診療放射線技師は,国際放射線防護委員会が勧告する「正当化」と「最適化」の原則に基づき,検査の必要性を吟味し,最小限の被ばくで最大限の診断情報が得られるよう努めている。損害賠償の観点からは客観的証拠が重要であることを理解しつつ,医療現場では患者の身体的負担を考慮し,真に必要な検査を慎重に選択しているという背景も理解いただければ幸いである。
第10 臨床検査技師の立場から
臨床検査技師等に関する法律2条は,臨床検査技師を,医師又は歯科医師の指示の下に,検体検査及び厚生労働省令で定める生理学的検査を行うことを業とする者と定める。臨床検査は医療の根幹を支えており,損害賠償の算定においても重要な役割を担う。
1 損害の全体像把握における臨床検査
重篤な外傷を負った被害者の損害は,受傷部位だけにとどまらない。腹部を強く打撲すれば肝臓や腎臓などの内臓に損傷が及ぶことがあり,血液検査によってAST・ALTといった酵素値から肝機能のダメージを,クレアチニン値から腎機能の低下を客観的に評価する。また,長期の臥床は深部静脈血栓症のリスクを高めるため,血液中のDダイマーを測定して血栓の有無を早期にスクリーニングし,重篤な肺塞栓症の予防に貢献する。臨床検査は,直接的な損傷の評価だけでなく,治療過程で起こり得る合併症を予見・予防する点でも,治療関係費の必要性・相当性を裏付ける重要な根拠となる。
2 素因減額と客観的データ
(1) 素因減額の意義と根拠
損害額の減額事由として素因減額がある。これは,被害者が事故以前から有していた事情が損害の発生・拡大に寄与した場合に賠償額を減額する考え方であり,裁判実務上は,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して処理される。同項は「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる」と定めており,因果関係が認められれば損害の全部を加害者に負担させることが公平を失する場合に,損害の公平な分担を図る趣旨である。
(2) 「疾患」と「身体的特徴」の区別
もっとも,素因減額はあらゆる身体的事情に及ぶわけではない。裁判実務は,被害者が事故前から有していた「疾患(私病・既往症)」と,単なる「身体的特徴」とを区別している。疾患が損害の発生・拡大に寄与した場合には,その態様・程度に照らして722条2項の類推適用により斟酌され得る。これに対し,平均的な体格や通常の体質と異なる身体的特徴であっても,それが疾患に当たらない場合には,特段の事情がない限り,これを斟酌して減額することはできないとされている。人の体格・体質は均一ではなく,その程度に至らない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然に存在が予定されているものだからである。
(3) 臨床検査データの役割と限界
この区別を前提とすると,臨床検査データが客観的な意味を持つのは,主として「疾患」の存否・程度を示す局面である。例えば,事故前から糖尿病を有していた被害者について,骨折の治癒遅延や創部感染が問題となる場合,血糖値やヘモグロビンA1c(過去1~2か月の血糖コントロール状態を反映する指標)のデータは,その管理状態を客観的に示す。同様に,肝機能障害や腎機能障害,血液凝固異常といった疾患の有無も客観的に証明し得る。もっとも,検査データが存在することが直ちに減額に結び付くわけではなく,あくまで「疾患」として損害への寄与が認められる場合に,公平な分担のための判断材料となるにとどまる。臨床検査技師の提供する正確なデータは,事故による損害と被害者の素因による影響とを可能な限り客観的に切り分けるための一助となる。
第11 医療ソーシャルワーカーの立場から
医療ソーシャルワーカー(MSW)は,保健医療機関において,患者や家族が抱える経済的・心理的・社会的な問題の解決を支援する専門職である。交通事故の被害者と家族は,身体的な問題だけでなく,仕事・経済・将来の生活など様々な不安に直面する。
1 「損害の填補」における制度活用の支援
本基準における損害の填補の項目では,自賠責保険・労災保険・健康保険・任意保険など様々な社会保険給付が損害賠償額から控除される仕組み(損益相殺)が詳述されている。この部分は被害者や家族にとって複雑で分かりにくく,MSWが専門性を発揮する重要な領域である。通勤中の事故であれば労災保険が,業務外であれば健康保険(第三者行為による傷病)が用いられ,障害が残れば障害年金,死亡すれば遺族年金など,利用できる公的制度は多岐にわたる。MSWは,状況に応じて利用可能な制度を案内し,複雑な申請手続を支援するとともに,それぞれの給付が最終的な損害賠償額にどう影響するかを分かりやすく説明する。MSWが早期に介入し,社会資源を最大限に活用できるよう支援することが,被害者の経済的負担の軽減と紛争の円滑な解決につながる。
2 家屋改造・転居・成年後見と生活再建
積極損害には,事案に応じ,家屋改造費,転居費用又は成年後見開始の申立てに要する費用が問題となる。もっとも,各費用が一括して当然に認められるわけではなく,事故との相当因果関係,必要性,現実の支出又は将来支出の蓋然性及び金額の相当性を個別に立証する必要がある。
家屋改造費については,医師・理学療法士・作業療法士等の意見,改造前後の図面・写真,複数の見積書及び介護計画を対応させる。賃貸住宅等で改造が困難なため転居する場合は,転居の必要性,従前住居で対応できない理由,新住居の選定過程,敷金等の返還分及び事故がなくても必要であった通常の住居費を区別する。
成年後見関係費用も,①申立手数料・登記手数料・郵便料・診断書料・鑑定費用等の実費,②申立代理人の弁護士費用,③選任後の後見人・後見監督人報酬を区別すべきである。家庭裁判所が本人の財産から支払う報酬額を定めることと,加害者に不法行為損害として賠償を命ずることは別問題である。専門職後見人等の必要性,親族後見の可能性,管理財産・事務の複雑さ,選任の確実性・期間及び中間利息控除を具体的に検討し,月額の目安に平均余命を機械的に乗じてはならない。詳しくは交通事故で成年後見制度が必要になった場合の費用で整理している。
令和8年法律第45号による成年後見制度の見直しは,公布の日から2年6月を超えない範囲で政令で定める日に施行されるため,実際の申立て及び損害算定では施行日と経過措置を確認する必要がある。MSWは,医療・生活状況の情報整理,関係機関との連絡調整及び弁護士・司法書士等の専門職への橋渡しを行う役割を担うが,法的判断や申立書類の作成主体とは区別して説明するのが相当である。
3 心理社会的支援の重要性
交通事故の被害者は,身体的苦痛だけでなく,将来への不安・加害者への感情・経済的困窮など様々な心理的ストレスに直面する。MSWは,面接を通じて本人や家族の思いを受け止め,精神的な安定を図る支援も行う。こうした心理社会的支援は直接に金銭へ換算されるものではないが,被害者が前向きに治療やリハビリに取り組み,社会復帰を目指す上での土台となる。慰謝料の算定において,こうした目に見えない精神的苦痛や,それを乗り越える過程での支援の必要性も広く考慮されることを願う。
第12 義肢装具士の立場から
義肢装具士法2条は,「義肢」を四肢の欠損を補てんし又は失われた機能を代替する器具器械,「装具」を四肢又は体幹の機能を回復・補完等する器具器械と定め,「義肢装具士」を,医師の指示の下に義肢及び装具の採型・製作・身体への適合を業とする者と定義する。本基準の「装具・器具購入費等」の項目は,この専門性と直結する。
1 義肢・装具の「必要性」と個別性
本基準では,義肢や装具の購入費が「症状の内容・程度に応じて,必要かつ相当な範囲で認める」とされる。この「必要かつ相当」を判断する上で,義肢装具の高度な個別性の理解が重要である。一口に義足といっても,屋内移動が中心の者向けの比較的単純な構造のものから,社会復帰を目指す者向けの,より軽量で運動性能の高い部品を用いたものまで様々である。後者は贅沢品ではなく,社会復帰の可能性を最大限に引き出すための必要な投資である。装具においても,短下肢装具一つをとって,素材・形状・継手部品の選択により歩行の安定性や効率は大きく変わる。義肢装具士は,筋力・関節の動き・感覚,そして本人がどのような生活を送りたいかというニーズを詳細に評価し,多くの選択肢の中から最適な仕様を設計する。
2 交換の必要性と将来の費用
本基準が「一定期間で交換の必要があるものは,将来の費用も認める」と明記し,その算定にライプニッツ係数を用いた計算式にまで言及している点は評価できる。義肢や装具は,メンテナンスや部品交換のほか,耐用年数に応じた本体の交換が不可欠である。成長期の子どもであれば身体の成長に合わせて数年ごとに作り替えが必要であり,成人でも体重の増減や断端の形状変化に合わせてソケットの調整・交換が必要となる。
将来の交換費用は,実務上,現に使用しているものと同種・同等の製品の価格を基礎とし,耐用年数に応じた交換回数を見込み,中間利息をライプニッツ係数によって控除して一時金として算定するのが原則である。義肢装具士は,個々の製品の耐用年数や,活動レベルに応じた消耗の度合いといった専門的知見から,将来必要となる交換の頻度や費用を具体的に積算し,算定の基礎となるデータを提供できる。
3 技術の進歩と費用の変化
義肢装具の分野は日進月歩であり,筋電義手やコンピュータ制御膝継手など,従来は不可能だった動きを可能にする高機能な部品が開発されている。もっとも,将来の交換費用の算定は,あくまで現に使用しているものと同種・同等の製品を基礎とするのが原則であり,将来利用可能となるであろう,より高機能・高価な新技術の費用を先取りして加算することは,通常は想定されていない。技術の進歩が被害者の社会復帰の可能性を広げることは望ましいが,その時点で改めて「必要かつ相当な範囲」が判断されることになる。義肢装具士としては,各時点での必要性・相当性を客観的に基礎づける情報を提供していきたい。
第13 結び
各専門職の立場から,日々の臨床現場で感じることを述べた。本基準に示された算定基準は,多くの事案を公平かつ迅速に解決するための羅針盤として,極めて重要な役割を果たしている。他方で,症状固定という概念と臨床実態との乖離,治療の必要性・相当性の判断,素因減額における疾患と身体的特徴の区別,将来費用の算定といった論点においては,医学的知見と法的枠組みの双方を正確に踏まえた運用が求められる。
私たち医療専門職は,交通事故の被害に遭われた方々一人ひとりの苦痛に寄り添い,その回復と社会復帰に向けて最善を尽くす所存である。そして,その過程で得られる専門的知見や客観的データが,より適正かつ実態に即した判断の一助となるよう,惜しみない協力をしていきたい。本基準のさらなる発展と,交通事故被害者救済の一層の充実に向けた今後の活動に,心より敬意を表し,結びの言葉とする。
第14 今回追記した事項の参考資料
① 入通院慰謝料に影響する他覚所見(画像・検査所見の限界及び裁判例。個々の出典は同記事末尾)。
② 大阪地裁の算定基準第3版から転記された慰謝料表(最新版を示すものではない)。
③ 日本脊髄外科学会「腰部脊柱管狭窄症」(前傾姿勢と自転車利用による症状の違い)。