第1 この記事の対象と結論
交通事故により重い後遺障害が残り,手すり,段差解消,浴室・便所の改修,スロープ,昇降機又はホームエレベーター等が必要になった場合,その費用は,事故と相当因果関係のある必要かつ相当な範囲で積極損害として認められ得る。
しかし,後遺障害等級が重いことや,改造によって生活が便利になることだけで全額が認められるわけではない。裁判所は,①事故後の身体機能と日常生活動作,②従前住居の構造,③改造箇所ごとの必要性,④代替手段の有無,⑤本人以外の家族が受ける便益,⑥既に支給され又は支給が確実な公的給付等を個別に検討する。
したがって,請求側では「改造一式」の見積書を出すだけでなく,医療・リハビリテーション上の必要性,改造前後の図面・写真,動線,複数見積り及び公的制度の利用状況を,工事項目ごとに対応させることが重要である。
第2 家屋改造費が損害として認められる枠組み
1 必要性,相当性及び事故との因果関係
民法709条に基づく損害賠償では,事故と相当因果関係のある損害が対象となる。家屋改造費については,被害者の症状・後遺障害と改造内容との対応,改造の必要性及び金額の相当性が問題となる。
例えば,車椅子で浴室又は便所へ移動できないために出入口を拡幅する場合と,事故前から老朽化していた住宅を全面的に改築する場合とでは,事故との関係が異なる。見積書の総額ではなく,工事項目ごとに,事故がなければ不要であった部分と,通常の修繕・更新又は資産価値の増加に当たる部分を分けて検討する必要がある。
2 実際に改造した場合と将来改造する場合
既に改造を終えている場合は,契約書,請求書,領収書,改造前後の写真等によって現実の支出を示すことができる。ただし,現実に支払ったことと,その全額が事故による必要かつ相当な損害であることは別問題である。
将来の改造費を請求する場合は,予定している居住場所,改造の時期,所有者又は賃貸人の承諾,具体的な設計及び費用を示し,将来支出の蓋然性を立証する必要がある。居住場所や改造計画が未確定であれば,必要性が抽象的であるとして否定されることがある。
3 新築,転居,介護用品及び将来介護費との区別
既存住宅の改造では対応できず,新築又は転居が必要となる事案もある。この場合でも,新築費又は新住居費の全額が直ちに損害となるわけではない。事故がなくても必要であった通常の住居費,土地・建物として残る価値,家族が利用する部分及び障害対応のために増加した部分を区別する必要がある。
また,車椅子,ベッド,リフトその他の器具そのものの費用は,家屋改造費とは別の損害項目として整理した方が分かりやすい。介助動作を減らす改造であっても,将来介護費と家屋改造費が当然に二重計上となるわけではないが,改造によって介護の内容又は時間がどのように変わるかを介護計画と整合させる必要がある。
第3 裁判所が重視する事情
1 後遺障害と日常生活動作
後遺障害等級は重要な出発点であるが,等級だけで結論は決まらない。室内移動,立ち上がり,階段昇降,入浴,排泄,更衣,移乗等を本人がどの程度行えるか,見守り又は介助がどの場面で必要かを具体化する必要がある。
医師の診断書だけでなく,理学療法士・作業療法士の評価,退院前訪問指導記録,福祉住環境コーディネーター等の意見及び実際の動作を示す写真・動画は,身体機能と改造箇所を結び付ける資料となる。
2 従前住居と具体的な改造計画
平面図には,段差,幅員,勾配,手すりの位置,車椅子の回転半径,寝室から浴室・便所までの動線等を記載する。改造前後の図面及び写真に同じ番号を振り,医療職の意見,見積書の項目及び必要性の説明を対応させると,請求の範囲が明確になる。
賃貸住宅では,改造の可否,原状回復義務及び賃貸人の承諾を確認する。改造が困難で転居を選択する場合は,従前住居で対応できない理由,新住居の選定過程及び通常の住居費との差額を示す。
3 家族の便益と建物価値の増加
浴室,便所,玄関等の改造は,本人だけでなく同居家族の生活も便利にし,建物の価値を増加させることがある。そのため,裁判例には,必要性を認めつつ,本人以外の便益を理由に一定割合を減額したものがある。
もっとも,「家族も使う」という抽象的な理由だけで一定割合を機械的に控除すべきではない。本人専用部分か,共用部分か,通常の修繕を兼ねるか,家族の利用による利益がどの程度かを,箇所ごとに検討するのが相当である。
4 より低額な代替手段
高額な昇降機又はホームエレベーターを請求する場合には,一階で生活を完結できない理由,階段昇降機,スロープ,居室変更,福祉用具等では対応できない理由を説明する必要がある。本人が階段を安全に上り下りできる事案や,改造後も設備を使用していない事案では,必要性が否定され得る。
反対に,低額であることだけを理由に不適切な代替案を選ぶ必要はない。転倒,介助者の負担,医療的ケア,災害時の避難等を含め,実際に継続利用できるかを検討する。
第4 裁判例及び赤い本講演録2007の整理
1 一次資料で確認できる裁判例
【一次資料で確認】 千葉地方裁判所佐倉支部平成18年9月27日判決は,遷延性意識障害等の重い後遺障害が残った被害者について家屋改造の必要性を認めた一方,改造によって家族も便益を受けることを否定できないとして,主張額の9割を限度に認めた。
【一次資料で確認】 東京地方裁判所令和7年7月15日判決(令和4年(ワ)第24907号,判例秘書L08032006)は,ホームエレベーター設置費等の請求について,本人が階段を昇降できることなどから必要性を認めなかった。高額な設備では,重い診断名又は等級だけでなく,現実の移動能力と代替手段の検討が重要であることを示す。
2 赤い本講演録2007が示す傾向
【講演録の記載】 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準2007年版(下巻・講演録編)』220頁以下は,東京地方裁判所の家屋改造費に関する裁判例40件を一覧化している。そのうち9件は改造費を認めず,認めた事案でも請求額の全額ではなく一部に限ったものが少なくない。
同講演録は,認否を一律に決める基準は見いだしにくく,後遺障害の内容・程度,日常生活の支障及び家屋の状況を個別に検討する必要があると整理している。脊髄損傷又は下肢障害の事案で,手すり,段差解消,浴室・便所の改修及び昇降設備が問題となる例が多い。
例えば,同講演録が紹介する東京地裁平成12年5月31日判決は,将来居住する家屋が明らかでないことなどから改造費を認めず,東京地裁平成16年2月9日判決は,エレベーターを設置しても一階で生活しており利用していないことなどから費用を認めなかった。また,東京地裁平成16年7月13日判決は重い高次脳機能障害等の事案で改造の必要性を認めつつ,家族の便益を考慮して請求額の6割を認めたと紹介されている。
同講演録が整理した40件中14件では将来介護費も問題となっていたが,家屋改造費の認否と将来介護費の認否との間に一律の関係は見られない。両者は関連するものの,それぞれの必要性と金額を別個に立証する必要がある。
3 講演録の使い方に関する注意
赤い本講演録は法令又は裁判所を拘束する判例ではなく,掲載された各裁判例の判決全文そのものでもない。本記事で「講演録の記載」と表示した部分は,講演録による裁判例の紹介及び分析であり,個別事件で引用する場合は,掲載誌又は判例データベースで原判決全文を確認すべきである。
また,2007年刊行後の裁判例,住宅設備,建築費及び公的給付制度の変更は同講演録に反映されていない。過去の認定額を現在の工事費の目安として用いるのは適切でない。
第5 介護保険等の住宅改修制度との関係
1 介護保険の住宅改修
【公的資料で確認】 厚生労働省の福祉用具・住宅改修に関する案内及び住宅改修の概要資料によれば,要介護・要支援者が手すりの取付け,段差の解消等の対象工事を行う場合,原則として住宅改修費の支給限度基準額は20万円であり,所得に応じてその7割から9割が給付される。転居した場合又は要介護状態区分が一定程度重くなった場合には,再度の利用が認められる仕組みがある。
工事前の申請が原則であり,介護支援専門員等が作成する住宅改修が必要な理由書,工事費見積書及び改修前の写真等を市区町村に提出する。事故後に急いで改修するときも,施工前に市区町村及び担当者へ確認する必要がある。
2 障害者総合支援法上の日常生活用具給付等事業
【公的資料で確認】 厚生労働省の日常生活用具給付等事業の案内は,市町村が行う地域生活支援事業として,居宅生活動作補助用具(住宅改修費)を含む日常生活用具の給付又は貸与を掲げている。対象者,対象工事,基準額及び自己負担は自治体の要綱によって異なるため,居住地の市区町村で確認する必要がある。
3 損害賠償請求との調整
公的制度を利用できる可能性があることだけで,家屋改造費の必要性がなくなるわけではない。他方,既に給付を受け,事故による同一の支出が補填された部分を重ねて請求できるかは,給付の法的性質,対象となる損害及び代位規定の有無を確認して判断する必要がある。
請求時には,①制度名,②申請日,③決定日,④対象工事,⑤支給決定額,⑥自己負担額,⑦未申請又は不支給の理由を一覧化する。将来の給付は,利用資格,申請手続及び支給の確実性を確認せずに機械的に控除すべきではない。
第6 立証資料のチェックリスト
【実務上の推論】 前記裁判例及び公的制度の要件を踏まえると,少なくとも次の資料を準備することが有用である。
- 後遺障害診断書,画像資料,身体機能及び日常生活動作の評価
- 医師,理学療法士,作業療法士等の意見書又は退院前訪問指導記録
- 改造前後の平面図,写真及び動線図
- 工事項目,数量,単価及び諸経費を分けた複数の見積書
- 各工事項目と,入浴・排泄・移乗・移動等の支障との対応表
- 一階生活,福祉用具,階段昇降機等の代替案を採用できない理由
- 本人専用部分,共用部分,通常修繕部分及び資産価値増加部分の区分
- 賃貸人又は共有者の承諾,原状回復義務及び居住継続の見込み
- 契約書,請求書,領収書,振込記録及び施工後の利用状況
- 介護保険,障害福祉制度その他の申請・支給状況
- 将来介護計画及び改造による介助内容・時間の変化
施工前には,必要性を立証する写真・採寸・図面を残し,公的制度の事前申請要件を確認する。訴訟では,見積書の作成者又は医療・リハビリテーション職に,改造箇所ごとの必要性,代替案及び金額の根拠を説明してもらうことが考えられる。
第7 調査範囲と証拠上の限界
本記事は,令和8年9月27日現在,裁判所ウェブサイトで本文を確認した千葉地裁佐倉支部平成18年9月27日判決,判例秘書で全文を確認した東京地裁令和7年7月15日判決,厚生労働省の公表資料及び赤い本講演録2007の該当箇所を基礎としている。
判例秘書では同日,「家屋改造費」をキーワードとして民事裁判例を検索し,375件が表示されたが,本記事のために全文を確認したのは3件であり,そのうち交通事故に直接関係する新しい裁判例として本文に用いたのは東京地裁令和7年7月15日判決である。したがって,本記事は家屋改造費に関する裁判例を網羅したものではなく,検索結果に現れない裁判例又は未公刊裁判例の有無は不明である。
個別事件では,使用する判決の全文,後続審の有無及び最新の公的制度を改めて確認する必要がある。