目次第1 この記事が扱う問題1 「権利行使の届出」とは何か2 最初に確認すべき結論第2 権利行使の届出が法定分配を止める仕組み1 預金等債権の消滅手続と公告2 被害者も届出をすることができる3 届出があると口座全体の消滅手続が終了する第3 法定分配と個別回収のどちらを選ぶか1 両経路の違い2 個別回収を検討しやすい場合3 他の被害者への影響第4 公告期間内に行う権利行使の届出1 公告と対象口座を特定する2 金融機関と提出方法を事前協議する3 期限内到達と受領記録を残す第5 口座名義人への訴訟と預金仮差押え1 請求原因を事案ごとに選ぶ2 被告の特定と送達を先に見通す3 判決前の預金仮差押え第6 債務名義取得後の預金差押え1 銀行を第三債務者として申し立てる2 取立てまでの手続3 凍結口座でも競合差押えは起こり得る第7 銀行を被告とする債権者代位訴訟1 制度上考えられる構成2 常に必要な訴訟ではない第8 受任時の判断手順と撤退基準1 低負担の調査を先に行う2 進める条件3 法定分配を維持し,又は受任しない条件第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例・国会答弁3 所管行政機関の解説・Q&A・運用資料4 関連記事
第1 この記事が扱う問題
詐欺送金に気付いたばかりで,まだ金融機関への連絡等をしていない場合は,詐欺で送金してしまった直後の対応―組戻し・口座凍結・被害回復分配金・銀行補償の違い(AI作成)を先に参照されたい。
本記事の「権利行使の届出」は,単なる被害申告や分配金の支払申請と同じものではなく,初動として全被害者に一律に勧める手続ではない。
銀行の補償規定による請求は,インターネットバンキングの不正払戻しの記事に分けて整理している。
1 「権利行使の届出」とは何か
振り込め詐欺救済法は,犯罪利用預金口座等の預金等債権を消滅させ,残った資金から被害者に被害回復分配金を支払う制度である。
もっとも,同法は,口座名義人だけでなく,口座名義人に対する債権を有する被害者が金融機関に「権利行使の届出」をする経路も設けている。
本記事は,この届出によって法定分配の手続を終わらせ,口座名義人に対する訴訟,預金債権の仮差押え又は差押えによる個別回収へ進む場合を扱う。
法令及び公的資料は令和8年8月29日現在のものを確認した。
2 最初に確認すべき結論
権利行使の届出は,被害金の支払申請でも,預金債権の差押えでもない。
期間内に適法な届出がされると,対象口座について預金等債権の消滅手続が終了し,同法に基づく被害回復分配金は支払われなくなるが,届出をした被害者が口座残高を取得するわけではない。
したがって,届出を選ぶ前に,①口座名義人に対する請求権を立証できるか,②口座名義人を特定して訴状を送達できるか,③預金残高が訴訟費用や保全担保を上回るか,④競合する差押えがあるか,⑤届出後直ちに訴訟・保全へ進めるかを確認する必要がある。
この準備がないまま届出をすると,自分だけでなく他の被害者についても法定分配を止めながら,自分も回収できない結果になり得る。
第2 権利行使の届出が法定分配を止める仕組み
1 預金等債権の消滅手続と公告
金融機関は,犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めた場合,警察等から提供された情報,口座名義人の所在,取引状況その他の事情を考慮し,預金保険機構に預金等債権の消滅手続開始を求めるかを判断する。
払戻請求訴訟,強制執行,仮差押え又は仮処分の手続が既に行われている場合には,金融機関は消滅手続開始を求めることができない(振り込め詐欺救済法4条2項1号)。
消滅手続開始の公告には,口座名義人その他の預金等債権に係る債権者が,金融機関へ届出をし,払戻請求訴訟を提起し,又は強制執行等を行うべき期間及び方法が記載される。
その期間は,公告日の翌日から起算して60日以上である(同法5条1項5号・6号,同条2項)。
2 被害者も届出をすることができる
金融庁は,振込利用犯罪行為の被害者が口座名義人に対する債権を有する場合,その被害者も金融機関へ権利行使の届出等をすることができるとの見解を示している。
単に当該口座へ振り込んだというだけでなく,口座名義人に対して損害賠償請求権,不当利得返還請求権その他の債権を有することが前提となる。
直接の振込先口座だけでなく,その口座から資金が移転した先の口座も,資金が実質的に同じであると認められる場合には,法律上の「犯罪利用預金口座等」に含まれ得る(同法2条4項)。
もっとも,後続口座の名義人に対する被害者の請求権まで当然に成立するわけではなく,資金移転の経路,口座名義人の関与及び利得を個別に立証する必要がある。
3 届出があると口座全体の消滅手続が終了する
金融機関は,公告期間内に権利行使の届出,払戻請求訴訟,強制執行等があったことを預金保険機構へ通知し,預金保険機構は消滅手続が終了した旨を公告する(同法6条)。
この場合,口座名義人の預金等債権は同法7条によって消滅せず,同法に基づく支払手続へ進まない。
金融庁のパブリックコメント回答は,預金債権の一部について強制執行等が行われた場合でも,預金債権全体について消滅手続を開始できないとの解釈を示している。
また,被害者による権利行使の届出も支払申請として扱うのではなく,司法手続を選ぶ被害者のために消滅手続の終了事由とされたと説明している。
(続きを読む...)振り込め詐欺救済法の「被害者からの権利行使の届出」―法定分配を止めて口座名義人訴訟・預金差押えに進む手続(AI作成)