金銭の支払を命じる確定判決や執行証書などの債務名義に基づいて強制執行(差押え)を受けた債務者は,民事執行の手続の中でいくつかの対抗手段をとることができます。
この記事では,(1)手続の違法を争う執行抗告,(2)実体上の事由を争う請求異議の訴えと執行停止の申立て,(3)給料・年金などを守る差押禁止債権の範囲変更の申立て,(4)民事調停・特定調停に基づく民事執行手続停止命令,(5)違法な執行処分の効力,(6)給料差押えにおける送達と取立ての時期を,現行の民事執行法・民事訴訟法の条文と最高裁判例に沿って整理します。
どの手段がどの場面で使えるのかを,条文番号と裁判所ウェブサイト掲載の判例へのリンクとともに確認できるようにしました。
第1 執行抗告
1 執行抗告の対象と申立期間
執行抗告は,民事執行の手続に関する裁判に対し,特別の定めがある場合に限りすることができます(民事執行法10条1項)。債権差押えの場面では,差押命令の申立てについての裁判に対して執行抗告をすることができます(民事執行法145条6項)。この執行抗告の規定は,令和元年の改正(令和2年4月1日施行)で差押禁止債権の範囲変更に関する教示規定が同条4項として新設された結果,従来の5項から6項に繰り下がったものです。
申立ては,裁判の告知を受けた日から1週間の不変期間内に,抗告状を原裁判所に提出して行います(民事執行法10条2項)。また,執行抗告の手続は,民事訴訟法54条1項により訴訟代理人となることができる者(弁護士など)でなければ代理人となることができません(民事執行法13条1項)。
2 執行抗告をしても強制執行は原則として止まらない
執行抗告をしても,それだけで強制執行が当然に止まるわけではありません。抗告裁判所(事件の記録が原裁判所にある間は原裁判所)が,担保を立てさせるなどして原裁判の執行の停止や民事執行手続の停止を命じてはじめて,執行が止まります(民事執行法10条6項)。したがって,執行を止める必要があるときは,執行抗告とは別に停止の裁判を求めることになります。
3 執行抗告の理由と調査の範囲
執行抗告の理由は,原裁判の取消し・変更を求める事由を具体的に記載しなければならず,法令の違反を主張するときはその法令の条項・内容及び違反する事由を,事実の誤認を主張するときは誤認に係る事実を摘示する必要があります(民事執行規則6条2項)。抗告裁判所は,抗告状又は理由書に記載された理由に限って調査しますが,原裁判に影響を及ぼすべき法令の違反又は事実の誤認の有無については,職権で調査することができます(民事執行法10条7項)。
4 差押債権の不存在・消滅は執行抗告の理由にならない
差押えの対象とされた債権(被差押債権)が存在しない,又は消滅しているという事情は,債権差押命令に対する執行抗告の理由にはなりません。最高裁は,抵当権に基づく物上代位権の行使としてされた債権差押命令に対する執行抗告について,被差押債権の不存在又は消滅を理由とすることはできないとしています(最決平成14年6月13日・民集56巻5号1014頁)。転付命令の場合を含め,被差押債権が存在するかどうかは執行抗告で争う事柄ではなく,実体上の権利関係は請求異議の訴えなどで争うことになります(債権差押命令・転付命令の双方について同旨=東京高決平成21年8月19日・裁判所ウェブサイト未掲載)。
第2 請求異議の訴えと執行停止の申立て
1 請求異議の訴えの意義と管轄
確定判決に基づく強制執行に対しては,口頭弁論の終結後に生じた事由に基づき,請求異議の訴えを提起することができます(民事執行法35条1項・2項)。請求異議の訴えは,債務名義に確定された請求それ自体について事後の変動があったことを事由として,その債務名義の執行力の排除を求める訴えです(最判昭和30年12月1日・裁判集民事20号639頁,最判昭和40年7月8日・民集19巻5号1170頁)。債務名義の存在を前提としてその執行力の排除を目的とするものであり,債務名義が作成されていれば足りるので,執行文が付与されたことや執行が開始されたことは,請求異議の訴えを提起する要件ではありません。
請求異議の訴えは,確定判決の場合,第一審裁判所が管轄します(民事執行法35条3項・33条2項1号)。
2 執行停止の申立て
請求異議の訴えを提起しても,それだけで強制執行が止まるわけではありません。担保を提供したうえで(民事執行法15条),執行停止の申立てをする必要があります。受訴裁判所は,異議のため主張した事情が法律上理由があるとみえ,かつ事実上の点について疎明があったときは,強制執行の停止のほか,続行や,既にした執行処分の取消しまで命ずることができます(民事執行法36条1項)。もっとも,既にした執行処分の取消しまで認められるのは例外的な場合です。
3 請求異議の訴えで主張できる事由
(1) 相殺
相殺の意思表示によって債務が消滅したことを主張することは,請求異議の訴えでも認められています。口頭弁論の終結前に相殺適状にあった場合でも,終結後にした相殺の意思表示による債務の消滅は,請求異議の事由になります(最判昭和40年4月2日・民集19巻3号539頁)。
(2) 不執行の合意
債権者と債務者との間に,強制執行をしない旨の合意(不執行の合意)があるときは,債務者はこれを主張して強制執行の可否を争うことができます。最高裁は,給付訴訟の訴訟物は給付請求権の存在及び範囲であるから,不執行の合意があって強制執行をすることができないかどうかは給付訴訟の審判の対象にならず,債務者は強制執行の段階で不執行の合意を主張して強制執行の可否を争うことができるとしています。もっとも,給付訴訟の中で不執行の合意が主張されたときは,この点も訴訟物に準ずるものとして審判の対象になり,裁判所がこれを認めたときは,執行段階での紛争を防ぐため,その請求権について強制執行をすることができないことを判決主文で明らかにするのが相当であるともしています(最判平成5年11月11日・民集47巻9号5255頁)。
4 執行文付与の訴えとの関係
債権者が執行文付与の訴えを提起した場合,債務者は,請求に関する異議の事由をその訴えの抗弁として主張することはできません(最判昭和52年11月24日・民集31巻6号943頁)。実体上の事由を争うには,請求異議の訴えを反訴として提起する必要があります。
5 不当な執行停止の申立てと損害賠償
執行停止の申立ては,債権者の側からみれば回収を妨げる行為でもあります。申立人が主張する権利又は法律関係が事実的・法律的根拠を欠き,申立人がそのことを知り,又は通常人であれば容易に知り得たのに,あえて申立てをしたなど,制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限り,不当な訴訟行為による損害として,弁護士費用の賠償が問題となり得るとした裁判例があります(大阪高判平成4年1月28日・裁判所ウェブサイト未掲載)。
第3 差押禁止債権の範囲変更の申立て
1 給料・退職金の差押えと範囲変更
給料・賃金・退職年金・賞与などは,支払期に受けるべき給付の原則として4分の3が差押禁止とされています(民事執行法152条1項。ただし,債権者が養育費などの扶養義務等に係る金銭債権を請求する場合は,差押禁止の範囲が2分の1に縮小されます。同条3項)。
債務者は,自分と債権者の生活の状況その他の事情を考慮して,差押命令の全部又は一部の取消し(差押禁止の範囲の拡張)を申し立てることができます(民事執行法153条1項)。この申立てがあると,裁判が効力を生ずるまでの間,執行裁判所は第三債務者に対して支払その他の給付の禁止を命ずることができます(同条3項)。もっとも,給料等の範囲変更が実際に認められる例は多くありません。
2 年金が振り込まれた預金口座の差押え
国民年金などが受給者の銀行口座に振り込まれると,その法的性質は預金債権に変わります。執行裁判所は,その原資が年金であるかどうかを問わず,預金債権について差押命令を発することができます。もっとも,差押禁止債権の範囲変更の申立てがあったときは,執行裁判所は,原資となった年金等の債権の額や当事者双方の生活の状況その他の事情を考慮して,差押命令の全部又は一部を取り消すことができます(東京高決平成22年4月19日・裁判所ウェブサイト未掲載)。
第4 民事調停・特定調停に基づく民事執行手続停止命令
1 民事調停による停止
執行証書(強制執行を受け入れる旨の陳述が記載された公正証書。民事執行法22条5号)に基づく強制執行の場面では,債務者が民事調停を申し立てたうえで民事執行手続停止命令(民事調停規則6条1項)を得ると,調停が終了するまでの間,強制執行が停止します(民事執行法39条1項7号)。担保を立てさせるかどうかはケースによります。債権者の側は,続行命令(民事調停規則6条2項)を得られる余地があります。なお,この停止命令は,民事調停法12条の「調停前の措置」(執行力を有しません。同条2項)とは別の制度です。
2 特定調停による停止
債務者が特定調停を申し立てたうえで民事執行手続停止命令(特定調停法7条1項)を得ると,特定調停が終了するまでの間,強制執行が停止します(民事執行法39条1項7号)。債権者の側は,続行命令(特定調停法7条2項)を得られる余地があります。ただし,給料・賃金・賞与・退職手当・退職年金などに係る債権に基づく民事執行は,この停止の対象から除かれています(特定調停法7条1項ただし書)。
3 民事調停と特定調停の違い
特定調停に伴う民事執行手続停止命令は,確定判決や仮執行宣言付判決に基づく強制執行についても利用できる点で,民事調停に伴う停止命令より広く用いられると説明されています。もっとも,具体的にどこまで利用できるかは事案によるため,実際の利用の可否は個別に確認する必要があります。
第5 違法な執行処分は当然に無効となるか
民事執行法は,執行処分に対する不服申立ての制度として執行抗告と執行異議の手続を設けています。この趣旨に照らすと,執行処分が執行手続に関する法令の規定に違反してされたものであっても,その執行処分は,原則としてこれらの手続によって取り消され得るにとどまり,当然に無効となるものではありません(最判令和5年3月2日・民集77巻3号389頁。この事案は動産執行における売却処分に関するものです)。同判決は,執行処分が弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中にされたものであっても,そのことによって当然に無効となるものではないとしました。
この考え方は,古くからの大審院判例(大審院明治32年11月30日・民録5輯10巻95頁,大審院明治40年6月27日・民録13輯723頁)や最判昭和46年2月25日・裁判集民事102号207頁を先例とするものです。違法な執行処分は,当然無効を前提に放置してよいものではなく,執行抗告・執行異議という所定の手続で取消しを求めるのが原則です。
第6 給料差押えにおける送達と取立ての時期
1 取立てができるようになる時期
金銭債権を差し押さえた債権者は,債務者に差押命令が送達された日から1週間を経過すると,その債権を取り立てることができます(民事執行法155条1項)。ただし,差し押さえた債権が給料などの差押禁止債権(民事執行法152条)である場合は,取立てができるようになるのは4週間を経過した後です(同条2項)。もっとも,差押債権者の請求債権に養育費などの扶養義務等に係る金銭債権(民事執行法151条の2第1項各号)が含まれているときは,1週間に戻ります(同条2項括弧書き)。
2 送達の仕組みと受領拒否の効果
給料差押えでは,第三債務者である勤務先に差押命令が送達された後,債務者にも差押命令が送達され,その送達から前記の期間が経過してはじめて取立てが可能になります。そのため,債務者への送達がいつ完了するかは,取立ての時期に影響します。
もっとも,債務者が特別送達を受け取らなくても,最終的に送達を免れることはできません。勤務先が陳述書を裁判所と差押債権者に提出して就業場所が判明すれば,就業場所での送達が行われます(民事訴訟法103条2項)。勤務先が陳述書を提出せず就業場所が判明しない場合は,付郵便送達が用いられ,書類を発送した時に送達があったものとみなされ,その旨の通知が届きます(民事訴訟法107条,民事訴訟規則44条)。したがって,受領を拒んでも,差押命令が裁判所に戻ってから次の送達方法がとられるまでの間,取立てが可能になる時期が事実上わずかに先延ばしになるにとどまります。
第7 差押えが禁止される債権と参考裁判例
1 差押えが禁止される債権
前記のとおり給料等はその4分の3が差押禁止とされていますが(民事執行法152条),これとは別に,特別法によって差押えが全面的に禁止される債権もあります。自然災害の被災者に交付される義援金については,交付を受ける権利も,交付を受けた金銭も差し押さえることができません(自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律3条)。
2 参考裁判例(諫早湾干拓事業をめぐる執行手続)
確定判決と仮処分決定とで判断が食い違う場合があります。民事訴訟では,当事者の主張立証に基づいて裁判所の判断がされ,その効力は当事者にしか及ばないのが原則です。そのため,当事者を異にし別個に審理された確定判決と仮処分決定とで判断が区々に分かれることは制度上あり得るとされています(最決平成27年1月22日・民集69巻1号145頁)。
また,口頭弁論の終結時に存在していた権利がその後に消滅したとしても,それだけでは請求異議の事由にならないとされた例があります。潮受堤防の排水門の開門を命じる判決が確定した後,その訴訟の口頭弁論終結時に存在した漁業行使権に基づく開門請求権が消滅したことのみでは,確定判決に対する請求異議の事由とはならないとして,原判決が破棄され差し戻されました(最判令和元年9月13日・裁判集民事262号89頁)。
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債権差押えの手続そのものについては「債権差押えに関するメモ書き」を,支払不能に陥った場合の破産・再生などの手続については「倒産事件に関するメモ書き」を,あわせて参照してください。差押禁止債権が振り込まれた預貯金口座に係る預貯金債権の差押えに関する国税庁徴収部長の指示(令和2年1月31日付。大阪高判令和元年9月26日・判例秘書掲載を踏まえた取扱いを示したもの。同判決は裁判所ウェブサイト未掲載)については,「差押禁止債権が振り込まれた預貯金口座に係る預貯金債権の差押えについて」で資料を掲載しています。
出典
法令
- 民事執行法(10条,13条,15条,22条,33条,35条,36条,39条,145条,151条の2,152条,153条,155条)
- 民事訴訟法(54条,103条,107条)
- 民事調停法(12条)
- 特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(特定調停法)(7条)
- 自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律(3条)
- 民事執行規則(6条),民事調停規則(6条),民事訴訟規則(44条)=いずれも最高裁判所規則
裁判例
- 最判令和5年3月2日・民集77巻3号389頁(執行処分の効力)
- 最判令和元年9月13日・裁判集民事262号89頁(請求異議・口頭弁論終結後の権利消滅)
- 最決平成27年1月22日・民集69巻1号145頁(確定判決と仮処分決定の関係。裁判所ウェブサイト掲載)
- 最判平成5年11月11日・民集47巻9号5255頁(不執行の合意)
- 最判昭和52年11月24日・民集31巻6号943頁(執行文付与の訴えと請求異議事由)
- 最決平成14年6月13日・民集56巻5号1014頁(物上代位に基づく債権差押命令に対する執行抗告)
- 最判昭和30年12月1日・裁判集民事20号639頁(請求異議の訴えの性質)
- 最判昭和40年7月8日・民集19巻5号1170頁(請求異議の訴えの性質)
- 最判昭和40年4月2日・民集19巻3号539頁(相殺と請求異議)
- 最判昭和46年2月25日・裁判集民事102号207頁,大審院明治32年11月30日・民録5輯10巻95頁,大審院明治40年6月27日・民録13輯723頁(違法な執行処分の効力の先例)
- 東京高決平成21年8月19日,東京高決平成22年4月19日,大阪高判平成4年1月28日,大阪高判令和元年9月26日(いずれも裁判所ウェブサイト未掲載)