第1 債権差押えの仕組みと手続の流れ
1 債権差押えとは何か
債権差押えは,債務者が銀行,勤務先,賃借人その他の第三者に対して有する債権を対象とする強制執行である。申立人を差押債権者,支払義務を負う相手方を債務者,差し押さえる債権の債務者を第三債務者という。
債権執行は,執行裁判所の差押命令により開始する。差押命令は,債務者には取立てその他の処分を,第三債務者には債務者への弁済をそれぞれ禁止するものであり,債務者及び第三債務者を審尋せずに発令される。差押えの効力は,差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる(民事執行法143条及び145条)。
差押命令が出ただけで,差押債権者に金銭が自動的に支払われるわけではない。第三債務者から任意に取り立てるか,第三債務者が供託した場合に配当等を受けるか,任意の支払がないときに取立訴訟を提起する必要がある。
債務名義に基づく通常の債権執行とは異なる,動産売買先取特権に基づく転売代金債権の差押えの要件,提出書類及び倒産手続との関係については,動産売買先取特権に基づく転売代金債権の差押え―要件・証拠・申立て・回収手順(AI作成)を参照されたい。
2 申立て前の回収可能性の見極め
最初に確認すべきことは,債務名義があるか,対象債権を特定できるか,第三債務者に現実の支払能力があるか,見込回収額が申立費用及び事務負担に見合うかという点である。預貯金は差押命令の送達時の残高が中心となる一方,給与,賃料その他の継続的給付は,請求債権及び執行費用の限度で将来分にも効力が及ぶ(同法151条)。
ただし,対象債権の価額が請求債権及び執行費用を超えるとき,裁判所は他の債権を差し押さえることができない(同法146条2項)。一つの対象から十分な回収が見込める場面で,必要性を検討せず多数の債権を同時に申し立てるべきではない。
第2 債務名義,管轄及び申立書類
1 債務名義と執行開始の要件
確定判決,仮執行宣言付判決,仮執行宣言付支払督促,執行受諾文言のある公正証書,調停調書及び和解調書等は,強制執行の基礎となる債務名義である(民事執行法22条)。債務名義の種類により,執行文の付与,確定証明,送達証明その他の必要書類が異なる。
裁判所が作成した電磁的な債務名義について,事件特定情報を申立書に記載するときは,債務名義の正本及び送達証明書の提出が不要となる場合がある。
これに対し,公証人が電磁的記録で作成した執行証書については,令和8年9月29日現在,公証人法44条1項2号の書面(記録事項記載書面),執行文及び送達証明書を準備する。裁判所作成の電子債務名義に用いる事件特定情報と同じ経路ではない。詳しくは電子公正証書を債務名義として強制執行する方法―公正証書正本情報,執行文,送達及び紙申立て(AI作成)を参照されたい。
電磁化されていない債務名義については,原則として債務名義の正本,必要な場合の執行文及び送達証明書を提出する。具体的な必要書類は,裁判所の債権執行案内及び申立先裁判所の案内で確認する必要がある。
令和8年5月21日に民事訴訟手続は全面的にデジタル化されたが,民事執行手続は同日の時点で全面デジタル化されていない。令和8年9月29日現在,債権差押命令は引き続き書面で申し立てる必要があり,民事執行手続の全面デジタル化は遅くとも令和10年6月までとされている(裁判所「改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」)。
2 管轄,住所のつながり及び資格証明
債権執行は,原則として債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所に申し立てる。債務者に普通裁判籍がないときは,差し押さえる債権の所在地を管轄する地方裁判所が執行裁判所となる(民事執行法144条)。
申立書上の当事者表示と債務名義上の表示が異なるときは,住民票,戸籍の附票,商業登記事項証明書等によって同一性及び住所又は商号の変遷を示す必要がある。法人が当事者又は第三債務者である場合,裁判所の一般案内は,原則として申立日前3か月以内の代表者事項証明書又は履歴事項全部証明書を求めている。
ただし,民事執行法上の管轄裁判所が定まっても,実際の郵送先がその地裁の本庁か住所地支部か,または近隣の拠点支部かは,各地裁の事務分配により異なる。不動産競売,債権執行,財産開示及び第三者からの情報取得は,同じ地域でも提出先が異なり得る。都道府県別提出先表の全国比較と確認手順は,全国の地方裁判所支部における本庁集約と開廷頻度―合議・裁判員・労働審判・民事執行の比較(AI作成)で整理している。
3 申立費用と請求債権目録
申立手数料は,債務名義1通,債権者1名,債務者1名,第三債務者1名の場合,原則として4000円である。郵便料は裁判所及び当事者数等により異なるため,固定額として扱わず,申立先裁判所に確認すべきである。
請求債権目録では,元金,確定利息,遅延損害金及び執行費用を,債務名義が許容する範囲で区別して記載する。令和8年4月1日から令和11年3月31日までに新たに利息が生ずる場面の法定利率は年3%であるが,法務省の法定利率案内が説明するとおり,適用利率は利息が最初に生じた時期及び債務名義の内容によって決まる。現在の法定利率を,過去の期間又は債務名義の表示と無関係に一律適用してはならない。
第3 差押対象の選択と財産調査
1 代表的な差押対象
実務上の代表的な対象は,預貯金債権,給与・賞与債権,売掛金・請負代金債権,賃料債権及び生命保険契約の解約返戻金請求権である。対象の選択では,債権の存在,弁済期,差押禁止の有無,第三債務者の支払能力,継続性及び他の差押えとの競合可能性を検討する。
これらに加え,還付原因が生じた訴訟手数料還付請求権も差押対象となり得る。差押債権者による還付申立ては,後記第7の3のとおり,取立権に含まれる場合がある。
債務者が暗号資産を保有している場合の差押えについては,取引所預託分と自己管理分とで手続及び実効性が大きく異なる。詳細は別稿「暗号資産に対する強制執行――取引所預託分と自己管理分で何が変わるか」を参照されたい。
生命保険契約については,差押債権者が解約返戻金請求権を取り立てるため,債務者の有する解約権を行使できる。最高裁判所第一小法廷平成11年9月9日判決は,解約権の行使を認めたが,反対意見も付されている(平成10年(受)第456号)。解約により保障が失われる影響及び返戻金の有無を踏まえ,事案ごとに慎重に判断すべきである。
2 財産開示と第三者からの情報取得
対象財産が判明しない場合,民事執行法上の財産開示手続又は第三者からの情報取得手続を検討できる。財産開示は,直近の執行で完全な弁済を得られなかった場合又は判明している財産に執行しても完全な弁済を得られないことを疎明した場合等に利用できる(同法197条)。
第三者からの情報取得では,不動産情報,給与の支払者に関する情報,預貯金債権に関する情報及び振替社債等に関する情報を得られる場合がある(同法205条から207条まで)。利用できる請求権,先行手続その他の要件は情報の種類によって異なるため,裁判所の申立書式案内と法令を個別に確認する必要がある。
第4 預貯金債権等の特定
1 金融機関と取扱店舗の特定
預貯金債権を差し押さえる場合,債務者の氏名・住所に加え,金融機関及び取扱店舗を特定するのが基本である。大阪地方裁判所第14民事部の案内によれば,口座番号まで特定する必要はないが,インターネット専業銀行等で取扱店舗が存在しない金融機関については,取扱店舗の記載を要しない場合がある。
申立てには,裁判所が公開する当事者目録,請求債権目録及び差押債権目録の書式を利用できる。預貯金,給与,賃料その他の対象ごとに記載例が異なるため,債権差押命令の申立書式から対象に合う目録を選ぶ必要がある。
2 最高裁判例が示した特定の限界
最高裁判所第三小法廷平成23年9月20日決定(平成23年(許)第34号,民集65巻6号2710頁)は,銀行の全店舗を順位付けし,先順位店舗の預金から請求額に満つるまで順次差し押さえる方式について,差押債権の特定を欠き不適法であるとした。必要なのは単に最終的な検索が可能であることではなく,差押えの効力が第三債務者への送達時に生ずることにそぐわない事態とならない程度に,第三債務者が対象債権を速やかに,かつ,確実に識別できる記載である。
最高裁判所第三小法廷平成24年7月24日決定(平成24年(許)第1号,集民241号29頁)は,特定された普通預金口座について,送達時に現存する預金と送達後1年間の入金により生ずる部分を表示した事案で,将来入金部分は,当該銀行の事務・システム等の事情の下では特定を欠くとした。他方,両者は区別して表示されていたため,送達時の現存預金部分は特定に欠けず,その部分について差し戻した。同決定を将来預金債権一般の一律禁止と理解するのではなく,債権の性質,期間及び第三債務者の識別可能性を具体的に検討する必要がある。
全店一括順位付け方式が不適法となる理由,複数店舗への上限額の割付け及び現存・将来部分の分離については,預金債権差押命令における債権特定―全店順位付け方式と将来入金部分の分離(AI作成)で詳しく説明している。
第5 発令,送達及び第三債務者の陳述
1 差押命令の効力と送達
裁判所は,申立書及び添付書類を審査し,差押命令を債務者及び第三債務者に送達する。差押えの効力発生時は,債務者への送達時ではなく,第三債務者への送達時である(民事執行法145条5項)。この条項は法改正により項番号が変わっているため,旧資料の「145条4項」をそのまま引用しないよう注意を要する。
申立てから発令・送達までの日数,第三債務者と債務者のどちらに先に送達するかという運用及び郵便料は,裁判所,事件の補正状況及び送達事情により変わる。大阪地方裁判所における一律の日数又は送達順序を示す現行の公開資料は確認できないため,必要があれば同裁判所第14民事部に照会すべきである。
2 陳述催告
差押債権者が申立てをすると,裁判所書記官は,差押命令の送達に際し,第三債務者に対して,送達日から2週間以内に債権の存否その他の事項を陳述するよう催告する(同法147条)。預貯金残高,支払意思,先行する差押えの有無等を把握するため,通常は差押命令の申立てと同時に陳述催告を申し立てる。
第三債務者が故意又は過失により陳述しなかった場合又は不実の陳述をした場合,それによって生じた損害の賠償責任を負う。ただし,陳述書は債権の存在を確定する判決ではなく,第三債務者が支払を拒む場合には取立訴訟で権利関係を確定することになる。
第6 差押禁止債権と範囲変更
1 給与等の差押可能範囲
給与,賃金,俸給,退職年金及び賞与等については,原則として各支払期に受けるべき給付の4分の3が差押禁止となり,4分の1が差押可能となる。もっとも,税金及び社会保険料を控除した月額給与が44万円を超える場合,差押禁止部分の上限は33万円であり,33万円を超える部分を差し押さえることができる(民事執行法152条及び民事執行法施行令2条)。
養育費,婚姻費用その他の扶養義務等に係る請求権については,差押禁止部分が原則2分の1となるため,給与等の2分の1を差し押さえることができる。控除後の月額が66万円を超える場合の差押禁止部分の上限も33万円である。退職手当は通常の給与と規律が異なるため,支払期及び対象債権の性質を確認する必要がある。
2 公的・私的給付の受給権と預金債権
国民年金の給付を受ける権利は,原則として差し押さえることができない。ただし,老齢基礎年金及び付加年金について国税滞納処分による差押えを認める例外があるため,「公的年金はどの場面でも全額差押禁止」と一般化するのは正確でない(国民年金法24条)。
私的な積立・共済制度でも,iDeCoは確定拠出年金法32条1項・73条,小規模企業共済は小規模企業共済法15条,中退共は中小企業退職金共済法20条に受給権の差押禁止がある。
通常の退職金に関する民事執行法152条の一部差押禁止と一括しない。
ただし,iDeCoの国税滞納処分等の例外は老齢給付金・死亡一時金が対象であり,小規模企業共済には相続で取得した受給権等の例外がある。
中退共の国税滞納処分等の例外は被共済者の受給権について定められている。
制度と権利者を確定した上で条文の例外を調べる。
年金,生活保護費その他の差押禁止給付が金融機関の口座に振り込まれると,通常は金融機関に対する預金債権となる。その預金債権が差し押さえられ,生活の維持が著しく困難になる場合,債務者は民事執行法153条に基づく差押禁止債権の範囲変更を申し立てることができる。裁判所は,給付の性質だけでなく,債務者及び債権者の生活状況その他の事情を考慮して判断するため,入出金履歴,収支,資産及び扶養状況等の資料が必要となる(裁判所の民事事件Q&A)。
範囲変更は,差押命令を発した裁判所へ,債権者が金融機関から支払を受ける前に申し立てる必要がある。
入金の原資,家族構成,収入,生活費,残高及び他の資産を示す資料を早急にそろえる。
全額の取消しや債務の減額が当然に認められる手続ではなく,破産手続の自由財産拡張や国税滞納処分への不服申立てとも区別する。
三制度と自己破産の詳しい説明では,受給権と受取後の預金を分けて解説している。
3 刑事施設における作業報奨金
最高裁判所第三小法廷令和4年8月16日決定は,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律に基づく作業報奨金の支給を求める権利について,その性質上差押えを許さない権利であるとした(令和4年(許)第6号)。差押禁止の判断では,名称だけでなく,個別法の趣旨及び権利の性質を確認する必要がある。
作業報奨金の支給前の権利が差押禁止であるという判例と,支給後に金融機関の口座へ入金された預金債権の取扱いは区別される。後者が差し押さえられた場合には,前項と同様に,預金の原資及び生活状況を資料化した上で差押禁止債権の範囲変更を検討することになる。
第7 取立て,届出及び取立訴訟
1 取立権が発生する時期
金銭債権を差し押さえた債権者は,原則として,差押命令が債務者に送達された日から1週間が経過すると,第三債務者から直接取り立てることができる(民事執行法155条1項)。給与等の同法152条所定の債権については,原則として4週間であり,養育費等の扶養義務に係る金銭債権が請求債権に含まれる場合には1週間となる(同条2項)。
第三債務者への送達によって差押えの効力が生ずる時点と,債務者への送達後に取立権が発生する時点は異なる。取立てを始める前に,裁判所から送付される送達通知及び第三債務者の陳述書で,それぞれの送達日と支払条件を確認すべきである。
2 取立届,未取立届及び取立訴訟
差押債権者が第三債務者から支払を受けたとき,請求債権及び執行費用はその限度で弁済されたものとみなされ,差押債権者は直ちに取立ての届出をしなければならない。全部の支払を受けていないときは,必要に応じて残部について手続を継続する。
大阪地方裁判所管内の本庁,堺支部及び岸和田支部では,令和8年6月1日以後,債権者に還付する債務名義に,取立て,転付命令又は譲渡命令があった旨の奥書を添付しない運用となった(大阪地方裁判所第14民事部の案内)。債務名義の還付後に執行状況を確認する場合,取立届その他の事件記録も併せて管理する必要がある。
取立可能となった日から支払を受けないまま2年が経過したときは,支払を受けていない旨の届出が必要である。2年経過後4週間以内に取立届又は未取立届がない場合,裁判所は差押命令を取り消すことができる(同法155条5項から8項まで)。東京地方裁判所民事第21部の案内にも届出書式及び注意事項が掲載されている。
第三債務者が任意に支払わない場合,差押債権者は,第三債務者を被告として取立訴訟を提起できる。もっとも,第三債務者が債務者に対して有する抗弁,対象債権の不存在又は弁済済み等が争われる可能性があるため,訴訟前に契約関係及び陳述内容を精査する必要がある。
3 取立権に含まれる付随行為の範囲
民事執行法155条1項の取立権は,差押債権の支払を直接受けることだけでなく,差押債権を実現するために不可欠な付随行為にも及ぶ場合がある。取立権に含まれるためには,対象となる行為が債務者本人でなければできないものではなく,行使上の一身専属性を有しないこと(非一身専属性)が前提となる。最高裁判所第一小法廷平成11年9月9日判決は生命保険契約の解約権行使を,同小法廷平成18年12月14日判決はMMFの解約実行請求を,それぞれ取立権の内容として認めた。
最高裁判所第二小法廷令和8年9月30日決定は,訴訟手数料還付請求権を差し押さえた債権者が,民事執行法155条1項の取立権に基づき還付申立てをすることができると判断した。取立権に含まれるかは,対象債権の性質及び内容,行為の必要性,債務者に生ずる不利益並びに債務者が自ら行使しない事情等を総合して判断される。
したがって,債権回収に便宜的であるだけの行為や,債務者の契約上の地位を失わせるなど不利益の大きい行為まで当然に含まれるわけではない。差押債権者が訴訟手数料の還付を申し立てる場合は,差押命令,国及び債務者への送達並びに取立可能日を確認し,係属裁判所に提出方法を照会する。詳しくは「訴訟手数料還付請求権の差押え―差押債権者による還付申立てと最高裁令和8年9月30日決定(AI作成)」を参照されたい。
第8 差押えの競合,供託,配当及び転付命令
1 差押えの競合と供託
同じ債権に複数の差押え又は仮差押えが競合した場合,第三債務者が一人の差押債権者に任意に支払って処理できるとは限らない。差押えの範囲が競合するとき,第三債務者は差押対象額を供託する義務を負う場合があり,執行裁判所が配当等を実施する(民事執行法149条,156条及び166条)。
配当等を受ける債権者の範囲は,原則として,第三債務者が供託した時等の法定時点までに差押え,仮差押え又は配当要求をした者である(同法165条)。したがって,他の債権者の動向及び配当加入の期限を意識して手続を進める必要がある。
判決前の仮差押えと差押えとの効力の違い(換価・取立ての可否,時効及び破産手続開始による失効)については,仮差押えと差押えの違い―処分禁止の効力,時効の完成猶予及び破産手続開始による失効(AI作成)を,預金債権・給料債権の仮差押えについては,預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告(AI作成)を参照されたい。
犯罪利用口座の預金債権について,振り込め詐欺救済法に基づく法定分配を止め,口座名義人訴訟・預金差押えによる個別回収へ進む場合の届出,保全及び他の被害者への影響については,振り込め詐欺救済法の「被害者からの権利行使の届出」―法定分配を止めて口座名義人訴訟・預金差押えに進む手続(AI作成)を参照されたい。
2 配当対象となる遅延損害金
最高裁判所第三小法廷平成21年7月14日判決は,債権執行の配当手続において,申立て時に提出した債権計算書に記載した元金に対する,申立て後の配当期日までの遅延損害金も,特段の事情がない限り配当対象となるとした(平成20年(受)第1134号)。
最高裁判所第三小法廷平成29年10月10日決定は,差押債権者が第三債務者から取り立てた金銭の充当についても,債権差押命令の申立日後に生じた遅延損害金を含む請求債権に充当できるとした(平成28年(許)第46号)。いずれも,債務名義が認める遅延損害金の範囲を超えて請求できるという意味ではない。
3 転付命令の効果とリスク
転付命令は,差し押さえた金銭債権を券面額で差押債権者に移転し,支払に代える裁判である。転付命令が確定して効力を生じた場合,対象債権が存在する限り,請求債権及び執行費用は,転付命令が第三債務者に送達された時に券面額で弁済されたものとみなされる(民事執行法159条及び160条)。
そのため,第三債務者が無資力で実際には回収できない場合にも,存在する対象債権の券面額の限度で債務者に対する請求権が消滅するリスクがある。他の差押え等が先に競合すると転付命令が効力を生じない場合もあるため,第三債務者の信用力及び競合状況を確認して選択すべきである。
第9 養育費等の債権執行の特例
1 将来分と給与等の差押え
養育費,婚姻費用その他の扶養義務等に係る定期金債権は,一部に不履行があれば,期限未到来の将来分についても債権執行を開始できる。ただし,将来分について差し押さえられるのは,各定期金債権の期限到来後に弁済期が来る給与その他の継続的給付である(民事執行法151条の2)。
婚姻費用の標準額,子の監護費用部分及び令和8年改正後の先取特権上限の違いについては,婚姻費用算定表の見方,計算方法と特別事情(AI作成)を参照されたい。
養育費等に基づく給与差押えでは,前記のとおり差押可能範囲が原則2分の1に拡大され,取立てまでの待機期間も1週間となる。裁判所の養育費等に関する債権執行案内には専用の申立書式が掲載されている。
2 令和8年4月施行の新制度
令和8年4月1日施行の改正により,離婚後の子の監護費用について,取決めがない場合の法定養育費及び養育費債権の先取特権が新設された。法務省の制度案内によれば,法定養育費は子1人当たり月額2万円であり,同日以後に離婚した場合に適用され,養育費の取決め等がされるまでの暫定的な制度である。法定養育費についても,担保権実行として差押えを申し立てることができる。
父母の合意,調停調書又は公正証書等で取り決めた形成養育費については,子1人当たり月額8万円を上限として先取特権が認められ,債務名義がなくても担保権実行として差押えを申し立てることができる。ただし,養育費の取決め,支払期の到来及び金額等を文書で証明する必要がある。施行日前にした取決めに基づく形成養育費でも,令和8年4月1日以後に発生した分は対象となり得る(裁判所「養育費に基づく差押え」)。
3 財産開示等と差押えのワンストップ化
扶養義務等に係る請求権について執行力のある債務名義を有する債権者が,財産開示又は給与情報の取得を申し立てた場合,反対の意思を表示しない限り,開示又は取得された給与債権等について差押命令も申し立てたものとみなされる。財産開示期日に債務者が財産を開示しなかった場合,裁判所が市町村に給与支払者情報の提供を命ずる仕組みも設けられた(民事執行法167条の17)。
もっとも,対象債権を特定できないまま所定期間内に必要事項を補充しないときは,差押命令の申立てを取り下げたものとみなされる。制度を利用する場合も,勤務先その他の情報を可能な範囲で準備することが重要である。
なお,差押命令の申立てをしたものとみなされるのは給与債権に限られ,預貯金は含まれない。要件,手続の流れ及び預貯金が対象外とされた経緯は,養育費のワンストップ執行手続とは-財産開示から給与差押えまでの一括申立てと,銀行口座が対象外である理由(AI作成)で説明している。
第10 消滅時効,執行費用及び執行妨害
1 強制執行による完成猶予と更新
強制執行が開始されると,原則としてその事由が終了するまで消滅時効の完成が猶予され,手続が終了した時から新たに時効が進行する。ただし,権利についての確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによる権利確定を伴わず,申立ての取下げ又は法律の規定に従わない取消しによって手続が終了した場合,時効の更新は生じず,終了時から6か月間の完成猶予にとどまる(民法148条)。旧民法上の「時効中断」という表現を,現行法の効果にそのまま置き換えることはできない。
最高裁判所第一小法廷令和元年9月19日判決は,旧民法155条の解釈として,債権差押えによる時効中断の効力発生に債務者の了知を要しないとした(平成30年(受)第1137号)。これは旧法事案であるため,現在の事件では民法148条の文言,経過措置及び手続の終了原因を確認する必要がある。消滅時効全般については,消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置(AIリライト)も参照されたい。
差押え,財産開示手続及び配当要求による時効の完成猶予・更新と,申立ての取下げの効果は,強制執行・財産開示手続と時効の完成猶予・更新―差押えの了知不要,申立ての取下げ及び配当要求(AI作成)で詳しく説明している。
2 執行費用の扱い
債権執行の申立手数料,送達費用,資格証明書取得費用その他の法定の執行費用は,民事執行法上の手続で回収するのが原則である。最高裁判所第三小法廷令和2年4月7日判決は,強制執行の申立てに必要な費用で法定の執行費用に当たるものについて,債務者が任意に履行しなかったことを理由に,別途不法行為に基づく損害賠償として請求することはできないとした(平成31年(受)第606号)。
裁判所に提出する費用計算では,回収できる執行費用の項目及び額を申立先の書式に合わせる必要がある。弁護士費用その他の実費が全て当然に執行費用となるわけではない。
3 執行妨害と債務者側の救済
強制執行を免れる目的で財産を隠匿し,又は仮装譲渡する行為等は,事案により強制執行妨害目的財産損壊等の罪その他の犯罪となり得る(刑法96条の2以下)。もっとも,犯罪の成否は目的,行為態様及び対象財産等の構成要件を満たすかによって判断され,単に支払がないことだけで成立するものではない。
他方,債務者には,執行抗告,請求異議の訴え,執行停止及び差押禁止債権の範囲変更等の救済手段がある。各手段の対象,期限及び執行停止の要否は異なるため,強制執行に対する債務者の対抗手段―執行抗告,請求異議の訴え,執行停止,差押禁止債権の範囲変更(AIリライト)を参照されたい。
本執行に先立ち,電子記録債権(でんさい)を仮に差し押さえる場合の対象債権の特定,送達及び決済停止については,電子記録債権(でんさい)の仮差押え―債権の特定,送達及び決済停止の実務(AI作成)を参照されたい。
差押命令を受けた第三債務者の相殺については,差し押さえられた債権と相殺できるか―民法511条,債権取得時と弁済期(AI作成)を参照されたい。
本記事の個別論点と区別し,適用条文,債権・債務の当事者及び時期を確認する。
第11 出典・参考資料
1 法令
① 民事執行法(昭和54年法律第4号)
② 民事執行法施行令(昭和55年政令第230号)
③ 民法(明治29年法律第89号)
④ 刑法(明治40年法律第45号)
⑤ 国民年金法(昭和34年法律第141号)
⑥ 確定拠出年金法32条1項・73条。
⑦ 小規模企業共済法15条。
⑧ 中小企業退職金共済法20条(以上の差押禁止規定は令和8年10月12日確認)。
2 裁判例
① 最高裁判所第一小法廷平成11年9月9日判決(平成10年(受)第456号,民集53巻7号1173頁)
② 最高裁判所第三小法廷平成21年7月14日判決(平成20年(受)第1134号,民集63巻6号1227頁)
③ 最高裁判所第三小法廷平成23年9月20日決定(平成23年(許)第34号,民集65巻6号2710頁)
④ 最高裁判所第三小法廷平成24年7月24日決定(平成24年(許)第1号,集民241号29頁)
⑤ 最高裁判所第三小法廷平成29年10月10日決定(平成28年(許)第46号,民集71巻8号1482頁)
⑥ 最高裁判所第一小法廷令和元年9月19日判決(平成30年(受)第1137号,民集73巻4号438頁)
⑦ 最高裁判所第三小法廷令和2年4月7日判決(平成31年(受)第606号,民集74巻3号646頁)
⑧ 最高裁判所第三小法廷令和4年8月16日決定(令和4年(許)第6号,民集76巻6号1271頁)
⑨ 最高裁判所第二小法廷令和8年9月30日決定(令和7年(許)第23号)
⑩ 最高裁判所第一小法廷平成18年12月14日判決(平成17年(受)第1461号)
3 裁判所及び法務省の案内
② 裁判所「債権執行手続(債務名義に基づく差押え)で使う書式(申立書・当事者目録)」
③ 裁判所「債権執行手続(債務名義に基づく差押え)で使う書式(差押債権目録)」