マンション建替事業の補償金請求権について,担保権者保護のための法定供託義務があるだけでなく,複数の差押命令による差押えの競合が生じた場合,施行者である第三債務者は,双方の供託原因を記載した混合供託をしなければなりません。
最高裁令和4年10月6日第一小法廷判決は,当時の「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」76条3項と民事執行法156条2項の各供託義務は併存し,一方の法条だけを根拠にした供託では,差押債権者に対抗できないと判断しました。
令和8年4月1日,法律名は「マンションの再生等の円滑化に関する法律」に変わりました。本記事では,判決当時の法律を「旧マンション建替円滑化法」,現行法を「マンション再生円滑化法」と表記し,判決の規律と現行法の確認を区別します。
第1 結論
最高裁令和4年10月6日判決(令和2年(受)第1462号)の要点は,次のとおりです。
- 旧マンション建替円滑化法76条3項の供託義務は,補償金が区分所有権等に代わる価値となる場面で,抵当権者等が物上代位権を行使する機会を確保するためのものです。
- 一つの補償金請求権に複数の差押命令が発せられて差押えが競合すると,第三債務者は民事執行法156条2項により,その債権の全額相当額を供託する義務を負います。
- 旧マンション建替円滑化法その他の法令に,前者の供託義務を負う場合に後者の供託義務を免除する規定はありません。
- したがって,第三債務者は,両方の法条を供託原因とする混合供託をしなければなりません。旧マンション建替円滑化法76条3項だけを根拠にした供託では,差押債権者に対抗できません。
第2 最高裁令和4年10月6日判決の事案
マンション建替組合は,マンション建替事業を施行する者でした。区分所有者は,区分所有権を失い,再建マンションの権利を与えられないことになったため,組合に対して1905万円の補償金支払請求権を取得しました。区分所有権には抵当権及び根抵当権が設定されていました。
まず,一般債権者が連帯保証債務履行請求権を請求債権として,補償金請求権を差し押さえました。その後,根抵当権者及び抵当権者も,物上代位権の行使として補償金請求権を差し押さえ,複数の差押命令が競合しました。担保権者らは,補償金を供託しなくてよいという申出をしていませんでした。
組合は,旧マンション建替円滑化法76条3項だけを根拠法条として1905万円を供託しました。一般債権者は,この供託は自分に対抗できないとして,組合に対し,補償金と遅延損害金を供託の方法で支払うよう求める取立訴訟を提起しました。
原審は,旧法76条3項に基づく供託を差押債権者にも対抗できるとしましたが,最高裁はこれを破棄し,一般債権者の請求を認容しました。主文は,補償金1905万円と遅延損害金を「供託の方法により」支払うよう命じています。
第3 二つの供託義務が競合する理由
1 マンション再生円滑化法76条3項の供託
現行のマンション再生円滑化法76条3項は,施行者が,先取特権,質権又は抵当権の目的物について補償金を支払う場合,これらの権利者全員から供託不要の申出があったときを除き,補償金を供託しなければならない旨を定めています。
この供託の目的は,施行者が補償金を旧所有者等へ直接支払ってしまい,抵当権者等が補償金に対する物上代位権を事実上行使できなくなることを防ぐことです。担保権者を保護するため,補償金を供託所に留保する仕組みです。
2 民事執行法156条2項の執行供託
民事執行法156条2項は,一個の金銭債権に複数の差押命令が発せられ,差押えが競合した場合,第三債務者はその債権の全額に相当する金銭を供託しなければならないと定めます。
この供託は,競合する差押債権者間の配当手続へ目的物を移し,第三債務者を二重払いの危険から解放するための執行供託です。差押命令が一件だけのときに第三債務者が選択できる権利供託(同条1項)と異なり,差押えが競合した場合の同条2項は義務供託です。
3 混合供託が必要になる
最高裁は,旧マンション建替円滑化法その他の法令に,旧法76条3項の供託義務を負うときは民事執行法156条2項の供託義務を負わないという規定がないことを重視しました。二つの義務は保護目的を異にし,互いに排除しません。
そこで,第三債務者は,同じ補償金について二回供託するのではなく,旧法76条3項と民事執行法156条2項の双方を根拠法条として記載する混合供託を行います。供託原因に両方の法律関係を反映させることにより,担保権者の物上代位と,差押債権者間の配当の双方を一つの供託金に接続させます。
第4 旧法76条3項だけの供託では足りない
本件で組合がした供託は,金額自体は補償金全額の1905万円でした。しかし,供託原因は旧マンション建替円滑化法76条3項だけであり,民事執行法156条2項に基づく差押え競合時の義務供託を兼ねる表示になっていませんでした。
最高裁は,この供託をもって一般の差押債権者に対抗することはできないとしました。重要なのは,供託額が同じであれば足りるのではなく,どの法的義務に基づく供託であるかを正確に表示し,その後の払渡し・配当手続に接続させることです。
供託書の根拠法条又は供託原因の誤りは,後から「実質は同じ」と説明すれば常に補えるものではありません。供託前に,補償金の法定供託義務,差押命令の件数と送達順序,物上代位による差押えの有無及び担保権者の供託不要の申出の有無を確認します。
第5 供託金の払渡しと優先関係
混合供託をしても,抵当権者等の優先権が失われるわけではありません。最高裁は,抵当権者等は物上代位権を行使し,差押債権者らに優先して混合供託金の払渡しを受けることができると説明しています。
一般の差押債権者は,担保権者への払渡し後に残額がある場合に限り,その残額について配当等を受けます。混合供託は,担保権者と一般債権者を同順位にする制度ではなく,それぞれの優先関係を維持したまま,両方の手続を供託金に接続する仕組みです。
第6 第三債務者・差押債権者の実務
1 第三債務者側
- 補償金の根拠条文と,目的物に付された先取特権・質権・抵当権の登記を確認する。
- 担保権者全員から供託不要の申出があるかを,書面と権限資料で確認する。
- 差押命令の送達日時,請求債権,差押債権者及び物上代位による差押えか否かを一覧化する。
- 複数の差押命令が競合する場合,民事執行法156条2項を含む混合供託として供託原因を構成する。
- 供託後は,執行裁判所への事情届・供託書正本等の提出を含む後続手続を確認する。
2 差押債権者側
- 第三債務者の陳述書,供託書及び供託原因を入手し,民事執行法156条2項が根拠に含まれているかを確認する。
- 補償金の元となった権利に担保権が付いていないか,物上代位による差押えが先行又は競合していないかを登記と執行記録で確認する。
- 一般債権者として差し押さえても,担保権者への優先払渡し後に残額がなければ配当を受けられないことを回収見込みに織り込む。
- 法定供託だけがされている場合,その供託を差押債権者に対抗できるかを最高裁判決に照らして検討する。
法務局の供託手続と執行裁判所の配当等の手続は別の窓口・記録で進みます。実際の供託書の記載,添付書類及び事情届の扱いは,供託所と執行裁判所に事前照会することが安全です。
第7 法律名の変更と判決の読み方
最高裁判決が引用する法律名は「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」です。その後,令和7年法律第47号による改正が令和8年4月1日に施行され,法律名は「マンションの再生等の円滑化に関する法律」に変更されました。
本記事の基準日である令和8年10月1日現在,供託義務を定める条文は現行法76条3項です。ただし,個別事件では,補償金の発生原因,権利変換等の時期及び改正法の経過措置を確認し,適用される法令を特定する必要があります。判決当時の法律名を現行名へ機械的に読み替えるだけでは足りません。
第8 出典と確認範囲
- 最高裁令和4年10月6日第一小法廷判決(令和2年(受)第1462号)判決全文PDF
- 民事執行法(e-Gov法令検索)
- マンションの再生等の円滑化に関する法律(e-Gov法令検索)
- 法務省「供託Q&A」
- 国土交通省「改正マンション関係法の施行に伴う関係政令」
本記事の判例部分は,裁判所ウェブサイトで公開されている最高裁判決全文で確認しました。現行法の名称・条文は令和8年10月1日現在のe-Gov法令検索,法律名の変更日・施行日は国土交通省公表資料で確認しています。判例秘書による判決本文・評釈の照合はしていません。実際の供託申請では,法務局及び執行裁判所の最新の書式・運用を確認してください。