第1 この記事の対象と結論1 対象,基準日及び他の記事との分担2 結論第2 本人の死亡で消えるもの,残るもの1 代理権は消滅する2 民法873条の2の死後事務3 民法874条が準用する654条の応急処分4 民法697条以下の事務管理5 三つの関係――873条の2は上限ではない第3 民法873条の2の柱書の要件1 「必要があるとき」2 「相続人の意思に反することが明らかなとき」3 「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」第4 1号及び2号――家庭裁判所の許可を要しない行為1 1号の保存行為2 2号の弁済3 払戻しが必要になった時点で3号許可が要る第5 3号許可の対象――「相続財産の保存に必要な行為」1 判定の基準2 火葬,埋葬及び納骨3 残置動産の廃棄と借家の明渡し4 後見人報酬及び後見事務費の精算5 申立ての実際第6 葬儀ができないときの経路1 3号許可の対象外とされる理由2 大阪家庭裁判所の取扱い3 事務管理による経路4 親族から依頼された場合第7 原資の確保1 死亡前の引出し2 死亡後の払戻し3 年金受給口座と残す口座第8 管理計算と引継ぎ1 管理の計算2 引継ぎは相続人1人で足りる3 相続人の調査4 受領を拒絶された場合5 相続財産管理人と相続財産清算人第9 監督,報酬及び終了登記第10 保佐人及び補助人第11 令和8年法律第45号による改正1 民法876条の26の構造2 施行日前に開始した後見の扱い第12 実務上の確認手順と停止基準1 死亡の連絡を受けた時点で確認する事項2 根拠を選ぶ順序3 高負担の手続へ進まない基準4 結論を左右し得る不確実な要素第13 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 家庭裁判所の資料4 文献5 関連記事
第1 この記事の対象と結論
1 対象,基準日及び他の記事との分担
本記事は,成年被後見人が死亡した直後に,成年後見人であった者が何を,どの根拠で,どの順序で行うことができるかを整理するものである。
調査の基準日は令和8年9月7日であり,法令は同日現在のe-Gov法令検索で確認した現行条文による。
引用する家庭裁判所の資料は平成29年から平成30年までに公表されたもの,実務書は令和5年に発行されたものであり,資料の対象期間はこの範囲である。
令和8年法律第45号による改正法は本記事の作成時点で施行されておらず,改正後の姿は第11で別に扱う。
火葬許可証の交付手続そのものは火葬許可証で,遺骨の帰属及び葬儀費用の終局的な負担者は葬儀・火葬の実施で,本人の生前に締結する契約は死後事務委任契約の効力,内容及び作成時の注意点で扱っている。
本記事はこれらと重複する説明を置かず,後見人の側の判断だけを対象とする。
この論点には,参照できる裁判例がほとんどない。
裁判所ウェブサイトの裁判例検索を令和8年9月7日に行ったところ,全文検索の語を「民法873条の2」としたときの該当件数は0件,「八百七十三条の二」としたときも0件であった。
「873条の2」では2件が該当したが,いずれも著作権に関する知的財産の事件であって条文の引用として一致したものではない。
同じ検索式で「成年後見人」を検索すると102件が該当するから,検索の仕組み自体は動いている。
裁判所ウェブサイトに掲載がないことは裁判例が存在しないことの証明にはならないが,公開されている範囲で民法873条の2の解釈が正面から争われた例は見当たらないため,本記事は条文と,家庭裁判所自身が公表した運用の説明及び実務書の記述を根拠として組み立てている。
2 結論
本人の死亡により後見は終了し,成年後見人の代理権は消滅する。
それでも元後見人が死後の事務を行うことができる根拠は,①民法873条の2の死後事務,②民法874条が準用する同法654条の応急処分,③民法697条以下の事務管理の三つに分かれる。
どの根拠で動いているかによって,家庭裁判所の許可の要否,費用の求償先及び裁判所への報告の内容が変わる。
実務上の分岐点は三つである。
第一に,凍結された預貯金口座から金銭を払い戻す必要があるかどうかであり,払戻しが必要になった時点で民法873条の2第3号の家庭裁判所の許可(以下「3号許可」という。)が必要になる。
第二に,葬儀を行うかどうかであり,葬儀は3号許可の対象とされていないため,葬儀を行うのであれば事務管理の構成によることになる。
第三に,相続人が引継ぎを受けるかどうかであり,引継ぎは相続人の1人に対して行えば足りるが,その1人すら受け取らないときは弁済供託又は相続財産管理人の選任という別の出口が要る。
第2 本人の死亡で消えるもの,残るもの
1 代理権は消滅する
民法111条1項1号は,代理権が本人の死亡によって消滅すると定める。
民法653条1号も,委任が委任者又は受任者の死亡によって終了すると定めている。
大阪家庭裁判所家事第4部後見係「大阪家裁後見センターだより」第3回(月刊大阪弁護士会2017年10月号54頁~55頁)も,後見人は被後見人の死亡により代理権等の権限を失うことを出発点として説明している。
したがって,本人が死亡した後の元後見人の行為は,いずれも例外規定の上に立つことになる。
2 民法873条の2の死後事務
民法873条の2は,「成年被後見人の死亡後の成年後見人の権限」という見出しの下に,「成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。ただし、第三号に掲げる行為をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。」と定める。
掲げられている行為は,①相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為(1号),②相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済(2号),③その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前2号に掲げる行為を除く。)(3号)の三つである。
この規定は,成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成28年法律第27号。以下「円滑化法」という。)により新設され,平成28年10月13日に施行された。
3 民法874条が準用する654条の応急処分
民法874条は,民法654条及び655条を後見について準用する。
民法654条は,「委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない」と定めている。
条文の文言が「しなければならない」である以上,これは権限であると同時に義務であり,家庭裁判所の許可を要しない。
4 民法697条以下の事務管理
民法697条1項は,義務なく他人のために事務の管理を始めた者が,その事務の性質に従い,最も本人の利益に適合する方法によって事務の管理をしなければならないと定める。
元後見人が相続人らのために事務管理を行い,その費用を民法702条1項の有益費償還請求により清算する,という構成である。
大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター編「【全訂版】成年後見人の実務2023」(大阪弁護士協同組合,2023年)131頁~132頁は,この方法によれば裁判所の許可を得る必要はなく,事後的な報告で足りるとする。
もっとも,民法697条2項及び700条ただし書があるため,相続人の意思に反する対応はできない。
5 三つの関係――873条の2は上限ではない
重要なのは,民法873条の2が従前の対応を制限する規定ではないという点である。
前記「大阪家裁後見センターだより」第3回は,円滑化法の施行以前も,後見終了時の応急処分(民法654条)や相続人全員のための事務管理(民法697条)を根拠として一定の範囲の死後事務を行うことは可能であると解されていたとした上で,円滑化法は従前から行うことのできていた行為を制限する趣旨とは解されないので,応急処分等の要件を満たす行為は施行後も家庭裁判所の許可なくして適法に行うことが可能であるとする。
前記「【全訂版】成年後見人の実務2023」128頁も,民法873条の2は保存行為の範囲内で成年後見人に権限があることを確認したものであって,これらが成年後見人の義務となるものではなく,従前の事務管理法理等による対応が否定されるものでもないと述べている。
したがって,3号許可が得られないことは,元後見人が何もできないことを意味しない。
第3 民法873条の2の柱書の要件
1 「必要があるとき」
前記「大阪家裁後見センターだより」第3回は,「必要があるとき」とは,相続人ではなく後見人が当該事務を行わなければならない場合をいうとする。
同回が挙げる例は,入院費等の支払を請求されているが,相続人の連絡先が不明で,成年後見人が支払をしないと相当期間債務の支払がされないこととなる場合である。
相続人が現に対応できる状況であれば,この要件は満たされない。
2 「相続人の意思に反することが明らかなとき」
同回は,これを,後見人が死後事務を行うことについて相続人が明確に反対の意思表示をしている場合をいうとし,相続人が不存在の場合や存否が明らかでない場合,相続人と連絡が取れない場合はこれに当たらないとする。
他方,相続人が複数いる場合には,一人でも反対の意思表示を明らかにしているときはこれに当たると考えられる旨が,同回の注に記されている。
前記「【全訂版】成年後見人の実務2023」128頁~129頁も,相続人の意思を確認することは求められていないから,相続人はいるがすぐに連絡が取れないなどの場合であれば死後事務を行うことは可能であるとする。
実務上は,「連絡が取れない」のか「反対されている」のかを,時期と方法を含めて記録の上で区別しておくことが要点になる。
3 「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」
同書128頁は,相続人に引継ぎができる状況となったときは速やかに引継ぎをしてその後の対応は相続人に委ねるべきであるから,死後事務を行うことができるのはそれまでに限られるとする。
民法873条の2の権限は,引継ぎまでの暫定的なものである。
第4 1号及び2号――家庭裁判所の許可を要しない行為
1 1号の保存行為
前記「【全訂版】成年後見人の実務2023」129頁は,1号の例として,相続財産に属する債権について時効の完成が間近に迫っている場合に行う時効の完成猶予のための行為(民法147条1号の裁判上の請求等)や,相続財産に属する建物に雨漏りがある場合の修繕を挙げる。
これらは特定の財産に対する保存行為であり,家庭裁判所の許可を要しない。
(続きを読む...)成年被後見人が死亡した後に元後見人ができること-民法873条の2の死後事務と事務管理(AI作成)