第1 問題の所在と結論
1 本記事が扱う問題
認知症,知的障害又は精神障害により判断能力が低下した本人について,手術,輸血,内視鏡検査その他の身体への侵襲を伴う医療(以下「医的侵襲」という。)が必要になる場面は多い。
このとき,医療機関が成年後見人に対して同意書への署名を求めることがあり,後見人が対応に迷って弁護士に相談する例は少なくない。
本記事は,後見人自身,病院を顧問する立場又は本人の家族から相談を受ける弁護士を念頭に,成年後見人の医療同意に関する現行法の枠組み,行政ガイドラインが示す実務の到達点,個別の特別法における関与規定,本人の同意能力及び緊急時の扱い,並びに令和8年の法改正を含む立法の動向を,条文及び公的資料に即して整理するものである。
基準日は令和8年9月19日であり,法令は同日現在のe-Gov法令検索で確認した条文による。
2 結論の要旨
現行の民法は,成年後見人に対し,本人に代わって医的侵襲に同意する権限(医療同意権)を与える明文を置いていない。
厚生労働省及び最高裁判所等が関与して作成された複数の行政ガイドラインも,医療同意は成年後見人等の業務に含まれないという立場を明示している。
もっとも,精神保健福祉法の医療保護入院や予防接種法など,個別の特別法が特定の場面で後見人・保佐人又は「保護者」を関与主体として定めている例があり,これらは一般的な医療同意権を認めたものではない。
両者を区別して考える必要がある。
予防接種については,令和6年度から高齢者の新型コロナワクチンがB類疾病の定期接種になり,令和8年9月1日には予防接種実施規則の同意の方法が改正されたため,成年後見人の関与の仕方を改めて確認する必要がある。
後見・保佐を廃止して補助に一元化する令和8年の民法改正でも,医療同意権は創設されなかった。
第2 現行法における後見人の権限と医療同意
1 民法が定める後見人の権限の範囲
成年後見人の代理権について,民法859条1項は,後見人が「被後見人の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為について被後見人を代表する」と定めている。
民法858条は,後見人が生活,療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たり,本人の意思を尊重し,その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならないと定めるが,これは一般的な義務を定める規定であり,特定の権限を積極的に付与する規定ではない。
後見人の権限が明文で拡張されている例外は,成年被後見人の死亡後の事務に関する民法873条の2である。
同条は,必要があるときに,相続財産の保存に必要な行為,弁済期の到来した債務の弁済及び死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結(火葬・埋葬の契約は家庭裁判所の許可を要する。)をすることができると定める。
このように死後事務については明文の手当てがされているのに対し,生前の医的侵襲への同意については,これに対応する規定が置かれていない。
療養看護に関する事務の代理として,診療契約(医療契約)や入院契約の締結,医療費の支払,診療情報の受領やカルテの開示請求を行うことは,財産に関する法律行為又はその付随事務として後見人の権限に含まれると考えられる。
しかし,契約を締結することと,その履行として実施される個々の医的侵襲に同意することは別の問題である。
本記事では,前者は後見人の事務に含まれるが,後者は含まれないと整理する。
受診に必要な保険資格の確認に関し,電子証明書の期限切れや資格確認書の取扱いについては,別稿「成年後見人のマイナンバーカード管理」で整理している。
2 医的侵襲への同意が代理になじまないとされる理由
医的侵襲への同意は,本人の身体という一身専属的な法益の処分であり,日本国憲法13条に由来する自己決定権の行使としての性質を持つ。
財産に関する法律行為の代理を予定した民法859条1項の枠組みには,このような判断は含まれないと解される。
この自己決定権の性質は,裁判例にもあらわれている。
最高裁平成12年2月29日判決・民集54巻2号582頁は,宗教上の信念から輸血を拒否する固い意思を有する患者について,医師が他に救命手段がない場合には輸血する方針を採っていることを説明せず手術・輸血をした事案において,「意思決定をする権利」を奪われたことによる精神的苦痛について不法行為責任を認めた。
もっとも同判決は,本人が明確な意思を有する場面における医師の説明義務を扱ったものであり,成年後見人が本人に代わって同意することの可否を直接判断したものではない。
この判決は,医的侵襲への同意が本人の人格的利益に深く結び付くという理解を示すものとして参照される。
宗教上の理由による輸血拒否をめぐる裁判例と,エホバの証人が令和8年9月に他人の血液に由来する主要な成分の使用を各信者の判断に委ねたことの実務上の意味は,別稿「エホバの証人の輸血方針の変更(令和8年9月)と宗教的輸血拒否の法的枠組み―成人患者の意思確認,同意書及び子どもへの輸血」で扱っている。
成年後見人の医的侵襲同意権の有無を正面から判断した裁判例は,裁判所ウェブサイトの裁判例検索では確認できなかった。
同サイトは全裁判例を収録するものではないから,これは裁判例が存在しないことの証明ではない。
3 実務書が紹介する限定的肯定説
大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター編『【全訂版】成年後見人の実務2023』(大阪弁護士協同組合,2023年)74頁~75頁は,立法担当者が平成11年の民法改正の際に医的侵襲に関する決定・同意権の規定の導入を時期尚早とした経緯を紹介した上で,本人が決定・同意できない場合に,①病的症状の医学的解明に必要な最小限の医的侵襲行為(触診,レントゲン検査,血液検査等),②診療契約から当然予想される危険性の少ない軽微な身体的侵襲(一般的な投薬・注射,骨折の治療,傷の縫合等),本人の推定的意思に反しない場合の③健康診断及び各種検診,④各種予防接種について,成年後見人に同意権を認める考え方(限定的肯定説)があることも紹介している。
同書75頁は,医療機関がどうしても同意書への署名を求める場合には,家族等がいれば家族等に委ね,家族等がいないときは,ガイドラインの内容を説明し,成年後見人には医療に関する同意権がなく同意書に署名しても法的な効果がないことを説明した上で,署名することもやむを得ないとしている。
本記事では,署名をする場合でも,後記第3の1のガイドラインが例示する「説明を受けた」旨の記載にとどめる形を先に検討し,同意権がないことを書面上も明らかにしておくのが相当と考える。
4 受診の付添いと後見事務の区別
車椅子を押すこと,車両への乗降を介助すること,待合室で見守ること等は,診療契約の締結とは異なる事実行為である。
成年後見人であるというだけで,これらの現実の介護又は行動監督を後見人本人が当然に行う義務を負うわけではない。
最高裁平成28年3月1日判決(平成26年(受)第1434号・第1435号)は,民法714条の監督義務者責任を扱った事案において,民法858条は成年後見人に事実行為として本人の現実の介護又は行動監督を求めるものではない旨を判示した。
同判決は通院付添いを直接判断したものではないが,身上配慮義務と現実の介護を区別する根拠となる。
もっとも,必要な受診を実現するため,病院と必要な支援内容を確認し,適切な付添い・移送サービスを調査し,契約及び支払を行うことは後見事務となり得る。
精神科病院入院中の他科受診における役割分担,介護保険・障害福祉及び自費サービスの使い分けは,別稿「精神科病院入院中の成年被後見人が他科を受診するときの付添い」で整理している。
第3 行政ガイドラインが示す実務の到達点
1 身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定のガイドライン
厚生労働省の「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」(令和元年6月3日医政総発0603第1号の別添として発出)は,医療同意の帰属について正面から述べている。
同ガイドラインは,成年被後見人等について「成年後見人等の第三者が医療に係る意思決定・同意ができるとする規定はなく」,医療に係る決定・同意を行うことは「後見人等の業務に含まれているとは言えません」とする。
また,医療行為の同意は本人の一身専属性がきわめて強く,第三者に同意の権限はないとの立場を示している。
その上で,同ガイドラインは,医療機関に対し,成年後見人等に同意書への署名を強要しないよう注意を促し,説明を行った事実を記録に残したい場合には「成年後見人として担当医の説明を受けました」といった記載による対応を例示している。
後見人に期待される関与としては,本人の意思を推定するための情報提供,説明の場への同席,多職種連携の場への参加,本人に提供される医療の内容が適切かを確認するための医療機関への説明の要求などが挙げられている。
直ちに救命措置を必要とする緊急の場合には柔軟に対応する必要があるともされている。
2 意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン
最高裁判所,厚生労働省及び専門職団体等が関与して作成された「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」(令和2年10月30日)は,後見人等の役割を,まず本人の意思決定を支援することに置き,支援を尽くしてもなお意思決定・意思確認が困難な場合に限って代行決定に移行するという枠組みを示している。
もっとも,同ガイドラインは,その代行決定の対象からも「身体への侵襲を伴う医療に関する意思決定」を明示的に除外し,脚注において後見人等は医療行為に関する同意権を有していないと明記している。
医療の局面における後見人等の関与の在り方については,前記1のガイドラインを参照するよう案内している。
3 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスのガイドライン
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)は,医療同意権の帰属を論じるものではないが,本人の意思決定を基本とし,本人の意思が確認できない場合には家族等による意思の推定を尊重し,それも困難なときは医療・ケアチームで本人にとって最善の方針をとるという判断過程を示している。
同ガイドラインにいう「家族等」は,法的な親族関係に限らず,本人が信頼を寄せる者を広く含む概念とされており,成年後見人を医療同意の主体として想定するものではない。
前記1のガイドラインは,本人の意思が確認できない場面の判断枠組みとして,このプロセスの考え方を踏まえるべきものとしている。
令和8年9月28日に公表された「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」も,この厚生労働省のガイドラインに準拠し,「家族等」は法的な親族関係に限定されず,患者の意向を推定するうえで重要な役割を果たし得る人を含むとしている(Q&A集Q5)。
同ガイドラインは,意思決定において尊重されるべきは患者の意見であり,家族等の事情や立場が患者にとっての最善と一致しない可能性に留意する必要があるとしている(同Q6)。
救急・集中治療の場面での手順と診療録の記載事項は,救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン(令和8年9月)―法的位置付け,判断の手順,診療録の記載事項及び裁判例の読み方(AI作成)で整理している。
日本老年医学会は「高齢者の人生の最終段階における医療・ケアに関する立場表明2025」において,本人の意思が不明な場合に家族等へ「代理決定」を求めるのは適切ではなく,家族等の役割は本人の意思を医療・ケアチームへ伝える「代弁」であると整理している。また,同学会の平成24年ガイドラインは,人工的水分・栄養補給の導入後の減量・中止についても,導入時と同じ意思決定プロセスを基本とする。胃瘻造設後に肺炎等で入退院を繰り返す場合の再評価,家族及び成年後見人の役割並びに記録の残し方は,別稿「胃瘻後に入退院を繰り返すときの本人意思―ACP,家族の関与,治療の差控え・中止及び成年後見人の役割(AI作成)」で整理している。
4 看取り介護の同意書を求められたとき
介護施設から,看取り介護を行うことについて成年後見人に同意書への署名を求められることがある。
前記『【全訂版】成年後見人の実務2023』76頁~77頁は,自らの人生の最後をどのように迎えるかは本人のみが決めることができるものであり,成年後見人が決定できるものではないとした上で,本人の意思を表明できる段階で意向を少しずつ聞き取り,事前指示書等の作成の情報提供をしておくことが望ましいとする。
同書77頁は,既に本人が意思を表明できない段階で署名を求められた場合でも,成年後見人に決定・同意権はなく,最終的には前記3のガイドラインに従って医療・ケアチームの判断に委ねるものとした上で,施設の看取り介護指針に基づいて行うことについて説明を受けたという意味で署名することはあり得るとしている。
この場合も,署名の意味を「説明を受けた」ことに限定して書面上明らかにしておくことが要点である。
大阪地裁令和5年12月8日判決(令和4年(ワ)第845号、判例秘書L07851433)は、在宅での看取りを希望していた訪問看護利用者の急変時対応について、「在宅での看取り」という希望が当然にDNAR、救急車を呼ばないこと又は救急要請前に主治医へ連絡することまで含むものではないとした。具体的希望、主治医のDNAR指示、書面及び多職種間の共有がなかったことなどから、合意及び注意義務違反を否定している。
したがって、後見人が「説明を受けた」旨を記載するときも、その書面を包括的な看取り同意又は医療同意として扱わせないことが重要である。施設・医療機関には、少なくとも次の事項を分けて確認・記録するよう求める。
- 本人が希望する療養場所
- 心停止時の心肺蘇生の実施又は不実施
- 心停止前の急変時に行う診察、治療及び苦痛緩和
- 救急搬送を希望する場面と希望しない場面
- 急変時の連絡先と、主治医・家族等への連絡順序
- 本人の意思を確認できない場合に参照する従前の発言及び記録
終末期の予後説明とACPの一般的整理は「がん終末期の急変と予後説明・ACP―家族説明、記録、医療紛争で確認する事項(AI作成)」を、説明義務違反と慰謝料に関する下級審裁判例は「終末期の予後説明義務違反と慰謝料―死亡との因果関係、療養機会喪失及び自己決定権の下級審裁判例(AI作成)」を参照されたい。
第4 個別の特別法における関与規定
一般法である民法に医療同意の代諾規定がない一方で,個別の特別法は,特定の場面ごとに関与主体を定めている。
後見人の位置付けは法律ごとに異なるため,場面を特定して確認する必要がある。
1 精神保健福祉法の医療保護入院
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律33条1項は,一定の要件の下で「その家族等のうちいずれかの者の同意があるときは,本人の同意がなくても」入院させることができると定める。
ここでいう「家族等」について,同法5条2項は「精神障害者の配偶者,親権を行う者,扶養義務者及び後見人又は保佐人」と定義している。
後見人及び保佐人は同意主体になり得るが,条文の列挙は保佐人までであり,補助人は含まれていない。
これは,医療内容一般への同意ではなく,非自発的な入院という手続についての同意である点に留意を要する。
本記事では,これを個々の医的侵襲への一般的な同意権とは区別して理解する。
なお,令和4年法律第104号による改正(医療保護入院に関する部分は令和6年4月1日施行)により,家族等の全員が意思を表示することができない場合等にも市町村長の同意による入院が可能となり,入院期間の定めと更新の仕組みが設けられたが,「家族等」の定義における後見人・保佐人の位置付け自体は変更されていない。
同改正で強化された退院促進の措置と,退院後の住まい,福祉サービス及び生活費に関する制度の全体像は,別稿「精神科病院退院者の環境調整の諸制度」で整理している。
2 予防接種法の「保護者」と同意の取得
(1) 条文の構造
予防接種法2条7項は,「この法律において「保護者」とは、親権を行う者又は後見人をいう。」と定めている。
同法8条2項及び9条2項は,対象者が「十六歳未満の者又は成年被後見人」であるときに,保護者に対する接種の勧奨と,保護者が接種を受けさせるため必要な措置を講ずる努力義務を定めているが,その対象は「定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種」に限られている。
したがって,高齢者のインフルエンザ,新型コロナ等のB類疾病の定期接種には,本人に対しても保護者に対しても,勧奨及び努力義務の規定は及ばない。
これは,成年後見人に医療に関連する役割を明文で与えた例であるが,医的侵襲一般への私法上の同意権を創設したものとは異なる。
予防接種実施規則5条の2第1項は,予防接種を行うに当たっては,あらかじめ「被接種者又はその保護者」に対して適切な説明を行い,「同意を得なければならない」と定めている。
同項は,令和8年厚生労働省令第136号(令和8年9月1日施行)による改正前は「文書により同意を得なければならない」としていたが,改正後は,接種を行う者が同意の有無を電磁的記録として記録しなければならず,被接種者又は保護者が書面により同意の有無を示したときはこの限りでないとする形に改められた。
同意書への署名は,同意の方法の一つとなったことになる。
(2) 新型コロナワクチンの位置付けの変化と成年後見人の関与
新型コロナワクチンの特例臨時接種は令和6年3月31日で終了し,令和6年度からは,65歳以上の者等を対象とするB類疾病の定期接種として秋冬に行われている(厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A」)。
特例臨時接種の時期に,厚生労働省の「成年後見制度利用促進ニュースレター第29号」(令和3年3月22日)は,予防接種法令上の「保護者」には後見人が含まれるとした上で,本人の同意を確認できた場合は本人の自署又は代筆によるが,本人の接種の意思を確認することが難しい場合には,家族や医療・ケアチーム等と相談しながら成年後見人が判断して署名することになると説明し,保佐人,補助人及び任意後見人は同意の署名をすることができないとしていた。
前記『【全訂版】成年後見人の実務2023』75頁~76頁も,同じ説明を紹介している。
しかし,現在のB類疾病の定期接種について,厚生労働省の「定期接種実施要領」(令和8年9月1日改正)第1総論10(4)は,「B類疾病の定期接種の実施に際しては、接種を受ける努力義務がないことを踏まえ、対象者が自らの意思で接種を希望していることを確認すること。」とし,「対象者の意思の確認が容易でない場合は、家族又はかかりつけ医の協力を得て、その意思を確認することも差し支えないが、明確に対象者の意思を確認できない場合は、接種してはならないこと。」としている。
同要領には成年後見人が署名することについての記載はなく,高齢者のインフルエンザ及び新型コロナワクチンの予診票の署名欄も,接種を受ける者の自署又は代筆者の署名の形になっている。
本記事では,ニュースレター第29号の説明は特例臨時接種の時期のものであり,現在のB類疾病の定期接種では,成年後見人の役割は本人の意思の確認を支援することにあり,本人の意思を確認できないのに成年後見人の判断で接種を進めることはできないと整理する。
(3) 令和8年改正による「保護者」の定義の変更
民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(令和8年法律第46号)は,予防接種法2条7項の「保護者」を「親権を行う者並びに未成年後見人及び特定補助人」に改め,同法8条2項及び9条2項の「成年被後見人」を「特定補助人を付する処分の審判を受けた者」に改める(法務省「新旧対照条文(整備法)」)。
施行は民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)の施行の日であり,施行日前に後見開始の審判を受けた成年被後見人とその成年後見人については,なお従前の例によるとされている(整備法附則2条)。
3 母体保護法・臓器移植法・感染症法・医療観察法
他の特別法は,医療同意権を後見人に与える構造をとっていない。
それぞれの同意・関与の主体は次のとおりである。
①母体保護法3条及び14条は,不妊手術及び人工妊娠中絶について,本人の同意及び配偶者の同意を要件とし(配偶者が知れないとき等は本人の同意で足りる。),本人以外の第三者による代諾の規定を置いていない。
②臓器の移植に関する法律6条は,臓器の摘出について遺族又は家族の書面による承諾等を要件とするが,これは本人の死亡後の場面であり,後見は本人の死亡により終了する。
③感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律19条による入院は,勧告と,勧告に従わない場合の措置入院という行政上の手続であり,本人又は後見人の同意を成立要件とするものではない。
④心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療は,裁判所の決定に基づき国が行うものであり,本人又は後見人の同意を要件としない。
第5 本人の同意能力と緊急時の対応
1 医療同意能力は行為能力とは別に判断されること
医療行為への同意は法律行為ではないため,同意をするのに必要な能力(医療同意能力)は,財産法上の行為能力や意思能力とは別の基準で判断されると理解されている。
そのため,成年後見が開始している者であっても,当該医療行為の意味・内容及び予後を理解する能力があれば,本人が有効に同意することができ,後見人の同意は問題にならない。
この点に関して,札幌地方裁判所昭和53年9月29日判決・判例時報914号85頁(いわゆる札幌ロボトミー事件第一審判決。裁判所ウェブサイト未掲載)は,医師が手術を行うには原則として患者自身の承諾を要するとした上で,その承諾をするには患者本人が「自己の状態,当該医療行為の意義・内容,及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る程度の能力」を有すれば足りると述べ,精神障害者又は未成年者であっても,その能力を有する以上は本人の承諾を要すると判示した。
これは下級審の判断であるが,医療への同意能力を財産法上の行為能力とは区別し,当該医療行為の意義・内容・危険性を理解する能力の有無によって捉える考え方を示すものといえる。
同意能力のある本人の判断を家族が覆すことができるかが争われた例もある。
大分地方裁判所昭和60年12月2日決定・判例タイムズ570号30頁(裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書により全文確認)は,骨肉腫の切断手術に伴う輸血を宗教上の理由で拒否した成人について,両親が本人に代わって病院に手術及び輸血を委任することができる旨の仮処分を申請した事案で,本人が理解,判断能力を含めて正常な精神的能力を有する成人であることなどを考慮し,輸血拒否が権利侵害として違法性を帯びるとはいえないとして申請を却下した。
同意能力は,後見が開始しているという一事によって一律に否定されるものではなく,対象となる医療行為ごとに個別に判断される。
したがって,後見人の医療同意権が問題となるのは,本人に同意能力がなく,かつ緊急でもない場面に限られると整理できる。
2 緊急時に本人の同意を得られない場合
生命の危険が切迫し,本人の同意を得ることができない緊急の場面については,民法698条が,管理者が本人の身体等に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは,悪意又は重大な過失がなければ損害賠償責任を負わないと定めている。
このような緊急の場面では,推定的な承諾等により,本人の同意がなくても医療行為を行うことが正当化されると考えられ,後見人の同意を要件とするものではない。
本人の意思が確認できない場合の判断過程については,前記第3の3のプロセスガイドラインの考え方に沿って,本人の意思の推定や医療・ケアチームによる検討を行うことが,行政の示す枠組みである。
3 身元保証人・身元引受人の問題との区別
入院時に医療機関が求める身元保証・身元引受は,緊急時の連絡先の確保,医療費の支払の保証,退院支援などを目的とするものであり,医的侵襲への同意とは別の問題である。
前記第3の1のガイドラインは,身元保証人がいないことを理由に入院・医療を拒んではならないとし,身元保証機能を代替する対応を示している。
後見人は,保証債務を負担する身元保証人には通常なり得ず,逆に身元保証人がいることによって医療同意権が生じるものでもない。
身元保証人等を求められたときに成年後見人が引き受けられる役割と引き受けられない役割は,別稿「身元保証人等がいない場合の入院拒否は医師法19条違反か」で扱っている。
任意後見人にも医療行為への同意の権限はなく,身寄りのない独身の高齢者が任意後見契約で将来に備える際の留意点は,独身の高齢者に任意後見契約が必要な理由―申立人の不在,受任者の選び方及び令和8年改正で扱っている。
第6 立法の動向と令和8年改正が残した課題
1 利用促進法と基本計画による対応
成年後見制度の利用の促進に関する法律11条は,基本方針の一つとして,医療,介護等を受けるに当たり意思を決定することが困難な者が円滑に必要な医療・介護等を受けられるようにするための「支援の在り方」について,「成年後見人等の事務の範囲を含め検討を加え,必要な措置を講ずること」を掲げている(同条3号)。
同条が「同意権」ではなく「支援の在り方」という表現を用いていることは,医療同意権の創設を正面から掲げるのではなく,支援の枠組みの中で検討する方針を示すものと理解できる。
2 法制審部会における検討と立法の見送り
成年後見制度の見直しを審議した法制審議会の部会では,医的侵襲への同意権をめぐる議論が行われた。
中間試案の段階では,家庭裁判所が保護者に医的侵襲同意権を付与することができるとする規律について慎重に検討すべきであるとの考え方が注記として示されるにとどまり,最終的な要綱案では,医療同意権の付与は取り上げられなかった。
部会の資料では,成年後見制度の創設時に,医的侵襲に関する決定権・同意権の規定を成年後見の場面についてのみ導入することは時期尚早とされた経緯が示され,本人の意思決定支援や医療・ケアチームによる対応を前提に,医療の場面における同意を成年後見人等に求めることを検討する必要はないとの意見が記録されている。
もっとも,これに対しては,本人に同意能力がなく家族もいない場合に備えて,第三者による代行同意の仕組みを立法により整備すべきであるとの提言もされている。
日本弁護士連合会は,成年後見人を第一順位の同意代行者とし,死亡等のおそれのある重大な医療行為については審査機関の許可を要するとする法律の大綱を公表している。
本記事では,これらの経緯を,医療同意を成年後見人の権限として一般的に立法することには慎重な立場が維持される一方で,代行同意の制度化を求める提言も続いているものと整理する。
3 令和8年改正後に残る課題
令和8年6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)は,後見及び保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化するなど,成年後見制度を大きく見直すものである。
もっとも,この改正によっても,補助人(特定補助人を含む。)に医的侵襲同意権を付与する規定は設けられなかった。
同改正法のうち成年後見制度に関する部分の施行期日は,公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされており,基準日現在その政令は確認できなかった。
後見・保佐の廃止は,これらを前提に条文を組んでいる特別法にも影響する。
予防接種法の「保護者」は前記第4の2(3)のとおり特定補助人へ置き換えられ,精神保健福祉法の医療保護入院の同意主体や医療観察法の保護者等も,令和8年法律第46号による整備の対象となっている。
日本弁護士連合会の会長声明も,後見人等を関与主体として用いてきた各制度の見直しが不可欠であると指摘している。
施行日前に開始した後見・保佐の事件には原則として従前の例が適用されるため,施行後もしばらくは新旧の制度が併存することになる。
宗教上の理由による輸血拒否の場面でも,判断能力を欠く成人の扱いは定まっていない。
医学会等の合同委員会による「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(平成20年2月28日)3頁は,判断能力を欠く成人(同ガイドラインは当時の成年年齢に従い「20歳以上の成人」と表記している。)については,一般的な倫理的,医学的,法律的対応が確立していない現段階では将来の課題とせざるを得ないとしており,令和8年9月20日時点で同ガイドラインの改訂版は確認できなかった。
第7 弁護士が相談を受けたときの実務的検討
1 相談類型に応じた手続の選択
相談の場面に応じて,採るべき対応は異なる。
以下は,これまでに整理した法令及びガイドラインから導かれる対応の方向性である。
①後見人が医療機関から医的侵襲の同意書への署名を求められた場合は,後見人に医療同意権がないことを説明し,本人の意思の推定に資する情報の提供,説明の場への同席,医療内容が適切かの確認といった形で関与することを検討する。
緊急の場面では,医療機関側の判断による対応が想定される。
②本人になお同意能力が認められる場合は,本人の同意を基本とし,理解を助ける支援を行う。
③精神障害により非自発的な入院が問題となる場合は,医療保護入院の枠組み(家族等の同意)に沿って検討する。
④予防接種の場面では,A類疾病の定期接種・臨時接種とB類疾病の定期接種を区別し,B類疾病の定期接種では本人の意思の確認を支援する。
⑤看取り介護の同意書を求められた場合は,説明を受けた旨の記載にとどめる形を検討する。
⑥他科受診の付添いを求められた場合は,後見人本人による事実上の介護と,受診に必要な支援の確認・サービス契約・費用支払を区別し,病院との役割分担を具体化する。
2 依頼者・関係者から聴取すべき事項
相談を受けた際に確認すべき主な事項は,次のとおりである。
①本人の判断能力の程度及びその変動の有無
②本人が従前に表明していた意思の有無及び内容(事前の意思表示,宗教上の信条など。宗教上の理由で輸血を拒む書面があるときは,その作成時期と,拒む血液製剤の範囲)
③家族その他本人の意思を推定し得る者の有無及び本人との関係
④当該医療の緊急性の程度
⑤医療機関が求めている書面の性質(医的侵襲の同意書か,説明を受けた旨の確認書か,身元保証に関する書面か)
⑥後見等の類型及び付与されている代理権の範囲
⑦人工的水分・栄養補給を導入した時期,導入目的及び見直し条件
⑧肺炎等による入退院の回数,各回の治療反応及び退院後の生活状態
⑨事前指示書,ACPの記録,施設の意向確認書及び本人が家族・支援者へ伝えた内容
⑩次回急変時の搬送,再入院,蘇生,人工呼吸器,抗菌薬,輸液及び栄養投与について,項目別の方針が記録されているか
②の書面については,作成時期に注意を要する。
エホバの証人は,令和8年9月18日,他人の血液に由来する赤血球,白血球,血漿及び血小板の使用を各信者の判断に委ねる旨を公表しており(全血の輸血は引き続き受けないとしている。),それより前に作成された書面の記載は本人の現在の意思と一致しないことがある。
後見人には同意権がないから,こうした書面や本人の従前の言動は,本人の意思を推定する資料として医療・ケアチームに伝えることになる。
3 同意書要求への対応と関連する場面
医療機関が後見人に同意書への署名を求める背景には,医療費の支払の確保等の事情があると指摘されている。
医的侵襲の同意そのものについては後見人に権限がないため,前記第3の1のガイドラインが例示するように,説明を受けた旨の確認という形で記録を残す対応が考えられる。
親族から,本人との血縁関係を確かめたいとして,DNA鑑定のために本人の口腔粘膜や血液を採取することへの同意を求められることもある。
これも本人の身体への侵襲を伴い,しかも本人の治療のためではなく親族の目的のためのものであるから,後見人に同意する権限がないことは医療行為の場合と同様であると考えられる。
法律上の親族関係は戸籍と裁判手続によって決まり,鑑定の結果だけで当然に変わるものではない。
この点はDNA鑑定で兄弟・親子関係と相続は変わるか――戸籍上の身分関係と科学的証拠で,親族が鑑定を遺体や遺骨の引取りの条件とする場面は親族が遺体・遺骨の引取りを拒む・条件を付ける・連絡がつかないとき-成年後見人の対応と意向照会書で扱っている。
入院中の本人について親族から病院での虐待を訴えられた場合の相談・通報先は,病院での虐待と高齢者虐待防止法-病院が「養介護施設」に含まれないことの意味と相談・通報先で扱っている。
個別事案の結論は,本人の同意能力の有無,緊急性の程度,本人及び家族の意思といった具体的事実によって左右される。
令和8年改正の施行時期及び特別法の見直しの内容は,施行に向けて確定していく事項であり,助言に当たっては,その時点の条文を確認することになる。
第8 出典・参考資料
1 法令
民法(697条・698条,858条,859条,873条の2)
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(5条2項,33条)
予防接種法(2条7項,8条,9条)
予防接種実施規則(5条の2。令和8年厚生労働省令第136号による改正後のもの)
母体保護法(3条,14条)
臓器の移植に関する法律(6条)
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(19条)
成年後見制度の利用の促進に関する法律(11条3号)
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(42条,81条)
民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)及び民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(令和8年法律第46号) 法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」
2 裁判例
最高裁平成28年3月1日判決(平成26年(受)第1434号・第1435号)(民法858条が成年後見人に現実の介護又は行動監督を当然に求めるものではないこと。通院付添いを直接判断した判決ではない。)
最高裁平成12年2月29日判決・民集54巻2号582頁(平成10年(オ)第1081号。輸血拒否の意思決定をする権利と医師の説明義務)
札幌地方裁判所昭和53年9月29日判決・判例時報914号85頁(いわゆる札幌ロボトミー事件第一審判決。裁判所ウェブサイト未掲載)
大分地方裁判所昭和60年12月2日決定・判例タイムズ570号30頁,判例時報1180号113頁(昭和60年(ヨ)第169号。輸血を拒否する成人について両親が申請した仮処分を却下した事例。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書により全文確認)
大阪地方裁判所令和5年12月8日判決・令和4年(ワ)第845号・判例秘書L07851433(在宅看取りの希望とDNAR、救急不搬送及び主治医への先行連絡の合意を区別した事例)
3 公的資料
厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」(令和元年6月3日医政総発0603第1号の別添) 本文(厚生労働省)
意思決定支援ワーキング・グループ「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」(令和2年10月30日) 本文(裁判所)
厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂) 本文(厚生労働省)
日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会・日本緩和医療学会「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」Q&A集(令和8年9月) 本文(日本緩和医療学会)
厚生労働省「定期接種実施要領」(令和8年9月1日改正)第1総論10(4) 本文(厚生労働省)
厚生労働省「予防接種実施規則の一部を改正する省令の公布等について」(令和8年9月1日感発0901第1号) 本文(厚生労働省)
厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A」 厚生労働省
厚生労働省「成年後見制度利用促進ニュースレター第29号」(令和3年3月22日) 本文(厚生労働省)
法務省「新旧対照条文(整備法)」 本文(法務省)
法制審議会民法(成年後見等関係)部会の中間試案補足説明(令和7年) 本文(法務省)
宗教的輸血拒否に関する合同委員会「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(平成20年2月28日) 本文(日本輸血・細胞治療学会)
日本老年医学会「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン―人工的水分・栄養補給の導入を中心として―」(平成24年)
日本老年医学会「高齢者の人生の最終段階における医療・ケアに関する立場表明2025」(令和7年6月27日)
4 文献
大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター編『【全訂版】成年後見人の実務2023』(大阪弁護士協同組合,2023年)74頁~77頁
日本弁護士連合会「医療同意能力がない者の医療同意代行に関する法律大綱」(2011年12月15日) 本文(日本弁護士連合会)
日本弁護士連合会「民法等(成年後見等関係)の改正に関する要綱に対する会長声明」(令和8年2月12日) 本文(日本弁護士連合会)
第二東京弁護士会高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会「ゆとりーな」編『Q&A高齢者の財産管理をめぐる実務――契約の選択・締結・履行・終了』(新日本法規出版,2021年)230頁以下