目次
第1 国家元首にもICCの逮捕状は出るのか第2 第27条,第98条と外国裁判所の免除を区別する1 第27条は公的地位による刑事責任の免除を認めない2 第98条は協力請求と第三国への義務の調整を扱う3 外国の国内裁判所による訴追とICCへの協力は同じではない第3 ヨルダン上訴判決―不協力認定と付託の結論が分かれた1 2019年5月6日判決の結論2 免除に関する判断と安保理付託という事情3 なぜ付託部分が取り消されたのか第4 プーチン氏―モンゴルとタジキスタンの不協力認定1 逮捕状は侵略犯罪ではなく,子供の移送に関する戦争犯罪を対象とする2 モンゴルの2024年10月24日決定3 上訴許可と再考の申立ての結末4 タジキスタンの2026年3月19日決定第5 ネタニヤフ氏―ハンガリーの不協力と逮捕状の後続手続1 ハンガリーの2025年7月24日決定2 2025年4月の差戻しは逮捕状の取消しではない3 ハンガリーの脱退通知はその後撤回された第6 手続が終結した例と実際に引き渡された例1 デイフ氏の手続終結2 ドゥテルテ氏の引渡しと起訴事実の確認第7 不協力認定を読む際の比較と確認事項第8 主な一次資料
第1 国家元首にもICCの逮捕状は出るのか
国際刑事裁判所(ICC)は,国家元首や政府の長という地位だけを理由に刑事責任を免除する制度ではない。他方で,逮捕状が発付されたこと,外国の当局が実際に逮捕・引渡しを行う義務を負うこと,その義務に反したと裁判所が認定することは,それぞれ別の問題である。
本記事は,ヨルダンのアル・バシール氏に関する上訴判決,プーチン氏の訪問をめぐるモンゴル・タジキスタンの不協力決定,ネタニヤフ氏の訪問をめぐるハンガリーの不協力決定を比較する。進行中の手続については,2026年10月12日に確認したICCの公表資料を基準とする。逮捕状や起訴事実の確認は有罪判決ではなく,被疑者・被告人には無罪推定が及ぶ。
制度全体は国際刑事裁判所(ICC)とは―役割・管轄権・加盟国と日本との関係,逮捕・日本への協力請求の仕組みは国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状の効力を参照されたい。
第2 第27条,第98条と外国裁判所の免除を区別する
1 第27条は公的地位による刑事責任の免除を認めない
ローマ規程第27条1項は,国家元首・政府の長等の公的地位を理由に,同規程上の刑事責任を免除したり,それ自体を刑の減軽理由としたりすることを認めていない。同条2項は,国内法・国際法上の免除や特別な手続規則が,ICCの管轄権の行使を妨げないとする。国家元首と政府の長は同一の役職ではないが,いずれも同条の対象である。
2 第98条は協力請求と第三国への義務の調整を扱う
第98条1項は,被請求国が第三国の国家免除・外交免除に関する国際法上の義務に反する行動を取らなければならない引渡し・援助請求について,原則として第三国の免除放棄への協力を先に得ることを要求する。同条2項には,派遣国の同意を要する国際協定に関する別の規定もある。
したがって,「第27条があるから第98条は無意味」「第98条があるから現職の国家元首は必ず逮捕できない」という説明はいずれも適切ではない。実際の決定が,どの免除・協定を,どの協力請求との関係で判断したのかを読む必要がある。以下の事件では,ICCは協力義務を免除によって回避できないとの判断を示しているが,その理由付けと審理対象は一様ではない。
3 外国の国内裁判所による訴追とICCへの協力は同じではない
ICJの2002年2月14日逮捕状事件判決は,外国の刑事管轄権からの現職外務大臣の免除を扱う一方,管轄権を有する一定の国際刑事裁判所では現職・元外務大臣が刑事手続の対象となり得ると述べている(54~61項)。免除は無罪や刑事責任の不存在を意味しない。
外国の国内裁判所が自ら訴追する場合の免除,ICCが自ら管轄権を行使する場合の免除,外国当局がICCのために逮捕する場合の免除を区別することが重要である。ICCの事件別判断を,外国国内裁判所一般の免除消滅まで意味するものとして読むことはできない。
第3 ヨルダン上訴判決―不協力認定と付託の結論が分かれた
1 2019年5月6日判決の結論
アル・バシール氏は,ダルフール情勢に関するICCの逮捕状がある中,2017年3月29日にヨルダンを訪問した。上訴裁判部は2019年5月6日,ヨルダンが逮捕・引渡しの義務に違反し,裁判所の機能・権限の行使を妨げたとの認定を全員一致で維持した。
しかし,締約国会議及び国連安全保障理事会に不協力の件を付託した部分は,多数意見により取り消された。したがって,「ヨルダンが上訴で全面勝訴して逮捕義務も否定された」という理解は誤りである。他方,「不協力が認定されれば付託も必ず維持される」という理解も誤りである。2人の裁判官の一部反対は,この付託の取消しに関するものである。
2 免除に関する判断と安保理付託という事情
判決は,国際裁判所との関係で国家元首免除を認める慣習国際法は存在せず,国家がICCの要請に従って他国の国家元首を逮捕・引渡しする場合にも,その免除は妨げとならないと判断した(主要認定1~5項,113~130項)。被請求国は,自国で訴追するためではなく,ICCの管轄権行使を援助するために逮捕するという説明である。
さらに,ダルフール情勢が安保理決議1593によりICCへ付託されたことと,スーダンに課された全面的協力義務を検討している(133~149項)。これは,安保理付託によらないウクライナ・パレスチナ情勢とは異なる事情である。同じ結論が示されていても,この相違を消して説明してはならない。
3 なぜ付託部分が取り消されたのか
上訴判決は,不協力認定の要件と,外部機関への付託が適切かという裁量判断を分けた。多数意見は,ヨルダンが協議を求めたことを予審裁判部が正しく評価せず,付託しなかった南アフリカと同様の事情にあるヨルダンを異なって扱った点などから,付託の裁量行使に誤りがあったとした(183~197項,202~216項)。付託は,協力を確保するための手段であって,不協力認定に自動的に付随する刑罰ではない。
第4 プーチン氏―モンゴルとタジキスタンの不協力認定
1 逮捕状は侵略犯罪ではなく,子供の移送に関する戦争犯罪を対象とする
ICCは2023年3月17日,ウクライナ占領地域からの子供の違法な追放・移送に関する戦争犯罪の疑いについて,プーチン氏の逮捕状を発付した。これを「ロシアの侵略犯罪についての逮捕状」と言い換えることはできない。侵略犯罪には,戦争犯罪と異なる管轄権の条件がある。
2026年10月12日確認のICC被疑者紹介では,プーチン氏の状態は「At large」(身柄未確保)とされている。発付の基礎となった犯罪事実が有罪判決で確定したという意味ではない。
2 モンゴルの2024年10月24日決定
モンゴルはローマ規程締約国であり,2023年5月に協力請求を受領していた。ICC予審裁判部は,2024年9月の訪問時にプーチン氏を逮捕・引渡ししなかったことにつき,第87条7項に基づき不協力を認定し,締約国会議へ付託した。
同決定は,第27条により,締約国及びICCの管轄権を受諾した国には,被疑者の公的地位や締約国・非締約国いずれの国籍であるかにかかわらず,逮捕・引渡しの義務があると判断した。モンゴルがロシアに対して負うと主張した免除尊重義務によって,ICCに対する協力義務は排除されないとし,第98条をこの事件における免除の根拠として認めなかった(26~38項)。
(続きを読む...)国際刑事裁判所(ICC)の国家元首免除と不協力認定―プーチン・ネタニヤフ事件とヨルダン上訴判決(AI作成)