SNS上の情報が虚偽又は不正確であるとしても,それだけで誰にでも削除請求権が生じるわけではない。名誉権,信用,プライバシー,著作権その他の権利を侵害する情報,法令に違反する情報,利用規約に違反する情報,単に誤っている情報を区別し,投稿者,プラットフォーム事業者,閲覧者及び行政機関の関係を分けて考える必要がある。本稿は,現行の情報流通プラットフォーム対処法と最高裁判例を中心に,削除の法的入口を整理する。法令及び公的資料は2026年9月24日に確認した。
第1 「虚偽」と「違法」は同じではない
ある投稿が事実と異なるか,誤解を招くかという問題と,その投稿が特定人の権利を侵害して民事上違法となるか,刑罰法規その他の法令に違反するか,プラットフォームの利用規約に違反するかは,同じではない。
事実についての虚偽,評価・意見,風刺,予測及び真偽を確定できない情報を分ける必要がある。名誉毀損では,一般読者の普通の注意と読み方を基準に,証拠によって真偽を決められる事実の摘示か,意見・論評かを判断する。真実ではないと主張する側も,問題となる表現,読み手,意味内容及び権利侵害を特定する。
第2 誰のどの権利が問題か
投稿者は表現の主体であり,プラットフォーム事業者は投稿を保存・表示し,推薦・検索・削除等の仕組みを運営する。閲覧者には情報を受け取る利益がある。行政機関が削除を命じ,又は制裁を背景に削除を促す場合は,私人間の削除請求とは別に,憲法21条の表現の自由,検閲禁止及び通信の秘密との関係が問題となる。
被害を受けたとする者は,名誉権,名誉感情,プライバシー,氏名・肖像,営業上の信用,著作権,商標権等のうち,どの権利又は法律上保護される利益が侵害されたかを特定する。社会全体への害悪又は漠然とした不快感だけでは,特定個人の私法上の削除請求権を基礎付けないことがある。
第3 投稿者に対する請求
投稿が名誉権又はプライバシーを違法に侵害する場合,投稿者に対し,削除・差止め,損害賠償又は名誉回復措置を求めることが考えられる。成否は,投稿の全文,前後の文脈,対象者の識別可能性,伝達範囲,公共性・公益目的,真実性又は真実相当性,公表されない利益と公表理由の比較衡量等によって決まる。
投稿者が不明な場合は,情報流通プラットフォーム対処法上の発信者情報開示請求又は発信者情報開示命令事件を検討する。削除と発信者特定は目的と要件が異なり,削除だけを先に行うことでログ保存に影響する可能性もあるため,初動で方針を決める。
第4 プラットフォームへの削除申出
各プラットフォームは,利用規約又は削除基準に基づく通報窓口を設けていることがある。規約違反の申出では,該当する投稿URL,問題箇所,規約条項,権利侵害の内容及び裏付け資料を対応させる。
裁判外の申出で削除されない場合でも,直ちに権利侵害が否定されたことにはならない。逆に,利用規約に基づき削除されたからといって,投稿者の民事責任が当然に確定するわけでもない。
第5 情プラ法が定めること・定めないこと
1 大規模事業者の迅速化・透明化義務
情報流通プラットフォーム対処法は,指定を受けた大規模特定電気通信役務提供者に対し,権利侵害情報の削除申出窓口の整備,必要な調査,原則として一定期間内の判断結果の通知,送信防止措置の実施基準の策定・公表及び運用状況の公表等を求める。2025年4月1日に施行された制度であり,総務省令は判断・通知までの一定期間を原則7日間としている。
2 一般的な削除請求権を新設した法律ではない
総務省Q&Aが説明するように,同法は,プロバイダ等の損害賠償責任の制限,発信者情報開示及び大規模事業者の対応手続等を定めるが,あらゆる情報について削除を求める独立の実体法上の権利を定めるものではない。また,大規模事業者に個々の申出どおりの削除を一律に義務付ける制度でもなく,具体的な削除判断は事業者が行う。
したがって,「虚偽だから情プラ法で必ず消せる」とは言えない。申出の対象が自らの権利を侵害する情報であるか,利用規約違反として扱うのか,裁判上の差止請求をするのかを区別する。
第6 検索結果と個別投稿の削除
最高裁平成29年1月31日決定は,検索結果の提供が検索事業者自身の表現行為という側面を有し,情報流通の基盤として大きな役割を果たすことを踏まえ,プライバシーに属する事実を公表されない利益が検索結果を提供する理由に優越することが明らかな場合に削除を認めた。
最高裁令和4年6月24日判決は,Twitter上の逮捕歴に関する個別投稿について,その事実を公表されない利益と,投稿を一般の閲覧に供し続ける理由を比較衡量した。事件からの経過期間,刑の効力,元報道の残存状況等を考慮して削除を認めた事例である。
この判決は私人間のプライバシー侵害に基づく個別投稿削除の事案であり,虚偽情報一般について行政機関に包括的な削除権限を認めたものではない。検索結果,個別投稿,アカウント及び行政による削除命令を区別する必要がある。
第7 公的規制と表現の自由
行政機関が偽・誤情報を定義して削除を命じ,違反に制裁を科す制度は,表現内容に着目する規制となり得る。虚偽の表現が常に憲法上の保護領域外となるわけではなく,真偽判定の誤り,意見・予測との境界,萎縮効果及び過剰削除を検討しなければならない。
規制目的が重要でも,対象情報,危険の具体性・切迫性,命令主体,手続保障,不服申立て,事後公表,制裁の強さ及び代替手段を検討する。訂正表示,反論機会,出所・広告の透明化,推薦の抑制,収益化停止,利用者教育等は,削除又は刑罰より制限の小さい手段となり得る。
プラットフォームに重い制裁を課す一方で判断基準が曖昧な場合,事業者が適法な投稿まで広く削除する誘因が生じる。制度評価では,投稿者だけでなく,プラットフォーム及び閲覧者への影響も含める。
第8 初動の証拠保全
削除申出の前に,投稿URL,アカウント表示,投稿日時,投稿全文,画像・動画,前後の投稿,閲覧数・再投稿数,検索結果及び表示日時を保存する。スクリーンショットだけでなく,URL及び取得日時が分かる形を残す。
次に,虚偽又は権利侵害を裏付ける一次資料,発信者と被害者の関係,伝達範囲及び具体的損害を整理する。投稿者への請求,プラットフォームへの申出,発信者情報開示及び仮処分の順序は,ログ保存期間と被害拡大の緊急性を踏まえて決める。
第9 出典と調査範囲
本稿は一般的な削除・開示の入口を扱う。選挙運動,災害情報,医療広告,金融商品,著作権,営業秘密,わいせつ物,児童の性的搾取記録等には個別法が関係する。裁判所ウェブサイトは全裁判例を収録するものではなく,判例秘書INTERNETその他の有料判例データベースによる網羅検索は実施していない。