第1 この記事の結論と対象
1 結論
ChatGPT等の生成AIや,検索結果に表示されるAI要約が,自分や自社について事実と違う内容を答えることがある。
回答が事実と違うというだけで,直ちに名誉毀損,信用毀損又は損害賠償が成り立つわけではない。
誰のどの表示を問題にするのか,回答を誰が見たのか,運営事業者に故意又は過失があるのかを分けて検討する必要がある。
本記事の調査範囲では,生成AIの回答内容そのものを名誉毀損又は信用毀損として判断した国内の裁判例は見当たらなかった。
実務上は,回答を記録し,誤りの元になった情報源を突き止めて訂正を求め,自分のサイトに正確な情報を載せることが,最も確実な対応となる。
2 対象とする場面
本記事は,次のような場面を扱う。
①生成AIに自分の氏名を入れて質問すると,していない不祥事や存在しない訴訟が回答される場面
②生成AIや検索のAI要約が,自社の料金,所在地,取扱業務又は事業内容を誤って説明する場面
③取引先や顧客が,生成AIの誤った回答を見て問い合わせてきた場面
法令は令和8年10月30日にe-Gov法令検索で確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイト及び判例秘書で同日に確認した範囲で記載している。
第2 誤った回答を誰の表示として捉えるか
1 生成AIサービスの回答
生成AIサービスの回答は,利用者の質問を受けて,運営事業者が提供するモデルが生成し,その利用者の画面に表示するものである。
回答の文章をあらかじめ人が書いているわけではなく,同じ質問でも回答が変わることがある。
この性質は,後に見る「公然と」の要件,故意・過失及び削除の対象を考えるときに影響する。
2 検索結果に表示されるAI要約
検索結果の上部等に表示されるAI要約は,その検索語で検索した者に対して検索事業者が表示するものである。
個別の生成AIサービスでの一対一の会話とは異なり,同じ検索語で検索した不特定の利用者に,似た内容が表示される可能性がある。
そのため,検索結果の削除に関する最高裁の判断(第6)との関係が問題となる。
3 回答を転載した者の投稿
生成AIの誤った回答を,利用者がSNSやブログにそのまま転載した場合は,その投稿は転載した者自身の表現行為である。
この場合は,通常のネット上の名誉毀損と同じく,投稿者に対する削除請求,損害賠償請求及び発信者情報開示を検討することになる。
AIの回答を根拠にしたという事情は,投稿者が真実と信じたことに相当の理由があったかを判断する際の一事情となり得るにとどまると考えられる。
第3 名誉毀損として問題にできるか
1 刑法230条の「公然と」
刑法230条1項は,「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
「公然と」は,摘示された事実を不特定又は多数の者が認識し得る状態をいうと一般に解されている。
生成AIサービスの回答は,通常,質問した利用者一人の画面に表示されるので,この要件を満たすかが最初の問題となる。
もっとも,特定の少数の者に対する摘示でも,そこから不特定又は多数の者に伝わる可能性があれば公然性を認める考え方(いわゆる伝播性の理論)があるので,回答を見た者がその内容を周囲に広めた事情があれば,その点も検討の対象となる。
また,名誉毀損罪は故意犯であり,AIの回答それ自体について,運営事業者の役職員に名誉毀損の故意を認める場面は限られると考えられる。
刑事告訴を検討する場合も,AIの回答そのものより,誤った回答を知りながら拡散した人の行為が中心となることが多い。
2 民事上の名誉毀損と名誉回復処分
民法709条は,故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者の損害賠償責任を定め,民法710条は,名誉を侵害した場合に財産以外の損害も賠償の対象となることを定める。
さらに,民法723条は,裁判所が,被害者の請求により,損害賠償に代えて,又は損害賠償とともに,「名誉を回復するのに適当な処分」を命ずることができると定める。
民事上の名誉毀損では,問題の表現が人の社会的評価を低下させるかが判断の中心となる。
生成AIの回答の場合は,回答の文面に加えて,その回答が誰に,何回,どのような形で表示されたかを具体的に示す必要がある。
質問した利用者一人にだけ表示された回答では,社会的評価の低下や損害の立証が難しくなることが多いと考えられる。
3 運営事業者の故意又は過失
生成AIの運営事業者は,個々の回答の内容をあらかじめ知っているわけではない。
そのため,損害賠償を求める場合は,運営事業者に過失があったといえる具体的な事情が問題となる。
例えば,誤りを具体的に指摘して訂正を求めたのに,同じ誤りが長期間繰り返し表示され続けた場合には,その後の対応が過失の判断で考慮される可能性がある。
この点を正面から判断した国内の裁判例は,本記事の調査範囲では見当たらない。
第4 不正競争防止法の信用毀損
1 「競争関係」の要件
不正競争防止法2条1項21号は,「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争とする。
これに当たる場合は,同法3条による差止請求と,同法4条による損害賠償請求(故意又は過失が必要)が問題となる。
ただし,この規定は,告知又は流布をした者と被害者との間に「競争関係」があることを要件とする。
一般の事業者が,自社と同じ市場で競争しているとはいえない生成AIの運営事業者に対してこの規定を使う場合は,この要件の有無が争点となる。
2 新聞社の対Perplexity訴訟での主張
日本経済新聞社と朝日新聞社は,2025年8月26日,米国の生成AI事業者であるPerplexity AI, Inc.に対し,東京地方裁判所に訴訟を提起した。
日本経済新聞社の発表によれば,両社は,著作権侵害に加えて,回答の引用元に両社の社名や記事を表示しながら記事の内容と異なる虚偽の事実を多数表示していることが,不正競争防止法2条1項21号の不正競争に当たると主張している。
両社は,両社の社名や記事を表示して虚偽の回答を送信することの差止めも求めている。
本記事では,その後の審理の経過は確認していない。
これは原告側の主張であり,裁判所の判断ではない。
もっとも,生成AIの回答が出典として実在の事業者名を表示しながら誤った内容を示す場合に,信用毀損の問題が生じ得ることを示す例である。
第5 個人情報保護法と情報流通プラットフォーム対処法
1 保有個人データの訂正等請求
個人情報保護法34条1項は,本人が,個人情報取扱事業者に対し,「当該本人が識別される保有個人データの内容が事実でないとき」に,その訂正,追加又は削除を請求できると定める。
「保有個人データ」は,同法16条4項により,個人情報取扱事業者が開示,内容の訂正,追加又は削除等を行うことのできる権限を有する個人データのうち,政令で定めるものを除いたものをいう。
生成AIの回答が,運営事業者が管理するデータベース上の個人データから作られている場合には,この請求を検討する余地がある。
他方,学習済みモデルが確率的に生成した文章が,同法の「保有個人データ」に当たるかは,データの持ち方とサービスの仕組みによって異なり得る。
学習データの利用停止・消去との違いは,生成AI・プラットフォームに提供された個人データの利用停止・消去を求める方法で説明している。
2 「特定電気通信」の定義との関係
情報流通プラットフォーム対処法2条1号は,「特定電気通信」を,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信と定義する。
同法の発信者情報開示や大規模事業者の削除対応の仕組みは,この特定電気通信による情報の流通を前提としている。
質問した利用者一人の求めに応じて表示される生成AIの回答は,不特定の者に受信されることを目的とする送信とはいい難く,特定電気通信には当たらないと考えられる。
そのため,SNSの投稿と同じ削除申出や発信者情報開示の枠組みを,生成AIの回答にそのまま使うことはできないと考えておくべきである。
SNSの投稿については,SNS上の偽・誤情報と削除で整理している。
第6 検索結果の削除に関する最高裁決定との関係
最高裁平成29年1月31日決定(平成28年(許)第45号,民集71巻1号63頁)は,検索事業者に対し,プライバシーに属する事実を含む記事等のURL等を検索結果から削除するよう求めることができる場合について判断した。
同決定は,当該事実を公表されない法的利益が,検索結果として提供する理由に優越することが明らかな場合には,削除を求めることができるとした。
この決定は,プライバシーに属する事実を理由として,検索結果として表示されるURL,表題及び抜粋の削除を求めた事案についての判断である。
虚偽の事実による名誉又は信用の侵害を理由とする削除や訂正の請求,及び検索結果に表示されるAI要約については,判断していない。
もっとも,AI要約も検索事業者が検索結果の一部として表示するものであるから,検索事業者の表示そのものを対象とする請求を考える際の参考にはなると考えられる。
第7 国内外の裁判例の状況
1 国内
本記事の調査範囲(裁判所ウェブサイト及び判例秘書の検索。令和8年10月30日)では,生成AIの回答内容そのものを名誉毀損又は信用毀損として判断した国内の裁判例は見当たらなかった。
東京地裁令和8年7月15日判決(令和7年(ワ)第70435号)は,不正競争防止法に基づく損害賠償請求の事件であり,原告が,投稿動画の発言が自分を指すことの根拠の一つとして,AIを用いた検索の回答を挙げた。
しかし,裁判所は,同定可能性が認められると仮定しても発言は虚偽の事実の流布に当たらないとして請求を棄却しており,AIの回答の証拠としての評価には触れていない。
2 米国ジョージア州の判断
米国ジョージア州グイネット郡上位裁判所は,2025年5月19日,ChatGPTがラジオ番組の司会者について横領で訴えられたとする虚偽の内容を出力したとされる事件(Walters v. OpenAI)で,運営事業者の略式判決の申立てを認めた。
公表されている解説によれば,同裁判所は,①問題の出力は法律上名誉毀損的な意味を伝えるものではない,②原告は運営事業者の過失を示す証拠を提出しておらず,公的な人物として求められる現実の悪意の立証もない,③原告は損害を立証していない,という理由を挙げた。
これは米国の州法に基づく判断であり,日本法での結論を示すものではない。
ただし,回答が誰にどのように読まれたか,事業者に過失があったか,損害が生じたかを具体的に示す必要があるという点は,日本で請求を検討する場合にも参考になる。
第8 実務上の対応
1 回答を記録する
生成AIの回答は,同じ質問でも日時やモデルによって変わる。
問題の回答を見つけたら,次の事項を記録する。
①質問文と回答の全文
②日時,サービス名,表示されたモデル名
③回答が示した出典やリンク
④その回答を見た第三者がいる場合は,その経緯
画面の保存に加え,同じ質問を日を置いて繰り返した結果も残すと,誤りが一時的なものか,継続して表示されるものかを示しやすい。
2 誤りの元になった情報源を探す
生成AIの誤った回答は,古いウェブページ,ポータルサイトの古い掲載,同姓同名の人物の情報等を取り込んだ結果であることがある。
回答が出典を示している場合は,その出典を開いて,どの記載が誤りの元になったかを確かめる。
米国のソフトウェア会社HubSpotの元マーケティング責任者が2026年9月に公表した振り返りによれば,生成AIが同社の価格を誤って答えていた原因は,次の2点であった。
①価格ページがJavaScriptで表示されており,AIのクローラーが読み取れなかったこと
②その結果,AIが古い第三者サイトに残っていた価格を参照していたこと
同社は,価格を詳しく説明する記事を公開し,それでも正確にならなかった製品については,第三者サイトに残る古い価格の訂正に取り組んだと報告している。
これは一企業の自己報告であるが,誤りの元を探して直すという対応の順序は,個人や小規模事業者にも参考になる。
3 自分のサイトに正確な情報を載せる
自分又は自社のサイトに,正確な事実,最終確認日及び根拠資料を,本文のテキストとして載せる。
画像の中だけ,又はスクリプトで後から表示する部分だけに重要な情報を置くと,検索エンジンやAIのクローラーが読み取れないことがある。
法律事務所の情報発信で基本情報を掲載先ごとに照合する方法は,AI時代の法律事務所の情報発信で説明している。
4 AI事業者と情報源の運営者へ申し出る
生成AIサービスや検索サービスには,回答へのフィードバック,個人情報に関する請求又は法的な削除要請の窓口が設けられていることがあるので,各サービスの案内を確認する。
申出では,問題の回答,事実と違う箇所,正しい事実と根拠資料を具体的に示し,申出の文面と日時を記録する。
誤りの元になった第三者サイトがあれば,その運営者にも訂正を求める。
5 弁護士への相談を検討する場面
次のような場合は,名誉毀損,信用毀損又は個人情報保護法上の請求を具体的に検討する価値がある。
①誤った回答が取引先や顧客に広まり,取引の中止等の具体的な損害が出ている場合
②第三者が誤った回答をSNSやブログに転載している場合
③訂正を求めたのに,同じ誤りが長期間表示され続けている場合
相談の際は,第8の1の記録,誤りの元になった情報源,正しい事実を示す資料及び生じた損害の資料を持参すると,見通しを立てやすい。
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第10 出典と調査範囲
①刑法(e-Gov法令検索)230条
②民法(e-Gov法令検索)709条,710条,723条
③不正競争防止法(e-Gov法令検索)2条1項21号,3条,4条
④個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)16条4項,34条
⑤特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(e-Gov法令検索)2条1号
⑥最高裁平成29年1月31日決定(裁判所ウェブサイト)
⑦東京地裁令和8年7月15日判決(裁判所ウェブサイト)
⑧日本経済新聞社「生成AI事業者を著作権侵害で共同提訴」(2025年8月26日)
⑨Growth Unhinged「Inside 12 months of AI search experiments」(2026年9月16日)
⑩Cleary Gottlieb「Georgia Court Dismisses Defamation Lawsuit Against OpenAI Over ChatGPT Output」
法令は令和8年10月30日時点のe-Gov法令検索の現行条文で確認した。
裁判例は,同日に,裁判所ウェブサイトの裁判例検索で「生成AI」及び「ChatGPT」を,判例秘書で「生成AI」と「名誉」,「生成AI」と「信用」,「人工知能」と「名誉」,「ChatGPT」及び「ハルシネーション」の各検索語で確認した。
「人工知能」と「名誉」の検索結果には本文を確認していない裁判例が含まれるため,国内に該当裁判例が存在しないことまで確認したものではない。
米国の裁判例は,命令の原文ではなく,公表されている法律事務所の解説により確認した。
新聞社の訴訟は,日本経済新聞社の発表に基づく原告側の主張であり,その後の審理の経過は確認していない。