判事補の海外留学状況

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目次
1 総論
2 昭和時代の判事補の海外留学に関する説明
3 平成31年3月22日の国会答弁
4 個別の体験談
5 関連記事その他

1 総論
(1) 判事補の海外留学状況
ア 以下のとおり,判事補の海外留学状況が分かる文書を掲載しています。
・ 平成31年度分
・ 平成30年度分
・ 平成29年度分
・ 平成28年度分
→ 平成28年度につき,行政官長期在外研究員の名簿及び判事補海外留学研究員の名簿も掲載しています。
・ 平成27年度分
・ 平成18年度から平成26年度までの分
・ 平成 元年度から平成17年度までの分
イ 元データは,最高裁判所裁判官会議における配布資料と思います。
(2) 「判事補海外留学研究員の選考について」(最高裁判所人事局長の通知)を以下のとおり掲載しています。
・ 令和 元年11月19日付のもの
・ 平成30年11月20日付のもの
・ 平成29年11月21日付のもの
・ 平成28年11月22日付のもの
(3) Lawyer’s lifeブログ「渉外弁護士の留学-裁判官や検察官との比較-」及び「裁判官の留学と検察官の留学」がある程度は参考になります。細かいことは全く分からないみたいですが。

2 昭和時代の判事補の海外留学に関する説明
・ 最高裁判所とともに(著者は高輪1期の矢口洪一 元最高裁判所長官)89頁には以下のやり取りがあります。
   これ(山中注:昭和57年開始の新聞社における研修のほか,民間企業,行政官庁及び在外公館における部外研修)と合わせて充実を期したものに、裁判官の海外留学制度がある。裁判官の海外留学の道は司法研修所の試験合格者による一年間のアメリカ留学と人事院の実施する二年間の政府留学があったが、枠は二、三人と極めて少なかった。
   裁判官は昔から、横文字と活字に弱いなどと冷やかされてきた。多数の裁判官が欧米を実地に見分する機会ができれば、という思いがかねてから胸の内にあった。人事局長になって真っ先に「同期の半数は海外を経験させること」を提案したことがあるが、「留学は勲章」といった古い考え方がまだ一部にあった。昭和四七年から判事補の英、米、独、仏特別留学制度が発足し、現在では年間十数人の枠に拡大された。短期間の視察者を含めれば、年間五〇人を大きく上回る人たちが海外に出向くことになる。「外部の空気に触れる」という点で、成果を生んでいるはずだ。
   留学したり民間企業で研修を受けて、裁判所の外の活気になじんだため弁護士に転職してしまったという例もないではない。残念ではあるが、これも時代の空気を吸収しながら新しい裁判官像を摸索する過程での、試行錯誤の一つではないかと思っている。


3 平成31年3月22日の国会答弁
41期の堀田眞哉最高裁判所人事局長は,平成31年3月22日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています。
   判事補の外部経験のプログラムの一環といたしまして海外留学の制度を設けておりますところ、毎年三十五名ないし四十名程度が、一年又は二年間、海外のロースクールや裁判所等におきまして各国の司法制度等の研究を行っているところでございます。
   ここ十年間の判事補の採用数は平均して約九十人でございますので、毎年、平均いたしますと、約四割の判事補が海外留学しているということになります。

4 個別の体験談
(1) 20期判事補であった江田五月の海外留学の体験談(昭和44年7月から昭和45年6月まで,イギリスのオックスフォード大学に留学)が江田五月HPの「出発のためのメモランダム」に載っています。
(2) 現行60期の勝又来未子裁判官の海外留学(1年間,ドイツ・ミュンヘンの知的財産法センターに留学)の体験談が横浜地裁HPの「判事補の研鑽について」(リレーエッセイ「ハマの判事補の1日」(第3回))に載っています。


(3) 新63期の福岡涼裁判官の海外留学の体験談(平成26年7月からの2年間,行政官長期在外研究員として2年間,アメリカに留学)が慶応義塾大学法科大学院HPの「『グローバルに活躍する』第6回 福岡涼君(千葉地方・家庭裁判所)」(平成27年9月17日の記事)に載っています。

5 関連記事その他
(1) 平成17年から平成24年までの,検事の在外研究員等派遣状況が法務省HPの「検事に採用されてから」に載っています。
(2) 社会保障協定は,①二重加入の防止及び②年金加入期間の通算を目的としており,平成29年8月時点で20か国と協定を署名済みであり,うち17か国分は発効しています(日本年金機構HPの「社会保障協定」参照)。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 判事補の外部経験の概要
・ 裁判官の民間企業長期研修等の名簿





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