第1 この記事が扱う範囲1 対象及び時点2 令和6年民法改正の経過措置は請求期間だけが例外であること3 同じ日に施行された年金分割の請求期限の伸長第2 役員報酬と婚姻費用及び養育費1 標準算定方式と基礎収入の割合2 同族会社の役員の総収入をどう認定するか3 過去に遡る分担と,財産分与による清算4 いったん定めた分担額を争う方法5 資料を出させる手段としての情報開示命令6 執行の段階で認められている特例第3 譲渡制限株式の売買価格の決定1 現物分与から価格決定に至る道筋2 申立て,審理及び鑑定3 非流動性ディスカウントをめぐる二つの最高裁決定4 二つの決定の関係をどう読むか第4 債権者及び破産管財人から見た財産分与1 詐害行為とならないのが原則であること2 取消しの範囲と,慰謝料の取扱い3 分与者が破産した場合の財産分与金4 婚姻費用の分担に関する債権を被保全債権とする場合5 破産法上の否認をめぐって見解が分かれている点第5 民法754条の削除と婚姻後の夫婦間契約1 削除された規定と,判例による限定2 削除の理由と,法制審議会答申からの経緯3 婚姻の届出前にする夫婦財産契約の制約4 婚姻後にする合意の設計5 自社株式及び株主間契約への影響出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料4 文献5 ウェブ資料
第1 この記事が扱う範囲
1 対象及び時点
非上場会社を経営する者の離婚では,自社株式が財産分与の対象となるか,どのように評価するかが最大の争点になる。もっとも,実際の事件で決着を左右するのはそれだけではない。株式の評価額とは別に毎月の収入が問題になる局面,分与を現実に実行しようとして会社法上の手続に突き当たる局面,分与を第三者である債権者や破産管財人がどう見るかという局面,そして紛争が生じる前に合意で備える局面がある。本記事は,この四つを条文及び判決文に即して整理する。自社株式そのものの対象性,評価及び課税は経営者の離婚と自社株式の財産分与で扱っているため,本記事では重複しない範囲に絞る。本記事の作成にはAIを用いており,引用する法令はe-Gov法令検索により,裁判例は裁判所ウェブサイトにより,それぞれ内容を確認している。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,個別の事案に対する法的助言ではない。
2 令和6年民法改正の経過措置は請求期間だけが例外であること
民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)は令和8年4月1日から施行されている。財産分与に関しては,民法768条2項ただし書が家庭裁判所に対する請求の期間を「離婚の時から五年」とし,同条3項が考慮すべき事情を列挙した上で「この場合において,婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは,相等しいものとする」と定めた。実務上の疑問は,施行日より前に成立した離婚にこれらの規定が及ぶかであるが,この点は同法の附則が明文で処理している。
附則2条は「第一条の規定による改正後の民法(以下「新民法」という。)の規定は,この附則に特別の定めがある場合を除き,この法律の施行前に生じた事項にも適用する。ただし,同条の規定による改正前の民法(附則第六条において「旧民法」という。)の規定により生じた効力を妨げない」と定め,原則として遡って適用することを明らかにする。その上で,附則4条が「施行日前に離婚し,又は婚姻が取り消された場合における財産の分与に関する処分を家庭裁判所に請求することができる期間の制限については,なお従前の例による」として,請求期間だけを例外に切り出している。したがって,施行日前に離婚した事案では請求期間は従前どおり2年であるのに対し,寄与の程度を相等しいものとする同条3項後段は,施行日前に成立した離婚の財産分与についても適用されることになる。改正の効果を一律に「施行日以後の離婚に適用される」と説明すると,この非対称を落とすことになる。
3 同じ日に施行された年金分割の請求期限の伸長
財産分与と並んで請求期限が伸長されたのが,離婚時の年金分割である。厚生年金保険法78条の2第1項ただし書は,標準報酬の改定又は決定の請求について「当該離婚等をしたときから五年を経過したときその他の厚生労働省令で定める場合に該当するときは,この限りでない」と定める。これは令和7年年金制度改正法(令和7年法律第74号)による改正で,日本年金機構の案内によれば施行日は令和8年4月1日であり,同日前に離婚等をした場合は従前どおり2年以内に請求する必要がある。
この改正には立法の経緯がある。令和6年民法改正の際に参議院法務委員会が付した附帯決議(令和6年5月16日)は,その第13項において,「本法により離婚時の財産分与に係る請求期限が二年から五年となることを踏まえ,二年となっている離婚時の年金分割に係る請求期限の延長について早急に検討を行うこと」と述べていた。財産分与と年金分割は,同じ日に,5年へ伸長する点でも施行日前の離婚を従前どおりとする点でも同じ構造で揃ったことになるから,離婚の相談では二つを対にして期限を確認することになる。
第2 役員報酬と婚姻費用及び養育費
1 標準算定方式と基礎収入の割合
婚姻費用及び養育費の算定は,現在,令和元年12月23日に公表された司法研究(平成30年度司法研究「養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究」)が提案した改定標準算定方式・算定表によっている。同研究の概要によれば,総収入から公租公課,職業費及び特別経費を控除した基礎収入の割合は,給与所得者でおおむね54パーセントから38パーセント,自営業者でおおむね61パーセントから48パーセントとなり,いずれも高額所得者ほど割合が小さくなる。子の生活費指数は0歳から14歳までが62,15歳以上が85である。自営業者については課税される所得金額を総収入とする点が給与所得者と異なる。
同研究の概要には,「本研究の発表は,養育費等の額を変更すべき事情変更には該当しない」との記載もある。既に定められた養育費等の額について,算定方式が改定されたこと自体を理由に変更を求めることはできないという趣旨であり,改定の前後をまたぐ事案では確認しておく必要がある。
2 同族会社の役員の総収入をどう認定するか
経営者の事案に固有の難しさは,総収入の認定にある。婚姻費用及び養育費の算定実務を扱う文献は,同族会社の取締役について,代表取締役でない場合であっても「その収入額をその意思で変更することができる立場にあることが多く,その報酬額は,税金対策など様々な事情の影響を受けやすい」と指摘し,源泉徴収票では不十分と思われる事情がある場合には,源泉徴収票のほかに確定申告書等を提出させ,会社の営業内容をも検討すべきであるとする(松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定』73頁)。給与所得者であれば源泉徴収票で足りるという前提が,経営者の事案では成り立たないということである。
もっとも,これは相手方が資料を任意に提出することを前提とした議論である。会社の決算資料や役員報酬の決定過程を示す資料は会社が保有しており,経営に関与していない配偶者の側で当然に入手できるものではない。相手方が提出しない場合にどうするかが,実務上の本題になる。
3 過去に遡る分担と,財産分与による清算
婚姻費用の分担については,古くから二つの取扱いが確立している。第一に,最高裁判所大法廷昭和40年6月30日決定(昭和37年(ク)第243号,民集19巻4号1114頁)は,婚姻費用の分担に関する処分の審判が憲法32条及び82条に違反しないとした上で,「家庭裁判所は,審判時から過去に遡つて,婚姻費用の分担に関する処分をすることができる」と判示した。別居後に請求を怠っていた期間についても,遡って分担を求める余地がある。
第二に,最高裁判所第三小法廷昭和53年11月14日判決(昭和53年(オ)第706号,民集32巻8号1529頁)は,「離婚訴訟において裁判所が財産分与を命ずるにあたつては,当事者の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができる」と判示した。婚姻費用という毎月の収入の問題と,自社株式を含む財産分与という蓄積の問題は,別々の手続に分かれてはいるものの,金額の決定においては接続する。なお,最高裁判所第一小法廷令和2年1月23日決定(平成31年(許)第1号,民集74巻1号1頁)は,婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても婚姻費用分担請求権は消滅しないとしており,離婚成立によって過去分の請求が失われるわけではない。もっとも,過当に負担した婚姻費用の清算を財産分与の額に取り込むには,清算の対象となる財産の額が定まっていることが前提になる。自社株式について,対象を確定する時点と評価する時点をどのように分け,どのような評価方法によるかは,経営者の離婚と自社株式の財産分与の第4で扱っている。
4 いったん定めた分担額を争う方法
経営者の事案では,別居直後に取り交わした合意の金額が,後に判明した実際の収入と大きく食い違うことがある。この場合に,合意の無効を民事訴訟で確認してから審判に進むという道筋が考えられるが,最高裁判所第一小法廷令和7年9月4日判決(令和6年(受)第239号,民集79巻6号2637頁)は,これを否定した。同判決は「夫婦間における婚姻費用の分担の内容を定める合意の無効確認を求める訴えは,確認の利益を欠くものとして不適法である」と判示している。
その理由として同判決が挙げるのは,婚姻費用の分担義務が「その時々で変動する夫婦の収入,生活状況等の影響を受け得るもの」であり,「婚姻費用の分担の内容は,婚姻費用合意によって,以後,固定されるものではなく,適時に新たな形成があり得るものである」という点である。そのため,婚姻費用分担審判の手続において合意の成否が争われ,合意と異なる分担の内容を形成することを求める主張がされた場合,家庭裁判所は合意の存否,効力及び内容のみならず夫婦の収入,生活状況等の一切の事情を踏まえて新たに分担の内容を形成することになり,別途民事訴訟で合意の効力が確定されていないからといって,これが妨げられるわけではないとされた。同判決の事案は,夫の当時の年収について実際の額よりも低廉な額を前提として月額16万円とする合意がされ,後の審判が月額29万円等の支払を命じたというものであり,収入を低く示して合意を取り付けたと疑われる場面での争い方を示している。争う場は民事訴訟ではなく婚姻費用分担審判である,というのが実務上の帰結になる。
5 資料を出させる手段としての情報開示命令
令和6年改正で新設された家事事件手続法152条の2は,この分野で最も実務的な意味を持つ規定である。同条1項は,夫婦間の協力扶助に関する処分,婚姻費用の分担に関する処分及び子の監護に要する費用の分担に関する処分の各審判事件について,家庭裁判所が必要があると認めるときは,申立てにより又は職権で,当事者に対し「その収入及び資産の状況に関する情報を開示することを命ずることができる」と定める。同条2項は,財産の分与に関する処分の審判事件について,「その財産の状況に関する情報を開示することを命ずることができる」と定める。
さらに同条3項は「前二項の規定により情報の開示を命じられた当事者が,正当な理由なくその情報を開示せず,又は虚偽の情報を開示したときは,家庭裁判所は,十万円以下の過料に処する」と定めており,開示しないこと自体に制裁が用意された。会社の決算資料や役員報酬の実額を相手方が抱えたまま出さないという,経営者の事案に特有の状況に対して,正面から手当てをした規定である。もっとも,命ずるかどうかは家庭裁判所の判断であり,過料の額も10万円以下であるから,これだけで資料が必ず出るとまでは言えない。実務的には,まず情報開示命令の申立てをした上で,出てこない場合に調査嘱託その他の手段を検討するという順序になる。同条2項による財産の状況の開示は,自社株式の評価資料が相手方に偏在する事案でも同じ役割を果たす。資料が出た後に評価が争いとなって鑑定を実施する場合に,費用の負担及び鑑定結果に従う旨の合意をあらかじめ得ておくという調停実務の扱いは,経営者の離婚と自社株式の財産分与の第4の2で扱っている。
6 執行の段階で認められている特例
婚姻費用及び養育費については,執行の段階でも一般債権と異なる扱いがされている。民事執行法151条の2は,民法760条の婚姻費用分担義務や民法766条の子の監護に関する義務等について確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において,その一部に不履行があるときは,「当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても,債権執行を開始することができる」と定める。将来分について改めて申立てを繰り返す必要がないということである。また,同法152条3項は,これらの義務に係る金銭債権を請求する場合には差押禁止の範囲を4分の3から2分の1に読み替えるものとしており,給与債権からの回収可能額が広がる。
令和6年改正で新設された民法306条3号及び308条の2の子の監護費用の先取特権,並びに民法766条の3の法定養育費については,法定養育費と養育費債権の先取特権で扱っている。
第3 譲渡制限株式の売買価格の決定
(続きを読む...)経営者の離婚をめぐる四つの局面――役員報酬と婚姻費用,譲渡制限株式の売買価格決定,債権者による取消し及び婚姻後の夫婦間契約(AI作成)