1 提出後ではなく提出前に確認する
家事事件で住所、勤務先、通院先、子の学校等を相手方に知られると危険が生じる場合、書面を裁判所へ提出する前に情報管理を検討する必要がある。提出後に秘匿を申し立てても、既に閲覧又は謄写された情報を回収することはできない。
実務上は、①不要な情報を最初から記載しない又はマスキングする、②送達場所等の届出を適切に行う、③住所・氏名等の秘匿制度を申し立てる、④その他の情報について非開示を希望する、という方法を区別して検討する。
2 四つの方法は目的が異なる
2-1 不要な情報のマスキング
証拠又は添付資料に事件の判断に不要な住所、電話番号、勤務先、通院先、学校名、店舗名、位置情報等が含まれる場合、その部分を提出用写しで見えないようにする方法が基本となる。
黒塗りを画像の上に置いただけの電子ファイルは、コピー又は編集により元の文字が読めることがある。紙面及び電子データの双方で復元できない状態かを確認する必要がある。
2-2 送達場所等の届出
現住所と異なる安全な場所へ送達を受けたい場合、送達場所及び送達受取人の届出を検討する。ただし、送達場所を届け出ただけで、記録中の現住所その他の情報が当然に秘匿されるわけではない。
2-3 住所・氏名等の秘匿制度
家事事件手続法38条の2が準用する民事訴訟法上の制度により、当事者又は法定代理人の住所又は氏名について、社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある場合、裁判所に秘匿決定を申し立てることができる。
2-4 非開示希望
住所・氏名以外の情報や、住所を推知させる病院名、学校名、勤務先、最寄駅、店舗名等については、家事事件記録の閲覧・謄写の運用において非開示を希望する方法が問題となる。これは住所・氏名等の秘匿決定とは別の仕組みである。
3 住所・氏名等の秘匿申立て
秘匿を求める場合、秘匿対象事項届出書、秘匿が必要であることを示す資料及び代替住所又は代替氏名等を提出する。必要書類、手数料及び郵便切手は裁判所の最新案内を確認する必要がある。
裁判所が秘匿決定をした場合、届出書に記載された秘匿対象事項に代わる事項が訴訟又は家事事件の記録上用いられる。
重要なのは、秘匿決定の効果が、他の提出書面に同じ住所等を書いても当然に及ぶわけではない点である。秘匿対象事項を準備書面、証拠説明書、資料のヘッダー、ファイル名等へ再記載しない運用が必要である。
4 非開示希望の対象と限界
東京家庭裁判所の案内は、非開示希望の対象例として、病院名、学校名、勤務先、住所を推知させる情報及び子に関する情報等を挙げている。子又は審判を受ける者自身の情報は、住所・氏名等の秘匿制度の申立主体との関係で同じ制度を利用できない場合があるが、非開示希望の対象となり得る。
非開示希望を付したからといって、必ず非開示になるわけではない。裁判所が閲覧・謄写の可否を判断するため、相手方の手続保障との関係で開示される可能性がある。
したがって、開示されると重大な危険がある情報は、可能な限り提出資料へ記載しないことを第一に検討する。
5 秘匿決定と非開示希望の違い
① 秘匿決定は、当事者又は法定代理人の住所・氏名を対象とする法定の申立制度である。
② 非開示希望は、家事事件記録中のその他の情報について、閲覧・謄写の際に裁判所へ配慮を求める取扱いである。
③ 秘匿申立てには法令及び裁判所書式に従った申立書、疎明資料、費用等が必要となる。非開示希望の提出方法及び様式は担当裁判所の案内を確認する。
④ いずれの方法も、元の情報を複数の書面へ繰り返し記載すれば漏えいリスクが高まる。事件記録全体を通じた管理が必要である。
6 住所を推知させる情報の例
現住所そのものを削除しても、次の情報から居住地又は生活圏が推知されることがある。
- 住民票、戸籍の附票及び公共料金明細の余白
- 医療機関、薬局、学校、保育所及び勤務先の名称
- 最寄駅、店舗名、支店名、配達先及び駐車場の所在地
- 写真の位置情報、背景、表札及び通学路
- 電子メールの署名、請求書の宛先、配送履歴及び会員情報
- ファイル名、文書プロパティ、コメント、変更履歴及び隠しシート
提出用資料は、本文だけでなく、裏面、封筒、余白、添付ファイル及びメタデータまで確認すべきである。
7 提出前チェックリスト
① 裁判所に伝える必要がある情報と、相手方へ開示する必要がある情報を分ける。
② 秘匿を求める住所・氏名と、それを推知させる周辺情報を一覧化する。
③ 原本を保全した上で、提出用写しを作成し、復元不能な方法でマスキングする。
④ 秘匿申立て又は非開示希望の書類を、対象資料と対応させる。
⑤ 同じ情報が別の書面、証拠、ファイル名又は電子データに残っていないかを検索する。
⑥ 相手方送付用、裁判所提出用及び事務所保管用を混同しない。
⑦ 電子提出又はウェブ会議を利用する場合、送信先、共有画面、背景及び周囲の第三者を確認する。
8 決定後及び関連事件でも管理を続ける
秘匿決定を得た後も、新たな書面及び証拠を提出するたびに確認が必要である。また、離婚訴訟、婚姻費用、面会交流、保護命令、刑事事件等が並行する場合、一つの事件で秘匿された情報が他の事件でも自動的に秘匿されるとは限らない。
事件番号、担当部及び手続ごとに、どの情報について、どの申立て又は希望が受理され、どの決定がされたかを記録する必要がある。
9 不服申立て及び閲覧請求
東京家裁の案内によれば、秘匿申立てが却下された場合、申立人は即時抗告をすることができる。他方、秘匿決定を認める裁判に対する即時抗告は予定されていないが、他の当事者等が取消しを求めたり、一定の場合に閲覧等を求めたりする手続がある。
具体的な申立期間、申立権者及び必要書類は、決定書と現行法を確認すべきである。
10 関連記事
- 家事調停の申立て,進行,ウェブ会議及び終了後の手続(AIリライト)
- 家事調停はどのくらいかかるか―平均審理期間,期日間隔及び代理人ができること(AI作成)
- 離婚訴訟の標準審理モデル―財産分与を含む事件を長期化させない準備(AI作成)
11 一次資料その他
① 裁判所「当事者間秘匿制度及び非開示希望の申出について」
② 東京家庭裁判所「家事事件における当事者間秘匿制度及び非開示希望の申出についてのQ&A」
③ 東京家庭裁判所「家事事件等についての書式及び記載例」
④ e-Gov法令検索「家事事件手続法」
⑤ e-Gov法令検索「民事訴訟法」
* ①から⑤までを制度及び運用の根拠とした。本記事では特定の判例を根拠としていないため、判例秘書による判例本文の確認は行っていない。