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相続・遺産分割で収益不動産の査定書を読む―対象範囲,申告所得,地代及び修繕費(AI作成)

第1 査定額を比較する前に確かめる事項

1 金額だけを並べても比較できない

賃貸アパートの査定書を遺産分割や売却の検討に使うときは,最初に対象不動産,評価時点,権利関係及び想定する利用状態をそろえる必要がある。
同じ建物についての資料でも,借地権付建物の価格,底地の価格,土地所有権と貸家を合わせた価格,更地を想定した価格では,評価している利益が異なる。
売出希望額,買取業者の提示額,相続税評価額及び不動産鑑定評価額についても,作成目的と前提を確認してから比較すべきである。

国土交通省の不動産鑑定評価基準は,総論第5章で対象不動産,価格時点及び価格の種類の確定を求めている。
「査定書」という名称だけで,法令に基づく不動産鑑定士の鑑定評価と同じ調査が行われたと判断することはできない。
作成者,調査範囲,現地調査の有無,採用資料及び価格の求め方を確認することが,弁護士による査定書検討の出発点である。

2 評価時点と資料の時点を分ける

相続開始時,遺産分割の検討時及び売却予定時では,権利関係,賃料,空室,修繕状況及び市場環境が変わることがある。
どの時点の価格が必要なのかを先に定め,別の時点の価格をそのまま流用しないようにする。
遺産分割で採用する評価時点と相続税の課税時点については,それぞれの目的に応じて検討する必要がある。

前年の申告書を現在の査定に用いる場合は,その後の入退去,賃料改定,底地取得,修繕及び税負担の変化を補正する。
過去時点の査定では,後日判明した資料が当時の状態を示すのか,その後の変化を示すのかも分けて説明すべきである。

第2 土地・建物と評価する権利の範囲

1 一棟の収入と一筆の土地は一致するとは限らない

建物の所在に複数の地番が記載されていても,すべての土地が同じ所有者に帰属し,すべてが査定対象になるとは限らない。
対象土地の地番,地目,地積及び所有権と,対象建物の家屋番号,構造,床面積及び所有権を,登記事項証明書で個別に確認する。
古い建物図面と現在の土地登記が合わない場合は,分筆・合筆の履歴も追う必要がある。

査定対象から除外した土地が,建物の一部の敷地,通路,階段,避難経路又は設備の設置場所として必要な場合には,利用権の有無,対価,期間及び売却後の継続利用を調べる。
対象外土地の所有権価格を加算しないことと,その土地への依存が対象不動産の価値に及ぼす影響を検討しないことは,別の問題である。
一棟全体の家賃を還元する場合は,その収入を生む建物と敷地利用権が査定対象にどこまで含まれるのかを確かめる。

2 所有地,借地及びその他の利用関係を整理する

敷地ごとに,所有権,地上権,賃借権,使用貸借又は別途の通行・設備利用の合意を分けて整理する。
登記だけでは契約内容や実際の利用条件が分からない場合があるため,契約書,更新書面,承諾書及び支払記録も照合する。
第三者への譲渡や建替えに必要な手続,期間満了時の取扱い及び費用負担は,権利の種類と契約内容に応じて確認すべきである。

対象外土地の権利が未確認であるのに,所有地と同じように永続的に使えるという前提で一つの査定額を断定することは避ける。
利用継続を前提とした試算を示す場合は,その前提,未確認資料及び前提が成立しない場合の再検討事項を明記する。

3 現況利用と最有効使用を分ける

収益不動産であっても,現在の賃貸経営を継続することが,価格時点における最有効使用とは限らない。近隣地域の標準的使用,建築規制,敷地規模・接道,建物の経済的残存耐用年数,建替費用及び市場参加者の需要を踏まえ,現況継続,建替え,用途変更又は売却後の再開発の実現可能性を検討する。

また,土地・建物の現況を所与として評価するのか,建物がないものとして土地を独立評価するのか,又は一部を評価対象とするのかにより,求める価格は異なる。対象確定条件と想定する利用状態を明示し,法令上・物理上・経済上の実現可能性を説明する必要がある。

現況利用が最有効使用と異なる場合,現在の家賃だけを還元した収益価格をもって最終価格とせず,最有効使用を前提とする他の試算価格との関係を検討する。

第3 確定申告書から査定用の収支を作る

1 不動産所得とNOIは異なる

国税庁「不動産収入を受け取ったとき」は,不動産所得を総収入金額から必要経費を控除して計算する仕組みを説明している。
この税務上の所得を,そのまま不動産の運営純収益であるNOIとして還元することはできない。
本記事では,NOIを,対象不動産の実効的な年間運営収入から通常の運営費用を控除した,減価償却前・資金調達費用控除前・所得課税前の運営純収益として用いる。

確定申告書第一表の所得額だけでは,収入・経費の内訳が分からない。
青色申告決算書又は収支内訳書,減価償却明細,帳簿,賃貸借契約,管理会社の月次明細及び入金記録を併せて確認する。
複数物件が申告に含まれている場合は,収入と経費を物件別に分け,共通費用の配賦理由も示す。

不動産鑑定評価基準上,直接還元法の分子となるのは一期間の純収益であり,対象不動産の初年度の純収益を採用する場合と,特殊な収支を補正した標準化純収益を採用する場合がある。本記事のNOIは申告資料から運営収支を組み直すための区分であり,すべての査定で同じ費目構成になるとは限らない。

採用額が実績純収益,初年度予測又は標準化純収益のいずれか,どの収益・費用を含め又は除外したか,採用した還元利回りがその純収益の定義と対応しているかを確認する。

2 税務上の数字と運営収支を照合する順序

まず,家賃,共益費,駐車場収入及び継続的なその他収入を物件別・月別に整理する。
更新料等の一時的収入は計上年度と将来の発生見通しを分け,返還義務のある敷金等を通常の家賃収入に混ぜない。
申告収入と銀行入金が異なる場合は,未収,前受け,管理会社の費用相殺及び計上時期の違いを調べる。

次に,固定資産税・都市計画税,保険料,管理費,共用部の水道光熱費,募集費用,通常の修繕費及び支払地代等を確認する。
減価償却費,借入利息,元本返済及び所得税等は,本記事のNOIの運営費用から分ける。
自主管理で実際の管理費が少ない場合でも,購入者が通常必要とする管理費用を査定者がどう見込んだかを確認する。

青色申告特別控除は,税務上の所得金額に適用する控除であり,建物を運営するための支出ではない。
控除後の所得額から検算する場合は,実際に控除した額と減価償却費等の調整を確かめ,そのうえで不足費用,非経常項目及び将来の通常収支への補正を行う。
単に所得額に減価償却費を足しただけで査定用収支が完成したと判断すべきではない。

契約賃料は,同一需給圏内の新規賃料等と比較し,市場賃料との乖離,契約期間,更新・改定条件及び退去可能性を確認する。市場賃料より高い又は低い契約賃料を,将来も同じ条件で継続する収入として当然に還元しない。

保証金等の運用益,賃料の前払的性格を有する権利金等の運用益・償却額,駐車場使用料その他収入についても,契約内容と継続可能性を確認し,返還義務のある預り金元本と混同しない。

3 空室と滞納を二重に控除しない

満室想定賃料を起点とする場合は,空室期間や滞納による損失を見込んで実効的な収入を求める。
一方,空室のため実際には発生しなかった家賃を既に含まない実績収入を起点とする場合は,同じ空室損失をさらに控除しないようにする。
実績を将来の通常稼働率に補正する必要がある場合も,実績からどの金額をどの理由で増減したかを示す。

申告収入が現金回収額なのか,未収賃料を含む計上額なのかによって,滞納の調整も異なる。
「実績収入だから空室・滞納は検討不要」とするのではなく,既に反映された損失と,追加して見込む将来の損失を区別することが必要である。

4 逆算した残余経費をすべて経常費用としない

総収入から青色申告特別控除後の所得と当該控除額を差し引くと,必要経費の総額を検算できる場合がある。
ただし,同じ年分・同じ所得区分の数字であり,決算書の必要経費合計と一致することを確認する必要がある。
この差額計算だけでは,費用の内訳,対象物件及び毎年の発生見通しまで確認できたことにはならない。

必要経費総額から判明した減価償却費等を除いた残額には,借入利息,一時的な設備購入,複数物件の共通費用等が含まれている可能性がある。
残額をすべて毎年の運営費用として試算する場合は,内訳未確認の金額を経常費用と仮定した条件付きの計算であることを示す。
決算書,総勘定元帳,請求書及び管理明細を照合し,物件別・費目別に通常収支へ補正してから,採用額の妥当性を判断すべきである。

経費の照合では,次の項目を1費目ごとに記録すると,金額の確認と評価上の判断を区別しやすい。
この照合表は実務上の整理例であり,鑑定評価や税務申告の法定様式ではない。

記録項目確認・記載する内容
申告上の費目・金額対象年分,決算書の科目,帳簿の内訳及び合計との一致
対象物件・土地物件名又は地番,複数物件の共通費用なら配賦額と理由
発生の性質毎年の費用,一時費用又は将来の更新費用との関係
査定での取扱いNOIに含める額,除く額,将来収支への補正額及び理由
確認資料契約書,請求書,支払記録,台帳等の対応箇所
確認できない点未確認額,採用した仮定及び追加資料による再検討条件

同じ明細の正本と控えを別の支出として足したり,管理会社が控除した費用を帳簿の同じ費用と重ねたりしないことも必要である。
また,借入利子の明細が「金融機関分を除く」などと対象を限定している場合,その欄が空白であることだけで銀行借入の利息がないとは判断できない。
資料が網羅する範囲を確かめたうえで,借入契約と返済明細も照合する。

5 通常の減価償却と設備購入費の一括算入を分ける

国税庁「減価償却のあらまし」は,取得費を各年に配分する通常の減価償却と,一定の要件の下で取得費を必要経費に算入する取扱いを説明している。
減価償却の明細に記載されていても,備考欄等に取得費の全額を必要経費に算入した旨の記載がある場合は,通常の減価償却費と区別して確認する。
明細の合計欄だけを見て,全額をその年に支出を伴わない償却費と判断すべきではない。

税務上その年に全額を必要経費にした設備購入費を,将来の通常収支でも毎年同額発生する費用とするかは,別の判断である。
一時的な購入費を経常費用から除く場合も,設備が将来更新を要することまで消えるわけではない。
更新時期と見込額を調べ,資本的支出又は各年のキャッシュフロー等にどう反映するかを明示し,収益の定義と対応する利回りを用いる必要がある。

6 継続契約と貸与設備を査定収支に反映する

賃貸物件には,共用部の電気・水道,集合住宅向け通信,テレビ受信設備,警備,消防設備,清掃及び保守等の継続契約が付いている場合がある。査定収支では,契約名義だけでなく,対象物件,月額・年額,契約期間,自動更新,解約予告期間及び売却後の承継条件を確認する。

建物に設置されたモデム,増幅器,アンテナ関連機器又は警報機器が事業者の貸与品であれば,売却・建替え又は解約の際に,撤去費,返却費又は原状回復費が生じることがある。申告書に通信費や管理費が計上されていても,この将来負担まで分かるとは限らない。

経常的な利用料はNOIの通常費用,契約終了時だけの撤去・復旧費は一時的な支出として分け,買主が承継できるかも確認する。相続開始後の契約名義,口座振替及び解約の整理手順は,相続開始後の継続契約と口座振替を整理する方法を参照されたい。

第4 底地取得前後の地代と価値

1 購入代金と取得後の全体価格を重ねない

底地の売買代金は,その取引で取得した権利の対価である。
これに対し,底地取得後の土地と貸家を一体として評価した収益価格は,取得後の権利と収支を前提とする全体の価格である。
取得した土地の利益を既に反映している全体価格に,同じ底地の購入代金をさらに加算すると,価値を重ねて数えることになる。

不動産鑑定評価基準は,借地権者による底地の併合を目的とする売買を,限定価格を求める場合の例として挙げている。
したがって,借地人への底地売却の実際の取引額を,更地の正常価格や取得後の貸家と敷地全体の正常価格と同一視しないようにする。
取引額を参考資料に使うときも,取得した権利,取引当事者,時点及び取引条件の違いを説明する必要がある。

2 なくなる地代の範囲と残る費用

敷地の一部だけを取得した場合は,残る借地や他人地の利用料まで当然になくなるとは限らない。
取得部分に対応する従前の地代,残る契約,取得後に負担する土地の税金等を整理する。
過年度の地代額が不明であれば,借地契約,貸主の請求書,帳簿及び振込履歴で確認し,不明額を根拠なくゼロとしない。

取得前の収支から取得後の収支へ補正する場合は,消滅する支払地代を調整し,新たに負担する通常費用を織り込む。
すでに取得後の収支を使っているのに,同じ地代削減効果を価格に再度上乗せしないことも必要である。

地代明細の支払先と年額だけで,どの土地の利用対価かを断定しない。
契約上の地番,貸付対象,支払対象期間,取得した土地の範囲及び所有権移転時の精算を照合する。
建物敷地の一部が対象外土地である場合も,その土地の契約と対価を別に調べ,記載のない地代を推定だけで付け加えたり,既存の地代を対象外土地のものと決めつけたりしない。

取得年度の支払額が1年分なのか一部期間分なのか,翌年以降に負担する固定資産税・都市計画税等はいくらかも確認する。
取得時の仲介料や取得に伴う一時的負担と,取得後の毎年の運営費用を分けて整理する。
地代の消滅による増収益を説明するときは,その効果と,新たに生じる経常費用の効果を別々に示すと理解しやすい。

第5 修繕,資本的支出及び建物の寿命

1 単年度の修繕費だけでは将来負担が分からない

国税庁「修繕費とならないものの判定」は,通常の維持管理・修理と,価値や使用可能期間を増す資本的支出を区別している。
査定の際は,税務上の処理を確認するだけでなく,外壁,屋根,防水,給排水管及び設備について,工事履歴,劣化状況,見積額及び実施時期を調べる。
たまたま大きな修繕がなかった年の収支を,そのまま将来に継続する収支とみなすことはできない。

NOIと,資本的支出等を控除した後の純収益を区別し,査定書がどの段階の金額を還元しているかを確かめる。
鑑定評価基準の証券化対象不動産の収支区分はこの違いを明示しており,運用上の留意事項も,開示資料でいうNOIと内訳が異なる場合があると指摘している。
一般のアパートでも,分子の収支定義と利回りの収支定義をそろえることが大切である。

2 大規模修繕を二つの方法で重複計上しない

将来の大規模修繕を標準化純収益へ平準化して反映するのか,DCF法の工事時点のキャッシュフローへ反映するのか,試算価格の調整で個別に扱うのかを明示する。
採用方法は工事の性質,時期及び評価手法に応じて判断し,純収益,利回り及び価格調整の複数箇所で同じ工事費を重複して控除しない。
修繕費の見込額を変更するときは,根拠となる現地調査や工事見積りを示すべきである。

税務上の法定耐用年数を過ぎたことだけで,建物の市場価値がゼロになると判断することはできない。
鑑定評価で検討する経済的な残存耐用年数は,利用状態,維持管理,機能及び市場性等を踏まえるものであり,税務の償却期間を機械的に当てはめるものではない。

第6 利回りと感応度分析の読み方

1 同じ純収益でも利回りで価格が変わる

直接還元法の基本式は,一期間の純収益を還元利回りで除して収益価格を求めるものである。
以下は計算の仕組みを示すための架空の例であり,特定地域の利回りや実際の物件価格を示すものではない。
年間運営収入600万円から通常費用120万円を控除したNOIは480万円であり,このNOIと対応する還元利回りを6%と仮定すれば,収益価格は8000万円となる。

ここで6%を実際の査定に採用するには,類似物件,価格時点,立地,築年数,権利関係,稼働状況,修繕及び売却可能性等を検討する必要がある。
表面利回り,借入金利及びNOI利回りを,根拠なく同じ率として扱うことはできない。

2 直接還元法とDCF法を使い分ける

直接還元法は,一期間の純収益を還元利回りで還元する方法である。これに対し,DCF法は,連続する複数期間の純収益と保有期間終了時の復帰価格を,それぞれの発生時期に応じて現在価値へ割り引く方法である。

賃料改定,空室率の変化,大規模修繕,設備更新,地代の消滅,借地期間の満了又は建替え等により年度ごとの収支が大きく変わる場合は,DCF法で各期の収支と発生時期を明示することが検討対象となる。収集可能な資料,対象不動産の類型及び査定目的に照らし,直接還元法とDCF法のいずれを採用したか,採用しなかった方法の考え方をどう参酌したかを確認する。

還元利回りは直接還元法の収益価格及びDCF法の復帰価格を求める率,割引率は各期の将来収益を現在価値へ割り戻す率,最終還元利回りは復帰価格を求める率であり,根拠なく同じ率として扱わない。

DCF法では,保有期間終了時の復帰価格から売却費用を控除した額が,現在価値全体のどの程度を占めるかも確認する。
将来の売却代金への依存が大きい場合は,保有期間,最終還元利回り,売却費用及び売却時の稼働率を一つずつ変え,結論額への影響を示してもらうとよい。
運営純収益の予測が精緻であっても,復帰価格の前提が楽観的であれば,DCF法による価格全体が過大になる可能性がある。

3 試算の幅と実際に売れる価格の幅を区別する

前記の架空例で還元利回りを5%とすれば9600万円,7%とすれば約6857万円となる。
これは仮定を変えた場合の計算結果であり,実際の売却価格の上限・下限が立証されたことを意味しない。
年間の継続費用がさらに24万円必要で,6%の利回りを維持すると仮定すれば,収益価格は400万円下がる計算となる。

感応度分析は,追加調査をどこに向けるべきかを考えるために有用である。

収益価格だけで最終価格を決めるのではなく,原価法による積算価格,取引事例比較法による比準価格及び収益還元法による収益価格を,対象不動産の類型,地域の市場特性,資料の信頼性及び査定目的に応じて比較考量する。適用できない手法がある場合は,その理由と,他の手法の考え方をどのように参酌したかを確認する。

試算価格の調整は単純平均ではなく,各手法に用いた資料,補正,価格形成要因及び市場参加者の行動との適合性を再吟味し,各試算価格の説得力の違いを判断する作業である。

4 新資料の判明と査定条件の変更を分ける

査定額が変わったときは,変更前後の対象,時点,収入,経費,修繕の扱い及び利回りを並べ,資料によって新たに確認できた事実と,査定者が変えた仮定を分けて説明する。
「経費を確認したので価格が下がった」という説明だけでは,支出が新たに判明したのか,既知の支出を毎年の費用と扱うようにしたのかが分からない。
特に,概算の費用率から,内訳未確認の残余経費をすべて経常費用とする計算へ変更した場合は,経費確認の結果だけで市場価値の低下が確定したと説明すべきではない。

第6の1の架空例では,年間収入600万円,概算費用120万円及び還元利回り6%から,8000万円と試算した。
その後の資料を基に,取得後の毎年の費用を150万円と仮定すると,NOIは450万円となり,6%で還元した試算額は7500万円となる。
両計算の500万円の差は,収入と利回りを固定した場合の採用費用30万円の差によるものである。
150万円の内訳や継続性が未確認であれば,7500万円もその仮定に依存する試算である。

一方,地代削減の効果だけを調べるため,ほかの条件を固定し,年間費用180万円のうち地代30万円がなくなって150万円になると仮定する。
この比較では,NOIが420万円から450万円へ増え,6%での試算額は7000万円から7500万円へ上がる。
概算費用を見直した比較と,地代だけを除いた比較では,変えた条件が異なるため,価格変動の方向が違っても矛盾しない。

このように,地代,通常費用,収入及び利回りの変更を一つずつ示すと,価格差の理由と追加調査が必要な項目を説明しやすい。
複数の条件が同時に変わるときは,同じ比較順序を用い,条件ごとの試算を単純に合算して重複や交差効果を生じさせないようにする。

以上は還元利回りを固定した一変数の感応度分析である。実際の再査定では,費用や修繕状態の変化が収益だけでなく還元利回りにも影響する場合があるため,各数値を独立に動かして得た価格差をそのまま合算しない。

査定結果を遺産分割の代償金や売却方針の基礎とする前に,影響の大きい未確認費用と利回りについて,査定者へ根拠資料と採用理由の説明を求めることが重要である。

第7 査定者に確認したい資料と説明

1 資料を対象,権利,収支,建物及び市場に分ける

対象確認には,土地・建物の登記事項証明書,地図又は地図に準ずる図面,地積測量図,建物図面・各階平面図及び必要な閉鎖記録等を用いる。
権利確認には,土地・建物の賃貸借契約,通行・設備利用の合意,底地売買契約及び承諾関係の書面を用いる。
収支確認には,部屋別の賃料・入居状況一覧,賃貸借契約,月次明細,申告書と決算書,税金,保険及び地代の資料を用いる。

建物確認には,工事履歴,修繕計画,見積書,現地写真及び必要に応じた専門家の調査を用いる。
市場確認には,同じ時点・権利・利用条件に近い取引事例,賃貸事例及び利回りの根拠を用いる。
この資料一覧は実務上の確認の提案であり,すべての案件で同じ資料だけを集めれば十分になるという趣旨ではない。

2 資料が足りないときの査定条件を残す

対象確定条件,想定上の条件又は調査範囲等条件を設定する場合は,条件の内容,合理性,実現性及び条件が成立しない場合の価格への影響を区別して示す。

査定書には,確認できた事実,採用した前提,未確認事項,前提が変わった場合の影響及び再査定を要する条件を区別して記載してもらう。
他人地の利用継続,大規模修繕又は稼働状況について査定額への影響が大きい場合は,資料を補ったうえで,不動産鑑定士,土地家屋調査士又は建築士等に役割に応じて確認を求めることを検討する。
当事者間で価格の争いがある場合は,同じ対象・時点・条件で比較できる資料を整えることが,協議や調停での説明につながる。

提出用の査定書に改訂履歴を載せない場合でも,対象範囲,評価時点,採用資料,収支の補正,未確認事項及び価格が成立する前提は明記する必要がある。
改訂履歴を省くことと,査定の限界や条件を省くことは別である。
検討の記録には,旧計算と新計算,変更項目,変更理由及び根拠資料を対応させて保存しておくと,依頼者への説明や協議・調停での照会に答えやすい。

第8 関連記事と出典

鑑定評価書の依頼目的,価格時点,対象権利,前提条件及び三方式の一般的な確認順序は,裁判・相続・財産分与で不動産鑑定評価書を読むで整理している。

土地・建物の地番と図面の対応を調べる手順は,分筆・合筆後の建物敷地をどう調べるかで説明している。
価格・賃料資料の種類は,家賃相場・土地価格相場等の調べ方を参照されたい。

相続全体の調査と期限管理は,相続事件に関する実務メモを参照されたい。
借地権の地代・評価及び手続は,借地権の地代・権利金・評価方法を参照されたい。

主な出典は,国土交通省不動産鑑定評価基準総論第5章,第7章,第8章及び各論第1章・第3章,並びに不動産鑑定評価基準運用上の留意事項の収益還元法及び証券化対象不動産の収支項目に関する部分である。
税務上の収入,必要経費,控除及び修繕の区分は,本文に掲げた国税庁の各説明による。
本文の確認順序及び架空の数値例は,これらを踏まえた実務上の説明であり,官公庁が定めた全国一律の査定率ではない。