第1 相続事件で最初に確認する事項
相続事件では,遺産をどのように分けるかを考える前に,期限,相続人,遺言,財産及び債務を確認する必要がある。
特に,相続放棄等の熟慮期間は原則三か月,準確定申告は原則四か月,相続税の申告・納付は原則十か月であり,調査や協議が未了でも期限だけが先に到来することがある。
本記事は,相続開始後の実務を,期限の管理から遺産分割及び税務までの順に整理したものである。
個別事情によって結論が変わるため,重要な処分をする前に,使用する制度の要件と起算日を確認する必要がある。
法令及び行政情報の基準日は令和八年九月九日である。
1 事件を五つの箱に分ける
相続事件の初動では,次の五つを別々の一覧にすると,調査の抜けを減らしやすい。
①期限,②相続人,③遺言その他の承継原因,④財産及び債務,⑤協議・裁判・税務その他の手続である。
遺産分割の対象となる財産と,相続人が固有の権利として取得する死亡保険金等は同じではない。
また,民事上の遺産評価,相続税評価及び売却見込額も目的が異なるため,一つの数字にまとめない方が安全である。
2 起算日と基礎資料を固定する
最初に,被相続人の死亡日,相続人ごとに死亡及び自己が相続人となったことを知った日,被相続人の最後の住所,本籍,国籍並びに常居所を記録する。
相続放棄,相続税,相続登記及び遺留分侵害額請求では,期限の起算点が同じとは限らないからである。
死亡診断書又は除籍謄本,戸籍資料,住民票除票又は戸籍附票,遺言書,固定資産税通知書,通帳,証券・保険・借入れ・税金に関する郵便物を集める。
紙の資料だけでなく,スマートフォン,パソコン,メール及びクラウドの利用状況も,デジタル財産を調べる手掛かりとなる。
3 確認が終わるまで不用意な処分を止める
相続財産の売却,解約,払戻し,廃棄又は自己のための消費は,法定単純承認や証拠喪失の問題を生じ得る。
葬儀費用や保存費用として預金を動かす必要がある場合でも,金額,用途,支払先及び領収書を記録し,事前に相続放棄への影響を検討すべきである。
第2 先に管理すべき主な期限
1 相続放棄・限定承認の原則三か月
相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三か月以内に,単純承認,限定承認又は相続放棄を選択するのが原則である(民法九一五条)。
調査をしても判断資料がそろわないときは,期間満了前に家庭裁判所へ熟慮期間の伸長を申し立てる方法がある(裁判所「相続の放棄の申述」)。
後から債務が判明しただけで,その判明時から当然に新たな三か月が始まるわけではない。
相続財産が全くないと信じたことに相当な理由があるなどの事情によって例外的な起算点が問題となるため,請求書が届いた日,それ以前の郵便物及び財産調査の経過を保存する必要がある(裁判所「家事事件Q&A」)。
2 準確定申告の原則四か月
確定申告を要する者が年の途中で死亡した場合,相続人は,相続の開始があったことを知った日の翌日から四か月以内に,死亡した者の所得税について準確定申告と納税をするのが原則である(国税庁タックスアンサーNo.2022)。
不動産所得,事業所得,譲渡所得又は多額の医療費がある場合は,早期に申告の要否を確認すべきである。
3 相続税の原則十か月
相続税の申告及び納税は,通常,被相続人が死亡したことを知った日の翌日から十か月以内に行う(国税庁タックスアンサーNo.4205)。
遺産分割協議が終わっていないことは,申告期限を延長する理由にはならない。
失踪宣告を受けた者の相続では,死亡したものとみなされる日(民法31条)が,審判の確定より前になる。
国税庁の相続税法基本通達27-4は,この場合の「相続の開始があったことを知った日」を,相続人等が失踪の宣告に関する審判の確定のあったことを知った日として取り扱う一方,相続税の課税価格に算入すべき価額は相続開始の時における価額によるとしている。
申告期限の起算点と財産評価の基準日がずれる点は,「失踪宣告と相続・相続税―死亡とみなされる時点,相続人の変動,申告期限,取消し及び外国が関わる場合(AI作成)」で説明している。
申告の要否を判断するため,早い段階で財産及び債務の概算,被相続人からの一定の生前贈与,相続時精算課税並びに生命保険金等を税理士と確認する必要がある。
4 遺留分侵害額請求の一年と十年
遺留分侵害額請求権は,遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないとき,時効によって消滅する。
相続開始から十年を経過したときも同様である(民法一〇四八条)。
一年以内に協議がまとまる見込みがなくても,権利行使の意思表示を証拠化する必要がある。
誰に対し,どの贈与又は遺贈について請求するかを特定できるよう,遺言,贈与資料及び到達記録を準備すべきである。
5 遺産分割の十年ルール
相続開始から十年を経過した後の遺産分割では,原則として,特別受益及び寄与分を反映した具体的相続分ではなく,法定相続分又は指定相続分を基準とする(民法九〇四条の三)。
十年で特別受益や寄与分に関する事実そのものが消えるという制度ではない。
十年経過前に家庭裁判所へ遺産分割を請求した場合等には例外がある。
令和五年四月一日より前に開始した相続には経過措置があり,事案によっては令和十年三月三十一日までの猶予が問題となる(法務省「遺産分割に関する新たなルールの導入」)。
6 相続登記の三年
相続又は遺贈によって不動産の所有権を取得した相続人は,自己のために相続の開始があったことを知り,かつ,所有権を取得したことを知った日から三年以内に相続登記を申請するのが原則である(不動産登記法七六条の二)。
期限内の遺産分割が難しい場合には,相続人申告登記によって申請義務を履行する方法がある。
令和六年四月一日より前に取得を知っていた未登記不動産は,令和九年三月三十一日が期限となる。
これに対し,同日以後に取得を知った不動産の期限は個別の起算日から三年であり,すべての相続登記の期限が令和九年三月三十一日になるわけではない(法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」)。
7 相続回復請求権の五年と二十年
相続回復請求権は,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないとき,時効によって消滅する。
相続開始から二十年を経過したときも同様である(民法八八四条)。
8 特別寄与料の六か月と一年
相続人ではない被相続人の親族(相続の放棄をした者等を除く。)が無償で療養看護その他の労務を提供し,被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした場合は,相続人に対して特別寄与料を請求できる。
その家庭裁判所への請求は,特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六か月を経過したとき,又は相続開始の時から一年を経過したときは,することができない(民法一〇五〇条二項)。
相続人の配偶者等が介護を担っていた事件では,相続人側の期限とは別にこの期限を管理する必要がある。
請求できる人,負担額及び期間の起算点は,特別寄与料の請求―請求できる親族とできない人,相手方と負担額,6か月・1年の期間制限及び相続税で説明している。
第3 相続人と遺言を確定する
1 戸籍を連続して確認する
相続人の調査では,被相続人の出生から死亡までの戸籍,除籍及び改製原戸籍を連続して確認する。
配偶者と子だけに見える事件でも,認知,養子縁組,離縁,代襲相続又は数次相続によって当事者が増えることがある。
法定相続情報一覧図は,銀行,登記及び税務等で戸籍の束に代えて使える場面がある。
ただし,一覧図を作成した後に相続人が死亡するなど,その後の身分関係を示す追加資料が必要となる場合がある。
被相続人に離婚した前配偶者との子がいる場合の一覧図の書き方と,その子の戸籍・現住所の集め方は,前妻・前夫との子がいる場合の法定相続情報一覧図―前配偶者の表示,線の引き方,前婚の子の戸籍と現住所の集め方で説明している。
2 遺言の有無と方式を確認する
自宅,貸金庫及び受任専門職への照会に加え,公証役場の遺言検索並びに法務局の自筆証書遺言書保管制度を確認する。
封印のある遺言書を家庭裁判所以外で開封してはならず,公正証書遺言及び法務局保管の自筆証書遺言を除き,原則として検認が必要である(裁判所「遺言書の検認」)。
検認は,遺言が有効であることを確定する手続ではない。
遺言能力,方式違反,偽造・変造,遺言の解釈,遺留分及び遺言執行は,それぞれ別に検討する必要がある。
3 外国籍・国外財産がある事件
日本の法の適用に関する通則法三六条は,相続を被相続人の本国法によるとしている(法の適用に関する通則法)。
外国籍の被相続人や国外財産がある事件では,国際裁判管轄,相続の準拠法,遺言の成立・効力,遺言方式及び現地での名義変更等を分けて確認すべきである。反致は,同法四一条により,被相続人の本国法の抵触規則が日本法を指定するかを確認して初めて判断できる。日本の通則法自体が遺言による一般的な準拠法選択を認めると一律に扱ってはならない。
国際相続の確認順序と受任時資料は,「外国籍・国外財産がある相続と遺言―国際裁判管轄・準拠法・反致・遺言方式(AI作成)」で説明している。
在日韓国人の事件では,日本の戸籍だけで相続人を確定できないことがあり,韓国の家族関係登録証明書及び除籍資料の取得経路も検討する。
証明書を誰が請求できるかは続柄,請求目的,提出先及び領事館等の運用によって異なるため,「委任状がなければ取得不能」と一律に扱うべきではない。
調査の全体像は,在日韓国人の相続人調査-韓国の家族関係証明書・除籍謄本の取得と相続放棄で説明している。
第4 財産と債務を調査する
1 費用の低い資料から範囲を絞る
まず,被相続人の自宅,郵便物,確定申告書,通帳,クレジットカード明細,固定資産税通知書,保険証券及びスマートフォン等から,取引先を一覧化する。
次に,必要な金融機関,証券会社,保険会社,市区町村,法務局その他の機関へ照会する。
調査結果には,確認日,照会先,対象期間,残高又は評価額,名義,資料の所在及び未回答事項を記録する。
「見当たらなかった」と「存在しないことを確認した」は区別すべきである。
2 預貯金・証券・現金
預貯金は,死亡日残高だけでなく,生前の送金,死亡直前後の出金及び定期預金等の別口も確認する。
被相続人名義であることは重要な資料であるが,名義だけで実質的な帰属が決まらない場合もあるため,原資,管理状況及び利息等の帰属をたどる必要がある。
上場株式,投資信託,国債,信用取引,従業員持株及び非上場株式は,権利の内容と評価方法が異なる。
相続開始後の配当,分配金及び売却代金についても,取得者と精算方法を記録すべきである。
3 不動産
登記事項証明書,固定資産税通知書,名寄帳,売買・贈与・建築・借入れの資料及び賃貸借関係を確認する。
登記名義と実体上の所有者が一致しないとの主張がある場合には,取得資金,契約,税金及び管理状況を調べる。
価格は,固定資産税評価額,路線価,公示価格,査定額及び鑑定評価額で目的が異なる。
遺産分割でどの評価時点・方法を採用するかと,相続税の申告で用いる評価を混同してはならない。
賃貸アパート等の収益不動産では,土地と建物を別々に確認し,地図等,地積測量図,建物図面・各階平面図及び必要な分筆・合筆の履歴をつなぐ。
査定対象外の土地でも,建物,通路,階段又は設備等に必要な場合は,その利用権,対価及び処分後の継続利用を調べる。
対象外土地の所有権価格を加算しないことと,利用条件が対象不動産の価値に与える影響を検討することは,別の問題である。
部屋別の賃料・入居状況一覧,賃貸借契約,管理会社の月次明細,申告書と青色申告決算書又は収支内訳書,修繕履歴・計画,固定資産税,保険及び地代の資料を確認する。
申告収入が対象の一棟だけか,複数物件を含むかを確かめ,税務上の所得と査定用の純収益を区別する。
底地を取得した場合には,取得した範囲,権利変動の時期及び地代等の変化も確認する。
査定書の検討は,相続・遺産分割で収益不動産の査定書を読むを,地番と図面の調査は,分筆・合筆後の建物敷地をどう調べるかを参照されたい。
相続開始後・遺産分割前の賃料
最高裁平成17年9月8日第一小法廷判決・平成16年(受)第1222号は,遺産に含まれる賃貸不動産から相続開始後に生じる賃料債権は,遺産そのものとは別個の財産であり,各共同相続人が法定相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するとした。後の遺産分割が相続開始時に遡って効力を生じても,既に各相続人が取得した賃料債権の帰属は変わらない。
したがって,不動産を最終的に取得した相続人が,相続開始後の賃料を当然に全額取得するわけではない。もっとも,共同相続人間で賃料を管理口座に留保し,固定資産税・修繕費・管理費等を控除した残額を遺産分割と一体で精算する合意をすることはできる。判例による原則的な帰属と,当事者間の合意による管理・清算を区別する必要がある。
賃料をめぐる紛争では,賃貸借契約,入金口座,家賃台帳,管理会社の明細,固定資産税・保険料・修繕費,誰が管理を担当したか,相続人間の合意及び送金履歴を相続開始日以後の月ごとに整理する。預貯金債権に関する後続大法廷決定や民法909条の2の払戻し制度と,この賃料債権の法理を混同しないことも重要である。非典型財産の一覧は,非典型財産の相続実務(AI作成)を参照されたい。
4 生命保険金・未支給年金その他の固有権
受取人が指定された死亡保険金請求権は,通常,受取人の固有財産であり,遺産分割の対象ではない。
もっとも,保険金額,遺産総額との比率,当事者関係及び生活実態等から著しい不公平がある特段の事情の下では,特別受益に準じた扱いが問題となる(最高裁平成一六年一〇月二九日決定)。
未支給年金,死亡退職金,遺族給付及び共済金は,それぞれの根拠法令又は規約に基づく受給権者を確認する。
「死亡を原因として支払われる財産」であることだけから,相続財産と決めることはできない。
5 債務・保証・税金
住宅ローン,カード・消費者金融,事業借入れ,賃貸借,医療・施設費,未払税金及び保証債務を調べる。
信用情報だけですべての債務が判明するわけではないため,契約書,通帳の返済記録,抵当権,請求書及び確定申告書も照合する。
被相続人の未納の国税は,相続人が法定相続分又は指定相続分により按分して承継し,遺産分割をしても承継税額は変わらない(国税通則法五条二項)。
承継税額と納付責任額の計算,限定承認・相続放棄をした場合の扱いは,「被相続人の未納の国税は相続人がどう引き継ぐか」で整理している。
被相続人が事業をしていた場合は,買掛金,預り金,リース,従業員関係,税務調査及び訴訟・紛争の有無も確認する。
相続放棄を検討する事件では,債権者との交渉や一部弁済を始める前に法定単純承認への影響を検討すべきである。
6 デジタル財産
デジタル財産では,①暗号資産,電子マネー,ポイント等の経済的価値,②写真,文書,メール等のデータ,③サービス契約上のアカウントを分けて確認する。
端末のロック解除,アカウントへのログイン及び支払方法の変更は,規約,プライバシー,証拠保全及び不正アクセスの問題を含むため,推測で操作しない方がよい。
Googleは,アカウント無効化管理ツールによる事前設定を案内し,故人アカウントについては審査の上で閉鎖又は一定のコンテンツ提供を行う場合があるとしているが,パスワード等は提供しない(Google「故人のアカウントに関するリクエスト」)。
Microsoftは,OneDriveデジタルレガシによる事前の読取り専用アクセスを案内し,未設定の場合には通常は情報を提供できないとしている(Microsoft「OneDriveを使用してデジタルレガシを保護する」)。
7 継続契約と口座振替
死亡後も,通信,放送,保険,地代,共用部の電気・水道,警備,清掃及び保守等の契約が続くことがある。預金口座が凍結され,口座振替が止まっても,契約自体が終了したとは限らないため,契約の状態と支払の状態を分けて調べる。
郵便物,通帳,カード明細,電子メール,確定申告資料及び建物設備の表示から契約候補を抽出し,契約者,対象物件,支払方法,次回請求日,自動更新,解約予告期間,違約金及び貸与品を台帳に記録する。賃貸物件の運営,防犯,保険又は法定点検に必要な契約は,一律に解約せず,代替手段と入居者への影響を確認する。
契約の承継,名義変更,解約及び貸与機器の返却・撤去の確認順序は,相続開始後の継続契約と口座振替を整理する方法を参照されたい。
第5 単純承認・相続放棄・限定承認を選ぶ
1 法定単純承認に注意する
相続財産の全部又は一部を処分したとき,熟慮期間内に限定承認又は相続放棄をしなかったときは,原則として単純承認をしたものとみなされる。
限定承認又は相続放棄の後に相続財産を隠匿し,私に消費し,又は悪意で財産目録に記載しなかった場合は,民法九二一条三号の問題となる(民法九二一条)。
保存行為等の例外はあるが,処分の目的,対象,金額及び必要性によって評価が変わる。
相続放棄の可能性がある間は,相続財産と自己財産を混ぜず,行為の記録を残すべきである。
2 相続放棄
相続放棄は,相続人ごとに家庭裁判所へ申述して行い,受理されると,その相続について初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法九三八条・九三九条)。
先順位者の放棄によって後順位者が相続人になるため,親族間の連絡と各人の期限管理が必要である。
放棄時に相続財産を現に占有している者は,相続人又は相続財産清算人へ引き渡すまで,自己の財産と同一の注意をもって保存する義務を負う(民法九四〇条)。
手続の流れと必要書類は,相続放棄の手続を自分でする方法で説明している。
3 限定承認
限定承認は,相続によって得た財産の限度で被相続人の債務等を弁済することを留保して承認する制度である。
共同相続人が複数いるときは,原則として共同相続人全員が共同して行う必要があり,公告,換価及び弁済の清算手続を伴う。
みなし譲渡による所得税,準確定申告及び相続財産の処分方法が問題となることがある。
限定承認を候補とするときは,三か月の期限内に,相続実務を扱う弁護士と税理士が連携して適否を判断する方が安全である。
第6 遺産分割の争点と手続を整理する
1 分割対象・相続分・評価・分割方法を分ける
遺産分割では,①誰が相続人か,②何が遺産か,③各人の相続分はいくらか,④各財産をいくらと評価するか,⑤どの方法で取得させるかを順に整理する。
預金名義,不動産登記又は占有だけで帰属が決まらない争いは,遺産分割の前提問題として訴訟が必要となる場合がある。
分割方法には,現物分割,代償分割,換価分割及び共有分割がある。
代償分割では取得者の支払能力,換価分割では売却条件と費用,共有分割では将来の管理及び処分の困難を確認すべきである。
2 特別受益・寄与分
生前贈与又は遺贈が特別受益に当たるかは,贈与の目的,金額,時期,家族状況及び被相続人の意思等から検討する。
介護又は家業への貢献を寄与分として主張する場合は,通常の親族扶養を超える特別の寄与と,遺産の維持又は増加との関係を具体化する必要がある。
相続人ではない親族が介護を担った場合は,寄与分ではなく,前記第2の8の特別寄与料の問題となる。
古い通帳,送金記録,契約書,診療・介護記録,日記,写真及び第三者の説明は,時間がたつほど収集しにくくなる。
十年ルールだけでなく証拠散逸を考え,争点が判明した段階で資料を保存すべきである。
主張立証の詳細は,特別受益を効率よく主張・立証する方法で説明している。
3 協議・調停・審判
協議を始める前に,相続人一覧,遺産目録,評価資料,債務一覧及び各人の提案を共有すると,対象漏れや前提の食い違いを見つけやすい。
合意した場合は,対象財産,取得者,代償金,支払期限,登記・税金・費用及び後日判明財産の扱いを遺産分割協議書に記載する。
話合いがまとまらない場合は,家庭裁判所の遺産分割調停又は審判を利用できる(裁判所「遺産分割調停」)。
調停の管轄,審判の管轄及び申立てに必要な戸籍・財産資料は同じではないため,申立先の最新案内を確認する必要がある。
4 遺産分割前の預貯金の払戻し
各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち,死亡時残高の三分の一に自己の法定相続分を乗じた額について,金融機関ごとに法務省令上百五十万円を限度として単独で権利行使できる(民法九〇九条の二・平成三〇年法務省令第二九号)。
払い戻した預貯金は,当該相続人が遺産の一部の分割により取得したものとみなされる。
この制度で足りず,遺産に属する債務の弁済,相続人の生活費その他の事情から必要があるときは,家庭裁判所による仮分割の仮処分を検討する。
払戻しを受ける前に,葬儀費用等の負担者,遺産分割及び相続税との精算方法を確認すべきである。
第7 相続税と民事上の解決を分けて管理する
1 未分割でも期限内に申告する
相続税の申告が必要な場合は,申告期限までに遺産が分割されていなくても,期限内に申告・納付する。真に未分割の財産は,民法(寄与分に関する904条の2を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って取得したものとして課税価格を計算する(相続税法55条,国税庁タックスアンサーNo.4202)。相続分の指定があるときまで一律に法定相続分とするものではない。
遺産分割調停又は訴訟が続いていることだけで十か月の期限は止まらない。
まず,遺言によって取得者が既に定まっている財産と,なお未分割の財産を区別する。公正証書遺言と異なる分け方を交渉していることだけで,遺言による取得財産の全部が未分割になるわけではない。遺言の解釈,有効性及び実際の承継関係を確認する必要がある。具体的な申告の整理は,公正証書遺言と異なる遺産分割協議が申告期限までに成立しない場合の申告方法を参照されたい。
税務申告の担当者と,資料引渡し日,申告内容を確定する日及び納税資金を準備する日を共有する。民事上の交渉期限と税法上の申告期限を分け,合意を待つ間も申告準備を進める。
2 未分割財産と税額軽減の手続
未分割財産は,当初申告では配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受けられないのが原則である。
申告書に「申告期限後三年以内の分割見込書」を添付し,期限内に分割した場合等には,分割が行われたことを知った日の翌日から四か月以内の更正の請求によって特例を受けられることがある(国税庁タックスアンサーNo.4208,相続税法32条)。
三年以内に分割できない一定のやむを得ない事情がある場合は,税務署長の承認申請に別の期限がある。
訴訟等が長期化する事件では,当初申告時から後日の特例適用に必要な書類と期限を管理すべきである。
3 評価と分割案の税務影響
民事上の分割価格と相続税評価額は一致しないことがある。
配偶者の税額軽減は一億六千万円と法定相続分相当額のいずれか多い額が基準となるが,実際に取得した財産等の要件がある(国税庁タックスアンサーNo.4158)。
一次相続の税額だけを最小化すると,二次相続までの合計税額,生活資金又は不動産管理に不都合が生じることがある。
誰が何を取得するかを決める前に,納税資金,取得後の収益・費用,将来の譲渡及び二次相続を含む複数案を比較すべきである。
弁護士費用についても,遺産分割,相続登記,共同売却及び金銭回収では税務上の検討が異なる。相続税の債務控除,譲渡所得の取得費・譲渡費用及び必要経費の区別は,相続事件の弁護士費用と税務で説明している。委任契約書,請求明細及び支払・立替精算の資料を申告担当者へ引き継ぐ必要がある。
第8 早期に専門家へ相談すべき場面
次の事情がある場合は,調査が完了するのを待たず,期限と停止すべき行為を先に相談する方がよい。
①三か月以内で債務の全体が不明,②遺言の有効性又は遺産の帰属に争いがある,③使途不明金,特別受益又は寄与分が問題となる,④事業,非上場株式,多数の不動産又は保証債務がある,⑤相続人の一部と連絡が取れない,⑥未成年者,成年被後見人又は利益相反がある,⑦外国籍又は国外財産がある,⑧十か月以内の申告が必要となる可能性がある場合である。
弁護士には,戸籍,遺言,相続関係図,財産・債務一覧,金融資料,固定資産資料,当事者間の連絡及び期限一覧を持参すると相談を進めやすい。
税額計算・申告は税理士,不動産登記は司法書士の担当領域を含むため,紛争,税務及び登記を一つの工程表で管理することが重要である。
第9 関連記事
- 特別受益を効率よく主張・立証する方法-遺産分割の十年ルールと証拠収集
- 法定単純承認に当たる行為・当たらない行為
- 相続放棄の手続を自分でする方法-必要書類・申述書の書き方・受理後の対応
- 相続放棄をしても受け取れる権利・受け取れない財産
- 相続人に認知症・精神障害等で判断能力を欠く人がいる場合の遺産分割
- 被相続人のスマホ・パソコンを死亡直後に扱う際の注意点
- 在日韓国人の相続人調査-韓国の家族関係証明書・除籍謄本の取得と相続放棄
- 前妻・前夫との子がいる場合の法定相続情報一覧図―前配偶者の表示,線の引き方,前婚の子の戸籍と現住所の集め方
- 相続税における配偶者の税額軽減
- 未分割遺産の分割後にする相続税の更正の請求-四か月の期限・要件・裁判例
- 失踪宣告と相続・相続税―死亡とみなされる時点,相続人の変動,申告期限,取消し及び外国が関わる場合
- 相続事件の弁護士費用