第1 結論第2 第2条が明記したことと明記しなかったこと第3 国籍条項案は実際に検討されていた1 カナダ政府によるイタリア平和条約型の提案2 米国側が採用しなかった理由3 簡潔で非懲罰的な条約という方針第4 在日朝鮮人について日本政府が説明した理由1 独立回復による国籍回復という説明2 国会で示された反対方向の指摘第5 台湾について朝鮮と同じ説明で完結しなかった理由1 台湾の帰属先と中国代表問題2 占領期から認識されていた在日台湾人の問題3 日華平和条約を経た処理第6 条約の空白を埋めた通達と最高裁判例1 昭和27年通達による戸籍実務2 最高裁大法廷昭和36年4月5日判決3 台湾に関する最高裁大法廷昭和37年12月5日判決第7 「明記されなかった理由」を説明するときの限界第8 出典1 条約2 外交文書3 国会会議録及び行政通達4 裁判例5 法令
第1 結論
本記事の基準日は令和8年9月2日である。
サンフランシスコ平和条約に朝鮮・台湾出身者の国籍が明記されなかった理由は,単一の事情だけでは説明できない。
確認できる一次資料によれば,国籍条項は全く検討されなかったのではなく,カナダ政府がイタリア平和条約第19条に似た条項を提案したのに対し,米国側は,旧日本領に居住していた日本人の大部分が引き揚げており,残る問題は新たな主権者の立法等で処理できるとして採用しなかった。
もっとも,このカナダ提案が直接念頭に置いていたのは,朝鮮・台湾出身者で日本に居住していた人ではなく,日本が放棄する地域に居住していた日本人である。
したがって,このやり取りだけから,在日朝鮮人・台湾人の国籍を条約から意図的に除外した理由まで断定することはできない。
在日朝鮮人については,日本政府が条約審議で,朝鮮の独立回復により朝鮮人は当然に従前の国籍を回復し,日本国籍を希望する人には帰化制度があるため,国籍選択条項を求めなかったと説明している。
他方,台湾については,サンフランシスコ講和会議に中国を代表する政府が参加せず,第2条(b)が台湾の帰属先を記載しなかったことから,国籍処理も朝鮮と同じ一段階では完結しなかった。
最終的には,条約の空白を,昭和27年4月19日付民事甲第438号通達による戸籍実務と,条約に黙示の国籍変更を読み込む最高裁判例が埋めた。
ただし,最高裁大法廷昭和36年4月5日判決自身も,領土変更に伴う国籍変更について国際法上確定した原則はなく,各場合に条約で明示又は黙示に定めるのが通例であると述べている。
第2 第2条が明記したことと明記しなかったこと
日本国との平和条約は,昭和26年9月8日に署名され,昭和27年4月28日に発効した。
第2条(a)及び(b)は,朝鮮と台湾について次のように定める。
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
両項は領域に関する日本の権利,権原及び請求権の放棄を定めているが,朝鮮戸籍又は台湾戸籍に属していた人がどの国籍を取得し,日本国籍をいつ失うかを明記していない。
また,日本国籍を維持するための選択権,国籍変更の基準となる住所又は戸籍,無国籍を避けるための規則も置いていない。
したがって,条約本文の確認と,その後に日本政府及び裁判所が国籍変更をどのように解釈したかの確認は別の作業である。
日本国との平和条約の全体構造については,「サンフランシスコ平和条約とは何か――署名・発効,主権回復及び全27条の法的構造」で整理している。
第3 国籍条項案は実際に検討されていた
1 カナダ政府によるイタリア平和条約型の提案
カナダ政府は,昭和26年5月18日付の米国案に対する意見第9項で,日本が放棄する地域に居住する日本人の国籍に言及しなければ混乱が生じ得るとして,イタリア平和条約第19条と同趣旨の条項を検討するよう提案した。
この提案は,国籍問題が起草過程で認識されていたことを直接示す資料である。
イタリア平和条約第19条は,昭和15年6月10日に割譲地域に住所を有していたイタリア国民とその後に生まれた子について,移転先国家の立法に従って同国の国籍を取得し,イタリア国籍を失う仕組みを定めていた。
同条は,常用語がイタリア語である一定の人にイタリア国籍を選択する権利も認めていた。
2 米国側が採用しなかった理由
米国国務省の公刊外交文書に収録された米国側コメントは,イタリア平和条約で扱った問題はより複雑であり,旧日本領にいた日本人は琉球を除いて全員引き揚げたとした。
その上で,問題が残るとしても,新たな主権者の立法又は琉球の場合には信託統治協定で処理できるとしている。
このコメントから確認できるのは,米国側が,カナダ提案の対象である「日本が放棄する地域に居住する日本人」の問題を条約本文で処理する必要性が小さいと評価したことである。
(続きを読む...)サンフランシスコ平和条約に朝鮮人・台湾人の国籍が明記されなかった理由-条約草案,国会答弁及び最高裁判例(AI作成)