第1 本記事の対象と結論
覚醒剤の使用が疑われる人が職務質問を受け,尿の任意提出や警察署への任意同行を拒んだところ,警察官から「令状を取るまで待っていろ」と言われ,車の周囲を警察官や警察車両に囲まれてその場から離れられなくなることがある。
本記事は,このような職務質問の現場への「留め置き」が,どこまで適法で,どこから違法になるのかを,最高裁判例と高等裁判所・地方裁判所の裁判例から整理するものである。
結論として,留め置きの適否は,時間の長さだけで決まるものではない。
①有形力の行使等が強制処分(強制手段)に当たるか,②強制処分に当たらないとしても,必要性,緊急性などを考慮して具体的状況の下で相当と認められる限度か,という最高裁昭和51年3月16日決定の枠組みで判断される。
さらに,東京高裁平成21年7月1日判決と東京高裁平成22年11月8日判決は,警察官が強制採尿令状の請求手続に取りかかった時点を境に,それ以前の「純粋に任意捜査として行われている段階」と,それ以後の段階とを分けて判断し,平成22年判決は,後者では純粋な任意捜査の場合に比べて相当程度強くその場にとどまるよう求めることも許されるとした。
留め置きが違法とされても,その後に採取された尿の鑑定書が当然に証拠から排除されるわけではない。
最高裁平成6年9月16日決定は,約6時間半以上の留め置きを違法としながら,違法の程度は重大でないとして鑑定書の証拠能力を認めた。
本記事は,令和8年9月25日時点のe-Gov法令検索の現行条文と,裁判所ウェブサイト及び判例秘書で確認した裁判例に基づく一般的な整理である。
具体的な事件では,職務質問の開始から令状の執行までの時刻,警察官の人数と配置,有形力の内容及び本人の言動によって結論が異なる。
第2 職務質問と任意捜査の根拠
1 警察官職務執行法2条
警察官職務執行法2条1項は,「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」と定めている。
同条3項は,同条1項及び2項に規定する者は,「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。」と定めている。
2 刑事訴訟法197条1項
刑事訴訟法197条1項は,「捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。」と定めている。
覚醒剤の使用の嫌疑を前提に尿の提出や警察署への同行を求める活動は,犯罪の捜査としての性質を持つ。
本記事で取り上げる最高裁平成6年9月16日決定と東京高裁平成22年11月8日判決は,いずれも,職務質問の現場への留め置きの適否を,「任意捜査として許容される範囲」かどうかという観点から判断している。
3 職務質問から犯罪捜査への移行を意識する
職務質問は,異常な挙動等から犯罪の疑いがある者を停止させて質問する警察官職務執行法上の手段である。
ところが,覚醒剤事件では,職務質問の途中で注射痕,前科,異常な言動等が判明して嫌疑が強まり,警察官が尿の任意提出を求め,さらに強制採尿令状(捜索差押許可状)の請求に進むことが多い。
留め置きの適否を検討するときは,一連の経過を一括して見るのではなく,いつ,どのような事実によって嫌疑が強まり,警察官の活動の目的が「質問を続けること」から「令状の発付まで所在を確保すること」へ移ったのかを時刻で押さえる必要がある。
強制採尿令状の種類や記載事項,採尿場所への連行については,「強制採尿・強制採血・毛髪採取の令状-令状の組合せ,条件の記載及び最高裁の判断」で扱っている。
第3 強制処分か任意処分か―最高裁昭和51年3月16日決定
1 判断の枠組み
最高裁昭和51年3月16日第三小法廷決定(昭和50年(あ)第146号・刑集30巻2号187頁)は,次のとおり判示した。
「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」
2 事案と結論
同決定の事案は,酒酔い運転の疑いが濃厚な者を同意を得て警察署へ同行し,呼気検査に応じるよう説得を続けていたところ,その者が急に退室しようとしたため,警察官がその左斜め前に立ち,両手でその左手首をつかんだというものである。
最高裁は,この行為は呼気検査に応じるよう説得するために行われたもので,その程度もさほど強いものではないから,強制手段に当たるとはいえず,捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ともいえないとした。
3 留め置きへの当てはめで問題になること
この枠組みを留め置きに当てはめると,まず,進路をふさぐ,車両を囲む,身体に触れる等の措置が,本人の意思を制圧し,移動の自由に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する程度に至っているか(至っていれば,令状なしにはできない強制処分である)を検討する。
強制処分に至っていないとしても,嫌疑の程度,所在を確保する必要性,時間の長さ,措置の態様等から,具体的状況の下で相当と認められる限度にとどまるかを検討することになる。
第4 約6時間半の留め置きを違法とした最高裁平成6年9月16日決定
1 事案
最高裁平成6年9月16日第三小法廷決定(平成6年(あ)第187号・刑集48巻6号420頁)の事案では,警察官が,覚醒剤使用の疑いのある被告人の運転する車両を午前11時5分頃に停止させ,午前11時10分頃から職務質問を開始した。
被告人は落ち着きがなく,エンジンを空ふかしするなどしたため,警察官は,車両の窓から腕を差し入れてエンジンキーを引き抜いて取り上げた。
その後,覚醒剤取締法違反の前科があるとの連絡が入り,警察官らは職務質問を続けながら警察署への任意同行を求めたが,被告人は自ら運転することに固執して他の方法による任意同行を拒み続けた。
警察官が令状請求のために現場を離れたのは午後3時26分頃であり,強制採尿令状等が発付されたのは午後5時2分頃,被告人の身体に対する捜索が執行されたのは午後5時43分頃であった。
2 エンジンキーの取上げは適法
同決定は,職務質問を開始した当時,被告人には覚醒剤使用の嫌疑があり,覚醒剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ,道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに被告人が自動車を発進させるおそれがあったことから,エンジンキーを取り上げた行為は,警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず,道路交通法67条3項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるとした。
3 約6時間半以上の留め置きは違法
他方で,同決定は,次のとおり判示した。
「その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。」
4 違法の程度は重大でないとされた理由
もっとも,同決定は,警察官が行使した有形力は,エンジンキーを取り上げて返還せず,又はエンジンキーを持った被告人が車に乗り込むのを阻止した程度であってさほど強いものではなかったこと,積雪の路面と被告人の異常な言動から運転を阻止する必要性が高かったこと,被告人が自ら運転することに固執して他の方法による任意同行をかたくなに拒否したため説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面があること,警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったとは認められないことを挙げた。
その上で,「警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない。」とした。
さらに,強制採尿令状は,留め置きが違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づいて発付されたと認められ,強制採尿手続自体にも違法はないとして,尿の鑑定書の証拠能力を認めた。
5 この決定から読み取れること
同決定が違法とした理由の中心は,「早期に令状を請求することなく」長時間にわたり留め置いた点にある。
嫌疑が濃厚になり,任意同行の説得にも応じないことがはっきりした後は,説得のための留め置きを続けるのではなく,令状の請求に進むべきであったという評価が読み取れる。
ただし,これは同決定の事案についての判断であり,何時間を超えれば違法になるという一般的な基準を示したものではない。
第5 令状請求の準備に取りかかった後の留め置き
1 二つの段階に分けて判断する考え方―東京高裁平成21年7月1日判決
東京高裁平成21年7月1日判決(平成21年(う)第349号・判例タイムズ1314号302頁,判例秘書L06420601で本文を確認)は,覚醒剤使用の嫌疑がある人が警察署の取調室から退出しようとするのを警察官が阻止し,強制採尿令状を執行するまで室内に留め置いた事案である。
第1審判決は,この留め置きを違法とした上で,違法の程度は重大でないとして尿の鑑定書等の証拠能力を認めていた。
同判決は,留め置きの適否を判断するには,純粋に任意捜査として行われている段階と,強制採尿令状の執行に向けて行われた段階とを区別する必要があり,両者をまとめて判断すべきではないとした。
その上で,令状請求の準備が始まるまでの約30分間は,本人の言動からみて意思に反する滞留ではなかったとした。
準備開始後の留め置き(令状の執行まで約2時間58分)についても,強制採尿令状の請求には採尿する医師の確保等で時間を要し,発付後は速やかに執行する必要があるから所在確保の必要性は失われないこと,警察官の有形力は出入口に立ち塞がる等の受動的なものにとどまったこと,家族との面会,飲食物の授受及び携帯電話での通話が認められていたことなどから,任意捜査として許容される範囲をなお逸脱していないとした。
そして,第1審判決が留め置きを違法とした点は誤りであるが,その誤りは判決に影響を及ぼさないとした。
2 東京高裁平成22年11月8日判決の事案
東京高裁平成22年11月8日判決(平成22年(う)第1513号・高刑集63巻3号4頁)の事案では,警察官が午後3時50分頃に被告人に対する職務質問を開始し,被告人の挙動や腕の注射痕等から尿の任意提出を求めたが,被告人は応じなかった。
警察官は,午後4時30分頃,任意の提出を受けることを断念し,強制採尿令状の請求手続に取りかかり,被告人にその旨を告げた。
令状は午後7時頃に請求され,午後7時35分に発付され,午後7時51分に留め置きの現場で被告人に示されて執行が開始された。
職務質問の開始から令状の提示まで,約4時間にわたり被告人は現場に留め置かれた。
3 令状請求の準備開始を「分水嶺」とする考え方
同判決は,強制採尿令状の請求に取りかかったということは,捜査機関において同令状の請求が可能であると判断し得る程度に犯罪の嫌疑が濃くなったことを物語るものであり,その判断に誤りがなければいずれ同令状が発付されることになるとした。
そして,その時点について「いわばその時点を分水嶺として,強制手続への移行段階に至ったと見るべきものである」とし,「依然として任意捜査であることに変わりはないけれども,そこには,それ以前の純粋に任意捜査として行われている段階とは,性質的に異なるものがあるとしなければならない」と判示した。
4 純粋に任意捜査として行われている段階
同判決は,職務質問の開始から令状請求の手続に取りかかるまでの約40分間については,職務質問を開始した経緯や尿の任意提出を求めたことに違法な点はなく,警察官から特に問題とされるような物理力の行使があったことは被告人自身も述べていないとして,被告人が任意に職務質問の現場にとどまったものと見るべきであるとした。
5 令状請求の準備開始後の段階
同判決は,強制採尿令状を請求するためにはあらかじめ採尿を行う医師を確保する必要があり,令状の発付後は所定の時間内に被疑者をその医師の許に連行する必要もあるから,令状執行の対象である被疑者の所在確保の必要性は非常に高いとした。
その上で,強制採尿令状の請求が行われていること自体を被疑者に伝えることが条件となるが,純粋な任意捜査の場合に比し,相当程度強くその場にとどまるよう被疑者に求めることも許されるとした。
本件への当てはめとして,同判決は,令状請求の準備から発付までの約3時間5分,執行までの約3時間21分は,手続の所要時間として特に著しく長いとまでは認められないとした。
留め置きの態様は,警察官が被告人と4,5メートルの距離を置いて取り巻き,被告人が車両に乗り込んだ後は1,2メートル離れてその周囲に位置し,被告人の車両の前後に警察車両を停め,「まだか。」との問い掛けに「待ってろよ。」と答えるなどしたというものであった。
しかし,身体を押さえつけたり引っ張ったりする物理力の行使はなく,被告人の供述によっても腕に触れてきたのを振り払った程度であり,被告人は車内で携帯電話で通話したりたばこを吸ったりしながら待機していたことから,被告人の意思を直接的に抑圧するような行為等はなく,所在確保のために必要な最小限度のものにとどまるとした。
また,警察官らは令状主義の要請を満たすべく現に強制採尿令状の請求手続を進めていたから,令状主義の趣旨を潜脱しようとの意図があったとは認められないとし,留め置きに違法,不当な点はないとして,尿の鑑定書等の証拠能力を認めた。
6 東京高裁平成22年判決の位置付け
同判決は高等裁判所の判決であり,最高裁の判断ではない。
ただし,後記のとおり,その後の地方裁判所の判決にも,同判決を引用して二つの段階に分けて判断したものがある。
また,令状の請求準備に取りかかりさえすれば,どれだけ長く,どのような態様で留め置いてもよいとしたものではない。
同判決は,①令状請求の準備に入ったことを本人に伝えていたこと,②令状の発付・執行までの時間が手続の所要時間として著しく長くなかったこと,③物理力の行使がごく軽度であったこと,④本人が車内で通話や喫煙をしながら待機できていたことを具体的に認定した上で,必要最小限度の措置にとどまるとしている。
7 準備開始後の留め置きが違法とされた事案―最高裁令和3年7月30日判決
最高裁令和3年7月30日第三小法廷判決(令和2年(あ)第1763号・刑集75巻7号930頁)の事案では,警察官が午後4時41分頃に職務質問のため車両を停止させ,被告人が任意の採尿や所持品検査に応じなかったことから,午後5時8分頃に令状請求の準備に取りかかった。
令状は午後7時頃に請求され,午後11時4分頃に発付され,午後11時25分頃に車両の捜索が始まった。
その間,警察官は車両を取り囲んで説得を続け,被告人が再三にわたり帰りたいと伝え,弁護士の助言を求めて電話をかけ,立ち去ろうとしても,被告人を取り囲み,その動きに応じて身体に接触するなどして立ち去りを制止した。
この事件の控訴審判決(東京高裁)は,捜索差押許可状を執行するまでの間被告人を現場に留め置いた措置自体は違法であったとしつつ,その違法は重大なものとはいえないとした。
もっとも,この事件の中心の争点は,令状請求の疎明資料に,車内になかったビニール袋が車内にあったと記載されたのではないかという点であった。
第1審は,そのような疎明資料を作成して令状を請求した事実があったというべきであるとして,覚醒剤等と尿の鑑定書の証拠能力を否定したが,控訴審はその疑いはそれほど濃厚ではないなどとして証拠能力を否定すべきでないとした。
最高裁は,その事実の存否を確定し,これを前提に証拠の収集手続に重大な違法があるかどうかを判断する必要があるのに,それをしなかった控訴審判決には法令の解釈適用の誤りがあるとして,事件を東京高裁に差し戻した。
最高裁自身は,この事件の留め置きの適否について判断を示していない。
ただ,令状請求の準備に取りかかった後であっても,本人が繰り返し帰りたいと述べて立ち去ろうとするのを,身体への接触を伴って長時間制止した措置が,控訴審で違法と評価された例として参考になる。
また,留め置きの違法は,令状請求の疎明資料の問題と組み合わさって証拠能力の判断に影響し得るので,両方を併せて検討する必要がある。
第6 下級審の裁判例に見る違法と証拠能力
1 令状請求の準備開始後の留め置きを適法とした例
静岡地裁平成27年12月10日判決(平成27年(わ)第150号,判例秘書L07051122)は,東京高裁平成22年11月8日判決を引用して二つの段階に分けて判断した。
パトカーに乗車してから令状請求の準備に取りかかるまでの約47分間に重大な違法はないとし,準備開始後の5時間余りの留め置きについても,令状請求の手続をとることが告げられていたこと,パトカーは本人の住居の前に停車して扉は施錠されておらず,本人が降車しようとした事実も警察官が有形力を行使した事実もなかったことなどから,違法,不当とはいえないとした。
2 違法としつつ証拠能力を認めた例
札幌地裁平成28年3月23日判決(平成27年(わ)第862号,判例秘書L07150204)は,警察車両の中で職務質問を受けていた被告人が降りようとしたのを警察官が力で止めたことについて,本人の移動の自由を必要以上に制限したもので,任意捜査として許される限度を超えたと判断した。
もっとも,用いられた力は本人の意思を押さえ込むほど強いものではなかったとして,尿の鑑定書を証拠から排除すべきほどの重大な違法ではないとした。
東京地裁平成28年9月16日判決(平成28年(特わ)第1348号,判例秘書L07131778)は,深夜から早朝にかけて4時間半近く現場にとどめられた事案で,弁護人が違法な留め置きを量刑で考慮すべきだと主張したのに対し,嫌疑の強さ,とどめておく必要性,用いられた力の程度及び開始から数十分で令状請求の準備が始まっていたことなどを踏まえ,量刑に影響するほどの違法はないとした。
3 留め置きの違法を理由に証拠が排除された例
東京地裁令和2年7月1日判決(平成28年(ワ)第15661号,判例秘書L07531322)は,覚醒剤使用の刑事事件で無罪が確定した人が,東京都と国に損害賠償を求めた国家賠償請求訴訟の判決である。
同判決が前提事実として認定したところによれば,刑事事件を担当した東京地裁は,平成28年1月18日,警察官2人が本人の明確な意思に反して引っ張り,転倒させてその場に留め置いた行為は逮捕にも比すべき重大な違法であり,その後の両腕の写真撮影と留め置きにも重大な違法があるとして,尿の捜索差押調書及び鑑定書の証拠調べ請求を却下した。
そして,同年3月15日,自白を補強する証拠がないとして無罪を言い渡し,この判決は確定した。
国家賠償請求訴訟の判決も,所持品検査をした通路で歩道へ出ようとする本人を警察官が留め置こうとした行為等は任意捜査として相当と認められる限度を超えて違法であるとし,東京都に慰謝料等の支払を命じた(検察官の公訴提起は違法でないとした)。
なお,刑事事件の証拠排除決定と無罪判決そのものは,本記事では原文を確認していない。
4 疎明資料の問題を理由に証拠が排除された例
神戸地裁令和5年4月18日判決(令和3年(わ)第1239号,判例秘書L07850481)は,警察官が本人の承諾を得ずにホテルの客室へ入ったこと,令状請求の疎明資料にその経過が書かれていなかったこと,実際には認められない薬物使用者に特有の様子があったと捜査報告書に書かれていたことなどを理由に,強制採尿令状の請求手続に重大な違法があるとし,尿の鑑定書を証拠から排除した。
本記事では,同判決については判例秘書の書誌情報(判示事項)を確認したにとどまる。
5 裁判例から読み取れること
令状請求の準備開始後の留め置きは,上記の裁判例では適法とされることが多い一方で,本人の明確な意思に反して引っ張る,転倒させる,降車を有形力で制止するといった措置は,違法と評価されやすい。
違法とされても証拠能力が否定されるとは限らないが,有形力が強度で逮捕に比すべき場合や,令状請求の疎明資料に事実と異なる記載や重要な事実の欠落がある場合には,証拠能力が否定された例がある。
第7 留め置きの適否を判断する順序
以上の裁判例を踏まえると,留め置きの適否は,次の順序で検討すると整理しやすい。
| 段階 | 確認する事実 | 判断の視点 |
|---|---|---|
| 職務質問の開始 | 異常な挙動,周囲の事情,停止させた方法 | 警察官職務執行法2条1項の要件を満たすか |
| 純粋に任意捜査として行われている段階 | 嫌疑の内容と強まり方,説得の内容,有形力,本人の退去の意思表示,経過時間 | 強制処分に至っていないか。説得のための留め置きとして相当な限度か(昭和51年決定,平成6年決定) |
| 令状請求の準備開始 | いつ,どの事実により令状請求の判断をしたか。本人に告げたか | 嫌疑が令状請求可能な程度に濃くなったか。準備開始が不当に遅れていないか(平成6年決定) |
| 令状請求の準備開始後 | 請求・発付・執行の時刻,警察官・車両の配置,有形力,本人が待機中にできたこと | 所在確保のために必要な最小限度か(東京高裁平成21年判決,同平成22年判決) |
| 違法とされた場合 | 違法の内容と程度,令状主義を潜脱する意図,令状の疎明資料が違法な留め置きの長期化前のものか | 証拠排除を要する重大な違法か(平成6年決定) |
いずれの段階でも,警察官の措置が本人の意思を制圧して移動の自由に制約を加える程度に至っていれば,令状によらない強制処分として違法となる。
逆に,強制処分に至っていないからといって当然に適法となるわけではなく,時間と態様が相当な限度を超えれば,平成6年決定のように違法となる。
第8 弁護人と本人が確認すべき事実
1 時刻を一つの時系列にする
留め置きの適否は,時刻の積み重ねで決まることが多い。
次の時刻を,警察官の供述,捜査報告書,令状とその請求書,無線記録,防犯カメラ・ドライブレコーダー映像及び本人の携帯電話の発着信記録から一つの時系列にまとめる。
①停止を求められた時刻と職務質問の開始時刻
②尿の任意提出や任意同行を拒んだ時刻
③警察官が令状を請求すると告げた時刻と,その言葉
④令状の請求時刻,発付時刻,現場への到着時刻及び執行開始時刻
⑤本人が立ち去ろうとした時刻と,そのときの警察官の対応
2 態様を具体的に記録する
態様については,次の点を具体的に確認する。
①現場にいた警察官の人数と,本人との距離
②警察車両の台数と,本人の車両に対する位置(前後をふさいだか)
③身体に触れた,腕をつかんだ,押し戻した等の有形力の内容と回数
④エンジンキーや運転免許証等を取り上げたか
⑤待機中に,電話,喫煙,飲食,トイレ等がどこまでできたか
平成6年決定では,エンジンキーの取上げ自体は職務質問のための停止の方法等として適法とされた一方,長時間の留め置きは違法とされた。
同じ措置でも,どの時点のどの目的の措置かによって評価が分かれるので,措置ごとに時刻と目的を対応させて記録する。
3 違法を主張するときの二段階
留め置きが違法であると主張する場合も,その違法が尿の鑑定書等の証拠能力を否定するほど重大かは,別に判断される。
違法な手続と証拠能力の関係は,「職務質問に伴う所持品検査はどこまで許されるか―承諾・必要性・相当性」でも扱っている。
令状請求の疎明資料に,留め置きの経過が正確に記載されているかも確認する。
令状請求資料の記載に虚偽や重要な事実の省略がある場合については,「捜査報告書や令状請求資料に虚偽記載・重要事実の省略がある場合―違法収集証拠と後続令状」で整理している。
第9 出典・確認範囲
①e-Gov法令検索「警察官職務執行法」2条(令和7年6月1日施行版を令和8年9月25日に確認)
②e-Gov法令検索「刑事訴訟法」197条1項(令和8年8月13日施行版を令和8年9月25日に確認)
③最高裁昭和51年3月16日第三小法廷決定(昭和50年(あ)第146号・刑集30巻2号187頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁平成6年9月16日第三小法廷決定(平成6年(あ)第187号・刑集48巻6号420頁,裁判所ウェブサイト)
⑤東京高裁平成22年11月8日判決(平成22年(う)第1513号・高刑集63巻3号4頁,裁判所ウェブサイト)
⑥最高裁令和3年7月30日第三小法廷判決(令和2年(あ)第1763号・刑集75巻7号930頁,裁判所ウェブサイト)
⑦東京高裁平成21年7月1日判決(平成21年(う)第349号・判例タイムズ1314号302頁,判例秘書L06420601)
⑧静岡地裁平成27年12月10日判決(平成27年(わ)第150号,判例秘書L07051122)
⑨札幌地裁平成28年3月23日判決(平成27年(わ)第862号,判例秘書L07150204)
⑩東京地裁平成28年9月16日判決(平成28年(特わ)第1348号,判例秘書L07131778)
⑪東京地裁令和2年7月1日判決(平成28年(ワ)第15661号,判例秘書L07531322)
⑫神戸地裁令和5年4月18日判決(令和3年(わ)第1239号,判例秘書L07850481)
③から⑥までは裁判所ウェブサイトで全文を確認した。
⑦,⑧及び⑪は判例秘書で該当部分を含む本文を確認し,⑨,⑩及び⑫は判例秘書の判示事項を確認した。
判例秘書では,令和8年9月25日に,「留め置き」と「分水嶺」(5件),「留め置き」と「強制採尿」等の語の組合せ(数十件)及び日付で検索し,上記の裁判例を選んで読んだ。
検索結果の全件を読んだものではなく,上記以外に同種の裁判例が存在しないとはしていない。