令状が発付されているというだけで、その前段階の違法が当然に治癒されるわけではない。
令状請求に用いられた捜査報告書等に虚偽記載又は重要事実の省略がある場合、裁判官による司法審査が実質的に機能したかを検討する必要がある。
他方、報告書に誤りがあれば直ちに押収物その他の後続証拠が排除されるわけでもない。
原捜査の違法性、その重大性、虚偽又は省略の内容、令状発付との関係及び後続証拠との関連性を分けて検討することになる。
第1 最初に確認すべき結論
刑事弁護では、次の①ないし④を一続きの手続として確認する必要がある。
①原捜査で実際に何が行われたか、②その内容が捜査報告書等にどう記載されたか、③裁判官にどの資料が示されて令状が発付されたか、④その令状からどの証拠が派生したか、である。
違法収集証拠排除の検討は、まず原手続が違法かを判断し、その上で、違法が令状主義の精神を没却するほど重大であり、証拠を許容することが将来の違法捜査抑制の見地から相当でないかを検討する二段階の作業である。
「違法があること」と「証拠能力が否定されること」を同じ問題として扱ってはならない。
最高裁昭和53年9月7日判決は、警察官が上衣内ポケットへ手を差し入れてちり紙の包み等(包みの中に覚醒剤ようの粉末が入っていた)を取り出した所持品検査を違法としつつ、違法の程度その他の事情から証拠能力を肯定した。
違法収集証拠排除は、個別事件の救済だけでなく、適正な司法作用を維持し、将来の違法捜査を抑止するという手続的価値を含む。したがって、違法の有無と排除の要否を分けて論証する必要がある。
第2 虚偽記載等が重大とされた最高裁判例
1 最高裁平成15年2月14日判決
最高裁平成15年2月14日判決は、逮捕状の不呈示に加え、違法を糊塗するために逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、公判でも虚偽の証言をした事案である。
最高裁は、これらを総合し、手続の違法を令状主義の精神を没却する重大なものと評価した。
もっとも、同判決は全ての後続証拠を一律に排除したものではない。
違法な逮捕と密接に関連する尿については証拠能力を否定した一方、後日の捜索で押収された覚醒剤については、適法に発付済みの別件令状との併合執行その他の事情を踏まえ、違法との関連性が密接ではないとして証拠能力を認めた。
この判決からは、虚偽記載等が違法の重大性を強く基礎付けることと、個々の派生証拠について関連性を別に検討することの双方が分かる。
「おはよう逮捕とは何か―早朝の自宅で逮捕状を執行する理由と手続」でも、逮捕状の呈示と同判決の位置付けを説明している。
2 令状請求資料を正確に記載した事案との対照
最高裁令和4年4月28日判決(令和3年(あ)第711号・刑集76巻4号380頁)は、令状を発付するに足りる嫌疑があったとは認められないとした原判断が不合理とはいえず、任意の採尿の説得もしていなかったことから、強制採尿が「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合とは認められないのに強制採尿令状が発付されたとして、その発付と強制採尿を違法としたが、尿に関する鑑定書等の証拠能力を肯定した。
警察官が、嫌疑があり強制採尿が必要不可欠であると判断した根拠等についてありのままを記載した疎明資料を提出したこと、裁判官の審査を経て令状を得たこと、令状の執行手続自体に違法がなかったこと、執行の前に任意の提出を繰り返し促したこと及び令状主義に関する諸規定を潜脱する意図がなかったこと等が重視された。
したがって、「令状に要件上の問題があった事案」と「違法な経過を隠して令状を得た事案」は区別しなければならない。
裁判官に正確な資料を提示したかは、違法の重大性及び抑止の必要性を判断する重要な事情である。
「強制採尿,強制採血及び毛髪の採取のために必要となる令状」では、強制採尿令状の種類、条件及び令和4年判決を整理している。
3 疎明資料の記載の真偽を確定させた最高裁令和3年7月30日判決
最高裁令和3年7月30日判決(令和2年(あ)第1763号・刑集75巻7号930頁)は、車内にはなかったチャック付きビニール袋が車内にあることを確認した旨の取扱状況報告書や写真撮影報告書を疎明資料として、警察官が車両の捜索差押許可状と強制採尿令状を得たのではないかが争われた事案である。
第1審は、そのような事実があったというべきであるとして、押収された薬物及びその鑑定書並びに尿の鑑定書の証拠能力を否定したが、控訴審は、その疑いはそれほど濃厚ではないなどとして、証拠能力を否定すべきではないとした。
最高裁は、その事実経過の下においては、証拠能力を判断するには、虚偽の疎明資料を作成して令状を請求した事実の存否を確定し、これを前提に証拠の収集手続に重大な違法があるかどうかを判断する必要があるとした。
その上で、事実の存否を確定しないまま、その疑いがそれほど濃厚ではないなどとするのみで証拠能力を認めた控訴審判決を破棄し、事件を東京高裁に差し戻した。
同判決の補足意見は、収集手続の違法の重大性を基礎付ける事実の存否に争いがあれば、検察官がその事実の不存在の立証責任を負い、その立証に失敗すれば、その事実があったものとして判断されると述べている。
したがって、令状請求資料の虚偽が争点となる事件では、「疑いが残る」という程度で終わらせず、虚偽の記載があったか否かを事実として確定させるよう求めることが重要である。
なお、この事件では、警察官が午後5時8分頃に令状請求の準備に取り掛かり、午後7時頃に令状を請求した後、本人が帰りたい旨を再三伝えて立ち去ろうとしたのに対し、警察官が取り囲み、身体に接触するなどして立ち去りを制止し、午後11時25分頃に捜索差押えに着手するまで現場に留め置いていた。
控訴審は、令状請求に至るまでの手続には(ビニール袋の発見経緯の疑いを除き)違法はないとしつつ、捜索差押許可状を執行するまでの間被告人を現場に留め置いた措置は違法であるが、その違法は重大なものとはいえないとしていた(最高裁はこの点を判断していない)。
職務質問の現場への留め置きについては、「職務質問の後「令状が出るまで待て」と留め置かれたら―任意捜査の限界と強制採尿令状の請求準備段階」で整理している。
第3 後続令状があっても自動的には治癒されない
1 無令状X線検査の最高裁判例
最高裁平成21年9月28日決定(平成19年(あ)第798号、判例秘書L06410086)は、宅配便荷物に対する無令状のX線検査を強制処分として違法とした。
他方、捜査の必要性、宅配便業者の承諾、対象の限定、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図の不存在、その後に裁判官の審査を経て令状が発付されたこと及びX線検査以外の資料等を総合し、後続証拠の証拠能力を認めた。
この決定が示すのは、後続令状の存在だけでなく、裁判官に提出された適法な独立資料の内容と、原違法が令状発付に与えた影響を具体的に確認すべきことである。
2 司法審査の実質を見る
虚偽記載又は重要事実の省略があると、裁判官は、原捜査の違法性、嫌疑の強さ又は捜索場所との関連性を正確に判断できない。
形式的に令状が存在しても、その基礎資料が歪められていれば、「司法審査を経た」という事情の評価は弱くなる。
例えば、警察官がかばんの中へ手を入れ、書類を持ち上げてその下を探索したのに、報告書には単に「チャックを開けたところ注射器が入っていた」とだけ記載された場合を考える。
前者は捜索に近い探索行為であるのに対し、後者は外から見えたかのような印象を与える。
この差は、単なる言葉遣いの問題ではなく、裁判官が原捜査の適法性を評価するために必要な事実の省略となり得る。
第4 分析補助としての「補正後仮想審査」
以下の「補正後仮想審査」は、令状資料の虚偽・省略が発付判断へ与えた影響を可視化するための分析補助である。
この名称自体が最高裁判例で確立した独立の法理又は法務省資料の公式用語であるわけではない。最終的な判断は、各判例が示す違法性、違法の重大性、令状発付との関係及び派生証拠との関連性に即して行う。
1 報告書を補正する
令状請求資料に問題がある場合、次の順で補正後仮想審査を行うと分かりやすい。
①虚偽又は誤解を招く記載を削除し、②省略された重要事実を追加し、③違法に得られた情報を除外し、④残る適法な資料だけで嫌疑、必要性及び捜索対象との関連性が足りるかを検討する。
その上で、正確な資料が提出されていれば、裁判官が同じ令状を発付したか、対象又は条件を限定したか、あるいは発付しなかったかを論証する。
これは現実に行われなかった裁判官の判断を断定する作業ではなく、虚偽又は省略が令状発付に及ぼした影響を構造化する作業である。
例えば、報告書①だけから独立に嫌疑と捜索場所との関連性が認められるのか、報告書②が違法な探索行為を省略した結果として初めて発付要件が満たされたように見えるのかを分ける。
「別資料がある」というだけで独立性を認めず、その資料の取得経路と内容が原違法に依存していないかを確認する。
2 資料ごとの出典表を作る
令状請求書と添付資料の各記載について、①情報源、②取得方法、③取得日時、④違法との関係、⑤他の独立資料による裏付けを一覧化する。
匿名情報、供述、通信履歴、映像、鑑定結果等を一括して「疎明資料」と扱うと、違法情報を除いた後に何が残るのかが見えなくなる。
3 違法性承継と派生証拠を分ける
「違法性の承継」と「違法に得られた証拠から派生した証拠の扱い」は、対象となる関係が異なる。
違法性承継は、先行手続の違法が後行手続の違法性評価へ及ぶかという手続と手続の関係である。これに対し、いわゆる毒樹の果実の問題は、第一次証拠又は情報と、それを契機に得た第二次証拠との証拠と証拠の関係である。
先行手続 → 第一次証拠・情報 → 令状請求等の後行手続 → 第二次証拠
この四つの節点を一枚の図にし、各矢印について、時間的近接性、因果関係、捜査目的の同一性、独立した発見経路、介在する司法審査、別令状の存在及び警察官の潜脱意図を記載する。
「後続令状があるから治癒した」又は「先行手続が違法だから全て排除される」という一足飛びの結論を避け、どの関係が問題なのかを固定する。
最高裁判例が派生証拠の場面で用いる「同一目的」「直接利用」「密接な関連」「関連性」の使い分けは、「違法な捜査の後に得られた証拠の証拠能力―違法性の承継・毒樹の果実と最高裁の「同一目的・直接利用」「密接な関連」「関連性」(AI作成)」で整理している。
第3の2の例は、令和6年司法試験の論文式試験の刑事系科目第2問で出題された事例であり、出題の趣旨・採点実感から抽出した評価項目と模範解答を「令和6年度司法試験刑事系第2問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した28項目と5段階の重み付け(AI作成)」に掲載している。
第5 弁護人が確保すべき資料
まず、令状請求書、疎明資料の目録、捜査報告書の全版、添付写真・映像、令状原本及び訂正履歴を一体として確保する必要がある。
次に、捜査報告書の記載を、ボディカメラ、防犯カメラ、無線記録、作成時刻、他の警察官の供述及び押収物の配置と逐語的に照合する。
争点整理では、①原捜査の違法、②虚偽又は省略、③違法の重大性、④令状発付への影響、⑤後続証拠との関連性、⑥排除の相当性を別々の見出しで主張するのが安全である。
報告書の一文の誤りを発見しただけで結論を急がず、その誤りが司法審査のどの判断材料を失わせたかまで示す必要がある。
「刑事裁判の書証の証拠能力及び供述調書の証拠能力」が扱う伝聞法則と、違法収集証拠排除は別の問題である。
第6 一次資料と本記事の限界
本記事は、刑事訴訟法、最高裁平成15年2月14日判決、最高裁平成21年9月28日決定、最高裁令和3年7月30日判決及び最高裁令和4年4月28日判決を中心に整理したものである。
平成21年決定は判例秘書(L06410086)で判決全文を確認したが、裁判所ウェブサイト上の公表ページは今回確認できなかった。
その後、令和8年10月4日に、同決定の判決全文が裁判所ウェブサイトの裁判例検索に掲載されていることを確認した。
同日、最高裁令和3年7月30日判決及び最高裁令和4年4月28日判決についても、裁判所ウェブサイトの判決全文で本記事の記載を照合し、疎明資料の名称、控訴審が違法とした留め置きの範囲、令和4年判決が違法とした理由等の記載を改めた。
個別事件で証拠能力が否定されるかは、虚偽又は省略の内容、残存資料、捜査官の認識、令状発付との因果関係及び後続証拠ごとの関連性によって変わる。
本記事の検討手順は、特定事件について証拠排除の結論をあらかじめ示すものではない。