国際刑事裁判所(ICC)は,集団殺害犯罪,人道に対する犯罪,戦争犯罪及び侵略犯罪について,個人の刑事責任を追及する常設の国際裁判所である。国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)とは別の機関であり,世界中の犯罪を無条件に裁く裁判所でもない。
本記事では,ICCの役割,犯罪と管轄権の範囲,国内裁判所との関係,加盟国,日本の協力及び逮捕状から裁判までの流れを整理する。加盟国数等は,記載した資料の基準時点による。
第1 国際刑事裁判所の役割と設立
1 個人の刑事責任を追及する裁判所
ICCの英語名はInternational Criminal Courtである。根拠条約は「国際刑事裁判所に関するローマ規程」であり,1998年7月17日に採択され,2002年7月1日に発効した。所在地はオランダのハーグである(ローマ規程1条・3条)。
ICCが裁くのは自然人である。国家に対して賠償を命じる国家間の裁判と,政治・軍事の指導者等の個人を刑事訴追する裁判とは,責任の主体も手続も異なる。企業そのものを被告人として裁く機関でもない(25条)。
2 国連との関係と組織
ICCは,国連憲章によって設けられた国連の主要機関ではなく,ローマ規程に基づく独立した裁判所である。もっとも,国連との関係協定や安全保障理事会による事態の付託など,国連との制度上の関係がある(2条・13条)。
裁判官が裁判上の判断を行い,検察官が捜査・訴追を担う。書記局は裁判運営や被害者・証人等の支援を担当する。外務省の2026年9月の概要は,裁判官18名,職員900名以上と説明している。検察官による逮捕状の請求と,裁判部による発付を区別して読む必要がある。
第2 ICCが対象とする4種類の犯罪
1 集団殺害犯罪
集団殺害犯罪(ジェノサイド)は,国民的,民族的,人種的又は宗教的集団を,全部又は一部破壊する意図をもって行う殺害等である(6条)。多数の死者が出たことだけで,この特別な意図が当然に証明されるわけではない。
2 人道に対する犯罪
人道に対する犯罪は,文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃の一環として,その攻撃を認識して行う殺人,拷問,強制移送等である(7条)。通常の国内犯罪と同じ名称の行為でも,ICCでは攻撃との関連など追加の要件が問題となる。戦争の存在が必須要件であるとは限らない。
3 戦争犯罪
戦争犯罪には,ジュネーヴ諸条約の重大な違反や,武力紛争に適用される法規・慣例への重大な違反が含まれる(8条)。国際的な武力紛争と非国際的な武力紛争について規定があり,武力紛争との関連や被害者・対象物の保護資格等を検討する。
4 侵略犯罪
侵略犯罪は,国家の政治的・軍事的行動を実効的に支配又は指揮できる立場の者が,性質,重大性及び規模から国連憲章の明白な違反となる侵略行為を計画・準備・開始・実行する犯罪である(8条の2)。
侵略犯罪の管轄権には,15条の2・15条の3などの特別な条件がある。他の3犯罪について犯罪実行地を理由に管轄権を説明できる場合でも,同じ説明をそのまま侵略犯罪に当てはめることはできない。
第3 管轄権と補完性の原則
1 犯罪,時期,実行地又は国籍を確認する
ICCの管轄権は,対象犯罪,行為の時期,場所又は被疑者の国籍などの条件によって定まる。2002年7月1日より前の犯罪をローマ規程に基づいて遡って裁くことはできない。後から締約国となった国については,原則としてその国についての発効後の犯罪が対象となり,別途の管轄権受諾宣言がある場合はその範囲も確認する(11条・12条)。
締約国による付託又は検察官自身の発意による捜査では,基本的に犯罪実行地国又は被疑者の国籍国が締約国であること,あるいは必要な国が管轄権を受諾していることが問題となる。船舶・航空機上の犯罪では登録国についての規定もある。
したがって,「被疑者の国籍国がICCに加盟していないから,ICCには必ず管轄権がない」という説明は正確ではない。締約国の領域で行われた行為等については,非締約国の国民が対象となり得る。他方,非締約国の国民を世界中のどこでの行為でも裁けるという意味ではない。
2 捜査に至る3つの経路
ローマ規程13条は,①締約国による事態の付託,②国連安全保障理事会による国連憲章第7章に基づく事態の付託,③検察官自身の発意による捜査,という経路を定める。③では,15条に基づく予審裁判部の許可が必要となる。
安全保障理事会による付託では,12条2項の実行地国・国籍国についての前提条件が,①・③の場合と同じ形では要求されない。ただし,付託があればすべての犯罪,時期又は人物を無条件に裁けるわけではなく,付託決議とローマ規程の各要件を確認する。
3 国内裁判所との関係―補完性と受理許容性
ICCは,各国の刑事司法を補完する裁判所である(1条)。国内裁判所の判決を一般的に再審査する上級審ではない。
17条は,管轄権を有する国が事件を捜査・訴追している場合,その国が真に捜査・訴追する意思又は能力を欠く場合を除き,ICCの事件を受理許容性のないものとする。既に国内で裁判を受けた場合や,事件の重大性が十分でない場合も問題となる。
「国内で捜査が始まれば必ずICCが関与できなくなる」「国内捜査がないだけで直ちにICCが処罰する」のいずれも適切ではない。ICCに管轄権があるか,具体的事件を受理できるか,犯罪が証明されたかは別々に判断する。
第4 加盟国・非加盟国と日本
1 加盟国の意味と数の基準時点
一般に「ICC加盟国」と呼ばれるのは,ローマ規程の締約国である。条約への署名,批准・加入,その国についての発効は同じではない。国連加盟国であることから,当然にICCの締約国となるわけでもない。
外務省の「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月)は,締約国を125か国・地域とし,日本,英国,フランス,ドイツ,韓国,ウクライナ,パレスチナ等を掲載している。同資料は,米国,ロシア及び中国を未加盟と説明している。完全な一覧は同資料2頁で確認できる。
脱退の通告と,脱退の効力が生じたことも区別する。127条では,原則として国連事務総長が通告を受領してから1年後に脱退が発効する。脱退によって,締約国であった間の義務や,発効前から進められていた事項に関する協力・継続的検討が当然に消滅するわけではない。
2 日本の加盟と貢献
日本は2007年7月17日に加入書を寄託し,同年10月1日に日本についてローマ規程が発効した。国内の協力手続は「国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律」によって整備されている。
外務省の2026年9月の概要によれば,日本は2026年に約14.68%を分担する最大の分担金拠出国であり,同年予算に対する拠出額は約46億円である。また,齋賀富美子判事,尾﨑久仁子判事,赤根智子判事を輩出し,被害者信託基金への支援等も行っている。分担率・予算額は年度により変わる。
第5 国際司法裁判所(ICJ)との違い
ICJは,国連の主要な司法機関である。争訟事件では国家が当事者となり,授権された国連機関等からの要請に応じて勧告的意見を出す。ICCは,ローマ規程に基づいて個人の刑事責任を追及する。両裁判所がハーグにあることから,名称や報道を混同しないことが重要である。
同じ紛争を背景として,国家の条約違反がICJで争われ,個人の犯罪がICCで問題となることはあり得る。その場合も,一方の手続や判断が,もう一方の有罪判決等に自動的に置き換わるわけではない。
ICJの制度全体は,国際司法裁判所とは―役割・管轄権・国際刑事裁判所との違いで説明している。
当事者,管轄権,判決・逮捕状等の効力及び履行の仕組みを対比する場合は,国際司法裁判所と国際刑事裁判所の違いを参照できる。
第6 逮捕状から裁判まで―効力と実行を分ける
捜査が開始され,検察官が逮捕状を請求すると,予審裁判部が犯罪を行ったと信じる合理的な理由と逮捕の必要性を審査する(58条)。逮捕状の発付は有罪判決ではない。
その後の逮捕とICCへの引渡しは,各国の協力と国内手続によって行われる。ICCが独自の警察を使って各国へ強制的に入国し,身柄を確保する仕組みではない(59条,86条以下)。逮捕状の存在,国の協力義務,実際の逮捕が実現したかは区別する。
引渡し又は出頭後には,罪状確認の手続を経て公判へ進む。被告人は無罪と推定され,有罪の認定には合理的な疑いを超える証明が必要である(61条・66条)。
誰が逮捕し,日本がどのように拘禁・引渡しを行うか,また身柄を確保できない場合にどの手続が進むかについては,国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状の効力で説明している。
第7 米国制裁を調べるときの関連記事
ICCの制度上の権限と,米国がICCや関係者へ科す経済制裁とは別の問題である。制裁は,資産凍結,取引禁止,許可及び企業の対応に関係する。
制度の説明に続いて制裁の理由・対象・日本の対応を知りたい場合は,国際刑事裁判所(ICC)への米国制裁―理由・対象・影響と日本の対応を参照できる。ICC本体への制裁と関係者個人への制裁の違いは,ICC本体への米国制裁と一般許可で整理している。
国際法全体の位置付けについては,国際公法とはも参照できる。
第8 出典・参考資料
①外務省「国際刑事裁判所(ICC)」及び「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月,2頁)。加盟国数,組織及び日本の貢献の数値はこの資料の時点による。
②ICC「Rome Statute of the International Criminal Court」。特に1~8条の2,11~17条,25条,58・59・61・66条,86~89条,125~127条。
③外務省「国際刑事裁判所に関するローマ規程」。日本についての条約締結・発効日及び和文テキスト。
④国連広報センター「国際司法裁判所(ICJ)―よくある質問」。ICJとICCの役割の違い。
⑤e-Gov法令検索「国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律」。国内協力手続についての根拠法。