目次
第1 証明度と証明責任の違い第2 最高裁が示した高度の蓋然性第3 須藤典明裁判官の論文と二種類の誤判1 「相当程度の蓋然性」を原則的証明度とする論文2 積極的誤判と消極的誤判第4 第三者委員会はどのように認定するか1 6対4程度を明示した越智今治農協の報告書2 日弁連ガイドラインと神戸市の報告書第5 判決や報告書を読むときの確認点第6 出典
第1 証明度と証明責任の違い
民事裁判で「返す約束があった」と認めてもらうには,どこまで証拠が必要か。
送金があったことに争いがなくても,返還の合意を証明できず,貸金の返還請求が退けられることがある。
本記事は,この例を手がかりに,民事訴訟の証明度と,真実を認め損なう消極的誤判を考え,第三者委員会の調査報告書が事実認定の目安をどのように書いているかも確認する。
証明度とは,裁判所がある事実を認めるために必要な心証の程度である。
証明責任は,その事実の存否が決められないとき,その不利益をどちらの当事者が負うかという問題である。
民事訴訟法247条は,「裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。」と定めている。
同条は自由心証主義を定めた規定であり,どの程度の心証で事実を認めるかを数値で定めてはいない。
民事訴訟法247条(e-Gov法令検索)
例えば,送金が貸付けであったとして返還を請求する場合,送金記録は金銭の移動を裏付ける。
返還の合意が争われたときは,送金前後のやり取りや,返済を求めた際の応答なども手がかりになる。
返還の合意を認めるだけの証明がなければ請求は棄却され得るが,その結論から,相手方のいう贈与が積極的に認定されたとはいえない。
第2 最高裁が示した高度の蓋然性
ルンバール事件の最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決(昭和48年(オ)第517号,民集29巻9号1417頁)は,訴訟上の因果関係の立証について,「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」と判示した。
この判示は因果関係の立証について述べたものであり,百分率による基準は示していない。
最高裁昭和50年10月24日判決の全文(裁判所PDF)
同事件では,発作が腰椎穿刺等の施術の直後に起きたという事情に加え,施術前の病状,診療録,鑑定及び別の原因をうかがわせる事情の有無が検討され,最高裁は因果関係を否定した原判決を破棄した。
一つの資料から原因を断定しにくくても,各資料がどの説明を支えるかを比較し,全体として判断できる。
ルンバール事件判決とは―最高裁昭和50年10月24日判決と因果関係の立証(AI作成)
第3 須藤典明裁判官の論文と二種類の誤判
1 「相当程度の蓋然性」を原則的証明度とする論文
32期の須藤典明裁判官(平成27年6月に定年退官)の論文「民事裁判における原則的証明度としての相当程度の蓋然性」は,高橋宏志ほか編『民事手続の現代的使命―伊藤眞先生古稀祝賀論文集』(有斐閣,2015年)に収録されている。
同論文を引用する越智今治農業協同組合第三者委員会の調査報告書は,「相当程度の蓋然性」を,ある事実が認められる証拠に相当程度の優劣の差(6対4程度の差)があれば当該事実を認定するという意味であると説明している。
同論文を紹介する実務家の解説も,原則的証明度として高度の蓋然性ではなく相当程度の蓋然性を採用し,6対4程度の差があれば事実を認定すべきとする見解として紹介している。
以下の6対4の目安は,これらの紹介に基づく説明であり,立証の優劣の目安であって,証拠の件数や勝訴確率とは異なる。
有斐閣『民事手続の現代的使命』の書誌・目次,アスカ法律事務所「医療訴訟における証明度再考(相当程度の蓋然性という考え方)」
2 積極的誤判と消極的誤判
この議論で重要なのは,事実認定には二つの方向の誤りがあることである。
返還の合意が実際にはなかったのに裁判所がこれを認めるのが積極的誤判であり,合意が実際にはあったのに証明不足として認められないのが消極的誤判である。