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裁判手続の実務

仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像(AIリライト)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 仮差押えの意義と要件1 仮差押えの意義2 被保全債権と保全の必要性3 管轄裁判所4 同一被保全債権による追加仮差押え第3 申立てから発令・執行までの流れ1 申立てから発令まで2 執行と効力の発生3 事件記録の閲覧第4 担保1 担保の趣旨と額2 担保の立て方3 担保の取戻し4 不当な仮差押えによる損害賠償第5 仮差押えの効力と限界1 処分禁止の効力2 仮差押えではできないこと3 時効の完成猶予4 破産手続開始による失効第6 仮差押解放金1 解放金の意味と供託の効果2 供託後の効力第7 債務者の対抗手段と取下げ1 保全異議・保全取消し・保全抗告2 仮差押えの取下げ第8 担保(供託金)の払渡しを受ける方法第9 関連する既存記事第10 論点ごとの個別記事第11 出典・参考資料1 法令・裁判所規則2 裁判例3 裁判所等の案内4 文献
第1 本記事の対象と結論

仮処分を含む民事保全の3類型と選択の考え方は,民事保全とはで説明している。

1 本記事の対象

本記事は,金銭債権の強制執行を保全するための仮差押えについて,要件,申立てから発令までの流れ,担保,効力,仮差押解放金,債務者の対抗手段及び担保の取戻しの全体像を説明するものである。
調査基準日は令和8年9月17日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文(民事保全法は令和8年5月21日施行の改正を反映したもの)で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書で本文を確認したものだけを挙げている。

本記事は,令和8年9月17日に全面的に改訂し,論点ごとの詳しい説明を後記第10の個別記事に分けた。
本記事では各論点の結論と根拠を簡潔に示し,詳細は個別記事へのリンクで案内する。

2 結論

①仮差押命令は,金銭の支払を目的とする債権について,強制執行をすることができなくなるおそれ又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに,債務者の特定の財産の処分を暫定的に禁止する裁判所の決定である(民事保全法20条1項,21条)。
②債権者は,被保全債権と保全の必要性を疎明し(同法13条),通常は担保を立てた上で発令を受ける(同法14条1項)。
③担保の額は,実務上,仮差押えの目的物の価格を基準として,被保全債権の種類,目的物の種類及び疎明の程度に応じて定められる。
④仮差押えは処分を禁止するにとどまり,換価や取立てによる回収はできず,優先弁済権も生じない。
⑤仮差押えは,現行民法では時効の完成猶予事由であり(民法149条1号),債務者について破産手続開始の決定があると,破産財団に対してその効力を失う(破産法42条2項)。
⑥債務者が仮差押解放金を供託すると,保全執行裁判所は仮差押えの執行を取り消さなければならない(民事保全法51条1項)。
⑦債務者は,保全異議,起訴命令による保全取消し及び事情変更による保全取消しで争うことができ,これらの裁判に対する保全抗告の期間は送達を受けた日から2週間である(同法26条,37条,38条,41条1項)。
⑧債権者が立てた担保は,担保の事由の消滅,担保権利者の同意,権利行使催告による担保取消し(同法4条2項,民事訴訟法79条)又は担保の簡易の取戻し(民事保全規則17条)によって取り戻す。

第2 仮差押えの意義と要件
1 仮差押えの意義

民事保全法1条は,民事訴訟の本案の権利の実現を保全するための仮差押え,係争物に関する仮処分及び仮の地位を定める仮処分を「民事保全」と総称している。
このうち仮差押えは,金銭債権について,判決を得るまでの間に債務者が財産を処分してしまい,強制執行ができなくなることを防ぐための手続である。

仮差押命令は,特定の物について発しなければならない(民事保全法21条本文)。
ただし,動産の仮差押命令は,目的物を特定しないで発することができる(同条ただし書)。
対象となる主な財産は,不動産,預金債権・給料債権・売掛金債権その他の債権,動産等である。

2 被保全債権と保全の必要性
(1) 被保全債権

仮差押えで保全される権利は,金銭の支払を目的とする債権である(民事保全法20条1項)。

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相殺の抗弁と既判力―審理順序,一部請求,別訴・反訴及び相殺の再抗弁(AIリライト)

目次第1 訴訟上の相殺の抗弁と既判力1 訴訟上の相殺の抗弁の意義2 判決理由中の判断に既判力が生ずる唯一の例外3 既判力が生ずる範囲4 既判力が生じない場合と審理の順序第2 相殺の抗弁が許されるとされた最高裁判例1 一部請求の残部を自働債権とする相殺2 反訴請求債権を自働債権とする相殺3 時効消滅した本訴請求債権を自働債権とする相殺4 本訴請求債権を自働債権とし反訴請求債権を受働債権とする相殺第3 相殺の抗弁が許されないとされた最高裁判例1 別訴で訴訟物となっている債権を自働債権とする相殺2 訴訟上の相殺の再抗弁3 抗弁先行型の扱い第4 一部請求における相殺の充当と既判力第5 相殺の抗弁と上訴1 相殺の抗弁により勝訴した被告の上訴の利益2 不利益変更禁止の原則第6 相殺の担保的機能と第三者との関係1 差押えと相殺2 債権譲渡と相殺3 抵当権に基づく物上代位と相殺第7 倒産手続における相殺1 破産手続2 民事再生手続3 三者間相殺4 破産法71条と72条の見分け方5 支払不能を知った後に作られた預金債権第8 実体法上の相殺の要件及び制限1 相殺適状2 相殺が禁止される場合3 賃金債権を受働債権とする相殺4 同時履行の抗弁付き債権と請負報酬の相殺第9 訴訟上の相殺の抗弁の法的性質第10 基準時後の相殺と請求異議の訴え第11 実務で整理する資料と訴訟方針1 国際取引の相殺では管轄と準拠法も分ける第12 関連記事第13 出典1 法令2 裁判例3 文献4 ウェブ資料第1 訴訟上の相殺の抗弁と既判力1 訴訟上の相殺の抗弁の意義

訴訟上の相殺の抗弁とは,被告が口頭弁論において自己の債権(自働債権)を相殺に供することにより,原告の主張する債権(受働債権)を対当額で消滅させ,原告の請求を理由のないものとする抗弁をいう。相殺の意思表示そのものは民法505条1項に基づく実体法上の行為であるが,これを訴訟の場で防御方法として提出する点に特殊性がある。なお,民訴法114条2項が既判力を認める「相殺のために主張した請求」は,訴訟の場で相殺の意思表示をした場合に限られず,訴訟外で既にした相殺を訴訟上主張した場合も含まれると解されている。既判力を認める趣旨は,いずれの場合にも等しく妥当するからである。

相殺の抗弁,同時履行の抗弁及び反訴は,反対債権に関わる場合でも効果が異なる。相殺は対当額で債権を消滅させる防御方法であり,そのために主張した請求の成立又は不成立の判断に民訴法114条2項の既判力が生じる。同時履行の抗弁は反対給付の提供まで履行を拒むもので,通常は引換給付判決につながるが,反対給付額について当然に同項の既判力を生じさせたり,その支払を回収する債務名義を与えたりするものではない。反訴は自分の請求を審判対象とし,給付請求が認容されればその給付について債務名義を得るための手続である。相殺に使わなかった残額の回収も,相殺の主張だけで当然に命じられるわけではない。

関連する実務上の整理は,引換給付判決で何が確定するか―同時履行の抗弁,反対債権の既判力,代金回収と強制執行及び反訴か別訴か―重複起訴,併合審理,請求の関連性と債務名義から考える選択を参照。

2 判決理由中の判断に既判力が生ずる唯一の例外

既判力は,本来,判決主文に包含するものに限って生ずる(民訴法114条1項)。判決理由中でされる前提問題の判断に既判力が生じないのは,当事者間の紛争解決としてはそれで足りること,理由中の判断については当事者の手続保障が十分でない場合があること,及びそのように解することが審理の簡易化・弾力化に資することによる。

これに対し,民訴法114条2項は「相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は,相殺をもって対抗した額について既判力を有する」と定め,判決理由中の判断に既判力を生じさせる例外を置いている。相殺の抗弁は,訴求債権とは別個の,それ自体が訴訟物となり得る反対債権を持ち出すものであって,いわば反訴に近い機能を有する。そのため,これに既判力を認めておかないと,訴求債権をめぐる紛争が反対債権をめぐる紛争として蒸し返され,判決による紛争解決の実効性が失われる。最高裁も,同項について「判決の理由中の判断に既判力を生じさせる唯一の例外を定めたものである」と述べ,その適用範囲を無制限に拡大することは相当でないとしている(最高裁平成10年4月30日判決・民集52巻3号930頁)。

3 既判力が生ずる範囲

既判力が生ずるのは「相殺をもって対抗した額について」であり,このことは相殺の抗弁が排斥された場合であると認容された場合であるとを問わない。反対債権が存在しないとして相殺の抗弁が排斥された場合には,敗訴した被告が後に反対債権を主張することを防ぐため,対抗額の限度で反対債権の不存在について既判力が生ずる。

反対債権が存在するとして相殺の抗弁が認容され,原告の請求が棄却された場合については,同じく反対債権の不存在についてのみ既判力が生ずるとするのが一般的な理解である。基準時における権利関係の存否を確定するのが既判力の作用であるところ,訴求債権及び反対債権が存在したことは基準時前の事由であって確定の対象とならないうえ,反対債権の不存在についてのみ既判力を認めれば,原告からの「反対債権は初めから存在しなかった」とする不当利得返還請求は請求棄却判決の既判力によって,被告からの「訴求債権は別の理由で存在しなかった」とする不当利得返還請求は反対債権不存在の既判力によって,それぞれ封じることができるからである。もっとも,訴求債権と反対債権がともに存在し相殺によって消滅したことについて既判力が生ずるとする有力な見解もあり,この点は決着をみていない。

金額例として,原告の請求債権(甲)が200万円,被告の相殺に供する債権(乙)が300万円で,甲の存在が認められ相殺の判断に進んだ場合,乙が全部弁済済みとして抗弁が排斥されても,乙の不存在判断の既判力は対抗額200万円の範囲に限られ,残100万円に当然には及ばない。
さらに,原告が別の丙債権300万円によって乙300万円全部を有効に訴訟外相殺した場合,乙・丙は実体法上各300万円消滅する一方,乙についての相殺判断の既判力は200万円に限られる。丙について別個の請求をしていない限り,再抗弁の判断だけで丙に既判力が生じるものではない。
この金額例は民訴法114条を踏まえた整理である。実体法上の消滅額,理由中で検討された金額及び既判力の範囲を同一視してはならない。残100万円の後訴では,証拠評価と信義則を別途検討する。

4 既判力が生じない場合と審理の順序

相殺の抗弁が弁論に上程されれば常に既判力が生ずるわけではなく,既判力が生ずるのは,裁判所が反対債権の存否を実質的に審理判断した場合に限られる。具体的には,相殺の抗弁が時機に後れた攻撃防御方法として却下された場合(民訴法157条1項),相殺適状の要件(民法505条)を欠く場合,及び受働債権が民法509条所定の債権であるために相殺が許されない場合には,反対債権の存否についての判断はされないから,既判力は生じない。

相殺の抗弁の判断に既判力が生ずることは,審理の順序にも影響する。弁済や免除の抗弁であれば,訴求債権の存在を仮定したまま抗弁を認めて請求を棄却してもよい。抗弁についての判断が理由中の判断にとどまり既判力を生じない以上,被告にとってはいかなる理由で勝訴しても利害に差がないからである。これに対し,相殺の抗弁については,訴求債権の存在を仮定したまま相殺を認めて請求を棄却することは許されない。被告は,相殺が容れられて勝訴しても反対債権を失うという出捐を伴うからであり,裁判所は,他の抗弁を先に判断し,なお訴求債権が存在すると確定した後に,はじめて相殺の抗弁を判断することになる。この意味で,相殺の抗弁は性質上予備的な抗弁である。

第2 相殺の抗弁が許されるとされた最高裁判例1 一部請求の残部を自働債権とする相殺

一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えを提起している場合において,当該債権の残部を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは,債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存しない限り,許される(最高裁平成10年6月30日判決・民集52巻4号1225頁)。明示的一部請求の訴訟物は当該一部に限られ,残部は別訴の訴訟物となっていないから,後記第3の1の判例法理が及ばないという理解である。

2 反訴請求債権を自働債権とする相殺

本訴及び反訴が係属中に,反訴原告が,反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権として相殺の抗弁を主張することは,異なる意思表示をしない限り,反訴を,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分を反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更するものとして,許される(最高裁平成18年4月14日判決・民集60巻4号1497頁)。反訴請求債権は反訴の訴訟物であるから,形式的には後記第3の1の場面に当たるが,反訴を予備的反訴に変更するものと構成することによって既判力の抵触を避け,同一手続内での清算を認めた点に意義がある。

3 時効消滅した本訴請求債権を自働債権とする相殺

本訴において訴訟物となっている債権の全部又は一部が時効により消滅したと判断されることを条件として,反訴において,当該債権のうち時効により消滅した部分を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許される(最高裁平成27年12月14日判決・民集69巻8号2295頁)。この相殺の抗弁は,本訴請求債権が時効消滅すると判断されることを前提とする仮定的な抗弁であって,本訴請求が認容される限りそもそも判断の対象とならないという特殊性がある。実体法上の根拠は,時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には相殺をすることができるとする民法508条である。

4 本訴請求債権を自働債権とし反訴請求債権を受働債権とする相殺

最高裁令和2年9月11日第二小法廷判決(平成30年(受)第2064号,民集74巻6号1693頁)は,請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方が本訴,他方が反訴の請求債権となった場合に,本訴原告からの相殺の抗弁を認めた。

両債権の清算的調整は当事者双方の便宜と公平にかない,この場合には本訴・反訴の弁論を分離することも許されないとしたためである。

本判決を,本訴と反訴が対向するだけで一般に双方向の相殺ができるという意味に広げてはならない。

同一の請負契約から生じた両債権の関係,現実の相互履行を求める特別の利益がないこと及び弁論分離の禁止を踏まえた判示である。

清算後の残代金の遅延損害金については,雨漏り・施工不良と工事代金を参照されたい。

第3 相殺の抗弁が許されないとされた最高裁判例1 別訴で訴訟物となっている債権を自働債権とする相殺

以下の判例は,別訴で訴訟物となっている債権を,相殺の自働債権として別の訴訟にも持ち込む場面を対象とする。代金支払請求と目的物引渡請求が同じ売買契約に基づくというだけで,その別訴が一律に重複起訴になるという意味ではない。同時履行の抗弁には,相殺に関する114条2項の規律をそのまま当てはめない。

係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されない(最高裁昭和63年3月15日判決・民集42巻3号170頁,最高裁平成3年12月17日判決・民集45巻9号1435頁)。別訴が先行し相殺の抗弁が後から提出される類型であることから,抗弁後行型と呼ばれる。

平成3年判決は,その理由を,重複起訴を禁止する規定(現行の民訴法142条。同判決当時は旧民訴法231条)の趣旨から説明する。すなわち,重複起訴禁止の理由は,審理の重複による無駄を避けることと,複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止することにあるところ,相殺の抗弁について提出された自働債権の存否の判断は相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされていること,及び相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生ずるのを理論上も実際上も防止することが困難であることを考えると,同条の趣旨は,同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず,既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当する,というのである。そして同判決は,「このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され,両事件が併合審理された場合についても同様である」と述べており,実際の事案も,同一の高等裁判所の同一部で併合審理中の別事件の訴求債権を自働債権とする相殺が主張されたものであった。すなわち,併合審理されていることは,この判例法理を回避する理由にならない。

なお,昭和63年判決は,賃金の仮払を命ずる仮処分の執行に係る仮払金の返還請求訴訟において,仮処分債権者が本案訴訟で訴求中の賃金債権を自働債権とする相殺の抗弁を提出することは許されないとしたものである。仮払金の返還をめぐる法律関係については,残業代請求訴訟における仮執行宣言に基づく仮払い後の取扱いも参照されたい。

2 訴訟上の相殺の再抗弁(1) 最高裁平成10年4月30日判決

被告による訴訟上の相殺の抗弁に対し,原告が訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは,不適法として許されない(最高裁平成10年4月30日判決・民集52巻3号930頁)。同判決は,その理由として三点を挙げている。①訴訟上の相殺の意思表示は,当該訴訟において裁判所により相殺の判断がされることを条件として実体法上の効果が生ずるものであるから,相殺の抗弁に対して更に相殺の再抗弁を主張することを許すと,仮定の上に仮定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定にし,いたずらに審理の錯雑を招くこと,②原告が訴訟物である債権以外の債権を有するのであれば,訴えの追加的変更により当該訴訟で請求するか,別訴を提起することによってこれを行使することが可能であり,仮に消滅時効が完成しているような場合であっても訴訟外で相殺の意思表示をした上でこれを訴訟において主張することができるから,訴訟上の相殺の再抗弁を許さなくとも格別不都合はないこと,③民訴法114条2項は判決理由中の判断に既判力を生じさせる唯一の例外を定めたものであり,その適用範囲を無制限に拡大することは相当でないこと,である。

(2) 訴訟外の相殺は再抗弁として主張できる

もっとも,同判決は,右の①の理由を述べる前提として,「訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には,相殺の要件を満たしている限り,これにより確定的に相殺の効果が発生するから,これを再抗弁として主張することは妨げない」と明示している。訴訟外の相殺は裁判所の判断を条件とせず確定的に効力を生ずるため,仮定の上に仮定を重ねるという弊害が生じないからである。したがって,禁じられているのはあくまで訴訟上の相殺を再抗弁として主張することであって,相殺の抗弁に供された債権が訴訟外の相殺によって既に消滅したという主張は,再抗弁として適法である。

この理解を実際に適用した下級審裁判例として,東京地方裁判所令和3年2月17日判決(令和元年(ワ)第28852号・受信料請求事件)がある。被告が別件訴訟で取得した訴訟費用償還請求権を自働債権とする訴訟上の相殺の抗弁を主張したのに対し,原告が,訴訟外で,自らの訴訟費用償還請求権を自働債権とし被告の同請求権を受働債権とする相殺の意思表示をしたという事案で,同判決は,原告の訴訟外の相殺の再抗弁を適法とし,被告が訴訟上の相殺に供した自働債権は口頭弁論終結時には既に消滅しているとして相殺の抗弁を排斥した。判決は,被告が平成10年最高裁判決の趣旨に照らして不適法であると主張したのに対し,「訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には,相殺の要件を満たしている限り,これにより確定的に相殺の効果が発生するのであるから,訴訟上の相殺の抗弁に対して訴訟外の相殺を再抗弁として主張したとしても,仮定の上に仮定が積み重ねられて審理の錯雑を招くという事態に陥るおそれはなく,平成10年最高裁判決も同旨であることが明らかである」と判示した。従前は判例秘書(LLI/DB判例秘書登載)で全文を確認していたが,令和8年10月3日の更新時に東京地裁令和3年2月17日判決の公式全文(14頁)も確認した。訴訟費用額確定処分の告知と相殺の意思表示の時期を具体的に検討した事案であり,その金額確定・弁済期の判断を他の種類の債権に直ちに一般化してはならない。

もっとも,この結論には検討の余地がある。同一の自働債権・受働債権について同一の時期に同一の目的でされる相殺であるにもかかわらず,訴訟上でされれば不適法,訴訟外でされれば適法という正反対の帰結になるからである。学説には,相殺の意思表示が訴訟外でされたか訴訟上でされたかという外形で区別するのではなく,訴訟とは無関係にされた相殺と,訴訟係属後に当該訴訟で主張することを目的としてされた相殺とを区別し,後者には訴訟上の相殺と同じ規律を及ぼすべきであるとする指摘がある。

この東京地方裁判所判決については,次のとおり紹介されている。

φ(..)メモメモ

東京地判R3.2.17https://t.co/cqaUyNmhgq

訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟外で相殺の意思表示をし、これを訴訟上再抗弁として主張することは許される(H10最判に反しない)。

— venomy (@idleness_venomy) May 12, 2023

3 抗弁先行型の扱い

相殺の抗弁として既に提出した債権を,後から別訴の訴訟物として請求するのが抗弁先行型である。

前記1の,別訴の請求を先に提起し,後から別の訴訟で相殺に使う抗弁後行型とは区別する。

相殺の抗弁は他の防御方法の後に判断される予備的な性質を持つため,判断されるか,民訴法114条2項の既判力が生ずるかは,提出時点では確定していない。

この不確実性を理由に別訴を許容する見解と,判断の抵触や審理の重複を重視する見解の対立がある。

前記1の最高裁判決の結論を,提出順序の異なるこの類型にそのまま移してはならない。

実務では提出・係属の順序,他の抗弁,相殺の判断範囲を確認し,反訴・別訴・予備的請求の構成を検討する。

手続の選択は,反訴か別訴かを参照されたい。

第4 一部請求における相殺の充当と既判力

特定の金銭債権の一部を請求する訴訟において相殺の抗弁が理由がある場合には,当該債権の総額を確定し,その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上,請求額が残存額の範囲内であるときは請求の全額を,残存額を超えるときは残存額の限度でこれを認容すべきである(最高裁平成6年11月22日判決・民集48巻7号1355頁)。相殺を債権総額の外側から充当するという意味で外側説と呼ばれる。同判決は併せて,一部請求訴訟において相殺のため主張された自働債権の存否の判断は,当該金銭債権の総額から一部請求の額を控除した残額部分に対応する範囲については既判力を生じないと判示しており,第1の3で述べた「相殺をもって対抗した額」の意味を一部請求の場面で具体化したものといえる。

数量的一部請求で敗訴した原告による残部請求は,特段の事情がない限り信義則に反して許されない(最高裁平成10年6月12日判決の公式全文・民集52巻4号1147頁)。
他方,最高裁平成10年6月30日判決の公式全文(同号1225頁)の法廷意見は,係属中の別件一部請求の残部を相殺に使うことについて,権利濫用などの特段の事情がない限り許容する一般論を示し,具体的には,別件の売買代金低落分とは実質的な発生事由を異にする弁護士報酬相当額の損害による相殺を許容した。
同判決の補足意見は,数量的一部4000万円の請求を棄却する別件判決が同日確定した後の,同じ売買代金低落分の残債権による相殺について,当該事案では特段の事情がなく不適法になったと述べている。
したがって,「残部の別訴は制限されるが,相殺なら常に許される」とは整理できない。係属中か敗訴確定後か,数量的残部か別種の損害か,法廷意見か補足意見かを区別する必要がある。

第5 相殺の抗弁と上訴1 相殺の抗弁により勝訴した被告の上訴の利益

被告が弁済や免除の抗弁により勝訴した場合には,申立てどおりの請求棄却判決がされている以上,上訴の利益は認められない(形式的不服説)。これに対し,相殺の抗弁によって勝訴した場合には,被告は反対債権を失うという出捐を伴い,実質的には敗訴判決を受けたに等しい。相殺の抗弁の判断には既判力が生ずるため,後訴でその点を争うこともできない。そこで,この場合には例外的に上訴の利益が認められると解されている。

2 不利益変更禁止の原則

もっとも,上訴した結果として被告が常に有利になるわけではない。原告の訴求債権の存在を認めながら被告の相殺の抗弁を容れて原告の請求を棄却した第一審判決に対し,原告のみが控訴し,被告が控訴も附帯控訴もしなかった場合において,控訴審が,被告の相殺の抗弁について判断するまでもなく訴求債権の不存在を理由に原告の請求を棄却すべきときは,不利益変更禁止の原則に従い,第一審判決を維持して原告の控訴を棄却するにとどめなければならない(最高裁昭和61年9月4日判決・集民148号417頁)。控訴した原告にとって,反対債権不存在の既判力が失われる判決は第一審判決より不利益となるからである。

これと表裏の場面として,訴求債権が存在しないとして請求を棄却した第一審判決に対し,控訴審が訴求債権は存在するが反対債権による相殺が成り立つと判断する場合には,同じ請求棄却でも既判力の範囲が民訴法114条1項によるか同条2項によるかで異なるから,第一審判決を取り消して改めて控訴審の判決をすべきであるとされている。相殺の抗弁が絡む場合には,主文が同じでも判決の効力が異なりうることに注意を要する。

第6 相殺の担保的機能と第三者との関係

相殺には,相手方の資力が悪化しても自働債権を実質的に回収できるという担保的機能がある。この機能を第三者に対してどこまで対抗できるかが,以下の各場面で問題となる。

1 差押えと相殺

通常の債権差押えでは,差押え前に取得した反対債権による相殺を対抗できる。

現行民法511条2項は,差押え後の取得でも差押え前の原因に基づく債権を保護するが,差押え後に他人の債権を取得した場合は除外する。

取得時,弁済期,相殺適状,差押命令の送達及び改正附則の検討は,差し押さえられた債権と相殺できるか―民法511条,債権取得時と弁済期(AI作成)にまとめた。

2 債権譲渡と相殺

債権譲渡では,民法468条の抗弁と469条の相殺を分ける。

対抗要件具備時より前に取得した債権だけでなく,前の原因に基づく債権や,譲渡対象債権と同一契約に基づく債権にも保護の規定がある。

請負代金の譲渡後の損害賠償,契約の同一性及び経過措置は,債権譲渡の通知後でも相殺できるか―民法468条・469条と同一契約から生じた反対債権(AI作成)を参照されたい。

3 抵当権に基づく物上代位と相殺

抵当権者の物上代位による賃料差押えでは,反対債権の取得と抵当権設定登記の先後を確認する。

令和5年11月27日判決の将来賃料との相殺合意と,平成21年7月3日判決の収益執行管理人への対抗は,手続と対象債権を分けて検討する。

(続きを読む...)相殺の抗弁と既判力―審理順序,一部請求,別訴・反訴及び相殺の再抗弁(AIリライト)

文書鑑定(AIリライト)

目次

第1 文書鑑定とは

1 文書鑑定の種類

(1) 筆者識別(筆跡鑑定)
(2) 印影鑑定
(3) 不明文字鑑定
(4) 事務機文字鑑定
(5) 印刷物鑑定

2 民事訴訟における筆跡鑑定の位置づけ

(1) 私的鑑定は「鑑定」ではなく書証である
(2) 自由心証主義のもとでの評価

第2 筆跡鑑定の証明力に関する裁判例

1 伝統的筆跡鑑定方法の証拠能力(最高裁昭和41年2月21日決定)
2 断定的な別人鑑定への慎重論(東京高裁平成12年10月26日判決)
3 鑑定人の側から公表されている見解
4 狭山事件に関する最高裁平成17年3月16日決定

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二段の推定とは──私文書の成立の真正(民事訴訟法228条4項)と実印・認印,立証の実務(AIリライト)

目次

第1 二段の推定とは(意味・根拠・法的性質)

1 二段の推定の意味──一段目と二段目
2 法的根拠──民事訴訟法228条4項
3 リーディングケース(最判昭和39年5月12日)
4 推定の法的性質と立証責任──「反証」で足りる

第2 実印・認印と「本人の印章」

1 「本人の印章」は実印に限らないが,共有・共用の印章は含まない
2 印鑑証明書による印影の一致の立証(実印と認印の差)
3 「実印だから推定力が強い」を無批判に用いない

第3 二段の推定が意味を持つ場面と,推定を破る事情

1 成立の真正と記載内容の信用性は別問題──処分証書と報告文書
2 証明の負担が軽減される程度は限定的
3 第一段目の推定を破る事情の類型(盗用型・冒用型・不自然型)
4 具体的事案で推定の成否が判断された例

第4 作成者の判断能力(意思能力)と文書の成立の真正

1 高齢・判断能力低下の主張の位置づけ
2 意思無能力の抗弁(民法3条の2)
3 形式的証拠力と契約の成立

第5 二段の推定以外に成立の真正を証明する手段の確保

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上告審に関するメモ書き(AIリライト)

目次

第1 上告審の全体像

1 上告審は法律審であること
2 上告審となる裁判所——二つの三審構造

(1) 地方裁判所を第一審とする事件(最高裁判所が上告審)
(2) 簡易裁判所を第一審とする事件(高等裁判所が上告審)

3 上告制度の目的

第2 「上告」と「上告受理申立て」の区別

1 最高裁判所に対する不服申立ては二本立てであること
2 上告の理由(民事訴訟法312条1項・2項)

(1) 憲法違反(312条1項)
(2) 絶対的上告理由(312条2項)
(3) 単なる法令違反は上告の理由とならないこと

3 上告受理申立ての理由(民事訴訟法318条1項)

(1) 「法令の解釈に関する重要な事項」を含むこと
(2) 憲法違反・絶対的上告理由は受理申立ての理由とならないこと

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