第1 この記事の対象と資料の読み方
1 対象となる資料
1 この記事は,東京高裁民事部が作成した「令和7年度民事事件概況説明資料」(令和7年12月19日付け。以下「本資料」といいます。)のうち,民事控訴事件の終局区分,第一審判決の取消し・変更,審理期間,家事抗告事件及び多数冊事件に関する部分を整理したものです。
2 本資料の令和7年の数値は,原則として同年9月30日までの実績又はその時点の事件を対象としています。令和6年の通年値と令和7年1月から9月までの値を比較するときは,対象期間が異なることに注意する必要があります。
3 以下で「資料記載」とした部分は本資料の記載又は表から直接確認できる事項,「計算値」とした部分は本資料の数値から私が計算した事項です。
2 統計を「控訴成功率」と読まないこと
1 本資料の「取消・変更率」は,当審判決のうち,第一審判決が取り消され,又は変更されたものの割合です。控訴審で終局した全事件を分母にした割合ではありません。
2 また,取消し・変更には,請求の全部が認められた場合だけでなく,一部変更その他の類型が含まれ得ます。そのため,この率を,控訴人が全面的に勝った割合又は個別事件の見通しと読み替えることはできません。
3 和解,取下げその他によって終局した事件も相当数あるため,判決だけを見ても控訴審全体の解決像は分かりません。
第2 民事控訴事件の終局内訳
1 令和6年の通年値
1 本資料16頁の第11表の1によれば,令和6年に東京高裁で終局した民事控訴事件は5995件でした。
2 内訳は,判決3826件(63.8%),和解1566件(26.1%),取下げその他603件(10.1%)です。判決以外による終局が合計36.2%を占めています。
3 したがって,控訴審の説明では,判決結果だけでなく,和解による解決可能性及び取下げ等による終局も別に検討する必要があります。
2 令和7年1月から9月まで
1 本資料16頁によれば,令和7年1月から9月までに終局した民事控訴事件は4468件でした。
2 内訳は,判決2754件(61.6%),和解1239件(27.7%),取下げその他475件(10.6%)です。各割合の合計が100%にならないのは,表示上の端数処理によります。
3 これは9か月分の途中集計であり,令和7年の通年値ではありません。
第3 第一審判決の取消し・変更率
1 令和6年及び令和7年の数値
1 本資料13頁の第9表の1及び14頁の第9表の2によれば,令和6年は,当審判決3826件のうち755件で第一審判決が取り消され,又は変更され,その割合は19.7%でした。
2 令和7年1月から9月までは,当審判決2754件のうち537件で第一審判決が取り消され,又は変更され,その割合は19.5%でした。
3 いずれも分母は「当審判決」であり,和解,取下げその他を含む全既済事件ではありません。
2 個別事件の見通しに使う場合の限界
1 取消し・変更率は,事件類型,争点,証拠関係,控訴理由の内容及び原判決の認定判断によって大きく意味が変わります。
2 したがって,19.5%又は19.7%という全体値だけから,特定事件の控訴結果を予測することはできません。
3 実務上は,原判決のどの認定又は法的評価を問題とするのか,新たな主張又は証拠を提出できるのか,変更を求める範囲をどのように特定するのかを,記録に即して検討する必要があります。
4 本記事は統計資料の読み方を整理するものであり,民事控訴の法的要件又は個別判例の射程を論じるものではありません。そのため,本記事の統計値について判例秘書は使用していません。
第4 民事控訴事件の審理期間
1 令和6年に終局した事件
1 本資料16頁及び17頁によれば,令和6年に終局した5995件のうち,審理期間3か月以内は808件(13.5%),3か月を超え6か月以内は3210件(53.5%),6か月を超え1年以内は1624件(27.1%)でした。
2 計算値では,6か月以内に終局した事件は67.0%,1年以内に終局した事件は94.1%です。
3 ただし,これは令和6年中に終局した事件の分布です。現在係属中の特定事件がいつ終局するかを示すものではありません。
2 令和6年末の未済事件
1 本資料18頁から20頁までによれば,令和6年12月31日現在の民事控訴未済事件は2638件でした。
2 そのうち,受理から6か月以内の事件は1990件(75.4%),6か月を超え1年以内の事件は449件(17.0%),1年を超え2年以内の事件は151件(5.7%)でした。
3 既済事件の審理期間と未済事件の経過期間は,意味の異なる統計です。両者を同じ「平均的な審理期間」として混同してはいけません。
第5 家事抗告事件と多数冊事件
1 家事抗告事件の増加
1 本資料25頁は,家事抗告事件が5年前と比較して5割を超える増加となり,家事抗告部の負担が増大していること及びその処理が最近の大きな課題になっていることを説明しています。
2 これは東京高裁民事部による概況説明です。全国の家事抗告事件数,個別事件の審理期間又は特定の事件が遅延することを直接示す数値ではありません。
3 家事事件の当事者には,事件の性質に加え,抗告審の事件負担も背景事情として説明しつつ,個別事件の見通しとは区別するのが適切です。
2 多数冊事件の基準変更
1 本資料21頁の第13表は,多数冊事件の新受件数を掲載しています。
2 ただし,令和4年6月27日の事務分配の定めの変更に伴い,基準が記録冊数から記録の厚さに変更され,現在は70センチ超140センチ以下及び140センチ超に区分されています。
3 このため,基準変更の前後を単純につないで,長期的な増減を断定することは適切ではありません。
第6 弁護士実務への示唆
1 依頼者への説明
1 「控訴すれば約2割で逆転する」とは説明しないことが重要です。取消し・変更率の分母が当審判決であること,一部変更を含み得ること,和解等の事件が分母に入っていないことを併せて説明する必要があります。
2 審理期間についても,「約94%が1年以内」という通年既済事件の分布と,特定事件の予測を区別する必要があります。
3 統計は,依頼者との見通し共有を補助する資料であり,原判決,控訴理由,証拠及び事件記録に代わるものではありません。
2 受任時及び控訴理由作成時の確認事項
1 受任時には,控訴期間,原判決送達日,控訴の範囲,求める変更内容及び記録量を早期に確認する必要があります。
2 控訴理由の作成では,原判決の認定判断を項目ごとに分け,事実認定の問題,法的評価の問題及び手続上の問題を区別し,各主張を記録上の根拠と対応させることが有用です。
3 和解を検討するときも,控訴審の全体統計だけでなく,依頼者の目的,履行可能性,時間及び費用を事件固有の事情として検討する必要があります。
第7 出典及び関連記事
1 一次資料
1 令和7年度民事事件概況説明資料(東京高裁民事部)
2 本記事の数値は,上記一次資料によって確認しました。判例データベースの判決本文を集計したものではありません。