目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象と基準日2 結論第2 時系列第3 長沼ナイキ訴訟と執行停止決定1 事件の係属2 昭和44年8月22日の執行停止決定3 執行停止決定のその後第4 平賀書簡と平田メモ1 決定告知日の延期をめぐる協議2 8月14日の書簡3 8月4日の平田メモ4 福島裁判長による書簡の開示第5 札幌地裁の臨時裁判官会議と厳重注意1 9月13日の臨時裁判官会議2 テレビ放映・新聞掲載と決議内容の発表第6 最高裁判所の注意処分と所信1 注意処分と東京高裁への異動2 最高裁の所信3 注意処分の根拠と「干渉」についての説明4 石田長官の記者会見についての書籍の記述第7 国会と法曹界の受け止め1 昭和44年10月9日の衆議院法務委員会2 飯守重任鹿児島地裁所長の寄稿3 大津事件との対比をめぐる議論第8 裁判官訴追委員会の判断1 訴追請求2 昭和45年10月19日の決定第9 福島裁判官に対する注意処分とその後1 国による忌避の申立て2 札幌高裁の注意処分3 辞意の表明と撤回4 札幌地裁の注意処分5 法律時報への寄稿第10 日弁連の決議と「司法の危機」1 日弁連臨時総会の決議2 札幌弁護士会の裁判官アンケート3 青年法律家協会をめぐる問題への広がり第11 長沼ナイキ訴訟の結末1 札幌高裁昭和51年8月5日判決2 最高裁昭和57年9月9日判決第12 関連記事第13 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 国会会議録4 公的資料5 文献6 調査範囲
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象と基準日
本記事は,昭和44年に札幌地裁の平賀健太所長が長沼ナイキ訴訟の担当裁判長に書簡を届けた,いわゆる平賀書簡事件の経過と,その後の処分及び影響を時系列で整理する。
事実関係は,国会会議録,裁判所ウェブサイトに掲載された決定・判決,裁判官訴追委員会の公表資料及び日本弁護士連合会の決議で確認できる範囲で記載した。
書籍の記述は,出典を示して補足的に紹介した。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
2 結論
①昭和44年8月14日,平賀健太札幌地裁所長は,長沼ナイキ訴訟の執行停止申立事件を担当していた福島重雄裁判長の官舎に,事件についての自らの見解を記した書簡を届けた(平賀書簡)。
②これに先立つ8月4日には,事件の合議体に加わっていない平田浩判事にも,平賀所長からメモが渡されていた(平田メモ)。
③札幌地裁は8月22日に保安林解除処分の効力を停止する決定をし,9月13日の臨時裁判官会議で平賀所長に対する厳重注意を決定した。
④最高裁は,9月20日の臨時裁判官会議の決定に基づいて平賀所長を注意し,同日東京高裁判事に異動させ,書簡の交付は「節度を越えるもの」であるとする所信を公表した。
⑤もっとも,最高裁の事務当局は,国会で,平賀書簡は裁判に干渉したものとは考えないと説明した。
⑥裁判官訴追委員会は,昭和45年10月19日,平賀裁判官を不訴追とし,書簡の写しを東京の裁判官らに送るなどした福島裁判官を訴追猶予とした。
⑦札幌高裁は同月28日に福島裁判官を注意し,札幌地裁の裁判官会議も同年11月7日に福島裁判官を注意した。
⑧日弁連は,同年12月19日の臨時総会で,訴追委員会の決定と,札幌高裁の注意処分及びこれを支持する最高裁の態度を批判する決議をした。
⑨本案の長沼ナイキ訴訟は,札幌高裁昭和51年8月5日判決で訴えが却下され,最高裁昭和57年9月9日判決で上告が棄却された。
第2 時系列
年月日出来事昭和44年7月7日農林大臣が長沼町の国有保安林の指定解除を告示し,同日,住民らの取消訴訟及び執行停止申立事件が札幌地裁に係属昭和44年8月4日平賀所長が平田判事にメモを渡す(平田メモ)昭和44年8月10日所長官舎での協議で,8月10日から16日までの週には執行停止事件の決定を告知しないことで話がまとまる昭和44年8月14日平賀所長が書簡を福島裁判長の官舎に届ける(平賀書簡)昭和44年8月22日札幌地裁が保安林解除処分の効力を停止する決定昭和44年8月27日札幌地裁本庁の裁判官9名が臨時裁判官会議の招集を求める方向で相談昭和44年9月13日札幌地裁の臨時裁判官会議が平賀所長に対する厳重注意を決定昭和44年9月14日・15日書簡がテレビで放映され,翌朝の新聞に全文が掲載され,札幌地裁が決議内容を発表昭和44年9月20日最高裁が平賀所長を注意し,東京高裁判事に補する昭和44年10月9日衆議院法務委員会で最高裁が経過を説明昭和44年10月23日福島裁判官に対する訴追請求(新聞報道による)昭和45年1月23日札幌高裁が執行停止決定を取り消し,申立てを却下昭和45年5月7日札幌地裁が国による福島裁判長の忌避申立てを却下(同年7月10日に札幌高裁が抗告を棄却)昭和45年10月19日訴追委員会が平賀裁判官を不訴追,福島裁判官を訴追猶予とする昭和45年10月28日札幌高裁が裁判官会議の議決に基づき福島裁判官を注意昭和45年11月7日札幌地裁の裁判官会議が福島裁判官を注意昭和45年12月19日日弁連臨時総会が訴追委員会の決定等を批判する決議昭和51年8月5日札幌高裁が本案の一審判決を取り消し,訴えを却下昭和57年9月9日最高裁が上告を棄却
第3 長沼ナイキ訴訟と執行停止決定
1 事件の係属
昭和44年10月9日の衆議院法務委員会で,矢口洪一最高裁判所長官代理者は,事件の経過を次のように説明した。
農林大臣は,昭和44年7月7日,北海道夕張郡長沼町の馬追山付近にある約35ヘクタールの国有保安林について,高射教育訓練施設とするために保安林の指定を解除する告示をした。
これに対し,長沼町の住民173名が,農林大臣を被告として解除処分の取消しを求める本案訴訟を起こすとともに,処分の執行停止を申し立て,これらの事件は同日札幌地裁に係属した。
事件は札幌地裁の民事第一部に係属し,担当の裁判官は福島重雄裁判長,木谷明裁判官及び石川善則裁判官であった。
国は7月22日に意見書を提出し,住民側は8月1日に反論書を提出した。
矢口洪一最高裁判所長官代理者は,担当の裁判部で執行停止事件の決定をする段取りになったのは8月10日前後であったと説明した。
2 昭和44年8月22日の執行停止決定
札幌地方裁判所昭和44年8月22日決定(昭和44年(行ク)第11号)は,主文で,農林省告示第1023号による保安林解除処分の「効力を停止する。」とした。
同決定は,自衛隊の憲法適合性について,「少なくとも、自衛のために必要かつ相当な限度内にとどまるものであれば、いかなる軍事力も憲法の右条項にいう『戦力』にあたらないとすることには疑問があり」とした。
(続きを読む...)平賀書簡事件とは―長沼ナイキ訴訟への札幌地裁所長の書簡,札幌地裁の厳重注意,最高裁の注意処分及び訴追委員会の判断(AI作成)