目次第1 差押命令が届いても,相殺が一律に禁止されるわけではない1 誰の債権と誰の債務を相殺するのか2 結論を分ける確認表第2 差押えの時と相殺適状の時を区別する1 差押えの基準時2 差押え前の相殺適状は必須ではない第3 差押え後に取得した債権と民法511条2項1 債権の発生時と原因の時は一致するとは限らない2 債権譲渡・倒産の規定とは別に検討する第4 相殺の意思表示,金額及び経過措置1 意思表示と計算書を残す2 令和2年4月1日前の原因がある場合第5 相談・訴訟で準備する資料第6 出典
第1 差押命令が届いても,相殺が一律に禁止されるわけではない
1 誰の債権と誰の債務を相殺するのか
取引先Aに100万円を支払う義務があるBに,Aの債権者Cが申し立てた債権差押命令が届いたとする。
BがAに対して有する反対債権を使って支払義務を消滅させるのが,ここで扱う相殺である。
Bを第三債務者,Cを差押債権者といい,BのAに対する債権が自働債権,差し押さえられたAのBに対する債権が受働債権となる。
現行の民法511条は,差押え前に取得した債権による相殺を差押債権者に対抗できることを明示している。
差押え後に取得した債権でも,同条2項の要件を満たせば対抗できる。
ただし,反対債権があることと,現時点で相殺できることは別であり,弁済期その他の相殺要件も確認する。
本記事は令和8年10月3日時点の法令及び下記の裁判所公開判決を基準とする。
2 結論を分ける確認表
反対債権の取得・原因差押債権者への対抗根拠・注意点差押え前に取得した相殺の要件を満たせば可能民法511条1項。両債権の弁済期の先後だけで排除されない差押え後に取得したが,差押え前の原因に基づく同条2項により可能となり得る原因の内容・時期の立証が必要差押え後に他人の債権を取得した同条2項による保護はない原債権の発生が古いというだけでは足りない差押え後の新たな原因に基づいて取得した原則として対抗できない当事者間で清算できるかとCに対抗できるかを区別する
この表は通常の債権差押えについての整理である。
抵当権者の物上代位による賃料差押えでは,抵当権設定登記との先後が問題となるため,賃料債権への物上代位と相殺を併せて参照されたい。
第2 差押えの時と相殺適状の時を区別する
1 差押えの基準時
債権執行では,差押命令が第三債務者に送達された時に差押えの効力が生ずる(民事執行法145条5項)。
申立日や裁判所が命令を発した日と,Bに送達された日を取り違えない。
送達された命令の対象債権,金額,期間も確認し,対象外の債務と一括して扱わない。
2 差押え前の相殺適状は必須ではない
最高裁昭和45年6月24日大法廷判決(昭和39年(オ)第155号,民集24巻6号587頁)は,差押え前に取得した反対債権について,自働債権と受働債権の弁済期の前後を問わず,相殺適状に達すれば差押え後にも相殺できるとした。
同判決は,弁済期の先後を重視していた昭和39年12月23日大法廷判決の見解を,判示した限度で変更している。
したがって,「差押え時点で両債権の弁済期が到来していなければ相殺できない」という説明は正確ではない。
一方,自働債権の弁済期が未到来で,相殺適状にもない段階で,反対債権の存在だけを理由に支払を拒めるわけではない。
昭和45年判決でも,相殺適状に達することが前提となっている。
借入金の期限の利益喪失条項がある場合は,条項の文言,喪失事由の発生,通知の要否と到達を確認する。
第3 差押え後に取得した債権と民法511条2項
1 債権の発生時と原因の時は一致するとは限らない
民法511条2項は,差押え後に現実の債権を取得した場合でも,差押え前の原因に基づいて生じたものであれば,その債権による相殺を差押債権者に対抗できるとする。
契約書の作成日だけで結論を出さず,どの契約条項・法律関係から,どの事実を経て反対債権が発生したのかを示す必要がある。