第1 結論
民事訴訟法220条4号ホは,「刑事事件に係る訴訟に関する書類」,少年保護事件の記録及びこれらの事件で押収されている文書を,同号による一般的な文書提出義務から除外している。
この除外が設けられた主な理由は,刑事関係文書には,強制捜査によって集められた情報,被疑者・被告人・被害者その他の関係人の名誉や私生活に深く関わる情報,捜査・公判の適正を損なうおそれのある情報が含まれ,裁判所が弊害の有無を個別に判断することも容易でないため,開示の可否を刑事手続上の開示制度に係る規律に委ねるという点にある。
もっとも,4号ホは,刑事関係文書を民事訴訟から常に遮断する規定ではない。
民訴法220条1号から3号までの提出義務,刑訴法47条ただし書による開示判断,文書送付嘱託等が問題となる余地がある。
最高裁判例は,文書が引用文書や法律関係文書に当たる場合に,保管者の裁量を尊重しつつ,民事訴訟における必要性と,開示による名誉・プライバシー侵害や捜査・公判への影響等の諸般の事情に照らして,提出拒否が裁量権の逸脱又は濫用に当たるかを審査している。
令和8年の研究会報告書には,4号ホを削除すべきであるとの一部の委員の意見があったことと,秘密保持命令等の対象として,私生活上の秘密や営業秘密のほかに対象とすべき秘密情報があるかは引き続き検討が必要であるとし,その例に刑事関係文書等を挙げたことが,別々の箇所に記載されている。
前者は民事訴訟へ証拠を入れる段階,後者は入った証拠の閲覧・利用を制限する段階の問題である。
第2 民事訴訟法220条4号ホの位置付け
民訴法220条は,文書所持者が提出を拒めない場合を定めている。
1号は当事者が訴訟で引用し自ら所持する文書,2号は挙証者が引渡し又は閲覧を求めることができる文書,3号は挙証者の利益のために作成された文書又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書である。
4号は,これら以外の文書について一般的な提出義務を定めつつ,イからホまでの除外事由を置いている。
したがって,4号ホに該当すると,同号による一般的な提出義務は認められない。
しかし,1号から3号までの提出義務まで当然に消えるわけではない。
実務では,対象文書が法律関係文書等に当たるか,刑訴法47条による提出拒否が許されるか,民事訴訟で取り調べる必要性と開示の弊害をどのように評価するかが問題になる。
また,刑事関係文書を「民事訴訟へ提出させること」と,提出後の訴訟記録を第三者が閲覧すること,当事者が訴訟外で利用することは,それぞれ別の問題である。
第3 平成13年改正で4号ホが設けられた経緯
平成8年に成立した新民事訴訟法は,文書提出義務を一般義務化したが,公文書についての一般義務化は見送られ,附則第27条により,行政情報公開制度の検討と並行して検討することとされた。
平成10年1月の法制審議会民事訴訟法部会の文書提出命令制度小委員会では,刑事記録を除外する案について,情報公開法の要綱案との関係,刑事訴訟法等の規律との関係,1号から3号までや文書送付嘱託への影響,民事の裁判官が判断することの適否等が議論された。
その後の法律案の再提出を経て,平成13年法律第96号による改正で,公務秘密文書に関する規律とともに,刑事事件に係る訴訟関係書類,少年保護事件の記録及び押収文書を4号の一般的提出義務から除外する規定が設けられた。
第4 国会審議で説明された立法理由
平成13年の国会審議で政府側(法務大臣,法務省民事局長及び刑事局長)が説明した理由は,おおむね次のとおりである。
第一に,刑事関係書類は,国家刑罰権の実現を目的として,強制処分を含む強力な権限を行使し,関係者の名誉やプライバシーに深く立ち入って作成されるのが通常であるとされた。
第二に,刑事訴訟法等が手続の段階に応じて開示の要件,方法等について独自の規律を置いており,その範囲を超えて民事訴訟で提出を命じると弊害が生ずるとされた。
第三に,個別判断の仕組みを採らない理由として,民事裁判所は,申立てのあった文書だけをインカメラ手続で閲読しても,捜査記録全体を見ない以上,開示による弊害の有無を的確に判断することは困難であることが挙げられた。
また,監督官庁や捜査当局は,捜査の秘密やプライバシーとの関係で詳細な事情を述べられない場合があり,そのときは裁判所が適正に判断できないとも説明された。
第四に,行政情報公開法でも刑事記録を一律に対象から除外しており,弊害を避けるべき要請の点では変わらないとして,同法との整合性も根拠に挙げられた。
このような理由から,政府側は,刑事関係書類の開示・不開示を刑事訴訟法等の規律に委ねる趣旨で4号の一般的提出義務から除外すると説明した。
同時に,1号から3号までの解釈や文書送付嘱託には影響を与えないとも説明している。
第5 立法時に示された反対論
国会審議では,刑事関係文書を一律に4号の一般義務から除外することへの反対論も示された。
その中心は,刑事関係文書を一律に除外すると,民事裁判所が提出の当否を判断できず,判断が検察・警察等の側に委ねられ,インカメラ手続の対象にもならないという批判であった。
あわせて,行政情報の一般公開と,具体的な民事訴訟で権利救済のために証拠を利用することは目的が異なり,情報公開法の適用除外をそのまま持ち込むのは適切でないという批判もあった。
また,株主代表訴訟,住民訴訟,国家賠償請求,交通事故や労働災害の損害賠償請求等では,捜査機関が収集した資料が重要な証拠となり得る。
類型的な除外によって,私人による権利救済や公的機関の責任追及が困難になるおそれが指摘された。
さらに,一律に除外するのではなく,インカメラ手続を用いて裁判所が個別に判断する仕組みとすべきであり,関係者の名前を伏せるなどの方法もあるという指摘があった。
第6 平成16年の再検討
平成13年改正では,衆議院の修正により附則第3項が設けられ,政府は,施行後3年を目途として,刑事事件関係書類等の民事訴訟における利用状況等を勘案し,文書提出命令の制度について検討を加えることとされた。
参議院法務委員会の附帯決議も,特に刑事事件関係書類等について,民事訴訟における証拠としての必要性に配慮した制度となるよう検討すべきであるとした。
法制審議会民事訴訟・民事執行法部会では,刑事事件関係書類等を文書提出命令の対象とするかが検討され,委員の中には対象とすべきであるとの主張もあった。
しかし,平成16年1月の第11回・第12回会議では,開示が求められた場合の大部分が開示されているとの統計上のデータ,法務省刑事局による運用上の開示の拡張,刑事司法と民事司法の関係という理論的な問題になお検討を要することを踏まえ,法改正を見送り,運用によって対応することとされた。
したがって,4号ホは,平成13年改正時の議論だけでなく,その後に再検討された上で維持されている規定である。
他方,その後の最高裁判例は,引用文書・法律関係文書の提出義務と刑訴法47条の裁量審査を通じて,具体的な権利救済との調整を図っている。
第7 最高裁判例による調整
1 刑訴法47条による提出拒否の審査
最高裁平成16年5月25日決定(平成15年(許)第40号,民集58巻5号1135頁)は,刑訴法47条の「訴訟に関する書類」に当たる文書であっても,民訴法220条3号の法律関係文書に該当し,保管者の提出拒否が裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するときは,提出を命じることができるという基本的な枠組みを示した。
もっとも,保管者の裁量的判断は尊重されるとされており,この事件自体では提出拒否は適法とされた。
判断では,民事訴訟で文書を取り調べる必要性の有無・程度(他の証拠で代替できるかを含む),開示による被告人・被疑者及び関係者の名誉・プライバシーの侵害,捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害発生のおそれの有無等が考慮される。
その後の判例は,捜索差押許可状と捜索差押令状請求書(最高裁平成17年7月22日決定・平成17年(許)第4号,民集59巻6号1837頁),勾留請求の資料とされた告訴状・供述調書(最高裁平成19年12月12日決定・平成19年(許)第22号,民集61巻9号3400頁)について,文書の性質と具体的な開示弊害を検討している。
また,最高裁平成31年1月22日決定(平成30年(許)第7号,民集73巻1号39頁)は,引用文書にも同じ枠組みを及ぼし,捜査を担当した都道府県警察を置く都道府県が捜査書類の写しを所持する場合には,原本を検察官が保管していても,当該都道府県の提出拒否を審査できるとした。
2 4号ホの対象範囲
最高裁令和2年3月24日決定(令和元年(許)第12号,裁判集民事263号135頁)は,4号ホが刑事事件関係書類の開示の可否を刑事手続上の開示制度に係る規律に委ねる趣旨で一律に除外したものであるとして,弊害の有無や程度を個別に検討すべきではなく,被告事件若しくは被疑事件に関して作成され又はこれらの事件において押収されている文書等であれば当然に該当するとした。
その上で,検察官,検察事務官又は司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定に関して作成し又は受領した文書・準文書やその写しも,4号ホの文書に当たるとした。
宇賀克也裁判官の補足意見(林景一裁判官同調)は,4号ホの「刑事事件に係る訴訟に関する書類」についての立法者意思を確認した上で,公訴時効が完成して捜査記録も廃棄され,被害者の遺族からの申立てで関係者のプライバシー等の侵害を懸念する必要もほとんどない場合にまで,本案訴訟で重要な証拠となり得る文書が形式的に4号ホに該当するという理由だけで提出命令の対象外となる結果を招きかねないとして,4号ホの文書の範囲を限定することについて,立法論として再検討されることが望ましいと述べた。
同じ日の最高裁令和2年3月24日決定(令和元年(許)第11号,民集74巻3号455頁)は,司法解剖の結果等が記載された文書は4号ホの文書に該当するとしても,法律関係文書に該当すれば,保管者の提出拒否が裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用するときは提出を命ずることができるとした上で,司法解剖の写真に係る情報が記録された電磁的記録媒体を法律関係文書に当たるとした。
3 取調べ録音録画媒体
最高裁令和6年10月16日決定(令和6年(許)第5号,裁判集民事271号147頁)は,検察官が共犯者とされた者を被疑者として取り調べた際の録音録画記録媒体のうち,刑事公判で取り調べられなかった部分について,その者の供述が申立人の逮捕・勾留・起訴の主要な証拠と位置付けられていたこと等から,申立人と国との間の法律関係文書に当たるとし,国の提出拒否を裁量権の範囲の逸脱又は濫用とした。
この決定では,検察官の言動が非言語的要素も含めて機械的かつ正確に記録されており,反訳書面や人証では代替し難いとして取調べの必要性の程度が高いとされたこと,申立人と供述人との間の訴訟上の和解で,供述人が証拠採用に反対せず,申立人が供述人のプライバシーの保護に最大限配慮することが合意されていること,申立人の無罪判決が確定し,他の関与者について捜査や公判が続けられていることもうかがわれないこと等が重視された。
三浦守裁判官の補足意見は,開示証拠の複製等の目的外使用を禁じる刑訴法281条の3から281条の5までに触れ,これを民事訴訟で利用するには文書提出命令,文書送付嘱託等の手続によることになるとした上で,保管者が弊害としてインターネット等を通じて広く公開される可能性等を考慮することは,上記の規律の趣旨に沿うとした。
また,個人の名誉やプライバシーに関する弊害については,その個人の意向等の事情も考慮されることになろうと述べた。
草野耕一裁判官の補足意見は,刑訴法47条の「訴訟に関する書類」の提出を受けた民事訴訟の当事者がこれを報道機関に提供することを禁じる規定は民訴法上存在しないと指摘している。
提出の入口だけでなく,提出後の取扱いが別の問題であることを示す指摘である。
第8 令和8年研究会報告書の二つの論点
令和8年2月の公益社団法人商事法務研究会の研究会報告書には,刑事関係文書について二つの異なる論点が記載されている。
第一は,文書提出義務の除外事由である。
報告書37頁(PDF39頁)には,一部の委員から4号ホを削除すべきであるとの意見があったことが記載されている。
他方,これを本研究会の検討事項とすることについては,慎重に対応する必要があるとの意見もあり,報告書が削除案を採用したわけではない。
第二は,民事訴訟に提出された後の秘密保護である。
報告書63頁(PDF65頁)は,秘密保持命令及び第三者による閲覧等の制限について,私生活上の秘密や営業秘密のほかに,これらと同程度に重要で対象とすべき秘密情報があるかは,引き続き検討が必要であるとし,その例として刑事関係文書等を挙げている。
これは,刑事関係文書を当然に秘密保持命令の対象とすることを決定した記載ではない。
また,報告書63頁の記載から,今後の法制審議会の審議で刑事関係文書が対象に加えられると確定的にいうこともできない。
報告書に書かれたことと,今後の審議についての予測は分ける必要がある。
令和8年9月14日,法制審議会第206回会議は,諮問第131号を新設の民事訴訟法(証拠収集等関係)部会に付託した。
同会議の配布資料は,文書提出命令について「判断の予測可能性をより高める方策」を挙げているが,4号ホを明記してはいない。
同会議では,委員から,4号ホの在り方についても検討を求める意見が述べられ,令和2年3月24日決定の補足意見にも言及があった。
今後は,4号ホが検討対象となるかと,刑事関係文書が提出された後の秘密保護を区別して審議経過を確認する必要がある。
第9 実務で確認する事項
刑事関係文書の取得を検討するときは,少なくとも次の事項を分けて確認する。
① 対象文書の名称,作成者,保管者及び原本・写しの別
② 民訴法220条1号から3号までの提出義務に該当するか(3号は挙証者と所持者との間の法律関係文書か)
③ 刑訴法47条の「訴訟に関する書類」に当たるか
④ 民事訴訟で取り調べる必要性と代替証拠の有無
⑤ 刑事事件が係属中か,既に確定しているか
⑥ 被疑者・被告人・被害者その他の関係人の名誉・プライバシーへの影響
⑦ 捜査・公判又は将来の捜査・公判への具体的な不当な影響
⑧ 必要部分だけの提出,マスキング,閲覧等制限等で弊害を減らせるか
⑨ 提出後の第三者閲覧と訴訟外利用をどの制度で制限するか
「刑事記録だから提出されない」,又は「民事訴訟で必要だから必ず提出される」と一律に判断せず,入口の提出義務と,提出後の秘密保護を順に検討する必要がある。
第10 出典
1 民事訴訟法(e-Gov法令検索)
2 証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会報告書(公益社団法人商事法務研究会,令和8年2月)
3 法制審議会民事訴訟法部会文書提出命令制度小委員会(第6回)議事要旨(平成10年1月23日)
4 同小委員会(第7回)議事要旨(平成10年1月30日)
5 第151回国会衆議院法務委員会第18号(平成13年6月15日)
6 第151回国会衆議院法務委員会第19号(平成13年6月19日)
7 第151回国会参議院法務委員会第16号(平成13年6月26日)
8 法制審議会民事訴訟・民事執行法部会第11回会議議事録(平成16年1月23日)
9 同部会第12回会議議事録(平成16年1月30日)
10 最高裁平成16年5月25日第三小法廷決定(平成15年(許)第40号)
11 最高裁平成17年7月22日第二小法廷決定(平成17年(許)第4号)
12 最高裁平成19年12月12日第二小法廷決定(平成19年(許)第22号)
13 最高裁平成31年1月22日第三小法廷決定(平成30年(許)第7号)
14 最高裁令和2年3月24日第三小法廷決定(令和元年(許)第11号)
15 最高裁令和2年3月24日第三小法廷決定(令和元年(許)第12号)
16 最高裁令和6年10月16日第二小法廷決定(令和6年(許)第5号)
17 法制審議会第206回会議