メインコンテンツへスキップ

企業法務・民事実務

農地を生前贈与して納税猶予を受けた後に贈与者が死亡したとき――相続税のみなし相続と,民法上はあくまで生前贈与であること(AI作成)

目次第1 結論第2 農地等の贈与税の納税猶予1 制度の骨格2 対象から除かれる農地3 猶予の継続と届出4 猶予が打ち切られる場合第3 贈与者が死亡したとき1 相続により取得したものとみなす2 課税価格に算入する価額3 相続税の納税猶予へ引き継ぐ場合4 税務上の扱いと民法上の扱いの対照第4 民法上はあくまで生前贈与である1 所有権が移転した時期2 遺留分の基礎財産での扱い3 減殺又は負担の順序4 遺産分割の対象にならない5 特別受益としての持戻し第5 相続人が複数いる場合に起きること1 推定相続人の一人に集中する制度であること2 他の相続人との調整第6 実務で起きる取り違え第7 確認する資料第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 公的資料
第1 結論

農家では,後継者へ農地を生前に贈与し,租税特別措置法70条の4の贈与税の納税猶予を受けていることがある。
この制度の下では,贈与者が死亡したときに,その農地が相続税の課税対象に取り込まれる。

ここで,税務上の扱いと民法上の扱いがねじれる。
租税特別措置法70条の5第1項は,贈与者が死亡した場合に,受贈者が当該農地等を「その贈与者から相続…により取得したものとみなす」と定めている。
しかし,これは相続税の課税関係についてのみなし規定であって,民法上の性質を贈与から遺贈へ変えるものではない。
当該農地は,贈与の時に受贈者へ移転しており,相続開始の時に被相続人が有していた財産ではない。

この区別を誤ると,①遺産分割の対象に入れてしまう,②遺留分の場面で遺贈として扱い,減殺又は負担の順序を誤る,③相続開始時の価額に引き直す作業を落とす,という誤りが生じる。
本記事では,制度の骨格を条文で押さえた上で,民法上の扱いとの違いを整理する。

第2 農地等の贈与税の納税猶予
1 制度の骨格

租税特別措置法70条の4第1項は,農業を営む個人(贈与者)が,その農業の用に供している農地の全部及び採草放牧地のうち政令で定める部分並びに準農地のうち政令で定める部分を,「当該贈与者の推定相続人で政令で定める者のうちの一人の者に贈与した場合」について定めている。

この場合,受贈者の贈与の日の属する年分の贈与税のうち,当該農地等の価額に対応する部分(納税猶予分の贈与税額)に相当する贈与税については,「当該年分の贈与税の申告書の提出期限までに当該納税猶予分の贈与税額に相当する担保を提供した場合に限り,…当該贈与者の死亡の日まで,その納税を猶予する。」

要点は次のとおりである。
①贈与の相手方は推定相続人の一人に限られる。
②農地は全部を,採草放牧地及び準農地は政令で定める部分を贈与する。
③期限内申告と担保の提供が要件である。
④猶予の終期は,原則として贈与者の死亡の日である。
⑤贈与者が既にこの制度の適用に係る贈与をしている場合は,重ねて適用を受けられない。

2 対象から除かれる農地

同項のかっこ書は,特定市街化区域農地等に該当するものを対象から除いている。
また,農地法32条1項又は33条1項の利用意向調査に係るもののうち政令で定めるものも除かれる。

そのため,市街化区域内の農地については,この制度の適用を受けていないことがある。
相続の場面で農地が出てきたときは,所在地が市街化区域かどうかを先に確認する。

「特定市街化区域農地等」は,租税特別措置法70条の4第2項3号が定義している。
同号は,「都市計画法第七条第一項に規定する市街化区域内に所在する農地又は採草放牧地で,平成三年一月一日において次に掲げる区域内に所在するもの(都市営農農地等を除く。)をいう。」とし,イからハまでに,①都の区域(特別区の存する区域に限る。),②首都圏,近畿圏又は中部圏内にある地方自治法上の指定都市の区域,③その他の市でその区域の全部又は一部が既成市街地,近郊整備地帯,既成都市区域,近郊整備区域又は都市整備区域内にあるものの区域を掲げている。

すなわち,市街化区域内の農地が常に除かれるのではなく,三大都市圏の特定の区域内にあるものが除かれる。
それ以外の市町村の市街化区域内の農地は,「特定市街化区域農地等」に当たらない。

さらに,同項4号の「都市営農農地等」は,「特定市街化区域農地等」から除かれている。

(続きを読む...)農地を生前贈与して納税猶予を受けた後に贈与者が死亡したとき――相続税のみなし相続と,民法上はあくまで生前贈与であること(AI作成)

スポット勤務医師の労働契約は一勤務ごとか―定期非常勤との区別,確定シフトの取消し・雇止め・証拠(AI作成)

目次第1 問題の所在1 四つの論点を分けて検討する2 契約名より合意と運用を見る第2 労働契約の成立と労働条件の明示1 署名押印がなくても労働契約は成立し得る2 労働条件明示と契約成立は別問題である第3 一勤務ごとの契約か継続契約か1 一勤務ごとの契約を示す事情2 継続契約を示す事情3 求人票と実際の合意が違う場合第4 確定シフトの取消し,解雇及び雇止め1 確定済みの一勤務を取り消す場合2 未確定の将来勤務を依頼しない場合3 反復更新と雇止め法理第5 証拠収集の実務1 契約成立と契約単位に関する資料2 メッセージの意味を前後関係から読む第6 病院側と医師側の予防策1 病院側の対応2 医師側の対応第7 宿日直及び労働時間との関係第8 関連記事第9 主要な一次資料
第1 問題の所在
1 四つの論点を分けて検討する

スポット勤務医師をめぐる紛争では,次の四つを分けて検討する必要がある。
①実際に勤務した時間について,医師が労働基準法及び労働契約法上の「労働者」に当たるか。
②個々の勤務日について,労働契約が成立したか。
③個々の勤務とは別に,将来の勤務枠まで含む包括的・継続的な労働契約が成立したか。
④確定済みの勤務を取り消し,又は継続的な勤務を終了させた場合に,解雇又は雇止めの規制が適用されるか。

医師が病院の指揮命令を受けて診療し,病院から賃金を受ける個々の勤務について労働者性が認められても,そのことだけで将来の勤務枠を含む継続契約が成立するわけではない。他方,「スポット」という呼称だけで,確定済みの勤務についての労働契約や賃金請求権が消えるわけでもない。

本記事は,令和8年9月20日現在の現行法令に基づき,契約単位の確定方法と実務上の証拠を整理するものである。

2 契約名より合意と運用を見る

求人票に「スポット」と記載されていても,毎週同じ曜日の勤務が自動的に割り当てられ,将来分を自由に断れない運用であれば,継続契約を基礎付ける事情になり得る。反対に,求人票に「定期非常勤」とあっても,勤務のたびに空き枠が提示され,病院と医師の双方が自由に承諾又は拒絶していた場合,各勤務日ごとの契約と評価される余地がある。

したがって,契約書の題名だけでなく,求人から勤務終了までのメール,チャット,シフト表,賃金処理及び拒否・代替の実例を時系列で確認する必要がある。

第2 労働契約の成立と労働条件の明示
1 署名押印がなくても労働契約は成立し得る

労働契約法6条は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,当事者が合意することによって労働契約が成立すると定める。

一般に,雇用契約書への署名押印は労働契約の成立要件ではない。口頭の合意,メール又はチャットによる応募と承諾,勤務の実施,賃金の支払等から,契約の成立及び内容が認定されることがある。

未署名の契約書は無意味ではない。その文書が示す契約期間,固定曜日,更新条件,業務内容等について当事者の意思が一致したかを判断する重要な証拠である。しかし,「署名・返送がないから,実施済みの勤務についても労働契約がない」と一般化することはできない。

2 労働条件明示と契約成立は別問題である

労働基準法15条及び労働基準法施行規則5条により,使用者は,労働契約の締結に際し,契約期間,就業場所・業務,始業・終業時刻,休日,賃金,退職等の労働条件を明示しなければならない。主要事項は書面の交付等による明示が必要である。

労働条件通知書を交付しなかったことと,私法上の労働契約が成立しなかったことは,同じ問題ではない。紛争処理では,①契約が成立したか,②どのような内容で成立したか,③法定の明示義務が履行されたかを順に分けて検討する。

第3 一勤務ごとの契約か継続契約か
1 一勤務ごとの契約を示す事情

次の事情は,各勤務について個別に契約が成立するという評価を支えやすい。
①各回について,病院が空き枠を提示し,医師がその都度応募又は承諾する。
②病院と医師の双方が,将来回を理由なく断ることができ,実際の拒否例がある。
③勤務日,勤務時間,診療科,報酬その他の条件が回ごとに異なる。
④他の医師が先に決まった場合,病院が依頼をしない,又は取り下げる運用である。
⑤特定曜日の勤務が自動的に割り当てられず,シフト確定前には勤務義務がない。
⑥各回の終了後に,次回勤務の保証や最低勤務回数が残らない。

(続きを読む...)スポット勤務医師の労働契約は一勤務ごとか―定期非常勤との区別,確定シフトの取消し・雇止め・証拠(AI作成)

医療機関の宿日直許可―当直・非常勤医師の労働時間,通常勤務と同態様の業務及び割増賃金(AI作成)

目次第1 宿日直許可を検討する順序1 医療法上の宿直と労働基準法上の許可は別制度である2 確認すべき四つの資料第2 労働基準法上の法的枠組み1 許可がなければ待機時間も原則として労働時間になり得る2 許可の効果は労働時間規制の全部を消すものではない第3 医師等の宿日直許可基準1 通常勤務から完全に解放されていること2 業務が軽度又は短時間であること3 宿直では十分な睡眠が確保できること4 宿日直手当と回数の基準第4 限定許可と通常勤務と同態様の業務1 診療科,職種,時間帯及び業務を限定した許可2 救急又は産科という名称だけでは決まらない3 通常勤務と同態様の業務が稀に発生した場合4 通常勤務と同態様の業務が常態化した場合第5 許可取得後の労務管理1 一勤務ごとの記録を残す2 勤怠記録と診療記録を突き合わせる3 実態が変わったときは許可内容を見直す第6 非常勤医師及び兼業医師の留意点1 非常勤医師も許可対象になり得る2 副業・兼業先を含む労働時間管理第7 紛争時の証拠チェックリスト1 医療機関側に求める資料2 医師側で保存する資料第8 関連記事第9 主要な一次資料
第1 宿日直許可を検討する順序
1 医療法上の宿直と労働基準法上の許可は別制度である

医療法16条は,医業を行う病院の管理者に対し,原則として病院に医師を宿直させることを求める。これは,入院患者の病状が急変した場合に診療できる体制を確保するための医療提供体制上の規定である。

これに対し,労働基準法上の宿日直許可は,断続的な宿直又は日直の勤務について,労働基準監督署長の許可を受けた場合に,許可の範囲で労働時間,休憩及び休日に関する規定の適用を除外する制度である。

したがって,医療法上,病院に医師を宿直させる必要があることから,当然に労働基準法上の労働時間規制が適用除外になるわけではない。また,病院が一つの宿日直許可を受けていることから,その病院における全ての当直,職種,診療科又は時間帯が適用除外になるわけでもない。

2 確認すべき四つの資料

令和8年9月20日現在,宿日直勤務を検討するときは,少なくとも次の四つを照合する必要がある。
①労働基準監督署長が交付した宿日直許可書及びその条件。
②対象者の労働条件通知書,雇用契約書,勤務表及び院内の当直規程。
③電子カルテ,救急受入れ,電話・呼出し,入退室,業務日誌等の実際の勤務記録。
④賃金台帳,給与明細及び時間外・休日・深夜割増賃金の計算資料。

許可があるかどうかだけでなく,許可された対象と実際の勤務が一致しているかを一勤務ごとに確認することが重要である。

第2 労働基準法上の法的枠組み
1 許可がなければ待機時間も原則として労働時間になり得る

宿直又は日直という名称であっても,労働者が病院の指揮命令下に置かれ,場所的・時間的に拘束されている時間は,原則として労働時間に当たり得る。当直料だけを定額で支払うことや,診療がなかったことだけで,当然に労働時間でなくなるわけではない。

労働基準法41条3号は,監視又は断続的労働に従事する者で,使用者が行政官庁の許可を受けたものについて,労働時間,休憩及び休日の規定を適用しないとする。労働基準法施行規則23条は,宿直又は日直の勤務で断続的な業務について,様式第10号による所轄労働基準監督署長の許可を受けた場合に,法定労働時間を超えて労働させることができると定める。

2 許可の効果は労働時間規制の全部を消すものではない

宿日直許可の対象となる勤務は,許可の範囲で,労働基準法32条の労働時間,34条の休憩及び35条の休日に関する規定の適用が除外される。しかし,深夜業の割増賃金に関する規定まで一律に除外されるものではない。

また,許可中に通常の勤務時間と同じ態様の業務に従事した時間は,許可された断続的勤務として扱うことができない。その時間について,通常の労働時間として把握し,必要な時間外・休日労働の手続及び割増賃金の支払を行う必要がある。

第3 医師等の宿日直許可基準
1 通常勤務から完全に解放されていること

厚生労働省の「医師、看護師等の宿日直許可基準について」(令和元年7月1日基発0701第8号)は,医療機関の医師,看護師等について,通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後の勤務であることを前提とする。

外来診療の延長,予定手術,通常の病棟業務その他の日中と同じ密度の業務を継続して行う時間を,名目上「宿直」と呼ぶだけでは足りない。

2 業務が軽度又は短時間であること

許可対象となるのは,一般の宿日直許可基準を満たし,特殊な措置を必要としない軽度又は短時間の業務に限られる。具体例として,医師が少数の要注意患者の状態変動に対応するため,問診等による診察,必要な看護師等への指示又は確認を行うことなどが示されている。

実際の患者数だけでなく,診療内容,処置時間,呼出頻度,連続する対応時間,業務間の休息可能性を確認する必要がある。

3 宿直では十分な睡眠が確保できること

宿直については,夜間に十分な睡眠を取り得ることが必要である。宿直室やベッドが存在するだけでは足りず,実際の呼出し,電話,救急搬送及び病棟対応によって睡眠が継続的に妨げられていないかを確認する。

短い対応が断続的に多数発生し,実質的に睡眠できない勤務であれば,個々の対応時間だけでなく勤務全体の実態が許可基準と整合するかが問題になる。

(続きを読む...)医療機関の宿日直許可―当直・非常勤医師の労働時間,通常勤務と同態様の業務及び割増賃金(AI作成)

NHK受信料の訪問集金は弁護士法72条違反か―東京地裁令和4年1月24日判決(判タ1508号240頁)ほか東京地裁の判断(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論3 確認した裁判例の一覧第2 弁護士法72条と「その他一般の法律事件」1 条文2 条文の趣旨3 「その他一般の法律事件」の考え方第3 訪問集金を弁護士法72条違反でないとした東京地裁の判断1 東京地裁令和4年1月24日判決(判タ1508号240頁)2 東京地裁令和4年1月31日判決3 東京地裁令和4年7月14日判決と同年8月4日判決第4 関連する裁判例と行政の見解1 東京地裁令和3年6月15日判決(集金人おびき寄せ作戦)2 東京地裁令和3年10月28日判決(受信料請求訴訟)3 政府答弁書(令和2年11月17日)第5 判断の枠組みと残る問題1 判決が示した線引き2 判決が判断していないこと第6 受信料を請求された人が知っておくべきこと1 集金人の非弁行為は支払を拒む理由にならない2 払わないままでいた場合の負担3 時効や免除を検討することは正当である4 不払を援助するサービスへの注意第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令・規約2 裁判例3 国会・公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,日本放送協会(以下「NHK」という。)から業務の委託を受けた会社の訪問員が,受信料を滞納している人の自宅を訪ねて支払を求め,受信料を受け取ることが,弁護士法72条の禁止する「非弁行為」に当たるかを扱う。
委託先の訪問員が弁護士でないのに受信料を取り立てるのは非弁行為であるという主張は,国会の質問主意書(第4の3)や,NHKとの訴訟(第3,第4)でも持ち出されてきた。
この主張を正面から取り上げた東京地方裁判所の判決が,令和4年に少なくとも4件あり,いずれも訪問による集金は弁護士法72条に違反しないと判断している。

調査基準日は令和8年9月20日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文で,最高裁判例と東京地裁令和3年6月15日判決は裁判所HPの裁判例検索で確認した。
東京地裁令和4年の4件の判決と東京地裁令和3年10月28日判決は,裁判所HPに掲載されていないため,判例秘書(LLI/DB)で判決の全文を確認した。
これらの判決について控訴審の判断があるかは,裁判所HPと判例秘書の検索では確認できなかった。

受信料の消滅時効は,NHK受信料の消滅時効は5年―最高裁平成26年9月5日判決と大法廷平成29年12月6日判決の起算点で整理している。

2 結論

本記事の結論は,次のとおりである。
①NHKの委託先の訪問員が,受信料の支払を求め,任意に支払われた受信料を受け取ることは,弁護士法72条の「その他一般の法律事件」に関する業務に当たらず,同条に違反しないとするのが,東京地裁の一貫した判断である。
②判決が示した線引きは,受信契約の締結や受信料の支払を「任意の締結や支払を促す範囲」にとどまるかどうかであり,訴えの提起や,その前段階として行う内容証明郵便等による請求といった「法的手続業務」に及べば別の評価になり得る。
③長期間払っていないことや,訪問時に支払を拒んだことだけで,直ちに法的紛議が顕在化したとはいえないとされている。
④したがって,集金に来た人が非弁行為をしているという理由で受信料の支払を免れることはできず,払わないままでいると延滞利息,割増金,支払督促や訴訟の負担が生じ得る。
⑤消滅時効の援用や免除基準への当てはめを検討することは正当であるが,事情を個別に検討しないまま一律に不払を援助するサービスについて,弁護士が懲戒を受けた例がある。

3 確認した裁判例の一覧
裁判例訴えた人と相手結論東京地裁令和4年1月24日判決(判タ1508号240頁)委託先に所属していた元訪問員4名がNHKを訴えた請求棄却。長期未収者への個別訪問による収納業務は「その他一般の法律事件」に当たらない東京地裁令和4年1月31日判決委託会社の元従業員が雇用主の会社を訴えた請求棄却。支払再開を促す業務は弁護士法72条に違反しない東京地裁令和4年7月14日判決訪問を受けた人がNHKを訴えた請求棄却。任意の支払を促す範囲にとどまる業務は同条に違反しない東京地裁令和4年8月4日判決同じ訪問を受けた人が委託会社と代表者を訴えた請求棄却。上記と同じ基準で違反しないとした東京地裁令和3年6月15日判決NHKが政党とその代表者らを訴えた330万円の賠償を命じた。職員の集金が同条に違反するとの指摘は「それ自体失当」
第2 弁護士法72条と「その他一般の法律事件」
1 条文

弁護士法72条本文は,「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。」と定めている。
違反した者は,同法77条3号により処罰される。

2 条文の趣旨

最高裁判所大法廷昭和46年7月14日判決(昭和44年(あ)第1124号,刑集25巻5号690頁)は,弁護士でない者が報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱うことを禁止した規定であるとし,その趣旨を,みだりに他人の法律事件に介入することを業とする行為を放置すると,当事者その他の関係人らの利益を損ね,法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げ,ひいては法律秩序を害することにあるとした。
最高裁判所第一小法廷平成29年7月24日判決(平成28年(受)第1463号,民集71巻6号969頁)も,同じ趣旨を述べている。
本記事で取り上げる東京地裁の判決も,これらの最高裁判例を引用して検討を始めている。

3 「その他一般の法律事件」の考え方

最高裁判所第一小法廷平成22年7月20日決定(平成21年(あ)第1946号,刑集64巻5号793頁)は,ビルの賃借人らと交渉して立ち退かせる業務について,「立ち退き合意の成否,立ち退きの時期,立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らかであり,弁護士法72条にいう『その他一般の法律事件』に関するものであったというべきである。」と判断した。

(続きを読む...)NHK受信料の訪問集金は弁護士法72条違反か―東京地裁令和4年1月24日判決(判タ1508号240頁)ほか東京地裁の判断(AI作成)

病院が「相対的無輸血」の方針を採るときの説明と同意書―最高裁平成12年判決・大阪地裁平成17年判決から考える説明文書と免責証書(AI作成)

目次第1 この記事の対象と結論第2 絶対的無輸血と相対的無輸血1 二つの方針の意味2 医師は絶対的無輸血に応じる義務を負わない第3 裁判例が求める説明1 最高裁平成12年2月29日判決―方針を説明しなかったこと自体が違法2 東京高裁平成10年2月9日判決―説明の内容・時期・担い手3 大阪地裁平成17年1月28日判決―輸血を拒む患者にはより詳細な説明を第4 説明文書と同意書の設計1 病院の方針を文書にして示す2 拒む範囲は製剤ごとに確認する3 説明する事項4 免責証書の位置付けと文言5 説明の時期・担い手・記録6 意思表示できない救急の場面7 未成年の患者第5 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 行政機関の通知4 医学会等の指針
第1 この記事の対象と結論

宗教上の理由で輸血を拒む患者に対し,多くの医療機関は,できる限り輸血をしないで治療するが,輸血以外に救命手段がない事態になれば輸血するという「相対的無輸血」の方針を採っている。
本記事は,医療機関の側から,この方針を採る場合に患者へ何を説明し,どのような書面を取り交わせばよいかを,裁判例,法令,医学会の指針及び行政資料に基づいて整理するものである。
医療機関の顧問弁護士,医事担当者及び患者側の代理人を読者として想定している。

基準日は令和8年9月20日である。
エホバの証人が令和8年9月18日に他人の血液に由来する主要な成分の扱いを変更したこと自体と,子どもへの輸血をめぐる手続は,別稿「エホバの証人の輸血方針の変更(令和8年9月)と宗教的輸血拒否の法的枠組み―成人患者の意思確認,同意書及び子どもへの輸血」で扱っており,本記事では判断能力のある成人の患者を中心に扱う。

結論を先に示すと,次のとおりである。
①医師は,患者が求める「絶対的無輸血」(どのような事態でも輸血しない)に応じる義務を負わないが,応じないのであれば,病院の方針を手術の前に説明して,その病院で治療を受けるかどうかを患者に選ばせる必要がある。
②輸血を拒む患者には,輸血をしないことで高まる危険を含め,通常より詳細かつ正確な説明が求められた裁判例がある。
③患者が差し入れる免責証書は,説明が不十分であった場合の責任まで免れさせるものとは扱われていない。
④拒む範囲は患者ごとに異なり得るので,同意書は製剤ごとに意思を確認できる形にしておくことが考えられる。

第2 絶対的無輸血と相対的無輸血
1 二つの方針の意味
(1) 裁判例による定義

東京高裁平成10年2月9日判決(平成9年(ネ)第1343号,高民集51巻1号1頁)は,輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血をしないことを「絶対的無輸血」,手術に当たりできる限り輸血をしないが,輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血をすることを「相対的無輸血」と呼んだ。
同判決は,絶対的無輸血は生命の維持よりも輸血をしないことに優越的な価値を認めるものであるのに対し,相対的無輸血は輸血をしないことよりも生命の維持に優越的な価値を認めるものであり,両者の間には質的に大きな違いがあるとしている。

(2) 医療機関の多くは相対的無輸血を採っている

日本輸血・細胞治療学会ガイドライン委員会の「輸血療法実践ガイド」(令和8年2月)11頁は,相対的無輸血について,患者の意思を尊重し可能な限り無輸血治療に努めるが,輸血以外に救命手段がないと判断された場合には患者の同意が得られなくても輸血を実施するという考え方であり,現在多くの医療機関の基本的な方針となっていると思われるとしている。
同頁は,相対的無輸血の立場を取る医療機関の多くが,輸血の可能性が予期される治療について方針を患者と家族に事前にかつ具体的に説明し,患者が意識不明で意思表示ができない状況で輸血が唯一の救命手段と判断された場合は緊急避難的に輸血を実施するとしていること,時間的余裕があり患者が絶対的無輸血を強く希望する場合には,無輸血治療を専門とする他の医療機関への転院を推奨するとしていることも紹介している。
このガイドは,厚生労働省が令和8年3月24日付けの医薬局長通知(医薬発0324第2号)で「輸血療法の実施に関する指針」等を廃止した際に,その内容を整理・統合したものとして周知を求めたものである。

2 医師は絶対的無輸血に応じる義務を負わない
(1) 治療方針は医師が決める

前記の東京高裁判決は,医師はその専門知識及び能力に基づき良心に従って医療内容を決定すべきであり,患者の治療内容に対する注文は通常は希望の表明にすぎず,医師が明示に承諾した場合でなければ,医師の方針と抵触する合意が成立したとは認めるべきでないとした。
そして,絶対的無輸血の治療に応じるかどうかは医師の倫理観,生死観によるものであり,患者が医師に良心に反する治療方法を採ることを強制することはできないとしている。
その上で,同判決は,医師が説明義務を負うことはこれとは別の問題であるとしている。
なお,同判決は,当事者双方が熟慮した上で絶対的無輸血の合意をした場合には公序良俗に反して無効とする必要はないとの見解も示しているが,本件では合意の成立自体を否定しており,最高裁判決はこの点に触れていない。

(2) 宗教のみを理由とする診療拒否との関係

医師法19条1項は,診療に従事する医師は,診察治療の求めがあった場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならないと定めている。
厚生労働省医政局長の令和元年12月25日付け通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発1225第4号)は,患者の宗教等のみを理由に診療しないことは正当化されないが,宗教上の理由等により結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合はこの限りではないとしている(記2(2)④)。

(続きを読む...)病院が「相対的無輸血」の方針を採るときの説明と同意書―最高裁平成12年判決・大阪地裁平成17年判決から考える説明文書と免責証書(AI作成)

結婚式場のキャンセル料はどこまで払う必要があるか―消費者契約法9条の「平均的な損害」と裁判例(AI作成)

目次第1 この記事の対象と要点1 対象と基準日2 要点第2 申込み・「仮予約」で契約は成立するか1 東京地方裁判所平成17年9月9日判決の事案2 契約の成立についての判断第3 消費者契約法9条による制限1 条文2 平均的な損害の意味と立証責任3 逐条解説にある結婚式場の設例4 東京地方裁判所平成17年9月9日判決の9条1号の判断第4 適格消費者団体による差止訴訟(京都の2件)1 差止請求の仕組みとKCCNの取組み2 ベストブライダル事件3 Plan・Do・See事件4 2件から読み取れること第5 新型コロナウイルス感染症による解約1 名古屋地方裁判所令和4年2月25日判決の事案2 判決の判断3 この判決の位置付け第6 特定商取引法・割賦販売法との関係1 特定商取引法の特定継続的役務には当たらない2 互助会の積立で挙式する場合第7 実務上の対応1 申込金を払う前に確認すること2 解約するとき3 式場側がキャンセル規定を作るときの注意第8 関連記事第9 出典
第1 この記事の対象と要点
1 対象と基準日

本記事は,結婚式場・披露宴会場を予約し,申込金を支払った後に解約を考えている方,式場側でキャンセル規定を作る事業者及び相談を受ける弁護士を対象に,キャンセル料をどこまで支払う必要があるかを整理するものである。
基準日は令和8年9月20日であり,法令の条文はe-Gov法令検索で同日に確認した現行の本文による。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに掲載された判決の全文,判例秘書(LLI/DB)の判決全文及び適格消費者団体である特定非営利活動法人京都消費者契約ネットワーク(以下「KCCN」という。)がウェブサイトで公開している判決書等の写しに基づいて記載した。

飲食店の無断キャンセル(ノーショー)については無断キャンセルのキャンセル料と平均的な損害で,格安プランの広告表示の問題については格安葬儀の広告と見積もりの記事で扱っているので,本記事では取り上げない。

2 要点

①申込書を出して申込金を払えば,料理や衣装の内容と金額が決まっていなくても,挙式・披露宴の日時と会場が決まった時点で契約が成立したとされることがある(東京地方裁判所平成17年9月9日判決)。
②キャンセル料の条項は,消費者契約法9条1項1号により,同じ時期区分で解約した場合に式場に生ずべき「平均的な損害」を超える部分が無効となる。
③ただし,平均的な損害を超えることの主張立証責任は,基本的に消費者側にあるとされている(最高裁平成18年11月27日判決)。
④挙式の1年以上前の解約で申込金の返還を認めた裁判例がある一方,時期に応じて段階的に上がるキャンセル料条項の差止めを適格消費者団体が求めた2件の訴訟は,いずれも請求棄却で終わっている。
⑤新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言の翌日にされた解約について,取消料条項の適用自体を否定した判決がある(名古屋地方裁判所令和4年2月25日判決)が,これは消費者契約法9条1項1号を判断したものではない。
⑥結婚式は特定商取引法の特定継続的役務に当たらないので,同法の中途解約の規定は使えない。

第2 申込み・「仮予約」で契約は成立するか
1 東京地方裁判所平成17年9月9日判決の事案
(1) 予約から6日後の解除

この判決は,東京簡易裁判所の判決(平成16年(ハ)第9186号)に対する控訴審として東京地方裁判所が言い渡したものである(平成17年(レ)第67号,判例時報1948号96頁,裁判所ウェブサイトに掲載)。
消費者は,平成16年5月8日に式場を訪れ,平成17年5月28日(約1年後)の挙式・披露宴を申し込んで申込金10万円を支払ったが,その6日後の平成16年5月14日に予約を解除し,申込金の返還を求めた。
申込書の裏面には,申込日から挙式等の90日前までに取り消した場合には,実費総額に加えて取消料として申込金10万円を支払う旨の条項があった。

(2) 第一審は請求棄却,控訴審で9条1号の主張を追加

消費者は,第一審では契約が成立していないこと及び取消料条項が消費者契約法10条に反することを主張したが,請求は棄却された。
控訴審で,取消料条項が同法9条1号に違反して無効であるとの主張を追加し,これが認められて原判決が取り消され,10万円の返還が命じられた。

2 契約の成立についての判断
(1) 重要部分が決まれば契約は成立する

消費者は,料理,引出物,サービス等の内容と対価が確定していない以上,契約は成立していないと主張した。
判決は,「契約の成立に当たっては契約内容の全てが確定している必要はなく、契約の重要部分が確定していれば契約は有効に成立すると解するのが相当である」とした。
その上で,結婚式・披露宴の契約では,「特定の日時及び会場において、結婚式という儀式及び結婚の披露宴を開催するというサービスを提供することが、その契約の重要な部分であると解すべきである」として,日時と会場が合意で確定した予約の時点で契約の成立を認めた。

(2) 「仮予約」という呼び方との関係

この判決で問題となったのは,申込書を提出して申込金を支払った「予約」であり,「仮予約」という言葉の意味を判断したものではない。

(続きを読む...)結婚式場のキャンセル料はどこまで払う必要があるか―消費者契約法9条の「平均的な損害」と裁判例(AI作成)

冠婚葬祭互助会の解約手数料はいくらまで有効か―消費者契約法9条,特定商取引法10条及び裁判例(AI作成)

目次第1 この記事の対象と要点第2 互助会の法的性格1 割賦販売法の前払式特定取引2 経済産業大臣の許可制と解約手数料の位置付け第3 消費者契約法による解約手数料の規律1 9条1項1号の「平均的な損害」2 適格消費者団体の差止請求と説明要請3 他の法律に別段の定めがある場合第4 訪問販売で入会した場合1 特定商取引法10条1項4号による上限2 クーリング・オフの可否第5 互助会の解約手数料に関する裁判例1 京都地方裁判所平成23年12月13日判決2 大阪高等裁判所平成25年1月25日判決3 福岡地方裁判所平成26年11月19日判決と福岡高等裁判所平成27年11月5日判決4 佐賀地方裁判所令和元年6月14日判決と福岡高等裁判所令和2年5月27日判決第6 平均的な損害の3つの算定方法1 算定方法の比較2 福岡高裁の2件が逆の結論になった理由第7 解約を考えたときの実務1 解約の申出の前に確認すること2 会員の死亡後に相続人が解約する場合3 説明の求め方と相談先第8 関連記事第9 出典1 法令2 裁判例3 所管行政機関の解説・公表資料
第1 この記事の対象と要点

この記事は,冠婚葬祭互助会(以下「互助会」という。)の会員が積立金を解約したときに差し引かれる解約手数料について,どこまでが有効で,どこからが無効になり得るかを,法令と裁判例から整理するものである。
会員本人のほか,親が積み立てていた互助会を相続人が解約する場面や,相談を受ける弁護士を想定している。
記事の基準日は令和8年9月20日であり,法令は同日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行条文により確認した。

要点は次のとおりである。
①互助会の契約は割賦販売法の「前払式特定取引」であり,事業者は経済産業大臣の許可を受けているが,同法には解約手数料の上限を定める民事上の規定がない。
②そのため,解約手数料の効力は,主に消費者契約法9条1項1号(平均的な損害を超える部分は無効)で判断される。
③訪問販売で入会した場合には,特定商取引法10条1項4号(契約の締結及び履行のために通常要する費用の額が上限)が消費者契約法に優先して適用されるとした高等裁判所の判決がある。
④適格消費者団体による差止訴訟の結論は分かれており,特に福岡高等裁判所の2件は,会員募集の費用を平均的な損害に入れるかどうかで逆の結論になった。
⑤解約を申し出る前に,入会の経緯(訪問か店舗か),約款の手数料表,払込回数及び施行の請求をしたかどうかを確認することが重要である。

裁判例は,事業者ごとの約款と費用の証拠に基づいて平均的な損害を算定したものであり,判決に示された金額がそのまま他の互助会に当てはまるわけではない。
本記事の試算や当てはめは,個別の事案の結論を示すものではない。

第2 互助会の法的性格
1 割賦販売法の前払式特定取引
(1) 前払式特定取引の定義

互助会の契約は,割賦販売法2条6項の「前払式特定取引」に当たる。
同項は,「この法律において「前払式特定取引」とは、次の各号に掲げる取引で、当該各号に定める者に対する商品の引渡し又は政令で定める役務(以下この項、第三十五条の三の六十一、第三十五条の三の六十二、第四十一条及び第四十一条の二において「指定役務」という。)の提供に先立つてその者から当該商品の代金又は当該指定役務の対価の全部又は一部を二月以上の期間にわたり、かつ、三回以上に分割して受領するものをいう。」と定め,同項2号は「指定役務の提供又は指定役務の提供をすること若しくは指定役務の提供を受けることの取次ぎ」を掲げている。
つまり,冠婚葬祭のサービスを受ける前に,その対価を2か月以上・3回以上に分けて払い込む仕組みが前払式特定取引である。

(2) 指定役務としての婚礼と葬式

割賦販売法施行令1条4項は,「法第二条第六項の政令で定める役務は、別表第二に掲げる役務とする。」と定める。
同令別表第二は,第1号で「婚礼(結婚披露を含む。)のための施設の提供、衣服の貸与その他の便益の提供及びこれに附随する物品の給付」を,第2号で「葬式のための祭壇の貸与その他の便益の提供及びこれに附随する物品の給付」を掲げている。
互助会の「冠」(婚礼)と「葬」(葬式)の役務は,いずれもこの別表第二の指定役務に当たる。

2 経済産業大臣の許可制と解約手数料の位置付け
(1) 許可制

割賦販売法35条の3の61は,「前払式特定取引は、経済産業大臣の許可を受けた者でなければ、業として営んではならない。」と定める(同条ただし書の例外を除く。)。
互助会は,この許可を受けて営業している。

(2) 解約手数料の上限を定める民事上の規定がないこと

割賦販売法6条1項は,割賦販売の方法による契約が解除された場合の損害賠償等の額を制限しており,同項3号は,役務の提供の開始前に解除された場合について,「契約の締結及び履行のために通常要する費用の額」を上限としている。
しかし,京都地方裁判所平成23年12月13日判決は,同号は前払式特定取引には適用されず,類推適用する基礎も欠くと判断した。

(続きを読む...)冠婚葬祭互助会の解約手数料はいくらまで有効か―消費者契約法9条,特定商取引法10条及び裁判例(AI作成)

格安葬儀の広告と葬儀社とのトラブル―景品表示法の処分例,クーリング・オフの可否,消費者契約法及び裁判例(AI作成)

目次第1 本記事の対象と基準日第2 金宝堂に対する措置命令(令和8年9月18日)1 命令の対象となった表示と実際の価格2 CM画面の注記と命令の内容第3 葬儀業者に対する景品表示法の処分の系譜1 平成29年から令和8年までの7件2 処分例に共通する表示の型第4 打消し表示についての消費者庁の考え方1 動画広告の打消し表示2 追加料金型の打消し表示第5 国民生活センターの相談統計と事例1 相談件数と相談内容2 公表された3つの事例3 国民生活センターの助言第6 相談を受けたときの法的構成1 クーリング・オフは原則として使えない2 消費者契約法による取消し3 キャンセル料の一部無効4 景品表示法違反と被害者個人の請求第7 葬儀社と遺族の紛争に関する裁判例1 契約の当事者は誰か2 契約前の搬送と困惑による取消し3 生活保護葬での意向確認と慰謝料4 葬儀費用の最終的な負担者第8 Googleマップの口コミの見方第9 互助会の解約と結婚式場のキャンセル料との違い第10 実務のチェックリスト1 葬儀社を決める前2 契約後にトラブルになったとき第11 関連記事第12 出典1 法令・告示2 裁判例3 行政処分(消費者庁の報道発表)4 所管行政機関の資料・Q&A5 統計・相談事例
第1 本記事の対象と基準日

本記事は,テレビCM,インターネット広告,チラシ等に表示された低価格の葬儀プランを見て葬儀社に依頼したところ,見積額や請求額が広告の価格を大きく上回ったという場面を扱う。
想定する読者は,葬儀の見積もりや請求に納得できない遺族と,死後事務や相続の相談の中でこの種の相談を受ける弁護士である。

まず,令和8年9月18日に消費者庁が株式会社金宝堂に対して行った措置命令と,平成29年以降に葬儀業者に対して行われた景品表示法の処分例を,消費者庁の公表資料に基づいて整理する。
次に,国民生活センターが公表した相談統計と事例を確認した上で,相談を受けたときに検討する法律(特定商取引法,消費者契約法,民法及び景品表示法)と,葬儀社と遺族の間の裁判例を取り上げる。

本記事の基準日は令和8年9月20日である。
条文はe-Gov法令検索で基準日時点の現行条文を確認した。
個別の事業者名は,消費者庁が公表した処分の対象となった事業者に限って記載する。
取り上げる下級審の裁判例は,いずれも個別の事案についての判断であり,同種の事案で同じ結論になることを保証するものではない。

第2 金宝堂に対する措置命令(令和8年9月18日)
1 命令の対象となった表示と実際の価格
(1) テレビCMの表示

消費者庁は,令和8年9月18日,株式会社金宝堂(東京都渋谷区)に対し,景品表示法7条1項に基づく措置命令(消表対第807号)を行った。
違反とされたのは,価格その他の取引条件についての有利誤認表示を禁止する同法5条2号である。
対象は,「小さな森の家」という屋号で提供する「貸切ホールを用いる家族葬に係る葬儀サービス」であり,表示媒体は地上波放送のテレビCMである。
表示期間は,令和7年3月1日から同年5月31日までのうちの一部の期間である。

CMでは,花飾りを背景に,「1日1組限定」との音声と共に「1日1組 貸切ホール」との文字,「選べるホールがこんなに」との音声と共に「えらべるホールがこんなに」との文字が映され,続いて「お得なプランがこの価格から」との音声と共に「家族葬 10.45万円~ (税込)」との文字が映された。
消費者庁は,これにより,あたかも貸切ホールを用いる家族葬が「最低料金として10万4500円で提供されるかのように表示していた」と認定した。

(2) 実際の最低額と報道の「約3倍」

これに対し,実際には,貸切ホールを用いる家族葬の提供を受けるには,「僅かな場合を除き,30万8000円以上の費用が必要であった」と認定されている。
一部の報道はこれを「約3倍」と伝えたが,30万8000円を10万4500円で割ると約2.95倍であり,「約3倍」は丸めた表現である。
消費者庁の発表資料及び命令書には「3倍」という語はない。

2 CM画面の注記と命令の内容
(1) 別紙の画像に写る注記

消費者庁の発表資料の別紙には,CMの画面が画像で添付されている(PDF7頁)。
その画像を見ると,「家族葬 10.45万円~」の画面の下部に,小さな文字で,「会員割引適用価格」,「こちらの料金は火葬式プランになります。」,「10.45万円のプランはお付き添い面会はできません。」,「火葬料金は別途お客様負担になります。」,「事前に資料請求と会員登録が必要です。」,「資料請求・会員登録・年会費無料」という注記が表示されている。
この読み取りは,本記事が別紙の画像から行ったものであり,消費者庁が命令書の中で認定した事実ではない。
命令書の本文は注記に言及しておらず,注記が付されていても,表示全体として5条2号に当たると判断されたものと考えられる。

画像の注記によれば,10.45万円は火葬式プランの会員割引価格であり,CMが音声と映像で強調していた「貸切ホール」の家族葬の価格ではなかったと読める。

(続きを読む...)格安葬儀の広告と葬儀社とのトラブル―景品表示法の処分例,クーリング・オフの可否,消費者契約法及び裁判例(AI作成)

がん保険の放射線治療と「50グレイ以上」要件―旧約款の由来,既契約への適用,短期照射及び給付金が支払われないときの対応(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 「50グレイ以上」要件の内容と由来1 旧来の手術給付表の文言2 要件が置かれた経緯と見直しの動き第3 短期照射(寡分割照射)では50グレイに届かないこと第4 保険会社ごとの扱いと既契約への適用1 既存の契約にも撤廃を及ぼした例2 契約の時期によって要件が残る例3 点数表連動型でも線量要件が残る例4 撤廃の広がりと給付の実情第5 「50グレイ相当」の診断書で支払われるか1 裁定審査会で支払が認められなかった事案2 調査研究で報告された支払例第6 約款の文言を広げて読ませることはできるか1 別表の医学用語を通常の意味で読んだ最高裁判決2 術式の変遷を理由とする拡張を退けた裁判例3 本記事の調査で見当たらなかった裁判例4 点数表上の分類が決め手となった裁定例第7 給付金が支払われないときの確認と手続1 約款の版と特約を特定する2 改定のお知らせを確認する3 線量の記載と数え方を確認する4 生命保険相談所・裁定審査会と訴訟5 消滅時効に注意する6 公的医療保険の高額療養費7 これから加入し,又は見直す場合の確認事項第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例・裁定3 保険会社の公表資料4 職能団体・業界団体の資料5 文献
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,がん保険や医療保険の手術給付金・放射線治療給付金について,放射線の総線量が50グレイ以上であることを支払要件とする約款の定めを扱う。
乳がんの術後照射などで回数を減らした照射(寡分割照射)を受けると総線量が50グレイに届かないことがあり,加入している保険の約款にこの要件があると,給付金が支払われるかどうかが問題になる。
記載は,令和8年9月20日時点で確認できた保険会社の公表資料,生命保険協会の裁定概要,裁判例及び法令に基づく。
個々の保険の支払可否は,契約日,特約の種類及び適用される約款の版によって異なる。

2 結論
(1) 要件の有無は約款の版と特約で決まる

「50グレイ以上の照射」を条件とする定めは,旧来の手術給付表にあった文言であり,現在も一部の特約や契約時期の約款に残っている。
他方で,公的医療保険の放射線治療料の算定対象となる治療であれば線量を問わない型の約款も増えており,同じ保険会社でも契約の時期によって扱いが異なる。
既存の契約にまで撤廃を及ぼした保険会社もあるが,新しい契約だけに撤廃を適用した例も多い。

(2) 「相当」の診断書と約款の文言

主治医が「50グレイ相当の効果がある」と診断書に書いても,約款が総線量の数値を条件としている限り,支払われるとは限らない。
生命保険協会の裁定審査会でも,この種の申立てで保険会社に支払を求めなかった事案がある。
支払を受けられないときは,約款の版と保険会社の改定のお知らせを確認した上で,保険会社への再請求,生命保険相談所・裁定審査会又は訴訟を検討し,その間に保険金請求権の消滅時効(原則3年)が進むことに注意する。

第2 「50グレイ以上」要件の内容と由来
1 旧来の手術給付表の文言
(1) 手術給付表の「新生物根治放射線照射」

明治安田生命保険の手術保障特約の手術給付表(別表)は,改定前,「88.新生物根治放射線照射(50グレイ以上の照射で,施術の開始日から60日の間に1回の給付を限度とする。)」と定めていた。
同社の説明によれば,「50グレイ以上の照射」には「5,000ラド以上の照射」の場合を含む。
このように,放射線治療を手術給付表の一項目として給付の対象とし,その中で総線量の下限を定める形が旧来の典型である。

(2) 他社の約款の例

かんぽ生命保険が公表している簡易生命保険の特約約款(抜粋)の別表では,91番の「新生物根治放射線照射」に「一連の照射をもって50グレイ以上の照射を受けた場合に限ります。」との限定が付されている。
東京海上日動あんしん生命保険の「がん治療支援保険」(平成25年10月改定のご契約のしおり・約款)のがん手術特約条項の別表にも,「悪性新生物根治放射線照射(悪性新生物の治療を目的とした50グレイ以上の照射で,施術の開始日から60日の間に1回の給付を限度とする。)」とある。
番号や文言の細部は会社と商品によって異なるので,手元の約款の別表を直接確認する必要がある。

2 要件が置かれた経緯と見直しの動き
(1) 昭和56年の統一約款

順天堂大学の放射線治療医による調査研究(生命保険論集222号所収)は,この規定について,昭和56年(1981年)に「疾病・手術に関する全社統一約款」が作成された際,悪性腫瘍への放射線治療を手術の代替治療として手術等級表の一項目に加えたことに由来すると説明している。
同研究は,多くの民間医療保険会社及び共済で,放射線治療に対する給付を総線量50グレイ以上とする規定の商品が過去にあり,総線量が50グレイ未満となる寡分割照射に給付が行われない実態が問題となっていたとも述べている。

(続きを読む...)がん保険の放射線治療と「50グレイ以上」要件―旧約款の由来,既契約への適用,短期照射及び給付金が支払われないときの対応(AI作成)

デイサービスの送迎時の転倒事故と事業所の責任―予見可能性,過失相殺,遺族固有の慰謝料及び厚生労働省ガイドライン(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 東京地裁令和8年9月18日判決の報道1 報道された事実関係2 報道から分からない事項第3 福岡地裁平成28年9月12日判決1 事案2 予見可能性と安全配慮義務3 債務不履行責任と不法行為責任4 過失相殺と認容額第4 送迎の場面での転倒を扱った東京地裁の裁判例1 責任を認めた例―送迎バスの降車直後の転倒2 責任を否定した例―送迎車への乗車後の不意の降車3 責任を否定した例―帰りの送迎車を待つ間の転倒4 判例秘書で確認できなかった裁判例第5 責任を分ける事情1 到達点ではなく心身の状況と現場の危険2 受け取った資料と確認3 現場の危険と回避の手段4 防ぐことが難しい事故第6 法令と厚生労働省の資料1 居宅サービス基準2 厚労省ガイドライン3 事故報告4 送迎時の居宅内介助と報酬上の扱い5 厚生労働省の研究班の裁判例一覧第7 事業所と家族の実務1 事業所2 利用者・家族第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 所管行政機関の資料4 文献5 研究報告書6 報道
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,デイサービス(通所介護)やショートステイ(短期入所生活介護)の利用者が,事業所の送迎で自宅に送り届けられる際又はその直後に転倒した場合に,事業所がどのような場合に損害賠償責任を負うかを扱うものである。
東京地方裁判所が令和8年9月18日に言い渡したとされる判決(報道のみ。裁判所HP未掲載),福岡地方裁判所平成28年9月12日判決(裁判所HP掲載の全文),送迎の場面での転倒を扱った東京地方裁判所の3件の判決(いずれも裁判所HP未掲載で,判例秘書で全文を確認した),判例タイムズ1423号及び1425号に掲載された介護事故の裁判例の分析,指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号。以下「居宅サービス基準」という。)並びに厚生労働省老健局の「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」(令和7年11月。以下「厚労省ガイドライン」という。)を材料とする。
調査基準日は令和8年9月20日である。

事故後の請求を債務不履行構成と不法行為構成のどちらで行うかは,消滅時効を含めて人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方で扱っている。

2 結論

送迎時の転倒事故で事業所の責任を分けるのは,「玄関まで送ったか,建物の前で別れたか」という到達点そのものではなく,事業所がその利用者の心身の状況と現場の危険をどこまで把握し,又は把握できたか,そしてそれに見合った介助をしたかである。
福岡地裁平成28年9月12日判決は,3年以上の送迎で身体状況と自宅前の階段の危険を概ね認識していたことから転倒の予見可能性を認め,階段で利用者の身体から手を離した職員の介助について,契約上の安全配慮義務違反による債務不履行を認めた。
東京地裁令和8年9月18日判決も,報道によれば,筋力の低下や骨折による入院歴を記した資料を受け取っていた施設について,本人や親族に転倒歴を確認すれば危険を予測できたとして,注意義務違反を認めている。

送迎の場面の裁判例は,責任を認めたものばかりではない。
東京地裁平成15年3月20日判決は,送迎バスに運転手を兼ねた職員1名しか配置せず,降車させた利用者から目を離さざるを得なかった態勢を問題にして責任を認めた。
他方,東京地裁平成25年5月20日判決と東京地裁平成29年3月14日判決は,利用者の歩行能力や認知能力に照らして不意の行動を具体的に予見することは困難であったとして,転倒防止の義務違反を否定した(前者は,事故後に速やかに医師の診察を受けさせなかった点だけで慰謝料20万円を認めた)。

他方,家族側の事情も損害額の算定で考慮される。
福岡地裁は,自宅前の階段に昇降機を設けなかったことを理由に3割の過失相殺をし,東京地裁の事件でも,報道によれば,本人や親族が転倒への不安を積極的に示さなかったことが考慮された。

請求の構成にも差がある。
福岡地裁は債務不履行責任だけを認め,不法行為責任を否定したため,契約の当事者でない遺族固有の慰謝料は0円とされ,遅延損害金も請求の時からとされた。

厚労省ガイドラインは,送迎時には「安全なところまで介助をして送り届ける」ことと,どこまで見届けるかを契約時に確認することを求めている。
事業所は利用者ごとに見届ける範囲を決めて記録し,利用者の状態が変わったときに見直すことが,事故の防止にも紛争の予防にもつながる。

第2 東京地裁令和8年9月18日判決の報道
1 報道された事実関係
(1) 事故と請求

NHKの令和8年9月18日の報道によれば,令和5年12月,東京都墨田区の介護施設でデイサービスを利用した当時87歳の女性が,自宅のアパートに送迎された後,1人で2階に上がる際に階段で転倒し,死亡した。
遺族は,施設側が女性に付き添わなかったために事故が起きたとして,施設の運営会社と代表者に3400万円余りの賠償を求め,施設側は転倒を予測するのは困難だったと争った。

(2) 判決の骨子

報道によれば,東京地裁は,施設側が筋力の低下や腰の骨折による入院歴などを記した資料を受け取っていたことを指摘し,本人や親族などに過去の転倒歴などを確認すれば身体の状況を把握でき,危険を具体的に予測できたとして,注意義務を怠ったと判断した。
他方で,送迎に当たって本人や親族が転倒についての不安を積極的に示さなかった過失もあるとして,施設側に1800万円余りの賠償を命じたとされる。

2 報道から分からない事項

この判決は,令和8年9月20日時点で裁判所HPの裁判例検索に掲載されておらず,判決文を確認できない。

(続きを読む...)デイサービスの送迎時の転倒事故と事業所の責任―予見可能性,過失相殺,遺族固有の慰謝料及び厚生労働省ガイドライン(AI作成)

貸付用不動産・不動産小口化商品の相続税評価の見直し――国税庁の通達案(令和8年9月18日)と令和9年以後の相続・贈与(AI作成)

目次第1 この記事が扱う対象と時点1 対象とする見直し2 調査基準日と資料の段階第2 見直しに至る経緯1 国税庁が示した評価額と取引価額の開き2 令和8年度税制改正大綱3 通達案の公表と意見募集第3 課税時期前5年以内に取得等した貸付用不動産1 対象となる貸付用不動産2 評価の方法3 対象から除かれるもの4 同族会社の株式の純資産価額との関係第4 不動産小口化商品(特定小口化商品)1 対象となる権利2 評価の方法第5 適用時期と贈与・購入の関係1 令和9年1月1日以後の相続,遺贈又は贈与2 令和8年中の贈与――加算は贈与の時の価額3 令和8年中の購入――相続が令和9年以後なら対象4 相続時精算課税の基礎控除110万円第6 総則6項との関係1 通達案の対象外でも総則6項は残る2 相続直前の不動産取得に関する裁判例3 旧租税特別措置法69条の4との比較第7 相談の際に確認する事項第8 出典1 法令2 通達・通達案3 裁判例4 税制改正大綱・政府税制調査会の資料
第1 この記事が扱う対象と時点
1 対象とする見直し

この記事は,賃貸マンション等の貸付用不動産と,不動産小口化商品について,相続税・贈与税の評価方法を見直す国税庁の法令解釈通達案「貸付用不動産の評価について(案)」を扱う。
見直しの中心は,①課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産と,②不動産特定共同事業契約等による不動産小口化商品を,路線価等による評価ではなく,原則として課税時期における通常の取引価額で評価することにある。
通達案は,令和9年1月1日以後に相続,遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用するとしている。

2 調査基準日と資料の段階

本記事は,令和8年9月19日時点で,e-Govのパブリックコメント(案件番号410080055)に掲載された通達案・概要・実施要領,財務省の令和8年度税制改正大綱,政府税制調査会の資料及び議事録,e-Gov法令検索の相続税法・租税特別措置法・不動産特定共同事業法,裁判所ウェブサイトの裁判例を確認して作成した。
通達案は,国税庁が令和8年9月18日に意見募集を始めたものであり,募集期間は同年10月18日までである。
確定した通達ではないから,意見募集の結果によって文言が変わる可能性がある。
特に,経過措置の基準日となる「通達制定日」は,通達案では「令和8年●月●日」と空欄になっている。

第2 見直しに至る経緯
1 国税庁が示した評価額と取引価額の開き
(1) 一棟賃貸マンションの駆け込み取得の事例

国税庁は,令和7年11月13日の政府税制調査会「経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合」に,説明資料「財産評価を巡る諸問題」を提出した。
同資料5頁の事例②は,被相続人が相続開始の約2年8か月前に主宰法人から22億円を借り入れ,一棟賃貸マンションを21.0億円で購入したものである。
このマンションの通達評価額は4.2億円で,取得価額の約5分の1(資料の表記では「4.99倍」)にとどまり,相続税額は12.3億円から4.4億円に減ったとされている。
同資料7頁は,相続開始前の駆け込み取得の事例では,かい離が「3倍超(中央値)」であったとしている。

(2) 不動産小口化商品の贈与の事例

同資料6頁の事例③は,68歳の贈与者が不動産小口化商品(信託受益権)を3,000万円で購入し,約5か月後に9歳の受贈者に贈与した事例である。
通達評価額は480万円で,受贈者は贈与後にこれを取得価額とほぼ同額で売却して現金化したとされている。
同資料9頁は,不動産小口化商品の贈与事例3件を挙げ,評価額の減少割合を▲82.8%,▲83.8%,▲78.2%としている。
同会合の議事録によれば,国税庁の担当者は,事例②の評価額について「約80%減」と説明している(議事録7頁)。
いわゆる「8割減」は,これらの個別事例の数値であり,貸付用不動産全体の平均値として示されたものではない。

2 令和8年度税制改正大綱

令和7年12月26日に閣議決定された令和8年度税制改正大綱は,資産課税の「相続税等の財産評価の適正化」として,「相続税法の時価主義の下、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえ、その取引実態等を考慮し、次の見直しを行う。」とした(大綱52頁)。
大綱は,被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得又は新築をした一定の貸付用不動産と,不動産特定共同事業契約又は信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産について,課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するとした。
また,大綱は,この改正を「通達に定める日」と書いており,法律の改正ではなく通達で行うことを前提としている。

3 通達案の公表と意見募集

国税庁は,令和8年9月18日,「貸付用不動産の評価について」の法令解釈通達(案)を公表し,意見募集を始めた。

(続きを読む...)貸付用不動産・不動産小口化商品の相続税評価の見直し――国税庁の通達案(令和8年9月18日)と令和9年以後の相続・贈与(AI作成)

民法248条の償金請求権-付合・混和・加工で権利を失った場合の要件と請求額(AI作成)

目次第1 民法248条の償金請求で最初に確認すること1 所有権を取り戻す請求ではなく金銭調整の請求である2 検討は四つの段階に分ける第2 民法242条から247条までの権利変動1 不動産への付合2 動産の付合,混和及び加工3 付合等によって消滅するその他の権利4 「混和」と「混同」は別の制度である第3 誰が誰に請求できるか1 請求者は付合等によって損失を受けた者である2 相手方は付合等によって利益を受けた者である3 契約による費用負担を先に読む第4 償金額と民法703条・704条1 善意の受益者は現に利益を受ける限度で返還する2 悪意の受益者には利息等が加わる3 投下費用の全額が常に償金になるわけではない第5 建物設備と建築工事の裁判例1 最高裁令和7年12月23日判決はLPガス配管の付合を認めた2 同判決は民法248条の償金請求を判断していない3 東京地裁平成15年1月29日判決は具体的事情の下で償金を認めた第6 消滅時効,留置権及び民事訴訟法248条1 消滅時効は権利発生時期と認識時期を確認する2 償金請求権があれば当然に留置できるわけではない3 民事訴訟法248条とは役割が異なる第7 請求前に集める資料1 付合前の所有権と契約関係を示す資料2 付合等の状態を示す資料3 損失と受益の金額を示す資料4 善意・悪意と時効を示す資料第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 その他の資料
第1 民法248条の償金請求で最初に確認すること
1 所有権を取り戻す請求ではなく金銭調整の請求である

民法248条は,民法242条から247条までの規定の適用によって損失を受けた者が,民法703条及び704条に従って償金を請求できると定める。
例えば,他人の建物に取り付けた設備が建物に付合し,独立した所有権の対象でなくなった場合に,失われた所有権そのものを当然に取り戻せるわけではない。
その財産移転による不均衡を金銭で調整するのが償金請求である。

したがって,「代金を払った」「材料を提供した」という事情だけで民法248条の請求が直ちに成立するわけではない。
まず,民法242条から247条までのどの規定によって誰の権利が失われ,誰が利益を受けたのかを確定する必要がある。

2 検討は四つの段階に分ける

第1に,付合前に材料,設備又は未完成建物を誰が所有していたかを確認する。
所有権留保,売買予約,下請契約などの文言があっても,その合意が締結される前に付合が生じていれば,契約の文言だけで付合前の所有権を説明することはできない。
第2に,不動産への付合,動産の付合・混和又は加工のどれに当たるかを確認する。
第3に,契約によって設置費用や価値が既に精算されていないかを確認する。
第4に,受益者の利益と請求者の損失を金額で立証する。
この順序を崩すと,所有権の問題と金銭請求の問題が混同されやすい。

第2 民法242条から247条までの権利変動
1 不動産への付合

民法242条本文によれば,不動産の所有者は,その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。
もっとも,権原によって付属させた他人の物については,同条ただし書により,付属させた者の権利が保護される場合がある。

付合の判断では,物理的に外せるかどうかだけでなく,撤去による建物や設備の損傷,復旧に必要な費用,建物の構造に合わせた設置状況,一体として利用される機能,撤去後の物の価値及び独立した取引市場の有無などが問題となる。
民法242条ただし書は,付属させた物が不動産とは別個の存在を失っていない場合に働くため,物が不動産と一体化して独立性を失えば,権原があることだけで所有権が残るとは限らない。

2 動産の付合,混和及び加工

民法243条から245条までは,異なる所有者の動産が付合して分離できなくなった場合,混和して識別できなくなった場合及び主従を区別できない場合の所有権を定める。
主たる動産の所有者が合成物を取得する場合もあれば,価格の割合に応じた共有となる場合もある。

民法246条は,他人の動産に工作を加えた加工について,原則として材料所有者に加工物の所有権を帰属させつつ,工作によって生じた価格が材料価格を著しく超えるときなどには加工者に帰属させる。
民法248条の償金請求を検討する前提として,これらの規定による最終的な所有権帰属を先に確定する必要がある。

3 付合等によって消滅するその他の権利

民法247条は,付合,混和又は加工によって物の所有権が消滅したときは,その物について存在するその他の権利も原則として消滅すると定める。
反対に,その物の所有者が合成物等の単独所有者となったときは,従前の権利が合成物等について存続する場合がある。

民法248条の「損失を受けた者」は,材料や設備の所有権を失った者に限られず,民法247条によって物上の権利を失った者を含み得る。

(続きを読む...)民法248条の償金請求権-付合・混和・加工で権利を失った場合の要件と請求額(AI作成)

社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査-初動,証拠保全,事情聴取及び調査の限界(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 発覚直後の初動1 被害拡大と証拠消失を防ぐ2 「疑い」を複数の仮説に分ける第3 証拠別の保全と確認1 現金,商品及び会計資料2 防犯カメラと入退室記録3 メール,操作ログ及び会社端末4 私物端末と個人アカウント第4 事情聴取の順序と方法1 客観証拠と周辺者を先に確認する2 従業員はいつでも調査に協力する義務を負うわけではない第5 所持品,ロッカー及び机の調査1 所持品検査には厳しい条件がある2 拒否された場合の限界第6 調査結果から次の対応へ進む1 調査報告書は事実,推認及び未確認を分ける2 懲戒・解雇は調査と別に判断する3 損害回収と賃金支払は分ける4 警察相談は社内調査の「最後」とは限らない第7 内部通報から発覚した場合1 通報者の特定と不利益取扱いを防ぐ2 令和8年12月1日施行の改正と区別する第8 社内調査の実務チェックリスト第9 関連する山中弁護士ブログの記事第10 出典・確認状況1 法令2 裁判例3 法令上の指針4 行政機関等の解説及び実務資料
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,令和8年9月19日現在,従業員が会社の現金,商品,備品その他の財物を持ち出した疑い,又は業務上占有する会社の金銭を私的に流用した疑いが生じたときに,会社が行う社内調査の標準的な手順と限界を整理するものである。

調査の対象は「犯罪があったか」だけではない。被害額及び期間,関与者,会計処理,保管・承認手続,内部統制上の不備並びに再発防止策も含む。

役員自身の不正,粉飾決算,賄賂,キックバック,反社会的勢力及び国外拠点を含む大規模不祥事は,調査主体,公表,金融商品取引法上の開示その他の論点が加わるため,別途の検討を要する。

2 結論

最初に行うべきことは,本人を問い詰めることではなく,被害の拡大を止め,客観証拠の消失を防ぐことである。

その後,①調査する事実と期間を仮に定める,②会計資料,防犯カメラ,入退室記録,メール及び操作ログ等の客観証拠を保全する,③通報者及び周辺者から聴取する,④客観証拠と供述の不一致を整理した上で本人を聴取する,⑤本人の説明及び反証を検証する,という順序が基本形となる。

会社は企業秩序違反の事実を調査できるが,警察のような強制捜査権限を有しない。調査の目的,必要性,対象,方法及び程度を絞り,従業員のプライバシー,名誉,私物の所有権及び通報者の保護と均衡させる必要がある。

第2 発覚直後の初動
1 被害拡大と証拠消失を防ぐ
(1) 本人に知らせる前に保全する

現金の不足,棚卸差異,不自然な振込み又は経費精算が見つかった場合,その場で本人へ電話したり,職場の一斉メールで事情を尋ねたりすると,データ削除,帳票差替え,共犯者への連絡又は供述の口裏合わせの機会を与えることがある。

先に,当該時期の金種表,レジ及び金庫記録,会計伝票,預金取引明細,在庫データ,稟議・承認履歴,防犯カメラ映像,入退室記録,業務用アカウントのログ及びバックアップの保存期間を確認する。

被害継続の現実的な危険があるときは,業務継続への影響を考慮しつつ,決済権限,倉庫への入場権限,金庫の鍵,カード,業務用アカウント及びデータ削除権限を見直す。ただし,アカウント停止や端末の電源操作そのものが証拠を変化させることがあるため,情報システム担当者又はデジタル・フォレンジックの専門家と方法を選ぶ。

(2) 調査チームと情報共有範囲を決める

調査の責任者,証拠の取得担当者,会計・システムの分析担当者,事情聴取者及び最終判断者を決める。一人に取得,保管,分析及び判断を集中させず,誰が,いつ,何を,どの状態で受け取り,どこに保管したかを記録する。

疑われている者の直属上司,会計処理を承認した者又は通報の対象とされた幹部を,そのまま調査の指揮者にしてはならない。調査の秘密性は必要であるが,「他の部門に知らせない」ことと,利益相反のある人物に調査を任せることは別問題である。

2 「疑い」を複数の仮説に分ける
(1) 事実を日時,金額及び行為に置き換える

「横領したらしい」という評価のままでは調査対象として粗い。①いつ,②どの口座,金庫,店舗又は倉庫で,③いくら又は何が減少し,④どの伝票,承認,出庫又は送金操作が対応し,⑤誰がその操作及び財物にアクセスできたか,という命題に分解する。

調査範囲は,被害が疑われる期間とその前後,同じ手口が可能な取引類型,同じ権限を持つ者とする。最初から全社員のメール,全期間の端末及び全ての私生活情報へ広げるのではなく,新たな根拠が出たときに範囲を更新する。

(2) 不正以外の説明も残す

現金不足や使途不明金の原因には,①窃盗又は横領,②会計又は棚卸しのミス,③承認済み支出の未記帳,④仮払金又は立替金の未精算,⑤システムの反映遅延,⑥権限共有・代理操作による操作者誤認等があり得る。

調査は,不利益な仮説を裏付ける資料だけでなく,それを弱める資料も集める。本人の弁明を後から「新しい言い訳」と扱わないため,事情聴取前に会社が確認していた資料と仮説を日付付きで残す。

第3 証拠別の保全と確認
1 現金,商品及び会計資料
(1) 現物の状態を複数人で固定する

現金,商品,回収物又は証票類は,保管場所及び施錠状況を撮影し,複数人で数量,金種,製造番号,日付,文書の種類及び欠番を確認する。コピーや写真を取る場合も,原本の保管者,取得日時,取得方法及び保管場所を記録する。

(続きを読む...)社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査-初動,証拠保全,事情聴取及び調査の限界(AI作成)

少数株主が会社の業務と財産を調べる方法―会計帳簿の閲覧,業務検査役,2項調査者,総会検査役と改正案(AI作成)

目次第1 本記事の対象と手段の一覧第2 書類の閲覧から始める1 計算書類等と株主総会議事録2 取締役会議事録と株主名簿第3 会計帳簿の閲覧謄写(会社法433条)1 議決権又は株式数の3%以上2 請求の理由を具体的に示す3 会社が請求を拒める場合4 会社が応じないとき第4 業務検査役(会社法358条)1 申立ての要件2 選任された後の手続3 申立て後に持株の割合が下がった場合第5 株主総会で選任する調査者(2項調査者)1 制度の仕組み2 同族会社で使う場合の注意第6 総会検査役(会社法306条)1 申立ての要件,時期及び費用2 報告書の使われ方第7 調査の制度に関する改正案1 2項調査者を廃止して業務検査役に置き換える案2 総会検査役の申立権者に取締役・監査役を加える案3 株主総会の招集請求の要件を5%に引き上げるかの問題提起4 改正案の位置付け第8 出典1 法令2 裁判例3 裁判所の案内4 株式会社東芝の公表資料5 法制審議会の資料
第1 本記事の対象と手段の一覧

同族会社などで経営に関与していない株主が,会社の財産が不当に流出していないか,役員の報酬や取引が適正かを確かめたいと考えても,株主が見られる資料は法律で決まっている。
会社法は,株主が会社の業務と財産を調べる手段として,書類の閲覧謄写,会計帳簿の閲覧謄写,裁判所が選任する検査役,株主総会で選任する調査者を用意しているが,手段ごとに,必要な持株の割合,裁判所の関与の有無及び得られる情報が異なる。

本記事は,令和8年9月19日を基準に,会社法の条文と,裁判所ウェブサイト又は判例秘書で確認した裁判例を基に,これらの手段の要件と使い分けを説明する。
あわせて,法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会で検討されている,2項調査者の制度を廃止して裁判所が選任する業務検査役に置き換える案など,調査の制度に関する改正案を紹介する。
改正案は令和8年9月19日時点で事務当局の提案の段階にあり,法律として成立していない。

主な手段は次の表のとおりである。

手段必要な持株裁判所の関与調べられるもの計算書類等の閲覧(442条)1株でよいなし計算書類,事業報告,附属明細書等会計帳簿の閲覧謄写(433条)議決権又は発行済株式の3%以上拒まれたら訴え会計帳簿とこれに関する資料業務検査役(358条)議決権又は発行済株式の3%以上裁判所が選任業務と財産の状況2項調査者(316条2項)総会招集請求に議決権の3%以上なし(総会が選任)業務と財産の状況総会検査役(306条)議決権の1%以上裁判所が選任株主総会の招集手続と決議の方法
第2 書類の閲覧から始める
1 計算書類等と株主総会議事録

計算書類,事業報告及びこれらの附属明細書は,株主であれば持株の数にかかわらず,会社の営業時間内いつでも閲覧を請求でき,会社の定めた費用を支払えば謄本等の交付も請求できる(会社法442条3項)。
株主総会の議事録も,株主は営業時間内いつでも閲覧又は謄写を請求できる(会社法318条4項)。
これらの請求には,会計帳簿の閲覧のような持株の要件も,請求の理由を明らかにする要件もない。

2 取締役会議事録と株主名簿
(1) 取締役会議事録

取締役会の議事録は,株主がその権利を行使するため必要があるときに閲覧又は謄写を請求できる(会社法371条2項)。
ただし,監査役設置会社,監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社では,裁判所の許可を得なければならず(同条3項),裁判所は,閲覧等により会社等に著しい損害を及ぼすおそれがあると認めるときは許可をすることができない(同条6項)。

(2) 株主名簿

株主名簿は,請求の理由を明らかにして閲覧又は謄写を請求できる(会社法125条2項)。
他の株主と連絡を取って株主総会の招集請求や議案の提出をするための持株を集めるときは,株主名簿が出発点になる。

第3 会計帳簿の閲覧謄写(会社法433条)
1 議決権又は株式数の3%以上

会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求できるのは,総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主,又は発行済株式(自己株式を除く。)の100分の3以上の数の株式を有する株主である(会社法433条1項)。
定款でこれを下回る割合を定めることはでき,複数の株主が共同して請求し,合計で3%以上とすることも考えられる。
会計帳簿は,計算書類の基になる仕訳帳や総勘定元帳等であり,計算書類だけでは分からない個々の取引を確かめるための中心的な資料になる。

2 請求の理由を具体的に示す

請求は,その理由を明らかにしてしなければならない(会社法433条1項後段)。
最高裁平成2年11月8日判決は,旧商法の同じ規定について,新株の発行その他会社財産が適正妥当に運用されているかどうかを調べたいと記載しただけの請求は,理由を記載してされたものとはいえないとした事例である。
最高裁平成16年7月1日判決は,請求の理由は具体的に記載されなければならないが,記載された理由を基礎付ける事実が存在することまで立証する必要はないとした。

(続きを読む...)少数株主が会社の業務と財産を調べる方法―会計帳簿の閲覧,業務検査役,2項調査者,総会検査役と改正案(AI作成)

株主総会の書面決議(会社法319条)―株主全員の同意,議事録・登記,連絡の取れない株主と改正案(AI作成)

目次第1 株主総会の書面決議とは第2 書面決議の要件1 提案をする者2 議決権を行使することができる株主の全員の同意3 書面又は電磁的記録による同意第3 書面決議の効果1 可決の決議があったものとみなされる2 定時株主総会の終結と取締役の任期3 報告事項の省略と計算書類の備置き第4 書面決議の後の手続1 同意書面の備置きと閲覧2 議事録の作成3 登記の添付書面と株主リスト第5 株主全員の同意が得られない場合1 書面決議は成立しない2 招集手続の省略と全員出席総会3 連絡が取れない株主がいる場合第6 取締役会の書面決議との違い第7 議決権の10分の9以上の同意で足りるとする改正案1 部会資料14の提案の内容2 中間試案からの変更点3 改正案の位置付けと注意点第8 出典1 法令2 裁判例3 法務省・法務局の資料4 法制審議会の資料
第1 株主総会の書面決議とは

株主総会の書面決議とは,株主総会を開かずに,株主全員が書面又は電磁的記録(電子メール等)で提案に同意することによって,その提案を可決する株主総会の決議があったものとみなす制度である(会社法319条1項)。
条文の見出しは「株主総会の決議の省略」であり,「みなし決議」とも呼ばれる。
株主が数名の同族会社や,親会社が全株式を持つ子会社では,株主全員の同意を集めやすいから,定時株主総会の計算書類の承認や役員の選任をこの方法で行うことが考えられる。

本記事は,令和8年9月19日を基準に,会社法,会社法施行規則,商業登記法及び商業登記規則の条文,法務省・法務局の公表資料並びに判例秘書で全文を確認した下級審の裁判例を基に,書面決議の要件,効果,決議後の議事録と登記,全員の同意が得られない場合の選択肢を説明する。
あわせて,法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会で検討されている,非上場会社に限って議決権の10分の9以上の同意で足りるとする改正案を紹介する。
改正案は令和8年9月19日時点で事務当局の提案の段階にあり,現行法は株主全員の同意を要する。

第2 書面決議の要件
1 提案をする者

書面決議の出発点は,取締役又は株主が,株主総会の目的である事項について提案をすることである(会社法319条1項)。
株主も提案をすることができるから,株主全員が賛成していれば,株主の側から書面決議を成立させることもできる。

2 議決権を行使することができる株主の全員の同意
(1) 同意が必要な株主の範囲

同意が必要なのは,「当該事項について議決権を行使することができるもの」に限った株主の全員である(会社法319条1項括弧書)。
そのため,議決権制限株式しか持たず,その事項について議決権を行使できない株主の同意は要らない。
反対に,議決権を行使できる株主は,保有する株式が1株でも,連絡が取れない状態であっても,同意を得る対象から外れない。

(2) 多数決ではない

書面決議は,普通決議や特別決議の要件(会社法309条1項・2項)を満たせば成立するものではない。
議決権の99%を持つ株主が同意していても,残りの1人が同意しなければ,決議があったものとはみなされない。

(3) 決議の種類を問わない

会社法319条1項は,対象となる事項を限定していない。
計算書類の承認や役員の選任のような普通決議の事項だけでなく,定款変更のような特別決議の事項も,株主全員が同意すれば書面決議で可決できる。

3 書面又は電磁的記録による同意
(1) 口頭の同意では足りない

同意の意思表示は,書面又は電磁的記録でしなければならない(会社法319条1項)。
口頭や電話で「賛成する」と伝えただけでは足りない。
電子メールで同意する場合も,後に閲覧・謄写の対象となるので(同条3項2号),会社は同意のメールを保存しておくことになる。

(2) 株主が会社である場合の同意

株主が会社(法人)である場合,その代表者がする同意について,東京地裁令和元年9月3日判決は,会社法319条1項に基づく同意の意思表示は意思表示に準じたものであり,民法の一般原則が適用されるとした。

(続きを読む...)株主総会の書面決議(会社法319条)―株主全員の同意,議事録・登記,連絡の取れない株主と改正案(AI作成)

支配株主が変わる第三者割当て(会社法206条の2)―株主への通知,反対通知と株主総会,手続違反と新株発行の無効(AI作成)

目次第1 会社法206条の2が適用される場面第2 株主への通知1 通知が必要になる場合2 通知の期限と通知事項3 公告による代替と通知の省略第3 反対通知と株主総会の承認1 10分の1以上の議決権を持つ株主の反対通知2 決議の要件3 株主総会を要しない例外第4 株主総会の招集通知と株主名簿上の住所1 株主名簿上の住所に宛てて発すれば足りる2 新しい住所を知りながら旧住所に送った場合第5 手続に違反した新株発行の効力1 新株発行の無効の訴え2 最高裁が示した無効原因の考え方3 株主総会の承認を経ずにした発行を無効とした裁判例4 通知の欠缺と招集手続の瑕疵第6 株主と会社が確認しておく事項第7 出典1 法令2 裁判例
第1 会社法206条の2が適用される場面

公開会社は,取締役会の決議で募集株式の発行(第三者割当て)をすることができる(会社法201条1項)。
しかし,引受人が株主となった結果,その引受人が総株主の議決権の過半数を持つことになる場合は,会社の支配権が移るため,会社法206条の2の特則が適用される。

特則の中身は,次の3点である。
①払込期日の2週間前までに,株主に引受人の情報などを通知する(同条1項)。
②総株主の議決権の10分の1以上を持つ株主が反対を通知したときは,株主総会の決議で割当ての承認を受ける(同条4項本文)。
③財産の状況が著しく悪化し,事業の継続のため緊急の必要があるときは,株主総会を要しない(同項ただし書)。

本記事は,令和8年9月19日を基準に,会社法と会社法施行規則の条文,新株発行の無効に関する最高裁判例と,206条の2に違反した新株発行を無効とした東京地裁の判決を基に,この手続と,手続に違反した場合に株主が取り得る手段を説明する。
会社法の最高裁判例の全体は会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引で,会社法の改正経緯は会社法(平成17年法律第86号)の改正経緯で扱っている。

第2 株主への通知
1 通知が必要になる場合

公開会社は,引受人(その子会社等を含む。)が引き受けた募集株式の株主となった場合に有することとなる議決権の数の,引受人全員が株主となった場合における総株主の議決権の数に対する割合が2分の1を超える場合には,株主に通知しなければならない(会社法206条の2第1項)。
この引受人を特定引受人という。
ただし,特定引受人が会社の親会社等である場合と,株主に株式の割当てを受ける権利を与えた場合(株主割当て)は,通知は要らない(同項ただし書)。

2 通知の期限と通知事項

通知は,払込期日(払込期間を定めた場合はその初日)の2週間前までにしなければならない(会社法206条の2第1項)。
通知すべき事項は会社法施行規則42条の2が定めており,次のとおりである。
①特定引受人の氏名又は名称及び住所
②特定引受人が株主となった場合に有することとなる議決権の数
③その募集株式に係る議決権の数
④引受人全員が株主となった場合における総株主の議決権の数
⑤特定引受人への割当てに関する取締役会の判断及びその理由
⑥社外取締役を置く会社で,取締役会の判断が社外取締役の意見と異なる場合はその意見
⑦特定引受人への割当てに関する監査役,監査等委員会又は監査委員会の意見

3 公告による代替と通知の省略

通知は公告をもって代えることができる(会社法206条の2第2項)。
また,払込期日の2週間前までに金融商品取引法に基づく届出をしている場合など,株主の保護に欠けるおそれがないものとして法務省令で定める場合は,通知を要しない(同条3項,会社法施行規則42条の3)。
この通知は,公開会社が取締役会で募集事項を定めたときに株主へ通知又は公告すべき募集事項の通知(会社法201条3項・4項)とは別のものである。

第3 反対通知と株主総会の承認

(続きを読む...)支配株主が変わる第三者割当て(会社法206条の2)―株主への通知,反対通知と株主総会,手続違反と新株発行の無効(AI作成)

抵当権を持つ債権者の破産債権届出―不足額責任主義,届出書の書き方,中間配当・最後配当で必要な証明(AI作成)

目次第1 担保権を持つ債権者は不足額についてだけ配当を受ける第2 債権届出書の書き方1 全額と不足見込額を分けて届け出る2 破産財団に属しない財産の担保権者(準別除権者)3 担保されない部分が生じた場合第3 破産管財人の認否第4 配当に参加するために必要な証明1 中間配当2 最後配当3 根抵当権の特則第5 民事再生手続との違い第6 担保権者が確認しておく事項第7 出典1 法令2 試験の出題趣旨
第1 担保権を持つ債権者は不足額についてだけ配当を受ける

破産者の財産に抵当権などの担保権を持つ債権者(別除権者)は,担保権を破産手続によらないで行使することができる(破産法65条1項)。
他方で,破産手続の配当には,担保権の行使によって弁済を受けることができない債権の額についてのみ参加することができる(同法108条1項本文)。
この考え方は,不足額責任主義と呼ばれる。

もっとも,破産債権の届出書に書く「破産債権の額」は,担保で回収できる部分を差し引いた不足額ではなく,被担保債権の全額である。
不足額は,届出書の別の欄に「弁済を受けることができないと見込まれる債権の額」として書く。
この区別は,令和7年司法試験予備試験の論文式試験(倒産法)の出題趣旨でも,届出の額を不足見込額と取り違えないよう注意が促された点である。

本記事は,令和8年9月19日を基準に,破産法の条文を基に,別除権者が破産債権を届け出る方法と,中間配当・最後配当に参加するために必要な証明を説明する。
破産手続の電子化とオンラインの債権届出は破産手続のIT化――令和8年5月のウェブ期日と令和10年6月までに予定される全面デジタル化で,破産・個人再生の実務の全体は倒産事件の実務メモ―破産・個人再生・私的整理で扱っている。

第2 債権届出書の書き方
1 全額と不足見込額を分けて届け出る

破産債権の届出では,すべての破産債権者が,破産債権の額及び原因などを届け出る(破産法111条1項)。
別除権者は,これに加えて,別除権の目的である財産と,別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならない(同条2項)。

例えば,貸付金6000万円の担保として破産者の土地建物に抵当権を持ち,競売で4000万円を回収できると見込む債権者は,次のように届け出ることになる。
①破産債権の額 6000万円(貸付金)
②別除権の目的である財産 抵当権を設定した土地建物
③別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額 2000万円

①に不足見込額の2000万円を書いてしまうと,担保からの回収が見込みより少なかった場合に,届け出た額を超えて配当に参加することは難しくなると考えられる。
逆に,③の不足見込額はあくまで見込みであり,配当に参加するときは,後記のとおり実際の不足額を証明する必要がある。

2 破産財団に属しない財産の担保権者(準別除権者)

破産財団に属しない破産者の財産に抵当権などを持つ者も,別除権者と同じ扱いを受け(破産法108条2項),準別除権者と呼ばれる。
準別除権者も,別除権者と同じ事項を届け出る(同法111条3項)。

3 担保されない部分が生じた場合

被担保債権の全部又は一部が破産手続開始後に担保されないこととなった場合は,その部分の額について,破産債権者として権利を行使することができる(破産法108条1項ただし書)。
例えば,担保権を放棄した場合がこれに当たると考えられる。
担保の価値が乏しく,競売をしても回収の見込みが低いときは,担保権を放棄して全額で配当に参加するかどうかを比較することになる。

第3 破産管財人の認否

破産管財人は,届け出られた破産債権について,破産債権の額などとともに,別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額についても認否を記載した認否書を作成する(破産法117条1項4号)。
認否書に認否の記載がない事項は,破産管財人が認めたものとみなされる(同条4項)。

(続きを読む...)抵当権を持つ債権者の破産債権届出―不足額責任主義,届出書の書き方,中間配当・最後配当で必要な証明(AI作成)

破産免責後の抵当権の消滅時効―民法396条の不適用と最高裁平成30年2月23日判決(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 前提となる条文1 民法396条2 抵当権自体の消滅時効3 破産免責の効力第3 平成30年2月23日判決1 事案2 原審の判断3 判旨4 補足意見第4 実務上の問題1 20年の起算点2 改正前民法と現行民法3 物上保証人・第三取得者の場合4 免責を受けていない場合第5 抵当権設定登記の抹消の方法1 抵当権者の協力が得られる場合2 抵当権者が応じない場合3 抵当権者の所在が分からない場合第6 関連記事第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,破産して免責許可の決定を受けた債務者の不動産に,抵当権(根抵当権を含む。)の登記だけが残っている場合に,その抵当権が時効によって消滅するか,消滅するとしていつ消滅し,登記をどう抹消するかを扱う。
中心となるのは,最高裁判所第二小法廷平成30年2月23日判決である。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した同日時点の民法・破産法・不動産登記法と,平成29年法律第44号による改正前の民法で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判示事項・裁判要旨と全文を確認した。
消滅時効の全体像は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

①免責許可の決定の効力を受ける債権は,訴えをもって履行を請求し強制的に実現することができなくなるから,その消滅時効の進行を観念することができない(最高裁平成11年11月9日判決)。
②抵当権は,債務者及び抵当権設定者に対しては,被担保債権と同時でなければ時効によって消滅しない(民法396条)が,被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合には,同条は適用されない(最高裁平成30年2月23日判決)。
③その場合,抵当権自体が,債務者及び抵当権設定者に対する関係でも,改正前民法167条2項所定の20年の消滅時効にかかる(同判決)。
現行法では,民法166条2項が同じく20年と定めている。
④抵当権自体の時効期間を被担保債権の種類に応じて5年や10年とする考え方は,同判決で否定された。
⑤20年の時効が完成し,これを援用すれば,債務者は抵当権者に対して抵当権設定登記の抹消登記手続を請求することができ,抵当権者が応じなければ判決を得て単独で抹消登記を申請することになる(不動産登記法63条1項)。
⑥20年の起算点(「抵当権を行使することができる時」)は同判決も判示しておらず,免責を受けた直後に抵当権の時効消滅を理由として抹消を求めることはできない。

第2 前提となる条文
1 民法396条

民法396条は,「抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。」と定める。
この規定は平成29年法律第44号による改正の前後で同じ文言である。
通常は,債務者や抵当権設定者は,被担保債権の消滅時効を援用して抵当権を消滅させることになり,抵当権だけの時効消滅を主張することはできない。

2 抵当権自体の消滅時効

現行の民法166条2項は,「債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定める。
改正前の民法167条2項は,「債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。」と定めていた。
平成30年2月23日判決は,抵当権がこの「債権又は所有権以外の財産権」に当たるとした。

3 破産免責の効力

破産法253条1項本文は,「免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。」と定める。
他方で,抵当権は別除権として破産手続によらないで行使することができ(破産法65条1項),免責許可の決定は,破産者以外の者が破産債権者のために供した担保に影響を及ぼさない(破産法253条2項)。
そのため,免責後も抵当権の登記は残り,抵当権者が競売を申し立てない限り,登記が長期間放置されることがある。

第3 平成30年2月23日判決
1 事案

(続きを読む...)破産免責後の抵当権の消滅時効―民法396条の不適用と最高裁平成30年2月23日判決(AI作成)

時効で消滅した債権で相殺できるか―民法508条と最高裁平成25年2月28日判決(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 結論2 本記事の対象と調査基準日第2 民法508条の要件と趣旨1 条文2 趣旨3 要件の整理第3 最高裁平成25年2月28日判決1 事案2 判示3 判決から導かれる実務上の注意第4 除斥期間への類推適用(最高裁昭和51年3月4日判決)第5 具体例と注意点1 日付による具体例2 相殺が禁止される場合3 時効期間の判断と経過措置4 訴訟での主張第6 関連記事第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 結論

時効によって消滅した債権でも,その債権が時効で消滅する前に相手方の債権と相殺に適する状態(相殺適状)になっていた場合には,その債権を自働債権として相殺することができる(民法508条)。
相手方が消滅時効を援用した後でも,この要件を満たせば相殺の効力は認められる。

最高裁平成25年2月28日判決は,民法508条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権が「その消滅時効期間が経過する以前に」受働債権と相殺適状にあったことを要するとした。
そして,受働債権が分割払の貸金のように弁済期の定めのある債権である場合には,受働債権の債務者(相殺をしようとする者)が期限の利益を放棄することができたというだけでは足りず,期限の利益の放棄又は喪失等により弁済期が現実に到来していることを要するとした。

したがって,自分の債権(例えば過払金返還請求権)の時効が迫っているのに,相手方に対する自分の債務(例えば分割払の借入金)の弁済期がまだ来ていない場合には,時効期間が経過する前に,期限の利益を放棄するなどして弁済期を現実に到来させ,相殺の意思表示をしておく必要がある。

2 本記事の対象と調査基準日

本記事は,時効によって消滅した債権を自働債権とする相殺(民法508条)を扱う。
相殺の要件や効果の全体,訴訟上の相殺の抗弁の既判力等は扱わない。

調査基準日は令和8年9月19日である。
条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した現行条文及び令和2年3月31日時点の条文と照合し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判決全文を確認した。
消滅時効全般の論点は,ハブ記事の消滅時効に関するメモ書きで整理している。

第2 民法508条の要件と趣旨
1 条文

民法508条は,「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。」と定める。
この条文は,平成29年法律第44号による改正の前後で文言が変わっていない。

相殺適状について,民法505条1項本文は,「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。」と定める。
相殺は当事者の一方から相手方に対する意思表示によってし(民法506条1項),その意思表示は双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼって効力を生ずる(同条2項)。

2 趣旨

平成25年判決は,民法508条の趣旨を「当事者の相殺に対する期待を保護する」ことにあると述べている。
双方の債権が相殺適状になれば,当事者は,いつでも相殺できる以上,改めて自分の債権を行使しなくても清算されたものと考えがちである。
その期待を,時効の完成によって裏切らないようにするのが民法508条である。

3 要件の整理

民法508条による相殺が認められるための要件は,次のように整理できる。
①自働債権が時効によって消滅したこと(相手方が消滅時効を援用したこと)。
②自働債権の消滅時効期間が経過する以前に,自働債権と受働債権とが相殺適状にあったこと(民法505条1項の要件を満たしていたこと)。
③相殺の意思表示をすること(民法506条1項)。
④相殺が禁止される場合に当たらないこと(民法505条1項ただし書,民法509条等)。

(続きを読む...)時効で消滅した債権で相殺できるか―民法508条と最高裁平成25年2月28日判決(AI作成)

弁済供託の供託金取戻請求権の消滅時効―免責の必要が消滅した時から10年(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 結論2 本記事の対象と調査基準日第2 弁済供託と取戻請求権の仕組み第3 最高裁大法廷昭和45年7月15日判決1 事案2 判示3 時効期間は10年(会計法30条の5年ではない)第4 債権者不確知供託と最高裁平成13年11月27日判決第5 現行法の下での時効期間と起算点1 法務省の説明2 起算点についての考え方3 新旧の振り分け第6 還付請求権と担保供託・営業保証供託1 被供託者の還付請求権2 裁判上の担保供託・営業保証供託第7 時効を止める方法と取戻しを拒まれた場合第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 結論

家賃・地代等を弁済供託した供託者が供託金を取り戻す権利(供託金取戻請求権)の消滅時効は,供託をした時から進行するのではない。
最高裁大法廷昭和45年7月15日判決は,弁済供託における供託金取戻請求権の消滅時効は,供託の基礎となった債務について紛争の解決などによってその不存在が確定するなど,供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時から進行し,10年をもって完成すると判示した。

債権者を確知できないことを理由とする供託(債権者不確知供託)についても,最高裁平成13年11月27日判決は同じ起算点を採り,供託の基礎となった債務について消滅時効が完成した時から取戻請求権の時効が進行するとした。

令和2年4月1日以後にされた供託については,法務省は,供託金の払渡請求権(還付請求権・取戻請求権)は,払渡請求をすることができることを知った時から5年,払渡請求をすることができる時から10年のいずれかの期間の経過により時効消滅するとしている。
同日より前にされた供託については,5年の時効期間は適用されず,10年の時効期間だけが適用されるとしている。

2 本記事の対象と調査基準日

本記事は,弁済供託(民法494条)の供託金取戻請求権の消滅時効を中心とし,被供託者の還付請求権と,裁判上の担保供託・営業保証供託の取戻請求権に触れる。
供託の要件や手続全般は扱わない。

調査基準日は令和8年9月19日である。
条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した現行条文等と照合し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判決全文を確認し,法務省の説明は法務省ウェブサイトの該当ページを取得して確認した。
消滅時効全般の論点は,ハブ記事の消滅時効に関するメモ書きで整理している。

第2 弁済供託と取戻請求権の仕組み

民法494条1項は,弁済者は,弁済の提供をした場合において債権者がその受領を拒んだとき,又は債権者が弁済を受領することができないときは,債権者のために弁済の目的物を供託することができ,「弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅する。」と定める。
同条2項は,弁済者が債権者を確知することができないとき(弁済者に過失があるときを除く。)も同様とする。

民法496条1項は,「債権者が供託を受諾せず、又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は、弁済者は、供託物を取り戻すことができる。この場合においては、供託をしなかったものとみなす。」と定める。
供託によって質権又は抵当権が消滅した場合には,取戻しはできない(同条2項)。
供託法8条2項は,供託者は,民法496条の規定によること,供託が錯誤に出たこと又はその原因が消滅したことを証明しなければ供託物を取り戻すことができないとする。

債権者(被供託者)の側は,供託物の還付を請求することができる(民法498条1項)。
供託物の払渡しには,被供託者への「還付」と,供託者への「取戻し」の2種類がある。

取戻しをすると「供託をしなかったものとみなす」とされるから,供託者が取戻請求権を行使すれば,供託によって消滅したはずの債務が復活する。
このため,供託者は,供託の基礎となった債務をめぐる争いが続いている間は,取戻請求権を行使することを事実上期待できない。
これが,次に述べる判例の起算点の考え方の出発点である。

第3 最高裁大法廷昭和45年7月15日判決
1 事案

最高裁判所大法廷昭和45年7月15日判決(昭和40年(行ツ)第100号,民集24巻7号771頁)の事案は,宅地の賃借人が,賃貸人から賃料の受領を拒絶されたため,昭和27年5月から賃料を弁済供託してきたというものである。
その後,賃貸人が提起した建物収去土地明渡訴訟で,昭和38年1月に最高裁判所で和解が成立し,賃借人は賃借権を有しないことを認め,賃貸人は賃料相当損害金債権を放棄した。
賃借人が昭和38年5月に,昭和27年5月から昭和28年2月までに供託した供託金の取戻しを請求したところ,供託官は時効消滅を理由に請求を却下した。

(続きを読む...)弁済供託の供託金取戻請求権の消滅時効―免責の必要が消滅した時から10年(AI作成)

役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年―最高裁昭和49年12月17日判決(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 結論2 本記事の対象と調査基準日第2 最高裁昭和49年12月17日判決1 判示事項と結論2 理由3 大法廷昭和44年11月26日判決との関係第3 現行法の下での時効期間1 民法166条1項の5年・10年2 起算点3 経過措置4 不法行為構成との比較第4 会社に対する責任(会社法423条)の消滅時効1 最高裁平成20年1月28日判決2 現行法第5 遅延損害金との関係第6 関連記事第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 結論

取締役等の役員等が職務を行うについて悪意又は重大な過失があり,それによって第三者に損害を与えた場合の損害賠償責任(会社法429条1項)には,最高裁判例の考え方によれば,不法行為の消滅時効(民法724条の3年)は適用されない。
最高裁昭和49年12月17日判決は,この責任の前身である商法266条の3第1項前段の責任について,消滅時効期間は10年であると判示した。

同判決は,取締役の責任は法が特に認めた責任であって不法行為責任ではないから民法724条は当然には適用されず,類推適用する余地もないとして,債権の一般原則である改正前民法167条1項(10年)を適用した。
令和2年4月1日以後に生じた請求権については,現行民法166条1項が適用され,権利を行使することができることを知った時から5年,権利を行使することができる時から10年のいずれか早い方で時効が完成すると考えられる。

したがって,不法行為構成の3年が経過していても,会社法429条1項の責任は時効にかかっていないことがある。
ただし,現行法の下では「10年」だけでなく「知った時から5年」にも注意する必要がある。

役員等の会社に対する任務懈怠責任(会社法423条1項)についても,最高裁平成20年1月28日判決は,前身の商法266条1項5号の責任の消滅時効期間を商事時効の5年ではなく民法の10年とした。

2 本記事の対象と調査基準日

本記事は,役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効を中心に,会社に対する責任(会社法423条)の消滅時効と遅延損害金に触れる。
責任の成立要件(悪意・重過失,損害の範囲等)は扱わない。

調査基準日は令和8年9月19日である。
条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した現行条文と照合し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判決全文を確認した。
消滅時効全般の論点は,ハブ記事の消滅時効に関するメモ書きで整理している。

第2 最高裁昭和49年12月17日判決
1 判示事項と結論

最高裁判所第三小法廷昭和49年12月17日判決(昭和49年(オ)第768号,民集28巻10号2059頁)の判示事項は,「商法二六六条の三第一項前段所定の第三者の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間」である。
裁判要旨は,「商法二六六条の三第一項前段所定の第三者の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は一〇年と解すべきである。」というものである。
上告は棄却され,同旨の原審(大阪高等裁判所)の判断が維持された。

2 理由

同判決は,第三者の取締役に対する損害賠償請求権に民法724条の適用があるかどうかは,取締役の責任の法的性質と,民法724条が短期消滅時効を設けた趣旨等の観点から検討して決すべきであるとした。

第一に,取締役の責任は,法がその責任を加重するため特に認めたものであって,不法行為責任たる性質を有するものではないから,不法行為責任に関する消滅時効の特則である民法724条は当然に適用されるものではないとした。
この点について,同判決は最高裁大法廷昭和44年11月26日判決を引用している。

第二に,民法724条が短期消滅時効を設けた趣旨は,不法行為に基づく法律関係が,通常,未知の当事者間に予期しない偶然の事故に基づいて発生するため,加害者が極めて不安定な立場に置かれるので,被害者が損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利を行使しないときは加害者を保護することにあるとした。
これに対し,取締役の責任は,通常,第三者と会社との間の法律関係を基礎として生ずるものであって,取締役は不法行為の加害者のような不安定な立場に立たされるわけではないから,民法724条を適用すべき実質的論拠はなく,類推適用する余地もないとした。

その上で,消滅時効期間については他に特に定めた規定がないから,改正前民法167条1項を適用すべきであるとした。

3 大法廷昭和44年11月26日判決との関係

最高裁判所大法廷昭和44年11月26日判決(昭和39年(オ)第1175号,民集23巻11号2150頁)は,商法266条ノ3第1項前段の規定について,取締役が悪意又は重大な過失により会社に対する義務に違反し,よって第三者に損害を被らせたときは,任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係がある限り,会社が損害を被った結果ひいて第三者に損害を生じた場合(間接損害)であると,直接第三者が損害を被った場合(直接損害)であるとを問わず,取締役が直接第三者に対し損害賠償責任を負うことを定めたものであるとした。

(続きを読む...)役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年―最高裁昭和49年12月17日判決(AI作成)

保険金請求権の消滅時効の起算点―保険会社の調査による履行期の延期と最高裁平成20年2月28日判決(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 時効期間の根拠1 保険法95条2 平成22年3月31日以前に締結された契約3 約款による期間の延長第3 起算点の基本1 起算点は支払期限の到来時2 保険法21条・52条の支払期限3 調査未了でも履行期は到来するとした判例第4 最高裁平成20年2月28日判決1 事案2 判断3 判決の意味と限界第5 生命保険と行方不明1 最高裁平成15年12月11日判決2 事案と帰結第6 実務上の管理1 起算日を記録しておく2 支払を拒絶されたとき3 交通事故の保険第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,火災保険・車両保険・生命保険などの保険契約に基づいて保険金を請求する権利が,いつから,何年で時効にかかるかを整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日である。
自賠責保険の請求権は自賠責保険の被害者請求・加害者請求の消滅時効―3年の起算点,時効中断申請書及び時効完成後の回収方法で扱い,消滅時効の全体像は消滅時効に関するメモ書きにまとめている。

2 結論

保険金を請求する権利は,行使することができる時から3年で時効によって消滅する(保険法95条1項)。
民法166条1項の一般原則(知った時から5年・行使することができる時から10年)ではなく,保険法の3年が適用される。

「行使することができる時」は,通常,約款又は保険法で定まる保険金の支払期限(履行期)が到来した時であり,保険事故の日ではない。
約款の支払期限を過ぎた後に,保険会社がなお調査中であるとして調査への協力を求め,被保険者がこれに応じて調査に協力した事案で,支払期限が免責通知(支払拒絶の通知)の到達日まで合意によって延期されたとし,時効はその翌日から進行するとした最高裁判決がある(最高裁平成20年2月28日判決)。
また,被保険者が行方不明で死亡が分からなかった生命保険の事案では,遺体が発見されるまで時効は進行しないとされた(最高裁平成15年12月11日判決)。

もっとも,いずれも事案に即した判断であり,保険会社とのやり取りが長引いているというだけで時効が止まるわけではない。
したがって,時効は約款所定の支払期限の翌日から3年として管理し,保険会社から支払を拒絶されたときは,その期間内に訴え提起等の措置をとるのが安全である。

第2 時効期間の根拠
1 保険法95条

保険法95条1項は,「保険給付を請求する権利、保険料の返還を請求する権利及び第六十三条又は第九十二条に規定する保険料積立金の払戻しを請求する権利は、これらを行使することができる時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定める。
同条2項は,保険会社が保険料を請求する権利を「一年間」としている。
保険法は損害保険契約,生命保険契約及び傷害疾病定額保険契約に適用され,共済契約その他名称を問わず同じ内容の契約を含む(保険法2条1号)。

2 平成22年3月31日以前に締結された契約

保険法は平成22年4月1日から施行されたが,同法附則2条本文は,保険法の規定は施行の日以後に締結された保険契約について適用すると定める。
附則3条から6条までに列挙された規定を除き,施行日前に締結された保険契約には改正前の商法が適用され,95条は列挙された規定に含まれていない。
改正前の商法は,損害保険及び生命保険の保険金請求権について2年の時効を定めていた(後記第5の最高裁平成15年12月11日判決は,商法663条及び683条1項がこれを定めていると説示している)。
長期の生命保険契約などでは,契約の締結日を確認した上で,改正前の商法及び約款の定めによる期間を確かめる必要がある。

3 約款による期間の延長

平成15年判決の事案の生命保険約款は,保険金を請求する権利は支払事由が生じた日の翌日からその日を含めて3年間請求がない場合には消滅すると定めていた。
同判決は,この条項は,被保険者の死亡が保険金請求者の知らない間に生ずることが少なくないこと等を考慮して,商法所定の2年を3年に延長したものであると説明している。
約款の時効条項は,期間だけでなく起算点を定めていることがあるから,法律の規定とあわせて約款の文言を確認する必要がある。

第3 起算点の基本
1 起算点は支払期限の到来時

(続きを読む...)保険金請求権の消滅時効の起算点―保険会社の調査による履行期の延期と最高裁平成20年2月28日判決(AI作成)

消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 民法145条の構造1 条文2 「直接利益を受ける者」という基準3 施行日前に生じた債権第3 援用できる者1 保証人・連帯保証人2 物上保証人3 担保不動産の第三取得者4 詐害行為の受益者5 債務者の債権者による代位援用第4 援用できない者1 後順位抵当権者2 免責を受けた債務の保証人3 破産手続の終結で消滅した会社の保証人第5 援用の方法と効果の相対性1 援用の方法2 効果の相対性第6 保証人の援用と主たる債務者の承認1 民法457条1項2 保証人が主たる債務を相続した場合3 保証人に対する請求・保証人の承認第7 援用権者ごとの整理第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,消滅時効を援用することができる者(援用権者)の範囲を,民法145条と最高裁判例に沿って整理するものである。
債務者本人のほか,保証人,物上保証人,担保不動産の第三取得者,後順位抵当権者,詐害行為の受益者,債務者の債権者がそれぞれ援用できるかを扱い,あわせて援用の効果の相対性と,保証人の援用と主たる債務者の承認との関係を述べる。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した同日時点の現行民法と,平成29年法律第44号による改正前の民法で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判示事項・裁判要旨と全文を確認した。
消滅時効の全体像は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

①消滅時効は,当事者が援用しなければ裁判所はこれによって裁判をすることができず,消滅時効の当事者には保証人,物上保証人,第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者が含まれる(民法145条)。
②判例は,援用できる者を「権利の消滅により直接利益を受ける者」に限っており,令和2年4月1日施行の改正で置かれた括弧書は,この判例の到達点を条文化したものと位置付けられる。
③保証人,物上保証人(最高裁昭和43年9月26日判決),抵当不動産の第三取得者(最高裁昭和48年12月14日判決),詐害行為の受益者(最高裁平成10年6月22日判決)は援用できる。
④後順位抵当権者は,先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用できない(最高裁平成11年10月21日判決)。
⑤債務者の一般債権者は,自らは援用権者ではないが,債権を保全するのに必要な限度で,債務者に代位して援用することができる(最高裁昭和43年9月26日判決)。
⑥主たる債務者が破産免責を受けた場合や,主たる債務者である会社が破産手続の終結で消滅した場合には,保証人は主たる債務の消滅時効を援用できない(最高裁平成11年11月9日判決,最高裁平成15年3月14日判決)。
⑦時効の利益の放棄の効果は相対的であり,債務者が放棄しても物上保証人等の援用には影響しない(最高裁昭和42年10月27日判決)。
⑧主たる債務者に対する完成猶予・更新は保証人にも効力を生ずる(民法457条1項)から,主たる債務者が時効完成前に債務を承認すると,保証人も,承認より前に経過した期間を理由に主たる債務の時効を援用することはできなくなる(承認の時から新たに進行する期間が満了すれば,改めて援用することができる。)。

第2 民法145条の構造
1 条文

現行の民法145条は,「時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」と定める。
平成29年法律第44号による改正前の民法145条は,「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」と定めており,括弧書はなかった。
改正前は「当事者」の範囲が解釈に委ねられていたため,誰が援用できるかは判例によって個別に決められてきた。

2 「直接利益を受ける者」という基準

最高裁判所第二小法廷昭和42年10月27日判決(昭和39年(オ)第523号,民集21巻8号2110頁)は,民法145条の趣旨を,消滅時効については「時効を援用しうる者を権利の時効消滅により直接利益を受ける者に限定したもの」と述べた。
その後の最高裁判決も,民法145条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は,権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されるという基準を繰り返している(最高裁平成10年6月22日判決,最高裁平成11年10月21日判決)。
現行145条の括弧書が掲げる「保証人、物上保証人、第三取得者」は,この基準によって判例が援用を認めてきた者の例示であり,「その他権利の消滅について正当な利益を有する者」に当たるかどうかは,引き続き判例の基準を手掛かりに判断することになると考えられる。

3 施行日前に生じた債権

施行日(令和2年4月1日)前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合で,その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。)のその債権の消滅時効の援用については,現行145条にかかわらず,なお従前の例による(平成29年法律第44号附則10条1項)。
もっとも,改正前の判例は改正前145条の「当事者」の解釈として援用権者の範囲を定めてきたから,施行日前に生じた債権でも,本記事で紹介する判例がそのまま当てはまる。
新旧の振り分けの詳細は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で扱う。

第3 援用できる者

(続きを読む...)消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者(AI作成)

返済期限を決めていない貸金・親族間の貸付けの消滅時効はいつから進行するか(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論3 用語第2 返済期限を定めない貸付けの法律関係1 消費貸借の成立と返還の約束2 返還の時期を定めなかった場合第3 消滅時効はいつから進行するか1 起算点についての考え方2 東京高裁昭和41年6月17日判決3 改正前民法と改正後民法の振り分け4 計算例5 返済期限を定めていた場合との比較第4 親族間の貸付けで争点になること1 貸付けか贈与か2 返還の約束を裏付ける証拠3 借主からの一部弁済と承認4 夫婦間の貸付け5 貸主又は借主が死亡した場合6 成年後見人が古い借金の返済を求められた場合第5 時効の完成を防ぐ方法1 返済期限を定め直す2 催告・協議合意・裁判上の請求3 催告の文面第6 関連記事第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,親子・兄弟・夫婦・知人の間で「返すのはいつでもよい」「余裕ができたら返して」という程度の約束で金銭を貸した場合に,その返還請求権の消滅時効がいつから進行し,いつ完成するかを扱う。
あわせて,親族間の送金でよく争われる,そもそも貸付けか贈与かという問題と,時効の完成を防ぐ方法を取り上げる。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索の現行条文と改正前民法(令和2年3月31日時点)の条文で確認した。

消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

返済期限を決めていない貸金の消滅時効についての結論は,次のとおりである。
①返還の時期を定めなかった消費貸借では,貸主は相当の期間を定めて返還の催告をすることができる(民法591条1項)。
②東京高裁昭和41年6月17日判決(裁判所HP未掲載,判例秘書で全文を確認)は,催告をしていなくても,貸借成立の時から相当の期間を経過した時点から消滅時効が進行するとし,長くとも債務成立後1か月で相当の期間を経過したとみるべきであるとした。
③したがって,「催告するまで時効は進まない」とは考えない方が安全であり,貸付けの時から時効の管理を始める必要がある。
④令和2年3月31日以前の貸付けには改正前民法が適用され,時効期間は10年(改正前民法167条1項)であり,令和2年4月1日以後の貸付けには改正後民法が適用され,権利を行使することができることを知った時から5年又は権利を行使することができる時から10年である(民法166条1項)。
⑤貸主は通常,自分が期限を定めずに貸したことを知っているから,令和2年4月1日以後の貸付けでは,実際上は貸付けから相当の期間を経過した時から5年で時効が完成すると考えておくのが安全である。
⑥親族間の送金では,時効より前に,返還の約束があったか(貸付けか贈与か)が争われることが多く,返還の約束が証明できなければ請求は認められない。

毎月のように繰り返し送金した場合には,送金ごとに別々の貸付けとなり,それぞれについて時効が進行すると考えられる。

3 用語

本記事で「改正前民法」とは,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)による改正前の民法をいい,同法の施行日は令和2年4月1日である。
「相当の期間」とは,借主が返済の準備をするのに通常必要な期間をいい,一律の日数は法律で定められていない。

第2 返済期限を定めない貸付けの法律関係
1 消費貸借の成立と返還の約束

民法587条は,「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。」と定める。
貸付けであるためには,金銭の交付に加えて,返還の約束が要件となる。
令和2年4月1日以後は,書面(電磁的記録を含む。)でする消費貸借は,金銭の交付前でも合意だけで成立する(民法587条の2)。

2 返還の時期を定めなかった場合

民法591条1項は,「当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。」と定める。
この規定は改正前民法でも同じ文言である。
同条2項は,借主は返還の時期の定めの有無にかかわらずいつでも返還をすることができると定める。

期限の定めのない債務一般については,債務者は履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う(民法412条3項)。
ただし,消費貸借では591条1項が特則となり,貸主が催告しても,借主は相当の期間が経過するまでは返還しなくてよい。

(続きを読む...)返済期限を決めていない貸金・親族間の貸付けの消滅時効はいつから進行するか(AI作成)

債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 民法152条の構造1 条文2 改正前民法との対応3 承認とは何か第3 一部弁済と承認1 充当の指定のない一部弁済(最高裁令和2年12月15日判決)2 争いながらの支払は承認にならないことがある3 保証人が主たる債務を相続した場合(最高裁平成25年9月13日判決)第4 債務者以外の者による承認1 管理権限が必要である2 破産管財人による承認(最高裁令和5年2月1日決定)3 成年後見人等による承認第5 債権者側の通知は承認ではない(最高裁令和2年6月26日判決)1 事案2 判示3 読み方第6 承認の効力が及ぶ範囲第7 承認の証拠化と時効管理1 日付による例2 証拠の残し方3 時効完成後の承認との区別第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,時効期間が満了する前に債務者が債務を承認した場合の時効の更新(民法152条)について,裁判所ウェブサイトで全文を確認できた最高裁判例に沿って整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行条文によっている。

時効が完成した後に債務者が債務を承認し,又は一部を弁済した場合の扱い(時効の援用が許されなくなるか)は,別の問題である。
これは「時効完成後に債務を承認・一部弁済したら時効を援用できないか―最高裁昭和41年4月20日大法廷判決と再度の時効」で扱う。
消滅時効全体の見取り図は「消滅時効に関するメモ書き」にある。

2 結論

時効期間の満了前に債務者が債務を承認すると,その時から時効が新たに進行を始める(民法152条1項)。
承認とは,時効の利益を受ける者が相手方の権利の存在の認識を表示することをいい,書面である必要はなく,一部弁済も承認に当たる。

同じ貸主から数口の借入れがある借主が,どの債務に充てるかを指定せずに一部を弁済したときは,特段の事情のない限り,全ての元本債務を承認したことになる(最高裁令和2年12月15日判決)。
保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務を弁済したときは,特段の事情のない限り,主たる債務の承認にもなる(最高裁平成25年9月13日判決)。

債務者以外の者による承認が効力を持つには,債務者の財産を処分する権限までは要しないが,管理する権限は必要である。
破産管財人が,別除権者との受戻しの交渉や財産放棄の通知の際に被担保債権を承認したときは,その承認は被担保債権の時効を中断する効力を有する(最高裁令和5年2月1日決定)。

これに対し,債権者の側から相続人に支払を求める通知をしても,それは承認ではない。
地方税について,被相続人に既に納付の告知がされた後に相続人に対してした納付を求める通知は,時効中断の効力を持つ告知に当たらず,単なる催告にとどまる(最高裁令和2年6月26日判決)。

承認は,後で争われたときに証明できる形で残しておくことが重要である。

第2 民法152条の構造
1 条文

民法152条1項は,「時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。」と定める。
同条2項は,「前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。」と定める。

承認は,裁判上の請求や強制執行と違い,完成猶予の期間を経ずに直ちに更新の効果を生ずる。
承認の時から,元の時効期間と同じ期間が新たに進行する。
たとえば,民法166条1項1号の5年の時効が進行している貸金債権について承認があれば,その時から改めて5年が進行する。

2 改正前民法との対応

改正前民法は,承認を「請求」「差押え、仮差押え又は仮処分」と並ぶ時効の中断事由とし(改正前民法147条3号),「時効の中断の効力を生ずべき承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力又は権限があることを要しない。」と定めていた(改正前民法156条)。
現行法は,承認を更新の事由として位置付けたが,承認そのものの意味は変わっていない。

施行日(令和2年4月1日)前に改正前民法147条の中断事由が生じた場合,その効力はなお従前の例による(平成29年法律第44号附則10条2項)。
以下で紹介する判例は,いずれも改正前民法の下での時効中断について判断したものである。

(続きを読む...)債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知(AI作成)

改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 条文と経過措置1 改正前民法724条と現行民法724条2 附則35条1項の経過措置第3 大法廷判決以前の判例1 平成元年判決(除斥期間説)2 平成10年判決(民法158条の法意)3 平成21年判決(民法160条の法意)4 起算点に関する判例第4 大法廷令和6年7月3日判決1 5件の判決2 判示の内容3 補足意見と意見第5 判例変更の射程と実務上の注意点1 変更された点と維持された点2 当事者の主張が必要になったこと3 信義則違反・権利濫用とされる場面の限定4 現行民法724条2号が適用される場合5 計算例第6 旧優生保護法に関する補償金等の支給法第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,改正前民法724条後段が定めていた「不法行為の時から二十年」の期間制限について,これを除斥期間とした最高裁判所の判例と,その判例を一部変更した最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決(旧優生保護法に基づく不妊手術に関する国家賠償請求事件)の内容と射程を整理するものである。
あわせて,現行民法724条2号との関係,平成29年法律第44号附則35条1項の経過措置,及び大法廷判決後に制定された旧優生保護法の補償金等の支給に関する法律を,現行条文で確認できた範囲で紹介する。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した条文,判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で全文を確認したものに限っている。

不法行為の消滅時効の一般論は不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義,潜伏期間のある疾病の起算点は潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿で扱う。
消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。

2 結論

改正前民法724条後段の20年は,判例上,消滅時効ではなく除斥期間であり,大法廷令和6年7月3日判決もこの性質自体は維持した。
変更されたのは,①除斥期間の経過による請求権の消滅を裁判所が判断するには当事者の主張が必要であるとした点,②除斥期間の経過により請求権が消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し,到底容認することができない場合には,除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断できるとした点の2つである。
これと異なる趣旨の最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決その他の判例は変更された。
もっとも,大法廷判決は,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は「極めて限定される」とも述べている。

令和2年4月1日(改正民法の施行日)の時点で不法行為の時から20年が経過していた場合には,なお改正前民法724条後段の除斥期間が適用され(附則35条1項),上記の大法廷判決の枠組みで判断される。
経過していなかった場合には,現行民法724条2号の消滅時効が適用され,完成猶予・更新や援用の規定がそのまま働く。
不法行為から長い年月が経っていても,①いつの不法行為か(令和2年4月1日時点で20年経過か),②起算点が損害発生時まで後ろにずれないか,③民法158条・160条の法意による例外に当たらないか,④除斥期間の主張が信義則違反・権利濫用に当たらないかを順に検討する必要がある。

第2 条文と経過措置
1 改正前民法724条と現行民法724条

改正前民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めていた。
後段は「同様とする」とだけ定め,文言上は時効とも読めるため,その性質をめぐって学説・下級審裁判例が対立していた。

現行民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」と定め,2号で「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」を掲げる。
平成29年法律第44号による改正によって,20年の期間は時効期間であることが明文化され,令和2年4月1日から施行されている。

2 附則35条1項の経過措置

平成29年法律第44号附則35条1項は,「旧法第七百二十四条後段(旧法第九百三十四条第三項(旧法第九百三十六条第三項、第九百四十七条第三項、第九百五十条第二項及び第九百五十七条第二項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。」と定める。
したがって,令和2年4月1日の時点で不法行為の時(起算点)から20年が経過していた場合,すなわち原則として平成12年3月31日以前の不法行為については,改正前民法724条後段が適用され,判例上の除斥期間として扱われる。
それ以外の場合には,現行民法724条2号の消滅時効が適用される。

附則35条1項は,改正前民法724条後段が改正前民法934条3項(限定承認者の不当な弁済等による損害賠償責任。936条3項等で準用される場合を含む。)で準用される場合も対象に含めている。
経過措置の全体像は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で整理している。

第3 大法廷判決以前の判例
1 平成元年判決(除斥期間説)

(続きを読む...)改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程(AI作成)

潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 前提となる期間制限の構造1 改正前民法と現行民法2 除斥期間であることの意味と令和6年大法廷判決3 債務不履行構成第3 じん肺1 不法行為構成と除斥期間の起算点2 安全配慮義務違反構成と消滅時効の起算点第4 B型肝炎1 平成18年判決(発症時)2 令和3年判決(再発症時)3 特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法第5 水俣病第6 石綿関連疾患1 最高裁判例の状況2 潜伏期間に関する医学的知見3 石綿による健康被害の救済に関する法律4 特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律第7 実務上の注意点1 損害の段階ごとの日付の特定2 適用される規定の確認3 給付金制度の請求期限第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,粉じんや有害物質へのばく露,ウイルス感染等の加害行為から長い期間を経て病気が現れる場合に,損害賠償請求権の期間制限(改正前民法724条後段の20年の除斥期間,現行民法724条2号の20年の消滅時効及び3年・5年・10年の消滅時効)がいつから進行するかを,最高裁判所の判例に即して整理するものである。
対象は,じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿関連疾患である。
あわせて,B型肝炎と石綿について,訴訟とは別に国が給付金等を支給する特別法の請求期限を,現行条文で確認できた範囲で紹介する。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行条文,判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で全文を確認したものに限っている。

不法行為の消滅時効の一般論は不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義,改正前民法724条後段の除斥期間の性質と最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決は改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程,安全配慮義務違反の構成は安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点で扱う。
消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。

2 結論

改正前民法724条後段の20年の除斥期間は,「不法行為の時」から進行するのが原則であるが,身体に蓄積する物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,その損害の全部又は一部が発生した時から進行する(最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決)。
この考え方により,じん肺では損害の発生時,B型肝炎では発症時(最高裁判所第二小法廷平成18年6月16日判決),水俣病では汚染地域から転居して遅くとも4年を経過した時(最高裁判所第二小法廷平成16年10月15日判決)が起算点とされた。
さらに,B型肝炎がいったん鎮静化した後に質的に異なる慢性肝炎を再発症した場合には,再発症の時が起算点とされている(最高裁判所第二小法廷令和3年4月26日判決)。

債務不履行(安全配慮義務違反)構成の消滅時効についても,じん肺では,じん肺法の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行し(最高裁判所第三小法廷平成6年2月22日判決),じん肺で死亡した場合の損害は死亡の時から進行する(最高裁判所第三小法廷平成16年4月27日判決・集民214号119頁)。
B型肝炎の特別措置法による給付金の請求期限は令和9年3月31日(同日までに国を相手方とする訴えの提起等をした場合は,判決確定日等から1か月を経過する日)であり,建設アスベスト給付金は石綿関連疾病の診断等から20年を経過すると請求できない。
潜伏期間のある疾病では,ばく露や感染の時期ではなく,発症・診断・行政上の決定・死亡といった損害の段階ごとの日付を医証で特定することが,期間制限の判断の出発点になる。

第2 前提となる期間制限の構造
1 改正前民法と現行民法

改正前民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めていた。
判例は,この後段の20年を除斥期間と解してきた(最高裁判所第一小法廷平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209頁)。
現行民法724条は,1号で「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」,2号で「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」を掲げ,いずれも「時効によって消滅する」とした。
人の生命又は身体を害する不法行為では,民法724条の2により1号の3年が5年となる。

どちらが適用されるかは,平成29年法律第44号附則35条1項による。
改正前民法724条後段の期間が令和2年4月1日の施行の際既に経過していた場合には,「その期間の制限については、なお従前の例による。」とされ,除斥期間として扱われる。
経過していなければ,現行民法724条2号の消滅時効が適用される。
潜伏期間のある疾病では,後記のとおり起算点が発症時等まで後ろにずれるので,加害行為が古くても,発症が平成12年4月1日以後であれば現行法の消滅時効として扱われることになる。

2 除斥期間であることの意味と令和6年大法廷判決

除斥期間は,時効と異なり原則として中断・停止(現行法の完成猶予・更新)がなく,従来の判例では当事者の援用も不要とされていた。
最高裁判所大法廷令和6年7月3日判決は,除斥期間という性質は維持したうえで,除斥期間の経過による請求権の消滅を判断するには当事者の主張を要し,除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されない場合があるとして,判例を変更した。
同判決の射程は前記の大法廷判決の記事で扱うが,潜伏期間のある疾病の事件でも,起算点の主張と並んで,除斥期間の主張の制限を主張する余地が生じたことになる。

(続きを読む...)潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿(AI作成)

安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 安全配慮義務と消滅時効期間1 昭和50年判決2 改正後の時効期間3 改正前民法が適用される場合第3 じん肺の起算点1 平成6年判決―最終の行政上の決定の時2 平成16年判決―死亡の時3 現行法の下での意味第4 不法行為構成との比較1 時効期間2 時効以外の点第5 労災保険給付の請求権の時効1 労働者災害補償保険法42条2 損害賠償請求権との関係3 令和9年4月1日施行の改正第6 時効管理の実務1 起算点の把握2 時効の完成を止める手段第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,使用者(国を含む。)の安全配慮義務違反によって労働者が死傷し,又は疾病にかかった場合の損害賠償請求権の消滅時効を扱うものである。
安全配慮義務を認めた最高裁判所第三小法廷昭和50年2月25日判決,じん肺の起算点に関する最高裁判所第三小法廷平成6年2月22日判決及び同平成16年4月27日判決,改正後の民法166条・167条,不法行為構成との比較,並びに労災保険給付の請求権の時効(労働者災害補償保険法42条)を説明する。
調査基準日は令和8年9月19日であり,令和9年4月1日に施行が予定されている労災保険給付等の時効期間の改正にも触れる。

人身損害の特則(民法167条・724条の2)の全体像と構成の選び方は人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方で,消滅時効全体の見取り図は消滅時効に関するメモ書きで扱っている。

2 結論

安全配慮義務違反による損害賠償請求権は,債務不履行に基づく損害賠償請求権であり,令和2年4月1日以後に締結された労働契約に基づくものであれば,権利を行使することができることを知った時から5年,権利を行使することができる時から20年で時効によって消滅する(民法166条1項,167条)。
令和2年3月31日以前に締結された労働契約に基づくものは,事故や発症が令和2年4月1日以後であっても改正前民法が適用され,権利を行使することができる時から10年である(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条1項・4項)。

じん肺の損害賠償請求権の消滅時効は,じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行し(平成6年判決),じん肺によって死亡した場合の損害については,死亡の時から進行する(平成16年判決)。
労災保険給付の請求権は,療養補償給付・休業補償給付等が2年,障害補償給付・遺族補償給付等が5年であり(労働者災害補償保険法42条),使用者に対する損害賠償請求権とは別に時効が進行する。
令和9年4月1日からは,政令で定める疾病(脳・心臓疾患,精神疾患及び石綿関連疾病が想定されている。)について,療養補償給付・休業補償給付等の時効が2年から5年に延長される(令和8年法律第60号)。
ただし,同日前に生じた疾病による事故を原因とする給付には,従前の2年が適用される(同法附則5条)。

第2 安全配慮義務と消滅時効期間
1 昭和50年判決

最高裁判所第三小法廷昭和50年2月25日判決(昭和48年(オ)第383号,民集29巻2号143頁)は,自衛隊員の死亡事故について遺族が国に損害賠償を請求した事案で,国は国家公務員に対し,公務遂行のための場所,施設若しくは器具等の設置管理又は公務の管理にあたって,国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っていると判示した。
同判決は,安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであると述べている。

消滅時効期間について,同判決は,会計法30条が国の権利及び国に対する権利につき5年の消滅時効期間を定めたのは主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであり,安全配慮義務違反による損害賠償の関係は私人相互間の損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないとして,国に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は,会計法30条所定の5年ではなく,改正前民法167条1項により10年と解すべきであると判示した。
当時の不法行為の時効は損害及び加害者を知った時から3年であったから,安全配慮義務違反という債務不履行構成を採ることで,時効期間は10年となった。
平成6年判決は,雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間についても,昭和50年判決を参照して10年と解している。

2 改正後の時効期間

令和2年4月1日施行の改正民法により,債権一般の消滅時効は,権利を行使することができることを知った時から5年,権利を行使することができる時から10年となった(民法166条1項)。
さらに,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については,民法167条が166条1項2号の「十年間」を「二十年間」と読み替えている。
安全配慮義務違反による損害賠償請求権は,通常,労働者の生命又は身体の侵害によるものであるから,改正後の民法が適用される場合は「知った時から5年・行使することができる時から20年」となる。
改正前は10年の間であればいつでも請求できたのに対し,改正後は,損害と使用者の義務違反を知った時から5年という短い期間が加わった点に注意を要する。

3 改正前民法が適用される場合

附則10条4項は,施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間について,なお従前の例によると定め,同条1項の括弧書は,施行日以後に債権が生じた場合であっても,その原因である法律行為が施行日前にされたときを「施行日前に債権が生じた場合」に含めている。
法務省の経過措置の説明資料は,平成31年4月に雇用契約を締結し,令和2年4月に勤務先の安全管理体制の不備による事故で傷害を負い,令和8年4月に安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求した事例について,債権発生の原因である法律行為(雇用契約)が施行日前にされているから,改正前の民法が適用され,権利を行使することができる時から10年間で消滅時効が完成すると説明している。
長年勤務した労働者の労災事故や職業病では,労働契約の締結が令和2年3月31日以前であることが多く,現在でも改正前民法の10年が適用される場面は多い。

(続きを読む...)安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点(AI作成)

人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 特則の内容1 債務不履行構成―民法167条2 不法行為構成―民法724条の23 特則が設けられた理由第3 構成ごとの期間の組合せ1 組合せの一覧2 主観的起算点の比較3 客観的起算点の比較第4 「生命又は身体」の範囲1 特則の対象となる損害2 精神的損害にとどまる場合3 PTSD等の精神的機能の障害第5 経過措置1 不法行為構成―附則35条2項2 債務不履行構成―附則10条4項3 経過措置から生ずる構成の選び方の違い第6 債務不履行構成と不法行為構成の選び方1 時効の点2 時効以外の点3 訴訟での主張の仕方第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権(人身損害の損害賠償請求権)について,令和2年4月1日施行の改正民法が設けた消滅時効の特則,すなわち民法167条と724条の2を扱うものである。
あわせて,特則の対象となる「生命又は身体」の範囲,精神的損害にとどまる場合の扱い,改正の経過措置(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条・35条),債務不履行構成と不法行為構成の期間の組合せ及び構成の選び方を説明する。
調査基準日は令和8年9月19日である。

安全配慮義務違反による損害賠償請求権の詳細は安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点で,交通事故の起算点は交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか―症状固定,物損の別進行及び弁護士費用で扱う。
消滅時効全体の見取り図は消滅時効に関するメモ書きにある。

2 結論

人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権は,債務不履行構成でも不法行為構成でも,権利を行使することができること(損害及び加害者)を知った時から5年,権利を行使することができる時(不法行為の時)から20年で時効によって消滅する。
債務不履行構成では民法167条が166条1項2号の「十年間」を「二十年間」に,不法行為構成では民法724条の2が724条1号の「三年間」を「五年間」に読み替えることで,両構成の期間がそろえられている。

特則が働くのは生命又は身体の侵害があった場合だけであり,ハラスメントや名誉毀損等で精神的苦痛を受けたにとどまる場合は,不法行為構成では原則どおり知った時から3年である。
もっとも,PTSDを発症するなど精神的機能の障害が認められる場合は身体の侵害に当たると考えられるというのが,国会審議における法務省の答弁である。

改正前に生じた人身損害には経過措置があり,不法行為構成では,令和2年4月1日の時点で改正前の3年の時効が完成していなければ5年が適用される(附則35条2項)。
これに対し,債務不履行構成では,施行日前に債権が生じた場合又は原因である契約が施行日前に締結された場合,改正前の「権利を行使することができる時から10年」が適用され,20年の特則は適用されない(附則10条4項)。

第2 特則の内容
1 債務不履行構成―民法167条

債権の消滅時効の一般原則である民法166条1項は,債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間(1号),又は権利を行使することができる時から10年間(2号)行使しないとき,債権は時効によって消滅すると定める。
民法167条は,「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中『十年間』とあるのは、『二十年間』とする。」と定める。
したがって,安全配慮義務違反や診療契約上の注意義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法415条)のうち,生命又は身体の侵害によるものは,知った時から5年又は権利を行使することができる時から20年のいずれか早い時に時効が完成する。
167条が延ばしたのは客観的起算点からの期間だけであり,知った時から5年(主観的起算点からの期間)は一般の債権と同じである。

2 不法行為構成―民法724条の2

民法724条は,不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき(1号),又は不法行為の時から20年間行使しないとき(2号)は,時効によって消滅すると定める。
民法724条の2は,「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中『三年間』とあるのは、『五年間』とする。」と定める。
724条の2が延ばしたのは主観的起算点からの期間だけであり,不法行為の時から20年は一般の不法行為と同じである。
改正前民法724条後段の20年は判例上除斥期間とされていたが,現行の724条2号の20年は消滅時効であり,その経過措置と令和6年の大法廷判決は改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程で扱う。

3 特則が設けられた理由

改正法案の審議において,法務省民事局長は,生命や身体に関する利益は一般に財産的な利益などの他の利益と比べて保護すべき度合いが強く,権利行使の機会を確保する必要性が高いこと,生命や身体について深刻な被害が生じた後は,債権者が通常の生活を送ることが困難な状況に陥るなど,時効完成の阻止に向けた措置を速やかに行うことを期待できないことも少なくないことを説明している(第192回国会衆議院法務委員会第12号(平成28年12月2日))。
同じ答弁は,時効制度には長期間の経過に伴う証拠の散逸などにより反証が困難となった相手方を保護するという側面もあるから,時効期間を合理的な範囲で長くするという観点から,不法行為の3年を5年にしたと説明している。
法務省のパンフレット「事件や事故に遭われた方へ 2020年4月1日から事件や事故によって発生する損害賠償請求権に関するルールが変わります」も,同様の理由を挙げた上で,不法行為と債務不履行のいずれの責任を追及する場合でも,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間は知った時から5年,不法行為の時(権利を行使することができる時)から20年になったと説明している。

(続きを読む...)人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方(AI作成)

契約不適合責任の期間制限―1年以内の通知,5年・10年の消滅時効及び旧瑕疵担保責任の判例(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 結論2 本記事の対象と調査基準日第2 現行民法の三つの期間制限1 1年以内の通知(民法566条・637条)2 5年・10年の消滅時効(民法166条1項)3 三つの期間の重なりと具体例4 通知をしても時効の進行は止まらない第3 旧瑕疵担保責任の判例1 最高裁平成13年11月27日判決(消滅時効の適用と起算点)2 最高裁平成4年10月20日判決(1年の除斥期間と権利保存の方法)3 改正前民法と現行民法のどちらが適用されるか第4 特則と特約1 商人間の売買(商法526条)2 新築住宅(住宅の品質確保の促進等に関する法律)3 特約による免責・期間の短縮4 不法行為構成との関係第5 期間管理の実務1 買主・注文者の側2 売主・請負人の側第6 関連記事第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 結論

売買の目的物の種類又は品質が契約の内容に適合しない場合,買主は,不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しなければ,履行の追完,代金の減額,損害賠償及び契約の解除のいずれも請求できなくなる(民法566条本文)。
請負の仕事の目的物についても,注文者に同じ1年以内の通知が求められる(民法637条1項)。

この1年は「通知」の期間であり,1年以内に訴えを起こす必要はない。
他方,通知をしても,それとは別に民法166条1項の消滅時効が進行し,権利を行使することができることを知った時から5年,権利を行使することができる時から10年のいずれか早い方で時効が完成する。

したがって,契約不適合責任には,①不適合を知った時から1年以内の通知,②知った時から5年の消滅時効,③引渡しの時から10年の消滅時効(改正前民法下の最高裁平成13年11月27日判決の考え方による)という三つの期間制限が重なって働く。
通知を済ませたから安心ということにはならず,特に引渡しから長い年月が経ってから不適合が見つかった場合には,③の10年が先に来ることがある。

売主が引渡しの時に不適合を知っていたか,重大な過失によって知らなかったときは,①の通知期間の制限は働かないが,②③の消滅時効は働く。
数量不足や移転した権利の不適合には①の通知期間の制限は無く,②③の消滅時効だけが働く。

令和2年4月1日より前に締結された売買・請負には,改正前民法の瑕疵担保責任の規定が適用される(平成29年法律第44号附則34条1項)。
その場合,売買では,瑕疵を知った時から1年以内の権利行使(除斥期間)と,引渡しの時から10年の消滅時効が問題となる(最高裁平成4年10月20日判決,最高裁平成13年11月27日判決)。
請負では,改正前民法637条・638条の存続期間(原則として引渡しから1年,土地の工作物は引渡しの後5年又は10年)が問題となる。

2 本記事の対象と調査基準日

本記事は,民法の売買・請負の契約不適合責任(旧瑕疵担保責任)について,期間制限だけを扱う。
不適合の有無,追完・減額・解除の要件及び損害額の算定は扱わない。

調査基準日は令和8年9月19日である。
条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した現行条文及び令和2年3月31日時点の条文と照合し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判決全文を確認した。
消滅時効全般の論点は,ハブ記事の消滅時効に関するメモ書きで整理している。

第2 現行民法の三つの期間制限
1 1年以内の通知(民法566条・637条)
(1) 売買

民法566条は,「売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。」と定める。
同条ただし書は,「売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。」とする。

この規定の要点は次のとおりである。
①起算点は引渡しの時ではなく,買主が不適合を「知った時」である。
②期間内にすべきことは「その旨を売主に通知」することであり,条文上,裁判上の請求や損害額の特定までは求められていない。
③制限を受けるのは,履行の追完(民法562条),代金の減額(民法563条),損害賠償(民法564条・415条)及び解除(民法564条・541条・542条)の全部である。
④売主が悪意又は重過失の場合は適用されない。

(続きを読む...)契約不適合責任の期間制限―1年以内の通知,5年・10年の消滅時効及び旧瑕疵担保責任の判例(AI作成)

NHK受信料の消滅時効は5年―最高裁平成26年9月5日判決と大法廷平成29年12月6日判決の起算点(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論3 用語第2 受信契約と受信料債権の仕組み1 放送法64条(現行)2 条文の変遷第3 受信料債権の時効期間1 最高裁平成26年9月5日判決2 最高裁平成30年7月17日判決3 改正後民法の下での時効期間第4 受信契約を締結していない場合の起算点1 受信契約はいつ成立するか2 時効は契約成立時から進行する3 反対意見と補足意見第5 割増金と延滞利息1 割増金2 延滞利息第6 時効の援用と注意点1 援用の方法2 計算例3 時効完成後に支払った場合4 判決や支払督促で確定した場合5 受信料を払わなくてよいという主張やサービスへの注意第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,日本放送協会(以下「NHK」という。)の受信料の支払を求められた人が,古い期間の受信料について消滅時効を主張できるかを扱う。
中心となるのは,受信料債権の時効期間を5年とした最高裁判所第二小法廷平成26年9月5日判決(平成25年(受)第2024号,集民247号159頁)と,受信契約を締結していない人について時効の起算点を契約成立時とした最高裁判所大法廷平成29年12月6日判決(平成26年(オ)第1130号等,民集71巻10号1817頁)である。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索の現行条文と過去時点の条文で,裁判例は裁判所HPの裁判例検索で確認した。
第5の2の付則の記載と第6の5は,令和8年9月20日に追記した。

消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

NHK受信料の消滅時効についての結論は,次のとおりである。
①受信契約を締結している人の受信料債権は,各期の支払期日から5年で時効が完成する(平成26年判決。改正前民法169条)。
②令和2年4月1日以後の受信料についても時効期間は5年であるが,根拠条文は受信契約の締結時期によって異なり,施行日前に締結された受信契約に基づく受信料には改正前民法169条が,施行日以後に締結された受信契約に基づく受信料には改正後民法166条1項が適用されると考えられる。
③受信契約全体について第1回の弁済期から20年とする定期金債権の時効(改正前民法168条1項前段)は適用されないから,長年払っていなくても将来の受信料の支払義務まで消えることはない(最高裁平成30年7月17日判決)。
④受信設備を設置しながら受信契約を締結していない人については,NHKが承諾の意思表示を命ずる判決を得てその判決が確定した時に受信契約が成立し,設置の月以降の受信料債権が発生するが,その時効は契約成立時から進行するから,何年前に設置した分であっても,契約成立の時から時効期間が経過するまでは時効を主張できない(大法廷平成29年判決)。
⑤時効は援用しなければ効果が生じないから(民法145条),時効が完成した期間の受信料の支払を拒むには,NHKに対して援用の意思表示をする必要がある。

つまり,契約済みで支払を滞納している人は5年より前の分について時効を援用できるが,契約をしていない人は,判決で契約が成立させられた場合には設置の月まで遡って支払を命じられ得ることになる。

3 用語

本記事で「改正前民法」とは,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)による改正前の民法をいい,同法の施行日は令和2年4月1日である。
「受信契約」とは,NHKの放送又は配信の受信についての契約をいう(放送法64条8項1号)。
改正前民法169条は定期給付債権の5年の短期消滅時効を定めた規定であり,判決で確定した権利の時効期間を10年とする現行169条とは内容がまったく異なる。

第2 受信契約と受信料債権の仕組み
1 放送法64条(現行)

現行の放送法64条1項は,「次の各号のいずれかに該当する者は、認可契約条項で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。」と定め,1号で「特定受信設備を設置した者」,2号で「特定必要的配信の受信を開始した者」を掲げる。
「特定受信設備」とは,NHKの放送を受信することのできる受信設備であって,放送の受信を目的としない受信設備と,ラジオ放送又は多重放送に限り受信することのできる受信設備を除いたものをいう(同条8項3号)。
同条5項は,受信契約の条項についてNHKが総務大臣の認可を受けなければならないとし,その記載事項として,受信料の支払の時期及び方法(3号)や,不正な手段により受信料の支払を免れた場合等の割増金(4号)を掲げる。

放送法は,受信料の支払義務そのものを直接定めてはいない。
受信料の支払義務は,放送法64条1項に基づいて締結される受信契約から生じる。
この構造が,後に見る時効の起算点の考え方に直結する。

2 条文の変遷

平成29年判決の当時の放送法64条1項は,「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と定めていた(e-Gov法令検索で平成29年12月6日時点の条文を確認)。

(続きを読む...)NHK受信料の消滅時効は5年―最高裁平成26年9月5日判決と大法廷平成29年12月6日判決の起算点(AI作成)

過払金返還請求権の消滅時効はいつから進行するか―取引終了時とした最高裁平成21年1月22日判決(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論3 用語第2 過払金返還請求権の性質1 利息制限法の制限と元本充当2 悪意の受益者と利息3 時効期間は10年(商事消滅時効ではない)4 取引履歴の開示第3 最高裁平成21年1月22日判決1 事案2 判示3 同年3月3日判決・3月6日判決と反対意見第4 取引の個数と時効の起算点1 一つの基本契約に基づく取引2 基本契約が複数ある場合3 基本契約がない個別の貸付け4 無担保のリボルビング取引と不動産担保の貸付け第5 「取引の終了」はいつか1 完済と最終取引日2 貸付停止やカードの失効第6 改正後民法の下での扱い1 経過措置2 改正後の5年・10年第7 計算例と実務上の対応1 日付による計算例2 時効の完成を止める手段3 現在の実務上の意味第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料4 文献
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,消費者金融やクレジットカードのキャッシングで,利息制限法の制限を超える利息を支払い続けた借主が持つ過払金返還請求権について,消滅時効がいつから進行し,いつ完成するかを扱う。
中心となるのは,時効の起算点を「取引が終了した時」とした最高裁判所第一小法廷平成21年1月22日判決(平成20年(受)第468号,民集63巻1号247頁)である。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索の現行条文と改正前民法(令和2年3月31日時点)の条文で,裁判例は裁判所HPの裁判例検索で確認した。

消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

過払金返還請求権の消滅時効の起算点と期間は,次のとおりである。
①同じ貸金業者との間で一つの基本契約に基づき借入れと返済を繰り返していた場合には,基本契約に過払金充当合意が含まれていれば,特段の事情がない限り,消滅時効は個々の過払金が発生した時からではなく,取引が終了した時から進行する(平成21年判決)。
②令和2年4月1日より前に発生した過払金の返還請求権には,改正前民法が適用され,時効期間は取引終了時から10年であると考えられる(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条4項)。
③貸金業者に対する請求であっても,商事消滅時効の5年ではなく10年である(最高裁昭和55年1月24日判決)。
④基本契約が複数あり,前の取引と後の取引が「事実上1個の連続した貸付取引」と評価されない場合には,前の取引の過払金は後の取引の借入金に充当されず,前の取引の終了時から時効が別に進行することになる(最高裁平成20年1月18日判決の充当に関する判断と平成21年判決の起算点に関する判断を組み合わせた帰結である。)。
⑤したがって,完済等により取引が終わってから10年を経過していれば,時効の完成猶予・更新の事由がない限り,貸金業者が時効を援用すれば過払金は請求できない。

令和8年9月19日の時点でみると,最後の取引が平成28年9月18日以前に終わっている取引の過払金は,原則として時効期間が既に満了している。
他方で,取引が現在も続いている場合や,取引の終了から10年が経っていない場合には,まだ請求の余地がある。

3 用語

本記事で「過払金」とは,利息制限法所定の制限を超えて利息として支払われた部分を元本に充当し,元本が完済となった後になお支払われた金銭をいう。
「過払金充当合意」とは,過払金が発生した時に他の借入金債務がなければ,その過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意をいい,平成21年判決の用語に従っている。
「改正前民法」とは,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)による改正前の民法をいう。

第2 過払金返還請求権の性質
1 利息制限法の制限と元本充当

利息制限法1条は,「金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。」と定め,元本10万円未満は年2割,10万円以上100万円未満は年1割8分,100万円以上は年1割5分を上限とする。
制限を超えて利息として支払われた部分は,残元本に充当され,残元本が完済となった後の支払は法律上の原因のない給付となる。
こうして生じた過払金の返還請求権は,民法703条・704条の不当利得返還請求権である。

平成18年法律第115号による利息制限法・貸金業法等の改正が平成22年6月18日に施行され,いわゆるグレーゾーン金利は廃止された。
そのため,現在問題になる過払金の多くは,それより前の取引で支払われた利息から生じたものである。

2 悪意の受益者と利息

最高裁判所第二小法廷平成19年7月13日判決(平成17年(受)第1970号,民集61巻5号1980頁)は,貸金業者が制限超過部分を利息として受領し,その受領に貸金業法(当時の貸金業の規制等に関する法律)43条1項の適用が認められない場合には,特段の事情がない限り,貸金業者は民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるとした。
悪意の受益者は,受けた利益に利息を付して返還しなければならない(民法704条)。

(続きを読む...)過払金返還請求権の消滅時効はいつから進行するか―取引終了時とした最高裁平成21年1月22日判決(AI作成)

時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 完成猶予と更新の意味1 完成猶予2 更新3 日付で比べた例第3 旧法の中断・停止との対応関係1 改正前民法の中断と停止2 中断の効果を二つに分けた理由3 対応表4 呼び名の変更にとどまらない変更点第4 完成猶予・更新の事由の一覧1 一覧表2 裁判上の請求等(民法147条)3 強制執行等(民法148条)4 仮差押え・仮処分(民法149条)5 催告(民法150条)と協議を行う旨の合意(民法151条)6 承認(民法152条)7 権利者側の事情による完成猶予(民法158条~161条)8 民法以外の法律が定める事由第5 効力が及ぶ人の範囲1 相対効の原則(民法153条)2 保証人と連帯債務者3 時効の利益を受ける者以外に対する手続と通知(民法154条)第6 経過措置と旧法判例を読むときの注意1 施行日前に生じた事由(附則10条2項)2 旧法判例の読み替え3 条番号のずれ第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,現行民法の「時効の完成猶予」と「時効の更新」がそれぞれ何を意味するか,改正前民法の「時効の中断」「時効の停止」とどう対応するか,及びどのような事由がどちらの効果を生ずるかを一覧で整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行民法及び令和2年3月31日時点の民法(改正前民法)の本文と照合した。
個々の事由の詳細(催告と協議合意,訴えの提起,強制執行,承認,判断能力を欠く人の場合)は,それぞれの記事に送り,本記事では全体の地図を示すことに徹する。
消滅時効全体の見取り図は,ハブ記事である消滅時効に関するメモ書きにある。

2 結論

完成猶予とは,一定の事由がある間(又はその事由が終わってから一定期間が経過するまで)は時効が完成しないという効果であり,それまでに経過した時効期間は消えない。
更新とは,それまでに経過した時効期間を無にして,その時から時効期間が改めて進行を始めるという効果である。
改正前民法の「中断」は,この二つの効果を一つの言葉で表していたため,改正によって,事由ごとに「完成猶予」と「更新」に振り分けられた。
改正前民法の「停止」は,現行法ではすべて「完成猶予」になった。
内容証明郵便による催告(民法150条)や仮差押え(民法149条)は完成猶予だけを生じ,時効期間を振り出しに戻す効果はない。
時効期間を振り出しに戻すのは,確定判決等による権利の確定(民法147条2項),強制執行等の終了(民法148条2項)及び債務者の承認(民法152条)である。
令和2年3月31日以前に生じた中断事由・停止事由の効力は,今でも改正前民法で判断する(平成29年法律第44号附則10条2項)。

第2 完成猶予と更新の意味
1 完成猶予

完成猶予は,時効期間が満了しても,一定の時点までは時効の完成を認めないという効果である。
たとえば,民法150条1項は「催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」と定める。
完成猶予の間に時効期間が満了していなければ,猶予の効果は表に出ず,本来の満了日がそのまま意味を持つ。
完成猶予の間に本来の満了日が来た場合に限り,猶予期間の終わりまで時効の完成が先送りされる。
したがって,完成猶予は時効期間を延ばすものというより,時効の完成を一時的にせき止めるものと理解するのが正確である。

2 更新

更新は,それまでの時効期間の経過を無にして,新たに時効期間が進行を始めるという効果である。
民法152条1項は「時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。」と定める。
更新があれば,本来の満了日は意味を失い,更新の時点から改めて時効期間を数えることになる。
確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利は,更新後の時効期間が10年になる(民法169条1項)。
この点は判決で確定した債権の消滅時効は10年―民法169条と改正前169条(定期給付債権)の違いで扱う。

3 日付で比べた例

債権者が弁済期(令和3年10月1日)を知っていた貸金債権は,民法166条1項1号により,令和8年10月1日の経過をもって時効期間が満了する(民法140条・143条)。

(続きを読む...)時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧(AI作成)

内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 催告による完成猶予1 条文2 催告は時効期間を振り出しに戻さない3 日付で見た例4 再度の催告5 催告書に書くこと6 相手方が受け取らない場合第3 協議を行う旨の合意による完成猶予1 条文2 「いずれか早い時」の数え方3 再度の合意と5年の上限4 書面・電磁的記録の意味5 合意書・拒絶通知に書くこと第4 催告と協議の合意の組合せの制限1 民法151条3項2 催告の後に合意した場合3 合意の後に催告した場合4 訴えの提起等との関係第5 効力が及ぶ人の範囲と経過措置1 相対効2 経過措置第6 手段の選び方第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,時効の完成が迫ったときに訴えを提起せずにとれる二つの手段,すなわち内容証明郵便等による催告(民法150条)と協議を行う旨の合意(民法151条)について,効果,限界及び組合せの制限を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行民法及び平成29年法律第44号附則の本文と照合した。
完成猶予と更新の区別そのものは時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧で,消滅時効全体の見取り図は消滅時効に関するメモ書きで扱っている。

2 結論

内容証明郵便で支払を求める催告をすると,その時から6か月を経過するまで時効の完成が猶予されるが,時効期間が振り出しに戻るわけではない。
催告による6か月の間に再び催告をしても,完成猶予の期間は延びない(民法150条2項)。
したがって,催告をしたら,6か月以内に訴えの提起,支払督促の申立て,調停の申立て等の手続をとる必要がある。
当事者双方が話合いを続けるつもりであれば,協議を行う旨の合意を書面又は電磁的記録で交わすことにより,原則として合意から1年間,時効の完成を猶予させることができる(民法151条1項・4項)。
協議の合意は猶予期間中に繰り返すことができるが,本来の時効完成時から通算して5年を超えることはできない(同条2項)。
催告で完成が猶予されている間にした協議の合意,及び協議の合意で完成が猶予されている間にした催告は,いずれも完成猶予の効力を持たない(同条3項)。
令和2年3月31日以前に書面で交わした協議の合意には,民法151条は適用されない(平成29年法律第44号附則10条3項)。

第2 催告による完成猶予
1 条文

民法150条1項は「催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」と定める。
同条2項は「催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。」と定める。
催告は,債権者が債務者に対して裁判外で履行を請求することであり,方式の定めはない。
内容証明郵便(配達証明付き)を使うのは,催告をしたこと,その内容及び到達の日を後で証明できるようにするためである。
催告の効力は,相手方に到達した時に生ずると考えるのが通常であり(民法97条1項参照),6か月の起算も到達の時を基準にしておくのが安全である。

2 催告は時効期間を振り出しに戻さない

改正前民法153条は,催告は6か月以内に裁判上の請求等をしなければ時効の中断の効力を生じないと定めていた。
現行法は,催告を完成猶予事由とし,更新の効果を与えていない。
法務省民事局の説明資料も,催告などを完成猶予事由と整理している(「民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-」9頁)。
そのため,時効の満了まで余裕がある時期に催告しても,6か月が経過すれば何も残らず,本来の満了日がそのまま意味を持つ。
催告が役に立つのは,本来の満了日の前6か月以内にした催告によって,満了日を越えて最長6か月の猶予を得る場面である。
時効が既に完成した後に催告をしても,完成猶予の効果は生じない。

3 日付で見た例

弁済期が令和3年11月30日の売掛金債権で,債権者がその日を知っていた場合,民法166条1項1号の5年の時効期間は,令和8年11月30日の経過をもって満了する(民法140条・143条)。

(続きを読む...)内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方(AI作成)

時効完成後に債務を承認・一部弁済したら時効を援用できないか―最高裁昭和41年4月20日大法廷判決と再度の時効(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 対象と基準日2 結論第2 時効完成後の承認に関する最高裁判例1 大法廷昭和41年4月20日判決2 時効の利益の放棄との違い3 昭和45年5月21日判決と再度の時効第3 何が承認に当たるか1 一部弁済2 支払猶予・分割払の申入れ3 減額交渉と債務の存否を争う発言4 誰に対する表示か5 証拠の残し方第4 援用が許される場合と再度の時効1 信義則による制限の射程2 再度の時効の期間3 施行日前に生じた債権4 時効期間が経過した請求を受けたときの対応第5 保証人・物上保証人との関係1 主たる債務者が完成後に承認した場合2 保証人自身が完成後に弁済した場合3 物上保証人による承認第6 成年後見人が返済し又は債務を認めた場合第7 時効完成前の承認との区別第8 関連記事第9 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日

本記事は,消滅時効の期間が経過した後に,債務者が債務を認め,一部を支払い,又は支払の猶予を求めた場合に,その後に時効を援用することができるかを扱う。
中心となるのは,最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決と,最高裁判所第一小法廷昭和45年5月21日判決の二つである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した同日時点の現行民法と,平成29年法律第44号による改正前の民法で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判示事項・裁判要旨と全文を確認した。

時効期間が経過する前に債務を承認した場合(時効の更新)は,債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知で扱う。
消滅時効の全体像は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

①時効期間が経過した後に債務者が債務を承認すると,時効が完成したことを知らなかった場合でも,その時効を援用することは許されない(最高裁大法廷昭和41年4月20日判決)。
②その理由は,時効完成後の承認は時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり,債権者も債務者はもう時効を援用しないと考えるから,援用を認めないのが信義則に照らして相当だという点にある。
③時効完成後に承認したという事実だけから,債務者が時効完成を知って承認した(時効の利益を放棄した)と推定することは許されない(同判決)。
④もっとも,援用できなくなるのは既に経過した時効期間についてだけであり,承認の時から再び時効期間が進行し,それが満了すれば,債務者は再度完成した時効を援用することができる(最高裁昭和45年5月21日判決)。
⑤一部弁済は典型的な承認であり,支払の猶予を求めることも承認とされた例がある(同判決の原審の認定)。
⑥援用ができなくなるのは承認をした債務者自身についての話であり,物上保証人等の援用には影響しないと考えられる(債務者による時効の利益の放棄の効果は相対的であり物上保証人等に影響しないとした最高裁昭和42年10月27日判決参照)。
⑦成年後見人が本人を代理して時効完成後に返済し,又は債務を認めた場合も,本人の承認として扱われ,本人は時効を援用できなくなると考えられる。

時効期間が経過した請求を受けたときは,支払や「少し待ってほしい」という返事をする前に,時効が完成しているかどうかを確かめることが大切である。

第2 時効完成後の承認に関する最高裁判例
1 大法廷昭和41年4月20日判決
(1) 事案と判示事項

最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決(昭和37年(オ)第1316号,民集20巻4号702頁)は,請求異議事件において,債務者が消滅時効の完成後に債務を承認したと原審が認定した事案である。
原審は,債務者が商人であることと承認の事実を前提に,債務者は時効完成を知りながら承認し,時効の利益を放棄したものと推定していた。
裁判所ウェブサイトに掲載された判示事項は,①消滅時効完成後に債務の承認をした場合において承認は時効の完成を知ってしたものと推定することの可否,②消滅時効完成後における債務の承認と当該時効援用の許否の二点である。

(2) 推定の否定と判例変更

大法廷は,「債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえる」と述べた。
その上で,債務者が商人の場合でも,時効完成後に承認した事実から,時効完成を知って承認したと推定することは許されないとした。
これと見解を異にする最高裁判所第一小法廷昭和35年6月23日判決(民集14巻8号1498頁)は変更された。

(3) 援用の制限とその理由

大法廷は,推定の点では原審を誤りとしつつ,次のように判示して,消滅時効の抗弁を排斥した原判決の結論を維持した。
「債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。」

(続きを読む...)時効完成後に債務を承認・一部弁済したら時効を援用できないか―最高裁昭和41年4月20日大法廷判決と再度の時効(AI作成)

不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 民法724条・724条の2の構造1 条文2 3年・5年・20年の組合せ3 20年の期間の性質と経過措置4 債権一般の時効との関係第3 「損害及び加害者を知った時」の意義1 基本の定式2 「加害者を知った」といえるとき3 「損害を知った」といえるとき4 予見可能な損害と後から判明した損害5 民法724条の趣旨第4 類型別の起算点と注意点1 人身損害(交通事故・医療事故)2 潜伏期間のある疾病3 複数の加害者がいる場合4 継続する加害行為第5 実務上の時効管理1 起算点の確定と記録2 完成猶予・更新の手段3 計算例第6 関連記事第7 出典・参考資料1 法令2 裁判例
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,不法行為(民法709条等)に基づく損害賠償請求権がいつ時効にかかるかについて,民法724条・724条の2の構造と,「損害及び加害者を知った時」という起算点の意義を,最高裁判所の判例に即して整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行民法及び改正前民法の本文,判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で全文を確認したものに限っている。
消滅時効全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。

交通事故に固有の起算点(症状固定,物損,弁護士費用)は交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか―症状固定,物損の別進行及び弁護士費用,潜伏期間のある疾病は潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿,改正前民法724条後段の20年の性質は改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程で扱う。
本記事では,これらに共通する一般論を扱う。

2 結論

不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間(人の生命又は身体を害する不法行為では5年間)行使しないとき,又は不法行為の時から20年間行使しないときに,時効によって消滅する(民法724条・724条の2)。
3年(5年)の起算点である「損害及び加害者を知った時」とは,被害者が,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度に損害及び加害者を知った時をいう。
そのうち「損害を知った時」は,損害の発生を現実に認識した時であり,容易に認識し得た時ではない(最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決)。
「加害者を知った時」は,加害者の氏名・住所を確認して賠償請求が事実上可能になった時であり,姓や容貌を知っているだけでは足りないことがある(最高裁判所第二小法廷昭和48年11月16日判決)。

他方,損害の発生を知った以上,その損害との関連で当然に発生を予見できた損害は,全部知ったものとして扱われ,その時から時効が進行する(最高裁判所第一小法廷昭和43年6月27日判決)。
受傷当時には医学的に通常予想できなかった治療が後に必要になったような場合には,その治療費については,治療を受けるようになるまで時効が進行しないとされた例もある(最高裁判所第三小法廷昭和42年7月18日判決)。
実務では,いつ,何を,どの程度認識したかを時系列で固め,3年(5年)の期間を最も早い起算点から計算して管理するのが安全である。

第2 民法724条・724条の2の構造
1 条文

現行の民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」と定め,1号で「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」,2号で「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」を掲げる。
民法724条の2は,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効について,724条1号の「三年間」を「五年間」と読み替えている。
いずれも平成29年法律第44号による改正で現在の形になり,令和2年4月1日から施行されている。

改正前民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めていた。
この前段の3年が現行1号に,後段の20年が現行2号に対応する。
平成16年法律第147号による民法の現代語化より前の条文は片仮名表記であり,判例は「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」と引用している。

2 3年・5年・20年の組合せ

現行法の期間は,損害の種類で次のように組み合わさる。
どちらか早く到来した方で時効が完成する。

損害の種類主観的起算点からの期間客観的起算点からの期間人の生命又は身体を害する不法行為損害及び加害者を知った時から5年(724条1号・724条の2)不法行為の時から20年(724条2号)それ以外(物損,名誉毀損,財産的損害等)損害及び加害者を知った時から3年(724条1号)不法行為の時から20年(724条2号)

同じ事故で人身損害と物損が生じた場合には,それぞれの期間が別々に進む。
交通事故の物損が人身損害とは別に進行することを判示した最高裁判所第三小法廷令和3年11月2日判決の詳細は,前記の交通事故の記事で扱う。

(続きを読む...)不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義(AI作成)

債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 民法166条の原則1 条文2 主観的起算点と客観的起算点3 契約上の債権では5年になることが多い4 改正前民法との比較第3 短期消滅時効と商事消滅時効の廃止1 廃止された規定2 廃止の理由3 経過措置4 公立病院の診療報酬に関する最高裁平成17年判決第4 定期金債権1 民法168条2 改正前民法との違い第5 分野別の時効期間1 一覧表2 人身損害と不法行為3 判決で確定した権利4 賃金5 保険6 国・地方公共団体の金銭債権と租税7 相続関係第6 時効期間を確認するときの手順1 確認の順序2 計算の例第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,債権の消滅時効の期間が何年かについて,民法の原則と,民法以外の法律が定める分野別の期間を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行条文と,平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)の条文で確認した。
起算点の個別の論点,完成猶予・更新,援用については,消滅時効に関するメモ書きと,そこから分けた各記事で扱う。

2 結論

令和2年4月1日以後に生じた債権の消滅時効は,原則として,債権者が権利を行使することができることを知った時から5年,又は権利を行使することができる時から10年のいずれか早い方で完成する(民法166条1項)。
売買代金,貸金,報酬等の契約上の債権は,通常,弁済期の到来を債権者が知っているから,実際には弁済期から5年で時効になることが多い。

改正前民法にあった職業別の短期消滅時効(医師の診療報酬3年,弁護士報酬2年,飲食代金1年等)と,商行為によって生じた債権の5年(改正前商法522条)は廃止された。
ただし,令和2年3月31日以前に生じた債権(原因である契約が同日以前にされた債権を含む。)には,改正前民法・改正前商法の期間がなお適用される。

民法の原則とは別に,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権(民法167条・724条の2),不法行為による損害賠償請求権(民法724条),判決で確定した権利(民法169条),賃金(労働基準法115条・附則143条),保険給付(保険法95条),国・地方公共団体の金銭債権(会計法30条,地方自治法236条)等には,それぞれ別の期間がある。
時効期間を確認するときは,①債権の発生時期(改正前民法か改正後民法か),②債権の種類ごとの特別の定めの有無,③起算点の順で確認するのが確実である。

第2 民法166条の原則
1 条文

民法166条1項は,「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」とした上で,1号で「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。」,2号で「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。」と定める。
同条2項は,「債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定める。
所有権は,同条2項の対象から除かれており,消滅時効にかからない。

2 主観的起算点と客観的起算点

1号の「知った時から五年間」は,債権者の認識を基準とする起算点であり,主観的起算点と呼ばれる。
2号の「権利を行使することができる時から十年間」は,債権者の認識を問わない起算点であり,客観的起算点と呼ばれる。
両者は別々に進行し,いずれか一方が満了した時点で時効が完成する。

法務省の一般向けパンフレットは,改正の内容を,職業別の短期消滅時効の特例を廃止するとともに,「消滅時効期間を原則として5年とするなどしています。」と説明している。
同じパンフレットは,債権者自身が権利を行使することができることを知らないような債権の例として過払金返還請求権を挙げ,そのような債権は権利を行使することができる時から10年で時効になると説明している。

3 契約上の債権では5年になることが多い

契約に基づく代金債権や貸金債権は,弁済期が契約で定められており,債権者は弁済期の到来を当然に知っている。
そのため,主観的起算点と客観的起算点が一致し,弁済期から5年で時効が完成するのが通常である。
例えば,弁済期が令和3年(2021年)6月30日の貸金債権は,時効の完成猶予・更新がなければ,初日を算入せずに計算して(民法140条),令和8年(2026年)6月30日の終了で5年の時効期間が満了する。

これに対し,債権者が権利の存在を知らないことがある債権(過払金返還請求権,契約不適合を理由とする損害賠償請求権,不当利得返還請求権等)では,主観的起算点が遅れ,客観的起算点からの10年が先に満了することもある。
過払金の起算点は過払金返還請求権の消滅時効はいつから進行するか―取引終了時とした最高裁平成21年1月22日判決で,契約不適合責任の期間は契約不適合責任の期間制限―1年以内の通知,5年・10年の消滅時効及び旧瑕疵担保責任の判例で扱う。

(続きを読む...)債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間(AI作成)

賃金・残業代の消滅時効は3年か5年か―労働基準法115条・附則143条の読替えと撤廃論議(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 労働基準法115条と附則143条の読替え1 115条の本則2 附則143条による「当分の間」の読替え3 起算点は賃金の支払期日第3 請求権ごとの時効期間1 一覧2 退職手当3 年次有給休暇4 災害補償その他の請求権5 付加金と記録の保存第4 適用開始と経過措置1 令和2年4月1日以後に支払期日が到来する賃金2 付加金の経過措置3 民法の経過措置との違い第5 「当分の間」の3年を撤廃すべきかという議論1 労働政策審議会の報告と建議2 施行後5年の検討規定3 日本弁護士連合会の意見書と会長声明4 調査基準日の状況第6 請求と時効管理の実務1 時効の完成を止める手段2 労働基準監督署への申告と時効3 証拠の確保4 労働基準法の賃金に当たらない債権第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,未払の賃金・残業代(割増賃金)を請求できる期間,すなわち労働基準法の規定による賃金の請求権の消滅時効について,労働基準法115条と同法附則143条の関係を中心に説明するものである。
あわせて,退職手当,年次有給休暇,災害補償,付加金及び記録の保存期間の扱い,令和2年4月1日の改正の適用開始,「当分の間」の3年を撤廃すべきかという議論の経過,請求と時効管理の実務を扱う。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した同日時点の現行条文(令和9年4月1日施行予定の改正後の条文を含む。)と照合した。

債権の消滅時効の一般原則(民法166条)は債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間で,消滅時効全体の見取り図は消滅時効に関するメモ書きで扱っている。

2 結論

未払の賃金・残業代の消滅時効期間は,調査基準日現在,賃金の支払期日から3年である。
労働基準法115条の本則は5年と定めているが,同法附則143条3項が「当分の間」これを3年と読み替えており,この読替えは調査基準日現在も削除されていない。
退職手当(退職金)の請求権は5年,年次有給休暇の請求権と災害補償の請求権は2年である(ただし,令和9年4月1日以後,政令で定める疾病に係る災害補償の請求権は5年となる。)。
付加金の請求は違反の時から3年以内にしなければならず,賃金台帳等の記録の保存期間も当分の間3年とされている。

3年の期間が適用されるのは,令和2年4月1日以後に支払期日が到来した賃金であり,それより前に支払期日が到来した賃金には改正前の2年が適用される。
もっとも,改正前の2年が適用される賃金は既に全て2年を経過しているから,現在請求を検討する賃金は,事実上全て3年の対象である。
3年の経過が近い賃金については,内容証明郵便による催告(民法150条)で6か月の完成猶予を得た上で,その間に労働審判の申立て又は訴えの提起をするのが基本である。

第2 労働基準法115条と附則143条の読替え
1 115条の本則

労働基準法115条は,「この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。」と定める。
この規定は,労働基準法の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)によって改められたものであり,改正前の115条は,退職手当を除く賃金,災害補償その他の請求権を2年,退職手当の請求権を5年としていた。

改正の契機は,民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)が,月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権の1年の短期消滅時効(改正前民法174条1号)を含む職業別の短期消滅時効を廃止し,一般の債権の消滅時効期間を「知った時から5年・行使することができる時から10年」(民法166条1項)に改めたことである。
労働基準法の旧2年の規定は,民法の1年の短期消滅時効では労働者の保護に欠ける一方,民法の一般原則の10年では使用者に酷にすぎるという考慮から設けられた特則であり,基礎となった民法の短期消滅時効がなくなったことから,その在り方が見直された。

2 附則143条による「当分の間」の読替え

労働基準法附則143条3項は,115条の適用について,当分の間,同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのを「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」と読み替えると定める。
その結果,退職手当以外の賃金の請求権は3年,退職手当の請求権は5年となる。
同条1項は記録の保存期間(109条)の「五年間」を「三年間」と,同条2項は付加金の請求期間(114条ただし書)の「五年」を「三年」と,それぞれ当分の間読み替えている。

「当分の間」の終期は法律に定められていないから,附則143条が法律の改正によって削除されない限り,3年の期間が続く。
調査基準日現在の現行条文には附則143条がそのまま置かれており,令和9年4月1日に施行が予定されている労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)による改正後の条文でも,附則143条3項は「第百十五条第一項」を読み替える形に改められた上で維持されている。

3 起算点は賃金の支払期日

115条の起算点は「これを行使することができる時」であり,民法166条1項1号のような「知った時」を起算点とする定め(主観的起算点)は置かれていない。
厚生労働省労働基準局の「改正労働基準法等に関するQ&A」(令和2年4月1日)は,起算点について現行の取扱いからの変更はなく,改正後の115条の「これを行使することができる時」は従来と同様に賃金支払期日が起算点であることを示していると説明している。

(続きを読む...)賃金・残業代の消滅時効は3年か5年か―労働基準法115条・附則143条の読替えと撤廃論議(AI作成)

消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 経過措置を定める条文1 附則10条(時効に関する経過措置)2 附則35条(不法行為等に関する経過措置)3 民法以外の法律の経過措置第3 「債権が生じた」と「原因である法律行為」の意味1 基準は債権の発生時であり,請求時や弁済期ではない2 原因である法律行為が施行日前にされた場合3 契約の更新,保証及び継続的取引4 契約によらない債権第4 法務省の説明資料の設例1 飲食店のツケ(改正前民法の短期消滅時効)2 労災事故(原因である法律行為が施行日前)3 交通事故による傷害(附則35条2項)第5 振り分け表と計算例1 振り分け表2 日付による計算例第6 施行から6年半後の実務上の注意1 改正前民法が適用される債権はまだ残っている2 施行日以後の完成猶予・更新は改正後民法で判断する3 旧法下の判例を読むときの注意第7 関連記事第8 出典・参考資料1 法令2 公的資料
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象

本記事は,ある債権の消滅時効を判断するときに,平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)と改正後の民法(以下「民法」又は「改正後民法」という。)のどちらを適用するのかという問題を扱う。
改正法は令和2年4月1日に施行された(以下この日を「施行日」という。)。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行の民法及び民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の附則で確認した。

消滅時効の論点全体の見取り図は,消滅時効に関するメモ書きにまとめている。
本記事は,そのうち「新旧どちらの民法によるか」の部分だけを取り出して詳しく説明するものである。

2 結論

施行日(令和2年4月1日)より前に生じた債権の消滅時効は,期間も援用も改正前民法で判断する(附則10条1項・4項)。
施行日以後に生じた債権であっても,その原因である契約その他の法律行為が施行日前にされていれば,同じく改正前民法による(附則10条1項括弧書)。
施行日前に生じた時効の中断・停止の事由の効力は改正前民法により(同条2項),施行日前に書面でされた協議を行う旨の合意には民法151条を適用しない(同条3項)。

不法行為による損害賠償請求権には附則35条の特則がある。
不法行為の時から20年が施行日の時点で既に経過していた場合(平成12年3月31日以前の不法行為)は改正前民法724条後段(除斥期間)により,3年の時効が施行日の時点で既に完成していた場合は人身損害の5年の特則(民法724条の2)を適用しない。
法務省の説明資料によれば,生命・身体を害する不法行為で,被害者が損害及び加害者を知ったのが平成29年4月1日以後であれば,改正後民法の5年が適用される。

商行為によって生じた債権(改正前商法522条の5年)と労働基準法上の賃金債権には,それぞれ別の法律に経過措置がある。
施行から6年半が経過した現在でも,施行日前に契約した貸金,施行日前の雇用契約に基づく安全配慮義務違反の損害賠償請求権等については,改正前民法の10年の時効がなお進行中であることがある。

第2 経過措置を定める条文
1 附則10条(時効に関する経過措置)
(1) 1項と4項(援用と期間)

附則10条1項は,「施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第百四十五条の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と定める。
同条4項は,「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」と定める。
4項には括弧書がないが,1項の括弧書が「以下同じ。」としているから,4項の「施行日前に債権が生じた場合」にも,原因である法律行為が施行日前にされた場合が含まれる。

「期間」には,時効期間の長さだけでなく,改正前民法166条1項の「権利を行使することができる時から」という起算点の定め方も含まれると読むのが自然である。
したがって,改正前民法が適用される債権には,改正後民法166条1項1号の「権利を行使することができることを知った時から五年間」という主観的起算点の時効は働かず,改正前民法167条1項の10年や,職業別の短期消滅時効(改正前民法170条~174条),商事消滅時効(改正前商法522条)がそのまま適用される。

援用について「従前の例による」とされたのは,改正後民法145条が「当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)」と括弧書で援用権者を明示したのに対し,改正前民法145条は「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」とだけ定めていたからである。
改正前民法が適用される債権では,誰が援用できるかは改正前民法145条の「当事者」の解釈,すなわち従来の判例によって判断することになる。
援用権者の範囲の詳細は,消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者で扱う。

(2) 2項と3項(中断・停止と協議合意)

附則10条2項は,「施行日前に旧法第百四十七条に規定する時効の中断の事由又は旧法第百五十八条から第百六十一条までに規定する時効の停止の事由が生じた場合におけるこれらの事由の効力については、なお従前の例による。」と定める。

(続きを読む...)消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表(AI作成)

産休・育休からの復職時の降格・役職外し―均等法9条3項・育児介護休業法10条と「特段の事情」(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論の要旨1 本記事が扱う場面2 結論の要旨第2 禁止規定と強行規定であることの意味1 二つの禁止規定2 強行規定であることの意味第3 「理由として」の判断――契機と原則・例外1 行政解釈(平成27年1月23日通達)2 最高裁平成26年10月23日判決の判断枠組み第4 育休復帰時の降格に関する津地裁令和8年3月27日判決1 事案2 判断枠組み3 特段の事情を否定した事情4 認められた請求第5 降格を伴わない配置も不利益取扱いになり得ること(東京高裁令和5年4月27日判決)1 事案と判断枠組み2 当てはめと認められた請求第6 請求の立て方と会社の側の対応1 社員の側の請求2 会社の側で整えておくこと第7 関連する山中弁護士ブログの記事第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 判例秘書で確認した裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)4 行政解釈
第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事が扱う場面

本記事は,産前産後休業や育児休業を終えて職場に戻る社員を,休業前より低い役職や職位で復職させる場面を扱う。
店長や課長の役職を外し,それに伴って役職手当や基本給が下がる扱いが典型であり,会社の側からは「休業中に後任を置いたので空きがない」という事情が主張されることが多い。
基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書の判決全文で,行政解釈は厚生労働省の法令等データベース又は同省ウェブサイト掲載の通達で確認したものに限っている。

2 結論の要旨

①妊娠・出産や産前産後休業を理由とする不利益取扱いは男女雇用機会均等法9条3項が,育児休業を理由とする不利益取扱いは育児・介護休業法10条が禁止しており,いずれも強行規定と解されている。
②休業を契機として降格させた場合は,原則として禁止される不利益取扱いに当たり,例外は,本人の自由な意思に基づく承諾があったといえる合理的な理由が客観的に存在する場合か,業務上の必要性から降格しないことに支障があり,法の趣旨・目的に実質的に反しないといえる特段の事情がある場合に限られる(最高裁平成26年10月23日判決)。
③育児休業からの復帰時の降格については,本人に利益がないのでむしろ厳格に判断すべきだとして,「後任がいてポストに空きがない」という事情だけでは特段の事情を認めず,差額賃金と慰謝料の支払を命じた裁判例がある(津地裁令和8年3月27日判決)。
④基本給や役職の等級が下がらない配置でも,業務の内容の質が著しく下がり,将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものは不利益な取扱いに当たり得るとして,部下を付けない業務への配置を違法とした裁判例がある(東京高裁令和5年4月27日判決)。

第2 禁止規定と強行規定であることの意味
1 二つの禁止規定
(1) 均等法9条3項

男女雇用機会均等法9条3項は,事業主が,女性労働者が妊娠したこと,出産したこと,労働基準法65条1項の産前休業を請求し,又は同条1項・2項の休業をしたことその他の妊娠・出産に関する事由で厚生労働省令で定めるものを理由として,解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止している。
妊娠中の女性が請求した場合の軽易な業務への転換(労働基準法65条3項)を契機とする降格も,この規定の問題として扱われた(第3の2)。

(2) 育児・介護休業法10条

育児・介護休業法10条は,事業主が,労働者が育児休業の申出をし,又は育児休業をしたこと等を理由として,解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止している。
男性が育児休業を取得した場合もこの規定の対象であり,産前産後休業に続けて育児休業を取った女性が復職する場面では,均等法9条3項と育児・介護休業法10条の両方が問題になる。

2 強行規定であることの意味
(1) 均等法9条3項と育児・介護休業法10条の性質

最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決は,均等法9条3項を強行規定とし,これに反する不利益取扱いは違法であり無効であるとした。
育児・介護休業法10条については最高裁の判断はないが,津地裁令和8年3月27日判決は,同条の文言や趣旨,同法に基づく指針(平成21年厚生労働省告示第509号)が降格を不利益な取扱いの例に挙げていること等から,同条も強行規定と解するのが相当であるとした。

(2) 無効であることの帰結

強行規定に反する降格は無効であるから,社員は,降格がなかったものとして,本来の役職・職位を前提とする賃金を請求することができる。
差額分を損害賠償として請求する構成に限られないことは,請求の立て方を考えるうえで重要である(第6の1)。

第3 「理由として」の判断――契機と原則・例外
1 行政解釈(平成27年1月23日通達)
(1) 契機としたときは原則として「理由として」に当たる

厚生労働省は,平成27年1月23日付け雇児発0123第1号通達で,均等法と育児・介護休業法の解釈通達を改め,妊娠・出産等や育児休業の申出・取得を契機として不利益取扱いが行われた場合は,原則としてそれを理由として不利益取扱いがなされたと解されるとした。

(続きを読む...)産休・育休からの復職時の降格・役職外し―均等法9条3項・育児介護休業法10条と「特段の事情」(AI作成)

退職後の競業避止義務と退職金の減額・不支給―誓約書・就業規則の有効性と返還請求(AI作成)

目次第1 本記事の対象と結論の要旨1 本記事が扱う場面2 結論の要旨第2 退職後の競業避止義務の合意の有効性1 合意の根拠と形式2 有効性の判断要素3 保険会社の執行役員の事案(東京高裁平成24年6月13日判決)4 合意が有効とされた例5 裁判例の分かれ目第3 同業他社へ転職した社員の退職金の減額・不支給条項1 半額とする規定(三晃社事件)2 全額を支給しない規定(中部日本広告社事件)3 業績退職金の不支給が認められた例(日本産業パートナーズ事件)4 労働基準法24条(全額払)との関係第4 支払済みの退職金の返還請求と,会社が整えておくこと1 返還請求の組み立て方2 規程・誓約書で確認しておく事項第5 関連する山中弁護士ブログの記事第6 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 判例秘書で確認した裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)
第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事が扱う場面

本記事は,社員が退職した後に同業他社へ就職し,又は同業の事業を始めた場面で,会社が①退職後の競業を禁じる合意を根拠に責任を問えるか,②同業他社へ転職した社員の退職金を減額し,又は支給しない就業規則の条項を適用できるかを扱う。
基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書の判決全文で確認したものに限っている。

この二つは,同じ転職を材料にしていても別の問題である。
①は競業を禁じる合意そのものが公序良俗に反しないかという問題であり,②はその会社の退職金制度の中で減額・不支給の条項が合理的か,またその社員に適用してよいかという問題である。
①の合意が有効でも②の条項がそのまま適用できるとは限らず,逆に②の検討だけで①を飛ばすこともできない。

2 結論の要旨

①退職後の競業避止の合意は,会社の正当な利益の保護を目的とするか,在職中の地位,禁止される業務・期間・地域の範囲,代償措置の有無等を考慮し,合理性を欠いて職業選択の自由を不当に害する場合には公序良俗に反して無効となる(東京高裁平成24年6月13日判決)。
②同業他社へ転職した社員の退職金を自己都合退職の半額とする規定は,退職金が功労報償的な性格を併せ持つ場合には合理性を否定されず,退職金の権利がその限度でしか発生しないという趣旨と解されるから,労働基準法24条(全額払)にも反しない(最高裁昭和52年8月9日判決)。
③もっとも,退職金の全額を支給しない条項については,単に競業に携わったというだけでは足りず,労働の対償を失わせることが相当といえる顕著な背信性がある場合に限って適用できるとした高裁判決がある(名古屋高裁平成2年8月31日判決)。
④他方で,競業避止の合意を有効とし,転職前に大量の資料を持ち出して転職先で同じ案件を担当した社員について,業績に連動する部分の退職金の不支給を認めた裁判例もある(東京高裁令和5年11月30日判決)。

第2 退職後の競業避止義務の合意の有効性
1 合意の根拠と形式
(1) 誓約書・労働契約で定めた場合

在職中の社員は,労働契約上の信義則(労働契約法3条4項)により,会社と競合する行為を控える義務を負うと一般に理解されている。
これに対し,退職後の競業を禁じるには,誓約書,労働契約書又は退職時の合意書等で,禁止の内容を明確に定めておく必要がある。
退職後の社員は会社との労働契約から離れており,憲法22条1項が保障する職業選択の自由を直接に制約する合意になるためである。

(2) 就業規則で定めた場合

就業規則に退職後の競業避止を定めた場合は,その条項が労働契約の内容になるかについて,労働契約法7条により,合理的な労働条件であることと社員への周知が問われる。
誓約書の条項と就業規則の条項は,有効性を検討する枠組みが違うので,紛争になったときは,まず会社が根拠とする条項がどちらに書かれているかを確認することになる。
両方に定めがある場合は,それぞれの文言と,社員が個別に同意したかどうかを分けて見る必要がある。

2 有効性の判断要素
(1) 判断枠組み

退職後の競業避止義務について,一般的な判断枠組みを示した最高裁判例は,裁判所ウェブサイトで確認した範囲では見当たらない。
東京高裁平成24年6月13日判決(平成24年(ネ)第920号,退職金請求控訴事件)は,職業選択の自由(憲法22条1項)を踏まえ,退職後の競業を避止すべき義務を定める合意は,会社の正当な利益の保護を目的とすること,契約期間中の地位,競業が禁止される業務・期間・地域の範囲,代償措置の有無等の諸事情を考慮し,合理性を欠き自由を不当に害すると判断される場合には,公序良俗(民法90条)に反して無効となるとした。

(2) 各要素の見方

目的については,営業秘密,顧客情報,独自のノウハウ等,会社が守る必要のある利益が具体的に特定できるかが問われる。
単に競争相手を増やしたくない,人材の流出を防ぎたいという目的だけでは,正当な利益の保護とは評価されにくい。

(続きを読む...)退職後の競業避止義務と退職金の減額・不支給―誓約書・就業規則の有効性と返還請求(AI作成)

出版取次の本がAI学習に使われたら―日販・Anthropic報道,譲渡権の消尽,再販契約及び米国Bartz事件の裁判資料(AI作成)

目次第1 本記事の結論1 結論2 基準日と資料の性質第2 報道された事実1 朝日新聞の報道2 日経ビジネスの報道第3 米国の裁判資料で確認できること1 Bartz事件と封印解除2 社内会議メモに記載された「Nippan Japan」3 日本語書籍の書誌の取込み4 他の取次・書店との取引5 裁判資料から分からないこと第4 米国の裁判所の判断1 フェアユース命令の三つの区分2 和解の範囲第5 日本法の論点―本を売ること1 譲渡権の消尽2 出版社と取次の取引契約3 再販売価格維持契約第6 日本法の論点―スキャンと学習1 準拠法2 日本で行われた場合の著作権法30条の43 私的使用の複製(30条1項)との違い第7 当事者ごとの実務1 出版社2 取次・書店3 AI事業者第8 まとめ第9 出典1 法令2 裁判例3 米国の裁判資料4 公的資料5 報道6 関連記事
第1 本記事の結論
1 結論

令和8年9月18日,出版取次大手の日販グループが米国のAI開発企業Anthropic社に大量の書籍を販売していたとして,日本書籍出版協会(書協)が日販に事実確認を求める書面を送ったと報じられた。
報道の根拠となった米国の裁判資料を確認すると,Anthropic社の社内会議メモに「Nippan Japan」との書籍購入契約が令和6年11月21日に締結された旨の記載がある。
他方で,購入した冊数,単価,金額及び書籍の種類は黒塗りであり,日販にどのような用途が告げられていたかも,裁判資料からは分からない。

日本法の観点からは,次の3点を分けて考える必要がある。
①出版社が流通に置いた本を取次が転売すること自体は,譲渡権の消尽(著作権法26条の2第2項1号)により,著作権の問題になりにくい。
②転売先・用途・価格をめぐる問題は,出版社と取次の間の取引契約と再販売価格維持契約の問題であり,契約書の条項によって結論が変わる。
③購入した本の裁断・スキャンと学習は,それが行われた国の著作権法で判断されるのが原則であり,米国で行われたのであれば米国法(フェアユース)の問題になる。

米国の連邦地裁は,購入した紙の本を裁断・スキャンして電子化した行為をフェアユースと判断し,その後の15億ドルの和解も,購入した本のスキャンによる学習を対象外としている。
したがって,「本を買ってスキャンし,学習に使う」という経路は,米国では法的に閉じられていない。
出版社がこの経路に対応するには,取引契約での転売先・用途の定めと,AI学習用のライセンス市場の形成という,契約と市場の手段によることになる。

2 基準日と資料の性質

本記事は,令和8年9月19日現在の公開資料に基づく。
法令の条文は同日にe-Gov法令検索で確認した現行条文により,日本の裁判例は裁判所ウェブサイトで実在と該当箇所を確認したものを用い,関連する裁判例の有無は判例秘書でも検索した。
米国の裁判資料は,裁判記録を再公開するCourtListenerのPDFで本文を確認したものであり,PACERの認証済み写しではない。

朝日新聞と日経ビジネスの記事は,いずれも有料部分がある。
朝日新聞の記事は,Yahoo!ニュースに転載された全文で内容を確認したが,日経ビジネスの記事は有料部分を確認していない。
書協の書面と日販の回答書は公表されておらず,本記事は報道の記載によっている。

本記事の作成には,本件の当事者であるAnthropic社の生成AIを用いている。
そのため,裁判資料と報道の記載に即して記述し,いずれかの当事者に有利又は不利な評価を加えないよう注意した。

第2 報道された事実
1 朝日新聞の報道

朝日新聞(令和8年9月18日)によれば,書協は日販に対し,Anthropic社に渡った書籍に加盟出版社の発行物が含まれていたか,含まれていた場合の詳細,出版社の了承なく海外業者に大量販売した場合の法的整合性等の説明を求めた。
あわせて,AI学習を目的とする書籍の新たな販売の取りやめと,AI学習目的の書籍供給についての考え方の表明も求めたとされる。

同記事は,作家らがAnthropic社を訴えた米国の著作権侵害訴訟の裁判資料に,日販とみられる「Nippan Japan」の記述が複数回登場すると報じている。
日販は同紙の取材に対し,個別取引については取引の有無を含めて回答を差し控えるとした上で,「AI企業の学習向け用途と認識したうえで販売した事実はない」などと回答したとされる。

令和8年9月19日現在,書協と日販の各ウェブサイトに,本件に関する発表は見当たらない。

2 日経ビジネスの報道

(続きを読む...)出版取次の本がAI学習に使われたら―日販・Anthropic報道,譲渡権の消尽,再販契約及び米国Bartz事件の裁判資料(AI作成)

固定残業代が有効になる要件―判別可能性・対価性と最高裁7判決,職務手当型の規程の点検(AI作成)

目次第1 固定残業代の有効性を決める二つの要件第2 判別可能性1 歩合給や基本給に含めただけでは判別できない2 高額の年俸でも同じ(最高裁平成29年7月7日判決)第3 対価性1 対価性の判断要素(最高裁平成30年7月19日判決)2 判別の前提としての対価性と賃金体系全体(最高裁令和2年3月30日判決)3 賃金体系を変えて手当を新設した場合(最高裁令和5年3月10日判決)第4 差額の支払と,無効とされた場合の計算1 固定残業代を超える割増賃金は別途支払う2 無効とされると手当は計算の基礎に入る第5 求人・募集の段階で求められる表示1 職業安定法と施行規則の定め2 指針が求める3点の明示3 明示を怠った場合の行政上の措置4 求人時の表示と固定残業代の有効性の関係第6 就業規則・雇用契約書を点検するときの着眼点1 職務手当に割増賃金を含める型の規程2 確認する資料と事実3 請求の期間第7 出典1 法令2 法律に基づく指針3 所管行政機関の広報資料4 裁判例
第1 固定残業代の有効性を決める二つの要件

基本給や手当に残業代をあらかじめ含めて支払う方法(固定残業代)は,それだけで労働基準法37条に違反するものではない。
最高裁平成29年7月7日判決は,基本給や諸手当に「あらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。」とした。

もっとも,固定残業代の支払で割増賃金を支払ったといえるためには,次の要件がある。
①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できること(判別可能性)
②その手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていること(対価性)
③割増賃金に当たる部分が法定の計算額を下回るときは,差額を支払うこと

本記事は,令和8年9月19日を基準に,これらの要件を示した最高裁の7判決の全文を基に,要件の中身と,求人・募集の段階で求められる表示,就業規則や雇用契約書の定めを点検するときの着眼点を説明する。
残業代の計算方法と請求手続の全体は時間外労働,休日労働及び深夜労働と残業代請求で,休憩時間中の電話番が労働時間になるかは昼休みの電話番・来客対応は労働時間になるか―休憩と残業代の判断・立証で扱っている。

第2 判別可能性
1 歩合給や基本給に含めただけでは判別できない
(1) 歩合給の事案(最高裁平成6年6月13日判決)

タクシー乗務員の賃金が月間水揚高に一定の歩合を乗じた歩合給だけで,時間外・深夜労働をしても増額されない事案で,会社は歩合給に割増賃金も含まれていると主張した。
最高裁平成6年6月13日判決は,歩合給が時間外・深夜労働によって増額されず,「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべき」とした。

(2) 基本給の事案(最高裁平成24年3月8日判決)

派遣労働者の基本給を月額41万円とし,月間総労働時間が180時間を超えた分だけ1時間当たりの額を加算する契約について,会社は180時間以内の時間外労働分は基本給に含まれていると主張した。
最高裁平成24年3月8日判決は,月額41万円の全体が基本給とされ,その一部が割増賃金として区別されていた事情はなく,時間外労働の時間も月によって大きく変動し得ることから,「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。」とした。
同判決は,労働者が180時間以内の時間外労働の割増賃金の請求権を放棄したという原審の見方も,自由な意思に基づく放棄の意思表示が明確でないとして退けた。

同判決の補足意見は,一定時間分の残業手当を毎月の給与に含める場合には,その旨が雇用契約上明確にされ,支給時に時間数と金額が明示され,その時間を超えた残業には別途上乗せして支払う旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる,と述べた。
これは補足意見であり法廷意見ではないが,固定残業代の定め方を検討する際の目安になる。

2 高額の年俸でも同じ(最高裁平成29年7月7日判決)

医師の年俸を1700万円とし,時間外勤務給与規程で支払う分以外の割増賃金は年俸に含めるという合意があった事案で,原審は,医師の業務の特質や給与の高さから,判別できなくても不都合はないとした。
最高裁平成29年7月7日判決は,割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合には,「通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり」,割増賃金に当たる部分が法定の計算額を下回るときは,使用者が差額を支払う義務を負うとした。
本件の合意では年俸のうち割増賃金として支払われた金額を確定できないから,判別できないとして,原判決の割増賃金と付加金の部分を破棄して差し戻した。

第3 対価性
1 対価性の判断要素(最高裁平成30年7月19日判決)

薬剤師の賃金が基本給46万1500円と業務手当10万1000円で,契約書,採用条件確認書及び賃金規程に業務手当は時間外手当に当たる旨の記載があった事案である。
最高裁平成30年7月19日判決(一般に日本ケミカル事件と呼ばれる)は,対価性について次のとおり述べた。
「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」

(続きを読む...)固定残業代が有効になる要件―判別可能性・対価性と最高裁7判決,職務手当型の規程の点検(AI作成)

親の土地を子に使用貸借して賃料を子の所得にできるか―大阪地裁令和3年4月22日判決と大阪高裁令和4年7月20日判決(AI作成)

目次第1 親の土地の賃料を子へ移す方法と裁判所の判断第2 所得の帰属を決める所得税法12条1 実質所得者課税の原則2 所得税基本通達12-1第3 大阪地裁令和3年4月22日判決は子らの所得とした1 事案2 使用貸借は成立したとした3 子らは形式上も実質上も収益を享受しているとした第4 大阪高裁令和4年7月20日判決は親の所得とした1 使用貸借の成立は認めた2 子らを単なる名義人とした理由第5 両判決の分かれ目と,同じ方法が否認されやすい事情1 民法上の帰属を基準にするか,収益の支配を見るか2 控訴審の判断で重視された事情第6 既に同じ方法を取っている場合の手続と期間1 親に対する更正と加算税2 子が申告していた賃料の更正の請求3 契約をどうするか第7 出典1 法令・通達2 裁判例
第1 親の土地の賃料を子へ移す方法と裁判所の判断

親が所有する駐車場用地を子に無償で貸し(使用貸借),子が賃貸人となって第三者から賃料を受け取る形にすれば,賃料は子の不動産所得になるのか。
同じ事案について,大阪地裁令和3年4月22日判決は子らの所得と判断し,控訴審の大阪高裁令和4年7月20日判決は親の所得と判断した。

結論が分かれたのは,使用貸借が成立したかどうかではない。
控訴審も使用貸借の成立は認めた上で,子らは所得税法12条の「単なる名義人」に当たるとした。
相続税対策と所得税の節税を目的として,親の存命中は所有権を親に残したまま賃料だけを子へ移す方法は,控訴審の判断に従えば,親の所得として課税されることになる。

本記事は,令和8年9月19日を基準に,両判決の全文と所得税法12条を基に,判断の分かれ目と,同じ方法を取っている場合に確認すべき事項を説明する。
親族間の土地の貸し借りと贈与税・相続税の評価は親族間で土地を使わせる場合の課税-使用貸借と相当の地代で,地代の水準から使用貸借と賃貸借を見分ける方法は使用貸借と賃貸借の区別-固定資産税程度の支払,相場より安い地代・家賃は賃料かで扱っている。

第2 所得の帰属を決める所得税法12条
1 実質所得者課税の原則

所得税法12条は,次のとおり定める。
「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」

この規定は,見出しのとおり実質所得者課税の原則と呼ばれる。
問題になるのは,収益の法律上の帰属者(本件では賃貸人となった子)が「単なる名義人」に当たるかどうかである。

2 所得税基本通達12-1

国税庁の所得税基本通達12-1は,同条の適用について次のように定める。
「法第12条の適用上、資産から生ずる収益を享受する者がだれであるかは、その収益の基因となる資産の真実の権利者がだれであるかにより判定すべきであるが、それが明らかでない場合には、その資産の名義者が真実の権利者であるものと推定する。」

通達は国税庁長官が職員に示す法令解釈であり,裁判所を拘束するものではない。
後記のとおり,第一審は使用借主を「真実の権利者」とみてこの通達を当てはめ,控訴審は同じ通達を所有者に帰属させる方向で引用した。

第3 大阪地裁令和3年4月22日判決は子らの所得とした
1 事案

親は大阪府枚方市に多数の不動産を所有し,平成16年頃から4筆の土地を駐車場として賃貸していた。
駐車場の賃貸借契約の事務と賃料の受領は,管理会社2社に報酬を払って委託していた。
平成25年11月以降,長男が親の意向を受けて税理士法人に不動産の節税対策と相続税対策を相談した。

平成26年1月25日付けで,親と長男,親と長女の間でそれぞれ「使用貸借契約書」と題する契約書が作られた。
契約書には,期間を平成26年2月1日から10年間とし,子が固定資産税等の相当額を親に支払うこと,親の承諾により転貸できることが記載されていた。
同日,土地上のアスファルト舗装等を子に贈与する契約も結ばれ,平成26年2月以降の駐車場の賃料は子らの口座に振り込まれるようになった。

税務署長は,平成26年分の駐車場の賃料は親に帰属するとして,親に対し所得税等の増額更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分をした。
親がその取消しを求めたのが本件である。

(続きを読む...)親の土地を子に使用貸借して賃料を子の所得にできるか―大阪地裁令和3年4月22日判決と大阪高裁令和4年7月20日判決(AI作成)

会社法の株式価格決定と相続税評価の違い――DCF法,非流動性ディスカウント及び最高裁決定(AI作成)

目次第1 会社法の株式価格決定と相続税評価の違い――この記事の対象と時点第2 場面ごとに異なる非上場株式の「時価」1 条文上の文言の違い2 場面ごとの比較3 評価の目的が違えば数値も違う第3 会社法の価格決定で使われる評価方法1 DCF法・収益還元法・純資産法・配当還元法2 DCF法が主流となった経過3 複数の手法を併用した決定例4 プロラタ価値を明示した横浜地裁の決定第4 非流動性ディスカウントをめぐる最高裁の二つの決定1 最高裁平成27年3月26日決定――組織再編の買取請求では不可2 最高裁令和5年5月24日決定――譲渡制限株式の売買価格では可3 二つの決定の違い――「非上場株式は常に30%減」とはいえない4 公開買付け後のキャッシュアウトと評価通達6項第5 相続税評価と会社法の価格決定の距離1 通達評価は「一定の割り切った評価」2 国税庁案が会社法の考え方に近づく面3 なお異なる面第6 実務上の使い分け――相続税評価額をそのまま使えない場面1 遺産分割と代償金2 財産分与3 譲渡制限株式の売買価格決定と株式買取請求第7 関連記事第8 出典1 法令2 裁判例3 有識者会議の資料
第1 会社法の株式価格決定と相続税評価の違い――この記事の対象と時点

同じ非上場株式であっても,相続税評価と会社法上の価格決定とでは,評価の目的,方法及びディスカウントの扱いが異なる。
相続税評価は,大量の申告を法定の期限内に処理するため,財産評価基本通達の定める方式で画一的に評価するものであり,国税庁自身が「一定の割り切った評価」と位置付けている(第6回資料11頁)。
これに対し会社法上の価格決定は,譲渡制限株式の売買価格や反対株主の買取価格について,裁判所が制度の趣旨に従い個別の事情を考慮して定めるものであり,DCF法等の評価手法の選択も,非流動性ディスカウントの可否も,手続の種類と算定過程に応じて判断される。

この記事は,令和8年9月19日現在で公表されている資料に基づき,会社法上の株式価格決定と相続税評価の違いを,条文,最高裁決定及び下級審の決定例に即して整理するものである。
素材は,国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第1回から第6回までの会議資料,第5回までの議事要旨及び第5回当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」であり,第6回会議の議事要旨はこの記事の作成時点で公表されていない。
有識者会議で示されている見直し案は国税庁事務局のたたき台であり,決定したものではない。
骨子自身も,評価水準・税負担の在り方等を含め「最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」としている(骨子1頁)。

有識者会議の経緯と論点の全体は,親記事である取引相場のない株式の評価に関する有識者会議にまとめており,この記事はその第8「会社法における株式価格の決定との距離」を独立させて掘り下げたものである。

第2 場面ごとに異なる非上場株式の「時価」
1 条文上の文言の違い

相続税法22条は,「相続,遺贈又は贈与により取得した財産の価額は,当該財産の取得の時における時価により」と定めるだけで,評価の方法は財産評価基本通達に委ねられている。
これに対し会社法は,場面ごとに裁判所が価格を決定する手続を置いている。
譲渡制限株式の譲渡を会社が承認しなかった場合の買取りについて,会社法144条2項は株式会社又は譲渡等承認請求者が通知の日から20日以内に「裁判所に対し,売買価格の決定の申立てをすることができる」とし,同条3項は,裁判所は「譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」と定める。
吸収合併等に反対する株主は,会社法785条1項により「自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができ」,協議が調わないときは同法786条2項により裁判所に価格の決定の申立てをすることができる。
全部取得条項付種類株式の取得については,会社法172条1項が,反対株主等は裁判所に対し「取得の価格の決定の申立てをすることができる」と定めている。

2 場面ごとの比較

非上場株式の価額が問題となる主な場面を整理すると,次のとおりである。

場面根拠評価の目的・方法相続税・贈与税相続税法22条,財産評価基本通達大量の申告を期限内に処理するための画一的評価。類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式等の通達の方式による所得税・法人税所得税基本通達・法人税基本通達第4回資料8頁によれば,課税上弊害がない限り評価通達に準じて評価する譲渡制限株式の売買価格会社法144条2項・3項譲渡を希望する株主の投下資本回収の保障。裁判所が資産状態その他一切の事情を考慮して定める組織再編の反対株主の買取請求会社法785条1項・786条2項退出を選択した株主への企業価値の適切な分配。「公正な価格」全部取得条項付種類株式の取得価格会社法172条1項一般に公正と認められる手続による公開買付けの後に同額で取得した場合は,特段の事情がない限り公開買付価格と同額M&A(相対取引)当事者間の合意交渉で決まる価格であり,交換価値を反映しているとは限らない遺産分割・遺留分・財産分与民法等当事者間の公平。相続税評価額は当然には基準とならない(第6参照)

所得税・法人税の行は,第4回資料8頁が「相続税法,所得税法,法人税法のいずれにおいても『時価』は『客観的交換価値』と解されており,時価の概念という点においては共通するものの,課税の目的に応じ,所得税基本通達及び法人税基本通達において,課税上弊害がない限り,評価通達に準じて評価する旨定められている」と記載していることによる。
M&Aの行は,東京高等裁判所令和6年8月28日判決(令和6年(行コ)第36号。裁判所ホームページ未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。)が,M&Aが行われる場合には高度な経営判断や双方の交渉の結果等により売買代金が決定されるのであって,売買代金が交換価値を反映しているとは限らないと述べていることによる。

3 評価の目的が違えば数値も違う

評価の目的が違えば評価額が違うことは,有識者会議でも前提とされている。
第4回会議では,委員から「目的によって評価が異なるのは一般的な考え方であり,会社法の裁判例や,M&Aの事例を,相続や贈与の時の評価の参考とするような,目的が違うものを並べて参考とすることには違和感がある」との意見が出ている(第4回議事要旨12頁)。
第4回資料8頁も,委員の意見の整理として「会社法やM&A価格との乖離を根拠に通達の見直しを論ずることには慎重であるべき」との意見を掲げている。
他方,事務局は,昭和30年代に作られた考え方が評価理論の進歩や社会経済情勢の変化の中で置き去りにされ,評価額圧縮スキームを跋扈させる温床となった側面があるとし,「進歩を遂げた会社法やM&Aの考え方を参考にしながら見直していくことが必要」と説明している(第4回議事要旨6頁)。
会社法の価格決定実務は,相続税評価の「正解」ではなく,見直しの方向を考える際の参照点という位置付けである。

第3 会社法の価格決定で使われる評価方法
1 DCF法・収益還元法・純資産法・配当還元法

(続きを読む...)会社法の株式価格決定と相続税評価の違い――DCF法,非流動性ディスカウント及び最高裁決定(AI作成)

国税庁が例示した非上場株式の評価額圧縮スキーム8類型――会社規模の操作,配当還元株主の作出及びオペレーティング・リース(AI作成)

目次第1 国税庁が例示した評価額圧縮スキーム8類型とは――この記事の対象と時点1 結論2 記事の性質と基準日第2 評価額圧縮スキーム8類型の一覧1 8類型の一覧表2 表の読み方第3 5つの型に分けた現行通達上の仕組み1 本記事の分類2 会社規模・評価会社区分の操作3 配当還元方式の対象の作出4 比準要素の引下げ5 純資産・評価差額の人為的変動6 評価時点の数値を下げる行為第4 財産評価基本通達6項(総則6項)との関係1 総則6項の適用件数2 経済産業省・中小企業庁の意見書がいう「14件」3 判断の枠組みと近時の例第5 見直し案での対応1 類型ごとの対応案2 会社規模の操作と配当還元方式3 利益操作とグループ法人4 資産管理会社と3年以内取得の不動産第6 実務上の注意1 既に実行したスキームの見直し2 総則6項のリスク3 事業承継税制との関係第7 関連記事第8 出典1 通達2 有識者会議の資料3 行政機関の意見書4 裁判例・裁決
第1 国税庁が例示した評価額圧縮スキーム8類型とは――この記事の対象と時点
1 結論

国税庁は,令和8年7月3日の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第4回会議の資料の別添2に,取引相場のない株式(非上場株式)の相続税・贈与税の評価額を圧縮するスキームの事例を8類型掲げた(第4回資料32頁~39頁)。
その中身は,会社規模や評価会社の区分を人為的に動かすもの,配当還元方式で評価される株主を作り出すもの,オペレーティング・リース等で利益や純資産を一時的に下げるもの,債務や評価差額を膨らませるもの,通達上の期間の経過を待つものに分けられ,資料が示す圧縮額は評価額で最大100億円,割合で最大約98%である。
国税庁は,こうした事例への対応を,財産評価基本通達6項による個別の課税処分から,評価方法そのものの見直しへ移そうとしている。

2 記事の性質と基準日

この記事は,令和8年9月19日現在で国税庁が公表している第1回から第6回までの会議資料,第5回までの議事要旨及び第5回の当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」に基づく。
第6回会議(令和8年9月16日)の議事要旨は,この記事の作成時点で公表されていない。

この記事は節税方法の解説ではない。
各事例の仕組みは,国税庁がどのような行為を問題視しているかを理解するのに必要な範囲でだけ紹介する。
別添2の事例は,資料自身が「事例を簡略化したもの」と題しているとおり(第4回資料31頁),制度の見直しを検討するために当局が示した例示である。
ここに挙げられた行為が当然に違法となるわけではなく,当然に財産評価基本通達6項の対象となるわけでもない。

また,後記第5の見直し案は,いずれも国税庁事務局が有識者会議に示したたたき台であり,決定したものではない。
骨子自身が「見直し内容のほか,評価水準・税負担の在り方等も含め,最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」としている(骨子1頁)。
会議全体の経緯は,親記事の取引相場のない株式の評価に関する有識者会議にまとめている。

第2 評価額圧縮スキーム8類型の一覧
1 8類型の一覧表

第4回資料別添2の8事例を,資料の記載どおりにまとめると次のとおりである。

事例(第4回資料の頁)仕組みの要点資料が示す圧縮額又は割合①子会社の会社規模操作(32頁)上場株式を現物出資して設立した会社の傘下の子会社に,買収した会社の従業員を転籍させて中会社から大会社(類似業種比準方式)へ変え,その子会社へ上場株式を寄附する評価額▲100億円,税額▲55億円②配当還元方式を利用できる株主の作出(33頁)持株会社化の際に無議決権株式を大量に発行し,議決権を後継者に集約した上で,孫を「中心的な同族株主以外の同族株主」として配当還元価額で贈与する評価額▲19億円,税額▲10億円(原則的評価方式の2.2%の額)③会社規模操作(純資産価額方式から類似業種比準方式へ)(34頁)事業会社は海外子会社からの配当による資金の吸上げで,持株会社は事業会社からの借入れで,それぞれ株式等保有特定会社の判定を外し,持株会社は吸収分割で管理部門と従業員を承継して小会社から大会社へ変わる評価額▲20億円,税額▲10億円④循環貸付と評価差額の作出(35頁)純資産価額方式で評価される持株会社と子会社との間で現金の寄附と借入れを循環させて持株会社の債務を膨らませ,さらに孫会社への債権の寄附で評価差額を作り出す評価額▲65億円,税額▲35億円⑤オペレーティング・リース(36頁)借入れで中古航空機を取得してリースし,翌期の多額の減価償却で利益と純資産が減った時点で株式を贈与し,リース終了後の売却益で回復させる評価額▲10億円,税額▲5億円⑥株主構成の操作(37頁)資産管理会社の株主を創業家と上場会社の元役員等に分散させ,どのグループも議決権の15%以上を持たない会社にして,全株式を配当還元方式で評価させる評価額約98%減(原則的評価方式の2%程度)⑦第三者の一時的な介在(38頁)同族関係にない第三者に株式の6割を配当還元価額で売却し,残りを子へ贈与した後,会社が第三者の株式を配当還元価額で自己株式として取得する評価額約60%減(贈与の評価額が200株分の80株分)⑧貸付用不動産の3年経過(39頁)持株会社が借入れで約10億円の貸付用不動産を購入し,取得後3年以内の取引価額評価の期間を過ぎた4年6か月後に株式を子へ贈与する評価額▲5.4億円,税額▲3.0億円
2 表の読み方

圧縮額は資料の記載であり,①から⑤及び⑧は評価額と税額の減少額で,⑥と⑦は割合で示されている。
⑦の約60%減は,甲が保有する200株のうち子へ贈与するのが80株となるため,贈与の評価額がスキーム前の5分の2(80株/200株)になることによる(第4回資料38頁)。
⑧の5.4億円は,貸付用不動産の取得価額約10億円と相続税評価額約4.6億円の差額であり,資料は持株会社の株式を「評価額0円として子へ贈与」すると記載している(同資料39頁)。
第4回議事要旨10頁~11頁は,事務局がこれらの事例を順に紹介したことを記録している。

第3 5つの型に分けた現行通達上の仕組み
1 本記事の分類

ここでは,8事例を,現行の財産評価基本通達のどの定めを利用しているかという観点から,次の5つの型に分ける。
この分類は本記事によるものであり,資料が示した分類ではない。
一つの事例が複数の型にまたがることがある。

(続きを読む...)国税庁が例示した非上場株式の評価額圧縮スキーム8類型――会社規模の操作,配当還元株主の作出及びオペレーティング・リース(AI作成)

配当還元方式の見直し案――少数株主の判定の3%基準,親族の範囲の縮小及び従業員持株会の固定価格評価(AI作成)

目次第1 配当還元方式の見直し案とは――この記事の対象と時点第2 現行の配当還元方式1 配当還元方式が適用される株主(財産評価基本通達188)2 配当還元価額の算式(財産評価基本通達188-2)3 還元率10%と2円50銭の意味第3 配当還元方式の見直しが検討される理由1 会計検査院が指摘した還元率10%2 市場平均収益率から見た還元率3 株主構成の操作による評価額の圧縮第4 配当還元方式の見直し案の内容1 同族関係者の「親族」の範囲の縮小2 3%基準――議決権保有割合と株式保有割合を用いる判定3 委任・代理契約のある者と一時的所有目的の者の除外4 計算方法の簡素化5 最低配当2円50銭と還元率をめぐる意見第5 従業員持株会の株式の固定価格評価1 第6回資料が示した案2 参考とされた最高裁平成21年2月17日判決第6 配当還元方式の見直しの実務への影響1 少数株主の相続・贈与2 親族の範囲の縮小は評価額を下げる方向にも働く3 現行のスキームへの依拠4 従業員持株会の規約の点検第7 関連記事第8 出典1 法令・通達2 裁判例3 有識者会議の資料4 公的資料5 関連記事
第1 配当還元方式の見直し案とは――この記事の対象と時点

国税庁は,取引相場のない株式(非上場株式)の相続税・贈与税の評価について,配当還元方式を廃止せずに「特別の例外的措置」として残した上で,適用される少数株主の範囲を絞り込む案を示している。
その柱は,①同族関係者の判定に用いる親族の範囲を配偶者,直系血族,兄弟姉妹及び1親等の姻族に狭めること,②議決権保有割合と株式保有割合を用いる3%基準に改めること,③前所有者と委任・代理契約を結んでいる者や一時的所有を目的とする者を除外すること,④計算を受取配当金と還元率によるものに簡素化することである。
あわせて,一定の要件を満たす従業員持株会の株式を固定価格で評価する案も示されている。

これらは,国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」で事務局が示したたたき台であり,通達改正が決まったものではない。
第5回会議(令和8年8月20日)の当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」は,冒頭で「評価水準・税負担の在り方等も含め,最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」としている(骨子1頁)。
また,第6回資料1頁は,配当還元方式(少数株主)を第7回会議以降の想定論点に位置付けており,議論はまだ途中である。

この記事は,令和8年9月19日現在で公表されている第5回までの議事要旨と第6回までの会議資料に基づき,配当還元方式に関する見直し案を整理するものである。
第6回会議の議事要旨は,この記事の作成時点で公表されていない。
会議全体の経緯と論点は,親記事の取引相場のない株式の評価に関する有識者会議にまとめている。

第2 現行の配当還元方式
1 配当還元方式が適用される株主(財産評価基本通達188)

取引相場のない株式は,株主の区分に応じて,同族株主等が取得した株式は原則的評価方式(類似業種比準方式・純資産価額方式等)で,それ以外の少数株主等が取得した株式は特例的評価方式である配当還元方式で評価される(第1回資料1頁)。
配当還元方式が適用される「同族株主以外の株主等が取得した株式」は,財産評価基本通達188が次の4つに分けて定めている。

区分会社の状況配当還元方式の対象となる株主(1)同族株主のいる会社同族株主以外の株主(2)中心的な同族株主のいる会社中心的な同族株主以外の同族株主で,株式取得後の議決権が5%未満の者(役員及び法定申告期限までに役員となる者を除く)(3)同族株主のいない会社株主の1人及びその同族関係者の議決権の合計が15%未満である株主(4)中心的な株主がおり,同族株主のいない会社議決権の合計が15%以上のグループに属するが,株式取得後の議決権が5%未満の者(役員等を除く)

ここでいう「同族株主」とは,株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が議決権総数の30%以上(最も多いグループの議決権が50%超である会社では50%超)である場合のその株主及び同族関係者をいう(通達188(1))。
「同族関係者」は,法人税法施行令4条の「特殊の関係のある個人又は法人」とされている(同)。
「中心的な同族株主」は,同族株主の1人並びにその配偶者,直系血族,兄弟姉妹及び1親等の姻族の有する議決権の合計数が25%以上である場合のその株主をいう(通達188(2))。

評価明細書(第1表の1)でどのように判定するかは,取引相場のない株式(出資)の評価明細書の書き方で解説している。
議決権の数え方は種類株式があると変わる(通達188-5)ので,無議決権株式等がある会社については種類株式の相続税評価も参照されたい。

2 配当還元価額の算式(財産評価基本通達188-2)

財産評価基本通達188-2は,配当還元価額を次の算式で計算すると定めている。

(その株式に係る年配当金額)÷10%×(その株式の1株当たりの資本金等の額)÷50円

「年配当金額」は,通達183(1)の1株当たりの配当金額,すなわち直前期末以前2年間の剰余金の配当金額(将来毎期継続することが予想できない特別配当・記念配当等を除く。)の合計額の2分の1を,資本金等の額を50円で除した株数で割った金額である(通達183(1))。
そして,通達188-2は,年配当金額が「2円50銭未満のもの及び無配のものにあっては2円50銭とする」と定め,算定した金額が原則的評価方式による価額を超える場合は原則的評価方式の価額によるとしている。
同項の注は,年配当金額が「1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の金額」であるため,1株当たりの資本金等の額の50円に対する倍数を乗じることに留意するよう求めている。

たとえば,1株当たりの資本金等の額が500円(50円の10倍)で,資本金等の額50円当たりの年配当金額が5円であれば,配当還元価額は5円÷10%×10=500円となる。
無配であれば年配当金額は2円50銭とされ,2円50銭÷10%×10=250円となる(本記事の試算)。

3 還元率10%と2円50銭の意味

(続きを読む...)配当還元方式の見直し案――少数株主の判定の3%基準,親族の範囲の縮小及び従業員持株会の固定価格評価(AI作成)

資産管理会社の株式評価の見直し案――特定の評価会社の再編,純資産価額方式及び20%評価減の廃止(AI作成)

目次第1 この記事が扱う対象と時点第2 現行の特定の評価会社と資産管理会社の株式評価1 財産評価基本通達189が定める6つの区分2 資産構成の変動を無視する定め3 純資産価額方式の算式と20%評価減第3 見直し案における特定の評価会社の4類型1 純資産価額方式は特定の評価会社の評価方式へ2 第6回資料が示した4類型3 現行の区分との対応第4 資産管理会社の形式基準1 資産管理会社の定義2 事業承継税制の資産保有型会社・資産運用型会社3 判定方法の変更――帳簿価額で判定し,時価に洗い替えない4 検討中の修正点5 不動産賃貸業と「財産を法人に入れただけの会社」第5 純資産価額方式そのものの見直し1 純資産価額方式の三つの位置付け2 退職給付引当金を負債とする方向3 20%評価減の廃止案4 評価差額に対する法人税額等相当額(38%)5 純資産価額による頭打ちの要否6 第7回以降に残された論点第6 資産管理会社のオーナーにとっての実務上の注意1 現時点では現行通達で評価する2 特定会社の判定を外す対策の意味が変わり得る3 組織再編直後の会社・開業間もない会社4 生前贈与の計画第7 関連記事第8 出典1 法令・通達2 有識者会議の資料3 裁判例
第1 この記事が扱う対象と時点

令和8年9月16日の第6回「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」で,国税庁事務局は,現行の土地保有特定会社と株式等保有特定会社を「資産管理会社」に整理統合し,事業承継税制の資産保有型会社・資産運用型会社を参考にした形式基準により帳簿価額で判定した上で,純資産価額方式で評価する案を示した(第6回資料20頁)。
あわせて,純資産価額方式そのものについても,退職給付引当金を負債とする方向や,議決権割合50%以下の同族株主グループに属する株主等の20%評価減を「廃止せざるを得ないのではないか」とする考え方が示されている(第5回当日机上配付資料8頁)。
いずれも国税庁事務局のたたき台であり,決定した改正ではない。

本記事は,有識者会議の資料のうち,特定の評価会社,資産管理会社及び純資産価額方式に関する部分を取り上げ,現行の財産評価基本通達と対比して整理するものである。
基準日は令和8年9月19日現在であり,第6回会議の議事要旨は本記事の作成時点で公表されていない。
第5回の当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」(以下「骨子」という。)は,見直し内容のほか評価水準・税負担の在り方等も含め「最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」としている(骨子1頁)。
本記事で紹介する基準や割合は,いずれも今後変わり得る。

有識者会議の全体像は,親記事の取引相場のない株式の評価に関する有識者会議で扱っている。

第2 現行の特定の評価会社と資産管理会社の株式評価
1 財産評価基本通達189が定める6つの区分

現行の財産評価基本通達189は,「特定の評価会社の株式」を,評価会社の資産の保有状況,営業の状態等に応じて定めた会社の株式とし,次の6区分を置いている。
各区分の評価方法は,同通達189-2から189-6までが定めている。

区分(通達189)判定の要点評価方法(1)比準要素数1の会社配当・利益・簿価純資産の3要素のうちいずれか2が0で,かつ直前々期末基準でもいずれか2以上が0純資産価額(納税義務者の選択でL=0.25の併用方式)(2)株式等保有特定会社相続税評価額による総資産価額に占める株式等の価額の割合が50%以上純資産価額(選択によりS1+S2方式)(3)土地保有特定会社土地保有割合が,大会社等は70%以上,中会社等は90%以上純資産価額(4)開業後3年未満の会社等開業後3年未満,又は3要素がいずれも0純資産価額(5)開業前又は休業中の会社開業前又は休業中純資産価額(6)清算中の会社清算中清算分配見込額の複利現価

株式等保有特定会社の判定について,通達189(2)は,課税時期において評価会社の有する各資産を「この通達に定めるところにより評価した価額の合計額」のうちに占める株式,出資及び新株予約権付社債の価額の合計額の割合が50%以上である会社としている。
土地保有特定会社の判定も,同(3)が,各資産を「この通達の定めるところにより評価した価額の合計額」のうちに占める土地等の価額の合計額の割合(土地保有割合)で行うとしている。
つまり,現行の判定は帳簿価額ではなく相続税評価額で行う。

2 資産構成の変動を無視する定め

通達189は,株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当するかどうかを判定する場合において,「課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり,その変動が次の(2)又は(3)に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは,その変動はなかったものとして当該判定を行うものとする」と定めている。
比率基準による判定を外す行動を,現行通達自体が想定している。

3 純資産価額方式の算式と20%評価減

財産評価基本通達185本文は,1株当たりの純資産価額を,各資産の相続税評価額の合計額から各負債の金額及び評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除し,発行済株式数で除して計算するとしている。
その際,評価会社が課税時期前3年以内に取得又は新築した土地等・家屋等は,課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する。

評価差額に対する法人税額等に相当する金額について,通達186-2は,相続税評価額による純資産価額と帳簿価額による純資産価額の差額に「38%」を乗じて計算すると定めている。
この割合は,令和8年の改正(令8課評2-28外)で防衛特別法人税の創設を受けて37%から38%に改められたものであり,国税庁の改正説明によれば,令和8年4月1日以後に相続,遺贈又は贈与により取得した取引相場のない株式等の評価に適用される。
計算手順は取引相場のない株式(出資)の評価明細書の書き方で整理している。

通達185ただし書は,株式の取得者とその同族関係者の有する議決権の合計数が評価会社の議決権総数の50%以下である場合には,中会社・小会社の算式で用いる1株当たりの純資産価額に「100分の80を乗じて計算した金額とする」と定めている。
この20%評価減は,比準要素数1の会社(通達189-2),株式等保有特定会社(同189-3),土地保有特定会社及び開業後3年未満の会社等(同189-4)の純資産価額にも及ぶ。
他方,開業前又は休業中の会社(同189-5)には,ただし書の準用がない。

(続きを読む...)資産管理会社の株式評価の見直し案――特定の評価会社の再編,純資産価額方式及び20%評価減の廃止(AI作成)

類似業種比準方式は廃止されるのか――有識者会議の論点と会社法の価格決定で使われない理由(AI作成)

目次第1 この記事が扱う対象と時点1 類似業種比準方式は廃止されるのか(結論)2 第4回から第6回までの経過第2 現行の類似業種比準方式の仕組み1 類似業種比準方式の算式と比準要素2 しんしゃく割合と会社規模第3 類似業種比準方式の見直しが俎上に載った理由1 会計検査院の指摘と国税庁の再検証2 配当という比準要素の機能不全3 しんしゃく率の導入と比重の変更第4 類似業種比準方式の廃止・格下げをめぐる賛否1 廃止を支持する論拠2 維持又は限定的な見直しを求める論拠3 非経常的な損失の扱い4 昭和58年度税制改正答申の読み方の対立第5 会社法の価格決定で類似業種比準方式が使われない理由1 京都地決昭和62年5月18日を最後に見当たらない2 会社法の価格決定で用いられる評価方法3 税務評価と私法上の価格の目的の違い第6 株価上昇局面での再検証をめぐる対立1 日本商工会議所の再調査要求2 事務局の反論と数値第7 今後の見通しと実務上の注意1 決定前のたたき台であること2 類似業種比準方式を前提とした計画の点検3 事業承継税制の期限第8 関連記事第9 出典1 法令・通達2 有識者会議の資料3 裁判例4 その他の公的資料
第1 この記事が扱う対象と時点
1 類似業種比準方式は廃止されるのか(結論)

令和8年9月19日現在,取引相場のない株式の評価に用いる類似業種比準方式の廃止は決定していない。
ただし,国税庁は,令和8年8月20日の第5回「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」で,会社の規模区分と,類似業種比準方式・純資産価額方式による評価体系を廃止し,残余利益方式(インカムアプローチ)へ評価方式を原則一本化するたたき台を示している。
このたたき台は,見直し内容のほか評価水準・税負担の在り方も含めて「最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」と自ら書いており,廃止の有無と時期は今後の税制改正の過程で決まる。

本記事は,令和8年9月19日現在で国税庁が公表している第1回から第6回までの会議資料,第1回から第5回までの議事要旨,日本商工会議所の委員提出意見書及び第5回会議の当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」のうち,類似業種比準方式の存廃に関係する部分を読んで整理するものである。
第6回会議(令和8年9月16日)の議事要旨は作成中であり,会議での発言は第5回議事要旨までしか確認できない。
生成AIを用いて公表資料を通読し,数値と発言を原資料の該当頁と照合した上で構成した。
会議全体の経過と論点の一覧は,取引相場のない株式の評価に関する有識者会議で整理している。

2 第4回から第6回までの経過

類似業種比準方式の扱いは,第4回と第5回の間で段階が変わっている。
第4回会議(令和8年7月3日)では,国税庁事務局が,報道で「類似業種比準方式は廃止する」と断定的に書かれていることを懸念した委員に対し,「類似業種比準方式を廃止するということを現時点で決定しているわけではない」と答えている(第4回議事要旨3頁)。
同じ回の終わりには,委員から有識者会議として合意や方向性が決まったわけではないという理解でよいかと問われた座長が,「現時点で評価方式を一本化するであるとか,類似業種方式を廃止するといった合意はない」とした上で,議論を進めるために事務局にたたき台を示してもらうという認識を述べている(同25頁)。

これを受けて第5回で示されたのが,国税庁事務局のたたき台である。
したがって,第5回以降の資料は「事務局の考え方」であって,有識者会議の合意でも,通達改正でもない。
経過をまとめると,次のとおりである。

時点資料類似業種比準方式についての記載第4回(令和8年7月3日)第4回資料16頁「今後の類似業種比準方式の在り方をどう考えるか」と委員に意見を求める第4回(同日)第4回議事要旨3頁・25頁事務局は廃止を決定していないと説明し,座長は一本化・廃止の合意はないと確認第5回(令和8年8月20日)第5回資料1頁「類似業種比準方式を存置することは困難ではないか?」第5回(同日)骨子1頁「類似業種比準方式と純資産価額方式に基づく評価体系を廃止し,評価方式を原則一本化」第6回(令和8年9月16日)第6回資料11頁類似業種比準方式には理論的な根拠や実証的な裏付けがなく,他分野でも徐々に使われなくなってきたと整理

骨子1頁は,冒頭で「抜本的に評価体系の見直しを行うことが考えられる」とした上で,「その1」として「規模に応じた評価体系の廃止と評価方式の一本化」を掲げており,類似業種比準方式だけを単独で廃止するという書き方ではなく,規模区分と二つの方式を組み合わせた現行の体系全体を廃止するという書き方になっている。

第2 現行の類似業種比準方式の仕組み
1 類似業種比準方式の算式と比準要素
(1) 財産評価基本通達180の算式

財産評価基本通達180は,類似業種比準価額を,「類似業種の株価並びに1株当たりの配当金額、年利益金額及び純資産価額(帳簿価額によって計算した金額)を基とし」て計算した金額と定めている。
算式は,A×{(Ⓑ/B+Ⓒ/C+Ⓓ/D)÷3}×0.7である。
Aは類似業種の株価,Ⓑ・Ⓒ・Ⓓは評価会社の1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額(帳簿価額によって計算した金額),B・C・Dは課税時期の属する年の類似業種の1株当たりの配当金額・年利益金額・純資産価額である。
Ⓑ・Ⓒ・Ⓓは,1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の金額として計算する(同項(1)の注)。

(2) 比準要素の計算期間

同通達183によれば,配当金額は直前期末以前2年間の平均であり,特別配当・記念配当等で将来毎期継続することが予想できない金額を除く。
利益金額は直前期末以前1年間の法人税の課税所得金額を基に計算し,「固定資産売却益、保険差益等の非経常的な利益の金額を除く」とされ,納税義務者の選択により直前期末以前2年間の平均によることもできる。
純資産価額は,直前期末の資本金等の額と利益積立金額に相当する金額の合計額による。

(続きを読む...)類似業種比準方式は廃止されるのか――有識者会議の論点と会社法の価格決定で使われない理由(AI作成)

非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるか――国税庁の1,378社試算と会社規模別の増減(AI作成)

目次第1 この記事が扱う対象と時点第2 国税庁の1,378社試算の対象と前提1 試算の対象2 試算の前提と資料の注記第3 会社規模別の評価額の増減1 現行の申告評価額の中央値に対する増減2 純資産価額を100とした評価水準3 現行の申告評価額以下となる会社の割合第4 現行の評価水準が会社規模で違う理由1 会計検査院の指摘と国税庁の再検証2 規模区分が評価額を分ける仕組み3 規模区分の廃止が大会社の評価額を大きく動かす理由第5 国税庁の試算を読むときの注意点1 中央値の比較であって個々の会社の予測ではない2 還元率・しんしゃく率は仮定であり,次回以降に議論される3 子会社株式等の個別調整は反映されていない4 日本商工会議所の「2倍から5倍近く」とは直接比べない5 経済産業省・中小企業庁の批判第6 自社の評価額がどうなるかを考える手掛かり1 ROEと還元率の関係2 上がりやすい会社と下がりやすい会社3 事業承継税制の期限との関係第7 関連記事第8 出典1 法令・通達2 有識者会議の資料3 その他の公的資料
第1 この記事が扱う対象と時点

国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第6回(令和8年9月16日)の資料によれば,残余利益方式による評価額は,現行の申告評価額の中央値と比べて,大会社で+50.3%~+114.7%,中会社で▲1.9%~+40.2%,小会社で▲31.6%~▲1.9%となる(第6回資料9頁)。
この幅は,しんしゃく率を0.7から1.0まで動かした場合のものであり,還元率8%,加算期間5年という前提も含めて,いずれも試算のための仮定値である。
つまり,見直しによって評価額が上がるのは主に大会社であり,小会社の中央値はむしろ下がる,というのが国税庁自身の試算の示す方向である。

本記事は,この1,378社の試算を中心に,試算の前提,会社規模別の増減,現行の評価水準が規模によって違う理由,試算を読むときの注意点を整理するものである。
基準日は令和8年9月19日現在であり,第6回会議の議事要旨はこの時点で公表されていない。
有識者会議の全体像と第1回から第6回までの経過は,親記事である取引相場のない株式の評価に関する有識者会議で扱っている。

見直しは,国税庁事務局がたたき台として示した段階にとどまり,決定されたものではない。
第5回会議の当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」自身が,「評価水準・税負担の在り方等も含め、最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」と書いている(第5回机上配付資料1頁)。
したがって,本記事の数値は「国税庁案をある仮定の下で当てはめるとこうなる」という目安であり,改正後の評価額を示すものではない。

第2 国税庁の1,378社試算の対象と前提
1 試算の対象

試算の対象は,令和2年分から令和5年分までの相続税及び贈与税の申告のうち,取得した財産に取引相場のない株式がある申告の中から無作為に抽出した評価会社のうち,類似業種比準価額及び純資産価額の両方を算出している評価会社である(第6回資料9頁)。
資料は,これを「会計検査院及び国税庁が実施した実態把握の対象申告データ(4年間分)」と説明している(同頁)。
会計検査院が検査した令和2年分・令和3年分と,国税庁が独自に実態把握した令和4年分・令和5年分を合わせたものである(第1回資料4頁・6頁)。

会社規模別の内訳とROE(自己資本利益率)の中央値は,次のとおりである(第6回資料9頁)。

区分社数ROEの中央値全体1,378社1.8%大会社128社3.9%中会社820社2.1%小会社430社0.6%

大会社・中会社・小会社の社数を足すと1,378社になる。
対象の約6割は中会社であり,大会社は約9%にとどまる(本記事の計算では,大会社9.3%,中会社59.5%,小会社31.2%)。

2 試算の前提と資料の注記

試算の前提として資料が明記しているのは,次の3点である(第6回資料9頁の注記)。
①残余利益方式の評価額は,加算期間5年,還元率8%と仮定したこと
②申告における類似業種比準方式の算出に用いる1株当たりの配当金額(Ⓑ),利益金額(Ⓒ)及び純資産価額(Ⓓ)を使用したこと
③完全子会社株式の修正等の個別調整事項は考慮していないこと

②は見落としやすいが重要である。
国税庁案の算式は,課税時期前5年の正常利益の平均を年利益金額とし(第6回資料6頁・8頁),直前期末の簿価純資産に5年分の残余利益の割引現在価値を加えて,しんしゃく率を掛けるものである(同資料7頁・8頁)。
これに対し試算は,現行の申告書に記載された類似業種比準方式の比準要素を流用している。
したがって,試算は,法人税申告書の数値を基に5年平均の利益を用いる国税庁案の算式どおりに計算したものではなく,手元の申告データで近似したものと理解すべきである。

残余利益方式の算式そのもの,還元率及びしんしゃく率の意味は,姉妹記事の残余利益方式とはで扱う。

(続きを読む...)非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるか――国税庁の1,378社試算と会社規模別の増減(AI作成)