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時効完成後に債務を承認・一部弁済したら時効を援用できないか―最高裁昭和41年4月20日大法廷判決と再度の時効(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 対象と基準日

本記事は,消滅時効の期間が経過した後に,債務者が債務を認め,一部を支払い,又は支払の猶予を求めた場合に,その後に時効を援用することができるかを扱う。
中心となるのは,最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決と,最高裁判所第一小法廷昭和45年5月21日判決の二つである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索(法令API)で取得した同日時点の現行民法と,平成29年法律第44号による改正前の民法で確認し,裁判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で判示事項・裁判要旨と全文を確認した。

時効期間が経過する前に債務を承認した場合(時効の更新)は,債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知で扱う。
消滅時効の全体像は,消滅時効に関するメモ書きで整理している。

2 結論

①時効期間が経過した後に債務者が債務を承認すると,時効が完成したことを知らなかった場合でも,その時効を援用することは許されない(最高裁大法廷昭和41年4月20日判決)。
②その理由は,時効完成後の承認は時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり,債権者も債務者はもう時効を援用しないと考えるから,援用を認めないのが信義則に照らして相当だという点にある。
③時効完成後に承認したという事実だけから,債務者が時効完成を知って承認した(時効の利益を放棄した)と推定することは許されない(同判決)。
④もっとも,援用できなくなるのは既に経過した時効期間についてだけであり,承認の時から再び時効期間が進行し,それが満了すれば,債務者は再度完成した時効を援用することができる(最高裁昭和45年5月21日判決)。
⑤一部弁済は典型的な承認であり,支払の猶予を求めることも承認とされた例がある(同判決の原審の認定)。
⑥援用ができなくなるのは承認をした債務者自身についての話であり,物上保証人等の援用には影響しないと考えられる(債務者による時効の利益の放棄の効果は相対的であり物上保証人等に影響しないとした最高裁昭和42年10月27日判決参照)。
⑦成年後見人が本人を代理して時効完成後に返済し,又は債務を認めた場合も,本人の承認として扱われ,本人は時効を援用できなくなると考えられる。

時効期間が経過した請求を受けたときは,支払や「少し待ってほしい」という返事をする前に,時効が完成しているかどうかを確かめることが大切である。

第2 時効完成後の承認に関する最高裁判例

1 大法廷昭和41年4月20日判決

(1) 事案と判示事項

最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決(昭和37年(オ)第1316号,民集20巻4号702頁)は,請求異議事件において,債務者が消滅時効の完成後に債務を承認したと原審が認定した事案である。
原審は,債務者が商人であることと承認の事実を前提に,債務者は時効完成を知りながら承認し,時効の利益を放棄したものと推定していた。
裁判所ウェブサイトに掲載された判示事項は,①消滅時効完成後に債務の承認をした場合において承認は時効の完成を知ってしたものと推定することの可否,②消滅時効完成後における債務の承認と当該時効援用の許否の二点である。

(2) 推定の否定と判例変更

大法廷は,「債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえる」と述べた。
その上で,債務者が商人の場合でも,時効完成後に承認した事実から,時効完成を知って承認したと推定することは許されないとした。
これと見解を異にする最高裁判所第一小法廷昭和35年6月23日判決(民集14巻8号1498頁)は変更された。

(3) 援用の制限とその理由

大法廷は,推定の点では原審を誤りとしつつ,次のように判示して,消滅時効の抗弁を排斥した原判決の結論を維持した。
「債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。」
理由として,大法廷は,時効完成後の債務の承認は時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり,相手方も債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから,その後は援用を認めないのが信義則に照らし相当であるとした。
さらに,このように解しても,永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもないと述べている。

2 時効の利益の放棄との違い

民法146条は「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。」と定めており,反対解釈として,時効完成後の放棄はすることができると解されている。
時効の利益の放棄は,時効が完成したことを知って,その利益を受けない意思を表示するものであるから,債務者が時効完成を知らなかったときは放棄とはいえない。
大法廷昭和41年判決は,放棄の推定を否定した上で,放棄とは別に,信義則を根拠として援用を制限した点に特徴がある。
したがって,債務者が「時効のことは知らなかった」と主張しても,時効完成後に承認した事実が認められる限り,援用は許されないことになる。

3 昭和45年5月21日判決と再度の時効

(1) 事案

最高裁判所第一小法廷昭和45年5月21日判決(昭和44年(オ)第1131号,民集24巻5号393頁)の事案では,債務者が昭和28年に製材業の営業資金として10万円を借り受け,商事債務として5年の消滅時効(当時の商法の規定による)が問題となった。
原審は,債務者が昭和37年5月頃に債権者に対し支払の猶予を求めたことを時効完成後の債務承認と認定し,その後の時効の援用は信義則上許されないとしていた。
本訴が提起されたのは昭和42年10月であり,承認から5年4か月余りが経過していた。

(2) 判旨と理由

最高裁は,大法廷昭和41年判決を引用しつつ,「右は、すでに経過した時効期間について消滅時効を援用しえないというに止まり、その承認以後再び時効期間の進行することをも否定するものではない。」と判示した。
理由として,時効中断後にも新たに時効が進行すること(改正前民法157条)や判決確定後も新たに時効が進行すること(改正前民法174条の2)と比べ,時効完成後の承認の後は再び時効が進行しないと解するのは均衡を失することを挙げた。
また,時効完成後の債務の承認は実質において新たな債務の負担行為にも比すべきものであり,これによって従前より債務者を不利益に,債権者を利益にする解釈をすべきではないとも述べている。
その上で,本訴提起前に更に時効が中断されたなどの特段の事情がない限り,債務は再び5年の消滅時効によって消滅しているとして,原判決の該当部分を破棄し,差し戻した。

第3 何が承認に当たるか

1 一部弁済

債務の一部の弁済は,債務があることを前提とする行為であり,最も典型的な承認である。
金額が少額であっても,債務の存在を認める趣旨で支払った以上,承認に当たると評価されやすい。
時効期間の経過後に「とりあえず1万円だけ」と支払うことは,大法廷昭和41年判決により,残額全部について時効の援用を失わせる結果になり得る。

2 支払猶予・分割払の申入れ

昭和45年判決の事案では,債務者が支払の猶予を求めたことが時効完成後の債務承認に当たるとされた(原審の認定であり,最高裁もこれを前提として判断している)。
支払の猶予を求めることは,債務があることを前提に,支払の時期だけを先に延ばしてほしいと求めるものであるから,時効による債務消滅の主張と相容れない行為といえる。
同じ理由から,「分割なら払う」「来月まで待ってほしい」といった申入れも,承認と評価される可能性が高いと考えられる。

3 減額交渉と債務の存否を争う発言

減額や和解の申入れは,債務の存在を前提とする趣旨かどうかによって評価が分かれると考えられる。
大法廷昭和41年判決の基準は,時効による債務消滅の主張と相容れない行為かどうかであるから,債務の存在を認めた上での減額の申入れであれば承認と評価されやすい。
これに対し,「そもそも借りた覚えがない」「時効ではないか」と述べて債務を争う発言は,債務の存在の認識を表示するものではないから,承認には当たらないと考えられる。
承認に当たるかどうかの一般的な基準と,時効期間の経過前の承認に関する最高裁判例は,債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知で扱う。

4 誰に対する表示か

大法廷昭和41年判決と昭和45年判決は,いずれも債務者が「債権者に対し」債務を承認した場合について判断している。
債権者が「もう時効を援用しないだろう」と信頼する基礎となるのは,債権者に向けられた表示であるから,家族や知人に対して「あの借金は返さないといけない」と話しただけでは,時効完成後の承認には当たらないと考えられる。
他方で,債権回収会社等の債権の譲受人や,債権者から回収を委託された者に対して一部を支払えば,債権者に対する承認と評価される可能性が高い。
債権が譲渡されている場合には,譲渡の通知の有無や現在の債権者がだれかも確かめる必要がある。

5 証拠の残し方

債権者の側では,時効完成後の承認を主張するなら,承認の日時と内容を証明する必要がある。
入金の記録,債務者が署名した書面,支払猶予を求める手紙やメール,通話の記録等が証拠になる。
債務者の側では,時効完成の可能性がある請求を受けたときは,支払や猶予の申入れをする前に,最後の支払日や弁済期,裁判上の請求の有無を確かめ,時効が完成していれば内容証明郵便等の記録が残る方法で援用することになる。

第4 援用が許される場合と再度の時効

1 信義則による制限の射程

大法廷昭和41年判決が援用を制限した根拠は,債権者が「債務者はもう時効を援用しない」と考えることを保護すべきだという信義則である。
この理由付けからすれば,承認がされた経緯に照らして債権者の信頼を保護する必要がない特段の事情があるときは,時効完成後の承認があっても援用が許される余地があると考えられる。
例えば,債権者が時効完成を知りながら,債務者の無知に乗じて少額の支払をさせたような場合がこれに当たり得る。
もっとも,この点を判断した下級審裁判例は,本記事の基準日時点で裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認できたものがないため,本記事では個別の裁判例を挙げない。

2 再度の時効の期間

昭和45年判決によれば,時効完成後の承認の時から再び時効期間が進行する。
令和2年4月1日以後に生じた債権であれば,債権者は承認があったことを当然知っているから,通常は承認の時から5年(民法166条1項1号)で再び時効が完成すると考えられる。
期間の計算では,初日は算入しない(民法140条)。

日付出来事時効との関係
令和3年4月1日貸金の弁済期翌日から5年を数える
令和8年4月1日5年の満了この日の終了により時効完成
令和8年6月1日債務者が1万円を支払う時効完成後の承認となり,完成した時効は援用できない
令和13年6月1日承認から5年の満了この日の終了により再び時効が完成し得る

上の表は,令和2年4月1日以後に契約した貸金であって,承認の前後に更新・完成猶予の事由がないことを前提とした例である。
承認の後に債権者が訴えを提起し,又は債務者が再び承認すれば,その時点で改めて完成猶予・更新の効果が問題となる。

3 施行日前に生じた債権

令和2年4月1日(平成29年法律第44号の施行日)より前に生じた債権(施行日以後に生じた債権で,その原因である法律行為が施行日前にされたものを含む。)については,消滅時効の期間と援用はなお従前の例による(同法附則10条1項・4項)。
したがって,改正前の貸金債権であれば,再度の時効も改正前民法167条1項の10年(商事債権であれば改正前商法の5年)で考えることになる。
施行日前に生じた承認その他の中断事由の効力も,なお従前の例による(同条2項)。
新旧の振り分けの詳細は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表で扱う。

4 時効期間が経過した請求を受けたときの対応

債務者の側では,まず,最後に支払った日,弁済期,判決や支払督促を受けたことがあるかを確かめ,時効期間が経過しているかを判断する。
判決等で確定した債権は,時効期間が10年となる(民法169条1項)から,最後の支払から5年が経過しただけでは時効が完成していないことがある。
時効が完成していると判断したときは,一部の支払や猶予の申入れをせず,内容証明郵便等で時効を援用する旨を通知するのが通常である。
債権者の側では,時効期間が経過した後の回収では,大法廷昭和41年判決による援用の制限を主張できるだけの承認の証拠を確保できるかを検討し,時効完成前であれば訴えの提起等の完成猶予・更新の手段を講ずることになる。
判決等で確定した債権の時効は,判決で確定した債権の消滅時効は10年―民法169条と改正前169条(定期給付債権)の違いで扱う。

第5 保証人・物上保証人との関係

1 主たる債務者が完成後に承認した場合

最高裁判所第二小法廷昭和42年10月27日判決(昭和39年(オ)第523号,民集21巻8号2110頁)は,他人の債務のために自己の所有物をいわゆる弱い譲渡担保に供した者が,その債務の消滅時効を援用することができるとした。
同判決は,主たる債務者の側の承継人が時効完成後に債務を承認し,時効の利益を放棄したとの主張に対し,「時効の利益の放棄の効果は相対的であり」,債務者が放棄しても,その効果は物上保証人や譲渡担保を供した者に影響を及ぼさないと判示した。
この考え方からすれば,主たる債務者が時効完成後に承認して援用できなくなっても,保証人や物上保証人は,自らの立場で主たる債務の消滅時効を援用することができると考えられる。
援用権者の範囲と援用の効果の相対性は,消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者で扱う。

2 保証人自身が完成後に弁済した場合

保証人が時効完成後に保証債務を承認し,又は一部を弁済した場合,保証債務自体の消滅時効については,大法廷昭和41年判決の考え方が及ぶと考えられる。
他方で,保証人がその後に主たる債務の消滅時効を援用することまで妨げられるかは,別の問題である。
この点に関する最高裁判決は,本記事の基準日時点で裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認できなかったため,本記事では結論を示さない。
なお,保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務を弁済した場合には,その弁済は,特段の事情のない限り,主たる債務者による承認として主たる債務の消滅時効を中断する効力を有するとされている(最高裁判所第二小法廷平成25年9月13日判決,平成23年(受)第2543号,民集67巻6号1356頁)。

3 物上保証人による承認

最高裁判所第一小法廷昭和62年9月3日判決(昭和58年(オ)第45号,集民151号633頁)は,物上保証人が債権者に対し被担保債権の存在を承認しても,その承認は(改正前民法147条3号の)承認に当たらず,物上保証人に対する関係においても時効中断の効力を生ずる余地はないとした。
同判決は,その事案で物上保証人がした被担保債権の消滅時効の援用について,信義則に違反するものということはできないとも判断している。
物上保証人は被担保債権の債務者ではないから,被担保債権を承認する立場にないことによるものと考えられる。

第6 成年後見人が返済し又は債務を認めた場合

成年後見人は,被後見人の財産を管理し,その財産に関する法律行為について被後見人を代表する(民法859条1項)。
後見人が本人の代理人として時効完成後の債務を返済し,又は債務を認めた場合も,本人がした承認として扱われ,本人はその時効を援用できなくなると考えられる。
親族等から本人の古い借金の返済を求められた場面での,債務の存否の確認,改正前民法による時効の検討,時効を援用するか返済するかの判断及び家庭裁判所への連絡票の書き方は,成年後見人は本人の古い借金を返してよいか――債務の存否の確認,消滅時効の援用及び家庭裁判所への連絡票で整理している。
同記事のとおり,申出を受けた段階では債務を認めるかどうかを留保し,時効を検討してから方針を決めることが,本人の援用の機会を守ることになる。

第7 時効完成前の承認との区別

時効期間が経過する前に債務を承認した場合は,時効はその時から新たに進行を始める(民法152条1項)。
これは時効の更新であり,改正前民法では「中断」と呼ばれていた(改正前民法147条3号)。
時効完成前の承認は時効の進行をやり直させるものであり,時効完成後の承認は完成した時効の援用を信義則上許さないものであるから,両者は理論的な位置付けが異なる。
もっとも,いずれの場合も承認の時から新たに時効期間が進行するという結果は共通している(時効完成後の承認については昭和45年判決)。
完成猶予と更新の全体像は,時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧で扱う。

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第9 出典・参考資料

1 法令

①民法(明治29年法律第89号)140条,145条,146条,152条,166条,169条,859条(e-Gov法令検索・法令APIで令和8年9月19日時点の条文を確認)
②平成29年法律第44号による改正前の民法145条,146条,147条,156条,157条,167条,174条の2(e-Gov法令APIで令和2年3月31日時点の条文を確認)
③民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条(同上)

2 裁判例

①最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決(昭和37年(オ)第1316号,民集20巻4号702頁)裁判所ウェブサイト
②最高裁判所第一小法廷昭和45年5月21日判決(昭和44年(オ)第1131号,民集24巻5号393頁)裁判所ウェブサイト
③最高裁判所第二小法廷昭和42年10月27日判決(昭和39年(オ)第523号,民集21巻8号2110頁)裁判所ウェブサイト
④最高裁判所第一小法廷昭和62年9月3日判決(昭和58年(オ)第45号,集民151号633頁)裁判所ウェブサイト
⑤最高裁判所第二小法廷平成25年9月13日判決(平成23年(受)第2543号,民集67巻6号1356頁)裁判所ウェブサイト