第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,火災保険・車両保険・生命保険などの保険契約に基づいて保険金を請求する権利が,いつから,何年で時効にかかるかを整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日である。
自賠責保険の請求権は自賠責保険の被害者請求・加害者請求の消滅時効―3年の起算点,時効中断申請書及び時効完成後の回収方法で扱い,消滅時効の全体像は消滅時効に関するメモ書きにまとめている。
2 結論
保険金を請求する権利は,行使することができる時から3年で時効によって消滅する(保険法95条1項)。
民法166条1項の一般原則(知った時から5年・行使することができる時から10年)ではなく,保険法の3年が適用される。
「行使することができる時」は,通常,約款又は保険法で定まる保険金の支払期限(履行期)が到来した時であり,保険事故の日ではない。
約款の支払期限を過ぎた後に,保険会社がなお調査中であるとして調査への協力を求め,被保険者がこれに応じて調査に協力した事案で,支払期限が免責通知(支払拒絶の通知)の到達日まで合意によって延期されたとし,時効はその翌日から進行するとした最高裁判決がある(最高裁平成20年2月28日判決)。
また,被保険者が行方不明で死亡が分からなかった生命保険の事案では,遺体が発見されるまで時効は進行しないとされた(最高裁平成15年12月11日判決)。
もっとも,いずれも事案に即した判断であり,保険会社とのやり取りが長引いているというだけで時効が止まるわけではない。
したがって,時効は約款所定の支払期限の翌日から3年として管理し,保険会社から支払を拒絶されたときは,その期間内に訴え提起等の措置をとるのが安全である。
第2 時効期間の根拠
1 保険法95条
保険法95条1項は,「保険給付を請求する権利、保険料の返還を請求する権利及び第六十三条又は第九十二条に規定する保険料積立金の払戻しを請求する権利は、これらを行使することができる時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定める。
同条2項は,保険会社が保険料を請求する権利を「一年間」としている。
保険法は損害保険契約,生命保険契約及び傷害疾病定額保険契約に適用され,共済契約その他名称を問わず同じ内容の契約を含む(保険法2条1号)。
2 平成22年3月31日以前に締結された契約
保険法は平成22年4月1日から施行されたが,同法附則2条本文は,保険法の規定は施行の日以後に締結された保険契約について適用すると定める。
附則3条から6条までに列挙された規定を除き,施行日前に締結された保険契約には改正前の商法が適用され,95条は列挙された規定に含まれていない。
改正前の商法は,損害保険及び生命保険の保険金請求権について2年の時効を定めていた(後記第5の最高裁平成15年12月11日判決は,商法663条及び683条1項がこれを定めていると説示している)。
長期の生命保険契約などでは,契約の締結日を確認した上で,改正前の商法及び約款の定めによる期間を確かめる必要がある。
3 約款による期間の延長
平成15年判決の事案の生命保険約款は,保険金を請求する権利は支払事由が生じた日の翌日からその日を含めて3年間請求がない場合には消滅すると定めていた。
同判決は,この条項は,被保険者の死亡が保険金請求者の知らない間に生ずることが少なくないこと等を考慮して,商法所定の2年を3年に延長したものであると説明している。
約款の時効条項は,期間だけでなく起算点を定めていることがあるから,法律の規定とあわせて約款の文言を確認する必要がある。
第3 起算点の基本
1 起算点は支払期限の到来時
保険法95条1項の「行使することができる時」は,保険金の支払期限(履行期)が到来し,請求権を行使することができるようになった時である。
保険事故の発生だけで直ちに支払期限が到来するわけではなく,約款には,請求書類の提出から一定の日数以内に支払う旨の条項が置かれるのが通常である。
平成20年判決の事案の約款も,消滅時効の起算点を保険金支払条項に基づく履行期の翌日と定めていた。
2 保険法21条・52条の支払期限
保険法21条1項は,損害保険契約で保険給付を行う期限を定めた場合でも,その期限が保険事故,てん補損害額,免責事由その他の確認をするための「相当の期間」を経過する日後の日であるときは,その相当の期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とすると定める。
同条2項は,期限を定めなかったときは,保険者は,保険給付の請求があった後,保険事故及びてん補損害額の確認をするために必要な期間を経過するまでは遅滞の責任を負わないとする。
生命保険契約については52条,傷害疾病定額保険契約については81条が同じ趣旨を定め,これらの規定のうち1項(及び調査妨害の場合の3項)に反する特約で被保険者や保険金受取人に不利なものは無効とされる(26条・53条・82条)。
3 調査未了でも履行期は到来するとした判例
最高裁判所第三小法廷平成9年3月25日判決(平成5年(オ)第1858号,民集51巻3号1565頁)は,所定の書類を提出した日から30日以内に保険金を支払い,ただし,その期間内に必要な調査を終えることができないときは調査を終えた後遅滞なく支払うとする火災保険約款の条項は,30日の経過により履行期が到来することを定めたものと解すべきであり,保険会社は期間内に調査を終えることができなかったとしても,期間経過後は遅滞の責めを免れないと判示した。
この判断によれば,保険会社の調査が長引いていても,約款所定の日数が経過すれば履行期は到来し,その翌日から時効が進行し得ることになる。
この点が,次に述べる平成20年判決の前提となっている。
第4 最高裁平成20年2月28日判決
1 事案
最高裁判所第一小法廷平成20年2月28日判決(平成19年(受)第733号,集民227号371頁)の事案では,被保険者が平成14年8月11日に車両の盗難について保険金請求の手続をした。
約款は,請求手続をした日から30日以内に保険金を支払い,時効の起算点は書類を受領した時の翌日から30日を経過した時とし,時効期間を2年としていた。
保険会社の代理人弁護士は,同年11月5日付けの書面で,理解できない点があるので改めて確認したいとして調査への協力を求め,同年12月11日付けの書面で,調査への協力には謝意を表するが支払には応じられないと通知し,この免責通知書は翌12日に到達した。
被保険者は平成16年11月26日に訴えを提起し,保険会社は,請求手続から30日を経過した時から2年が経過しているとして時効を援用した。
2 判断
同判決は,平成9年判決を引用して,約款による履行期は請求手続から30日を経過した日に到来すると解すべきであるとした。
その上で,協力依頼書の送付から免責通知書の送付までの間は,保険会社が保険金を支払うことは考えられず,被保険者も調査に協力してその結果を待っていたから,訴訟を提起するなどして請求権を行使することは考えられないと述べた。
そして,協力依頼書の送付行為は,履行期を調査結果が出るまで延期することを求めるものであり,被保険者は調査に協力することによりこれに応じたものであるから,履行期は合意によって免責通知書が到達した平成14年12月12日まで延期され,時効の起算点はその翌日の13日となるとして,時効の完成を認めた原判決を破棄し,事件を原審に差し戻した。
3 判決の意味と限界
平成20年判決は,時効の完成猶予や更新ではなく,履行期の延期の合意を認めることで起算点を後ろにずらしたものである。
判決の参照法条には改正前の商法663条が挙げられているが,保険法の下でも「行使することができる時」から時効が進行するという構造は同じであるから,同様の考え方が当てはまると考えられる。
もっとも,同判決は,保険会社が調査中であることを明示して協力を求め,被保険者が協力し,その結果を待っていたという事実関係の下での事例判断である。
保険会社から何の連絡もないまま放置されていた場合や,被保険者が調査に応じていなかった場合にまで,当然に履行期の延期が認められるわけではない。
時効の管理としては,約款所定の支払期限の翌日から起算しておき,平成20年判決の考え方は,期限を過ぎてしまった場合の反論として位置付けるのが安全である。
第5 生命保険と行方不明
1 最高裁平成15年12月11日判決
最高裁判所第一小法廷平成15年12月11日判決(平成12年(受)第485号,民集57巻11号2196頁)は,生命保険の約款が被保険者の死亡の日の翌日を死亡保険金請求権の時効の起算点と定めている場合でも,当時の客観的状況等に照らし,死亡の時からの権利行使が現実に期待できないような特段の事情が存するときは,その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において時効が進行する趣旨と解すべきであると判示した。
2 事案と帰結
被保険者は平成4年5月17日に自動車で外出したまま行方不明となり,手掛かりのないまま3年以上が経過した平成8年1月7日に,峠の展望台の下方の雑木林で自動車と共に白骨化した遺体で発見された。
死亡は平成4年5月ころと推認されたが,同判決は,遺体が発見されるまでの間は権利行使が現実に期待できない特段の事情があったとして時効は進行せず,平成8年11月7日の訴え提起の時には時効期間は経過していないとした。
同判決は,民法166条1項(改正前)の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」について,法律上の障害がないだけでなく,権利の性質上,その権利行使が現実に期待することができるようになった時から時効が進行するという最高裁大法廷昭和45年7月15日判決の考え方を引用している(同判決については弁済供託の供託金取戻請求権の消滅時効―免責の必要が消滅した時から10年で扱う)。
第6 実務上の管理
1 起算日を記録しておく
保険金の時効を管理するには,次の日付を記録しておくとよい。
①保険事故の発生日。
②請求書類を提出した日(保険会社が受領した日)。
③約款所定の支払期限が到来した日。
④保険会社から調査への協力依頼や支払拒絶の通知を受けた日と,その内容。
特に④は,平成20年判決のように履行期の延期を主張する場合の根拠になるから,書面を保存し,口頭の連絡は日付と内容を記録しておく必要がある。
2 支払を拒絶されたとき
支払を拒絶する旨の通知を受けたときは,約款所定の支払期限の翌日から3年(平成20年判決のような履行期の延期の合意が認められる場合でも,通知の到達日の翌日から3年)が経過する前に,訴え提起又は民法151条の協議を行う旨の書面による合意などで時効の完成を防ぐ必要がある。
保険会社の苦情処理手続や裁判外紛争解決手続を利用する場合も,その手続が時効の完成を猶予するものかどうかを確認し,猶予されない場合には別に措置をとるべきである。
弁護士費用保険の保険金が減額・不払いになった場合の手続は弁護士費用保険の保険金が減額・不払いになったとき-再査定・日弁連ADR・そんぽADR・消滅時効で扱っている。
3 交通事故の保険
交通事故では,自賠責保険,加害者の任意保険,被害者自身の人身傷害保険・車両保険など,複数の保険が関係する。
被害者自身の保険会社に対する保険金請求権は保険法95条の3年であり,加害者に対する損害賠償請求権(人身損害は5年)とは期間も起算点も異なる。
加害者に対する請求権の時効は交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか―症状固定,物損の別進行及び弁護士費用で,人身傷害保険の請求順序は人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収で扱っている。
第7 関連記事
①消滅時効に関するメモ書き
②自賠責保険の被害者請求・加害者請求の消滅時効―3年の起算点,時効中断申請書及び時効完成後の回収方法
③債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間
④内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方
⑤弁護士費用特約
第8 出典・参考資料
1 法令
①保険法(平成20年法律第56号)2条,21条,26条,52条,53条,81条,82条,95条,附則2条(e-Gov法令APIで取得した現行条文により確認)
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷平成9年3月25日判決(平成5年(オ)第1858号,民集51巻3号1565頁)裁判所HP
②最高裁判所第一小法廷平成15年12月11日判決(平成12年(受)第485号,民集57巻11号2196頁)裁判所HP
③最高裁判所第一小法廷平成20年2月28日判決(平成19年(受)第733号,集民227号371頁)裁判所HP