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消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置(AIリライト)

第1 本記事の範囲と,新旧民法の適用関係

1 本記事が扱う範囲

本記事は,債権の消滅時効について,期間,起算点,完成猶予及び更新,援用という順序で整理し,各論点について裁判所ウェブサイトその他の原典で内容を確認できた裁判例を配置したものである。取得時効は扱わない。平成29年法律第44号による民法改正が令和2年4月1日に施行されて既に相当期間が経過したが,実務では,施行日前に生じた債権について改正前民法がなお適用される場面と,施行日後に生じた債権について改正後民法が適用される場面とが並存している。そのため本記事では,条番号が改正の前後で意味を変えた箇所を明示し,判例が旧法のどの条文について述べたものかを分かるようにした。

条番号の表記について,特に断らない限り「民法○条」は現行民法を指し,改正前の条文を指すときは「改正前民法○条」と記載する。裁判例の引用に付した掲載誌の巻号頁は,裁判所ウェブサイトの各裁判例詳細ページに表示されているものである。

2 時効に関する経過措置

改正法の施行日は令和2年4月1日である。改正法附則第1条本文は「この法律は、公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」と定め(同条ただし書は,一部の規定について別の施行日を定めている。),これを受けた政令によって施行日が定められた。時効に関する経過措置は,附則第10条及び第35条に置かれている。

附則第10条は4つの項からなる。第1項は,施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であっても,その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)における債権の消滅時効の援用について,改正後民法145条にかかわらずなお従前の例によるとする。第2項は,施行日前に改正前民法147条の中断事由又は改正前民法158条から161条までの停止事由が生じた場合におけるこれらの事由の効力について,なお従前の例によるとする。第3項は,改正後民法151条(協議を行う旨の合意)の規定を,施行日前に権利についての協議を行う旨の合意が書面でされた場合(その合意の内容を記録した電磁的記録によってされた場合を含む。)には適用しないとする。第4項は,施行日前に債権が生じた場合における債権の消滅時効の期間について,なお従前の例によるとする。

不法行為による損害賠償請求権については,附則第35条に別の定めがある。同条第1項は,改正前民法724条後段(改正前民法934条3項〔同936条3項,947条3項,950条2項及び957条2項において準用する場合を含む。〕において準用する場合を含む。)に規定する期間が施行の際既に経過していた場合における期間の制限について,なお従前の例によるとする。同条第2項は,改正後民法724条の2の規定を,不法行為による損害賠償請求権の改正前民法724条前段に規定する時効が施行の際既に完成していた場合には適用しないとする。

以上をまとめると,新旧の振り分けは次のようになる。

区分判断基準適用される規定
債権の消滅時効期間・援用債権の発生(又は原因である法律行為)が施行日前か後か債権の発生又は原因である法律行為のいずれかが施行日前なら改正前民法,いずれも施行日以後なら改正後民法(附則10条1項・4項)
中断・停止事由の効力事由が施行日前に生じたか施行日前に生じた事由は改正前民法(附則10条2項)
協議を行う旨の合意書面による合意が施行日前か後か施行日前の合意には民法151条は適用されない(附則10条3項)
不法行為の20年20年が施行の際既に経過していたか経過済み(起算点である不法行為の時が平成12年3月31日以前のもの)は改正前民法724条後段の除斥期間,未経過なら民法724条2号の消滅時効(附則35条1項)
生命・身体を害する不法行為の3年→5年3年の時効が施行の際既に完成していたか完成済みなら民法724条の2は適用されない(附則35条2項)。法務省の説明資料は,損害及び加害者を知ったのが平成29年4月1日以後であれば5年になると整理している
商行為によって生じた債権商行為が施行日前にされたか施行日前なら改正前商法522条の5年(平成29年法律第45号4条7項)
労働基準法上の賃金支払期日が施行日前か施行日前に支払期日が到来した賃金は改正前の2年,施行日以後に支払期日が到来する賃金は3年(退職手当は5年)(令和2年法律第13号附則2条2項)

法務省の説明資料「経過措置」及びパンフレット「2020年4月1日から事件や事故によって発生する損害賠償請求権に関するルールが変わります」には,飲食代金債権,労災事故に関する安全配慮義務違反の損害賠償請求権,交通事故による傷害の損害賠償請求権といった具体的な設例が掲げられている。実際の事案で新旧いずれが適用されるかを検討する際には,これらの設例と附則の条文を突き合わせて確認するのが確実である。

新旧いずれの民法によるかの振り分けと日付による計算例は,消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するかで詳しく説明している。

3 論点別の詳しい記事

本記事の各論点は,次の記事で詳しく説明している。

期間と経過措置については,次の記事がある。
消滅時効は改正前民法と改正後民法のどちらで判断するか―附則10条・35条の経過措置と振り分け表
債権の消滅時効は何年か―5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間
賃金・残業代の消滅時効は3年か5年か―労働基準法115条・附則143条の読替えと撤廃論議
人身損害の消滅時効の特則―民法167条・724条の2と債務不履行構成・不法行為構成の選び方
判決で確定した債権の消滅時効は10年―民法169条と改正前169条(定期給付債権)の違い

契約その他の債権の起算点については,次の記事がある。
契約不適合責任の期間制限―1年以内の通知,5年・10年の消滅時効及び旧瑕疵担保責任の判例
保険金請求権の消滅時効の起算点―保険会社の調査による履行期の延期と最高裁平成20年2月28日判決
NHK受信料の消滅時効は5年―最高裁平成26年9月5日判決と大法廷平成29年12月6日判決の起算点
過払金返還請求権の消滅時効はいつから進行するか―取引終了時とした最高裁平成21年1月22日判決
弁済供託の供託金取戻請求権の消滅時効―免責の必要が消滅した時から10年
安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点
役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年―最高裁昭和49年12月17日判決
返済期限を決めていない貸金・親族間の貸付けの消滅時効はいつから進行するか

不法行為による損害賠償請求権については,次の記事がある。
不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義
交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか―症状固定,物損の別進行及び弁護士費用
潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点―じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿
改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決―信義則・権利濫用による制限と判例変更の射程

時効の完成猶予及び更新については,次の記事がある。
時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧
訴えの提起と時効の完成猶予・更新―明示的一部請求,訴えの取下げ及び訴えの変更
強制執行・財産開示手続と時効の完成猶予・更新―差押えの了知不要,申立ての取下げ及び配当要求
内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方
債務の承認による時効の更新―一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知
判断能力を欠く人に対する時効の完成猶予―民法158条の類推適用と最高裁平成26年3月14日判決

時効の援用については,次の記事がある。
消滅時効を援用できるのは誰か―保証人・物上保証人・第三取得者,後順位抵当権者及び詐害行為の受益者
時効完成後に債務を承認・一部弁済したら時効を援用できないか―最高裁昭和41年4月20日大法廷判決と再度の時効
時効で消滅した債権で相殺できるか―民法508条と最高裁平成25年2月28日判決
破産免責後の抵当権の消滅時効―民法396条の不適用と最高裁平成30年2月23日判決

自賠責保険の請求権の時効については,次の記事がある。
自賠責保険の被害者請求・加害者請求の消滅時効―3年の起算点,時効中断申請書及び時効完成後の回収方法

第2 消滅時効の期間

1 債権の消滅時効の原則と短期消滅時効の廃止

民法166条1項は「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。」と定める。同条2項は,債権又は所有権以外の財産権について,権利を行使することができる時から20年としている。契約に基づく履行請求権は,通常,履行期の到来を債権者が認識しているから,主観的起算点と客観的起算点が一致し,実質的な時効期間は履行期から5年となることが多い。

改正により,職業別の短期消滅時効(改正前民法170条から174条まで)は廃止された。厚生労働省が公表している「民法改正に伴う消滅時効の見直しについて」には,1年の消滅時効とされていた「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」を含めて短期消滅時効が廃止される旨が整理されている。また,商行為によって生じた債権について5年の時効を定めていた商法522条も,民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)によって削除された。したがって,令和2年4月1日以後にされた商行為によって生じた債権は,民法166条1項の一般原則によることになる。もっとも,平成29年法律第45号4条7項は「施行日前にされた商行為によって生じた債権に係る消滅時効の期間については、なお従前の例による。」と定めているから,施行日前にされた商行為によって生じた債権には,改正前商法522条の5年がなお適用される。

5年・10年の原則,短期消滅時効の廃止及び分野別の時効期間の一覧は,債権の消滅時効は何年かで詳しく説明している。

2 生命又は身体の侵害に関する特則

民法167条は,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効について,166条1項2号の「十年間」を「二十年間」と読み替える。これは債務不履行構成による損害賠償請求権に働く特則である。他方,不法行為構成については民法724条の2が,724条1号の「三年間」を「五年間」と読み替える。同一の人身損害について債務不履行構成と不法行為構成が併存する場合には,いずれの構成によるかで期間の組合せが変わるため,双方を計算して有利な構成を選ぶ必要がある。

身体に対する侵害を伴わず精神的損害にとどまる場合には,これらの特則は働かない。もっとも,改正法案の審議において,法務省民事局長は,「単に精神的な苦痛を味わったという状態を超え、いわゆるPTSDを発症するなど精神的機能の障害が認められるケースにつきましては、これを身体的機能の障害が認められるケースと区別すべき理由はないと考えられます。」と答弁している(第192回国会衆議院法務委員会第12号(平成28年12月2日))。ハラスメントを原因として精神疾患を発症した場合には身体の侵害と評価される余地があるから,診断書等により健康被害の有無と時期を確認したうえで判断すべきである。

経過措置も構成によって異なる。不法行為構成では,施行日の時点で改正前民法の3年の時効が完成していなければ民法724条の2の5年が適用される(附則35条2項)のに対し,債務不履行構成では,施行日前に債権が生じた場合又は原因である契約が施行日前に締結された場合には改正前民法の10年(権利を行使することができる時から10年)が適用され,20年の特則は適用されない(附則10条4項)。

債務不履行構成と不法行為構成の期間の組合せと構成の選び方は,人身損害の消滅時効の特則で詳しく説明している。

3 判決で確定した権利

民法169条1項は「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。」と定め,同条2項は,確定の時に弁済期の到来していない債権には適用しないとする。確定判決と同一の効力を有するものには,裁判上の和解・請求の認諾の調書,調停調書,督促異議のなかった仮執行宣言付支払督促,確定した破産債権についての破産債権者表の記載等が含まれるが,強制執行認諾文言付きの公正証書(執行証書)は確定判決と同一の効力を有するものではないから,同条による10年への延長はない。

条番号を扱う際に注意を要するのは,改正前民法169条は定期給付債権の5年の短期消滅時効を定めた規定であり,現行169条とは内容がまったく異なるという点である。後述する放送受信料に関する裁判例が「民法169条」というときは改正前民法169条を指しており,現行169条を指すものではない。

判決で確定した債権の時効と保証人への影響は,判決で確定した債権の消滅時効は10年で詳しく説明している。

4 分野別の時効期間

一般法である民法166条とは別に時効期間を定める規定は多い。実務で参照頻度が高いものを挙げると,次のとおりである。

①賃金請求権は,労働基準法115条が「この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。」と定める。もっとも,同法附則143条3項が,当分の間,115条について「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」と読み替えており,退職手当以外の賃金は現在も3年である。この3年は,令和2年4月1日以後に支払期日が到来する賃金に適用され,それより前に支払期日が到来した賃金には改正前の2年が適用される(令和2年法律第13号附則2条2項)。年次有給休暇の請求権は,115条の「その他の請求権」として2年のままである。同附則1項は労働者名簿等の記録保存を定める109条について,2項は付加金を定める114条ただし書について,同じく当分の間3年(3年間)とする読替えを置いている。これらは令和2年法律第13号による改正によるものであり,労働政策審議会の建議(労審発第1127号・令和元年12月27日「賃金等請求権の消滅時効の在り方について」)が,改正法の施行から5年経過後の施行状況を勘案して検討を加えるとしていた経緯がある。日本弁護士連合会は,令和7年6月12日付け「賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の速やかな撤廃を求める会長声明」において,令和6年5月10日付け意見書に続き,附則143条の削除を求めている。同声明は,令和7年3月27日の第196回労働政策審議会労働条件分科会の資料で,労働者名簿・賃金台帳の保存期間を5年超としている事業者が67.5パーセントに達したことが明らかになったことを根拠に挙げている。賃金請求権の時効に関する実務上の論点は,「労務事情2024年9月1日号」掲載の「〈Q&A〉賃金請求権等に関する消滅時効の法律知識」でも整理されている。なお,労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)により,令和9年4月1日から115条は2項に分けられ,災害補償の請求権は原則2年のまま,原因である事故に係る疾病がその性質上災害補償の事由に該当するかどうかを容易に判断することができない疾病として政令で定めるものである場合には5年とされ,附則143条3項も「第百十五条第一項」を読み替える形に改められる(退職手当以外の賃金を3年とする読替え自体は維持される。)。上記の条文の引用は,令和8年9月19日時点の規定による。

②国及び普通地方公共団体の金銭債権は,会計法30条及び地方自治法236条1項がいずれも5年とする(いずれも他の法律に時効の定めがあるものを除く。)。これらの規定による時効については,会計法31条1項及び地方自治法236条2項が,法律に特別の定めがある場合を除き「時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。」と定めている。もっとも,地方公共団体が債権者であっても,公立病院の診療に関する債権のように私法上の債権には民法の時効期間が適用される(後記⑤)。地方自治法236条4項は,法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促が時効の更新の効力を有すると定めており,一般の催告(民法150条)とは効果が異なる。

③保険給付を請求する権利は,保険法95条1項により3年である。

④相続回復の請求権は,民法884条により,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年,相続開始の時から20年である。遺留分侵害額の請求権は,民法1048条により,遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年,相続開始の時から10年である。遺留分については「遺留分に関するメモ書き」で別に整理している。

⑤診療に関する債権は,改正前民法170条1号により3年とされており,公立病院における診療に関する債権の消滅時効期間も,地方自治法236条1項所定の5年ではなく,改正前民法170条1号により3年と解すべきものとされていた(最高裁平成17年11月21日判決・平成17年(受)第721号・民集59巻9号2611頁)。改正法は,改正前民法170条から174条までを削除するとともに174条の2を削っており(改正法による改め文),弁護士の職務に関する債権について定めていた改正前民法172条を含め,職業別の短期消滅時効はすべて姿を消した。令和2年4月1日以降に発生した診療報酬債権や弁護士報酬債権は,民法166条1項による。

なお,債権回収に関する各分野の時効期間の一覧としては,弁護士による企業法律相談ウェブサイトの「債権回収時効一覧表」が参照しやすい。

賃金・残業代の時効期間と令和9年4月1日施行の改正は,賃金・残業代の消滅時効は3年か5年かで詳しく説明している。

第3 契約その他の債権の起算点

1 契約不適合責任・瑕疵担保責任

改正前民法の下では,瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定の適用があるか自体が争われていた。最高裁平成13年11月27日判決・平成10年(オ)第773号・民集55巻6号1311頁は,「瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり,この消滅時効は,買主が売買の目的物の引渡しを受けた時から進行する」と判示した。同判決は,改正前民法167条1項の適用が排除されるとは解されないこと,買主が目的物の引渡しを受けた後であれば通常の消滅時効期間の満了までに瑕疵を発見して権利行使することを期待しても不合理でないこと,時効の適用がないとすると売主に過大な負担を課することになることを理由として挙げている。事案は,引渡しから21年余りを経過した後に請求がされたもので,消滅時効期間が経過しているとして原判決が破棄されたが,請求が棄却されたのではなく,消滅時効の援用が権利の濫用に当たるとの買主の再抗弁等について審理を尽くさせるため,事件は原審に差し戻された。

これとは別に,改正前民法566条3項が定める1年の期間の性質が問題となる。最高裁平成4年10月20日判決・民集46巻7号1129頁は,同項の1年の期間は除斥期間であるとしたうえで,瑕疵担保による損害賠償請求権を保存するには,除斥期間内に売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確に告げることをもって足り,裁判上の権利行使をするまでの必要はないと判示した。

現行法では,売買の目的物の種類又は品質に関する契約不適合について,民法566条が「買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは,買主は,その不適合を理由として,履行の追完の請求,代金の減額の請求,損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。」と定める(売主が引渡しの時に不適合を知り,又は重大な過失によって知らなかったときを除く。)。請負については民法637条1項が同旨を定める。この1年の通知期間とは別に,民法166条1項の消滅時効も働くから,種類又は品質に関する契約不適合を理由とする請求権には,①不適合を知った時から1年以内の通知,②権利を行使することができることを知った時から5年,③権利を行使することができる時から10年という三つの期間制限が重畳的に及ぶことになる。②の5年は,通知の時からではなく,通常は不適合を知った時から進行するから,通知を済ませた後に交渉が長期化した事案では,通知から5年を待たずに満了し得る。引渡しから長い年月が経ってから不適合が見つかった場合には,③の10年が先に来ることもある。数量不足や移転した権利の不適合には①の通知期間の制限はなく,②③の消滅時効だけが働く。なお,令和2年4月1日より前に締結された売買・請負には,改正前民法の瑕疵担保責任の規定が適用される(平成29年法律第44号附則34条1項)。

契約不適合責任の通知期間と消滅時効の関係は,契約不適合責任の期間制限で詳しく説明している。

2 保険金

保険金請求権の消滅時効の起算点は,約款上の履行期がいつ到来したかによって定まる。最高裁平成20年2月28日判決・集民227号371頁は,自家用自動車総合保険契約の被保険者が車両保険金の支払を請求し,約款に基づく履行期が到来した場合において,保険会社から,請求についてはなお調査中であり調査に協力を求める旨記載した書面(協力依頼書)が送付され,その後,調査への協力には感謝するが請求には応じられない旨記載した書面(免責通知書)が送付されたなどの事実関係の下では,協力依頼書の送付行為は約款に基づく履行期について調査結果が出るまで延期することを求めるものであり,被保険者は調査に協力することによりこれに応じたものであって,保険金に係る請求権の履行期は,合意によって免責通知書が被保険者に到達した日まで延期されたというべきであり,その消滅時効の起算点はその翌日となると判示した。同判決の参照法条には商法663条が挙げられているが,同条は保険法の制定に伴う整備によって削除されており,現在は保険法95条1項が3年の消滅時効を定めている。もっとも,保険法附則2条により保険法の規定は施行日(平成22年4月1日)以後に締結された保険契約に適用され,95条は施行日前の契約にも適用される規定として列挙されていないから,平成22年3月31日以前に締結された保険契約には,改正前の商法(保険金請求権は2年)及び約款の定めがなお適用される。

平成20年判決は,所定の書類を提出した日から30日以内に保険金を支払い,その期間内に必要な調査を終えることができないときは調査を終えた後遅滞なく支払うとする約款の条項は30日の経過により履行期が到来することを定めたものとした最高裁平成9年3月25日判決・民集51巻3号1565頁を引用したうえで,履行期の合意による延期を認めて起算点を後ろにずらした事例判断である。保険会社とのやり取りが長引いているというだけで時効が止まるわけではない。

生命保険については,最高裁平成15年12月11日判決・民集57巻11号2196頁が,約款が被保険者の死亡の日の翌日を死亡保険金請求権の時効の起算点と定めている場合でも,当時の客観的状況等に照らし,死亡の時からの権利行使が現実に期待できないような特段の事情が存するときは,その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において時効が進行するとし,被保険者が行方不明となり3年以上が経過した後に遺体で発見された事案で,遺体が発見されるまでの間は時効は進行しないとした。

保険金請求権の起算点と約款の定めは,保険金請求権の消滅時効の起算点で詳しく説明している。

3 放送受信料

最高裁平成26年9月5日判決・集民247号159頁は,受信料が月額又は6箇月若しくは12箇月前払額で定められ,その支払方法が2箇月ごとの各期に当該期分を一括して支払う方法又は6箇月分若しくは12箇月分を一括して前払する方法によるものとされている日本放送協会の放送の受信についての契約に基づく受信料債権の消滅時効期間は,民法169条により5年と解すべきであると判示した。ここでいう169条は,前記のとおり定期給付債権の短期消滅時効を定めていた改正前民法169条である。令和2年4月1日以後に生じた受信料債権についても時効期間は5年であるが,施行日前に締結された受信契約に基づく受信料債権には,施行日以後に生じた分を含めて改正前民法169条が適用され(平成29年法律第44号附則10条1項括弧書・4項),施行日以後に締結された受信契約に基づく受信料債権には民法166条1項が適用されると考えられる。また,最高裁平成30年7月17日判決・民集72巻3号297頁は,定期金債権の消滅時効を定めた改正前民法168条1項前段(第1回の弁済期から20年)について,「受信契約に基づく受信料債権には,同項前段の規定は適用されないと解するのが相当である。」と判示しているから,長年請求を受けていなかったとしても,受信契約そのものが時効で消えるわけではない。

起算点については,最高裁大法廷平成29年12月6日判決・民集71巻10号1817頁が,受信設備を設置した者が承諾をしない場合には日本放送協会が承諾の意思表示を命ずる判決を求め,その判決の確定によって契約が成立するとしたうえで,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は契約成立時から進行すると判示した。判決確定によって受信契約が成立し,受信規約の定めにより受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する一方,時効は契約成立時から進行するという構造である。

受信料の時効期間と起算点,時効の援用の仕方は,NHK受信料の消滅時効は5年で詳しく説明している。

4 過払金

最高裁平成21年1月22日判決・平成20年(受)第468号・民集63巻1号247頁は,継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が,借入金債務につき利息制限法1条1項所定の制限を超える利息の弁済により過払金が発生したときには,弁済当時他の借入金債務が存在しなければ過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含む場合には,その取引により生じた過払金返還請求権の消滅時効は,特段の事情がない限り,取引が終了した時から進行すると判示した。個々の過払金が発生した時点ごとに時効が進行するのではなく,取引全体の終了時を基準とする点に実務上の意味がある。もっとも,基本契約が複数あり,前の取引と後の取引が事実上1個の連続した貸付取引と評価されない場合には,前の取引の過払金は後の取引の借入金に充当されず(最高裁平成20年1月18日判決・民集62巻1号28頁の考え方),前の取引の終了時から時効が別に進行することになる。また,令和2年4月1日より前に発生した過払金の返還請求権には改正前民法が適用され,時効期間は取引終了時から10年であると考えられる(平成29年法律第44号附則10条4項)。

過払金の時効の起算点と取引の一連性は,過払金返還請求権の消滅時効はいつから進行するかで詳しく説明している。

5 弁済供託の供託金取戻請求権

最高裁大法廷昭和45年7月15日判決・民集24巻7号771頁は,弁済供託における供託金取戻請求権の消滅時効は,供託の基礎となった債務について紛争の解決などによってその不存在が確定するなど,供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時から進行し,10年をもって完成すると判示した。供託の時から時効が進行するわけではない点に注意を要する。同判決は,原審が会計法30条の5年としていたのを誤りとし,弁済供託は民法上の寄託契約の性質を有するから,供託金の払渡請求権の消滅時効は民法の規定により10年で完成するとしたものである。債権者不確知供託についても,最高裁平成13年11月27日判決・平成10年(行ツ)第22号・民集55巻6号1334頁が同じ起算点を採り,供託の基礎となった債務について消滅時効が完成するなど,供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時から取戻請求権の時効が進行するとした。なお,法務省は,令和2年4月1日以後にされた供託については,払渡請求をすることができることを知った時から5年,払渡請求をすることができる時から10年のいずれかの期間の経過により時効消滅し,同日より前にされた供託には10年の時効期間だけが適用されるとしている(法務省「供託金のお受け取りには消滅時効が適用されます!」)。

供託金の取戻請求権・還付請求権の時効は,弁済供託の供託金取戻請求権の消滅時効で詳しく説明している。

6 安全配慮義務違反による損害賠償請求権

最高裁昭和50年2月25日判決・民集29巻2号143頁は,国は国家公務員に対し,公務遂行のための場所,施設若しくは器具等の設置管理又は遂行する公務の管理に当たって,国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているとしたうえで,国の安全配慮義務違背を理由とする国家公務員の国に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は10年と解すべきであると判示した。不法行為構成の3年ではなく債権一般の時効期間による点が実務上の分岐となる。

起算点については,最高裁平成6年2月22日判決・民集48巻2号441頁が,雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は,じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行すると判示した。じん肺のように症状が進行し,かつ行政上の管理区分によって重症度が段階的に確定する疾病では,最初の決定時ではなく最終の決定時が基準となる。

じん肺によって死亡した場合については,最高裁平成16年4月27日判決・平成13年(受)第1759号・集民214号119頁が,「じん肺によって死亡した場合の損害については,死亡の時から損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。」と判示している。後記第4の6の同日の判決(民集58巻4号1032頁)とは別の事件である。

現行法では,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権について民法167条が客観的起算点からの期間を20年に読み替えるから,債務不履行構成による場合は「権利を行使することができることを知った時から5年」又は「権利を行使することができる時から20年」となる。もっとも,令和2年3月31日以前に締結された労働契約に基づく損害賠償請求権は,事故や発症が令和2年4月1日以後であっても改正前民法が適用され,権利を行使することができる時から10年である(平成29年法律第44号附則10条1項・4項)。

労災保険給付の請求権は,療養補償給付・休業補償給付等が2年,障害補償給付・遺族補償給付等が5年であり(労働者災害補償保険法42条),使用者に対する損害賠償請求権とは別に時効が進行する。令和8年法律第60号により,令和9年4月1日からは,原因である事故に係る疾病がその性質上災害補償の事由等に該当するかどうかを容易に判断することができない疾病として政令で定めるものである場合には,療養補償給付等の時効が2年から5年に延長されることとされており(対象となる疾病を定める政令は未制定),,厚生労働省の法律の概要は,脳・心臓疾患,精神疾患及び石綿関連疾病を想定していると説明している(施行日前に生じた疾病による事故を原因とするものは従前の例による。同法附則5条)。

安全配慮義務違反による損害賠償請求権の時効と労災保険給付の時効は,安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効で詳しく説明している。

7 役員の対第三者責任

最高裁昭和49年12月17日判決・昭和49年(オ)第768号・民集28巻10号2059頁は,商法266条の3第1項前段所定の第三者の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は10年と解すべきであると判示した。同判決は,取締役の責任は法がその責任を加重するため特に認めたものであって不法行為責任たる性質を有するものではないから,不法行為責任に関する消滅時効の特則である民法724条は当然には適用されず,類推適用する余地もないとし,改正前民法167条1項を適用した。会社法429条1項の役員等の第三者に対する責任についても同じ整理が妥当し,令和2年4月1日以後に生じた請求権については民法166条1項が適用され,権利を行使することができることを知った時から5年,権利を行使することができる時から10年のいずれか早い方で時効が完成すると考えられる(同日より前に生じた請求権は改正前民法167条1項の10年。平成29年法律第44号附則10条4項)。役員の任務懈怠を理由とする請求で,不法行為構成の3年が経過している場合に検討すべき論点である。役員等の会社に対する責任についても,最高裁平成20年1月28日判決・民集62巻1号128頁が,前身の商法266条1項5号の責任の消滅時効期間を商事時効の5年ではなく民法167条1項の10年とした。

同判決は,その理由中で,民法724条が短期消滅時効を設けた趣旨について,不法行為に基づく法律関係が通常は未知の当事者間に予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため,加害者は損害賠償の請求を受けるかどうか,いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果,極めて不安定な立場に置かれるので,被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには損害賠償請求権が時効にかかるものとして加害者を保護することにある,と述べている。この説示は,724条1号の起算点を解釈する際の出発点として広く引用されている。

役員等の第三者に対する責任と会社に対する責任の時効は,役員等の第三者に対する責任(会社法429条)の消滅時効は10年で詳しく説明している。

8 返還時期の定めのない貸金

返還の時期を定めなかった消費貸借では,貸主は相当の期間を定めて返還の催告をすることができる(民法591条1項)。東京高裁昭和41年6月17日判決・金融・商事判例14号8頁は,返済期の定めのない消費貸借上の債務について,貸主はいつでも相当の期間を定めて返還を催告することにより権利を行使できるから,催告をしていないときでも,貸借成立の時から相当の期間を経過した時点から消滅時効が進行するとし,その事案では長くとも債務成立後1か月で相当の期間を経過したとした(判例秘書で確認。裁判所ウェブサイト未掲載)。催告をしない限り時効が進行しないわけではない点に注意を要する。令和2年4月1日以後の貸付けには民法166条1項が適用され,貸主は通常,期限を定めずに貸したことを知っているから,実際上は相当の期間の経過から5年で時効が完成すると考えておくのが安全である。夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については,婚姻の解消の時から6箇月を経過するまでの間は時効は完成しない(民法159条)。

親族間の貸付けでは,返還の時期を定めていないことが多い。東京地裁令和7年9月1日判決(令和6年(ワ)第30419号)は,兄が弟に対し,返還の時期を定めずに毎月10万円を貸し付けたと主張した事案で,平成14年6月から平成15年9月までの毎月10万円の振込みの事実は認めたものの返還の約束を認めずに請求を棄却し,弟が借入れを認めたとする領収証も弟が作成したものとは認められないとして債務の承認による時効の中断を否定したうえで,仮に貸付けが成立していたとしても消滅時効が完成しており,弟の援用によって消滅したとした(判例秘書で確認。裁判所ウェブサイト未掲載)。成年後見人が本人の古い借金の返済を求められた場面での検討は,「成年後見人は本人の古い借金を返してよいか――債務の存否の確認,消滅時効の援用及び家庭裁判所への連絡票」で整理している。

返済期限のない貸金と親族間の貸付けの時効は,返済期限を決めていない貸金・親族間の貸付けの消滅時効はいつから進行するかで詳しく説明している。

第4 不法行為による損害賠償請求権

1 民法724条・724条の2の構造と新旧の振り分け

民法724条は「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。」と定め,民法724条の2が,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権について1号の「三年間」を「五年間」と読み替える。

改正前民法724条後段の20年について,判例はこれを除斥期間と解していた。前記のとおり,附則35条1項により,20年が施行の際既に経過していた場合,すなわち原則として不法行為の時(起算点)が平成12年3月31日以前のものについては改正前民法724条後段(除斥期間)がなお適用され,平成12年4月1日以後のものについては民法724条2号の消滅時効が適用される。加害行為から相当期間を経過した後に損害が発生する類型では,後記6のとおり起算点が損害の発生時とされるから,加害行為の日付だけで振り分けることはできない。除斥期間であれば時効の援用は問題とならず完成猶予・更新の規定も適用されない(ただし,後記7のとおり,最高裁大法廷令和6年7月3日判決により,除斥期間の経過による消滅を裁判所が判断するには当事者の主張が必要となった。)のに対し,消滅時効であれば援用が必要で完成猶予・更新の対象となるから,この振り分けは主張構成に直結する。また,人の生命又は身体を害する不法行為については,施行の際に改正前民法724条前段の3年の時効が完成していなければ5年の特則が適用される(附則35条2項)から,法務省の説明資料によれば,損害及び加害者を知ったのが平成29年4月1日以後であれば5年となる。

生命又は身体を害する不法行為の5年の特則と債務不履行構成との比較は,人身損害の消滅時効の特則でも扱っている。

2 「損害及び加害者を知った時」の意義

最高裁昭和48年11月16日判決・民集27巻10号1374頁は,被疑者として逮捕されている間に警察官から不法行為を受けた被害者が,当時加害者の姓,職業,容貌を知ってはいたものの,その名や住所を知らず,引き続き身柄拘束のまま取調べ,起訴,有罪の裁判及びその執行を受け,釈放された後も加害者の名や住所を知ることが困難であったような場合には,その後,被害者において加害者の氏名,住所を確認するに至った時をもって改正前民法724条にいう「加害者ヲ知リタル時」というべきであると判示した。

最高裁平成14年1月29日判決・平成8年(オ)第2607号・民集56巻1号218頁は,昭和48年判決を引用して,改正前民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知った時を意味するとしたうえで,同条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと判示した。加害者の氏名・住所が不明である期間や,損害の発生を現実に認識していない期間は起算点が到来しないことになるから,起算点を争う場合には,被害者がいつ何を認識していたかを個別に主張立証する必要がある。

もっとも,被害者が損害の発生を知った以上,当時その損害との関連において当然その発生を予見することが可能であったものについては,すべて被害者においてその認識があったものとされる(最高裁昭和43年6月27日判決・昭和38年(オ)第842号・集民91号461頁)。同判決は,登記官吏の過失により虚偽の所有権移転登記がされ,これを信頼して土地を買い受けてその地上に建物を建築した者が,自己が土地の所有権を取得し得ないことを知ったときは,建物を収去することによって生ずる損害についてもその損害及び加害者を知ったものと解するのが相当であるとした事案である。同判決は,改正前民法724条の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,「単に損害を知るに止まらず、加害行為が不法行為であることもあわせ知ることを要する」とも述べている。同日には同じ原審の事件について別の判決(民集22巻6号1339頁)も言い渡されているから,事件番号で区別する必要がある。

「損害及び加害者を知った時」の意義と3年・5年・20年の関係は,不法行為の損害賠償請求権の消滅時効で詳しく説明している。

3 後遺障害

最高裁昭和49年9月26日判決・集民112号709頁は,不法行為による受傷の後遺症が顕在化した後において,症状は徐々に軽快こそすれ悪化したとは認められないなど,受傷した後の治療経過が原審認定のとおりである場合には,後遺症が顕在化した時が改正前民法724条にいう損害を知った時に当たり,その時から後遺症に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行すると判示した。

交通事故では,症状固定の診断がその基準となる。最高裁平成16年12月24日判決・集民215号1109頁は,交通事故により負傷した者が後遺障害について症状固定の診断を受け,これに基づき自動車保険料率算定会に対して自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級の事前認定を申請したときは,その結果が非該当であり,その後の異議申立てによって等級認定がされたという事情があったとしても,後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも症状固定の診断を受けた時から進行すると判示した。異議申立てによる等級認定を待っていると時効が完成し得るということであり,等級認定の手続中であっても時効管理を怠れない。もっとも,同判決は請求を棄却したものではなく,加害者による時効の援用が権利の濫用に当たるとの再抗弁について審理を尽くさせるため,事件を原審に差し戻したものである。

4 物損は人身損害と別に進行する

最高裁令和3年11月2日判決・民集75巻9号3643頁は,交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の改正前民法724条前段所定の消滅時効は,同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても,被害者が,加害者に加え,車両損傷を理由とする損害を知った時から進行すると判示した。人身損害について症状固定を待って交渉している間に,物損の請求権だけが時効にかかるという事態が生じ得る。

5 弁護士費用

最高裁昭和45年6月19日判決・民集24巻6号560頁は,不法行為の被害者が弁護士に対し損害賠償請求の訴えを提起することを委任し,成功時に成功額の1割5分の割合による報酬金を支払う旨の契約を締結した場合には,その契約の時が改正前民法724条にいう損害を知った時に当たり,その時から請求権の消滅時効が進行すると判示した。最高裁昭和54年3月9日判決・金融法務事情898号86頁(昭和51年(オ)第137号。裁判所ウェブサイト未掲載につき判例秘書で全文を確認)も,弁護士費用の賠償請求についてはその消滅時効の起算点は報酬金支払契約締結の時と解されるとしたうえで,訴え提起前に訴訟追行を弁護士に委任したときは,特段の事情のない限り第一審の報酬金支払契約は訴えの提起までに締結されたとみるべきであるから,遅くとも訴え提起時には消滅時効が進行を開始していると判示した。控訴審における報酬金支払契約については,第一審から引き続き受任している弁護士であっても,特段の事情のない限り第一審判決後に締結されたものとみるのが相当であるとしており,審級ごとに起算点が分かれることになる。

後遺障害,物損及び弁護士費用を含む交通事故の損害賠償請求権の起算点は,交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するかで詳しく説明している。

6 潜伏期間のある疾病

加害行為から相当期間を経過した後に損害が発生する類型については,除斥期間の起算点を損害発生時とする判例法理が形成されてきた。最高裁平成16年4月27日判決・民集58巻4号1032頁は,改正前民法724条後段所定の除斥期間は,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時から進行すると判示した。石炭鉱山におけるじん肺に関する事案であり,経済産業省ウェブサイトの「石炭じん肺訴訟について」に訴訟の経過が掲載されている。

最高裁平成18年6月16日判決・民集60巻5号1997頁は,乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染しB型肝炎を発症したことによる損害について,集団予防接種等(加害行為)の時ではなく,B型肝炎の発症(損害の発生)の時が除斥期間の起算点となるとした。最高裁平成16年10月15日判決・民集58巻7号1802頁は,水俣病について,患者が水俣湾周辺地域から転居した時点が加害行為の終了時であること,遅発性水俣病の患者においては原因となる魚介類の摂取を中止してから4年以内にその症状が客観的に現れることなどの事情の下では,転居から遅くとも4年を経過した時点が除斥期間の起算点となるとした原審の判断を是認した。B型肝炎については,その後,最高裁令和3年4月26日判決・民集75巻4号1157頁が,HBe抗原陽性慢性肝炎を発症したことによる損害とHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害とは質的に異なるものであって,後者の損害は陰性慢性肝炎の発症の時に発生したものであるとし,その時が除斥期間の起算点となると判示した。

この類型の潜伏期間は,疾病によっては数十年に及ぶ。石綿ばく露と悪性中皮腫については,石綿被害の救済制度で認定された患者を対象とした海外の疫学研究により,初回ばく露から診断までの平均潜伏期間が約34年,石綿関連肺がんでは約40年という数値が報告されており,初回ばく露時の年齢が低いほど潜伏期間が長くなる傾向も指摘されている。損害の発生時期を主張するに当たっては,このような医学的知見を踏まえて,発症時期を医証によって特定することが前提となる。

じん肺,B型肝炎,水俣病及び石綿の起算点は,潜伏期間のある疾病と除斥期間・消滅時効の起算点で詳しく説明している。

7 20年の期間と令和6年大法廷判決

改正前民法724条後段の20年について,最高裁平成元年12月21日判決・民集43巻12号2209頁は,同規定は不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると判示した。この理解を前提として,最高裁平成10年6月12日判決・民集52巻4号1087頁は,除斥期間の経過後に訴えが提起された場合には裁判所は当事者からの主張がなくても請求権が消滅したものと判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は主張自体失当であると解すべきであると述べた。もっとも,同判決は同時に,不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において,その後被害者が禁治産宣告を受け,後見人に就職した者がその時から6箇月内に損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法158条の法意に照らし,改正前民法724条後段の効果は生じないと判示しており,例外を認めた判決でもある。

最高裁平成21年4月28日判決・民集63巻4号853頁は,この例外法理を進め,被害者を殺害した加害者が被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6箇月内に相続人が損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,改正前民法724条後段の効果は生じないと判示した。

そして,最高裁大法廷令和6年7月3日判決・民集78巻3号382頁(旧優生保護法に基づく優生手術等に関する国家賠償請求事件)は,改正前民法724条後段について「上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができる」と判示し,これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の判例を変更した。

この判例変更の射程については,判決文を通読して確認しておく必要がある。第一に,同判決は「同条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である」と述べており,改正前民法724条後段が除斥期間であるという理解自体は維持されている。補足意見も,除斥期間とする法理まで判例変更すると,附則35条1項によって維持されるはずの法律関係を遡って見直すことになりかねないとして,変更範囲が限定されることを説明している。第二に,変更されたのは,裁判所が除斥期間の経過による消滅を判断するには当事者の主張がなければならないとした点と,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張が主張自体失当ではなくなった点の二つである。従来は職権による判断が可能とされていたのであるから,前者の変更は訴訟追行上の意味が大きい。第三に,同判決には,改正前民法724条後段を消滅時効を定めるものと解する意見も付されている。

なお,令和6年7月3日には,同種の争点について大法廷判決が5件言い渡されており,そのうち令和5年(オ)第1341号,同年(受)第1682号事件(原審・仙台高等裁判所)は破棄差戻しとなっている。大法廷判決の後,旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律(令和6年法律第70号)が制定され,優生手術等を受けた者について1500万円,その配偶者について500万円の補償金を支給する枠組みが設けられた(同法4条。請求は同法の施行日から5年以内。同法5条3項)。

起算点に関する下級審の判断として,東京高裁令和3年8月27日判決(令和元年(ネ)第3124号・判例時報2578号)は,改正前民法724条後段の規定する「不法行為の時」とは,再審手続があった場合においては再審による無罪判決が確定した時であって,当該時点が除斥期間の起算点となるとした事例である。

除斥期間の性質と大法廷令和6年7月3日判決による判例変更の射程は,改正前民法724条後段の除斥期間と最高裁令和6年7月3日大法廷判決で詳しく説明している。

第5 時効の完成猶予及び更新

1 用語と全体構造

改正により,従来の「中断」は,その効果に応じて「完成猶予」と「更新」に振り分けられ,「停止」は「完成猶予」に改められた。仮差押え・仮処分及び催告は完成猶予だけを生じ(民法149条・150条),承認は更新だけを生じ(民法152条),裁判上の請求や強制執行等は完成猶予と更新の双方を生ずる(民法147条・148条)。完成猶予は,一定の事由がある間は時効が完成しないという効果にとどまり,時効期間が新たに進行を始めるわけではない。これに対し更新は,その時から新たに時効が進行を始める。同一の事由が完成猶予と更新の双方の効果を生ずる場合もあり,たとえば裁判上の請求は,手続が終了するまで完成猶予の効果を有し,確定判決等によって権利が確定したときに更新の効果を生ずる。

改正前民法の中断・停止に関する裁判例を現行法の下で用いるときは,どの効果に対応するものかを確認する必要がある。以下の裁判例は,特に断らない限り改正前民法の中断について判断したものである。

完成猶予・更新の各事由と旧法の中断・停止との対応は,時効の完成猶予と更新の違いで一覧にしている。

2 裁判上の請求等

民法147条1項は,裁判上の請求,支払督促,民事訴訟法275条1項の和解又は民事調停法若しくは家事事件手続法による調停,破産手続参加・再生手続参加・更生手続参加について,その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては,その終了の時から6箇月を経過する)までの間は時効が完成しないとし,同条2項は,権利が確定したときは事由が終了した時から新たに時効が進行を始めるとする。

一部請求と時効の関係は,実務上争いになりやすい。一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合,訴え提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ,残部には及ばないとした先例は,最高裁昭和34年2月20日判決・民集13巻2号209頁である。前記の最高裁昭和43年6月27日判決は,昭和34年判決を引用してこの考え方を踏襲したうえで,不法行為に基づく損害賠償請求において,被害者が一定の種類の損害に限り裁判上の請求をすることを明らかにし,その他の種類の損害についてはこれを知りながらあえて裁判上の請求をしない場合には,その理は一層明らかであるとした。前記の最高裁昭和54年3月9日判決・金融法務事情898号86頁も,請求のなかった費目の損害について時効が問題となった事例である。同判決の事案は,訴状で幼児の逸失利益等とともに第一審の弁護士費用の賠償を請求しながら,その弁護士費用の請求を第一審判決前に取り下げ,控訴審における請求の拡張で改めて第一審及び控訴審の弁護士費用を請求したもので,訴え提起から請求拡張までに3年以上が経過していたため,拡張部分について時効が問題となった。損害の費目ごとに請求を絞って提訴すると,絞った部分について時効が進行し続けることになる。

もっとも,最高裁平成25年6月6日判決・民集67巻5号1208頁は,数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合,債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど,残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り,訴えの提起は残部について裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生じ,債権者は訴訟の終了後6箇月以内に改正前民法153条所定の措置を講ずることにより残部について消滅時効を確定的に中断することができるとした。同判決は同時に,消滅時効期間が経過した後,その経過前にした催告から6箇月以内に再び催告をしても,第1の催告から6箇月以内に所定の措置を講じなかった以上は第1の催告から6箇月を経過することにより消滅時効が完成し,この理は第2の催告が明示的一部請求の訴えの提起による裁判上の催告であっても異ならないとしている。岩田合同法律事務所編『時効・期間制限の理論と実務』(日本加除出版,平成30年)54頁は,改正民法147条1項括弧書が手続終了の時から6箇月の完成猶予を認めており,この括弧書は改正前民法の中断効果阻却事由の効果と従前の「裁判上の催告」の効果を合成したものといえる旨を指摘している。

訴えを取り下げた場合であっても,権利主張を止めたものでもなく,権利についての判決による公権的判断を受ける機会を放棄したものでもないような場合には,訴え提起による時効中断の効力は存続する(最高裁昭和50年11月28日判決・民集29巻10号1797頁)。同判決は,二重訴訟を解消するために前訴が取り下げられても,前訴の請求がそのまま後訴においても維持されている場合には時効中断の効力は消滅しないとした事案である。

原因債権と手形債権の関係については,最高裁昭和62年10月16日判決・民集41巻7号1497頁が,債務の支払のために手形の交付を受けた債権者が債務者に対して手形金請求の訴えを提起したときは原因債権についても消滅時効中断の効力を生ずると判示した。

訴えの変更については,最高裁平成10年12月17日判決・集民190号889頁が,金員の着服を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において着服金員相当額の不当利得返還請求がその時効期間経過後に追加された場合,両請求が基本的な請求原因事実を同じくし,着服金相当額の返還を請求する点において経済的に同一の給付を目的とする関係にあるなどの事情の下では,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の係属中は不当利得返還請求権につき催告が継続し,不当利得返還請求の追加によりその消滅時効は確定的に中断されたというべきであると判示した。この判例を踏まえ,木﨑孝編著『最新 複雑訴訟の実務ポイント』(新日本法規出版,令和2年)77頁は,訴えの交換的変更があった場合の従前の訴え提起による時効中断効の帰すうを整理している。平成10年判決の事案でも,不当利得返還請求を追加したうえで当初の損害賠償請求の訴えが取り下げられているが,不当利得返還請求権の消滅時効は確定的に中断されたとされている(同判決は改正前民法の催告の継続として説明しており,現行法の下では完成猶予・更新の規定に即して読み替えることになる。)。

明示的一部請求,訴えの取下げ及び訴えの変更と時効は,訴えの提起と時効の完成猶予・更新で詳しく説明している。

3 強制執行等

民法148条1項は,強制執行,担保権の実行,民事執行法195条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売,及び民事執行法196条に規定する財産開示手続又は同法204条に規定する第三者からの情報取得手続について,その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによって終了した場合は,その終了の時から6箇月を経過する)までの間は時効が完成しないとし,同条2項は,事由が終了した時から新たに時効が進行を始めるとする(申立ての取下げ等による終了の場合を除く。)。財産開示手続及び第三者からの情報取得手続が明文で掲げられたことは,債権回収の実務にとって改正の実益が大きい部分である。

最高裁令和元年9月19日判決・民集73巻4号438頁は,債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには,その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しないと判示した。

申立てを取り下げた場合の効力については,最高裁平成11年9月9日判決・集民193号685頁が,物上保証人に対する不動産競売において債務者に対する被担保債権の消滅時効中断の効力が生じた後,債権者が競売の申立てを取り下げたときは,時効中断の効力は初めから生じなかったことになるとした。現行民法148条の下では,申立ての取下げによって手続が終了した場合にも,更新の効果は生じないものの,終了の時から6箇月を経過するまでは時効の完成が猶予される(同条1項括弧書・2項ただし書)。もっとも,最高裁平成30年12月18日決定・民集72巻6号1151頁は,債権執行の申立てをした債権者が配当等により請求債権の一部について満足を得た後に申立てを取り下げた場合について,時効中断の効力が改正前民法154条により初めから生じなかったことになるわけではないとした高松高裁平成29年11月30日決定の判断が平成11年判決に相反するものではないとして,判例違反を理由とする移送決定を取り消した。同決定は,民訴規則203条所定の事由があるとしてされた民訴法324条に基づく移送決定について,当該事由がないと認めるときは最高裁判所がこれを取り消すことができると判示したものであり,一部の満足を得た後の取下げの場合に時効中断の効力が失われるかどうかについて,最高裁判所自身が実体的な判断を示したものではない。

最高裁令和2年9月18日判決・民集74巻6号1762頁は,不動産競売手続において建物の区分所有等に関する法律66条で準用される同法7条1項の先取特権を有する債権者が配当要求をしたことにより配当要求債権について差押えに準ずるものとして消滅時効の中断の効力が生ずるためには,民事執行法181条1項各号に掲げる文書により債権者が先取特権を有することが証明されれば足り,債務者が配当異議の申出等をすることなく売却代金の配当又は弁済金の交付が実施されるに至ったことを要しないと判示した。管理費等の滞納が問題となるマンション管理の場面で参照される。

差押え,財産開示手続及び配当要求と時効の関係は,強制執行・財産開示手続と時効の完成猶予・更新で詳しく説明している。

4 仮差押え等,催告及び協議を行う旨の合意

民法149条は,仮差押え及び仮処分について,その事由が終了した時から6箇月を経過するまでの間は時効は完成しないと定める。改正前民法147条2号は仮差押え・仮処分を中断事由としていたが,改正により完成猶予事由に位置付けが改められた。保全命令を得ても時効期間が新たに進行するわけではないから,本案の提起その他の更新事由につなげる必要がある。

仮差押えの効力,「その事由が終了した時」についての立案担当者の説明及び破産手続開始による失効については,仮差押えと差押えの違い―処分禁止の効力,時効の完成猶予及び破産手続開始による失効で説明している。

民法150条1項は,催告があったときはその時から6箇月を経過するまでの間は時効は完成しないとし,同条2項は,催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は完成猶予の効力を有しないとする。催告を繰り返して時効の完成を引き延ばすことはできない。

改正で新設された民法151条は,権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは,①合意があった時から1年を経過した時,②合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る。)を定めたときはその期間を経過した時,③当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときはその通知の時から6箇月を経過した時,のいずれか早い時までの間は時効は完成しないとする。同条2項は再度の合意を認めるが,その効力は,時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて5年を超えることができない。同条3項は,催告によって完成が猶予されている間にされた合意,及び合意により完成が猶予されている間にされた催告について,それぞれ完成猶予の効力を有しないとする。同条4項及び5項により,合意及び協議続行拒絶の通知は電磁的記録によることもできる。示談交渉が長期化する事案では,訴訟提起によらずに時効の完成を防ぐ手段として活用できるが,前記のとおり施行日前にされた書面の合意には適用がない(附則10条3項)。

催告と協議を行う旨の合意の使い分けと期間の計算は,内容証明による催告と協議を行う旨の合意で詳しく説明している。

5 承認

民法152条1項は,時効は権利の承認があったときはその時から新たにその進行を始めるとし,同条2項は,承認をするには相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しないとする。

一部弁済が承認に当たるかについては,最高裁令和2年12月15日判決・民集74巻9号2259頁が,父が長男に対し3回に分けて金銭を貸し付けた事案で,同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において,借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は特段の事情のない限り各元本債務の承認として消滅時効を中断する効力を有すると判示した。また,最高裁平成25年9月13日判決・民集67巻6号1356頁は,保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合,当該弁済は,特段の事情のない限り,主たる債務者による承認として当該主たる債務の消滅時効を中断する効力を有するとした。交通事故の分野では,保険会社による治療費の支払や賠償額の提示が加害者の債務の承認に当たるかが事案によって争われ得るから,それだけに頼らない方がよい。

債務者以外の者による承認については,最高裁令和5年2月1日決定・民集77巻2号183頁が,破産管財人が,別除権の目的である不動産の受戻しについて別除権を有する者との間で交渉し,又は不動産につき権利の放棄をする前後にその旨を通知するに際し,破産者を債務者とする被担保債権についての債務の承認をしたときは,その承認は被担保債権の消滅時効を中断する効力を有すると判示した。時効の中断の効力を生ずべき債務の承認とは,時効の利益を受けるべき当事者がその相手方の権利の存在の認識を表示することをいい,債務者以外の者がした承認により中断の効力が生ずるためには,その者が債務者の財産を処分する権限を有することを要しないが,これを管理する権限を有することを要する,という枠組みによるものである。

なお,承認とは別に,債権者側の通知の効力が問題となった例として,最高裁令和2年6月26日判決・民集74巻4号759頁は,被相続人に対して既に納付又は納入の告知がされた地方団体の徴収金につき,納期限等を定めてその納付等を求める旨の相続人に対する通知は,地方税の徴収権について地方税法(平成29年法律第45号による改正前のもの)18条の2第1項1号に基づく消滅時効の中断の効力を有しないと判示し,相続人に対する通知は単なる催告としての効力にとどまるとした。また,同判決は,一貫して税額を争っていた納税者が滞納金の一部を納付しても,納付しなかった部分について債務の承認をしたものとは認められないとした原審の判断を前提にしている。

一部弁済,破産管財人の承認及び相続人への通知は,債務の承認による時効の更新で詳しく説明している。

6 効力が及ぶ者の範囲と不真正連帯債務

民法153条は,147条又は148条による完成猶予・更新,149条から151条までによる完成猶予,及び152条による更新について,いずれもその事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ効力を有すると定める。もっとも,主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は,保証人に対しても効力を生ずる(民法457条1項)。これに対し,保証人に対する請求や保証人の承認は主たる債務の時効に影響せず,連帯保証人について生じた事由も,民法458条が準用する更改,相殺及び混同に限って主たる債務者に効力を及ぼす。ただし,施行日前に締結された保証契約に係る保証債務については,なお従前の例による(平成29年法律第44号附則21条1項)から,古い連帯保証契約では,改正前民法458条が準用する改正前民法434条により,連帯保証人に対する履行の請求が主たる債務の時効にも影響する余地がある。

改正前民法の下では,連帯債務については履行の請求に絶対的効力を認める改正前民法434条があったため,共同不法行為者の債務が連帯債務か不真正連帯債務かが実益をもった。最高裁昭和57年3月4日判決・集民135号269頁は,民法719条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務はいわゆる不真正連帯債務であって連帯債務ではないから,連帯債務に関する改正前民法434条の規定は適用されないとし,共同不法行為が行為者の共謀にかかる場合であってもこれと結論を異にすべき理由はないと判示した。同判決は,先例として最高裁昭和48年2月16日判決・民集27巻1号99頁(免除の効力が及ばないとした事案)及び最高裁昭和48年1月30日判決・集民108号119頁(不真正連帯債務には更改に関する改正前民法438条の適用がないとした事案)を挙げている。

現行法では,この対比の実益は大きく減じている。改正により,履行の請求に絶対的効力を認めていた改正前民法434条は削除され,民法441条が「第四百三十八条、第四百三十九条第一項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。」という相対的効力の原則を定めたからである。絶対的効力が残るのは更改(438条),相殺(439条1項)及び混同(440条)だけであり,履行の請求はこれに含まれない。したがって,連帯債務であっても不真正連帯債務であっても,一方の債務者に対する履行の請求によって他方の債務者との関係で完成猶予・更新の効果が生ずることはなく,債権者は各債務者について個別に時効管理をしなければならない。なお,現行民法436条は「連帯債務者に対する履行の請求」という見出しの下に,債権者が連帯債務者の一人に対し,又は同時に若しくは順次に全ての連帯債務者に対し,全部又は一部の履行を請求することができると定める規定であって,改正前民法434条の後身ではない。

保証人・物上保証人と時効の関係は,消滅時効を援用できるのは誰かで詳しく説明している。

7 権利者の状況による完成猶予

民法158条1項は,時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは,その者が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は時効は完成しないと定める。

最高裁平成26年3月14日判決・民集68巻3号229頁は,時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,少なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは,民法158条1項の類推適用により,法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は,その者に対して時効は完成しないと判示した。時効期間の満了時に後見開始の審判がまだされていなくても,満了前に申立てがされ,その申立てに基づいて後見開始の審判がされたときは,成年後見人の就職から6箇月以内に権利を行使すれば救済されることになる。同判決は,遺留分減殺請求権の1年の時効が問題となった事案で,時効の期間の満了前6箇月以内の間に事理を弁識する能力を欠く常況にあったかを審理させるため,事件を原審に差し戻したものである。

このほか,夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については婚姻の解消の時から(民法159条),相続財産に関しては相続人が確定した時,管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から(民法160条),それぞれ6箇月を経過するまでの間は時効は完成しない。時効の期間の満了の時に当たり,天災その他避けることのできない事変のため裁判上の請求等の手続を行うことができないときは,その障害が消滅した時から3箇月を経過するまでの間は時効は完成しない(民法161条。改正前は2週間であった。)。

判断能力を欠く人に対する時効の完成猶予は,判断能力を欠く人に対する時効の完成猶予で詳しく説明している。

第6 時効の援用

1 援用と援用権者

民法145条は「時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」と定める。括弧書は改正により明文化されたもので,従来の判例の到達点を条文化したものである。物上保証人については最高裁昭和43年9月26日判決・民集22巻9号2002頁が,抵当不動産の第三取得者については最高裁昭和48年12月14日判決・民集27巻11号1586頁が,それぞれ被担保債権の消滅時効を援用することができるとしていた。

正当な利益を有する者に当たるかが争われた例として,最高裁平成11年10月21日判決・民集53巻7号1190頁は,後順位抵当権者は先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができないと判示した。他方,最高裁平成10年6月22日判決・民集52巻4号1195頁は,詐害行為の受益者は詐害行為取消権を行使する債権者の債権の消滅時効を援用することができると判示した。援用権者の範囲は,時効の完成により直接利益を受けるかどうかによって個別に判断されている。また,主たる債務者である破産者が免責決定を受けた場合には,免責決定の効力の及ぶ債務の保証人はその債権の消滅時効を援用することができず(最高裁平成11年11月9日判決・民集53巻8号1403頁),破産終結決定がされて法人格が消滅した会社を主たる債務者とする保証人は,主たる債務の消滅時効が法人格の消滅後に完成したことを主張してこれを援用することはできない(最高裁平成15年3月14日判決・民集57巻3号286頁)。

保証人による援用の可否については,小原法律事務所ウェブサイトの「保証人はどのような場合に消滅時効が援用できなくなりますか?」が実務的な整理をしている。

援用権者の範囲と援用の効果は,消滅時効を援用できるのは誰かで詳しく説明している。

2 時効完成後の債務の承認

最高裁大法廷昭和41年4月20日判決・民集20巻4号702頁は,二つの点を判示した。第一に,消滅時効完成後に債務の承認をした場合において,そのことだけから,その承認は時効が完成したことを知ってしたものであると推定することは許されない。第二に,債務者が消滅時効完成後に債権者に対し当該債務の承認をした場合には,時効完成の事実を知らなかったときでも,その後その時効の援用をすることは許されない。この判決は,推定の点で見解を異にする最高裁昭和35年6月23日判決・民集14巻8号1498頁を変更したものである。

この法理は,時効期間が経過した後に債務者が支払猶予を求めたり一部弁済をしたりした事案で頻繁に問題となる。時効期間の経過時期と各行為の時期を時系列で整理したうえで検討する必要がある。

もっとも,最高裁昭和45年5月21日判決・民集24巻5号393頁は,債務者が消滅時効の完成後に債務を承認した場合においても,以後ふたたび時効は進行し,債務者は再度完成した消滅時効を援用することができると判示している。この事案では,時効完成後に支払の猶予を求めたことが債務の承認に当たるとされていたが,これは原審の認定であり,最高裁はこれを前提として判断している。

成年後見人が本人の代理人として時効完成後の債務を返済し,又は債務を認めた場合も,本人の承認として扱われ,本人がその時効を援用できなくなると考えられる。成年後見人が親族等から本人の古い借金の返済を求められた場面での債務の存否の確認,改正前の民法による時効の検討及び家庭裁判所への連絡の仕方は,「成年後見人は本人の古い借金を返してよいか――債務の存否の確認,消滅時効の援用及び家庭裁判所への連絡票」で整理している。

時効完成後の承認・一部弁済と再度の時効は,時効完成後に債務を承認・一部弁済したら時効を援用できないかで詳しく説明している。

3 時効消滅した債権を自働債権とする相殺

民法508条は,時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には,その債権者は相殺をすることができると定める。最高裁平成25年2月28日判決・平成23年(受)第2094号・民集67巻2号343頁は,時効によって消滅した債権を自働債権とする相殺をするためには,消滅時効が援用された自働債権は,その消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると判示した。同判決は,あわせて,既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等によりその弁済期が現実に到来していることを要するとしている。また,最高裁昭和51年3月4日判決・民集30巻2号48頁は,改正前民法637条所定の期間が経過した請負契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を自働債権とし,請負人の報酬請求権を受働債権とする相殺について,民法508条の類推適用があると判示している。相殺の抗弁一般については「相殺の抗弁に関するメモ書き」で別に整理している。なお,損害賠償額の算定における「損益相殺」は,名前は似ているが,民法508条の相殺とは別の制度である。

時効で消滅した債権による相殺の要件は,時効で消滅した債権で相殺できるかで詳しく説明している。

4 担保物権及び相続に関する時効

民法396条は,抵当権は債務者及び抵当権設定者に対しては,その担保する債権と同時でなければ時効によって消滅しないと定める。最高裁平成30年2月23日判決・民集72巻1号1頁は,抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合には民法396条は適用されず,債務者及び抵当権設定者に対する関係においても,当該抵当権自体が改正前民法167条2項所定の20年の消滅時効にかかると判示した。破産免責を受けた債務者の不動産に登記だけが残っている事案で用いられる。もっとも,同判決の事案は元本が確定した根抵当権の設定仮登記の抹消登記手続を求めたもので,同判決は,担保すべき元本が確定した根抵当権についても同様に当てはまるとしたうえで,根抵当権を行使することができる時から20年を経過していないことは明らかであるとして,請求を棄却した原審の判断を結論において是認している。20年の起算点を具体的に判示したものではなく,免責後直ちに抵当権の登記の抹消を請求できるわけではない。同判決の前提には,免責許可の決定の効力を受ける債権は消滅時効の進行を観念することができないとした前記の最高裁平成11年11月9日判決がある。現行法では,抵当権自体の時効期間は民法166条2項の20年である。

相続については,最高裁令和6年3月19日判決・民集78巻1号63頁が,相続回復請求の相手方である表見相続人は,真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても,当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができると判示した。相続回復請求権の消滅時効(民法884条)と,表見相続人による取得時効(民法162条)とが別個に進行するという理解である。

破産免責後の抵当権の時効と登記の抹消は,破産免責後の抵当権の消滅時効で詳しく説明している。

第7 自賠責保険金及び損害賠償額請求権の消滅時効

1 根拠条文と期間

被害者が保険会社に対して直接請求する損害賠償額の請求権については,自動車損害賠償保障法19条が「第十六条第一項及び第十七条第一項の規定による請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び保有者を知つた時から三年を経過したときは、時効によつて消滅する。」と定める。

加害者側が支払った賠償額について保険会社に請求する保険金請求権については,同法15条が「被保険者は、被害者に対する損害賠償額について自己が支払をした限度においてのみ、保険会社に対して保険金の支払を請求することができる。」と定め,時効については同法23条が「責任保険の契約については、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、保険法第一章、第二章(第五節を除く。)及び第五章の規定による。」として保険法を適用する。保険法95条1項が保険給付を請求する権利の消滅時効を3年と定めているから,加害者請求も3年である。従前の商法663条は,保険法の制定に伴う整備により削除されている。

平成22年3月31日までに発生した事故については,保険金等の消滅時効は2年であった。保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(平成20年法律第57号)15条が自賠法19条及び75条の「二年」を「三年」に改め,平成20年法律第57号16条1項が,施行日(平成22年4月1日)前に発生した事故による被害者請求等について「なお従前の例による」としているから,期間が2年か3年かは事故の発生日によって異なる。

2 起算点と実務の取扱い

条文上の起算点は,被害者請求については「被害者又はその法定代理人が損害及び保有者を知つた時」であり,主観的起算点である。もっとも,国土交通省の案内(「支払までの流れと請求方法」)では,①傷害による損害については事故発生日の翌日から3年,②後遺障害による損害については症状固定日の翌日から3年,③加害者請求については加害者が被害者に損害賠償金を支払った日の翌日から3年として運用されている。多くの事案では条文上の起算点と一致するが,保有者が誰であるかを直ちに知り得ない事案などでは食い違い得るので,条文に立ち返って検討する必要がある。

任意保険会社が治療費等を立替払いし,後に自賠責保険会社から支払を受けるいわゆる一括払事案でも,任意保険会社が一括払で支払を続けていることは,被害者自身の被害者請求の時効が進行しないことを意味しない。一括払が打ち切られた後に被害者請求をしようとして,事故日や症状固定日から3年が経過していたということのないよう,被害者請求の起算日は別に管理する必要がある。人身傷害保険との関係を含む請求順序の整理は「人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収」で扱っている。

自賠責保険の請求権の起算日と一括払中の時効管理は,自賠責保険の被害者請求・加害者請求の消滅時効で詳しく説明している。

3 時効の更新

加害者に対する損害賠償請求権と,自賠責保険会社に対する被害者請求の権利は別個独立の権利であるから,加害者に対し損害賠償請求訴訟を提起しても,自賠責保険会社に対する被害者請求の権利について完成猶予・更新の効果は生じない。

期限内に請求できない場合には,自賠責保険会社所定の書式(「時効中断申請書」「時効更新申請書」等の名称で用意されている。)を提出して保険会社の承認を得る時効更新の手続がとられており,承認を受けると時効が更新され(民法152条1項。改正前民法147条3号),その時から更に3年間は消滅時効が完成しない。この手続は,時効が完成する前に申請して承認を受ける必要がある。

4 時効完成後の回収手段

被害者請求権が時効消滅した場合であっても,回収の途が完全に閉ざされるわけではない。まず,被害者が加害者に対する判決を得て,加害者の自賠責保険会社に対する保険金請求権を差し押さえ,転付命令(民事執行法159条)を得ることで,加害者請求権による回収を図る方法がある。最高裁昭和56年3月24日判決・民集35巻2号271頁は,自動車損害賠償保障法3条の規定による損害賠償請求権を執行債権とし,損害賠償義務の履行によって発生すべき同法15条所定の自動車損害賠償責任保険金請求権につき転付命令が申請された場合には,保険金請求権は券面額ある債権として被転付適格を有すると判示した。

また,加害者が任意保険に加入している場合には,被害者請求権について消滅時効が完成したとしても,被害者請求ができなくなるにすぎず,被害者が加害者の任意保険会社から損害賠償金を受領することはできる。加害者の任意保険会社は,被害者に対する支払をしてから3年以内であれば,自賠責保険会社に対して保険金の請求ができる。

時効完成後の回収方法を含む自賠責保険の請求権の時効は,自賠責保険の被害者請求・加害者請求の消滅時効でも扱っている。

第8 関連記事

医療過誤事件における消滅時効の起算点,債務不履行構成と不法行為構成の使い分けについては「医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効」で整理している。相殺の抗弁の要件と主張方法は「相殺の抗弁に関するメモ書き」,損害額算定における控除の可否は「損益相殺」で扱っている。遺留分侵害額請求権の期間制限を含む遺留分制度全般については「遺留分に関するメモ書き」を参照されたい。マンションの契約不適合責任の期間については,弁護士によるマンション管理ガイドの「契約不適合責任の期間」が参考になる。暗号資産を保有する債務者に対する強制執行を検討する際の,判決確定後の消滅時効(民法169条による期間延長)との関係については,「暗号資産に対する強制執行――取引所預託分と自己管理分で何が変わるか」で扱っている。交通事故の慰謝料を受け取る時期,治療中の自賠責被害者請求・仮渡金,示談成立後の支払及び時効については,「交通事故の慰謝料はいつもらえるか」で整理している。

遅延損害金の起算日や利率は「遅延損害金に関するメモ書き」で,共同不法行為者に対する請求と時効の関係は「共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償」で,相続の使途不明金の返還請求権の時効は「相続の使途不明金の消滅時効―請求原因・起算点・旧法の見分け方」で,相続回復請求権の時効と表見相続人の取得時効は「相続回復請求権とは――表見相続人,共同相続人,5年・20年の時効と取得時効」で,仮差押えによる時効の完成猶予は「仮差押えと差押えの違い―処分禁止の効力,時効の完成猶予及び破産手続開始による失効」で扱っている。

出典

法令

  • 民法(明治29年法律第89号)145条,147条から153条まで,158条から162条まで,166条,167条,169条,396条,436条,438条から441条まで,457条,458条,508条,566条,591条,637条,724条,724条の2,884条,1048条(e-Gov法令検索により条文本文を確認)
  • 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則1条,10条,21条,34条,35条(衆議院ウェブサイト掲載の法律本文及びe-Gov法令検索により確認)
  • 民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)による商法522条の削除,同法4条7項
  • 自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)15条,16条,19条,23条,75条
  • 保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(平成20年法律第57号)15条,16条(衆議院ウェブサイト掲載の法律本文により確認)
  • 保険法(平成20年法律第56号)95条,附則2条
  • 労働基準法(昭和22年法律第49号)109条,114条,115条,附則143条(令和9年4月1日施行予定の改正後の条文を含む。)
  • 労働基準法の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)附則2条
  • 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)42条(令和9年4月1日施行予定の改正後の条文を含む。)
  • 労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)附則5条
  • 会計法(昭和22年法律第35号)30条,31条,地方自治法(昭和22年法律第67号)236条
  • 会社法(平成17年法律第86号)429条
  • 旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律(令和6年法律第70号)4条,5条

裁判例(裁判所ウェブサイト掲載)

裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)

  • 東京高裁昭和41年6月17日判決・昭和40年(ネ)第829号・貸金請求控訴事件・金融・商事判例14号8頁(判例秘書で確認。判例番号L02120265)
  • 東京地裁令和7年9月1日判決・令和6年(ワ)第30419号・貸付金請求事件(判例秘書で確認。判例番号L08032287)
  • 最高裁昭和54年3月9日判決・昭和51年(オ)第137号・損害賠償請求控訴・同附帯控訴事件・金融法務事情898号86頁(判例秘書で全文を確認。判例番号L03410026)
  • 高松高裁平成29年11月30日決定(最高裁平成30年12月18日決定の判文により内容を確認)

公的資料

文献

  • 岩田合同法律事務所編・田子真也編集代表『時効・期間制限の理論と実務』(日本加除出版,平成30年7月25日)54頁
  • 木﨑孝編著『最新 複雑訴訟の実務ポイント-訴えの変更、反訴、共同訴訟、訴訟参加、訴訟承継-』(新日本法規出版,令和2年10月30日)77頁
  • 「〈Q&A〉賃金請求権等に関する消滅時効の法律知識」労務事情2024年9月1日号
  • “Disease Latency according to Asbestos Exposure Characteristics among Malignant Mesothelioma and Asbestos-Related Lung Cancer Cases in South Korea”, International Journal of Environmental Research and Public Health, 2022年(PMC9738972)

ウェブ資料