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訴えの提起と時効の完成猶予・更新―明示的一部請求,訴えの取下げ及び訴えの変更(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象

本記事は,訴えの提起その他の裁判上の請求等(民法147条)によって消滅時効の完成が猶予され,又は更新される仕組みを,裁判所ウェブサイトで全文を確認できた最高裁判例に沿って整理するものである。
調査基準日は令和8年9月19日であり,条文はe-Gov法令検索で取得した現行条文によっている。

扱うのは,①訴えの提起による完成猶予と更新の基本構造,②債権の一部だけを請求した場合(一部請求)の残部の時効,③訴えの取下げ,④訴えの変更・請求の追加,⑤支払督促・和解・調停等である。
催告(民法150条)と協議を行う旨の合意(民法151条)の詳細は「内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方」,強制執行等による完成猶予・更新は「強制執行・財産開示手続と時効の完成猶予・更新―差押えの了知不要,申立ての取下げ及び配当要求」で扱う。
消滅時効全体の見取り図は「消滅時効に関するメモ書き」にある。

2 結論

訴えを提起すると,訴訟が続いている間は時効が完成せず(完成猶予),判決等で権利が確定すると,訴訟が終わった時から時効が新たに進行を始める(更新)。
権利が確定しないまま訴えを取り下げ,又は訴えが却下されたときでも,その時から6か月を経過するまでは時効が完成しない(民法147条1項括弧書)。

債権の一部だけを,一部であることを明示して請求した場合,裁判上の請求としての効力はその一部についてだけ生じ,残部には及ばない(最高裁昭和34年2月20日判決。最高裁昭和43年6月27日判決もこれを踏襲した)。
一部であることを明示していなければ,債権の同一性の範囲内で全部に効力が及ぶ(最高裁昭和45年7月24日判決)。
明示的一部請求の訴えは,特段の事情のない限り,残部について「裁判上の催告」としての効力を持つが,時効期間が経過した後の再度の催告にすぎない場合には時効の完成を妨げない(最高裁平成25年6月6日判決)。

したがって,残部を請求する可能性があるなら,時効期間が満了する前に請求を拡張するか,残部について別に訴えを提起しておくことが最も確実である。
施行日(令和2年4月1日)前に生じた時効の中断事由の効力は,なお改正前民法による(平成29年法律第44号附則10条2項)。

第2 訴えの提起による完成猶予と更新(民法147条)

1 条文の構造

民法147条1項は,「次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。」と定める。
掲げられた事由は,①裁判上の請求,②支払督促,③民事訴訟法275条1項の和解又は民事調停法若しくは家事事件手続法による調停,④破産手続参加,再生手続参加又は更生手続参加の4つである。

同条2項は,「前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。」と定める。
すなわち,裁判上の請求等は,手続の係属中は完成猶予の効果を持ち,権利が確定すれば更新の効果を持つ。
確定判決等によって確定した権利の時効期間は,10年より短い時効期間の定めがあるものであっても10年となる(民法169条1項)。
この点は「判決で確定した債権の消滅時効は10年―民法169条と改正前169条(定期給付債権)の違い」で扱う。

2 完成猶予が始まる時点

民事訴訟法147条は,「訴えが提起されたとき、又は第百四十三条第二項(第百四十四条第三項及び第百四十五条第四項において準用する場合を含む。)の書面が裁判所に提出されたときは、その時に時効の完成猶予又は法律上の期間の遵守のために必要な裁判上の請求があったものとする。」と定める。
訴状が被告に送達された時ではなく,訴えを提起した時が基準である。
訴訟の途中で請求を拡張し,又は新たな請求を追加する場合は,訴えの変更の書面(民事訴訟法143条2項)を裁判所に提出した時が基準となる。

3 改正前民法との対応

改正前民法は,「請求」を時効の中断事由とし(改正前民法147条1号),「裁判上の請求は、訴えの却下又は取下げの場合には、時効の中断の効力を生じない。」と定めていた(改正前民法149条)。
裁判上の請求によって中断した時効は,裁判が確定した時から新たに進行を始めるとされていた(改正前民法157条2項)。

現行法は,これを完成猶予と更新に分け,取下げ・却下の場合にも終了の時から6か月の完成猶予を認めた。
改正前民法の下で判例が認めていた「裁判上の催告」(訴訟の係属中は催告が継続し,終了後6か月以内に確定的な中断の措置をとればよいとする考え方)の一部は,この括弧書に取り込まれたとみることができる。
完成猶予と更新の用語と事由の一覧は「時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧」で整理している。

施行日前に改正前民法147条の中断事由が生じた場合,その効力はなお従前の例による(平成29年法律第44号附則10条2項)。
令和2年3月31日以前に提起された訴えの効力は,改正前民法の中断の規律で判断することになる。
以下で紹介する判例は,いずれも改正前民法の下での時効中断について判断したものである。

第3 明示的一部請求と残部の時効

1 最高裁昭和34年2月20日判決(先例)

一部請求と時効中断の関係についての最高裁の先例は,最高裁判所第二小法廷昭和34年2月20日判決(昭和31年(オ)第388号,民集13巻2号209頁)である。
裁判要旨は,「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ残部におよばない。」というものである。

同判決は,裁判上の請求があったというためには,単にその権利が訴訟において主張されたというだけでは足りず,訴訟物となったことを要するとした。
その上で,一部についてのみ判決を求める旨を明示した場合には訴訟物となるのはその一部であるから,残部について請求を拡張したときは,拡張の書面を裁判所に提出した時に残部の時効が中断するとした。
事案は,不法行為による損害の全額を明らかにした上でその1割に相当する金額だけを請求し,後に請求を拡張したものであり,拡張部分について時効の抗弁を排斥した原判決が破棄され,差し戻された。
同判決には,訴状で債権全体と損害額の全額を明示している以上,全額について時効中断の効力を認めるべきであるとする少数意見が付されている。

2 最高裁昭和43年6月27日判決(踏襲)

最高裁判所第一小法廷昭和43年6月27日判決(昭和38年(オ)第842号,集民91号461頁)は,昭和34年判決を引用して同じ考え方を維持した。
同判決は,一部請求を明示した訴えの提起による時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ残部には及ばないと解すべきことは当裁判所の判例とするところであり,今なおこれを変更すべき必要をみないと述べている。

さらに同判決は,不法行為に基づく損害賠償請求において,被害者が一定の種類の損害に限り裁判上の請求をすることを明らかにし,その他の種類の損害についてはこれを知りながらあえて裁判上の請求をしない場合には,その理は一層明らかであるとした。
その理由として,請求のなかった部分についても訴え提起の時に時効が中断するとすれば,加害者の地位を不当に長期に不安定にするおそれがあり,不法行為について短期の時効期間を定めた法の趣旨にも反することを挙げている。
事案は,登記官吏の過失による国家賠償請求で,本訴提起から3年を経過した後に拡張した損害賠償請求権が時効消滅したとした原審の判断が維持された。

昭和43年判決は,裁判所ウェブサイトの判示事項に「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴を提起した場合と右残部についての消滅時効中断の効力」が掲げられており,一部請求に関する判例として引用すること自体は誤りではない。
もっとも,同判決は昭和34年判決を先例として引用した上で踏襲したものであるから,一部請求の先例としては昭和34年判決を挙げ,昭和43年判決はこれを費目を限った請求にも及ぼした判例として位置付けるのが正確である。
なお,昭和43年判決は,損害の発生を知った以上,その損害との関連において当然その発生を予見することが可能であったものについては被害者に認識があったものとされるという,民法724条の起算点についての判示も含んでいる。
この点は「不法行為の損害賠償請求権の消滅時効―3年・5年・20年と「損害及び加害者を知った時」の意義」で扱う。

3 一部であることを明示していない場合(最高裁昭和45年7月24日判決)

最高裁判所第二小法廷昭和45年7月24日判決(昭和44年(オ)第882号,民集24巻7号1177頁)は,一部請求の趣旨が明示されていない場合を扱った。
同判決は,「一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは、訴提起による消滅時効中断の効力は、右債権の同一性の範囲内においてその全部に及ぶ。」とした(裁判要旨)。

事案は,交通事故の被害者が損害賠償を請求し,第一審の途中で治療費の一部を損害額の算定根拠に加えて請求を拡張したものである。
同判決は,訴状の記載からは一部についてのみ判決を求める趣旨を明示したとはいえないとして,拡張された治療費の部分を含めて訴え提起による時効中断の効力が生じているとした。
明示の有無によって結論が逆になるから,訴状で「一部請求である」と書くかどうかは,時効の面では慎重に判断する必要がある。

4 残部についての裁判上の催告(最高裁平成25年6月6日判決)

(1) 判示の内容

最高裁判所第一小法廷平成25年6月6日判決(平成24年(受)第349号,民集67巻5号1208頁)は,昭和34年判決を前提としつつ,明示的一部請求の訴えが残部について持つ効力を明らかにした。

同判決は,まず,明示的一部請求の訴えに係る訴訟において弁済・相殺等による一部消滅の抗弁に理由があると判断され,判決で債権の総額が認定されたとしても,その認定は判決理由中の判断にすぎないから,訴えの提起は残部について裁判上の請求に準ずるものとして時効中断の効力を生じないとした。
次に,請求された部分と残部とは請求原因事実を基本的に同じくすること,明示的一部請求をする債権者は将来にわたって残部をおよそ請求しないという意思で請求を一部にとどめているわけではないのが通常であることを理由に,訴訟の係属中は原則として残部についても権利行使の意思が継続的に表示されているとみることができるとした。
その結果,債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなどの特段の事情のない限り,明示的一部請求の訴えの提起は残部について裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生じ,債権者は訴訟の終了後6か月以内に改正前民法153条所定の措置を講ずることにより残部について時効を確定的に中断することができるとした。

(2) 催告を重ねても時効は止まらない

同判決は,さらに,消滅時効期間が経過した後,その経過前にした催告から6か月以内に再び催告をしても,第1の催告から6か月以内に改正前民法153条所定の措置を講じなかった以上は,第1の催告から6か月を経過することにより消滅時効が完成するとした。
この理は,第2の催告が明示的一部請求の訴えの提起による裁判上の催告であっても異ならないとされた。

事案では,債権者は時効期間満了の直前に内容証明郵便で催告をし,その6か月以内に明示的一部請求の訴えを提起しただけで,残部について確定的な中断の措置を講じていなかった。
そのため,残部については時効が完成しているとされた。
内容証明郵便による催告で時間を稼ぎ,その間に一部だけを請求するという進め方では,残部を守れないということである。
現行法でも,催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は完成猶予の効力を有しない(民法150条2項)。

5 現行法の下での考え方

現行民法147条1項は「裁判上の請求」があった場合の完成猶予を定めるが,明示的一部請求の訴えが残部について「裁判上の請求」に当たらないとする昭和34年判決・平成25年判決の考え方を変更する規定は置かれていない。
他方,平成25年判決がいう「裁判上の催告」の効力が,現行法の下で民法150条の催告としてどのように位置付けられるか(訴訟の係属中に完成猶予が続き,終了後6か月まで延びるのか)について,改正後に判断した最高裁判例は本記事の調査の範囲では確認できなかった。

実務上は,次の対応が確実である。
①残部を請求する可能性があるときは,時効期間が満了する前に,訴えの変更の書面を提出して請求を拡張する(民事訴訟法143条2項・147条)。
②請求額を絞る必要があるときは,一部であることを明示するかどうかを,時効期間の残りと併せて検討する。
③損害の費目を絞って請求するときは,請求しない費目の時効がそのまま進行することを前提に管理する。

(1) 計算例

たとえば,令和8年11月末に5年の時効期間が満了する500万円の請負代金債権について,令和8年6月1日に,一部であることを明示して100万円だけを請求する訴えを提起したとする。
100万円の部分は,訴訟の係属中は時効が完成せず,勝訴判決が確定すれば判決確定の時から10年の時効が新たに進行する。
残りの400万円は,少なくとも裁判上の請求による完成猶予の対象にはならず(裁判上の催告としての効力が現行法の下でどう扱われるかは前記のとおり未確定である),令和8年11月末までに請求を拡張する書面を提出しておけば,その提出の時に裁判上の請求があったことになる。

(2) 催告を先行させた場合

同じ債権について,時効期間満了の直前の令和8年11月10日に内容証明郵便で催告をし,その後に一部だけを請求する訴えを提起したとする。
この場合,平成25年判決によれば,残部については催告の時から6か月以内に確定的な措置をとらなければ時効が完成するから,一部請求の訴えを提起しただけで安心してはならない。
催告の使い方は「内容証明による催告と協議を行う旨の合意―6か月の完成猶予,再度の催告及び民法151条の使い方」で扱う。

第4 訴えの取下げと却下

1 現行法の規律

訴訟は,訴えの取下げがあった部分については初めから係属していなかったものとみなされる(民事訴訟法262条1項)。
改正前民法149条は,訴えの取下げ又は却下の場合には時効の中断の効力を生じないとしていた。
現行民法147条1項括弧書は,権利が確定することなく裁判上の請求が終了した場合にも,その終了の時から6か月を経過するまでは時効は完成しないとしている。
したがって,訴えを取り下げても,取下げの時から6か月の間に改めて訴えを提起するなどすれば,時効の完成を防ぐことができる。
ただし,この場合に取下げ前の訴えによって更新の効果が生ずるわけではない。

2 最高裁昭和50年11月28日判決(取下げ後も効力が存続する場合)

最高裁判所第三小法廷昭和50年11月28日判決(昭和49年(オ)第197号,民集29巻10号1797頁)は,改正前民法の下で,取下げがあっても時効中断の効力が消滅しない場合を認めた。

同判決は,訴えの提起が時効中断の効力を生ずるのは,訴えの提起により権利主張がされ,かつ,権利について判決による公権的判断がされることになるからであり,訴えが取り下げられたときに時効中断の効力が生じないのは,取下げが通常,権利主張をやめ,公権的判断を受ける機会を放棄することにほかならないからであるとした。
そうすると,権利主張をやめたものでもなく,判決による公権的判断を受ける機会を放棄したものでもないような取下げであれば,訴えの提起による時効中断の効力は存続するとした。
事案は,同じ相手方に対する登記抹消請求が旧訴と本訴の二重になったため,手続の便宜上旧訴を取り下げて本訴を追行したものであり,前訴の請求がそのまま後訴で維持されていることから,旧訴の提起による時効中断の効力は消滅しないとされた。

現行法の下でも,二重訴訟の解消や訴訟の整理のために一方の訴えを取り下げる場合には,同じ請求が他方の訴訟で維持されているかどうかを確認しておく必要がある。
維持されていない請求については,取下げの時から6か月の完成猶予があるにとどまる。

第5 訴えの変更・別の請求権と裁判上の請求

1 不法行為から不当利得への変更(最高裁平成10年12月17日判決)

最高裁判所第一小法廷平成10年12月17日判決(平成6年(オ)第857号,集民190号889頁)は,相続人の一人が被相続人の貸金庫から預金証書・株券等を持ち出して払戻金や売却代金を着服した事案である。
他の相続人らは,不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起し,その後,不当利得返還請求を追加した上で,従前の損害賠償請求の訴えを取り下げた。
被告は,追加された不当利得返還請求権については追加前に10年の時効期間が経過していると主張した。

同判決は,追加された不当利得返還請求は着服を主張する点で当初の損害賠償請求と基本的な請求原因事実を同じくし,着服金相当額の返還を請求する点で経済的に同一の給付を目的とする関係にあるから,損害賠償請求の訴えの提起により,訴訟の係属中は不当利得返還を求める権利行使の意思が継続的に表示されていたとした。
その上で,不当利得返還請求権について催告が継続していたと解し,不当利得返還請求の追加により,その消滅時効は確定的に中断されたとした。
当初の損害賠償請求の訴えが後に取り下げられていても,この結論は変わっていない。

使途不明金をめぐる相続人間の紛争では,不法行為構成と不当利得構成の間で請求を組み替えることが多い。
構成の違いによる時効期間と起算点の違いは「相続の使途不明金の消滅時効―請求原因・起算点・旧法の見分け方」で扱っている。

2 手形金請求と原因債権(最高裁昭和62年10月16日判決)

最高裁判所第二小法廷昭和62年10月16日判決(昭和60年(オ)第965号,民集41巻7号1497頁)は,「債務の支払のために手形の交付を受けた債権者が債務者に対して手形金請求の訴えを提起したときは、原因債権についても消滅時効中断の効力を生ずる。」とした(裁判要旨)。

同判決は,手形授受の当事者間では,手形債権は原因債権と法律上別個の債権ではあっても,経済的には同一の給付を目的とし,原因債権の支払の手段として機能しこれと併存するものにすぎないことを理由とした。
その上で,手形金請求の訴えの提起は,時効中断の関係においては,原因債権自体に基づく裁判上の請求に準ずるものとして中断の効力を有するとした。
同判決には,結論に賛成しつつ理由を異にする意見が付されている。

3 被告として権利を主張する場合(最高裁昭和38年10月30日大法廷判決)

訴えを提起した場合だけでなく,訴訟の中で権利を主張することが時効の面で意味を持つ場合がある。
最高裁判所大法廷昭和38年10月30日判決(昭和35年(オ)第362号,民集17巻9号1252頁)は,「留置権の抗弁は、被担保債権の債務者が原告である訴訟において提出された場合には、当該債権について消滅時効中断の効力があり、かつ、その効力は、右抗弁の撤回されてないかぎり、その訴訟係属中存続するものと解すべきである。」とした(裁判要旨)。
同判決の判示事項は「訴訟上の留置権の抗弁と被担保債権の消滅時効の中断」であり,参照法条には改正前民法153条(催告)が挙げられている。

抗弁として権利を主張しただけでは,その権利について判決で確定するわけではない。
被告の立場で自己の債権を確実に保全するには,反訴の提起その他の手段を検討する必要がある。

第6 支払督促・和解・調停・倒産手続参加

1 支払督促

支払督促は,民法147条1項2号により裁判上の請求と同じく完成猶予・更新の事由である。
仮執行の宣言を付した支払督促に督促異議の申立てがないとき,又は督促異議の申立てを却下する決定が確定したときは,支払督促は確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法396条)から,その時点で権利が確定し,時効が更新される。
適法な督促異議の申立てがあったときは,督促異議に係る請求について,支払督促の申立ての時に訴えの提起があったものとみなされる(民事訴訟法395条)。

注意すべきは,債権者が仮執行の宣言の申立てをすることができる時から30日以内にその申立てをしないときは,支払督促は効力を失うことである(民事訴訟法392条)。
この場合は権利が確定しないまま手続が終了するから,終了の時から6か月の完成猶予が残るにとどまる(民法147条1項括弧書)。
支払督促の手続は「mintsによる支払督促」と「支払督促の督促異議と仮執行宣言―期間,効果及び通常訴訟への移行」で扱っている。

2 訴え提起前の和解と調停

民事訴訟法275条1項の和解(訴え提起前の和解)の申立て,民事調停法又は家事事件手続法による調停の申立ても,民法147条1項3号の事由である。
和解・調停が成立すれば,和解調書・調停調書は確定判決と同一の効力を有するものとして権利を確定させ,時効が更新される。
和解・調停が調わずに終了したときは,終了の時から6か月の完成猶予がある。

改正前民法151条は,和解の申立て又は調停の申立ては,相手方が出頭せず,又は和解若しくは調停が調わないときは,1か月以内に訴えを提起しなければ時効の中断の効力を生じないとしていた。
現行法では,この1か月の制限は置かれていない。
なお,民事調停法19条は,調停が成立しないなどの理由で事件が終了した旨の通知を受けた日から2週間以内に調停の目的となった請求について訴えを提起したときは,調停の申立ての時に訴えの提起があったものとみなすと定めている。
訴え提起前の和解が調わない場合に,和解の期日に出頭した当事者双方の申立てにより訴訟の弁論を命じたときも,和解の申立ての時に訴えを提起したものとみなされる(民事訴訟法275条2項)。

3 破産手続参加等

破産手続参加,再生手続参加又は更生手続参加も,民法147条1項4号の事由である。
債権者が債権届出をすれば手続の係属中は時効が完成せず,届出債権が確定して権利が確定すれば,その手続参加が終了した時から時効が新たに進行する(民法147条2項)。
届出を取り下げ,又は届出が却下された場合は,終了の時から6か月の完成猶予が残る。
破産手続開始によって既存の仮差押えが効力を失う点は「仮差押えと差押えの違い―処分禁止の効力,時効の完成猶予及び破産手続開始による失効」で扱っている。

第7 時効管理の実務上の注意

1 提訴前に確認すること

訴えを提起する前には,次の点を確認しておく。
①債権の発生時期(令和2年4月1日の前か後か)と,適用される時効期間及び起算点
②時効期間の満了日と,訴状の提出が間に合うか(完成猶予は訴え提起の時に生ずる)
③請求する金額が債権の全部か一部か,一部であればそれを明示するか
④損害の費目を限定する場合,請求しない費目の時効の管理
⑤連帯債務者・保証人など複数の相手方がある場合,誰に対して訴えを提起するか

完成猶予・更新の効力は,原則としてその事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ生ずる(民法153条1項)。
共同不法行為者の一人に対する訴えは,他の共同不法行為者に対する請求権の時効を止めない。
この点は「共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償」で扱っている。

2 訴訟係属中に確認すること

訴訟の係属中には,次の点に注意する。
①請求を拡張する場合,拡張の書面の提出時が基準となるから,残部の時効期間の満了前に提出する。
②訴えの取下げ,請求の減縮,二重訴訟の解消をするときは,取り下げる請求が他の訴訟で維持されているか,取下げの時から6か月以内に次の手段をとれるかを確認する。
③構成を変えて新たな請求を追加する場合,平成10年判決のような関係(基本的な請求原因事実の同一性と経済的に同一の給付)にあるかを確認し,確信が持てなければ追加を急ぐ。

3 判決確定後

判決が確定すれば,時効は判決確定の時から新たに進行し,その期間は原則として10年となる(民法147条2項・169条1項)。
確定の時に弁済期が到来していない債権には,10年への延長は適用されない(民法169条2項)。
判決確定後の回収が長期化する場合は,強制執行等による完成猶予・更新(民法148条)を併せて検討する。

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相殺の抗弁に関するメモ書き―既判力,二重起訴の禁止及び相殺の担保的機能

第9 出典・参考資料

1 法令

①民法(明治29年法律第89号)147条,150条,151条,153条,169条(e-Gov法令APIで取得した令和8年6月24日施行時点の現行条文)
②改正前民法147条,149条,151条,153条,157条(e-Gov法令APIで取得した令和2年3月31日時点の条文)
③民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条(同上の民法データに収録された附則)
④民事訴訟法(平成8年法律第109号)143条,147条,262条,275条,392条,395条,396条(e-Gov法令APIで取得した令和8年6月24日施行時点の条文)
⑤民事調停法(昭和26年法律第222号)19条(e-Gov法令APIで取得した現行条文)

2 裁判例

①最高裁判所第二小法廷昭和34年2月20日判決(昭和31年(オ)第388号,民集13巻2号209頁) 裁判所ウェブサイト
②最高裁判所大法廷昭和38年10月30日判決(昭和35年(オ)第362号,民集17巻9号1252頁) 裁判所ウェブサイト
③最高裁判所第一小法廷昭和43年6月27日判決(昭和38年(オ)第842号,集民91号461頁) 裁判所ウェブサイト
④最高裁判所第二小法廷昭和45年7月24日判決(昭和44年(オ)第882号,民集24巻7号1177頁) 裁判所ウェブサイト
⑤最高裁判所第三小法廷昭和50年11月28日判決(昭和49年(オ)第197号,民集29巻10号1797頁) 裁判所ウェブサイト
⑥最高裁判所第二小法廷昭和62年10月16日判決(昭和60年(オ)第965号,民集41巻7号1497頁) 裁判所ウェブサイト
⑦最高裁判所第一小法廷平成10年12月17日判決(平成6年(オ)第857号,集民190号889頁) 裁判所ウェブサイト
⑧最高裁判所第一小法廷平成25年6月6日判決(平成24年(受)第349号,民集67巻5号1208頁) 裁判所ウェブサイト